太宰治 文学碑

 

 『帯島』から『竜飛岬灯台』へ向かう途中の海岸沿いに石碑が立っていました。

 

 

 『太宰治』 確かに青森県出身ですけど。竜飛にですか?

 

 何が書かれているんだろう?   

 

 『ここは 本州の袋小路だ 讀者も 酩肌せよ』

 

 旧漢字ですけど『津軽』の一節(らしい)です。

 

 『太宰文学』に触れる人は『走れメロス』で始まり『人間失格』『斜陽』……そして傾倒していく人と、ネガティブな文体に辟易する人に分かれるかも知れません。

 

 小学校の教科書で『走れメロス』を読んだ時、外国人の造った話かと思いました。

 

 『太宰治』と云う名前も、外国人作者が付けた『ペンネーム』だとばかり思ってました。(『小泉八雲』が本名『ラフカディオ・ハーン』と云うアイルランド人)

 

 『太宰治』もペンネームで、本名は『津島修治』です。

 

 津軽(金木)の大地主の家に生まれ、何不住なく育った筈です。何故暗~い感じの小説を書くのだろうか?

 

 生涯を調べてみると(Wikipedia)『薬物依存症』や奔放な『女性遍歴』そして数度となく繰り返された『自殺未遂』 小説家としての才能に恵まれながらも凡人には計り知れない苦悩の中に焦燥しきっていたのかも知れません。

 

 私が原付免許を取った頃、太宰治の小説『富嶽百景』を読み、『山梨県・御坂峠』の『天下茶屋』迄ツーリングした事が在ります。

 

 『河口湖』越に『富士山』が凛とした姿を見せ、『旧五百円札』の図案に採用された姿其の物が眺望出来ます。その峠の山中に『太宰治文学碑』が在りました。

 

 確か『天下茶屋』に長逗留して『富岳百景』を書きあげたと在りました。

 

 然るに、観光名所とすべく縁の場所に建っているのが『文学碑』 

 

 純粋な記念碑と云うよりは、まぁ商魂逞しいと云いますか……

 

 

 訪れたのは10月初頭。各地で夏日になる様な異常気象で半袖ポロシャツで充分でした。

 

 青い空と青い海。

 

 チョット『太宰治』の雰囲気じゃ無い様な……

 

斜坑線

 

 『黒部ダム計画』成功へのカギは、『資材運搬用トンネル=黒部トンネル』の貫通に在りました。時に頑丈な岩盤層を迂回し、時に浸水。そして最大難関の『破砕帯』をもクリアーして『黒部トンネル』が貫通しました。

 

 現在『電気バス』(トロリーバスは廃止です)に乗って『扇沢駅』~『黒部ダム駅』を通る事が出来ます。でもこのトンネル決して真っ直ぐな直線じゃ無く、上下左右にくねっています。

 

 レーザー測量の無い時代に『黒部ダム側』と『扇沢』側両方から掘り進んで、紆余曲折の末、すれ違わないでピンポイントで出逢うのが凄い。(と思うのは私だけ?)

 

 

 通称『もぐら号』 観光だけかと思いきや、点検作業員が後から乗って来て、立派に現役の仕事しています。

 

 搭乗口の扉が閉まると、正面の『油圧ゲート』がゆっくり引き上げられて開きます。

 

 両方一遍に開いてしまうと、地下からの風圧が一気に出口に向かってしまう為、時に危険だとか。

 

 「エヴァンゲリオン。発進」の気分でゲートの開くのを観てましたが、そのゆっくり感は、『マジンガーZ』で秘密基地のプールが開き『マジンガーZ』が現れる感じ。又は『サンダーバード2号』発進の際、ヤシの木がゆっくり倒れて滑走路が現れる様。(歳が解かる?)

 

 『ケーブルカー』は普通、頂上駅を頂点に二台の客車が長いケーブルで結ばれ、ど真ん中の中間点には、すれ違う為の複線区間が在る筈。でも此処の『斜坑線』は車両一台で運行しているから拡幅部も無くすれ違いも在りません。最上部の大型ウインチに全てのケーブルが巻き取られる仕組み。ケーブルカーと云わず『斜抗線』と云う由縁でしょうか。

 

 安全を期すためか、運行上の決まりなのか『運転手』が搭乗し出発です。

 

 『海底駅』迄撮影しましたがず~っと同じ風景。(つまらないからパス可)

 

 

 軌道の真ん中にケーブル支持の滑車が見えます。

 

 扉が開くと発車。

 

 

 『もぐら号』の最前列から『Go-Pro』にて撮影。

 

 傾斜角250‰ 区間778mを9分で下ります。

 

 海底駅では若い女性スタッフが出迎えてくれてガイドしながら作業抗散策が始まります。

 

 薄暗い海底駅でポツンと一人……

 

 某夢の国の『ホーンテッド〇ンション』でゲストが集った広間の壁が何時しか長~く伸びて(実際には大型エレベーターが地下に降りただけ)ゆっくり振り返ると扉の向こうの薄暗い闇の中にメイド姿の若い女性が一人…… 思うんですけどこの『メイドさん』とか『お化け屋敷』のお化け役とか怖く無いのかな?仕事だからプロ根性持ってるのかも知れませんけど。

 

 

 コンクリート吹き付けの作業抗の中には、当時の作業で使われた『ブルドーザー』などが展示されています。

 

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青函トンネル・竜飛斜抗線記念駅

 

 その昔。深夜ラジオだったかの都市伝説として『青函トンネル内にド〇えもんの町が再現されている』と噂された事が在ります。

 

 広い空間に『の〇太』や『ス〇夫』が草野球したり、『ジ〇イアン』がマイクを握りしめてリサイタルを行った空き地が再現されており、『土管』が積み重なっていたとか。

 

 其処から何時しか『ドラえもん・のび太の住む街並み』が在る、と伝わり『野比家』や『しずかちゃんの家』が再現されている……まぁ噂でしたけど。

 

 『新東名高速』のSAに(場所忘れた)『紙兎〇ペ』の八百屋が再現されていると聞いて、わざわざ遠回りして立ち寄った事ありますけど、只の『書き割り』でした。ひょっとしたら『の〇太の町』の『書き割り』が在ったのかな。

 

 『新幹線』が走る前の『青函トンネル』は、在来線特急(特別快速だったかな)が本土と北海道を繋いで走っており、事前申請しておくと『竜飛海底駅』に途中下車する事が出来ました。結局は何処にも行けないから、次の電車に乗るしか無いんですけど。

 

 駅から出て『作業抗』を散策する事が出来たらしいのですが(現在新幹線は停車しません)其処こそが『青函トンネル・竜飛斜抗線記念駅』からケーブルカーで下った場所です。

 

 その『作業抗』は現在『斜抗線記念駅』からケーブルカーで降り、ガイド付きで散策する事が出来ます。

  

 

 『青函トンネル記念館』からコンクリートで覆われた通路を進むと、(多分風よけの為に後で増設)『竜飛斜坑線記念駅』です。

 

 地底へと降りていく『ケーブルカー』の先頭に陣取りたかったのでかなり早めに並びました。

 

 

 フムフム。こんな感じのケーブルカーで地底へと降りていくのだな。

 

 壁面に展示された資料を観て時間を潰しているとだんだんと人が集まって来ました。

 

 

 『記念館駅』を発車して『体験坑道駅』に到着し、坑道をガイドさんの案内に従って散策。その後再び『体験坑道駅』からケーブルカーに乗って『記念館駅』に戻るまでの所要時間は約44分。トイレ済ませとこ。

 

 いざ時間になり、閉ざされていたドアが開くと……続く

 

青函トンネル記念館

 

 此の建物の広大な駐車場は、『青函トンネル工事』の『資材置き場』兼『宿舎』が在ったそうです。

 

 『宿舎』と云っても昔の『タコ部屋』等では無く、『プレハブの個建て』で、敷地内には売店・医療施設なども在り、集落を形成していたそうです。

 

 試しに周囲の道を廻ってみましたが、『電力会社』『鉄道会社』『電話会社』などの建物が点在しているのですが、どの建物も『立ち入り禁止』&『人の気配無し』

 

 『青函トンネル本州方竜飛』と大書きされた看板の下に『トンネル』も在るのですがやはり立ち入り禁止です。

 

 

 ではでは『記念館』へと階段を上りまして。

 

 

 『資料館入館料』と『体験坑道乗車券』がセットで大人¥1500

 

 『体験坑道乗車』は『斜坑線』を『ケーブルカー』で降り、『旧竜飛海底駅』に隣接した『作業抗トンネル』をガイド付きで散策できると云う物。所要時間は約40分程。

 

 私が到着時した時はケーブルカーが発車したばかり。次の発車時間まで資料館をぶらつきますか。

 

 

 トンネルが立体的に表現され、地質や傾斜具合も表現されています。

 

 『青函トンネル開通後』は新幹線に接続されるまでの期間、在来線特急が本州と北海道を結んでいました。其の時は『竜飛海底駅』が存在し、途中下車して『作業抗』の中を散策出来たそうです。

 

 都市伝説では広い空間が在り、のび太の遊んだ広場が再現されているとウワサになりましたが、実際は『土管』が積まれた場所が在っただけとか。

 

 ガイドの若い女性に『土管と広場』の存在を訪ねた処、「在来線の頃は在ったかもしれませんが私は知りません」との事。(そりゃそうだ四半世紀も前の事だもん)

 

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津軽海峡冬景色

 

 ご存じ『石川さゆりさん』の大ヒット曲です。

 

 私が初めて『北海道』に渡ったのが17歳。高校三年生の夏休みです。

 

 当時は高速道路も全線開通していなくて(お金が無いから出来ていても乗らない)、碓氷峠を超えて高崎から50号線・国道4号線を乗り継いでひた走り。

 

 大雨の中、『仙台』で野宿して夜明けとともに更に北上。

 

 『青函フェリー』にバイクを乗せて夕方には『函館』上陸。

 

 その後野宿しながら一ヶ月間、『礼文島』やら『野付半島』『ノシャップ岬』『襟裳岬』『夕張』『帯広』『小樽』……北海道中を走り廻っていました。

 

 『青函フェリー』では『紙テープ投げ』のイベントは無かったと思いますが、『礼文島』から『稚内』に戻る時、乗船時に紙テープを手渡され、見送る人に向かって投げました。

 

 『伊勢正三』さんの名曲『海岸通り』

 

 ♪ 貴方が船を選んだのは 私への 思いやりだったのでしょうか

 

  別れのテープは 切れるものだと何故 思わなかった……

 

 別に只の一乗船客でしたが、見知らぬ女性がテープを拾った瞬間、感情が込み上げてきたのを覚えています。

 

 『吉田拓郎』さんなら『洛陽』の中に

 

 ♪ あの爺さんときたら わざわざ見送ってくれたよ

 

 おまけに テープを 拾ってね 女の子みたいにさ

 

 昔のフェリーは情緒が在りました。(海洋汚染防止の為、紙テープであろうと全面禁止)

 

 更に『津軽海峡冬景色』では

 

 ♪ 上野発の夜行列車落ちた時から……今は『新幹線ハヤブサ』で『新函館』まで4時間チョット。 まぁ新幹線の乗客も無口ですけど。

 

 ♪ ご覧あれが 竜飛岬 北の外れと…… 

 

 『新幹線はやぶさ』は『竜飛岬』を観る事も無く海底トンネルに吸い込まれていきますけど、ホントの『竜飛岬最北端』は『帯島』です。

 

 『高倉健』さん主演の『海峡』に登場する港の脇の『朱塗りの神社』、『弁財天』が建っているのが『帯島』です。橋で繋がっているけど四方を海に囲まれたれっきとした『島』です。

 

 『竜飛岬』の駐車場に降りると、海側に大きな石のモニュメントが立っています。

 

 

 この石碑のすぐ裏手に『階段国道』が在ります。

 

 

 まぁ降りないですけど。

 

 

 人が居ない瞬間に撮影しています。 

 

 「赤いボタンがある。押してみようポチっとな」 (イントネーションが解かる人は50歳以上)

 

 『タイム〇カン』では大爆発が起こり、『ドロンジョ様』が際どい恰好になるのがオチなんですけど、現実は大音量の『津軽海峡2番』が流れます。

 

 次から次に人が訪れてボタンを押しますので、エンドレス状態で流れ続けます。

 

 お土産売り場の人はたまったもんじゃ無いだろうに。(慣れちゃった?)

