豊昇

 

 力士のしこ名みたいですが御代田町の地名です。

 

 『豊かに昇る』と書いて『豊昇・ほうしょう』

 

 昔、『五賀小学校』が在った場所には『介護施設』が建っています。

 

 入り口に『小学校校歌』が彫られた石碑が立っています。

 

 

 緑の屋根が『豊昇園』

 

 

 その少し下手、道路脇に石碑が見えました。

 

 舗装道路の方向を向いていませんので側道をUターンして石碑の下に。

 

 岩の上の石碑には『馬頭観音』と彫られていました。横にはお地蔵様。

 

 と云う事は本来、この細い道が主要街道だったのかな。

 

 散策マップによるとこの近くの湯川対岸に滝が在るとか。

 

 畑中の雑草だらけの道を歩き、湯川土手へ。

 

 

 落差1メートルでも定義では『滝』に違いないですけど、なんか拍子抜け。

 

 でも紅葉したら綺麗だろうなぁ。

 

豊昇ふるさと公園

 

 『豊昇』の一番北の外れ『湯川』の土手沿いに『豊昇ふるさと公園』が出来ていました。

 

 実はこの場所、違法産廃業者がかなり悪質にゴミの放置をしていた場所で、かなり新聞紙面を賑わせていました。行政代執行によりゴミを撤去すると緑豊かなのどかな場所です。しまったおにぎり持ってくるんだった。

 

 看板の下のBOXにぶら下がっていたのは『通行手形』 別に無くても散策自由ですが首から下げて歩いていたら少なくとも『不審者扱い』はされずに済みそうです。(でも返しに来ないと)

 

 

 BOXの中には『通行手形』の他に『散策マップ』も入っていました。

 

 でもお一人様一枚でね。

 

 

 初秋と云えどもコスモスが花開いていました。

 

 

 この辺りの『湯川』の流れは緩やかですが、浸食作用により見事な『河岸段丘』を形成しています。

 

 対岸に観える岩は『砂岩』でしょうか。かなり脆そう。

 

 

 実は『湯川』は渓流釣りの穴場です。

 

 『佐久漁業組合』が河川を管理し、稚魚を育成・放流して釣りを楽しんでもらうのですが『有料』です。(事前購入¥2200。現地購入¥2900)

 

 河川近くで車が停まっていると『監視員』が河川を巡視して料金徴収を行います。

 

 車両ナンバー等チェックされていますので誤魔化そうとしてもダメですから。

 

 私ゃ『ルアー派』なもんで釣り出来る所が限られちゃうんです。

 

 たまには日がな一日、ゆっくり釣り糸垂れるのも良いかも。(だからルアーは忙しいんだって)

 

大日如来堂

 

 茂沢川沿いの道に『南無大日如来』と刻まれた石碑が立っています。

 

 実はこの道、ゴルフ場へのアプローチにもなっていて、外国製高級乗用車なんぞが駆け抜けます。

 

 石碑の隣には資材置き場の倉庫が建って居り、その前に車一台停められそうなスペースが開いています。此方にバイクを置かせて頂いて。

 

 数段の石段を登ると『御堂』です。

 

 

 でも不思議なのは『石柱』の奥に立つ『幟立て』の柱。

 

 『幟』は神社の入り口に立てるもので、長い木の棒の先に『横木』を取りつけ、『幟旗』を縛り付けた後、数人掛かりで立ち上げた後、『幟立て』の穴に落とし込み、柱の穴を利用して木材等で固定します。

 

 此れを『祭事』の度に『幟立て』『幟降ろし』を繰り返します。

 

 何故知ってるかって? 消防団で散々やらされましたから。

 

 

 『御堂』の前にはお地蔵様。以前は赤だったであろう頭巾と前掛けをしています。

 

 お地蔵様に合掌してから本堂で参拝。

 

 

 座像・立像併せて5体の木像が並んでいました。

 

 一番背の高いのが『大日如来立像』 両脇には『脇観音』が二体。

 

 座像が解りませんが、頭に冠を載せている処を見ると『閻魔様』?

 

 厨子が空なのも不思議。

 

 御本尊とサイズが合わない。

 

 台座としている木材も、結構分厚い木を使っている処を見ると大事にされているみたい。

 

 お賽銭と思ったら入り口は閉ざされていましたので戸の敷居に置きました。

 

 小さな村の、村はずれの小さな『御堂』 なんか好きなんです。

 

阿弥陀堂と白髭神社

 

 茂沢集落に点在するように幾つかの御堂が建っています。

 

 『阿弥陀堂』は、集落のほぼ中央辺りに在りました。

 

 

 地区公会堂の奥に『鳥居』が見えました。

 

 此方は『白髭神社』の参道かと思いきや、公会堂の建物の陰に何やら建っています。

 

 

 先ずは『白髭神社』に参拝します。

 

 『白髭神社』と聞くと思い出すのは『琵琶湖』左岸に近い湖面に建つ『朱塗りの鳥居』

 

 近年のニュースでは、ウォーターバイクの傍若無人振りが報道されていました。

 

 隅田川に架かる『白髭橋』は『墨田区・白髭神社』から命名されたそうで、その名の通り『長寿』の神様です。

 

 妙に高く・長く連なった『白髭団地』は水害対策の防御壁になると聞いてビックリ。

 

 隅田川の急なカーブの外側に建設する事で、万が一の大水でも低地へ水が浸入するのを防ぐ目的で建てられた巨大な団地です。団地にそんな機能を持たせたなんて、建築家の考える事は凄いですね。

 

 

 石段を登り詰めると鈴緒のさがった『拝殿』が在りました。

 

 

 建物の中には、古い『お社』が三つ並んでいます。多分真ん中が『白髭様』

 

 両脇は何だろう?

 

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薬師如来堂・阿弥陀堂・大日如来堂

 

 仏像は普通南を向いて鎮座している場合が多いです。

 

 照明の無かった時代、お日様の明かりでお顔を拝めるようにでしょうか。

 

 まぁ『別所・北向観音』の様な場合も在りますが。

 

 『茂沢集落』には三つのお堂が点在していました。

 

 『薬師如来堂』

 

 

 道路沿いに石柱が立っていました。

 

 参道を進むと

 

 

 茅葺のお堂が在りました。

 

 参拝し中を覗いますと

 

 

 厨子の扉は閉ざされていました。 ガラス越しの為イマイチの写真です。

 

 

 脇に『日光菩薩・月光菩薩』を従えた『三尊像』観てみたかったな。

 

 次は『阿弥陀堂』ですが続きは次回です。

 

茂沢集落の神社仏閣

 

 人住む処に宗教在り。(私が勝手に考えてるだけですが)

 

 文明を持った人が住んだ場所には、何かしらの信仰が覗えます。

 

 日本でも『縄文時代』、『土偶』に祈りを込めたり、『古代マヤ文明』に於いても人間以外の存在を崇拝したり。

 

 どんな山の中の集落でも、住んでいた人が亡くなれば『お墓』を造っていますし、古代に於いても『洞窟葬』や『鳥葬』の場所が決まっていました。

 

 茂沢集落を散策していて幾つかの『お寺』『御堂』『神社』を見つけました。

 

 

 お寺の『石柱』でしょうけど、読めない………

 

 迷わず行けよ 行けばわかるさ。 (1・2・3・ダ~!)

 

 

 本堂への参道はこの石碑前で右に曲がりますが、この遺跡の裏を廻って道が在りそう。

 

 先ずは参拝してから。

 

 

 庭(境内)には季節外れの『蕗』がびっしり生えています。

 

 春には『蕗の薹』が沢山出そう。

 

 

 立派な『御本尊』や新しい畳を見るに、檀家がしっかりしているみたいです。

 

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茂沢・五輪塔

 

 googlemapで見てください。高速道路と新幹線に挟まれた山間の地に、これでもか!って位に『ゴルフ場』や『別荘地』が並んでいます。

 

 その一角に昔からの集落『茂沢地区』が在ります。

 

 以前はバス路線が在ったと思ったんですけど?

 

 ♬ 知らない街を 歩いてみたい 何処か 遠くへ 行きたい。

 

 そんなに遠くへ出かけなくても、知らない場所を歩くのは色々な発見があって面白い物です。

 

 で集落の外れで見つけたのが

 

 

 『茂沢五輪塔』 軽井沢町の文化財指定です。

 

 『五輪』と云えばピンとくるのが『オリンピック』と『宮本武蔵・五輪の書』

 

 まぁ『五輪の書』は県の道を究め、兵法として書き記したものですが『五輪塔』は仏教に見られる『多宝塔』の一種で、『五段重ね』の石積みが特徴です。

 

 上から順に『空輪(宝珠)・風輪(半月)・火輪(屋根型)・水輪(球)・地輪(方形)』を表し、概ねの形もきまっています。

 

 更には『人間の五体』を表している説もあり『頭・腕・胴・足・心』を表してもいます。

 

 仏教にみる『五輪塔』は『卒塔婆』の意味がありますので『お墓』に建てる事が多いです。

 

 標識の脇の細い道を登り上げると(距離とか歩く時間とかが書かれてない不安)何の事は無い5分と掛からず到着。

 

 

 『チェーン』が張られています。まぁチェーンが無くても、お墓ですから遠くから合掌するに留めます。

 

 時と場合によっては『胸騒ぎ』する様な場所にも出くわしますけど、此方から騒がしくしなければ大丈夫みたい。(霊感とか強い方ではないですけど、今までに何度かは足を踏み入れる事をためらった場所も存在します)

 

 

 お寺の墓地と云う訳では在りませんので、大っぴらにお墓を造れなかった人達が眠っているかもしれません。

 

 だとしたら『平家の落人?』 『源平合戦』に敗れた『平家』は日本各地に逃げ延びました。こんな山の中にまで何故集落が在るの?なんて場合、もしかもしたら『落人の隠れ里』かも知れません。

 

 此処から僅か200m位離れた場所には、現在別荘地が広がるんですけどね。

 

茂沢南石堂遺跡

 

 『しなの鉄道・道追分駅』周辺の道路事情は、昨今急激に改善され交通量も多くなってきました。

 

 佐久から軽井沢方面へ抜ける裏道として知る人ぞ知る道でしたが、『カーナビ』頼りに走る車も知る存在となり、狭い道でのすれ違いに四苦八苦なんて場面も在りました。

 

 『追分駅』東側踏切を渡って南下すると『豊昇茂澤中軽井沢停車場線』に出ます。

 

 『停車場線』と云っても『バス路線』が『駅』まで通じている訳でなく、『オン・デマンドバス路線』でも在るのかは不明です。(バス停見かけません)

 

 『オンデマンドバス』は、交通弱者の為の『公共交通機関』として『タクシー会社』と『バス会社』と『行政』の『第三セクター運営』の場合が多いみたいです。

 

 乗車したい場所を予め電話予約。降りたい場所は運転手に告げれば無理のない範囲で自由に下車出来る筈。(利用した事無いので詳細は解りません)

 

 乗車場所もある程度融通利くのかな?

 

 

 道路脇に『標柱』が立っていました。こういうの大好き。

 

 どれどれ。『茂沢南石堂遺跡』それでは行ってみますか。

 

 

 『環状列石』とかの言葉にウズウズ。

 

 

 正直、この手の遺跡は『保管状態次第』です。

 

 出土品が此処にある訳で無く、保護保存の為の柵の外から只眺めてお終い。

 

 

 『環状列石』ねぇ………確かに人為的ではあるし、『火』を使った痕跡かも。

 

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湯川・甌穴

 

 水の流れが創り出す『美』は様々ですが、『滝』や『鏡面湖』の他に『甌穴』も大好きです。

 

 大きな一枚岩などの窪みに偶然石コロなどが転がり込み、水の流れと回転作用で窪みが大きくなる。その穴に大水などでさらに大きな石が流れ込み回転作用で窪みが拡大。此れを長い年月繰り返しできる穴が『甌穴』です。

 

 

 こんな『甌穴』が湯川に架かる橋の上から見る事が出来ます。(車からじゃ気づかないかも)

 

 橋の袂に『鳥居』が見えましたのでバイクを降ります。

 

 

 鳥居を潜ると急斜面を階段が設えて在りこの河原に降りるが出来ます。

 

 頭上の橋の上をひっきりなしに車が駆け抜けますが、河原は何て静か………

 

 

 腰を降ろして日向ぼっこしながらお茶をひと口。

 

 う~ん。まったりしてますなぁ。

 

 

 県道157号線(通称・豊昇中軽井沢停車場線)を走っていると一本の『楓』の大木が目につきます。

 

 場所は『鳥居あかしあの〇』の入り口。 そう楓の大木の脇に鳥居が建っているんです。

 

 以前から気になっていた鳥居。チョット調べてみますか。

 

 

 此処の『楓』はこの道沿いで一番早く色着く澪たいな気がします。

 

 10月初旬、里山でも紅葉していないのに、この楓だけはグラデーションしています。

 

 

 鳥居には扁額がありません。

 

 鳥居を潜って石の祠に参拝。此方にも何も書かれていません。

 

 何の神様? ご存じの方、グーグルマップに御一報お願いいたします。

 

 中仙道の一本南に通っているこの道はひょっとして裏街道?

 

 街道脇にこんもりと盛られた土塁はひょっとして『塚』or『古墳』?

 

 自然の地形に道路を通しただけかもしれませんが。

 

 国道18号線の抜け道にもなっているこの道は別荘地と『発地市場』を結んでいる為交通量もそこそこあります。

 

 景色の良い道と走りやすい道、ご安全に。

 

妙義荒船林道

 

 私が原付免許を取り、オフロードバイクに乗り始めた頃、『荒船高原』と『軽井沢レイクニュータウン』を結ぶ『妙義荒船スーパー林道』が通っていました。

 

 当時(1978?)砂利道を走っていると、いきなり『料金ゲート』が出現、確か原付は¥100位の料金だったと思いますけど『砂利道で金取るんじゃねぇ!』と引き返した思い出が在ります。

 

 現在はほぼ舗装(一部砂利道が残されています。そうしないと林道にならない?)されており、普通乗用車でも走る事は出来ます。

 

 今回は『佐久香坂山遺跡』を訪ねた帰り、軽井沢に向かってバイクで走り出しました。

 

 『八風山登山口』などが在る為、道路は手入れされています。

 

 

 『八風山』付近は海底隆起の『石山』で『板状節理』が至る所で見られます。

 

 ふと岩の裂け目が気になってバイクを止めました。

 

 水の流れが浸食したのでしょうか、割れ目の奥に『苔』なども見えます。

 

 

 あれ?仏像かな。 自然が創り出したものですが神秘的に見えるのは私だけ?

 

 

 紅葉前の10月。『赤とんぼ』などもまだ見えません。

 

 

 この日登山口に車は停まっていませんでした。

 

 此処から一時間程で山頂なんですけど

 

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雨乞い地蔵

 

 佐久から上信越自動車道を『更埴ジャンクション』に向かって走ると『長いトンネル』が二つあります。二つ目の『五里が峰』トンネルを抜けると直ぐに『森トンネル』に入りますが、この東側の山ひとつ超えた処が『あんずの里』

 

 そして『森トンネル』を抜けると其処は『チューリップ畑』や田畑が広がる開けた場所に出ます。でもこの少し先に『オービス』が在るからわき見なんかしてないで安全運転厳守です。

 

 千曲川流域とは異なりますのでこの平地を造り出したモノは?

 

 と何時か訪ねてみたいと思っていました。

 

 『あんずの里』には『沢山川』、『倉科』には『三滝川』が流れていますがどちらも扇状地を造れるような水量の川ではありません。

 

 となると耕地整理による『ブルドーザー』が想像されます。

 

 面白い物なんか無いかな?なんて思いながら知らない道に入り込むの結構好きでして、行き止まり迄行ってみるかと山道を走る事もあります。

 

 終点が民家の庭だったりして慌ててUターンなんて事もありましたけど。

 

 

 山沿いの道を走っていて見つけたのが『雨乞い地蔵』

 

 『農業用水』が当たり前のように流れている現在では、『日照りの恐怖』なんぞ感じる事も無いですけど、昔は死活問題。

 

 それこそ自分の田んぼに水を取り込もうとして『掟』を破り『村八分』なんて処遇を受たのも『農業用水』が完成するまでの出来事です。

 

 神仏に頼るしか無かった時代、さぞや『お地蔵様』も頼られたことでしょう。

 

 雨にも負けず 風にも………

 

 寒さの夏は 涙を流し 日照りの時は オロオロ歩き

 

 『宮沢賢治』も実体験しているみたいですし。

 

伏見稲荷大社

 

 逆△の案内に国道に書かれている〇号線。『重要基幹道路』が一桁。

 

 二桁までが『主要幹線道路』です。

 

 三桁になると『地方幹線道路』の意味合いが多く、高速網やバイパスが発展している現代では『カーナビ』の指示が無ければ走らない事も多いかも。

 

 長野県下の『地方幹線道路』では、国道140番台の『141・142・143(東信地区)』 150番台が『152・153(伊那)』 飛んで『254(川越街道)・256・257』『361(乗鞍)』『403・406(長野周辺)』など。

 

 国道は『国道本線』と『国道バイパス』までの二本が国の税金での修理が認められています。だからもし『旧国道』と『新国道』の在る道路に、新たに『国道バイパス』が造られると『旧国道』は『県道』に格下げされます。

 

 『県道』とは修復・管理などに『県税』が使われる道路の事です。

 

 さてその『国道403号』、『中野市』~『更埴』で千曲川を渡り『聖高原』『生坂村』『安曇野』までを結ぶ道です。拡幅されている部分もありますけど概して細かったり、直角に折れていたりと好きな道のひとつです。

 

 『屋代』で国道403号線を走っていると『朱塗りの鳥居』が目に留まりました。

 

 

 『官幣大社御分霊 伏見稲荷大神』と彫られた石が置かれていました。

 

 政治の力で『京都伏見稲荷』より御霊分頂いた神社で、位が高いんですよ!って言ってるみたい。

 

 まずは一礼して参道を進むと

 

 

 思った以上の『鳥居』が並んでいました。

 

 拝殿の鳥居を潜ると『狛狐』が出迎えてくれます。

 

 

 参拝して中を覗いますと、時代物の社が見えました。

 

 そして奉納された『狐』もかなり年代を感じさせます。

 

 『稲荷神』は『五穀豊穣』と『商売繁盛』の神様。(仏教神・ウケノミタマノカミと習合していますけど) 商売繁盛を祈願しまして。

 

 

 社の並びに祀られている神様は何だろう?と近づいた時、踏切の警報機が鳴りだしました。

 

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鼻取り地蔵

 

 『花』でも『華』でも無く『鼻』

 

 佐久にも『鼻顔稲荷・はなづらいなり』が在りますから、さほど不思議にはかんじませんでしたけど。

 

 鼻が欠けていたなら『鼻取れ地蔵』でしょうけど『鼻取り』ですから?

 

 『牛』の鼻先に付けた金具を『鼻輪』といい、牛を引き廻して歩く事を『鼻を取る』と云いますから、お地蔵さんが牛の鼻を取って農作業した?

 

 

 駐車場の脇に看板が立っていました。

 

 

 大事な仏像を川に投げ込むのもどうかと思いますけど、必死に雨乞いしたんですから。

 

 現代の様に用水には何時でも水が流れている訳じゃないです。

 

 『日照りの時は涙を流し 寒さの夏はオロオロ歩く(by宮沢賢治)』くらいなら『お地蔵様』を川に放り込んで雨が降るなら、いくらでも放りこんじゃいます。

 

 では『放り込まれたお地蔵様』を拝見しましょう。

 

 

 石段を登り上げると『鐘楼』を備えた立派な寺院が在りました。(少し驚き)

 

 山号に『成田山』と在るのですから『真言宗・智山派』

 

 只、ご住職が常駐している様子は在りません。

 

 本堂は施錠されており御本尊は拝めませんでした。

 

 

 グーグルマップで確認すると『一重山』に登る道が続いているみたいです。

 

 只し『グーグルマップ』って二次元的にしか表示されないから標高差が解らない?

 

 直線距離見て近いと思っていたら、断崖絶壁の高低差! なんて事もしばしば在りました。

 

 案内板に『あと何分』とか『あと何百㍍』なんて書かれていても、素直に信じられなくなった今日この頃。(ただ単に歳のせいですってば)

 

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須々木水神社

 

 字面から想像するに『濯ぎ水=禊』でしょうか。

 

 それとも辺り一面『薄』が生い茂っていたのかも。

 

 『花札』では『八月=八』を表し、『禿山』描かれています。(+満月は二十札)

 

 通称『坊主』と呼ばれ、禿山の事と勘違いしている人がおおいですけど、よく見ると『薄』が見えます。

 

 火山噴火後の荒涼とした大地に、一番先に根付くのが『薄』だそうです。

 

 そして『薄』が茂ると虫が集まり、更に小動物・鳥などが集まって生物体系が構築されていきます。

 

 其処に『川』が流れ、人々の生活の場が出来、ゆとりが生まれると感謝する気持ち『信仰』が起きるのでしょう。

 

 

 『屋代駅』の北に位置するこの辺りは『旧北国街道』が通っていたおかげで古くからの『神社仏閣』他、歴史的重要ポイントが沢山あります。

 

 『国道18号線』から外れている為、知っている地元の人しか通らない道ですけど、それが昨今、カーナビの精度が上がって結構抜け道として走る県外ナンバーも見かけます。

 

 交差点の赤信号で停まって、さて駐車場は?バイクはこんな時に大助かりです。

 

 正解=時計回りに敷地の裏手に広場が在りました。

 

 

 主神は『大国主命』 更には『豊玉姫命』などの『水・水路』などのを司る神。

 

 神社の名前に『水』が付いている訳ですね。

 

 

 参拝を済ませまして周囲を見回すと。本殿も割と新し目。

 

 石灯篭の周囲の金網は事故防止でしょうか。元気良い子供ならよじ登ったりするからなぁ。

 

 

 境内には他にも『摂社』として、『養蚕神社』も在りました。

 

 扉の脇に彫られている人物は『中国仏教』を想像させます。

 

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長野県立歴史館

 

 佐久から長野市方面へ向かうと『高速道路』も『新幹線』も長~いトンネルを潜ります。

 

 ポコっと地上に顔を出すのが『更埴・あんずの里』辺りです。

 

 山の頂に『森将軍塚古墳』が見えますが、その麓に在るのが『長野県立歴史館』です。

 

 昨年TVCMで頻繁に放送された『佐久・大井法華堂』の特別展示が観たくてウズウズしていました。

 

 2022/8の店休日に、バイクに跨ってトコトコ出かけたのが猛暑日!

 

 歩いて『将軍塚』を目指そうとしましたが危険を感じ止めときました。

 

 エアコンの効いたバスも出てるんですけどね。

 

 入館料+特別展企画展 併せて¥500 を受付で払い、暫くエアコンの効いたロビーで休んでから展示室へ。

 

 

 企画室の扉の中へ足を踏み入れると、浅間をバックに『一遍上人』の鋭い眼光が出迎えます。

 

 『一遍上人』は佐久に『踊念仏』を広めた事で有名な『時宗』の開祖です。

 

 『浄土宗』を母体に『禅』なども学び、諸国を訪れては『南無阿弥陀仏と唱えれば(念仏)、誰でもが救われる』と説きました。

 

 佐久の地には『親族』が葬られていましたので此の地を訪れ『踊念仏』を広めました。

 

 数珠を手に『鐘・太鼓』の鳴り物入りで跳ねたり振りを付けて踊りながら『南無阿弥陀仏』を繰り返し唱えます。

 

 閉ざされた空間の中で大勢の人が狂ったように踊る様は、ある種トランス状態?

 

 

 更に進むと様々な『仏像』が出迎えてくれます。

 

 好きな人にはたまらない展示品の数々。

 

 正直言って驚きました。これ程の銘品が世に埋もれているなんて。

 

 『県宝』『国宝』級でも見劣りしません。

 

 

 『大井法華堂』は、『佐久市岩村田宿』の北側に在った広大な面積の修験の場で、

明治政府発令の『修験禁止令』発令まで『大井氏』の庇護を受け、『浅間信仰』『御嶽信仰』などの山岳信仰の発展と共に大勢の人が修行しました。(『荒船山信仰』も盛んでした。)

 

 『天台宗』で云う処の『比叡山千日回峰』なども厳しい修行で知られていますが、行者と呼ばれた者の『修験道』もかなり厳しい修行でした。

 

 『熊野古道』は『高野山』を中心に紀伊山地の険しい山道を歩く修行の道です。

 

 『四国巡礼』(お遍路さん)も云わば『修験』の場です。

 

 定年退職したら『お遍路さんで四国巡礼』してみたいと思ったんですけど自営業には退職金も無いし………

 

龍光院part3

 

 『名は体を表す』 寺院の名前には曰く因縁が付き物ですが『龍の光』です。

 

 なんか威厳を感じます。

 

 『禅』や厳しい規則を通じて修行する『曹洞宗』のお寺です。

 

 『寶珠山・龍光院』

 

 

 『マニ車』と呼ばれる経文の書かれた石を廻すことによって経文を唱えた事に成ります。

 

 でも此処に彫られているのは『南無釈迦………』

 

 大体建立年号など彫られているのですが、苔の為に読めません。残念。

 

 

 本堂は解放されておりまずは御本尊に参拝。

 

 寄贈された太鼓の図柄は当然『龍』

 

 御本尊の脇の木造は『北条氏』それとも『開祖』?

 

 

 本堂を廻り込むと『十二支地蔵』が並んでいます。

 

 私は寅年ですので、『寅年地蔵』にて合掌。

 

 

 崖の途中に座しているには『観音菩薩』

 

 『岩戸』とあるので『神仏習合』の名残かも知れませんね。

 

龍光院part2

 

 屋根に光る寺紋は『三鱗・ミツウロコ』 北条家の家紋です。

 

 

 門を潜ると直ぐ右手に『羅漢堂』が在り、此れが又すごい迫力です。

 

 

 大理石の白さと、建物の木材の萎びた感に違和感が在るから、最近建物だけ移築されたのでしょうか。

 

 では入り口で合掌して。

 

 

 『尊者』とは『仏』に仕えた16人の高僧の事で、『善光寺本堂』の『賓頭盧尊者(びんずる)』もこの中の一人です。

 

 『キリストの弟子』も尊者と呼ばれますから、宗教用語でしょうか。

 

 『経典(御経)』も、各々の尊者が釈迦の言葉を文字にしたものです。

 

 これも『キリスト教』と似ている?

 

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龍光院

 

 塩田平の南の山に沿って『前山寺』『龍光院』『中禅寺』と名古刹が並んでいます。

 

 これらを結んで『散策道』が整備され『信州の鎌倉』を堪能出来ます。

 

 

 石門は県道沿いに立っていますが、車で上の駐車場まで登る事が出来ます。

 

 神社仏閣参拝の折には『一の鳥居』や『石門』から潜るを良しとしていますが、余りにも厳しい真夏の日差しに(2022/8)チョット手抜きしました。

 

 だって歩けば

 

 

 『山寺』ですから『里』から登り上げるのは当たり前なんですけどね。

 

 先程の『前山寺』でも結構歩いたし。

 

 

 『鎌倉殿』から遠く離れた『信州塩田』を治めていた『北条追善供養塔』が建っています。

 

 他にも『北条義政』のお墓とか。

 

 『供養塔』と『お墓』の違いは、戦などに起因して亡くなった大勢の方を合祀するのが『供養塔』で、一族や血縁関係にない者も祀られます。一方『お墓』は先祖代々血縁関係に在る者だけをお祀りする場合に限られます。

 

 『北条義正』氏の塩田居城に端を発した『塩田北条』の『菩提寺』として息子『北条国時』氏により建立されたのが『龍光院』です。

 

 『禅』や厳しい『修行』で知られる『曹洞宗』のお寺は、御堂のみならず庭の隅々まで丁寧に掃除され、清々しさが在って好きです。(武家に好まれた禅宗は『臨済宗』では?)

 

 

 『塩田北条氏』は途絶えてしまいましたが『龍光院』では此れを手厚く供養しています。

 

 では本堂へ。  次回です。

 

前山寺

 

 『塩田平・前山寺』

 

 入り口駐車場の脇に『信濃デッサン館』が在った頃より何度か訪れています。

 

 バイクの免許を習得した頃、『信州の鎌倉』がブームになりました。

 

 散策路が整備され、散策マップや環境整備に観光協会が力を入れ始め、細かった『前山寺』までの道路が拡幅されると大型バスが頻繁にやって来るようになりました。

 

 18才の初春。バイクで塩田を訪れた時です。散策中、急に降り出した雨に身体はずぶ濡れ。前山寺の休憩所で雨宿りをして震えていたら、住職の奥さんがタオルを貸してくれました。更に濡れた服を乾かせるようにストーブ迄用意して頂きました。(その節大変お世話になりました)

 

 『来訪者記入ノート』に名前と感謝の言葉を記入しました。

 

 更に数年後、此の休憩所を訪れた時、以前来たのは何時だったかと古い『来訪者ノート』をペラペラめくっていると果たしてその時のノートが在りました。

 

 私の記した名前の横に『お困りの際は何時でもお声かけ下さい』と達筆で書かれた文字が添えられていました。

 

 そりゃ一発で『前山寺ファン』になりますって。

 

 毛氈の敷かれた書院で食べる『くるみおはぎ』が絶品で、お茶付きで当時¥500

 

 高校生には贅沢でしたけど、中庭越に見る塩田平が大好きで度々訪れました。

 

 田んぼの刈り入れの終わった晩秋の頃。赤とんぼがとまった枝先にも日が傾き掛け、カラスの鳴き声なんぞが聞こえてくると、まさに『日本の里山の秋』そのものです。

 

 で今回も駐車場から登り始めると。

 

 まずもって駐車場がかなり広くなっています。更に売店や綺麗なトイレまで。

 

 昔と変わらない参道の石畳みを登り上げると

 

 

 本堂脇の最後の石段。やっとこさ登り上げて

 

 

 ありゃ入山料徴収ですか。まっ保護の為なら致し方ないかな。

 

 財布………?

 

 Gパンのコインポケットには賽銭用の小銭が沢山いれてありますけど、財布はバイクに置いてきちゃった。金額を数えると全部足しても¥100程(だってお賽銭て基本五円玉ですよね)

 

 バイクまで戻って取って来ようか………

 

 

 この坂をもう一往復するのはチョットキツイかな。

 

 門前で合掌して今回は帰ります。皆さんも財布忘れずに。

 

パノラマライン展望台

 

 『塩田・前山寺』の脇の道を登って行くと、分岐に小さな案内が立っています。

 

 以前訪れた時は建設途中で、無機質な『アルミの鋼材』と『18-8ステンレス』が銀色に光る無骨な感じでした。

 

 

 建設現場が在るって事は建築資材運搬道路が在るって事。

 

 四駆の2tダンプなら辛うじて通れる道幅の泥道が通っていますが、大型乗用車は厳しいかも。(アンダーボディが傷ついても良いなら)

 

 

 2022年8月に再訪しました。

 

 床材が張られ、柱を見ると『生島足島神社・御柱』だったんですね。

 

 

 あらら。光が反射しちゃって何が何やら。

 

 

 大好きな『塩田』~『上田』のの街並みが望めます。

 

 この手の『望遠鏡』 昔は観光地で良く見かけましたが大抵は有料。

 

 3分~5分/¥100が相場でしょうか。でも此処のは無料!

 

 他に人も居ないから思う存分堪能出来ます。

 

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塩田城址

 

 某TV局の人気番組『鎌倉殿………』 信州にも『鎌倉』が在るって知ってました?

 

 『上田市・別所温泉』~『塩田平』にかけてを『信州の鎌倉』と呼んでいます。

 

 名古刹が多く、『国宝・八角多重の塔』や『国宝・見返りの塔』の他にも『北向観音』『前山寺』『中禅寺』などが連なっています。

 

 歩き疲れたら『別所温泉』で汗を流すのも又格別です。

 

 『前山寺』の脇を登り上げると『弘法山』 此処は戦国時代『塩田城』が在って、上田の西の要となる山城でした。

 

 此処を治めていたのが『北条一族』 やっぱり『鎌倉』ですね。

 

 

 ゆっくり歩いて片道1時間程度の山道なんですけど、なんせこの日は猛暑。

 

 ペットボトルの麦茶も半分しかないから今回はパス。

 

 

 山城は、高い位置からの物見と、その急峻な登りをもって敵の進入を防ぐ防御壁とするのですが、生活するのに一番苦労するのは『水』 こんな山頂には『井戸』など無かったでしょうから沢を流れる水が全て。ところがこの『弘法山』川が無いんです。

 

 て事は山頂で籠城している者の為に水を汲み上げる必要が生じます。

 

 話が逸れますが『沖縄・健児の塔』って知っていますか?

 

 洞窟内の野戦病院で働き、戦禍に散って行った『ひめゆりの塔』は有名ですが、同じく軍司令部の為に働き、闇に乗じて水を汲みに断崖絶壁を降り、在る者は転落、在る者は艦砲射撃に命を落とした『学徒動員』の慰霊碑です。

 

 一番の弱者が、命を懸けて生活必需の水を手に入れる。

 

 お偉いさんは絶対撃たれる事のない場所で命令するだけ。

 

 今の政治も似たようなもんか………

 

 

 この山を『紫陽花』で埋め尽くそうとする活動が在ります。

 

 寄付を募ってボランティアの方が植樹しています。

 

 慰霊の為のみならず観光地として大勢の人が訪れ、弱者の事を思いやれると良いなと思います。

 

 『プー〇ン』め、自分は絶対戦火に怯えない場所に隠れやがって!

 

 『プ〇チン』『〇ランプ』『金〇恩』の三人、実は地球外生命体の宇宙人で、地球の破滅破壊を目論んでんじゃないかと思う今日この頃。

 

郷社・安曾神社

 

 新年明けましておめでとうございます。

 

 今年も宜しくお願い致します。

 

 新年一発目のブログ更新は『安曾神社』です。

 

 訪れたのは2022/8の出来事です。

 

 県道82号線『丸子別所線』を西に向かうと鳥居が見えます。

 

 

 真夏のバイクはキツイ。木陰と水道を求めて一休み。

 

 参道を進むと『随神門』を備えた立派な神社です。

 

 

 『左大臣・右大臣』ともに『虎の敷き皮(の絵)』に載っています。

 

 まぁこちらは最近の物みたいですが。

 

 

 『安曾神社』の主神を見ますと、まんま『諏訪神社』

 

 『源頼朝』の名前が此処でも伺えます。

 

 

 数々の摂社の中に『木花咲耶姫』やら『天照大御神』などメジャー級がズラリと。

 

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紅葉橋

 

 『美ヶ原』から流れ出る水はひとつになり『武石川』となって流れ下ります。

 

 美しい『須栗渓谷』や『ダム湖』を経て次第に大きな川になります。

 

 途中で幾つもの小川が『滝』となり、流れ落ちる景観を目に出来ます。

 

 

 『紅葉橋』やはその名が示す様に周囲を紅葉で囲まれた橋です。

 

 訪れたのは8月の盛夏、河原では子供達が水遊びしていました。

 

 河原に降りていくと『鳥居』が立っていました。

 

 何の神様?

 

 

 一礼して鳥居を潜り石の祠を参拝します。

 

 

 扁額も無く、御札も何もありません。

 

 『狐』の置物が在りましたので『稲荷神』かな。

 

 

 大体この手の『水遊び』出来そうな場所は、水難事故防止の為に子供だけで遊ばせない様に『河童』を登場させます。

 

 『遠野物語』などもその類が民話になった物です。

 

 私ゃ『キュウリ』に味噌を付けて、冷で『キュ~』と一杯。その後運転できないのが困りもんですね。

 

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武石村・地蔵堂

 

 『美ヶ原』から『武石』へと入り、県道62号線を東へ。

 

 木立の中に御堂を発見。でも扁額の文字が読み取れません。

 

 

 板の間には『土足禁止』と書かれた木札が置かれていました。

 

 靴を脱げば良いのかな?