 

 でも歌詞をよくよく考えると、男と別れて(離婚して)実家に帰る状況。それも女性から別れを告げている。

 

 DV?女癖の悪い男? う~ん昭和のドラマだ。今なら離婚訴訟に賠償金請求!

 

 

 石碑の裏側まで興味持つ人はあまりいないでしょうけど、私、物好きなもんで。

 

 『石川さゆり』さんの『津軽海峡冬景色』の大ヒットのお陰で、『竜飛岬』を訪れる人が格段に増え、経済効果も上向きました。

 

 『三厨村』村長として、感謝の気持ちをを表す為、此の地に石碑と音響システムを設置しました。

 

 でも個人名は要らなくない?

 

竜飛岬 part4

 

 駐車場では『売店・トイレ』などが利用できます。

 

 其処から少し登ると展望の良い『レストラン』も。

 

 その前を通り過ぎると広場になっています。

 

 

 『吉田松陰記念碑』です。何故此の場所に?

 

 プレートを読んでみますと

 

 『津軽海峡沿岸外圧防衛状況視察』 

 

 江戸時代に防衛拠点であると見抜き、雪の残る3月に此の地を訪れたそうです。

 

 今の政治家に見習って欲しいですね。

 

 

 う~ん……達筆すぎて。

 

 折角の詩が読めない。(昨今のアプリでは、草書なども読み取る事が出来るとか)

 

 

 『龍見橋』を渡って振り返るとレストランと灯台が見えます。

 

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竜飛岬 part 3

 

 竜飛崎灯台は周囲から見るだけ。塔には『プレート』が埋め込まれていました。

 

 

 『竜飛岬・灯台』から先は『海上自衛隊』の管轄地で立ち入り禁止です。

 

 『映画・海峡』で、『吉永小百合さん』扮する女性が、断崖から身を投じようとするところを『高倉健さん』扮する『国鉄職員兼地質調査員』が助けるシーンを撮影した場所は恐らくこの先?

 

 映画に登場する『神社』は行ってきたから、断崖絶壁の場所を探していたんですけど……

 

 

 赤く見える建物が『弁財天』

 

 

 ドップラーレーダーやらアンテナやら。余り詳細に写真撮るとスパイ容疑で拘束されたりして。(日本じゃ心配無いか)

 

 

 この断崖を下る遊歩道が在り、海岸まで降りれそうですが、下ると登らなきゃ……パス。

 

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竜飛岬 part 2

 

 船の上から観て 「ご覧 あれが 竜飛岬 北の外れと~」と歌っているだけなら良いですけど、実際の現地は……

 

 

 北海道が津軽海峡の向こうに見えています。

 

 

 防衛の拠点だけにどうしてもその設備に目が行ってしまいます。

 

 私は『自衛隊反対論者』では無く、むしろ『大の自衛隊ファン』です。

 

 普13(陸上自衛隊・松本駐屯地)の閲覧式や、航空自衛隊の『航空ショー』を観るのも大好き。

 

 『富士裾野・火器総合大演習』や『海上自衛隊艦上閲覧式』も観に行きたいんですが、何回応募しても抽選に当たりません。

 

 『自衛隊』を悪く云う人が居るのも事実ですけど、有事の際は誰が守ってくれるんだ?

 

 『災害』の際に誰が助けてくれるんだ?

 

 『ドナーカード』の裏面には『私は臓器を提供しません』と意思表示出来る様に記入欄が在ります。

 

 自衛隊に反対する人達は『何が在っても自衛隊員の手を煩わせません』とでも意思表示して置けばどう?

 

 『雪山遭難』『津波災害』『船舶座礁』など自衛隊で無ければ救助活動出来ない場合も在ります。当然反対論者はそんな時でも拒否しますよね。

 

  自衛隊反対論者だけでなく、国会議員にも物申す!

 

 選挙戦で盛んに使われた『最低賃金底上げ=¥1500』もイザ『賃上げ』しようとしたら

『扶養控除』の『年収103万』の壁がネックになって、労働時間を短縮する労働者が増えそう……じゃ『扶養控除』の額を上げるか。

 

 其の挙句、馬鹿な政治家が増税に繋げる気でしょう?

 

 泥縄政策にウンザリなんですけど。(馬鹿は立候補しちゃダメ)

 

 国会中継を観ると、居眠りしていたり、スマホをいじっていたり、不倫旅行で国会を欠席する何てのも在ったっけ。

 

 先ず『国会議員』は『最低賃金報酬』で働いて、国民に審議の後、成功報酬を受け取れるシステムにすれば、悪さや揚げ足取りなんてしてる暇無くなると思うんですけど。

 

 それと『ふるさと納税』なんてくだらないシステムを考えた政治家と、『返礼品目当て』の納税者。『ふるさと納税』(税金です)!の手数料をかすめ取る『ふるさと納税代行業』(TVCMに出てるタレントも同罪) そりゃ『自分だけ得する』事を優先してれば『税金』が足りなくなる訳だ。

 

 自国だけが良くなればいいと考える『アメリカ国民』が『ト〇ンプ』なんてのを当選させたんだし、『ト〇ンプ』は自分の罪も無い物にしちゃう。可笑しな世の中。

 

 『ふるさと納税』で『返礼品目当て』の人は『アメリカ』を非難できないですね。

 

 えっ。まさか『公務員』で在りながら『ふるさと納税』目当てで他市町村に納税する人なんていないですよね?

 

 財務省の一部人間のお陰で日本の税制度が悪用されているかと思うと……

 

竜飛岬

 

 誰でも知ってる『〇〇岬』は? と聞かれて直ぐ思いつくのが『襟裳岬』や『知床岬』そして何と云っても『竜飛岬』

 

 誰もが唄える歌のタイトルとして知られています。

 

 気象関係の人や昔の登山家なら『気象図』を書く事も在ったでしょうから、ラジオの『気象情報』を聞くと、

 

 「台風〇号は現在、足摺岬の南100キロの海上に在り、気圧980hPa(昔はミリバールってたよな)、最大瞬間風速35m……」なんて云ってました。

 

 『白紙気象図』に、ラジオを聞きながら記号を書き入れるのがカッコいいと思っていたので、必死に覚えたモノですが、現在は『無料気象アプリ』で、数時間後の『降水量』や『風向き』、更には『落雷予想』等の情報がスマホの地図上にリアルタイムで表示されます。それこそ山に行くから『小型ラジオ』を持って行くなんて過去の話。

 

 『トレッキング』では『熊除け』の意味で『山ラジオ』を持って行きますが。

 

 

 『崎』と『岬』の違いですが、海に突き出た陸地のうち、『山塊』の姿を残したままのが『岬』、それ以外の平坦だろうが丘陵だろうが砂浜だろうが『突き出している地形』を『崎』と云います。

 

 気象庁では『山』のあるなしに関わらず『崎』を用いている様ですが。

 

 『国土地理院』では『岬』 気象庁では『崎』 何やら縦割り行政のいびつな関係……は無いと思いますけど。

 

 

 『竜飛岬』の駐車場に入ると目にするのが『自衛隊車両』

 

 お土産売り場の建物もある駐車場の脇ですが、緊張感が漂います。

 

 それも其の筈。船の為の『竜飛岬灯台』も在りますが、『軍事観測用レーダー基地』が在り、津軽海峡を通過する船舶に目を光らせています。

 

 

 『自衛隊車両』の陰に『階段遊歩道』の入り口が在るのですが、近づいちゃいけない雰囲気。

 

 

 灯台入り口に、日に焼けた『竜飛岬周辺図』が立っていますがよく読めません。

 

 まぁ事細かに『軍事施設』とか『レーダー』なんて言葉が読めない方が良いのかも。

 

 数年前まで、外国からの軍事脅威に対抗する為『イージス・アショア計画』が配備されようとしていましたが、現在は『ステルスミサイル迎撃システム』に変更になりました。

 

 『怪獣映画』宜しく『迎撃ミサイル発射』車両が各地に配備されると、格好の攻撃の的になるのでは?と懸念されたのか、はたまた建設費や維持費が膨大になる。との憶測も在りましたが、真相は藪の中。

 

 『イージス護衛艦』を多数所有する日本では、『海上』or『上空』に於いて敵の行動を偵察・観察し、即座に『ミサイル巡洋艦』や『ミサイル搭載潜水艦』から迎撃ミサイルを発射出来るシステムの方が有利だからでしょうか。

 

 まっ『防衛力』に関しては、私が口を挟む事では無いですから。

 

 私は自衛隊を応援しています。「有り難う」と声を大にして云いたい!

 

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階段国道

 

 国道なのに車が通れない。

 

 その名も『階段国道』 『竜飛岬』がまだ観光地化される以前は、『竜飛漁港』から『竜飛岬』へは歩いて登るしか無かったそうです。

 

 余りに過酷な気候のであり、管理するのが『国』だったので『国道』です。

 

 国道339号線として登録されています。

 

 

 民家のすぐ脇を登りますけど、立派な国道標識(逆おにぎり型)が立っています。

 

 結構歩いて登る方も多いみたいで、登り口には駐車場も完備。

 

 でも残念ながら近くにコンビニ等が在りません。(ジュース自販機のみ)

 

 それでも飲み物だけ買って登り始めますと。

 

 

 登り始めると思ったより急勾配。

 

 途中ですれ違った人に聞いたら往復するのに1時間はかかるとか。

 

 う~ん。車で竜飛岬まで行こ。景色は同じだもんね。

 

 『階段国道』に限らず『国』が予算を付ける為に『国道』と名の付くのが他にも在ります。

 

 『フェリー航路』がそれに該当し『海中国道』と呼ばれています。

 

 『新潟港』と『佐渡・両津港』を結び、島内を横断して『佐渡・小木港』から『直江津港』迄を結ぶ全線を『国道350号線』と呼びます。

 

 『カーフェリー』に載せて車が走るから『海中国道』?

 

 他にも『愛媛・三崎港』と『佐賀県・関港』を結ぶ航路も『国道197号線』と呼ばれる『海中国道』です。

 

 尤も海の上に橋を架け、車で走れる道路は『海中道路』と呼ぶみたいですけど。

 

 『沖縄県・うるま市』~『平安座島』までの道が『海中道路』

 

 『福岡県・志賀島』までの道を『海の中道』 

 

 『しまなみ海道』の一階部分の『歩行者・自転車・125cc以下の二輪車』が走れる部分も『国道317号線』ですが呼び名は『しまなみ海道』です。

 

 結局は名前を付けたもん勝?

 

 お近くをお通りの際は是非とも記念にどうぞ。

 

帯島

 

 青森県の北部には『斧』の形の『下北半島』と『陸奥湾』を挟んで『津軽半島』が在ります。

 

 この『津軽半島』 最北端は『竜飛岬』と思っている方が多いですが、実は『帯島』という島が存在します。

 

 『映画・海峡』で『高倉健さん』が朱塗りの神社を訪れますが、この『神社』の建つ処が『帯島』です。

 

 『映画・海峡』は『青函連絡船・洞爺丸』沈没事故を受け、何としてでも北海道と本州をトンネルで繋げたいとう当時無謀とも思える計画に挑んだ男達のドキュメンタリー映画です。

 

 監督の『森谷史郎』さんの作品は、何れも『男の生き様』がクローズアップされる作品が多く『高倉健さん』がピッタリのはまり役です。

 

 『日本沈没』『動乱』『海峡』『八甲田山』『聖職の碑』等々何れも大ヒット映画を撮られる方で、『黒澤明さん』と並んで大好きな監督です。

 

 

 漁港の外れ、本州とは橋でつながっていますが『島』です。

 

 『島』の定義は、四方を水(海水・淡水)で囲まれている事。

 

 三方を水に囲まれていると『半島』

 

 陸地が突き出ていて左右二辺が水に囲まれていると『岬』

 

 三角形に突き出た陸地の先が『崎』 となります。(だったと思う)

 

 

 先ずは一礼して鳥居を潜り参拝。

 

 『弁財天』を祀っており、豊漁・安全祈願に備えられた御酒が沢山並んでいました。

 

 『弁財天』は芸事の神様のみならず、『水』を司る神様でも在るから『海が荒れないで、無事に帰って来れます様に』『豊漁になります様に』などの祈願をする方が多いのでしょうか。

 

 旅先の『神社仏閣』で『願掛け』すると、願いが叶った時に『願ほどき』『お礼参り』に訪れなければならないので、滅多に願掛けすることは無いのですが、この時は『漁師さんが無事帰れます様に。世界中の争いが無くなります様に。商売が続けられます様に』と願掛けしました。

 

 

 『映画・海峡』では小さな防波堤が在るだけでしたが、『神社や港』を護る為に巨大な堤防に変貌していました。

 

 海の向こうに見えるのは『下北半島・大間崎』 薄っすら見えているのが『北海道』です。

 

 そして堤防の突端真下には『青函トンネル』がある筈です。

 

 『青函トンネル』が開通し、『新幹線』が乗り入れる前(1988~2016)は『在来線』が『北海道』と『本州』を繋いでいました。

 

 その期間には『津軽海峡海底トンネル駅』が存在し、予約して置けば駅で下車する事が出来たそうです。

 

 現在『新幹線はやぶさ』は『新青森』~『新函館』区間はノンストップで通過してしまいます。

 

 でも『竜飛岬』に在る『青函トンネル竜飛斜坑線記念館』では実際に工夫がトンネル工事の為に利用した『斜坑線』(ケーブルカー)に乗って『作業抗トンネル』迄降りる事が出来るんです。

 

 当時、このトンネルの一角に、途中下車した人が次の電車を待つまでの間に退屈しない様にと『ドラえもん・のび太の街並み』が再現されていると噂されましたが……真っ赤な嘘でした。

 

 『青函トンネル竜飛斜坑線記念館』は又後程。

 

 

 高台が『竜飛岬』その下に集落や港が在ります。

 

 右端に見える朱色が『弁財天』

 

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青函トンネル入り口広場

 

 『トンネル』ですから出入口が在るのは当たり前。

 

 『青函トンネル』から『新幹線ハヤブサ』が出てくる瞬間を動画に撮りたかったのですが、タッチの差で撮り逃してしまいました。(悔しくて悔しくて)

 

 1時間半程待たなけりゃ次の新幹線が来ない。秋の夕暮れの事を考えるととても待っていられない。

 

 

 駐車場に併設されている『トイレ』ですが何処か新幹線風?