 

 でガラス戸の中

 

 

 壁の漆喰や幕の色も褪せていませんし、供えられた花(造花?)も綺麗。

 

 最近祭事でも在ったのでしょうか。

 

 中央に『お地蔵様』を祀り、更には『不動明王』。って事は真言宗?

 

 

 境内には他にも数体の石像が在りました。

 

 有名で大きな『神社仏閣』も良いですけど、近くに集落も無く、山の中にポツンと佇む小さな神社仏閣が好きです。

 

 時に足を踏み入れたくない雰囲気を感じる事もありますけど、今の処『祟り』とか感じませんし。

 

 何にせよ昔の人が苦労して神社仏閣を建てたり、心を込めて石像を彫ったと考えるとその思いが伝わってきます。

 

 一丁、石像を彫ってみようかな。

 

単車神社

 

 バイクの事を『単車』と云うのは『側車(サイドカー)』が無い状態の軍事用語から来ています。

 

 『二輪』だと『自転車』を含みますんで『単車神社』、『バイク神社』でいいじゃん。

 

 新章・2022/8の事です。

 

 休店日の朝、カーテンを開けると雲一つない八ヶ岳の稜線が目に飛び込んできます。

 

 毎日朝5時には起きて仕事が始まりますので、体は即活性状態です。

 

 別に予定の無い休日、そりゃバイク日和だって。

 

 オフロードタイプのバイクは常に走れる状態に整備していますので即飛び出します。

 

 でやって来たのは『ビーナスライン』

 

 『望月』経由で『白樺湖』、コンビニで『お茶・おにぎり』を購入し、『美ケ原』を目指します。

 

 

 『車山高原』のリフト乗り場入り口にひっそりと佇んでいたんですが、『幟』が建ち並び、如何にもな観光地になっていました。

 

 実は此処、カーブ途中に駐車場入り口が在り、注意が必要な場所です。

 

 『サマーリフト』で『車山山頂』まで苦労せず登れる為、結構人気の場所です。

 

 更には『ドライブイン』(死語?)やお土産売り場が在り、一休みするにも格好の場所です。

 

 

 『夏越の祓い』の『茅輪くぐり』が在りました。

 

 作法は正面で一礼、左足から踏み出し左回りで輪を潜る。正面に戻ったら一礼、右足から踏み出し右回りで輪を潜る。又正面に戻ったら一礼し左足から踏み出し参道を進みます。(※神社により作法が異なる場合が在ります)

 

 時間が掛かる為、一礼して輪を潜るだけで良しとする神社も在ります。

 

 

 以前はこの『竹鳥居』の辺りに、白木の『社』がポツンと建っているだけでしたが、今では石段を登った先、石室の中に鎮座しています。

 

 

 お賽銭を奮発し、『事故に遭いません様に。二輪事故が減ります様に』と願掛けします。

 

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湊神社

 

 名前を聞いてもピンと来ないかも知れませんけど、見ている人は多い筈です。

 

 国道141号線を『佐久』から『野辺山』方面に南下すると一ヶ所だけ『踏切』を渡ります。(時々一時停止違反を取り締まる方がいますので注意)

 

 大きく『千曲川』と『国道』がカーブする手前、川沿いの場所に鳥居が建っています。

 

 此れが『湊神社』です。

 

 

 パッと見、新しいのか古いのかよく解りません。

 

 鳥居を潜って石畳の参道を行くと

 

 

 ガラス戸は施錠されていました。

 

 賽銭箱も無く終了。

 

 

 本殿はかなり歴史在りそうです。

 

 こんな山の中になぜ『湊』?

 

 都で『おじゃ〇丸』が蹴鞠をしていた平安時代、『八ヶ岳』が火山性爆発により山体崩壊を起しました。その時の流出物は『八ヶ岳』の東から南に掛けて広大な面積を埋め尽くします。

 

 『甲斐小泉駅』近くに『三分一湧水公園』が在り、八ヶ岳山体崩壊で起きた『山津波』により運ばれた岩が在ります。

 

 『山津波』現代なら差し詰め『土石流』でしょうか。

 

 東に流れ出した堆積物は『現佐久穂』付近で『千曲川』を堰き止め、数十年に渡り大きな湖を造りました。

 

 やがてその『湖』も堰き止めていた部分が崩壊してしまいますが、地名に多くの痕跡が見て取れます。

 

 『小海』『海ノ口』『海尻』『広瀬』などの名前が付く位巨大な湖が在り、船を使って交通や物資運搬が行われた模様です。

 

 で『船着き場』=『湊・港』で、交通安全を祈願して建てられた神社が『湊神社』となります。

 

 『平安時代』の『堰止湖』の時代に建てられたのかと云うとそうでも無く、『佐久甲州街道』の安全を祈願する神社として現在の場所位に移築したそうです。

 

平沢峠

 

 野辺山から清里へ。現在の国道はJR小海線と並走していますが、『佐久甲州街道』は『平沢峠』を超えました。

 

 『甲斐の国』からは『信州善光寺詣り』や太平洋の『海産物』

 

 『信州』からは『伊勢参り』物資として『蕎麦』などが多く行き交いした峠です。

 

 

 

 『飯盛山』登山ベースとして広い駐車場・トイレ・自販機などが利用できます。

 

 まぁ登山道に入らなくても『八ヶ岳』の全貌がすぐ目の前。

 

 

  観る人の向きによるんでしょうけど、地図は『ノースアップ』で表示して貰いたい。

 

 

 少し雪の残る新緑の頃が一番好きです。

 

 この駐車場の隣に『獅子岩』が在ります。

 

 動植物保護のフェンスで仕切られた扉を開けて、モノの3分で『獅子岩』です。

 

 

 『プライド・ランド』で産まれたばかりの『赤ちゃんライオン』を夜空に掲げそう。

 

 『右』を向いたライオンか、『左上』を向いているか議論が別れた事ありましたが、私には右真横を観ているように見えます。

 

 まぁこの手の『〇〇岩』ってこじつけみたいのがおおいですからねぇ。

 

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貧乏神

 

 『宮川』地区は、昔から『寒天つくり』の盛んな地域です。

 

 寒風吹きすさぶ冬の風物詩として、田んぼ中に造られた台に固まった寒天を並べ『寒晒し』にするニュースを観ると ♬ 冬が 始~まるよ!

 

 

 『かんてんぐら』から『細女神社』へと続く公園の脇に案内図が立っていました。

 

 『貧乏神神社』と明記されています。行くっきゃ無いでしょ。

 

 日本には古来より『八百万の神』様が居るとされています。

 

 『貧乏神』という神様も当然いる訳で、憑りつかれたくは無いですけど。

 

 

 行ってみると昔からの『味噌蔵』です。

 

 売店では様々な『味噌』の他、『味噌ソフトクリーム』とか『味噌プリン』なんかも販売しています。

 

 更には体験コーナーでは『味噌の仕込み』(仕込んだ味噌の持ち帰り)が格安で出来ます。

 

 そう云えば子供の頃、友達の家に遊びに行くと庭で『大豆』を煮ており、これから味噌造りをするとの事でした。遊びに行ったはずが何故かお手伝い。昔は農家の普通の行事だったんです。

 

 で苦労した分だけ自分ちのは美味い味噌が出来る=『手前味噌』となるんです。

 

 正直な処、手前味噌より味噌蔵の職人=professional が造った味噌の方が絶対美味い。

 

 スーパーで売ってるパック入りでも、値段が高ければ高い程美味いです。でもコストパフォーマンスで考えると早々手が出ないんですけどね。

 

 以前体調を崩して『ユン〇ル』でも買って飲もうと薬局に行った時、薬局の人曰く。

 

「同じ成分を求めるなら、CMにお金かけてない会社の方がお徳です。CMに投資したお金は販売価格で回収してんですから」

 

 若かりし頃でしたので『目からウロコ』でした。

 

 それからも『もし複数から一つを選ぶ』時、同じ価格・同じような内容なら試しにCMしてない方を選びます。それで失敗も在るんですけど。格安でも『中〇産』を躊躇するのは私だけ?

 

 深夜放送や新聞チラシに大量広告を展開する『〇グループ』の製品、何処からCM代金を捻出してるんだろうと考えるとやっぱり手が出ないです。(更にCM共演の女性にかなりの金使っていそう………※個人的感想です)

 

 

 幾つもの『蔵』が並ぶ間の通路には川も流れており、真夏でもひんやりした空気が流れています。

 

 その最奥。使われていない蔵の中に明かりが。

 

 

 『貧乏神』を崇め奉るのでは無く、追い払う為の儀式です。

 

 このイベント参加料が¥100なら安い!

 

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細女神社

 

 御柱が『川越し』する『細川』は『角寒天』の生産でも知られています。

 

 海で採れる『天草』を、わざわざ信州茅野くんだりまで陸路で運び、煮出して布巾で漉し、型枠に流し固める。それを角状に(心太ですね)切り、寒冷の最中、田圃に設えた干し台に並べ凍みらせる。天然の『フリーズドライ』により出来上がったものが『角寒天』です。

 

 そして完全に干からびた状態の物を仕舞う為の倉庫(板蔵)が此の地には沢山建っています。

 

 『土蔵』では湿気の問題が在るのか、内部は板張りです。『桐』な訳ないでしょうけどね。

 

 

 土蔵の三階建て何て初めて見ました。

 

 

 現在は倉庫としての役目を終え、コンサートなどに利用されているそうです。

 

 にしても維持管理が大変そうです。

 

 

 そんな『寒天会社』の守り神だったのでしょうか『細女神社』が在りました。

 

 細く無いのに『おかめ?』 近所の子供が遊ぶような公園になっていました。

 

 

 拝殿は割と新しく、恐らく敷地内に在る古びた神社を移築したものと思われます。

 

 『手押しポンプの井戸』も在りましたが此方はオブジェ。他に水道が在りました。

 

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三輪社

 

 『中央自動車道』と『国道20号線』が交差する辺り、(実は意外と少ない無いんです)『宮川』が流れ、山の端には『木落し坂』が在ります。

 

 この辺り、交通の要所だったらしく、古くからの神社が沢山あります。

 

 『三輪社』もその一つ。旧甲州街道が通り街が繁栄したのでしょう。

 

 

 コンクリート製の鳥居を潜り、拝殿へ。

 

 

 階段脇には『靴のまま登らないで下さい』と在りましたので『靴』を脱げばいいのかな。

 

 まぁ大した『靴下』じゃ無いから汚れても平気と階段を上りますと『舞台』になっています。

 

 『神楽殿』を兼ねているのかな。巫女さんが鈴を手に舞を奉納する。

 

 『君の〇は』のワンシーンじや無いですけど観てみたいですね。

 

 

 大祓いの奥にある『板戸』の飾り窓ですけど、独特な形です。

 

 覗き込むと本殿が見えます。本殿にも飾り窓。

 

 墨書きされた額は誰が奉納したのかな。

 

 

 舞台を降り、靴を履こうとしたら案の定靴下真っ黒。

 

 行かれる方、靴下は黒が宜しいようです。

 

 本殿の彫刻は素晴らしいのですが、如何せん格子が邪魔なのは致し方ないかな。

 

 しかもピントが在って無いし。 

 

 『三輪社』気になった方ウィキペディア。

 

こてえ・天香館

 

 茅野駅西口、初めて訪れました。

 

 茅野駅自体が入り組んだ場所に在り、『国道20号線』や『大門街道』などの幹線道路から外れている為今まで立ち寄る事は無かったです。

 

 『こてえ』は『鏝絵』 『漆喰』を『鏝』で自在に操り、立体的アートに迄高めています。

 

 前記『蔵の鏝絵』の第一人者が『天香』さん。

 

 喫茶店併設の個人博物館?になっています。

 

 

 大人入館料¥500は高いか安いか。(人それぞれでしょうけど)

 

 平日、訪れる人はいないのか、エアコン・照明などは節電の為消されていました。

 

 「一寸待ってね」とスイッチを入れて廻ってくれました。

 

 

 入り口脇からして『小川天香』さんが実際使った『鏝』がズラリ。

 

 『油絵具』の『ペインティングナイフ』や『ピンセット』なども使用したみたいです。

 

 

 階段の吹き抜けにはかなり大掛かりの『鯉に乗る観音様』(正式題名失念です)

 

 『佐久鯉』専門店の看板に欲しい!

 

 買えば高いだろうな。

 

 

 設置されたTVでは、VTRで『小川天香』さんの生涯と鏝絵の説明が流れています。

 

 此れ観るだけで充分価値あります。

 

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木落し坂

 

 信州が誇る奇祭『御柱』は、『諏訪市』の『諏訪大社下社・春宮・秋宮)』と『諏訪大社上社・本宮(諏訪市)』の他『諏訪大社上社・前宮』だけは『茅野市』になります。

 

 『下社御柱』は『湖北トンネル』傍の『木落し坂』を落としますが、『上社御柱』は『茅野運動広場』傍の『木落し坂』を落とします。

 

 更に『上社御柱』は『めどでこ』と呼ばれる『つの状の木』が取り付けられています。

 

 『めどでこ』に結わえられた『縄』を足場に大勢の人がぶら下がり、差し詰め漁舟の『大漁旗』を連想させます。

 

 昔は子供が『段ボール』を尻の下に敷き、『草そり』を楽しむような場所だったのですが、何時しか『御柱御用達』の様に扱われています。

 

 雪が積もると格好の『そり遊び場』として子供が集まりますが。

 

 

 数台停められる坂上の駐車場にはトイレも在り、サボリーマンの格好の休憩場所。

 

 但し『小学校』がすぐ近くに在り子供の視線が………。

 

 

 最大斜度27度はスキーで云えば中級程度。坂上から見下ろしても恐怖は感じません。

 

 でも『丸太』の上に跨って滑る落ちる! 誰が考えたのこんな危険な事。

 

 『御柱』は神社の神域の四隅に建てる『柱』です。

 

 七年に一度(今回はコロナでズレました)、四つの『御社』の四隅に立てるので、計16本の『神聖な大木』が必要になります。

 

 昔は山に分け入り、それらしき『大木』のを探しましたが最近はほとんど運び出し可能な大木は伐り尽くしてしまい、最近では植林地で育てているそうです。

 

 伐った木に綱を付けて引っ張るのが『里曳』 老若男女(昔は女性はタブーだったかな?)が引っ張ります。

 

 その途中で『落としちゃえ』と始まったのが『木落し』 坂を一気に落としたのですが、何時しか『人』も一緒になっちゃいました。

 

 神社まで曳いて行き、所定の位置に立てるのが『建て御柱』ですが、『諏訪大社・上社』の『御柱』は『宮川』を渡ります。此れが『川越し』 

 

 高速道路のすぐ近くですが公園もあり、神聖な場所として市民に親しまれています。

 

 『諏訪大社上社・主神』は『大国主命』と『奴奈川姫』の子供『建御名方命(タケミナカタノミコト)』で奥さん『八坂刀売神(ヤサカトノカミ)』が『諏訪大社下社・主神』です。名前に『刀』が含まれているから………。

 

 因みに別居中で『上社』から『下社』へ『タケミナカタノミコト』が諏訪湖を渡った証拠とするのが『御神渡り』です。昨今暖冬で全面結氷しづらくなっていますけど。

 

 大丈夫。『下社境内』には『諏訪大社上社摂社』が祀られていますから、云わば『ワープトンネル』みたいなもんです。流石神様。

 

 

 この『御柱』に乗れるだけで最高の名誉、喧嘩にならない様に序列が決まっています。

 

 

 すぐ下は道路やJRが走ってんですけどね。

 

 くれぐれもケガ人が出ません様に!

 

粟沢観音

 

 『笹原集落』散策の後、『柳川』を渡ってバイクを走らせていました。

 

 この辺り、道に付けられた名前が素敵です。『御柱道』『縄文の道』『火とぼしの道』 『湯のみち街道』などなど。

 

 『八ヶ岳』の西の麓に広がる広大な農業地帯は『坂本養川』さんの功績によるものです。

 

 地形をみますと、東は『八ヶ岳』と西は『入笠山』から続く『南アルプス』に挟まれ、『中央自動車道』『国道20号線』『JR中央本線』『宮川』の四つが組んづほぐれつする低いエリアに傾斜しています。

 

 自然水利の川の流れは低い『宮川』に向かって流れて行きますが、『坂本養川』さんの治水した水路のお陰で、斜面を横切る様に縦横無尽に水が流れています。

 

 折角の肥沃な大地も『水』が無ければ農業不適切地帯ですもんね。

 

 

 道路沿いに見つけた長い石段。正直この暑さの中(8月中旬の猛暑日)石段登る?

 

 多分であろう石段の上に廻り込むと『粟沢児童公園』へと辿り着きました。

 

 通常は、一の鳥居から参拝するのですが、今回は暑さのせいにして楽しました。

 

 公園の水道で一息入れて、拝殿へ。

 

 

 奉納された額には『文政(1818~1831))』の文字が読み取れます。

 

 馬の背に米俵を括り付け、松林の中の街道を行く。納税?

 

 200年前の絵が色褪せずに残っています。岩絵の具で描かれているのかな。

 

 当時、土地の権力者なのかお金掛けてます。

 

 

 宮大工の腕前も素晴らしいですが、彫刻師の技術も凄い。

 

 拝殿廻りに惜しげも無く施されています。

 

 

 観音堂の御本尊は撮影出来ませんでした。

 

 手前の木造は『賓頭盧尊者』(びんずる)でしょうか。

 

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白山社

 

 真夏のバイクは風を切って気持ちよさそうに見えますが、見えるだけ。

 

 走っている時は風を感じますけど、実際はケガ防止のジャンパーなどを着込みますので、止まったら最悪。股下からエンジンの熱気がモロに上がって来ます。

 

 結局ライダーって『どM』なのかも(個人的感想です)

 

 

 走っていて見つけた鳥居には『白山神社』の文字が刻まれています。

 

 『神社』は子供の遊び場を兼ねて『児童公園』になっている処も多く、水道などが引かれている場合が多いのでよく利用させて頂きます。

 

 余り大きく立派な神社だと駐車場隣接、又はかなり歩かなきゃならなかったりするから見極めが難しいです。

 

 大型バスが立ち寄るような神社だと駐車場にトイレが在って便利。

 

 

 石段を上がると直ぐに広場になっていて、子供が『缶蹴り鬼』なんかをして遊ぶような雰囲気です。

 

 拝殿並びに水道が在りました。(残念ながら水は出ませんでした)

 

 

 『白山神社』は山岳信仰。他にも小さな『祠』が幾つも並んでいます。

 

 しかも『祠』の周りには『木の棒』が立っています。

 

 実はこれ『ミニサイズの御柱』 流石『諏訪』に近い地。

 

 

 もはや『御柱』なのか、只の杭なのかよく解らない状態ですが、神域ですので踏み荒らしたりしない様に。

 

 何の『神様』なのか解らなかったから遠くから一礼して失礼します。

 

火除け地蔵

 

 『笹原集落』の『公会堂』兼『消防詰め所』にバイクを停めまして散策開始です。

 

 前記『将軍地蔵』からさほど離れていないんですけど。

 

 

 『幟立て』が在りますので『神社』が在る事を示していると思われますが、『石仏』が並んでいます。

 

 道路整備の折にでも、分散していた石碑などを保護保存を兼ねて一ヶ所に集めた?

 

 道向かいにもお地蔵様が鎮座しています。

 

 

 『奥蓼科・明治温泉』へと続く『湯みち街道』の起点になります。

 

 『湯みち街道』は『東山魁夷』さんの絵画で有名になった『御射ヶ池』を通り『山の宿・明治温泉』や『渋・辰野館』更には『奥蓼科温泉郷・渋御殿湯』へと続く道です。

 

 尤も『八ヶ岳連峰』へのアプローチとして多くの登山者が利用する道でもありますけど。

 

 

 『湯みち街道』から集落へとはいると『土蔵の鏝絵』を発見。

 

 立体感のみならず『ガラス』の『象眼』や『針金?』の『髭』などの工夫が見られます。

 

 惜しむらくは『角』がポッキリ。

 

 

 『火除け地蔵』いい顔していますね。

 

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笹原集落

 

 道に迷いながらも『笹原集会場』に何とか辿り着きました。

 

 まず目指すは『勝軍地蔵』です。

 

 

 幹線道路の脇に『社』が建っていました。

 

 危うく通り過ぎる所でしたが、チラッと観えた極彩色の石像にピンと来て止まりました。

 

 

 馬に乗った石像は珍しいですけど、彩色されているのは更に珍しい。

 

 日陰を探してググってみますと『勝軍地蔵』となっていました。

 

 『将軍地蔵』は以前何処かで見た事ありました。何処だっけ?

 

 

 調べてみたら(と云ってもポチっとするだけですけど)『京都・愛宕神社』の『愛宕権現』がHIT。

 

 神仏混合の名残で『坂上田村麻呂』を神格化した『神様』と『お地蔵様』が合体。

 

 『坂上田村麻呂』は武功に優れた人で『戦神』として祀られてきました。

 

 一方『火伏』の守り神として地域信仰の対象にもなっています。

 

 案外気が付かないだけで色々な処で祀られているみたいです。

 

 でも『極彩色』に彩られているのは此処だけ?

 

坂本養川

 

 『御射ヶ池』の駐車場脇に新設された観光案内の写真を見て『笹原』面白そう! と勘を頼りにバイクで走り出しました。

 

 ♬ 走り出したら 止まらないぜ 土曜の夜の パーティーさ~

 

 暴走族のテーマみたいなのを口ずさみながら、のどかな田んぼ中の道を走ってます。

 

 

 『茅野市尖石縄文考古館』の駐車場で『スマホ』の地図を開いて道順確認。

 

 何度か入館した事ありますから今回はパス………あれ?あんなところに『ブロンズ像』が在ったっけ?

 

 

 パッと見「助さん、格さん。懲らしめてやりなさい!」と云いそうな『水戸の御老公』かと思いました。

 

 『坂本養川翁』 誰だろうとググってみますと。

 

 

 通常『川』は斜面を上から下へ流れます。(自然の摂理)

 

 斜面を横切る様に『水勾配』を計算しながら『用水』を引き、水の豊富な地区から水不足の地区へと安定供給に成功し、広大な水田開発に尽力しました。

 

 『横川渓谷』の『乙女の滝』も『坂本養川』のなせる技です。

 

 『坂本養川』 ググりたくなった?

 

ホース・リフター

 

 『糸萱』の『蔵の鏝絵』を満喫した後、再びバイクに跨り『笹原集落』を目指します。

 

 しかし曲がる道を一本間違えてしまい、『此処は何処?私は誰~?』

 

 でも道は繋がってるから何れは辿り着くだろうし、行き止まりなら引き返せばいいじゃん。

 

 

 多分あっちだろう(実は深みにハマる元)と知らない道を『勘』だけを頼りに走っていると、見つけました。

 

 見事な『松』

 

 

 向かいの広場には沢山の石像・石仏・石碑などなど。

 

 恐らく道路整備の折に、一ヶ所に集められたか。

 

 

 末の下にも『石碑・お地蔵様』が建っていますが一寸前のめり。

 

 つっかえ棒が良い味出してますね。

 

 

 隣接して『消防団詰め所』が在り、敷地には『火の見櫓』じゃない見慣れない物が建っています。

 

 こーちゃん。若かりし頃『消防団』に属していましたが、一番大変だったのが『ホース干し』

 

 全国の『消防団』は消火訓練として『操法』を練習しますが、どうせなら大会にしようと思ったらしく、毎年春に『操法大会地区予選』が開かれます。

 

 『地区大会』が在るって事は『全国大会』もあるって事で、地区によっては熱の入れようがハンパ無い。

 

 企業・消防団員OBの協力の元、春先の寒いうちから練習が始まります。

 

 内容は如何に早く『火元に見立てた的』に水を掛けられるか。(興味ある方、YouTubeでポンプ操法検索)

 

 で練習に使ったホースは乾かさないと次使えません。

 

 で毎回『火の見櫓』からぶら下げて、中の水抜きをします。

 

 此れが大変で。特に冬場に火事でも在ろうものなら………

 

 それを解決してくれるのが此れ。

 

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糸萱・蔵の鏝絵

 

 『御射ヶ池』の駐車場脇に新たな観光案内が立っていました。

 

 写真が張られているだけですけど、興味深々。

 

 

 お~。笹原集落面白そう。でスマホの地図を頼りにバイクを走らせます。

 

 今どきは『スマホ・ホルダー』を取り付けて『バイク・ナビ』を見ながら走れる『バイク』もありますが、私の30年物のオフロードバイクには無用の長物。と云うより振動&老眼でスマホ画面じゃ見えやしない。

 

 停まってスマホの地図を確認し、ウエストバックに仕舞ってから記憶を頼りにアッチコッチ。で間違えたりして。それも楽しいんですけどね。

 

 あっちこっち迷って辿り着いたのが

 

 

 『糸萱地区』 藏には色彩鮮やかな『鏝絵』が掲げられています。

 

 しかも『漆喰』で『波間に千鳥』なんぞも施されています。

 

 

 『鶴亀』なんて、粘土の色使いも素晴らしい。(カーブミラーは安全上仕方ないか)

 

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日向木場展望台

 

 国道299号線。この道も大好きな道です。

 

 『中部横断道』終点の『佐久穂I.C』で降りると『国道299号線・八ヶ岳横断道路』に出ます。このまま左折して『麦草峠』『白駒の池』を目指すも良し。

 

 ですが峠を越えて『奥蓼科』に下るまで『コンビニ・ガソリンスタンド』皆無です。

 

 もし『給油・コンビニ』に用があるならいったん右折し、国道141号線をさらに右折。

 

 まぁ『おにぎり』でも買ってきますかね。(途中数か所、売店・食堂・飲料自販機は在ります)

 

 『八千穂高原スキー場』『八千穂レイク』『日本国道準最高地点』(現在二位です)『白駒の池』『麦草ヒュッテ』と走り抜けて『峠』を越えると茅野市に入ります。

 

 途中に在るのが『日向木場展望台』です。

 

 

 駐車場のみの展望台ですが此処からの景色が好きです。

 

 トイレ・水道、此処には無いですのでご注意。

 

 訪れたこの日、キャンプでもしたのか、かなり大量のごみが駐車場に放置されていました。

 

 マナーを守れない人は来ないで貰いたい。(ペットボトルの一本や二本なら拾うんですけど、このゴミはバーべキューでもしたな)

 

 美しい景色に憤りを鎮めて貰おうっと。

 

 

 展望台からは『南アルプス』はおろか『中央アルプス』から『御嶽山』まで見渡せます。

 

 只『富士山』は八ヶ岳の陰になって見えないんですね。

 

 

 案内看板も、風雨に晒され、剥げ掛かっています。

 

 

 この日は遥か遠くに『御嶽山』の堆積した火山灰も望めました。

 

 天気が悪いと最悪ですけどね。

 

沓打名水公園

 

 『志賀高原』から『湯田中』に下る道、景色の良い走り易い道で大好きです。

 

 しかし所々に『ビューポイント』や観光名所があるので、ちょこまか停まりながらで距離が稼げません。(オール・スルーもありなんですけど勿体ない!)

 

 そんな中のひとつが『沓打名水公園』

 

 

 トイレ(冬期利用不可)付きの駐車場が在り、サボリーマンならずとも絶好の休憩ポイントです。

 

 水道? 『名水公園』ですよ。 水が流れ落ちています。(只、冬場は凍結しますけど)

 

 

 『湯殿山?』確か出羽三山の修験の山ですよね。登った事無いですけど。

 

 長野県下『御嶽信仰』は多いですけど、珍しいですよね。

 

 

 池へと流れ落ちる滝。

 

 飲めるんですけどこの『石橋』の上から手を伸ばしても届かない………

 

 この右手に『水汲みの滝』が在るからご安心下さい。

 

 上流に『生活圏』が在る『流水』は、汚染されている可能性が在り非常時以外は口にしませんが、この流れは『湧水』によるものですのでゴクゴク飲めます。(人によっては生水でお腹を壊すかも)

 

 

 善光寺詣での為にこの山道を歩いていたんですから、昔の人の足の強靭さには只々感服するばかりです。

 

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横手山神社

 

 下りの道を探していて『横手山神社』の案内を見付けました。

 

 でもリフト山頂駅の直ぐ脇。こんな所に神社?

 

 まぁ大抵の山には山岳信仰があり、山頂には祠が祀られています。

 

 奥さんの事を『山の神』と云うように大抵は『女性』とされています。

 

 中には『日光・男体山』や『雄山』の様に『男性』の山も在りますけど。

 

 

 大好物の『パワースポット』が在るそうですので寄り道です。

 

 

 立派な鳥居が建っているのに気が付かなかった?

 

 それも其の筈、雪の積もった冬しか来た事無いですもん。

 

 多分雪に埋もれていたんでしょう。

 

 

 散策道に小型重機を入れて、道を直している方がいました。

 

 この杭には『山頂まで234歩』と書かれています。

 

 良いねェ。こういう遊び心大好き。一度停まって数え始めます。

 

 開けた処に三角点が在り、此処が山頂か?(因みに214歩でした)

 

 山頂の定義が曖昧だからね。

 

 

 積み上げている石は『火山岩』でしょうか。緯度などが刻まれた台座に石の祠が祀られています。

 

 こーちゃん。山に登っても『ケルン』造りませんし、『神社』で参拝時、『願掛け』もしません。

 

 『ケルン』は崩れると嫌だし、『願掛け』は『願ほどき』に再訪しないと。

 

 なもんで『無事に来れました。』と参拝します。

 

 無事に帰れます様にと頭を下げて。さて下りますか。

 

 流石に2300㍍クラスになると『高山植物』が咲いていました。

 

 但し。採取絶対禁止! 捕まりますよ。

 

 帰りは砂利道の車道を下りました。こりゃ楽だ。

 

横手山

 

 『志賀高原』と『草津温泉』を結ぶ『国道292号線』は『国道最高地点』が在ったり、『高速コーナー』が在ったりで、『ビーナスライン』と双璧を成す『ライダーの聖地』です。

 

 その気になれば一日で両方走破も出来ますけど、温泉にも入ったりしてゆっくりするなら一泊二日をお勧めします。

 

 そんな『志賀高原』の『渋峠』には『横手山スキー場』があり、冬一番早くオープンするスキー場として知られています。

 

 スキー場ですからリフトが在るのは当たり前ですが、昨今流行りの『〇〇テラス』がオープンすると聞いて、混雑前に訪れたいと思っていました。

 

 『横手山2307満天ビューテラス』はまだ営業前でしたので当然リフトも動いていません。なら登ればいいじゃん。

 

 県境の宿『渋峠ホテル』前には『ロマンスリフト』を備えたスキー場が在り、登山道も設けられています。

 

 スキー場の駐車場から、歩く事1時間少々。そこには絶景が待っていました。

 

 

 足元に『渋峠ホテル』と国道292号線の九十九折が見えます。

 

 遥か遠くには『北アルプスの白壁』

 

 

 パノラマ写真、左から『富士山』『浅間山』『南アルプス』『御岳山』そして『北アルプス』までが望めます。

 

 この景色、『テラスオープン&夏リフト運行』したら何の苦労も無く見る事が出来るんです。(まぁお金は掛かりますが。)

 

 

 『アルプス一万尺』の『槍ヶ岳』『小槍』がバッチリ見えていました。

 

 きっと誰かが山頂への鉄梯子に挑んでいるな。

 

 基本山行きの時は『三脚』は荷物になるので持って行きません。

 

 なもんで寄りかかれる物が在るとズームする時有難い。

 

 

 この景色を独り占め。と思ったらハイキングのグループが二組も登って来ました。

 

 考える事は同じか。其の時伺った話ですと、急登坂しなくても林道が続いていてゆっくり歩いても一時間程だそうです。(早く知りたかった………)

 

 そりゃ山頂ヒュッテを建築した道路があるのは当たり前。(バイクで走れりゃなぁ)

 

 帰りは膝の事も考えて林道歩こうっと。

 

 只、営業前と云う事は『トイレ』や『自販機』が使えません。

 

 駐車場で済ませておかないと。(夏場は汗をかく為、余り尿意は催さないんですけどね) 麦茶とスポーツ飲料(ペットボトル500㎖×2本)でも足りない位でした。

 

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中栗・象の鼻

 

 『新潟県妙高市』と『長野県飯山』を結ぶ国道292号線。

 

 この辺りの地下数十メートルを『北陸新幹線』が走り抜けていくのに、道路はくねくねと山間部を抜けて行きます。

 

 とあるバス停に『象の鼻』の文字を見つけました。

 

 象の鼻の様に長く突き出した半島とかは見た事有りますけど、こんな山の中に?

 

 

 炎天下に焙られっぱなしでバイクに乗っていた為、日陰で休憩しようとバス停の中へ。

 

 荷台に括り付けて置いたペットボトルの麦茶は、もはやぬるま湯程に温まってる。

 

 

 もし此の路線沿いに棲む人が『新井市』の学校・病院へ行くなら、朝7:30に乗車したら帰りは夕方18:20の便しかない。此れが交通弱者の現実なのか。

 

 実際には80歳になっても車の運転免許証は手放せないでしょうけど。

 

 

 道を挟んで『長沢川』が創り出したトンネルが素晴らしい。

 

 水の流れの浸食作用で、かくも美しい造形美を造り出しています。

 

 紅葉が生えたら絶好のインスタポイント。

 

 で此れが『象の鼻』の事と思っていたら大間違い。

 

 矢印は川とは反対の山の方へと続いています。

 

 数軒の民家は在るんですけど(だからゴミ回収所も在ったのか)個人住宅の庭?へと続いて行きます。犬はワンワン鳴きやまないし。

 

 で庭の奥の方に白っぽい砂岩か何かが露呈しています。

 

 『これが象の鼻?』しかも写真が保存エラーと来たもんだ。

 

 お近くをお通りの方。グーグルマップにでもアップお願いします。

 

本願寺・国府別院

 

 宗教に興味ない方には何のこっちゃでしょうけど。

 

 昨今の訳の解らない新興宗教じゃ無く『浄土真宗』です。

 

 かく言う私も『浄土真宗』を『浄土信州』と思っていた位宗教とは無縁でした。

 

 明治政府発令の戸籍法により残された記録から分かったのですが、私の先祖は『越後・高田』出身の人で、『杜氏』として『信州佐久』に酒造りに来て居付いちゃったそうです。

 

 『越後・高田』はその後『上越市』に合併しますが大変『お寺』の多い街で、お寺の隣がお寺、向かいがお寺、少し民家が続いてまたお寺。なんでこんなにお寺が多いの?と思う程です。

 

 『クラスメートに一人はお寺の子供が居る。』と聞いたのは、以前、先祖のルーツをたどろうと役場を訪れた時に聞いた話です。結局役場ではそれ以上調べられず、お寺の過去帳を調べては如何?と進言されたのですが、お寺多すぎ! それ以上はお手上げでした。

 

 

 今回訪れたのは『本願寺・国府別院』です。

 

 『本願寺』は『京都・本願寺』の事で、『親鸞上人』開祖の『浄土真宗』の総本山です。

 

 1207年『念仏禁止令』により罪人とされた『親鸞上人』は、京都を追われ『越後』に流刑されました。船の着いた所が『居多浜』(ホントに流されたのね)で『親鸞上人上陸の地』の石碑が在ります。

 

 そして『国府』に 『草庵(粗末な家)』を構えナント『結婚!』 大っぴらに布教は出来ませんが、弟子を連れ諸国行脚の拠点としました。

 

 その後『親鸞』は弟子と江戸に赴き(奥さんとはそれっきり?)大々的に布教活動を行います。

 

 

 何か普通に民家が建っています。

 

 

 絢爛豪華な本堂では在りませんが素晴らしい彫刻の数々。

 

 尤も江戸時代になってから信徒が建てた物ですが。

 

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能生・白山神社

 

 糸魚川・観光案内のお姉さんと話した時、『能生・白山神社』に寄ると良いですよと教えられました。

 

 『能生』には『堤防釣り』に来たり、『弁天島』や『マリンドーム』の『カニ横丁』など観光施設にも結構訪れていましたが、『白山神社』は気が付きませんでした。

 

 改めて『観光パンフレット』の地図を見ると。弁天島のすぐ傍じゃん。

 

 海側ばかり気にしていたから?