 

 中は普通の水洗トイレです。此れで新幹線のトイレまで模していたら、有料でも使うだろうな。

 

 

 売店も閉まっているし、展望台も他に誰も居ない。

 

 次に行きますか。

 

 

 あ~ばよ。『青函トンネル』

 

 と思ったら右書きの『青函隧道』だった。

 

 いや計画は昭和30年に計画が始まり、本坑が繋がったのが昭和60年。

 

 なのに右から書くの?

 

 

 で地上区間は200m程で東京方面登りは直ぐ次のトンネルに突入。

 

 このトンネルには名前のプレートが無い。

 

 新幹線に乗っていればあっという間に通り過ぎちゃうんだろうな。

 

 余談ですが、『東海道新幹線&山陽新幹線』は全線『東日本企画の60Hz』だそうです。

 

 『東北新幹線&北海道新幹線』『秋田新幹線』なども同じく『60Hz』

 

 でも『北陸新幹線』だけは『軽井沢』附近までが『60Hz』で『佐久平駅』迄の間に『西日本規格の50Hz』に切り替わるそうです。

 

 『都営地下鉄浅草線』などは、時々『高架線』の切り替えの為に瞬間的に車内照明が消える事が在りました。今も在るのかな?

 

 もし佐久付近で『周波数』が切り替わるのなら、照明が消えるのかと、新幹線に乗る度に注意して観ていたのですが気が付きません。

 

 どういう仕組み何だろう?

 

 ご存じの方、情報提供願います。

 

 さて気を取り直して次。

 

トンネル神社

 

 JR東日本発行の『大人の休日倶楽部』 

 

 年会費が掛かりますが、カード提示で乗車券が割引になったり、年に数度『JR東日本管区乗り放題切符』が発売されます。

 

 連続する5日間有効で新幹線自由席迄乗り放題(指定席は6回まで予約可能)

 

 土日祭日を含む場合も追加等無しです。

 

 料金は大人¥18800。例えば『五能線しらかみ号』や『小海線ハイレール1375』などの『リゾート列車』も指定席予約可能です。(別料金が架かる場合も在ります)

 

 要は『鉄道旅行のアイドル期』 格安にするから鉄道で旅行してね。の意図なんですが。

 

 例年のごとく当店は11月の紅葉シーズン頃から格段に忙しくなり、12月の『賃餅』が始まると、毎日AM1:00~PM5:00迄、2週間休みなし。

 

 考えただけで気が重くなるから、その前に英気を養う意味で旅行に出掛けます。

 

 温かい季節なら『バイク』で気ままにツーリング。目的地も決めず、足の向くまま気の向くまま。(足じゃ無くてタイヤですが) 昔はテントに寝袋でしたが、昨今キャンプ場以外のテント泊は中々難しくて。かと言って『キャンプ場』は大人一人〇〇円。バイク一台〇〇円。シャワーが幾らで、薪が幾ら。しかも予約が無いと邪険にされるし……

 

 そこで『ビジネスホテル』を利用ますが、チョットした駅前のビジネスホテルだと一泊¥10000が当たり前。素泊まりコースで¥7000程が相場でしょうか。

 

 私が良く利用するのは、築年数の古そうな『ラブホ』

 

 街外れの『ラブホテル街』には必ず格安のホテルが在ります。一泊¥3980~

 

 近くのコンビニで酒と食料買い込んで。風呂入って寝るだけですから。(しかもムフフのビデオとかも見放題) サービスとして食事(しかも二人前)の提供も在ったり、アーリーチェックアウトどころか気が向いた時間に出発可能です。

 

 有名な観光地を訪れる時、混雑を避ける為に『夜討ち朝駆け』は常套手段です。

 

 『ツアーバス』はホテルの朝食後に動き始めます。その前に移動できればある程度混雑が避けられますから。

 

 

 で私が申し込んだ『大人の休日倶楽部』の切符は9月30日~10月4日迄の五日間有効。

 

 一番の新幹線で『佐久~大宮~青森』(指定席2回利用)迄一挙に移動します。

 

 お昼少しすぎには『青森駅』 其処からレンタカー利用を考えていましたので車内でお酒は飲めませんが。

 

 レンタカーの予約してなかったので此処で少し時間が掛かりましたが、一路『下北半島』へ向かいます。

 

 

 私が一番最初に向かったのが『トンネル神社』

 

 私の知る限り、日本で唯一じゃないでしょうか。

 

 

 『トンネル』は言わずと知れた『青函トンネル』

 

 後ろに見えている『トンネル』が『青函トンネル青森口』です。

 

 

 

 ご神体は『叶明神』 不可能だと云われていた超難工事の『青函トンネル完成』の完成時『念ずれば岩をも通す』の諺通りに不可能を可能にしました。

 

 夢は叶う……で『叶明神』

 

 

 並んで『貫通石』が御神体として鎮座しています。

 

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妙義神社 part3

 

 分かり辛い入り口を見つけ、長~い急な石段を登り、凸凹の石畳の参道を歩いてやっとたどり着いた建物……?

 

 

 火袋の崩壊した『石灯篭』が並び、建物を囲っていたであろう『トタン』の残骸やらが見えます。

 

 

 『神社』で或れば『拝殿』ですが、『鈴緒』や『賽銭箱』が在りません。

 

 『仏閣』で或るなら『御堂』であり、『鰐口』や『財浄』が在りません。

 

 しかも周囲には

 

 

 『六地蔵幢』とお地蔵様。

 

 そして建物の『扁額』には

 

 

 『焉岩山』?(終焉の焉に岩or眉?) もし『山号』でしたら『仏閣』の筈。

 

 因みに麓の『龍興寺』さんの『山号』は『鳳来山』です。

 

 扉を勝手に開ける訳にもいかず……

 

 只、神社の『社』であれば屋根の上に『鰹木』や『千木』が見られるはずです。

 

 此処は『お寺』でしょう。と勝手に決め込み、更に崖の上に見えている『祠』へ向かいます。

 

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妙義神社 part2

 

 神社仏閣を参拝する時は『一礼』から始まります。

 

 『神社』の場合は『一の鳥居』を潜る手前で『これから参拝させて頂きます』の気持を込めて一礼を捧げます。でも『一の鳥居』が海の中だったり、とてつもなく離れている場合は省略ですけど。

 

 『仏閣』の場合は大抵の場合『門』(総門だったり、石柱だったり、いきなり山門だったり)の手前で一礼。

 

 『神社』『仏閣』共に身を清める為の『手水舎』が在るのですが、『鳥居』や『門』の中に在ったりします。

 

 本来、『禊』をしてから一礼を捧げて『鳥居』や『門』を潜るのですが、現代では『手』や『口』を清める事で『禊』の代わりとしています。

 

 参道の途中には川が流れており、橋を渡る事で『聖域』との区別をします。

 

 『神社』では特に『太鼓橋』と呼ばれる『アーチ橋』が在り、神様のみが渡れるとされています。

 

 『仏教』では『六地蔵』より先は『あの世(亡くなられた方の為の場所)』とされています。騒いだりふざけたりしない様に。

 

 『神仏習合』の際、『神道』『仏教』の習慣・作法などがゴッチャゴチャになって、それが現在でも通用しているから尚の事良く解らん。

 

 

 『鳥居』も『太鼓橋』も在りませんので、石段を上る前に一礼。

 

 しっかしよく積み上げたもんだ。人の力は凄いなあ。

 

 

 長年の歳月で、石段は決して平では無く、尚且つ苔が生えたり、枯葉が積もっていたりで歩きにくい。いや気を抜けば危険。補う様に石段を捲きながら山頂へと続く山道が造られています。

 

 まぁ行ける所まで登って観ますか。

 

 

 階段途中の踊り場で四角い穴の開いた『基礎石』が残されていました。

 

 多分『鳥居』が建っていた場所でしょう。

 

 

 この山の上まで『石灯篭』を担ぎ上げる人の足腰はどうなってんだろう。

 

 『箱根駅伝』なんかぶっちぎりの『山の神』に成れるかも。

 

 石灯篭の基礎も歪んでますけど、チャンと屹立しています。

 

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妙義神社

 

 『妙義山』に在る『妙義神社』 余り知られていない存在ですが行くべきです。

 

 『御神体』を山そのものとする『山岳信仰』は各地で見られますが、妙義山の険しい岩山の麓によくも此れだけの石段を積み上げ、材料を運び上げて豪華な社を建てたものだと。

 

 詳しくはgooglemapやWikipediaに譲りますが、一度訪れてみて損は在りません。

 

 只、結構な石段を登りますので足腰丈夫なうちにね。

 

 で『佐久穂町・妙義神社』 やっぱり山の中に在ります。

 

 

 位置的には『龍興寺』さんの真後ろの山頂。登山口付近に駐車場は在りませんので『龍興寺』さんの駐車場をお借りして。(モチロン参拝とお賽銭を忘れずに)

 

 舗装路を西に向かうと左側に一軒だけ家が建っています。その先を曲がって行きますと。

 

 

 害獣除けのフェンスが在ります。此れが入り口。

 

 因みに此処まで一切案内とか在りません。何度迷った事か。

 

 

 フェンスの手前から見下ろすとこんな感じ。畑が在りますので、農家の方が頻繁に訪れるみたいです。故に道路上は駐車禁止。

 

 ではフェンスを開けて。(通過したら即閉める事)

 

 

 踏み跡は在るけど……此処で良いのか?

 

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龍興寺

 

 佐久穂町・大日向地区を訪れて目に入ったお寺、『龍興寺』

 

 正式名称『曹洞宗 鳳来山 龍興寺』 天正19年(1590年)開山の古刹です。

 

 佐久地域に大被害をもたらした『戌の満水』により流失し、その後現在地に再建されました。

 

 

 先ずは案内を読んでみますと。

 

 

 明治維新の頃のご住職。凄いんです。寺子屋として読み書きを教えたり、『秩父事件』の『困民党』を宿泊させたり。『華道』『書家』としても達人と来てます。

 

 国策の『満州移民』に出国した『大日向』の人達。引き上げの際迫害を受け亡くなった方々を慰霊しています。

 

 村を挙げて移民した後地に、他の人達が住み着いてしまったので元の場所に変える事も許されず、御代田町の山の中を開墾し『大日向』と名前を付けて其処に集落を造りました。

 

 昨今の『イスラエル』と『パレスチナ難民』問題が何故か重なります。

 

 

 池に立つお地蔵様は『水子地蔵』でしょうか。隣接して公会場や児童遊園地が見えます。

 

 

 『仁王門』を潜り参道の石段の手前

 

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小諸蒸留所

 

 今年一般公開が始まったと聞き、何時か行ってみたいと思ってました。

 

 お酒は『何でも来い!』の私。夏はbeer。冬は日本酒。通年通してwhiskey。

 

 『酒蔵』や『醸造所』『蒸溜所』見学も好きで、直売所でついつい買いすぎてしまう…

 

 『ユーミン』の歌に出て来る『府中のbeer工場』では、見学の後に出来立ての生ビールの無料試飲が出来ました。(ビールは出来立てが最高!)