 

 

 教育委員会が設置する看板、ざっと目を通します。書かれている文面から、見落とししない様に候補をピックアップしないと。で取り敢えず写真撮影。ブログアップの際に参考にします。

 

 

 石造り鳥居と『角を持つ狛犬』 期待が持てます。

 

 

 手水舎から更に石段を登ります。傍らに

 

 

 越後能生………読めません。決して擦れているからじゃ無くて。

 

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田伏・奴奈川神社

 

 『田伏・奴奈川神社』の場所を、ヒスイ海岸近くのスタンドの人に聞いても、知らないとの返事でした。まぁ興味無い人にはねぇ。

 

 『梶屋敷』に行けば案内図ぐらいあるかもと駅に着くも、ホントに何も無い無人駅。

 

 電車待ちの高校生がいましたので「田伏・奴奈川神社って知らないですか?」と声を掛けるとスマホを取り出しポチポチ。(いやスマホなら持ってるんですけど)

 

 鳥居の在った場所に神社が無いんですよ。その答えは跨線橋に在りました。

 

 旧国道からの参道を横切る様に『日本海ひすいライン』が横切り、歩道橋を渡って線路向こうの神社へと続いています。

 

 まじめな学生さんはバイクで行ける道を教えてくれましたがかなり遠回り。

 

 じゃ、鳥居まで戻って歩きますか。

 

 

 照り付ける太陽光が恨めしい。自販機もなさそうだし。

 

 

 脇参道の鳥居が在り、木陰が在ります。やれやれ。

 

 左手は児童公園になっていて遊具やトイレ水道が在ります。

 

 ♬ 先ずは喉を潤して 目の前のいざこざを 蹴散らすんだぁ~

 

 『長渕剛さん 逆流』 の一節です。

 

 

 鈴緒が二本下がっているって事は参拝者が多い事を表しています。

 

 拝殿の板戸は閉ざされており中は伺い知れません。

 

 参拝を終え振り返ると、参拝に来たお婆ちゃんから「暑いですねぇ」と挨拶されました。

 

 此処でも絶世の美女の手掛かりは無し。仕方ないから帰りますか。

 

 

 『注連縄』は藁? ナイロン製って事無いですよね。

 

 その上の『龍』見事ですね。

 

 もう一度水道を使って顔や手足を冷やしてから出発です。

 

奴奈川神社

 

 糸魚川駅南側に移動します。こちら側は火災の影響を受けなかったエリアです。

 

 市役所や学校、神社などが在り、その中のひとつ『天津神社』を目指します。

 

 案内標識とか在りませんので、勘を頼りに『大木の森』を目指します。

 

 駐車場と思しき場所は神社の南側に在りました。(後で解ったのですが表参道は駅に近い北側でした。)

 

 

 広い境内に見えて来たのは『茅葺屋根』の拝殿です。

 

 右に見えている石垣が?

 

 

 神社で在るのに『鰹木』も『千木』も見当たりません。

 

 まずは参拝。

 

 

 正面に『天津社』、其の左隣に『奴奈川神社』の額が掲げられています。

 

 因みに社務所にも人影は在りませんでした。

 

 

 振り返った正面が『謎の石垣』ですが、どうやら奥の建物は『能舞台』で、『せり出し?』になっているみたい。

 

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塩の道

 

 『敵に塩をおくる』の語源は、日本海に面する越後の『上杉謙信』が、太平洋側を封じ込められた甲斐の国『武田信玄』に塩を贈ったとされています。

 

 が、どうやら真相は、塩を渇望した甲斐の国の『農民』の為に、信濃の国の塩業者を通じて越後の造塩業者から『塩を輸入した』 越後の造塩業者は税金を納める訳ですから結局は上杉謙信が儲かっている訳ですけど。『敵に塩を送る』ですね。

 

 そんな『塩輸送業者』=『歩荷・ぼっか』が塩俵を牛の背に負わせて通った道が『千国街道』=『松本街道』です。

 

 『千国街道』と云っても現在の様に平坦な道が続いていてトラックがビュンビュン走れる様な道じゃ無く、時に川沿いの泥濘や、やっと牛が通れる程度の山道だったりします。

 雨が降っても『蓑笠』を掛ける位の術しか無かったのでは? 濡れたら解けて流れちゃうだろうし。『歩荷』の苦労の末に塩が送られました。

 

 

 『塩の道』=『松本街道』と書かれているが『千国街道』はどこ行った?

 

 それとも『鎌倉幕府設立』が1192年じゃ無くなったように、時代考証の結果、『松本街道』にしとこうな。なんて誰かが決めたのかな。

 

 『道路元標』は小さくて目立たず、通り過ぎてしまったし

 

 

 『塩の道出発点』付近には看板以外の特に目立った物も無いし。

 

 『ここ』では無く『この付近』に訂正して欲しいなぁ。ブツブツ。

 

 『ふんごみ茶屋』はおそらく『踏み込み茶屋』で、草鞋を脱がなくても暖を取れるように、土間に囲炉裏や竈が在ったと思われます。

 

 

 『塩の道ひろば』には『牛』と『牛つなぎ石』のモニュメントが在り、傍らの写真には

 

 

 『こんな山道を塩俵を背負わせた牛と共に歩いたんですよ』の写真が在りました。

 

 人が背負って歩く場合(歩荷)でも『50㎏』の塩俵を背負い、『30㎞』の山道を歩いたそうですからその強靭さ。 歩荷、半端無~ぇ。

 

 山小屋の従業員も50㎏の『歩荷』をする事がありますけど、30㎞は歩かないでしょう。(急登坂とかは在るでしょうけど。)

 

 昔、山を登っていた頃はザック15㎏位は平気だったんですけど、今は贅肉だけで20㎏は背負ってるし。膝が悪いから急登坂なんて無理!(下りで膝が笑う)

 

 カメラとおにぎり、ペットボトル程度をウエストバッグに入れた『トレッキング』に留めます。

 

復活!糸魚川

 

 駅を出て、取り敢えず海岸まで歩いてみます。

 

 展望台に登って海岸を見ると、消火活動を阻む結果となってしまった『テトラポット』が並んでいます。その先に在る砂浜が『ヒスイ海岸』 ヒスイを拾える(かもの)海岸です。

 

 

 大火から6年。街並みは確実に復興しつつあります。

 

 残念ながら雪除けの『雁木』は『アーケード』に取って替わりはしましたが、商店が軒を連ね、生活の場が戻ってきました。

 

 平日の昼間、ふらふら歩いている人影は私くらいなものでしたが。

 

 

 本町通り商店街では、新たな観光目玉として『七福神』を設置。あちこち探しながら散策を楽しめます。

 

 

 『大黒様』は『社』と『?』の間に奉られています。

 

 

 大火の際に焼けてしまった『標柱』 『塩の道基点』と書かれています。

 

 焼けてしまった事は取り返せない事実ですが、教訓として後世に伝える為、保存されています。

 

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糸魚川

 

 6月の暑さ。侮っていました。

 

 『糸魚川』に到着したのは10:00頃でしたが、炎天下に焙られて身体が『涼』を求めていました。

 

 涼むためによく利用するのは『スーパー・休憩所』とか『観光案内所』、コンビニはイートインスペース付きの椅子が在れば最高なんですけど、昨今のバカげた『二重税金制度』の煽りを喰らって、椅子の無いコンビニばかりです。

 

 『スーパー』は店舗によっては無料のお茶が飲めたり、温めたお弁当、アイスクリームなんかも座って食べられるので重宝します。しかもエアコンガンガンに効いてたりして。

 

 今回、取り敢えず『糸魚川駅・観光案内所』を目指しました。

 

 『駅』も比較的利用します。観光案内図が大きな絵地図になっていたり、観光パンフレットが手に入ったり。時にはお得な割引券がついていたりして利用しない手は無いです。

 

 仮に入館料とか温泉施設が¥100引きの割引券でも、グループで移動していれば結構な額になる筈。

 

 最初に訪れたのは『ヒスイ王国会館』

 

 

 入り口には大きな『翡翠原石』が置かれています。

 

 一体どれくらいの価値が在るのだろう?

 

 所々欠けているのは、まさか割られて持ち去られたとか?

 

 

 1階お土産売り場の奥には『翡翠加工工場』が在り、研磨などの加工が観られるはずなのですが………ハイ。閉店です。(こんなパターンが実に多い、店休日の関係でどうしようも無いです)

 

 ジュースとアイスとエアコンのお陰で生き返ったぜぃ。

 

 

 今回『糸魚川』を訪れた目的のひとつが『翡翠採取』

 

 『ヒスイ海岸』に打ち上げられるヒスイは誰でもが採取可能らしいのですが………

 

 『観光案内所』のお姉さんいわく「砂防ダムができてからは、山から流れ落ちてこないんです。それでも海の荒れた翌日には、海岸に打ち上げられる事も在るんですけど、プロみたいな人が夜中から探し回っているから、価値のある石を拾うことは無理かも。」

 

 道理で『ヒスイ海岸』で『ヒスイ探し』しても見つからない訳だ。

 

 工場で出る『屑ヒスイ』を、夜中にばら撒いているとのうわさも在るとか無いとか。

 

 折角自分で拾った『翡翠』で『勾玉』を造ろうと思ったんですけど………無理かな。

 

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フォッサマグナ

 

 日本列島を横断する『中央構造線』 此れを『フォッサマグナ』と思っている人が多いのでは?

 

 『中央構造線』は『糸静構造線』とも呼ばれ、北を『糸魚川市』~『大町』~『松本』~『高遠』~『浜松』へと繋がっています。 此れが『フォッサマグナ』の西端。

 

 東端はハッキリとしていませんが『柏崎』~『千葉市』を結んだラインと考えられています。

 

 つまり『巨大な溝』に堆積物が溜まり、更に地殻変動による起伏が『山脈』を造りました。その後出来た『川』による浸食作用などで『フォッサマグナ』扇状地や平野を形成。『関東平野』も大きな溝の上の堆積物に乗っかっている事に成ります。

 

 

 『長野県・松本』と『新潟県・糸魚川』を結ぶ『国道148号線』

 

 ローカルな『大糸線』と『姫川』、『国道』三つが並びつ、曲がりつで好きな道なのですが、県境付近の道路はほぼ『トンネル』です。

 

 国境の長いトンネルを越えると其処は雪国………じゃ無くて、真夏の太陽ギンギラでぃ。

 

 

 バイクで此処を訪れたのは6月下旬のドピーカンの日。

 

 一見、風を切って気持ちよさそうに見えるけど夏のバイクは『暑いのなんの』

 

 特に夏でも『プロテクター着き皮つなぎ』や『皮ジャン』を着ているタイプですと信号待ちは地獄です。だって股間の下にエンジンがあるんですもん。『金〇火鉢』を夏にしている様なもんです。

 

 駐車場には『トイレ・水道・木陰』が在りますので一休み。

 

 サボリーマンにも絶好な場所ですけど、この日駐車場に停まっている車は一台のみ。

 

 人気無いのかなァ。

 

 

 遊歩道を歩いていると、フェンス越に鉄橋が見えて来ました。

 

 足元にはトンネルが在り、鉄橋と繋がっているみたい。

 

 丁度『ディーゼル機関車』(電線は無いから機関車です)が通過するらしく、遠くで警報機が鳴りだしました。

 

 この『大町』~『糸魚川』を結ぶ『大糸線』、『大町駅』~『南小谷駅』までは『JR東日本』、『南小谷駅』~『糸魚川駅』までは『JR西日本』の管轄です。

 

 つまり『南小谷駅構内』は二つの会社が存在しているって事です。珍しい?

 

 JR東日本発行の『大人の休日倶楽部』此処がネックなんですね~。

 

 

 息を切らせていたのでカメラブレブレです。

 

 すれ違いを期待していたらアララ、行っちゃった。

 

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蟻城

 

 佐久穂ICの千曲川対岸の辺りに、割と大きな『貯水池』が在るのを知っています?

 

 この辺りから千曲川の上流部は川幅が狭くなります。

 

 千曲川の造り出した、扇状地帯の一番上流部に在る『東電発電調整用貯水池』は『穂積発電所』へ送られ発電タービンを廻した後、千曲川へと放流されます。

 

 そしてこの『貯水池』の東側丘陵に『蟻城』が存在していました。

 

 

 『木曽(旧姓・源)義仲』縁故の『樋口氏』が統治し、東は『十石峠』を越えて上州の動静を見据え、南は『甲斐武田(旧姓・源)』の軍政を監視する拠点になっていたと考えられます。

 

 『木曽谷』を統治したから『木曽義仲』と云われますが、出生は『丸子町(現上田市)』 戦の才能に長け、みるみる出世して戦国大名にその名を残します。

 

 

 どうやら此処から登り上げるのですが………無理!

 

 ①暑さ対策無し ②飲料水不足 ③虫除け持ってこなかった④熊除け持たず

 

 諸々を理由に入るのを辞めます。

 

 秋以降の冬枯れじゃ無きゃ入れません。

 

 諦めて『蟻城・北城』へ廻るも同じ様な体。

 

 『蟻城』今回パスです。

 

 

 で見つけたのが「千手院・木像百体観音堂』 

 

 扁額には『補陀落』と書かれています。

 

 

 格子戸に嵌め込まれたガラス越しに撮影です。

 

 そして境内の中には、隣に

 

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布橋

 

 『地獄の王様』とされている『閻魔大王』ですが、実は『仏様』が化身している中のひとつです。

 

 そう思って『閻魔大王像』を見るとアラ不思議。どことなく慈愛を感じたりします。

 

 生前悪の限りを尽くした『カンダタ』がただ一度の行った善行、『蜘蛛』を踏みつぶさなかった事を理由に、『天上界』の『お釈迦様』が『蜘蛛の糸』を地獄の『カンダタ』の元へと垂らします。『蜘蛛の糸』よじ登りながら下を見ると、同じ様に救いを求めて大勢の人が登ってきます。『カンダタ』がそれを見て『俺の糸だ。降りろ!』と叫んだ途端『救いの糸』は消滅して地獄へと真っ逆さま………

 

 『芥川龍之介・蜘蛛の糸』のあらすじ?です。(なんせ50年も前に読んだきりですから) でも『カンダタ』を覚えていたなぁ。

 

 物理的に考えて『蜘蛛の糸』に全体重を掛けてぶら下がれないだろ。耐荷重より肉に食い込んじゃうと思って読んでましたましたから。

 

 消防署の訓練施設で、ぶっといロープを使って垂直登坂した事ありますけど、腕力・握力在っても5メートルとよじ登れませんでした。

 

 それ考えたら『サ〇ケ』や『フリークライミング』や『の選手は凄い。

 

 いや『閻魔大王』でしたよね。

 

 

 『閻魔堂』から『布橋』へは坂道を下ると直ぐですが、苔むした間に石像・石仏が沢山並んだ前を通ります。

 

 違和感感じません? 皆赤っぽいんです。中には普通のも在りますから色を塗られたのでしょうけど。

 

 

 坂を下った先に見える『赤い橋』が『布橋』です。

 

 

 『廃仏毀釈令』のお陰でしょうけど惨いことを。

 

 右から四番目なんて風化してボロボロですし、左端のは多分違う頭部でしょう。

 

 そしてやっぱり赤い色が使われた跡が見えます。

 

 

 端を見守るのは『観音様』でしょうか。

 

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閻魔堂

 

 『称名滝』からの帰路、時間が在れば寄ってみたい候補に挙げていたのが『布橋』です。

 

 『立山博物館』が休館日で時間が余ったので『閻魔堂』をナビに入れまして。

 

 あれれ? 私のカーナビは時々ボケてくれるらしく、細い道をクネクネ。

 

 駐車場も無い場所で到着ですと。

 

 『閻魔堂』迄石段を登ると駐車場が見えました。

 

 何の事は無い。『称名滝』から『宇奈月大野線』をそのまま下って来れば良いだけじゃん。

 

 

 此処は地獄の入り口か………

 

 

 え~っ。何で? 数枚撮った写真のうち、閻魔様だけブレブレ。

 

 明るさと、シャッタースピードの関係でしょうけど。

 

 『閻魔様』は『仏様』の化身とされています。決して怖いだけの神様(仏様だって)じゃありません。

 

 参拝を済ませ。布橋へと下りかけると。

 

 

 次回『布橋』へと続きます。

 

ハンノキ滝

 

 日本各地に『名瀑』と呼ばれる美しい滝が在ります。

 

 一本に落ちる姿が美しい滝。

 

 幾重にも枝分かれして白糸の様に見える滝。

 

 滝の裏側から流れ落ちる水を見る滝。

 

 流れ落ちるのが温泉で滝つぼで入浴出来る滝。

 

 風の強い冬、下に落ちないで宙に舞い霧散する滝。などなど。

 

 道路沿いの車から見える滝も在れば、登山上級者しか拝めない滝も在ります。

 

 日本各地で色々な滝を観てきましたが中でも『幻の滝』と云われる『ハンノキ滝』

 

 この滝は雪解けの5月下旬~6月初頭位しか拝めません。

 

 日本一の落差を誇りますが、落差がどれくらいあるか知っていますか?