 

 『ワイン工場』然り、『酒蔵』然りですが、車で行くと運転できなくなるから……ねぇ。

 

 バスツアーに工場見学が含まれている場合のみ『鯨飲』出来ます。

 

 春先に『駒ケ岳蒸留所』を見学し、お土産に買ったwhiskyが大のお気に入り。

 

 それまでは『ト〇ス』でハイボールにしていましたが、今では『マ〇ス』一本やりです。しかも『一升瓶』に入ったwhiskyでお値段も格安です。

 

 気が付きました?『whisky』と『whiskey』 spellの『e』を間違えてない?

 

 スコッチの起源を主張する『スコットランド』と『アイルランド』が差別化を図る為に『スコットランド産』のウイスキーを『Scotch whisky』、『アイルランド産』のウイスキーを『Irish whiskey』と表示するようになったとされています。

 

 其々の蒸留所で学んだ人が自国に帰り、ウイスキーを造り販売する時に用いた表記が異なったとか、又は輸入した国でその表記のまま使うようになった。 

 

 日本でも『ウイスキー』とか『ウィスキー』『ウヰスキー』とか書いてるところ在るもんね。(吞んじゃえばどれも一緒じゃん)

 

 

 『小諸蒸留所』道路沿いから『ポットスチル』が見えます。

 

 駐車場にバイクを停め、受付へ……

 

 入館料¥2500! えっ。見学料取るの? 只ウイスキー買いたいだけなのに?

 

 受付で暫し考えた後、引き返しました。だってそれだけでボトルが買えちゃうじゃん。

 

 別にウイスキーの造り方とか、他の蒸留所で観て知ってるし。

 

 それに試飲が付いていても飲む訳行かないでしょ。バイクで来てんだから。

 

 

 私の後に送迎バスで来た人達数人は、スンナリと中に入って行きましたけど。

 

 まぁお金持ちなのでしょうね。

 

 

 貯蔵庫も立ち入り禁止。ハイ写真だけ撮って消えますョ。

 

 

 多分一生呑む事無いだろうな。呑みたいとも思わないけど……

 

高峰神社・鳥居

 

 『高峰高原ホテル』裏手の道を少し登ると『高峰神社・一の鳥居』が在ります。

 

 今年の初夏に『高峰山』に登った時、『高峰温泉口』から『高峰山・山頂』を目指したので、鳥居を潜っていなかった。

 

 で鳥居だけでも潜っとこうと駐車場から歩き出しました。

 

 

 お~。いつの間にか新調されている。

 

 以前は丸太を組み合わせただけの鳥居だったと思うけど…何年前だ?

 

 私の出身小学校は小5の時に『高峰登山一泊二日』の遠足(宿泊体験)でした。

 

 学校集合、貸切バスで車山峠まで。徒歩にて『高嶺山頂往復』

 

 その後『高峰高原温泉泊』 夕飯は自炊でカレーを造り、夜は広場でキャンプファイヤー。

 

 当時の『高峰高原温泉ホテル』は現在の『高峰マウンテンホテル』の前身です。

 

 温泉大浴場のを備えた合宿所の様な処で、春~秋は登山&キャンプ、冬はスキーに広く利用されていました。

 

 大きな浴場(内風呂)の中に、大きな浴槽(手前)と小さな浴槽(最奥)の2つが在り、小さな浴槽は『混浴!』 

 

 確か学校の指示では奥の浴槽は使用禁止だった。

 

 夜、男子は大広間一間に一学年男子全員が寝ました。蒲団が足りず二人で一組の蒲団だったと記憶してます。

 

 食事後、テレビも無い大広間に戻り、布団を敷いた後、『トランプ』などの夜の自由時間。当然『枕投げ大戦争』が勃発。一学年三クラスだった為、三ヶ所に分かれて陣地(蒲団の壁)を造り、枕を投げ合うだけの抗争でしたが、モノの3分もしないうちに先生登場。枕を投げた者は廊下に全員正座でした。(私ら数人以外ほぼ全員) てか投げなかったんじゃ無くて、陣地で蒲団を盾のように手に持っていたから投げられなかっただけなんですけど。それじゃ不公平になるから全員で正座しました。

 

 『枕投げ』を想定しての事か、枕は『そば殻』じゃ無くて『スポンジ』だった?

 

 『高峰温泉』は『ランプの宿』とか『雲の上の露天風呂』として宿泊者だけが入れる入浴施設が有名な高級旅館。冬スキー場迄の送迎が『キャタピラーカー』による送迎が在ったりします。

 

 他にも『高峰高原ホテル』(車坂峠)が在り、此処の駐車場から見る展望はお勧め。館内には『こまくさの湯』は立ち寄り入浴出来る温泉施設が在ったり、食事も出来ます。

 

 その他『黒斑山』『篭ノ塔』や『湯ノ丸』への登山ベースや高山植物を手軽に観察できる散策コースや『テラス・レストラン』の在る『高峰高原ビジターセンター』なども在り、山に親しむには絶好の場所です。

 

 そうか私の『山』歩き(現在はトレッキングのみ)の原点は此処だ。

 

 ♪ 山は高峰 ヤホ~ ヤホ~ 雲の上 滑ろうスロープ 粉雪蹴って…

 

  空のスキーよ 2000m 高峰高原スキー場

 

 『高峰スキー・シャンソン』 キャンプファイヤーで歌いました。 

 

 世代によっては『勇気と愛が 世界を救う…Fall inn love  ロマンスの神様…』だったり、『…今宵 涙こらえて 奏でる愛の セレナーデ…』だったりとゲレンデに流れる曲が耳タコだった曲は人それぞれでしょうけど、『高峰スキー場』の冬は『空のスキーよ 2000m 高峰高原スキー場』で決まり。

 

 ビックリしたのは検索したらYouTubeに在りました!

 

 『高峰神社一の鳥居』を見ながら半世紀前の事を思い出しました。

 

 『カレーの鍋、ひっくり返したのは誰だ!』 

 

 

パルコール嬬恋リゾート

 

 『須坂市・米子瀑布』を流れ落ちる『米子川』は『四阿(あずまや)山』に端を発します。

 

 その『四阿山』 『菅平高原』の『菅平牧場』からも登れますが、『群馬県嬬恋村』の『パルコール嬬恋リゾートスキー場』のリフトを使えば『四阿山・稜線』迄行けるとか。

 

 兎に角、楽して山登りしたい派ですので、リフトやゴンドラ大好きです。

 

 もし『富士山』にゴンドラが在れば確実に乗るな。(一挙に高度を上げると確実に高山病になるけど)

 

 以前『菅平スキー場』から『ヘリコプター』で『根子岳』迄登り、其処からスキーで下る『ヘリスキー』を経験出来ましたが、現在は『圧雪車=スノーキャット』で登るみたいです。結局ヘリ料金が高いと思い乗らずじまいでしたが。

 

 『須坂市』と『嬬恋』を結ぶ『大笹街道』が在り、この道は険しい山道であるにもかかわらず、『佐渡島・上越』と『江戸』を最短で結ぶ重要な物流街道だったそうです。

 

 余りにも急峻な場所が多く、『馬』は無理で『牛』の背に荷物を括り付けて運んだそうです。

 

 今回『パルコール嬬恋』からゴンドラに乗って『四阿山稜線』に出て、『三原道分岐』まで行ってみたいと。

 

 

 中野から国道292号線=『志賀草津道路』(以前は有料でした)で『志賀高原』を経由して群馬県に入ります。

 

 この道、バイク乗りにはあこがれの道で、平日の昼間でも引っ切り無しにバイクが走っています。速度制限標識が在りませんが安全運転でね(60㌔規制です)

 

 国道の最高地点が在るのもこの道路です。

 

 

 国道最高地点から『芳ヶ平湿原』が良く見えました。

 

 

 『草津』経由で『嬬恋』に入り、『パルコール嬬恋リゾート』のロビーへ。

 

 誰も居ません。どころかカウンターに『キャベツ』! オブジェでしたけど。

 

 呼び鈴を鳴らせば人が来るのでしょうけど、どうやら今日は営業していないのかな。

 

 此方では日帰り入浴施設が在るのですが、駐車場に車も停まっていなかったから休館日なのかも。

 

 

 取り敢えずスキー場料金のスポーツドリンクと麦茶を買ってゴンドラ乗り場を目指すと…

 

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中山晋平

 

 今年、『中山晋平』をモチーフにした映画が出来るとニュースで読み、北信地区に行ったついでにでも寄ってみようと思っていた『中山晋平記念館』 やっと訪れる事が出来ました。

 

 

 駐車場から正面入り口に廻った処で、ゲートに設えた鐘が鳴り出しました。

 

 

 毎時丁度に音楽が流れる仕組みです。次回は16:00。今度は録画してみますか。

 

 

 玄関脇には『中山晋平ブロンズ像』と……たぬき?

 

 

 ボタンを押すと『童謡・シャボン玉』のメロディーが流れると共に、口から『シャボン玉』が噴き出ます。

 

 そう『野口雨情・作詞』の『シャボン玉』に『曲』を付けたのが『中山晋平』です。

 

 ゲートから流れた音楽は全て『中山晋平・作曲』の作品です。

 

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萬龍寺

 

 『須坂市・米子瀑布』へと向かう道沿い、集落の外れに『萬龍寺』が在ります。

 

 

 『帰命山・万竜寺』 『満龍寺』じゃ無いじゃん。

 

 googlemapでは『萬龍寺』なんですけど………旧漢字表記から変えただけなんでしょうけど。

 

 

 駐車場を出て、山門に向かう(駐車場から直に境内に入れますけどそれじゃつまらない)と、霊園脇に桜の巨木が立っています。

 

 

 途中で幹が三つに分かれている、二つに分かれるのは良くあるけど、三つは珍しい……のか? 四つ葉のクローバー的なもんじゃ無いのかな。

 それよりも、遠方からでも目立ったいた巨木が

 

 

 根元から見上げるとこの幹の迫力。

 

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高仁神社

 

 『須坂市・仁礼』に『高仁神社』が在ります。

 

 白いコンクリート製の鳥居を見つけました。

 

 扁額に『高仁神社』と書かれています。

 

 住所は『仁礼字権現堂』ですので神様の名前が『高仁』と云う事に成ります。

 

 ハテ、初めて聞く神様です。

 

 

 参道の一番奥、石段を登ると拝殿が見えます。

 

 

 祀られている神様は『タケミナカタノミコト』と『ヤサカトノオトメ』 諏訪神社に祀られる神様=『諏訪様』ですね。

 

 古くは『高井郡・仁礼村』と云われていましたので略して『高仁』でした(チャンチャン)

 

 

 『仁礼』の方々に祀られていた神様を『諏訪神社』に合祀し名前を改めたみたいです。

 

 

 『御百度石』も立っていますので、地域の方に大事にされていた神社でしょう。

 

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下仁田駅

 

 小学生の時、自転車でサイクリングを計画し、目的地に選んだのが『上信電鉄・下仁田駅』です。

 

 当時バイパスは無く細い曲がりくねった道。延々と上り坂を時には押しながら峠を越えました。県境を超えればほぼ下り。目的地の下仁田駅近くの食堂でラーメンを食べ、帰り路、延々上り坂を押して歩いた記憶があります。(家に着いた頃はもう辺りは真っ暗で怒られたの何の………)

 

 今ではバイクで片道1時間で行けちゃいます。

 

 

 訪れたのは8月初旬。学生は夏休み真っ最中で、『クラブ活動』や遊びに行くのでしょうか、結構若い人が駅に沢山居ました。(免許持ってりゃ電車に乗らない!)

 

 

 確か以前は『Coca-Cola』のド派手なラッピング車両なんかも在ったと思います。

 

 青と白のツートンも綺麗ですね。

 

 

 情報量てんこ盛りの駅構内。壁と云わずガラスと云わず、ペタペタ貼られたポスターやチラシの多さに『昭和』を感じません?