 

 因みにその隣には一年中流れ落ちている『称名滝』が在ります。

 

 

 

 立山を発祥とする水は『称名川』を形成し、やがて落差350㍍の大瀑布『称名滝』となります。

 

 その隣に雪解け時のみ現れるのが『ハンノキ滝』 一節では『涅槃(ねはん)の滝』が語源となったとも云われています。

 

 よく見ると岩肌に水の流れた跡が見えますけどやっぱり流れ落ちる姿が観たいと6月上旬を狙って再訪しました。

 

 駐車場から歩く事20数分。途中、トイレ・湧き水が在ります。

 

 『サンダーバード』で買ったおにぎりと、汲んだ湧き水が今回のランチです。

 

 

 遊歩道を歩いて行くと、峡谷の中を滝音が響いてきます。

 

 最初に目に飛び込んでくるのが『ハンノキ滝』

 

 水量はそれ程豊富で歯在りませんが確かに流れ落ちています。逢いたかったぜぃ。

 

 

 そして『観瀑台」から見える二つの滝。

 

 滝つぼまでは近づけませんが、ひょんぐった『称名滝』と『ハンノキ滝』が同じ滝つぼに落ちている様子です。

 

 一年中霧が発生していますが、それでもこの分厚さで残雪が残っています。

 

 ラムネ色の水の流れはさぞや冷たいのでしょう。触れないですけど。

 

 左の『称名滝』が落差350㍍。『ハンノキ滝』は500㍍にもなります。

 

 そしてこの光景がみられるのは、一年のうち雪解け水の多い一月ほどだそうです。

 

 何時までも離れがたいけど帰らなきゃ。

 

 今度は紅葉時期にでも行けると良いな。

 

悪城の壁

 

 『天空の城・〇ピュタ』はアニメ世界の話ですけど『悪城の壁』は立山に存在します。

 

 立山に端を発する『称名川』は、侵食作用による標高差500㍍の河岸段丘を造り出しました。

 

 その『河岸段丘』の絶壁上を通っているのが『立山有料道路』しかし一般車両通行禁止です。

 

 昔は一般車両が走れたけれど、事故や交通マナー、他にも観光客の増大を制御し、排ガスなどから自然環境を守る為に『一般車両通行禁止措置』を取った道路も有りますが(『上高地線』とか『尾瀬鳩待線』)『立山有料道路』は開通当時から一般車両の乗り入れ禁止。大型観光バスのみ(&緊急車両)が通行できます。

 

 『黒部トンネル』も専用電気バス(以前のトロリーバスは電気バスに変わりました。)しか走れません。

 

 なるべく多くの道を制覇したいと思っているこーちゃん。

 

 『立山有料道路』は『大型観光バス』の運転手しか走れませんので『緑ナンバーバス』もを運転するしか在りません。(大型自動車免許を持っているのですけど『白ナンバー』は通行できません)

 

 『黒部トンネル』を走るなら『黒部開発公社』の社員にならなきゃ。

 

 もう一つ走ってみたいのが『御巣鷹山トンネル』 今度は『東電』に入社しなきゃ………

 

 

 六月中旬、白く残雪の残る『称名渓谷』

 

 此処をよじ登り登坂ルートを開いた人が居るんですって。

 

 そのルートは『八郎坂』 現在崩落の為通行止めですけど。 

 

 

 この垂直の岩壁『悪城の壁』なんぞ200㍍以上の高さです。

 

 別に『城跡』がある訳じゃ無いんですけど、在ったとしても生活できないでしょ。

 

 まぁ確かに『鉄壁の要塞』にはなるかもですけど。

 

 実は以前訪れた時は霧に包まれて真っ白で何も見えなかったから気が付かないで通り過ぎちゃいました。

 

 

 少し老朽化した道路脇の展望台。人気が無いのかな。

 

 あの崖の上には『立山有料道路』が通っていて、大型バスが『室堂』まで走っているのにね。 でもバスからの眺めは霧で見通し悪そう。

 

 良かったコッチは晴れていて。

 

サンダーバード

 

 「ファイブ・フォー・スリー・ツー・ワン・ゼロ」と英語のカウントダウンでオープニング。

 

 1965念、イギリスTV局製作、子供向け人形劇『サンダーバード』

 

 直訳すれば『雷鳥』ですけど『国際救助隊』をテーマにした番組でした。

 

 当時はお金持ちの家庭以外は白黒テレビ。当然我が家のアニメも白黒です。

 

 『どろろ(手塚治虫)』『サスケ』『ひょっこりひょうたん島』など数多くのの子供向け番組の中で、五人の兄弟が近未来的乗り物を駆使し、あらゆる困難な救助をこなしていくという内容です。

 

 ナント『ベネロープ』役の声優を、若かりし『黒柳徹子』さんが吹き替えていました。

 

 パチンコの題材にもなったりして、オープニングは今でも強烈な印象が在ります。

 

 『サンダーバード1号』はロケット型可変翼超高速飛行機。『サンダーバード2号』は大型救助コンテナ輸送機。『サンダーバード3号』は宇宙空間対応ロケット。『サンダーバード4号』は超深海対応作業潜水艦。『サンダーバード5号』は宇宙空間に滞在し、24時間地球からの危険信号を受信する為の『宇宙基地』

 

 中でも人気が在ったのが、ずんぐり胴体で垂直離着陸し、音速飛行でいち早く必要物資を届ける2号。プラモデル持ってました。

 

 でも此れ、『オスプレイ』じゃん。

 

 そして4号は『サルベージ船』 北海道の遊覧船サルベージでも活躍しました。『深海6000』も在りますしね。

 

 で5号はモロ『ISS・International Space Station』じゃん。

 

 今回の『サンダーバード』は立山に在るコンビニエンスストアです。

 

 

 初めて『サンダーバード『立山』を訪れた際、他にコンビニらしき店も無く、おにぎりを買おうとして驚いた。

 

 で今回もまたまた驚いた。

 

 

 田舎によくある『何でも販売します』コンビニですけど、そのおにぎり・サンドイッチの具材の多さときたら!

 

 

 サンドイッチの間には『アポロチョコ!』や『クレープ‼』更には『みたらし団子とウィンナー⁉』

 

 

 おにぎりにしても、普通にノーマルの『梅』、『昆布』、『おかか』なども在れば

 

 『熊?』、『ウサギ⁈』、『鹿⁇』 まっ『ジビエ』ですから。

 

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雄山神社前立社壇

 

 能登外周を一周しまして(能登里山海道のお陰でずいぶん楽になりました)富山市内に一泊。早朝から目指すは今回の旅の目的地。でもその前にアッチぶらぶらコッチふらふら。例の面白いの見つけたら寄ってみるという『好奇心旺盛』に逆らえない旅ってヤツです。

 

 

 以前、『雄山神社里宮』を訪れた事は在ったのですが、カーナビの無いバイク旅だったので見落としていました。今回はナビに従って。

 

 川沿いの狭い踏切を渡った処に『鳥居』が在ります。

 

 で駐車場に車を停めると踏切の警報機が鳴りだしました。

 

 

 良いなぁ。『立山行き』 乗客の旅人は『立山黒部・アルペンルート』を行くのかな。

 

 広い駐車場内に他に車は無く、人気が無いのかな。

 

 

 神社参拝の折は出来るだけ『一の鳥居』から潜る様にしていますけど、その『神社』も出来れば『前宮』『里宮』と廻りたい。で今回の『前立社壇』

 

 『壇』って『仏壇』とか『壇蜜』位しかお目に掛かれない漢字。

 

 意味を調べてみますと 祭祀の為に造られた一段高い場所。だそうです。

 

 

 参道を進むと樹木の中に凛とした空気を感じます。

 

 中門を潜って。神社によっては『随身様』が睨みを利かせて居たりするんですけど。

 

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見附島

 

 能登半島を時計回りに先端まで行きまして、後は東海岸沿いに下るだけ。

 

 途中の観光ポイントが

 

 

 何度か訪れてはいるのですが、其のたびに満潮らしく、まだ一度も島に渡れていません。

 

 しかも訪れた一週間後。地震による岩盤崩落が起きています。

 

 島が少しだけ小さくなったそうです。

 

 此の地は『遣唐使』として大陸に渡った『空海』が帰路の船上から「私の訪れるべき場所を示せ」と念じながら『五鈷杵』を投げた処、落ちた場所がこの海岸の松林とされています。(日本各地に伝説があるんですけどネ)

 

 『三鈷杵』を投げ、落ちた場所には『三葉の松葉』が生えたとかの伝説も在ります。

 

 四国巡礼のお寺にも在りましたし、『諏訪大社』にも『天覧の松』が存在します。

 

 松葉の突然変異?(って言っちゃぁご利益無いみたいですけど)

 

 

 『三葉の松』も『四つ葉のクローバー』も拾って押し花にして(花か?)パウチ加工した物です。

 

 リボンを通して『栞』にして使っています。

 

 此れで金運バッチリだぜイ!

 

狼煙

 

 『狼煙』 焚き火により白煙を上げる事で通信手段とした煙の事。古来、狼の糞を焚火にくべて白煙を上げた………らしい。だって『ニホンオオカミ』は戦国時代には絶滅していた? 『山犬』の可能性は高いですけど。

 

 戦国時代、甲斐の国の『武田信玄』は、『狼煙リレー』を利用する事により『上杉謙信軍』の『春日城』出立を、僅か一時間程で知り得たそうです。

 

 現在なら『監視カメラ』と『メール通知』などで即刻知り得る情報ですけど。

 

 そのうち『AI』の自動判断で『そろそろ攻めてくる頃、迎撃用意!』のアラートが鳴り響くんじゃないでしょうか。

 

 

 能登半島・珠洲市の一番先端にある道の駅『狼煙』です。

 

 売店・食事の出来る道の駅の存在は大変ありがたく、此の地を訪れる人は、かなりの率で利用するんじゃないでしょうか。今回はアイスクリームだけ購入です。

 

 だって他に『コンビニ』ないもん。

 

 

 案内看板には『日本語』以外に『英語』『中国語』『韓国語』の二次元バーコード。

 

 『ピクトグラム』で大体の情報は伝わるけど此れが在れば安心ですね。

 

 ひと昔前、知らない国に旅行に行く場合は『ガイドブック』を購入し、『観光情報』のみならず『現地気温』『通貨両替』『危険個所』『マナー』『禁止事項』等々のチェツクをしてから渡航しました。

 

 今じゃ何でもかんでも『スマホ』で事足りちゃう。支払いも『円建てカード払い』でOK

。便利になり過ぎたのかな。

 

 

 能登半島先端は『緑郷崎灯台』が建っています。

 

 狼煙地区には数十戸の民家は在ります。人住む処に必ず在るのが『小学校』ですが、この地区はスクールバスで『珠洲みさき小学校』へ通っているみたいです。

 

 さて坂道を上って。(夏場は飲料水持参でどうぞ)

 

 

 この形。好きです。民家方向に光が照射しない様に『遮光部』が設けられています。

 

 『北前船』の時代から船舶交通の要所です。

 

 実は北方20キロ程の海上に『輪島市・舳倉島』が在り、定期船も運行しています。

 

 舳倉島にも『灯台』が在り、晴れた夜には光を確認出来るのかな。

 

 海上保安庁の『灯台oneタップ』が好きで、色々な灯台を見て楽しんでいます。

 

 灯台興味ある方ググってね。

 

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塩と白米千枚田

 

 能登半島の北部は思った以上に林野が多く、『輪島』~『珠洲』へ向かう道、国道249号線を走っていても左手は海、右手は林の景色が続きます。

 

 『輪島』を過ぎると小さな集落が点在しているだけで、『コンビニ』あったっけ?

 

 久々に訪れた『白米千枚田』は完全観光地化されており、『道の駅千枚田ポケットパーク』は満車状態でした。

 

 20台程の大型バイクのツーリンググループ(お爺ん&お婆ん)が占拠しちゃっているもんだからたまったもんじゃ無い。(マナー悪いと嫌われますよ)

 

 

 稲作可能な平らな場所が少ないので『棚田』はにならざるを得ないんですけど、今では軽トラックが走り回れるし、井戸も数か所掘られています。

 

 『日本一小さい田んぼ』は僅か『稲三株』程ですが、シャレとしか思えないんですけど。

 

 収穫が終わった田の畔にはLEDで縁取られ、夕景からが抜群の存在感なのですが時間の関係でパス。(グーグルマップの写真で観てね)

 

 食事を予定していたのですが、余りに駐車場待ちの車が増えてきたので渋々ながら出発です。

 

 

 次に向かったのが『輪島塩』 塩田式製法の砂浜が広がります。

 

 映画『寅さん』だったかTVの『水戸黄門』だったか、綺麗な砂浜に綺麗な海水を捲き、太陽光で蒸発させて塩分濃度を高めていく。

 

 数十回繰り返した『砂と水』を釜に入れ、今度は煮詰めて結晶化させます。

 

 でミネラルたっぷりの塩の完成。

 

 『米』と『塩』が無ければ日本の食は成り立たない。云わば食の原点ですね。

 

 

 で続いて『窓岩』

 

 

 『ゴジラ岩』と廻りまして

 

 

 『椿の展望台』

 

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能登外周。輪島まで

 

 能登半島の北の縁を走る国道249号線。大好きな道です。

 

 信州人にとって海を見ながら(わき見運転禁止です)走れる道は大好物。

 

 半島一周の時はいつも時計回りに廻ります。だって少しでも海に近い方が良いじゃないですか。

 

 『能登金綱』から先端の『珠洲』まで海岸線や三原市の良い段丘を走ります。

 

 コース途中も見どころいっぱい。 

 

 

 先ずは『巌門洞窟』 ぽっかり空いた穴から波しぶきがドバ~。

 

 

 

 『二見・機具(はたご)岩』 『夫婦岩』とも云われ、大きい方が女性です。

 

 穴が有るからとか。

 

 

 日本一長~いベンチ。 中央には『岸壁の母』の歌碑が建っています。

 

 岸壁じゃ無いのに?

 

 

 『義経の船隠し』 『頼朝』の船団に追われ、『一関』に向けて北上中に此の入り江に舟を隠してやり過ごしたとか。

 

 波に煽られたら、木造船なんて木端微塵じゃない?

 

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猫地獄

 

 ホントに在るんです。

 

 『輪島』は朝市が有名で、朝市通りは皆さん訪れますけど買い物が終われば即移動の方が多いみたいです。面白い所多いのにね。

 

 『のと里山海道』が出来たお陰で『輪島』も随分と近くなったと感じました。

 

 それでも『のと里山海道』が無料と知る前は、一般道オンリーのナビ検索しましたけど。

 

 能登の外れの人口3万人足らずの小さな市なのに、知名度は抜群。更に『輪島朝市』を知らない人はいない位有名です。

 

 『輪島朝市通り』を歩いていてビックリしたのが『伊那忠コスモポリタン』(現在廃業)と『永井豪記念館』 

 

 外見から『コスモポリタン』の事を『美術館』と同意語だとばかり思いこんでましたが、『土産物+喫茶店+美術館?』の商業施設でした。

 

 『永井豪記念館』では、入り口の『マジンガーZ』のお出迎えに、此の地が漫画家『永井豪先生』の出身地だと知りました。

 

 他に知っている有名人は、相撲取りからプロレスラーに転身した『輪島』さん位かな。

 

 山の迫る海辺の町。信州人にはあこがれの地です。

 

 

 今回市街地には寄らず、向かったのは『竜ケ崎』

 

 漫画の登場人物に出て来そうな名前です。

 

 グーグルマップに面白い場所を見つけてどうしても行ってみたくなりました。

 

 その名も『猫地獄』

 

 『鴨ヶ浦』の駐車場に車を停めて歩き出すと

 

 

 『釣り掘り?』『生簀?』いいえ『プール』です。

 

 『輪島』から『オリンピック水泳選手』が輩出されましたが、海で『飛び込み』は出来ても『ターン』の練習が出来ないからと造られたそうです。

 

 海水が自然循環している為、時には魚も一緒に泳いだんでしょうね。

 

 水着を持って来ていれば泳げたのに(6月初旬です)と思いながら海水に触ると思ったより暖かく感じました。(日光で温められたのか、対馬海流の関係なのか)

 

 

 こんなに綺麗な海水です。 (泳いでる魚も美味いんだろうなぁ。)

 

 

 『猫地獄』とはこの岩場に開いた『猫の足跡』の事でしょうか?(尾道の路地みたいに)

 

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総持寺 part5

 

 順路案内に従って反時計回りに回廊を進みます。

 

 

 巨大な『スパティラ』(しゃもじ)が壁に掛かっていました。

 

 さぞや大人数分の料理を『大鍋』で調理していたのかと思ったら

 

 『おのが身は 水をも 火をも 厭わずに 救い上ぐるぞ 御仏の慈悲』

 

 と書かれた張り紙が在りました。

 

 そうか、より沢山を掬い上げる為には 巨大じゃないと。

 

 

 法堂の御本尊に参拝していると、大勢の僧侶が広間に入って来ました。

 

 続いて礼服を着た方々。どうやら法要が執り行われるみたいです。

 

 お邪魔してはいけないからカメラは此処まで、読経が始まると移動しづらくなるので、合掌して後にします。(ゆっくり拝観したかったけど此ればかりは仕方ない)

 

 

 『醍醐天皇』と書かれた上に何やら跡が。『後醍醐天皇』と書いて在るのかな。

 

 光の反射でよく見えないです。

 

 

 丸窓が印象的な『放光堂』 中には沢山の位牌が納められていました。

 

 納骨堂ですので合掌。

 

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總持寺 part4

 

 参道を進み、朱塗りの太鼓橋を渡ると山門です。

 

 『寺院』の多くは街道沿いに『この奥に〇〇寺がありますよ』の宗派・山号などの彫られた『石門』が在り、石畳などの参道が始まります。『石門』の代わりに『総門』が在る場合も在ります。総門は扉を閉める事が出来、拝観料徴収などの寺院に見られます。

 

 此処から『お寺の境内ですよ』を意味する『山門』、左右に『仁王様』が睨みを利かせている場合は『仁王門』と呼びます。

 

 参道脇には『六地蔵』が並んでいる場合が多く、この先は死後の世界でも在る事を意味します。生きている人間も普通に入れますけど神聖な場所です。人間以外が間違って迷い込まない様にお地蔵さまが導いています。

 

 

 煌びやかな金の装飾は在りませんけど、荘厳な門です。

 

 『門』の中央を横切る敷居が在りますが踏んではいけません。

 

 跨げない場合は迂回しても良いそうですけど。たまに踏んで乗り越える方売ますけどやめましょうね。歴史ある『門』などは踏んだ部分がすり減っているのもたまにあります。

 

 『畳の縁を踏むな』的な考え方でしょうか。

 

 

 『香積堂』と在ります。総受付と札書きされていますので『寺務一般受付窓口』?

 

 よく見るとお坊さんが此方を見ています。

 

 拝観料を払う時に、撮影OKを確認していますので臆する事も無いのですが。

 

 常識として修行の妨げになるような撮影はしませんけど。

 

 『座禅』の申し込みとかは此方です。

 

 

 矢印に従って回廊を進むと『木像増長天像』が在りました。

 

 仏教では南方を守護する神様です。

 

 中国では他に『四獣神』と云う考え方が在り、『朱雀』が南の守り神です。

 

 じゃぁ東・北・西は………興味湧いてきたら調べてみてね。

 

 麻雀やる人は席順を東・南・西・北と割り振りますが、実際の方位とは逆回りです。

 

 何でだろ? 気が付かないで麻雀している人が、まぁナント多い事でしょう。

 

 

總持寺 part3

 

 『曹洞宗』の修行は朝早く(5:00)からの拭き掃除に始まり、食事の時の食べる順番、読経、座禅。 一日中動きっぱなし(座禅は動いてないですけど)。

 

 冬の厳寒期で在ろうと足袋・靴下の類を履く訳でなく、常に『裸足』です。

 

 更には着ている物も薄手の法衣のみ。『ダウン』何ぞ以ての外! 最近は『ヒートテック』なんて下着が在るからまだ良くなったそうですが。

 

 

 『経蔵』です。花窓が如何にも『山寺』って感じです。

 

 『杮(こけら)葺き屋根』と漆喰の『白壁』が調和していて落ち着いた雰囲気。

 

 『紅葉』したらさぞかし撮影ポイントになるんだろうなぁ。

 

 

 内部の『八角経蔵』は『心棒』で支えられており、手で押すと簡単に廻ります。

 

 一周する事で中に納められた『経典』を一回唱えたとされます。

 

 此方は柵に囲まれていた為、触れる事は出来ません。(多分限定公開日とか在るのかな)

 

 それにしてもこの木像は誰だろう?

 

 

 建立当時、『浄土真宗』が盛んな北陸の地に『曹洞宗』を根付かせた。

 

 説明を読んでみなければ分らない事って多いんですね。(だから急いでいる時は全部写真に撮って後で読み返します)

 

 

 大きな『神社』には、必ず『太鼓橋』が在ります。

 

 流れている水は『聖域』との境を表し、橋の中央は神様が通る所です。

 

 人は『もっと端っこ歩きなさ~い。』

 

 もっと厳しい戒律の処では、人が絶対に渡れない傾斜にしたり(須坂市・墨坂神社 芝宮)、『安芸の宮島』などの様に『神=天皇』以外は通行を禁止したりしています。(造るのは大工さんですけど)

 

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總持寺 part2

 

 総持寺の総門を潜ると、右手には寺院直営の喫茶室や直売所、トイレなどが在ります。

 

 その先、受付で拝観料を払い参道を進むと

 

 

 『鳥居』が並び『稲荷神社』が建っています。

 

 鳥居の『注連縄』が低い位置なのは、『頭を垂れて潜りなさい』の意味らしいのですが………低すぎない? まさか進入禁止だとか。

 

 手前で参拝するに留めます。

 

 

 其の並び『祥福稲荷大明神』………神様です。 まぁいいですけど。

 

 『稲荷神』と見れば必ず参拝しています。だって商売繁盛の神様ですもん。

 

 

 やっと『お地蔵様』 ん!

 

 

 『乳貰い地蔵』 フムフム。 実話だとしたらかなりホラーです。

 

 『ゲゲゲの鬼太郎(墓場の鬼太郎)』の誕生シーンを思い浮かべてしまいました。

 

 でも実名が書かれているんですから真相の程は?

 

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總持寺

 

 『仏教』には仏様の言葉の解釈の違いから様々な宗派・様式が在ります。

 

 禅を通じて瞑想する『禅宗』にも様々な宗派が存在し、『栄西』により広められた『臨済宗』と『道元』による『曹洞宗』、更には『達磨』で有名な『黄檗宗・おうばく』も在ります。

 

 更に『曹洞宗』を代表する派の中でも『福井県・永平寺』を総本山とする『永平寺派』と『石川県・総持寺』を総本山とする『総持寺派』に分かれています。

 

 高僧『道元』によって開かれた『総持寺』は、最初、此の地に在った『諸嶽寺・しょがくじ』に禅堂を建て修行の場としました。しかし明治時代に火事により焼失してしまいます。そこで交通の便の良い地に移転を決め、神奈川県鶴見に創設されました。

 

 この『鶴見・総持寺』は広大な敷地に『幼稚園』~『大学』まで、『病院』~『墓地』(お寺ですから)までを備えています。

 

 余りの経営上手から修行にはふさわしく無いと考える僧たちが再興させたのが『能登・総持寺』です。

 

 だからと云って二つの仲が悪い事も無く、『鶴見大学・宗教学部』の修学旅行は『能登・総持寺』で修行です。

 

 『輪島の朝市』で大勢の『黄土色の袈裟(見習い?)』を付けた『お坊さん』が大勢歩いていましたので伺いますと『鶴見総持寺付属大学』の『修学旅行中』でした。

 

 禅宗では修行僧が生活するスペースを『単位』(又は略して『単』)と云い、入門を許可され、自分の居場所を得る事を『単位を収得する』と云います。

 

 学業に於いて『単位収得』の語源は禅宗に在ったんですね。

 

 他にも数字の単位では、一、十、百、………兆、から上の単位が 京(けい)、垓(がい)、秭(じょ)、穣(じょう)、溝(こう)澗(かん)、正(せい)、載(さい恒河沙)極(ごく)、恒河沙(こうかしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)、無限大数(むげんたいすう)、最大無限大数(さいだいむげんたいすう)=10の72乗 それ以上を『無限』と云います。(あ~、変換が大変。疲れた)

 

 これらも仏教に由来する言葉から来ています。

 

 小さくなる単位も 割、分、厘、毛………虚空(こくう)、清浄(しょうじょう)=10×-21乗 と名前が付いていますけど割愛。

 

 

 『大本山總持寺祖院』

 

 実は高校時代も訪れているんですけど、拝観料どうしても高く感じて門前で引き返しました。

 

 今回は参拝させて頂きます。

 

 

 拝観料は大人¥500まぁ妥当ですかね。

 

千里浜

 

 新章は6月の初旬の事です。能登をドライブしました。

 

 

 最初の目的地は『千里浜渚ドライブウェイ』

 

 砂浜を車で走れる場所ですが、走行時以外は只の砂浜。写真撮って無いです。

 

 ドライブインを利用しようとして。

 

 

 駐車場の一角に『サンドアート』を見つけました。

 

 『猫型ロボット』や『忍者・〇部くん』『Pマン』や『怪〇くん』

 

 そうお隣、富山県はアニメ作者『藤子不二雄A』さんの出身地です。

 

 

 時代を風靡した『鬼〇の刃』迫力あります。

 

 サンドアートが何故崩れないのか? きめ細かい砂で造るのは勿論。完成後に表面をアクリル樹脂でコーティングして風雨に耐える様にしてあります。さも無きゃ一度の雨でアウト。 そして更に

 

 

 製作者は『自衛隊』 雪まつりの雪像だけじゃ無いのね。

 

 中々『自衛隊』さんには『音楽家』といい、芸達者が多いみたいですね。

 

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若宮八幡神社

 

 まず『八幡神社』に祀られる神様『八幡様』とは『初代・神武天皇』から数えて15代目『応神天皇』の事で、大変武芸に秀でた方で『戦神』としても崇められています。

 

 その『若様(息子)=16代目・仁徳天皇』を指すそうです。

 

『仁徳天皇』は頭が良いのは勿論の事、行動力にも定評があり『聖帝』とも呼ばれました。

 

 逸話として。在る日、食事時に民家の前を通った時、竈の煙が見えない事を不審に思い民家を覗いてみました。その年は凶作で、年貢に取られて食べる物が無い事を知った『仁徳天皇』は、即座に食料の支給を開始すると共に、翌年からは収穫に見合った年貢にします。更に官僚の贅沢を禁止する為自分は質素な生活を心がけました。しかし河川工事などには十分なお金を掛け、農民の生活を安定をさせようとしました。

 

 どっかの政治家に聞かせたい………聞かせても無駄か。

 

 私腹を肥やす事ばかり考える政治家を『悪代官』と言わなかったっけ?

 

 『仕事人』出番ですよ。

 

 

 岩村田の住宅街にこんもりと森が見えました。南側から近づいてみると。

 

 『こども未来館』から踏切を渡ると『御嶽神社』が在ります。

 

 県道154号線は『岩村田高校』と『佐久市営浅間病院』の間を抜けてバイパスを横切り、『平塚』から『駒形神社』『塩名田宿』と続きます。

 

 『旧中山道』は『御嶽神社』周辺が曖昧ですが、『若宮八幡神社』の参道は恐らく『旧中山道』に面していた筈です。とすると『浅間病院』の南側を通っていたのでは?

 

 通常『鳥居』や『山門』は街道に面している、若しくは重要拠点(お城)に向いているでしょうからね。

 

 

 『拝殿』奥には『本殿』が見えます。

 

 更に『御社』が二つ並んでいます。只何も書かれていない。

 

 背後は児童公園となっており、遠い昔にも子供らの遊ぶ声が響いていたのでしょう。

 

 早く『疫病騒動』が収束して伸び伸びと遊べる日が来ると良いね。

 

佐久ホテル

 

 長野県に於いて一番創業の早いホテルと云われています。

 

 「白玉の 歯にしみとおる 秋の夜の 酒は静かに 呑むべかりけれ」と若山牧水が歌に詠んだのがこの『佐久ホテル』さんです。

 

 江戸時代『岩村田宿』として栄華を極め、皇族はおろか著名人の逗留した宿としても有名です。

 

 無造作に展示されている『絵画』『書画』『骨董』の類は、『お〇鑑定団』に登場すれば「イチ ジュウ………ヒャクマン ジャ~ン!」 観てる観客「オ~‼」の世界です。

 

 作者の名前を聞けば聞いた事のある名前ばかり。『魯山人』『横山大観』『比田井天来』などなど名人・大家の作品が並びます。

 

 只、家から15分の距離だから、態々泊まるかと云うと………泊った事無いです。

 

 『佐久鯉料理発祥の宿』でもあり、『鯉料理』の『洗い』『鯉こく』『旨煮』などが食べられますが、行かれる前に事前予約をお勧めします。料理によっては仕込みに丸一日かか物も在るそうです。

 

 更にお風呂。濃度の濃い事で有名な『有馬温泉・温泉濃度4.5』を抜いて『5.6(メタケイ酸)』は私の知る限り日本一?

 

 子供の頃一度入ったきりなので詳しく覚えていないんですけど………

 

 この『佐久ホテル』を詳しく書いたら相当な時間とページが必用ですので、詳しくはホームページでそうぞ。 きっと行きたくなる筈です。

 

 

 ポストも現役稼働中です。

 

 

 『カード対応公衆電話』なんて見た事無い人も居るんじゃ?

 

 

 『出雲大社』が長野県にも在ったんですね。でも講社って何だろ?

 

 

 更には色々な祠が祀られています。

 

 たまには泊まり込みで呑みに行きますか。

 

岩村田ぶらり散歩

 

 ♬ 知らない街を 歩いてみたい 何処か 遠くへ 行きたい

 

 時間もお金も無いから『何処か遠く』じゃ無くて、近場でもそんなに深く知らない街を歩いてみます。

 

 近所をウォーキングしますけど、そのスタート地点を車で少し走った処へ変えるだけ。

 

 都会と違って駐車料金が掛からないですからその点安心です。

 

 

 岩村田郵便局の並びに『子育地蔵尊』が祀られています。

 

 この辺り『西念寺』さんの門前だったのでしょう。

 

 『こども未来館』の南側に『旧中山道』のが通っていますのでひょっとしたらそこまでが西念寺さんの境内だったかも?

 

 

 アーケードに在る『西念寺』さんへの入り口です。

 

 石門と吊るされた『大数珠』が目印です。

 

 『西念寺』さんは以前に書いていますので今回パス。

 

 続いて国道を渡って商店街で

 

 

 沢山の写真が張り出されていました。

 

 蕎麦屋さんの大盛チャレンジの成功者。

 

 只その大盛の量がハンパない。

 

 

 蕎麦っ食いのこーちゃん。大盛は当たり前どころか2枚・3枚当たり前ですけど、近頃食べる量を減らしているから『スカイツリー』かな。

 

 この日は閉まっていましたので、何時の日かチャレンジです。

 

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光岳寺

 

 小諸・荒町の『北国街道』に面した名古刹です。

 

 近くに『島崎藤村』も利用していた『井戸』や、赴きある『城下町(正式には城上町)』の街並みが垣間見えます。

 

 門前で写真を撮っていた処、細い路地から車が猛スピードで飛び出してきました。

 

 一時停止は? まさか犯罪者の逃亡?

 

 高齢の方の様ですけど安全運転お願いしますね。

 

 

 正式名称『浄土宗・天機山傳通院 光岳寺』 

 

 お寺によって『院号』は着いたり着かなったりですが正式には『山号・院号・寺号』と続きます。ex)浅草寺=金龍山伝法院浅草寺。

 

 先ず最初に潜る『総門』又は石柱だけの『石門』、参道を行くと『山門』又は『仁王門』 御本尊を祀る『本堂』と続きます。

 

 

 参道右手に並んだ石碑をよく見ますと

 

 

 『戌の満水』で亡くなられた方を慰霊する為の石仏の様です。

 

 本堂の引き戸に『二次元バーコード』

 

 昨今はお賽銭もスマホ決済取り入れているんですね。進んでると云うか………

 

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富士浅間神社

 

 毎日『浅間山・あさまやま』を見て暮らす者にとって『浅間=せんげん』とは中々読みづらいです。

 

 『富士山』の頂上付近が『富士浅間神社』の境内と知った時は、『富士山に浅間山の山岳信仰が在るの?』と驚いたのですが………。とんだ勘違い。

 

 小諸の農道を走っていたら鳥居を発見。

 

 見事に育った『欅の大木』を見ると歴史が古そうです。

 

 

 鳥居に脇柱が付いていますので格式も高い筈。ただ扁額が無いから名前が解りません。

 

 鳥居で一礼をして拝殿へ。

 

 

 石段を上る前、風も無いのに鈴緒がゆら~り!

 

 しかもさっきは点いていなかった電球が!

 

 電球はセンサーだろうし、鈴緒は此の場所にだけ風が吹き抜けた。と云う事にしときましょう。そうじゃ無いと夜トイレに行けなくなっちゃう。

 

 

 参拝し、格子の間から覗き込むと御社が見えました。

 

 紫の鮮やかな幕は新調でしょうか。御幣や大祓いも新し芋等です。

 

 床も埃が在るで無く、最近神事が行われたみたいです。

 

 御札に書かれた文字には『竈』と見えます。

 

 富士山頂の噴火口は日本一大きな賽銭箱って知ってました?

 

 江戸時代に投げられた小判などが在るかもです。(※拾得物横領罪が適用されますし、第一降りていけません!)

 

浅間山八景

 

 落語題材の『近江八景』は、琵琶湖を代表する絶景八か所を短歌に詠み込んだもの。

 

 大好きな『桂米朝さん』の語り調がぴったりです。

 

 「のせた(瀬田)から さき(唐崎)はあわず(粟津)か ただ(堅田)のかご ひら(比良)いしやま(石山)や はせ(矢橋)らしてみい(三井)」

 

 (乗せたから 先は逢わずか 只の駕籠 拾いし 野馬や 奔らせてみろ)

 

 江戸時代、歌人の『太田蜀山人』が、近江・瀬田まで来た時の問答で、『駕籠かき』から吹っ掛けられた無理難題「近江八景を三十一文字で読んで見せたら駕籠賃を只にしてやる」を受けて読んだとされています。 

 

 御代田町にも浅間山の絶景ポイント八選が在ります。

 

 好奇心がムクムク。

 

 

 中央の標識に『浅間山八景 第一番 真楽寺参道』と書かれています。

 

 此処は『真楽寺』入り口交差点から200㍍程西に来た処。

 

 

 浅間山を背景に、見事な『捻じれ松』と鳥居………鳥居?

 

 『真楽寺』はお寺ですので『山門』か『石門』でしょ?

 

 

 試しに鳥居を潜ってみると川に沿って『真楽寺方面』に向かう道と、草だらけの一本道の奥、神社の幟立てが見えます。

 

 

 川沿いに来ると『真楽寺参道』に在る『不動明王像』の裏手に合流します。

 

 やはり『真楽寺参道』で間違いなし。

 

 良くある神仏混合の名残かと思ったら違っていました。

 

 じゃ草叢の中を行きますかね。

 

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田口小学校広河原分校跡地

 

 『長野県佐久市(旧臼田町)・広河原』は実に不思議な処です。

 

 まずもって長野県にも群馬県にも『南牧村』が存在します。

 

 読み方こそ『みなみまき・長野県』と『なんもく・群馬県』ですけど。

 

 偶に『宅配物』や『郵便物』の誤配が起きたそうです。

 

 特に期日指定や速達なら大変。片道1時間以上掛けて『田口峠』を越え配達したそうです。

 

 『田口峠』が通行止めになった時なんぞさらに大変。『内山峠』経由で片道2時間以上掛ったそうです。

 

 新聞配達の拠点は群馬県。読んでる新聞は『群馬県地方紙・上毛新聞』

 

 流れている川は『利根川』に流れ込み、選挙・公共手続きなどは全て峠超え。

 

 お店は一軒も無く週一で移動スーパーが通ったそうです。

 

 まぁかれこれ40年も前の話ですけど。現在は廃村となってしまいました。

 

 なんで詳しいか? 同級生がいたんですもん。

 

 山道をバイクで走っていて、小さな集落にお店なんかを見つけるとついつい立ち寄ってしまいます。だって大変な環境の中で商売を続けるのは大変なんですから。

 

 閉まったままの店先に、販売していない『タバコ自販機』や『ジュース販売機』だけが残されているのを見掛けると、切ない気持ちになるのは歳のせいかな。

 

 

 『妙義荒船佐久高原国定公園・狭岩峡』 流れる『馬坂川』の滝の近くにそれは在ります。

 

 

 堆積物で浅くなっちゃいましたけど、昔は泳げるくらい深かった?