 

 映画のロケに出も使われると良いのに。(主演・井森〇幸さんで決まり)

 

 

 

 駅構内に設置された『ガチャ』 下仁田の名店シリーズです。

 

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常住寺

 

 国道254号線で『下仁田』に入ると踏切が在ります。

 

 『上信電鉄・下仁田駅』は始発駅な為、此処から町が広がる感じ。

 

 小さいながら商店街が在ったり、古里名刹なども存在します。

 

 踏切脇にお菓子屋さんが在り、何時か訪れたいのですが、車を何処に停めるの?

 

 今回はバイクでしたので是非とも寄ってみたいと思ったのですが、家と店休日が同じなのでしょうか。カーテンが閉まってました。営業はしているみたいです。

 

 踏切の一時停止確認の時、手前の坂道に『常住寺』の案内が出てました。

 

 先にお寺在りき。後に町が発展して線路を通した時、踏切によりチョット不便な参道になったみたい。(お菓子屋さんもそうかな)

 

 

 坂を登り上げると広い駐車場が在り、下仁田の街並みを見下ろせる場所です。

 

 石碑に彫られた『一隅を照らす』 『最澄』の言葉です。

 

 『天台宗・五大山・常住寺』 入口の幕に描かれているのは『桔梗紋』

 

 『吉、更なり』の文字が使われているので縁起が良いとされ『明智光秀』の家紋だったり、真言宗智山派の『円泉寺』にも使われています。

 

 因みに『桔梗』の花言葉は『清楚・従順・変わらぬ愛』ですと。

 

 

 駐車場の片隅に『伝教大師・最澄像』が立っています。

 

 『遣唐使船』で国費で留学した『最澄』は帰国後、比叡山に『延暦寺』を建立し『天台宗』を設立します。(同じ船で『空海』も渡航しましたが此方は私費留学)

 

 この『延暦寺』で仏教を学び、それぞれの解釈から独自の宗派を設立した人達の宗派を『鎌倉仏教』(地名では無く時代)と呼びます。

 

 『浄土宗・法然』『浄土真宗・親鸞』『日蓮宗・日蓮』『時宗・一遍』『臨済宗・栄西』『曹洞宗・道元』などが『鎌倉仏教』と呼ばれていますが『延暦寺・講堂』にはそれぞれの開祖の肖像画が掲げられています。

 

 

 山門を潜ってすぐ左手『弁天堂』が在ります。

 

 『弁天様』は別名『吉祥天』とも呼ばれ、『七福神』に数えられる唯一の『女神』です。水辺に祀られることが多く、この水でお金を洗うと倍になると云う謂れの『銭洗い弁天』が有名です。神使は『白蛇』 手に持った『竪琴』から音楽などの芸能事や蓄財の神様として崇められています。

 

 

 ずらりと並んだ『像』は  初七日・二 七日‥と 七 七日(四十九日)、更には七回忌・十三回忌・三十三回忌  迄それぞれの法要を司る『菩薩様』や『如来像』が並んでいます。

 

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鏑神社

 

 国道254号線を東へ。消防署の見える交差点を左折すると『もみじライン』通称『姫街道』で『和美峠』経由『軽井沢』へ抜ける事が出来ます。

 

 今から50年程も前、世間を騒がせた『連合赤軍』が警察の捜査を逃れながら真冬の山中を迷走したであろう峠です。

 

 流れる『鏑川』は清流で『夫婦岩』などの景勝地や、緑掛かった温泉の『八千代温泉・芹の湯』などもこの街道沿いに在ります。

 

 『川越街道』の宿場町として発達した『西野牧』には『関所』も在りました。

 

 『佐久市浅科』の『五郎兵衛新田』には『関所破りの桜』と呼ばれる『桜の古木』が在ります。

 

 江戸時代、浅科の若者が所用で『上州(群馬県)』を訪れた際、桜の苗木を手に入れます。

 

 『川越街道』を往来する為『西野牧関所』の通行手形は持っていたのですが、帰り路、内山峠が通れなくなり、苗木を枯らすまいと考えた若者は『中仙道』経由を試みます。

 

 『横川の関所』を通ろうとしますが『通行手形』を持っていなかった為、通行を許される筈は無かったのですが『市川五郎兵衛』の元へ『桜の苗木』を届ける為と聞いた役人は『通行手形』を持たなかったにも関わらず通行を許します。

 

 無事浅科に届いた桜の苗は立派に育ち、現在も『関所破りの桜』として見事な桜の花を咲かせます。

 

 名前だけ聞くと『強行突破の関所破り』かと思いましたが、役人の粋な計らいだったんですね。(職務怠慢と云えばそうだけど、こんな怠慢なら大いに結構)

 

 その『西野牧宿』に『鏑神社』は在ります。

 

 

 神社にはかつて『格』と云うものが在り、此方は『村社』(格についてはググってね)

 

 逆に言えば『村の鎮守の神様』として、春秋の『村祭り』や『奉納舞』『奉納相撲』など村人の生活と大きく関わっていた筈です。

 

 

 キツネが護っているから『稲荷神』でしょうか。

 

 

 拝殿の手前に立派な舞台を持っています。

 

 娯楽の少なかった時代、一大イベントとして大いに賑わったのでしょう。

 

 

 拝殿で参拝しまして。

 

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天満宮

 

 国道254号線で『下仁田』を東へ向かって走っていると『市ノ萱川』を渡ります。

 

 『市ノ萱川』は『荒船山』の麓から流れ出し、『鏑川』と合流しやがては『利根川』となり『太平洋』へ流れ込みます。

 

 内山峠の西側に落ちた雨は『滑津川』となり『千曲川』に合流し『日本海』へ。

 

 『千曲川』は県境を越え『新潟県』に入ると『信濃川』と名前が変わりますが、『利根川』は幾つ県境を越えても『利根川』のまま?

 

 

 付近に駐車場が在りませんので、道路拡幅部にバイクを停めましたが、民家に近づいた所から番犬が吠えっぱなし。

 

 急いで階段を上り、参拝を済ませる間も『何やってんだコラ!』的な吠え方に辟易。(番犬として優秀な証拠ですね)

 

 

 置かれた丸石は『甌穴石』かな。

 

 

 面白いと思ったのは『タイムカプセル』の表示。

 

 此処なら間違える事無いでしょうね。ってか誰が何の為に?

 

 

 シンプルと云うか何も無い潔さ、好き。

 

下仁田・西光寺

 

 内山峠を越え『下仁田』へ向かって快適に走っていると、右手に『こんにゃく食べ放題』と書かれたドライブインが在ります。

 

 此処、下仁田出身の女優『井森〇幸』さんがバイトしていた店としても知られています。

 

 食べ放題の『煮込みこんにゃく』は¥200。(10年前の話ですから値上げしたかも)

 

 鍋の中でじっくり煮込まれていて美味しいです。(そんなには食べられませんけど)

 

 その少し先。左手の擁壁ブロックの切れ目の所に『西光寺』と案内が出ています。

 

 道が細い上に急坂な為、特に用事が無い人は素通りでしょう。

 

 私も普段は素通りですけど、バイクでしたので寄ってみました。

 

 

 『天台宗』のお寺です。

 

 一番奥、突き当りの石段を登ると『延命地蔵尊』と『六地蔵』がお出迎え。

 

 

 拝殿は………閉ざされていて御本尊は拝めず終いでした。

 

 庫裏の方で何か動く気配があったので廻り込むと………

 

 数匹の『猫』でした。

 

 毛並みも良いので飼い猫でしょう。猫が飼われているって事はご住職は偶々留守なのでしょうか。

 

 

 『聖観音』の後方に『物語山』『阿唱念の滝』がある筈です。

 

 以前『滝』まで登ろうとしましたが、道路崩落の為立ち入り禁止でした。

 

 今は行けるのかな?でも『熊』も怖いし。

 

道平川ダム

 

 「心にダムは在るのかい?」 とあるTVドラマのセリフでしたが、私には何のこっちゃ?

 

 バイクで山間部を駆け巡るようになり、沢山の『ダム』に出掛けました。

 

 その後『ダムカード』が発行され、ブームになると『転売目的』でダムに訪れる人も増えて来ました。(折角訪れたダムのカードが一枚残らず持ち去られていたり………)

 

 現在『無人ダム』のカードは、他の有人施設(役場や温泉、道の駅なども在るみたい)などで、訪れた証明写真を見せて引き換える処や、訪れたダムに『アンケート用紙』が置かれており、返信用封筒+切手+アンケート用紙を送付して『ダムカード』を送ってくれるシステムのダムも在ります。

 

 訪れた『ダム』に『二次元バーコード』が設置されていて、読み込むとダムの入手方法が案内される処も在りましたが、私のスマホは圏外?だった。

 

 

 山道を走っているとトンネルが在ります。

 

 この『トンネル』短いですが途中で道路が曲がっていて先が見通せない。しかも照明が無く、暗いオフロードバイクのヘッドライトじゃ何も見えません。

 

 真夏の炎天下の中、ギンギラギンの太陽光に目が慣れていた後に飛び込んだ真っ暗闇。恐る恐るゆっくりと走ります。

 

 トンネルを抜けるといきなりダムが目の前に飛び込んできます。

 

 でもイマイチ湖面が綺麗じゃ無い。夏の水不足に加え『アオコ』が大量発生したのでしょうか。

 

 

 『道平川』を『道平ダム』で出来た堰止湖が『荒船湖』 中には『川』の名前と『ダム』の名前が違う所も在るからややこしい。

 

 

 因みに『二次元コード』を読み取るとYouTubeで詳細が観れます。

 

 季節によってはこんなに美しいのに………

 

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四柱大神

 

 『四柱大神』 聞き慣れないのは私だけ?

 

 『松本』に在る『四柱(よはしら)神社』は、『占い芸人・ゲッターズ〇田』さんによると長野県下最強のパワースポットだとか。

 

 その神社に祀られている四柱(神様はひと柱、ふた柱と数えます)の神様が『天之御中主神・あめのみなかぬしのかみ』『高皇産霊神』『神皇産霊神』『天照大神』

 

 四柱の最強の神様を祀っていますので『四柱神社』

 

 でも此方は『四柱大神』しかも祀られている神様がチョット違う。

 

 

 此方に祀られている四柱は………(変換しながら書くのも大変ですのでピッチアウトして読んで下さい)

 

 

 『荒船神社参道』の脇に社が二つ。

 

 向かって左が『四柱大神』 向かって右が『大日如来』

 

 『神仏習合』と云う訳で無く、仏教の神様みたいです。

 

 

 『下仁田・荒船神社』の駐車場奥に『扁額』の掲げられた建物、階段で登れる訳で無し。鎧戸も閉ざされたまま。何だろう?

 

 調べてみても良く解りません。

 

 興味ある方は『解脱会』で検索どうぞ。

 

荒船神社

 

 『荒船山』を御神体とする山岳信仰ですので『荒船神社』が在ります。

 

 『長野県と群馬県境』に位置する『荒船山』ですので、両県にそれぞれ『荒船神社』が存在します。

 

 『富士山』を御神体とする『富士浅間神社』が『山梨県』と『静岡県』にあるのと同じですね。

 

 『富士山信仰』が『浅間(せんげん)神社』なのに『浅間山』には『浅間神社』が無い? 

 

 高峰高原からの登山口には『山の神神社』が在り、此れが浅間山を御神体とする『神社』だったと思います。

 

 実は『浅間山山頂』に『祠』が在ったと思うのですが、現在噴火活動の為に確認に行けない状況です。(行きたいんですよホントは………でも規制だから仕方ないんです)

 

 

 さて『荒船神社』 位置的には『下仁田・荒船の湯』から旧道を西へ200m。

 

 今は走り易い『バイパス』を通過しますので、荒船神社の鳥居すら見えませんけど、50年前はこの旧道をトラックも走ってました。

 

 

 コンクリート製の階段中央に手摺が付いています。此れが歳とって来ると有難い。

 

 石段下には『狛犬』が。でも普通向かって右側は口を開けた『阿吽の阿』の形では?

 

 

 上の写真が石段下の向かって右側。下の写真は向かって左側。

 

 

 前脚の細さと云い、何て味が在るんだろう。

 

 でも何となく思い浮かべません?『ミニラ』 知っている人は分かる筈。知らない人は検索どーぞ。

 

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石尊大権現

 

 『取出・百番観音』を拝観し、さて帰ろうかとバイクに跨って信号待ち。其の時『百番観音』の境内に在る『火の見櫓』の隣に、グリーンフェンスに囲まれた『石灯篭』を発見しました。

 

 信号が変われば発車するだけなのですが、何か気になってバイクを降りました。

 

 

 上部は『常夜灯』の体を成した灯籠ですが、その胴の部分。

 

 何だ?