 

 

 今は廃校後に碑が建っているだけです。

 

 

 校庭の奥に『滝』が在った分校なんてそうは無い。

 

 校庭も百メートル走が辛うじて出来る位。プールは無く滝で水浴びしたんでしょうね。

 

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田口峠

 

 『龍岡城』は日本に二つしかない『西洋式城郭・五稜郭』で有名な城です。

 

 江戸時代末期、領主『松平 乗謨(まつだいら のりかた)』は後に『大給恒(おぎゅうゆずる)』と改名しましたが、元々は『徳川御三家』の正統後継者の一人です。

 

 遡る事?年前、『上野国・平井城城主・上杉憲政(うえすぎまさのり)』との間に領土問題が勃発しました。

 

 『国境』を平和的に決める為、出された案が『日の出を持って城から馬を出し、お互いが出会った場所を国境とする』と云うものでした。(誰の提案だ?)

 

 田口(龍岡藩)の殿様は当日、夜の明けきらぬうちに煌々と『かがり火』を焚き、一番鶏が鳴いたのを『朝』として『速馬』を駆けださせました。田口城から細い山道を進み、峠を越え相手と出会った場所が『狭岩峡』の辺りで、現在でも県境とされています。

 

 明かりも無く整備されていない山道を、馬で速駆けするなんて事が出来るのか解りませんが、逸話として残されています。

 

 

 トンネルから。県境では無くまだまだ『佐久市』です。

 

 

 ついでに県境の写真撮ったんですけどブレブレで見るに堪えませんので削除しました。

 

 戻って来て

 

 

 佐久市・広河原には数年前まで数件の暮らす集落が在りましたが、2019年の台風被害により孤立、陸の孤島となってしまいました。後に住民の転居が続き現在は廃村になっています。

 

 小学校の頃自転車で此処まで来て(確か途中から砂利道)洞窟探検しました。

 

 自転車に書かれてい住所を見たのでしょう、洞窟から帰ってくるとおばあちゃんが待っていて、帰りに食べろとお菓子やおにぎりを持たせてくれました。

 

 昭和の良き時代。そしてお婆ちゃんありがとう。

 

 

 この橋を渡って山道を登ると………

 

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十石峠

 

 『十国峠』は『熱海』から『芦ノ湖』へ向かう山の頂です。

 

 

 旧国名で10の国(駿河・相模・甲州など)が望めるから『十国峠』

 

 『十石峠』はこの峠を越えて、信州から上州へ運ばれた物資が10石/日は在ったからだそうです。

 

 『石高』とは容積の事で、1石=180リットル

 

 戦国時代、米生産量を石高で表示しましたが『加賀百万石』とか聞いた事無い?

 

 戦国時代に一番お米の収穫できたもは『加賀=石川県』 『前田家』の領地では100万石/年のお米が収穫出来ました。1石=150㎏で換算すると15万トン!

 

 え~っ。お米が今2500円/5㎏として1㎏=500円 15万tだと………(電卓の許容オーバー)

 

 米俵が60㎏として一石=2.5俵 10石=25俵。これを馬や牛の背中に載せて山を越えたんでしょう。(計算違いは指摘しないでね) 

 

 

 駐車場の脇に立っています

 

 

 展望台からの景色はイマイチ。この日は立ち入り禁止でした。

 

 

 いつの時代の物か解りませんが、昔も今も交通の安全を見守っていてくれます。

 

鍾乳洞

 

 『鍾乳洞』とか結構行きます。ルートの確保された安全な『観光鍾乳洞』ですけど。

 

 関東最大と云われているのは『奥多摩・日原(にっぱら)鍾乳洞』だったと思ったんですけど、『上野村・不二洞』でした。

 

 『鍾乳洞』の最大級ってのは『総延長』なのか『延べ床面積』なのか『観光ルートの長さ』なのか? 容積で考えられなくも無いし。

 

 

 1200年前には発見されていて、400年前には僧侶の修行の場として確立していました。

 

 其の時、僧侶が名付けた各鍾乳石の名前が今も残っているそうですけど、まるで『天国と地獄』いや『極楽と地獄』 (チャカチャ~ン、チャカチャ~ン、チャカチャカチャ~ン。)

 

 

 色々な名前が付いている『鍾乳石』を片っ端から廻ります。(ルートに従って進むだけ)

 

 

 此処で僧侶が禅行したのでしょうか。

 

 

 『経文の書かれた石=経石』とか上人の骨とかが出土したそうです。(チョット怖いかな)

 

 でも300年前に流行った疫病を鎮める為、洞窟に籠って行をしたり、ひょっとして『即身仏』となった?

 

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不二洞

 

 『上野村・スカイブリッジ』の駐車場から行けるもう一つの観光スポットが『不二洞』=鍾乳洞です。

 

 いつの間にやら観光化していました。昔は只、洞窟案内みたいのが在っただけだったのに。

 

 トイレを借りようかと立ち寄った管理棟が料金所になっていました。

 

 料金大人¥800。鍾乳洞としては普通かな。

 

 某能登半島の先端付近に在る洞窟(鍾乳洞じゃ無い)は見学するだけで¥1500。

 

 『岩泉・龍泉洞』でも大人入場料¥1100。

 

 『糸満・玉泉洞』も昔は只だったのに今は入園料込み¥2000ですと。

 

 お金の話じゃ無かったですね。

 

 

 舗装路の上り坂をダラダラ登って来まして、設置された看板にワクワク。

 

 でもこの手の看板には落とし穴が在りまして、高低差が解らない。

 

 

 入り口に到着も、ドアの向こうは鍾乳洞じゃ無くてトンネル。

 

 

 靴音だけがコツコツと(実際にはスニーカーですのでゴォフォ・ゴォフォ)

 

 トンネル内は一年を通じて十数度。

 

 ポロシャツ一枚だと肌寒い位ですけど人より余計に皮下脂肪がついてますんで、火照った体に心地良いです。

 

 

 味も素っ気も無いドアに到着。ドアノブを廻すと………

 

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スカイ・ブリッジ

 

 『スカイブリッジ』と聞くと『三島・スカイウォーク』が有名ですが、遡る事20年前に『群馬県・上野村』に観光目的の橋が掛けられました。それが『上野スカイ・ブリッジ』

 

 出来たばかりの頃訪れましたが、橋の欄干部に取りつけられた装置から定期的に『シャボン玉』が吹き出す仕掛けが好評でした。

 

 風の勢いに乗って、谷間に向かいかなりの距離を飛んでいきました。

 

 それからかな。いつも車の中に『シャボン玉』を積んでいて、高い所に登るとシャボン玉を飛ばしてみたくなるの。

 

 今の『シャボン玉液』は中々割れなくて、大きさや風の流れによっては数百メートル飛んでいくんです。

 

 屋根まで飛んで 壊れて 消えた。 は昔の話。

 

 『童謡・シャボン玉』は、『野口雨情』の子供が生後すぐに亡くなってしまった実体験から作詞されたと云われています。

 

 シャボン玉 飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで 壊れて消えた

 

 シャボン玉 消えた 壊れて消えた 生まれてすぐに 飛ばずに消えた

 

 風 風 吹くな シャボン玉 飛ばそう

 

 作詞が『野口雨情』さん 作曲は長野県を代表する作曲家『中山晋平』さんの作品です。

 

 

 ほぼ20年振りに訪れたんですけど、雰囲気が大分変った?

 

 

 『某スカイ・ウォーク』は通行料¥1000。(橋から見る富士山が目当てだから通行料と云うより展望料?)

 

 しかも『ツアー』で訪れたから天気が悪くて何も見えなくても料金支払い済み。

 

 案の定何も見えやしねぇ。橋の向こう側も見えないんだから………

 

 『スカイブリッジ』は安心価格の大人¥100ですから。

 

 只、残念なのは『シャボン玉噴射装置』は故障したのか『シャボン玉セット』を売っていました。

 

 昔駄菓子屋の店先に並んでいた、『ピンク容器』と『緑のギザギザの吹き出し口付きストロー』のセット。やはり¥100です。

 

 人のいなくなった瞬間を狙って橋の真ん中で『シャボン玉』を飛ばしました。

 

 だって恥ずかしいじゃん。いいオッサンがシャボン玉。

 

 インスタ映えするかと暫く飛ばしていると人の気配。

 

 橋の袂からこちらを向いてるスマホ、スマホ、スマホ。

 

 いつの間にか観光バスが止まっており、沢山のスマホカメラがこっちを狙ってました。

 

 オッサンは写さなくていいから。

 

 

 『シャボン玉』を飛ばして『カメラ』を構える時にはシャボン玉は遥か遠くに飛ばされていて写真になりませんでした。

 

 橋を渡ると『芝そり滑り』やコテージ・散策道などが在るんですけど今回はパス。

 

 だからおばちゃん。シャボン玉飛ばしていたからって怪しいオッサンじゃ無いからジロジロ見ないの!

 

御荷鉾林道・展望台

 

 オフロードバイクで砂利道をガンガン攻める事は無いです。

 

 そりゃ若い頃はプロテクター着けてモトクロスコース飛び跳ねてましたけど今は無理。(コケて怪我でもしたら商売に差し支える)

 

 なもんで『舗装林道』や『スーパー林道』なんぞをトコトコ走るのが好きです。

 

 

 『御荷鉾スーパー林道』は所々砂利道も在りますけど、ほとんど舗装されていて、偶に『チャリンコ族』にも遭遇します。(あんなに細いタイヤで、よく砂利道走れるもんだ)

 

 この標識だけが目印。まぁ分岐点はそんなに多くないので間違えようが無いですけど。

 

 

 駐車場・簡易トイレ在り。ウッドデッキの展望台です。

 

 この日若干雲が多く、折角の『秩父連山』も霞んでいました。

 

 『両神山』の奥に『和名倉山』から『甲武信岳』『金峰山』などの『秩父多摩甲斐国立公園』の山々が望めます。

 

 そして日航機墜落事故で有名になった『御巣鷹山』も山群の中。

 

 5月。ウグイスは『地鳴き』を卒業して良く通る鳴き声を利かせてくれます。

 

 気の早い『春蟬』を今年初めて聞きました。

 

 ゆっくり構えて、おにぎりでも食べる所ですが、コンビニの類は一切なし。(失敗した~。因みに最終のコンビニは『小幡』だったか)

 

 どころか飲み水も後僅か。早々に山を下ります。

 

 興味を持って『御荷鉾スーパー林道』を走る方。

 

 携帯・スマホ電波届きます。自販機・コンビニ等一切在りません。

 

 一部ガードレールの無い箇所も存在しますし、ハイキングで歩いている方もいます。

 

 『自己責任』と共に自然に・他人に優しく走って下さい。

 

 『御荷鉾スーパー林道』のストリートビューも映像が在りません。

 

 YouTubeでUPしている人が居ますので其方も参考にどうぞ。

 

 『Go-pro』モドキをバイクに積んで録画していましたが、取り付けステーごとどっかに落とした。大ショック………

 

みかぼ森林公園

 

 『御荷鉾』と書いて『みかぼ』と読みます。

 

 群馬県の『富岡』から『神流町』へ掛けて全て山の中。

 

 その中央辺りにあるのが『みかぼ森林公園』です。

 

 公園と言っても『遊具・ブランコ・シーソー』などの類は在りません。

 

 何も無い山の中を散策道が続く『トレッキングコース』が在るだけです。

 

 

 舗装路は間もなく終わり、砂利の敷かれた林道を進みます。

 

 『林道』と『スーパー林道』の違いは、営林署などが林野の管理の為、限られた車両のみ走行許可を与えるのが『林道』 走る為には『管轄営林署』等の許可が必要です。

 

 此れが非常にめんどくさい。窓口で必要書類の提出(通行する車の車検がどうの、免許のコピーがどうの) で許可がすぐ下りる訳でなく、後日通知後に『鍵』(大体入り口にゲートやチェーンで施錠されています)を受け取り、走行後『鍵』を返却しなければいけません。(その日窓口に行って走れるかは疑問) しかも目的が無いと許可が降りません。 以前『上野村の滝』を見に行ったところ、入り口にチェーンが張られ『御用のある方は〇〇まで』と書かれていたので、わざわざ営林署を訪れた処、結局許可が下りませんでした。(往復のガス代と掛かった時間を返せ)

 

 対して『スーパー林道』は道路を造るのは行政ですが、その後地方自治体などに移行され、所により財源確保目的で『有料道路』とされたりしていましたが、人件費(料金所徴収係)などが大きな負担となり今は見かけなくなりました。

 

 ならば誰でもが自由に走れる林道として施工されたのが『スーパー林道』です。

 

 『スーパー林道』=何時でも(余りに危険な箇所は時間規制あり)只で走れる。(一部冬期間閉鎖あり)有難い林道です。

 

 現代の車は『カーナビ』のお陰で知らない場所でも案内して貰えます。

 

 しかし、少し古い型だと融通利かないのか頭(CPU)悪いのか、何でもかんでも最短コースを選んでくれるので時にとんでもない山道を示唆する事が在ります。(単に設定?)

 

 ある日の夕方。『長野県・根羽村』から『静岡県・千頭』に行こうとして『カーナビ』が選んだ道は明りひとつないくねくね林道。狐や鹿がそこかしこに出没しました。(絶対に国道を走った方が早い。)

 

 

 出来れば地図は『ノースアップ(北が上)』で表示して貰いたいな。

 

 この案内地図の背後にはこんな感じで展開していますよ。

 

 此れを観てる貴方は『南西』を向いてるんですよ。の意味なんでしようけど。

 

 広い駐車場を備えた『管理棟』には、トイレや水道も在ります。

 

 自販機や食料品は在りませんので近くのコンビニ(近くに在ったか?)でどうぞ。

 

 

 コロナの関係なのか朝早かったからなのか無人でした。

 

 トイレを借りて、情報を仕入れさて散策してみますか。

 

 

 『山の神の丘・展望台』

 

 う~ん。雲のお陰で展望台からの眺望はイマイチ。

 

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大山祇神社

 

 山道をバイクでトコトコ。

 

 交差点でさてどっちだと停まった先に鳥居が見えました。

 

 

 石柱に刻まれた文字は『大山祇神社』 ん?『紙』じゃ無いし『神』でも無い。

 

 何と読むの『おおやまがみ神社?』 正解は後ほど。

 

 初夏。緑の生命力は力強く、雑草で覆われて………いないです。

 

 さぞや地元の方が日参して手入れしている。って周囲に人家どころか集落からも遠く離れた山の中です。通ってるのかな。

 

 

 参道を進みまして。

 

 

 造花でない(であろう)『榊』の葉っぱも青々としています。

 

 注連縄の『紙垂』も真っ白。最近お祀りでも在ったのかな。

 

 『大山祇神社』は『おおやまずみじんじゃ』と読みます。

 

 『尾道』から『しまなみ海道』で『愛媛県』に入った最初の島『大三島』に『大山祇神社』の総本社が建ってます。

 

 『大山祇』は『大山津見』とも書かれ、日本を造った『伊邪那岐命・イザナギノミコト』『伊邪那美命・イザナミノミコト』が産んだ『神様』の一人です。

 

 兄弟には『綿津見神・わたつみのかみ』とか『火之迦具土命・ひのかぐつちのみこと』がいます。

 

『天孫降臨』で『邇邇芸命』が出逢った『岩長比売命・いわながひめのみこと』『木花咲耶比売命・このはなのさくやひめのみこと』姉妹のお父さんが『大山祇命』

 

 因みに『岩長比売命』は健康長寿だけどお顔立ちがイマイチ。『木花咲耶比売命』は病気がちだけど天下の美貌。

 

 で結局は地上に降りた『神様・邇邇芸命』は『木花咲耶比売命』を選ぶんですけど。

 

 だから生まれた『子孫=人間』には『寿命』や『病気』が在るんですと。(この時点では天皇家=神ですけど)

 

 『邇邇芸命』と『木花咲耶比売命』の間に生まれたのが『海彦・山彦』で有名な『

火照命・ほてりのみこと(海彦)』と『火遠理命・ほおりのみこと(やまひこ)』です。

 

 『海彦・山彦』の神話とは、山で狩りばかりしていた弟『山彦・火遠理命』が兄に、「偶には釣りがしたい!」と申し出て、釣りの最中に釣り針を無くしてしまうと云うアレ。(詳しくはご自身で)

 

 で此の『山彦・火遠理命』が『海神・綿津見命・わたつみのみこと』の娘『豊玉毘売・とよたまひめ』と結ばれて『鵜葦草葦不合命・うがやふきあえずのみこと』が生まれその子供が待ってましたの『神武天皇』 つまり『山彦』は『初代天皇』のおじいちゃんになります。

 

 『大山祇命』は『山』や『水』を司る神様とされていて、『水源・水利』の守り神でも在ります。

 

 ず~っとググっていたからこの神社で小一時間も足止めしちゃった。

 

 今思うと『しまなみ海道』を渡った時、時間の関係で参拝する事が出来なかったのが悔やまれます。

 

 

 あの山の先に在ったんですけどね。

 

 よし。絶対行くぞ『しまなみ海道』いや『大山祇神社』

 

 ※『木花咲耶比売命』は『木花佐久夜姫』とも書きます。

 

 だから『佐久』には美人が多いのか!

 

 

アダルト幼稚園

 

 『小幡』で『織田信長』の子孫のお墓に詣でまして、目的地に向かって県道46号線をバイクで走ります。

 

 山間部に入り、民家もまばらになった頃。