 

 

 鱗が見えますから『龍』か『蛇』のどちらか。

 

 台座には『石尊大権現』と彫られています。

 

 『石尊』とは、江戸時代に大流行した『大山詣で』の『山岳信仰』と『修験道』が融合(神仏習合)した独特の宗教で『十一面観音』を本尊としました。

 

 『龍』や『蛇』は河川や湖沼の守り神で在り、『十一面観音』に化身して治水や雨を司ったとされます。

 

 干支の『巳』と『辰』とじゃ大分印象が違いますが、要は『水』の守り神として『十一面観音』の化身として人々から崇め奉られた存在です。

 

 教育委員会さん。此れ凄く価値ある石灯篭だと思うんですけど。

 

取出百番観音

 

 取出の信号傍に『取出・百番出世観世音観音堂』が在ります。

 

 年に一度、お盆の時に地区の『夏祭り』が行われ、観音堂も公開されます。

 

 普段は鎧戸が閉ざされ、中を覗くことも出来ませんが、今回は扉が開いていました。

 

 靴を脱いで御堂の中へ。

 

 

 カメラをオートにして撮影。

 

 

 お~。此れは公開時に見てみたい。

 

 

 御堂の片隅には『賓頭盧尊者』が置かれています。

 

 そう云えば『善光寺』で『賓頭盧尊者像』が盗難に遭う事件が在りましたが、すぐに発見されて戻されたようです。犯人はバチが当たるぞ。

 

 

 そして奉納提燈に『おきな堂菓子店』の名前。

 

 うちも商売繁盛したら何か奉納したい処ですけど………なんせ不景気で。

 

 観音様。商売繁盛お願いします。

 

下海瀬・諏訪神社

 

 千曲川右岸道路・通称『佐久川上線』を南下していると、海瀬集落の入り口付近に新しい道が開いていました。

 

 小海線のすぐ脇に『バイパス』する二車線の道路が開通しており、細い住宅地の中を走らずに済みます。

 

 初モノ好きの私は、早速走ってみます。

 

 

 ガードレールに切れ目は在るのですが、JRにしてみればそりゃそうだろ。

 

 でも順序から行けば、最初に神社在りき。その参道を『小海線』が横切り、更に小海線に沿うように『バイパス』が開通しました。

 

 近くに『踏切』もあるようですが、草の踏み跡を見ると皆さん此処を渡っているようです。

 

 

 鳥居の上に尖がっている三本の棒は何でしょう? 鳥除けかな。

 

 そもそも鳥居とは『鳥(鳳凰)』がとまる為のもの。 避雷針の訳無いし。

 

 

 拝殿内は至ってシンプル。先ずは参拝しまして。

 

 

 廻り込んで『本殿』 

 

 斜面を削り取って立てられていますので裏山を『野面積み』の石垣で養生しています。

 

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中止の滝

 

 『御巣鷹山』へ向かう時に案内看板をみていましたが、後回しにしておいた『中止の滝』 固有名詞の読み方は様々在るけど『なかどめ?』『ちゅうし?』

 

 

 撮影角度に無理が在るのは、この看板の前に車が停まっていたから。

 

 丁度この付近の『橋』を点検中で、拡幅部に数台、関係者らしい人の車が停まっていました。

 

 大概の案内看板は駐車場から通路へと続く所に立っている事が多いですが、無関心にその前に車を停める人が多いみたい。自分が読まないから他の人も見ないとでも思っているのかな。

 

 『中止の滝』の滝の由来は兎も角、赤いペンキで塗りつぶされている『100m』の部分。実際は200m位あったから塗りつぶしちゃえ。ってところでしょうか。

 

 

 看板から少し登った処に『滝』が在ったのですが、わざわざ作業を『中止じゃ~』と止めた程の見栄えかと云うと………

 

 奥へと続く山道があり、半信半疑で歩いてみると。

 

 

 単管の手摺とか、ロープが張られているから、かなりの人がこの道を通っている筈。

 

 googlemapで現在地を確認するとやはり山の奥に『中止の滝』が在る模様。

 

 mapを地形図にして標高差を読むと100mはありそう。

 

 『御巣鷹尾根』で1時間程山を登った後だから、余り無理したくないところですが………

 

 直線距離は大した事なくても、標高差が曲者なんですね。

 

 

 う~ん、私の体重が約100㎏。壊す訳にいかないから、枯葉の上を踏みしめながら。

 

 一本折れているのは私じゃ無いですから。

 

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本谷分校跡地

 

 県道124号線から『オボロカヤの滝』を通って『御巣鷹山』へと続く『中之沢林道』を走ろうと思って『ぶどう峠』経由で上野村入りしましたが、関係者以外通行止め。頑丈な鉄扉が閉められていました。

 

 『南相木ダム』と『上野村ダム』の中間には、地中に『発電施設』が在り、その立坑が航空写真で確認できます。おそらく『御巣鷹山トンネル』の群馬県側出口が此の辺りに在るのでは? でも通行止めなら仕方ない。

 

 で『中之沢林道』の反対側出口に在る『本谷分校跡地』ってどんな場所?と好奇心たっぷりに向かいますと。

 

 

 反対側のバリアーはポール式。人の通行は可能ですので少し歩いてみましたが何も無し。

 

 分校が在ったって事は、子供が歩ける範囲に集落が在ったって事。

 

 山奥では自給自足の為の『田畑』が必需の筈なのですが、そのような平地も見あたりません。

 

 

 昭和18年と云えば『大二次大戦』の真っ最中。戦争特需の『硫黄鉱山』らしき物は見当たらないから、『松根油』の採取?にでも大勢の家族が住んでいたのか。

 

 閉校となるのは昭和38年。今から61年も前ですから手がかり無しです。

 

 

 コンクリートブロックの積み方も不思議。(強度が無い)

 

 鳥居が在るから『神様』を祀っていますが、神様の名前がわかりません。

 

 鳥居を潜って参拝します。

 

 此の辺りまで人が入り込んで生活が在ったとは、とても想像もできない場所です。

 

 尚の事『中之沢林道』走ってみたくなっちゃう。

 

御巣鷹尾根・昇魂之碑 part2

 

 前回途中で書き込むのを辞めたのは、何か寒気が………

 

 私。特別霊感とか強いとか、感じやすいとか無いですけど、それでも過去何ヶ所か足を踏み入れるのを躊躇った場所が在ります。

 

 高所恐怖症も無い為、結構高い場所も平気。閉所恐怖症や暗所恐怖症なんてのも縁遠いですが、『佐久穂町・〇〇寺』とか『〇〇峠駐車場』とか………

 

 正直『御巣鷹山』 物見遊山やハイキング気分で行く場所じゃありません。

 

 

 実はこの場所に来るまでの間に『〇〇慰霊の碑』と名前と享年の書かれた『慰霊碑』がそこかしこの山の中に立っています。中には家族で在ろう同じ名字が同じ場所に。

 

 訪れたのは8月初旬。事故の在った8月12日に行われる『慰霊式』前に訪れた遺族・知人の方が居るのでしょう、生花が供えられた慰霊碑も在りました。

 

 山の中に細かく分けられた地番も、慰霊で訪れた際、山の中をさまよわない様にする為でしょう。

 

 色々な場所で『水』が汲めるのも、重い水を持って山道を歩かなくて済むように施された『手向けの水』です。

 

 

 昇り詰めると広場が在り、ベンチが置かれています。

 

 

 いくら整備されているとは云えやはり山道。普段運動不足ではかなりキツイ。

 

 日陰のベンチで汗を拭きまして。

 

 

 広場から一段高い所に『昇魂之碑』が建っています。

 

 『空の安全祈願之鐘』を鳴らします。

 

 『昇魂之碑』に向かって合掌。

 

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御巣鷹尾根・昇魂の碑

 

 上野村から清流沿いの舗装路を登り詰めると『御巣鷹尾根駐車場』に着きます。

 

 なんとこの細い山道を大型バスが上って来るそうです。

 

 ボランティアさんが駐車場所を指示しますので注意に従って。

 

 其処から山道に入ります。

 

 

 沢山の『杖』が用意されているって事はそこそこの山道を、大勢の人が訪れるって事でしょう。

 

 『スゲノ沢』沿いに、細い山道を行きますが、『慰霊登山』に訪れる大勢の人の為に道は整備されています。

 

 

 参拝道に沿って所々で『湧き水』が流れ出ています。

 

 そう。あくまで此処は慰霊の為の『参拝道』

 

 

 道の傍らに『石像・石仏』が並び、花が手向けられています。

 

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御巣鷹観音

 

 『上野村』から『御巣鷹山』へ向かう道沿いに綺麗な清流が流れています。

 

 『利根川』源流のひとつです。

 

 『上野ダム』から『御巣鷹尾根・招魂之碑』に向かう沢沿いに『御巣鷹観音』が建立されています。

 

 今でこそ『御巣鷹尾根駐車場』迄一般車が入れるようになりましたが、それまでは此処から沢沿いを歩いて『御巣鷹尾根・招魂の碑』を目指しました。駐車場・トイレが整備されたのも最近の事。

 

 湧き水が滾々と湧き出ていますので殻のペットボトルに満たして山歩きに備えます。 

 

 

 沢沿いに建てられた『御巣鷹観音』

 

 『観音様』とは『観世音菩薩』『観自在菩薩』の事で、人間の女性の姿をした仏教の神様です。

 

 根本は全ての人々の、あらゆる願いを聞き叶える為に、時に『千手観音』『聖観音』『馬頭観音』など33種類の観音様に姿形を変えます。

 

 

 『蓮の花』を手に優しく微笑んでいます。『聖観音様』でしょうか。

 

 

 磨かれた大理石は光を反射しちゃうので文字が読みにくいですけど、『日航機墜落事故』後、多くの人が訪れる様になったこの場所に慰霊の為の観音様を建立したとあります。

 

 

 沢沿いの散策路は『御巣鷹尾根』慰霊登山の為の道ですが、その後舗装路で奥の駐車場まで車で入れるようになりました。

 

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上野ダム

 

 長野県の南相木村には日本一高所に在るダムが在ります。

 

 石を積み重ねた『ロックフォールダム』で、表層部に『石灰岩』を使用している為、ダム下の『渦巻く広場』から見上げると、青空に向かって真っ白い壁がせり上がっている様に見えます。『三川』を『南相木ダム』で堰き止めた『奥三川湖』………何のこっちゃ。

 

 この『南相木ダム』の造り出した『奥三川湖』の水は発電に利用されますが、『非常排水』以外に長野県側に流れる事は無く、取水口から地下パイプを通って『群馬県・上野ダム』に流れ込みます。途中で『発電タービン』を廻して発電し東京都に向け送電するのですが、深夜の電力需要の少ない時間に『上野ダム』に貯めた水を揚水ポンプで『南相木ダム』まで汲み上げ、電力需要の多い時間帯に最大の発電能力を発揮する仕組みです。

 

 その『南相木ダム』と『上野村ダム』を繋ぐパイプが通っているのが『御巣鷹山』直下です。

 

 以前『南相木ダム』に行った時、群馬県ナンバーを付けた『TEPCO』の車が駐車場に入って来ました。

 

 二つのダムの所有者は『東京電力株式会社・TEPCO』 『原子力発電所』や『尾瀬沼』なども所有する巨大企業です。

 

 そしてこの二つのダムの間には『御巣鷹山トンネル』が在り、ダムの維持管理の為に車で行き来できるようになっています。

 

 

 何故かピンボケ。フルオートなのに?

 

 

 2kmチョットで『御巣鷹山』の真下を走り抜けます。このトンネルが無ければ『ぶどう峠』経由で2時間。冬場の道路冬季閉鎖期だと『内山峠』経由で5時間!の遠回りになります。

 

 

 トンネルの壁に在るプレート。 う~ん通りたい。どっかにコネ無いかなぁ。

 

 そして二つのダムの中間に『神流川発電所』が在り、航空写真では『立坑』や周辺施設が確認出来るんですけど、う~ん誰かコネ持ってない?

 

 

 でコネの無い私ゃ『ぶどう峠』経由『しおじ温泉』経由で走って来ましたので、トンネルとトンネルの間の『上野ダム入り口』へ。

 

 『中ノ沢林道』が走れれば『御巣鷹山』に向かえるんですけど現在道路閉鎖中です。

 

 

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毛針釣り

 

 長野の田舎で育ったせいか、『渓流釣り』は子供の頃から親しんでいました。

 

 まぁ『クチボソ(もろこ)』や『フナ』『鯉』がメインでしたけど。

 

 バイクに乗るようになると行動範囲が広がり、山の中の沢迄行けるようになると『ヤマメ』『イワナ』狙いになります。

 

 『餌釣り』がメインでしたが、バイトしてお金が手に入ると『ルアー』や『フライ』にも手を出しました。

 

 段々趣味が高じて来ると、『フライ』も自分で捲いてみたりして。

 

 『フライフィッシング』は『ライン(重さと強度の在るナイロン糸)』の先端に付けた『フライ(毛バリ)』を『ロッド』の反発力で飛ばします。

 

 渓流を歩いて遡りながら、魚のいそうなポイントにフライを落とし、釣れなければ移動を繰り返します。大きな岩の陰や水の落ち込みなどを探りながら沢沿いを遡るのですが結構な運動量になります。

 

 

 『キャッチ&リリース』は私の性に合わない。釣った魚は必ず食べます。

 

 釣り針を刺して、ダメージを与えたのに『グッドファイト』なんてよく言えるなぁ。

 

 一説には魚は傷みを感じないと云われてますけど、人間だって『棘』が刺さった位で大騒ぎする人いるじゃないですか。

 

 

 車が停まっていたので沢を見ると釣り人が居ました。

 

 こんな綺麗で静かな場所で釣りなんていいだろうなぁ。(リリースする位なら釣らないですけど)

 

 

 興味のある方『上野村漁業協同組合』へどうぞ。

 

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中之沢林道

 

 『ぶどう峠』経由で『御巣鷹山』を目指したのは『中之沢林道』経由で『上野村ダム』上流まで行ける近道だからです。

 

 で『中ノ沢林道入り口』

 

 

 ハイ。通行止めです。

 

 2019年の台風19号が秩父から北上。長野・群馬県境に大雨を降らせ、鉄砲水や土砂崩落により多大な被害を与えました。

 

 交通量の少ない林道などは補修が後回しにされ、挙句「通行止めでも困らないじゃん」と判断されたのか、現在も通れない道路が在ります。

 

 『佐久穂町・古屋ダム』と『上野村・熊倉』を結ぶ『林道大上線』もその一つ。

 

 普通の人には通れなくても何ら問題在りませんけど、『オフロードバイク』で林道を走って『景勝地』や『滝』を写真に撮りたい私には大きな痛手です。

 

 『林道』には税金で造った道路を一般車両も自由に通れる『スーパー林道』と、入山目的や鉄塔建設の為に私費(一部公費)で造った『占有林道』が在り、後者はほとんどがゲートやバリヤーで閉鎖されています。

 

 『スーパー林道』や地方県道などでも、『通行止め』が行ってみないと解らない場合が多くて………

 

 

 私は若い頃から『ツーリング』や『ドライブ』をする時、『全国ロードマップ』なる物を駆使して道順を考えました。だから地図は『北が上』(北半球ですから)じゃ無いと方向感覚が狂います。

 

 なもんで『カーナビ』の設定も常に『north-Up』 北を上にして表示します。

 

 進行方向が常に上になると逆に迷う?(迷う訳ないんですけど)

 

 この地図は北側に面して設置されていますから『北が下』

 

 此れが一番混乱します。首を傾げるだけ傾けて頭の中で『north-up』に変換。

 

 

 本線はしっかり舗装されていて、秋から山に入る人多い筈です。

 

 『紅葉』しかり『キノコ狩り』しかり。

 

 でも今年は『熊』の出没件数が突出して多いですから注意が必要です。

 

 車は『鉄』や『硬質ガラス』に囲まれているから『猿』なんかと出会っても平気ですが、バイクだと下手すりゃ体当たりしてきます。

 

 『熊』は、バイク走行中はバイクのエンジン音を聞いて『熊』の方から逃げ出してくれます。怖いのは『歩いている時』 取り敢えず『熊スプレー』だけはすぐ取り出せるようにベルトに取りつけて歩きます。他に100均の『火薬鉄砲』(バンって鳴る火薬のオモチャ)と「熊鈴』はウエストバックに入れてます。一度遠方を歩いている熊を見掛けましたけど何事も無く山の中に消えていきました。

 

 『鹿』もよく見かけます。群れでいる場合も多いですけど、エンジン空ぶかしで逃げてってくれます。冬場の夜など融雪剤に撒かれる『塩カル』を嘗めに道路に顔をだしてる鹿に遭遇する事ありますけど、余り逃げないから『オスの角』で車を傷つけちゃう事も。

 

 『猿』の群れに遭遇した時用に『護身警棒』もベルトに取りつける場合も在ります。使った事ありませんけど万が一の安心材料です。チンピラの群れと一緒で多勢に無勢で調子コク奴が必ずいます。『イノシシ』に襲われたことは無いですけど、イザ向かってきたら眉間に一撃(出来るかは不明)

 

 『スズメバチ』対策に以前は『スズメバチスプレー』まで持って行った事在りますけど、大きさの割には噴射時間8秒でお終い。余り実用性は無いかな。で見かけたら兎に角逃げる。(あっ手で払ったり、走ると追ってきますよ)見掛けたら近づかないのが宜しいかと。

 

 『蚊&ブユ&アブ』対策には『虫よけスプレー』が必需。小さな『化粧用スプレー』に小分けして持って行きます。露天風呂などで『アブ』に襲われたら頭上でぬれタオルを振り回すのが一番かも。

 

 『ヤマビル』には首に巻いたタオルが有効です。頭上の枝などから落ちてきて、襟からシャツの中に侵入してきます。吸血されたら『タバコの火』を近づけるのが最善ですけど私ゃタバコ吸わないし。大体背中に入りますので一人じゃ無理。

 

 『毒蛇』 日本の場合はマムシです。ヤマカガシは猛毒だけども毒牙が口の奥に在り、指でも口に突っ込まない限り咬まれない。蛇の攻撃範囲を迂回すれば大丈夫。一応『ポイズンリムーバー』も持っていますけど。

 

 私は以前一度『スズメバチ』に刺されてますので今度刺されたら『アナフィラキシーショック』を引き起こす可能性が在ります。で『スズメバチ用アドレナリン注射』=『エピペン』が1本¥11000/1年有効(保険適用負担3割)刺され無きゃ無用ですし、単独行動が多い私。山の奥地で刺されたら注射しても医者に辿り着くまで何時間かかる事やら。

 

 此れだけ準備万端・用意満タンで山行き。綺麗な場所を見つける為ですけど、この頃は足腰応えるし。翌日、痙攣や筋肉痛でシップ薬の出番ですもん。

 

 

 あ~あ。許可車両及び許可者以外進入禁止。

 

 解ってりゃ事前に連絡しとくけど、個人的撮影って許可下りない事が多いんだよね。

 

 滝まで行きたかったな。

 

マムシ岳

 

 『佐久市』から『群馬県・上野村』へ向かう道は『内山峠経由・国道254号線』『十国峠経由・国道299号線』『ぶどう峠経由・県道124号線』の三路線が在りますが、時間的にも距離的にも早いのが『内山峠』 偶に走りたくなるのが『十国峠』 滅多に走らないのが『ぶどう峠』

 

 今回は『御巣鷹山』を観る為に『ぶどう峠』を超えました。

 

 『御巣鷹山・展望台』は前記の通り樹木が伸び過ぎ眺望無しでした。

 

 で『県道124号線 上野・小海線』を『北相木』からバイクで走ったのですが、対向車も追従車も一切無し。まっ山ん中ですから良くある事ですけど。

 

 

 その名前からか、私ゃ登りたくないですけど『マムシ岳』への登山口が在ります。

 

 

 結構人が入るのか踏み跡がしっかり付いています。

 

 

 だってこんなに綺麗な沢が在るんです。

 

 私ゃ此処で『おにぎりタイム』 沢の水も飲めそうな位澄んでます。飲みませんけど。

 

 だって今日日の山歩きで一番怖いのは『熊』次いで『スズメ蜂』

 

 対策が無いと迂闊に山に入れません。

 

 又今度ね。って事で次に向かいます。

 

御巣鷹山展望台

 

 8月初旬の店休日、オフロードバイクに乗って一路『北相木村』へ向かいました。

 

 途中、小海町のコンビニでお茶とおにぎりを買ってバイクに戻ると、一人の男性が話しかけて来ました。私と同じバイクに乗っていたそうです。此れから何処に向かうのか聞かれ、『ぶどう峠』から『御巣鷹山』へ向かうつもりですと答えると、1985年当時消防団員だったその方、飛行機墜落事故の一報を受け、『北相木村消防団』も総出で山に向かったそうです。其の時、小回りが利くようにと『オフロードバイク』で『ぶどう峠』を超えたたと云っていました。『ぶどう峠』を越え、群馬県に入って暫く行くと小さな御堂が在る。事故慰霊の為に長野県の有志が建てたものだそうです。

 

 『群馬県・上野村』には村内の国道近くに『慰霊の園』が造られ、現地に行けない人が慰霊を捧げる場所が在ります。しかし南佐久郡の事故に関わった多くの人が赴くには遠い為、『ぶどう峠』近くに『御巣鷹山』の見える場所を探し出し、狭い道路の脇に御堂を立てました。

 

 駐車場まで拡幅する予算は無かったそうで、すれ違い待避所に有志が建立したそうです。

 

 観光地ではありませんので、どれが『御巣鷹山』とかの案内も在りません。

 

 展望台と名が付いていますが遙拝所であり神聖なる場所です。

 

 

 残念ながら樹木が伸び過ぎ、『御巣鷹山』が見えませんでした。

 

 合掌の後出発です。

 

入笠山

 

 最近は通年営業のスキー場リフトのお陰で、ずいぶんと山行きが楽になりました。

 

 尚且つ『山頂テラス』が大流行りの昨今。リフトやゴンドラを降りたら直ぐ絶景が待っています。しかも『レストラン』や『売店』も在ったりして『トイレ』にも困らない。

 

 冬しか稼働していなかったスキー場にもかなりの収入をもたらしていると思います。

 

 

 『富士見パノラマリゾート』も、冬の『スキー&スノーボード』だけにあらず『マウンテンバイク』の『ヒルダウンコース』や、『入笠山登山』に大人気。

 

 この日の『ゴンドラ』利用者も『登山組』より『バイク組』の方が多かったかな。

 

 

 ゴンドラのケーブル越しに『八ヶ岳』がクッキリ。一番高いのが『主峰・赤岳2889m』です。

 

 『八ヶ岳』は『休火山』とされていますが、その麓各地に温泉が湧出していますので、地下の浅い所に熱源がある筈です。

 

 日本一高い位置に在る温泉、『本沢温泉・天空の湯』も『八ヶ岳硫黄岳』に在ります。

 

 

 『スキー場』ですので『ゴンドラ山頂駅』を降りると直ぐ緩やかな下り。

 

 夏草に覆われたスキー場の斜面と別に、『マウンテンバイク』のコースが、腕前に併せて幾つか用意されています。

 

 私は『オフロードバイク』に乗っていますので、多分ヒルダウンも平気。でも今日は自分の足で『クライミング』です。

 

 

 山頂駅から20分も歩けば『入笠湿原』です。

 

 でも余り草花は咲いていなかった。暑すぎるのかな。

 

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パラグライダー

 

 20歳の頃、『石垣島』を旅行しました。

 

 それまで貯めていた貯金を解約して、初めての「飛行機』 初めての『スキューバダイビング』『パラセール』『ウインドサーフィン』『水上スキー』『ジェットスキー』 とリゾートスポーツを出来るだけ体験してみようかと。結構お金使ったのは覚えています。

 

 『体験ダイビング』ではボンベ1本分/40分位で¥10000。(だったかな?)

 

 『パラセール』が20分位の空中浮遊で¥5000。(はっきり覚えてない………)

 

 『ウインドサーフィン』は陸上講習の後、波間に浮かべて3時間位格闘してどうにかこうにか立っていられる迄。¥8000。(だから40年も前の話です)

 

 『水上スキー』 信州人ですからスキーはお手の物と思いきやまるっきりの別物。それでも直ぐに海上を滑走出来ましたけど。暫く右に左にスキー板を廻していると、ボートは大きく蛇行。船首が切り開いた曳き波(航走波)の中はほぼ平らですが、曳き波を超えたら波がモロにぶつかって、初心者には無理!(わざとやったな)20分¥5000。

 

 『ジェットスキー』 当時の『ジェットスキー』は『Kawasaki』の『立ち乗り&ポップアップハンドル』 オフロードバイクで鳴らした腕前のつもりでターンをしようと身体を傾けたら………ドボン。人が落ちてもジェットスキーは半径3メートル位の円を描いてクルクル回っているから摑まるのは簡単なのですが、体を引き上げるまでが一苦労。後部から身体を引っ張り上げる感覚です。 『ジェットスキー』はボディ下の噴射ノズルの向きを左右に向ける事で進行方向を変えます。この時バイクの感覚で身体を倒してしまうと落ちます。今の『水上バイク』は『シート』に座って『バーハンドル』を操作するタイプです。安定性が良い為、多少傾けても大丈夫。30分¥10000(発売されたばかりで一番高かった)

 

 『プレージャーボート』でサンゴ礁だけの島『浜島』までの送迎と昼の弁当付き。(これは無料にしてくれた様な?)

 

 一日遊び疲れて『白い砂浜』(サンゴ礁の死骸が粉砕されたモノ)の波打ち際に寝転んでたら何処からともなくエンジン音が聞こえてきました。甲高い音が聞こえてきたのは空の上。『エンジン・パラグライダー』でした。

 

 一番近い『竹富島』からでも5キロ以上離れている筈。

 

 頭上を過ぎ、『西表島』の方向へ飛び去って行きました。

 

 真っ青な空、かなりの高度をゆったりと飛び去る『エンジン・パラグライダー』(今は『モーターグライダー』と云うそうです)の優雅さに魅了されました。

 

 『レジャーガイド』さんに聞いても初めて見たと云ってました。

 

 で時は流れて。

 

 

 最近一冊の本を手にしました。

 

 『ゼロからのパラグライダー挑戦』

 

 その本の巻頭に書かれていたのが

 

 「この本との出会いが全ての始まり」

 

 「きっと何かが変わる。この本に出合ったあなた。あなたは、パラグライダーで大空を飛ぶ。………」

 

 暗示にかかった訳じゃ無いですけど『パラグライダー』かぁ………良いなぁ。

 

 

 私は年に数回バイクで『美ケ原ビーナスライン』を走ります。

 

 先ずは『車山』の麓に在る『単車神社』で安全祈願。その後『霧ヶ峰』手前の駐車場でおにぎりタイム。この駐車場こそが『霧ヶ峰滑空場』の滑走路の延長上に在り、着陸するグライダーがほんの数メートル頭上を飛んでいくのです。

 

 それこそ『プロレスラー・ミルマスカラス』の入場テーマ『Sky High』が大流行の頃、三角形の『ハング・グライダー』が大挙してこの大空を飛んでいました。

 

 残念ながら10年程前に起きた『ウインチ事故』以来、めっきりとその数は減ってしまい、『ハンググライダー』に於いてはその姿を見る事も無くなってしまいまいた。

 

 

 余談ですが『ハング』は洋服掛けの『ハンガー』と同じ意味で『摑まる・ぶら下がる』の意味です。

 

 一時流行ったアウトドアメーカー『HANG TEN・ハンテン』(半纏じゃ無いよ)はサーフィン用語で『10本の足の指で摑まる』という意味です。

 

 『ロッククライミング』で岩にぶら下がる時は、どう考えても『HANG EIGHT』(親指が掛けられない)

 

 

 でやって来たのが『富士見パノラマリゾート』

 

 此処で『パラグライダー』が体験できるのです。

 

 

 到着したのがAM9:00チョイ過ぎ。今日の受付は終了していました。

 

 ハーネスを身に付け、グライダーを立ち上げ、ふわりと浮き上がる。

 

 良いなぁ。と指を咥えて眺めていても邪魔になるだけなので、諦めて『ゴンドラリフト』へと向かいました。

 

 

 次回へと続く。

 

初夏の貞祥寺

 

 紫陽花が色付く初夏。『貞祥寺』を歩いてみました。

 

 朝5時には目が覚めます。仕事が押していればそのまま仕事に入りますが、暇なときは散歩がてらのウォーキングです。

 

 此れがまた、早朝から歩いている人、結構いるんです。

 

 中学生の頃は毎朝、『学校』~『貞祥寺』まで走って往復していました。

 

 石段を『うさぎ跳び』で登って、足腰を鍛えていたつもりですが、現代の医学的には『膝を壊していただけ』だとか。お陰で正座出来ないですもん。

 

 

 紅葉の時期も良いですけど、新緑の頃も素敵。

 

 特に『三重塔』周辺が好きです。

 

 

 此の『三重塔』 一階部分の四隅に彫刻が彫られているのですが、

 

 

 東西南北の各面に『鳥と樹木』が掘られています。

 

 

 昔からの取り合わせで『松に鶴』『梅に鶯』とか『竹に雀』(花札じゃ無いですけど)

 

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野地神社

 

 私の出身中学は『野沢中学校』です。

 

 進級すると校舎の階が上がり、3年の時に3階。そこから眺める景色はなかなか素敵でしたが、学校から西に広がる広大な面積の『田圃』が、区画整理されたのが丁度その頃で、稲刈りの終わった秋から冬にかけて、朝から晩まで大型重機が動き回っていました。

 

 曲がりくねったりしていた『畔』を真っ直ぐにし、『三反=30m×100m=3000㎡』の面積を持つ田圃に造成されました。それ以前所有していた田圃の面積が小さかった処はどうしたんだろう?

 

 公平を期すため場所は『くじ引き』だった筈です。(家は田んぼが無かったので詳しくは知りませんが)

 

 今はその『田圃=農業用地』も『居住地認可』され、大分『宅地開発』が進みました。

 

 

 その時移築されたのか、元からこの場所に在ったのか分かりませんが、田んぼ中の一角に小さな『祠』がが祀られています。

 

 夏。涼しいうちに『ウォーキング』をしようと、朝5時頃に歩いていて見つけました。

 

 私の50m程前を歩いていた女性が、この『祠』の前で帽子を取り一礼を捧げていました。(田んぼを持っている人かな?)

 

 

 注連縄で繋がれた『マユミ』の木。幹のごつごつ感に年代を感じます。

 

 とすれば『農地整理前』からこの場所に在ったのかも知れません。

 

 『野地神社』と書かれた立て札しか無く、詳しくは分かりません。

 

 どなたかご存じの方いらっしゃいましたら一報ください。

 

 佐久市教育委員会。出番ですよ~。

 

滝不動寺

 

 『コスモス街道』から旧道へ入り、『城山保育園』前の細い道を進むと。

 

 ん? 『城山』 そう此の裏手の山には『平賀氏』の居城『平賀城』が在りました。

 

 佐久市内には南北に流れる『千曲川』に対し、東から西に流れる『湯川』『滑津川』や『雨川』など『群馬県境』を出発点とする河川が沢山在ります。

 

 西から東に流れる河川には『中沢川』『倉澤川』『居川』『滝川』『片貝川』などが在りますが、水量はそれほど多くありません。

 

 佐久地方は3000㍍級の山が連なる『北アルプス』『中央アルプス』が壁となって雨雲の流れ込むのを防いでいます。そして更に『八ヶ岳連山』や『車山』が在るお陰で大きな水害が起きづらくなっています。

 

 2019年。佐久地方に被害をもたらした台風19号は、関東に上陸し『群馬県境』を北上しました。

 

 北半球における『台風』は『反時計回り』に風が流れ込みますので、この時『東から西』に流れる各河川に大雨が流れ込み、『土砂崩れ』や『倒木』による『鉄砲水』が発生しました。唯一の救いとなったのが、その年の収穫を終えた田圃が多かった事です。(田圃に流れ込んだ砂利交じりの土砂はその後数年間稲作が出来ませんでしたが)

 

 普段少ない水量を想定していた河川が氾濫。鉄砲水は樹木をなぎ倒し、流れ出た樹木は橋桁に溜まりダムを形成します。そして橋の決壊と共に下流の端に向かいます。此れを繰り返し『入沢地区』や『常田地区』に大被害を与えました。

 

 此れは江戸時代に起きた『戌の満水』に次いで起きた大被害だと云われています。

 

 

 『城山保育園』から『平賀城の入り口』に向かうと鳥居が在るのですが(写真失敗)何故か極端に低い。扁額に書かれた文字も読めなかったので『行けば分かるさ』と『アントニオ猪木』の心境で進みますと

 

 

 見えて来たのは『御堂』基礎にコンクリートが使われているから最近の建築でしょう。

 

 でも軒から下がっているのは『鈴』と『鈴緒』

 

 神社に見られるものです。

 

 普通お寺に在るのは『鰐口』 紐に付けられた『撞木』で『鰐口』を叩く仕組みです。

 

 

 蝋燭立てと線香立てが置かれています。

 

 車の中には『線香・蝋燭』を常時積んでいるから、何処でも『線香』をあげる事が出来るのですが、バイクじゃ………

 

 

 虫・害獣避けのガラスで守られ、『お不動様』と『如来菩薩様?』が並んでいます。

 

 いや、鳥居は? 神様を祀ってるんじゃ………

 

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やすらぎの里

 

 佐久市内に同じ名前の、JA主体の葬祭場『やすらぎの里』が在りますがまるっきりの別物です。

 

 実は『余地ダム』に向かう時に道沿いの看板が気になっていたのですが、『美味しい物は後に取って置く主義』のこーちやん。最後にたっぷり時間を掛けて………。

 

 

 看板を観る限り、『お寺?』 まさか『アミューズメントパーク』なワケ無いし。

 

 有料だったら引き返せばいいや位の気持ちで坂道を下りました。

 

 

 いきなり『仁王門』 でも『参道』や『本堂』らしき建物は見当たらない………どころか広場には

 

 

 鉄骨を溶接している作業の真っ最中。

 

 作業音の止んだ瞬間を見計らって、見学可能か訪ねると「いいと思うよ」

 

 邪魔にならないように片っ端から写真に収めます。

 

 

 『涅槃像』

 

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千本桜

 

 この『千本桜公園』も、ダム建設の助成金で出来た施設です。

 

 

 要は、ダム建設で『ダンプ』や『資材運搬トラック』が引っ切り無しに通るから、其の迷惑料として『公園』造るね。

 

 タダの緑地公園じゃつまらないから、桜を1000本植えましょう。

 

 と取引でもしたのでしょうか。

 

 『ダム建設』は其れだけ旨味のある事業なのでしょうか。

 

 そう云えば『群馬県・八ッ場ダム』もすったもんだの末、結局強行して完成させちゃった。

 

 片や『原子力発電』は日本の地殻構造から、『廃炉』にせざるを得ない場所が数か所。

 

 「絶対安全ですから」の言葉で『原子力発電所』を建設し、イザ事故が起きたら『想定外』ってそりゃ無いですよね。

 

 で何だかんだで金が架かるからと電気料金値上げ。日本には『独占禁止法』が在るからと、『電力販売会社』を認可したけど、結局は『絵に描いた餅』

 

 今だに避難生活で故郷に住めない人が居るのに、『東〇社員』は相変わらずの高給取り。せめて幹部だけでも賞与返納しているかと思えば………

 

 

 あっ。誤解無い様に付け足しますけど『余地ダム』の所有者は『長野県』です。

 

 『発電』目的では無く、『洪水調節』と『上水道利用』の為の多目的ダムです。

 

 

 広い公園はキャンプ禁止。でも『BBQ』とかはできるの?

 

 駐車場・トイレ・水場は在りますが、『熊』も出そうな場所です。

 

 ゴミなんか置きっぱなしにしたら………

 

 ホント『熊』 怖いもん。

 

余地ダム

 

 『ダム』好きです。(カラオケ含む)

 

 コンプリートを目指していませんけど、ある程度『ダムカード』も持っています。

 

 基本、訪れた『ダム』の管理事務所などで『一人一枚のみ』の無料配布です。

 

 でも『ダムカード』の配布場所が、必ずしも『ダム事務所』(常駐していない?)とは限らず、かと言ってセルフ式に並べておくと一人で何枚も持ち帰り『転売』する輩がいるとか………

 

 最近では対策として、『役場』とか、近くの『公共施設』(南相木ダムの場合は『滝見の湯』)で証拠写真を見せて引き換えに入手出来るスタイルが増えています。

 

 『ダム』備え付けの『アンケート用紙』がダムカード申し込みになっていて、切手を貼った返信用封筒同封の上、管理事務所に送付すると後日ダムカードが送り返されるシステムの所も在ります。(四万温泉・四万川ダムなど)そこまでして欲しいとも思は無いけど。

 

 

 今年は水が豊富らしく、湖底が見えたりしていません。

 

 『ダム』は『浚渫』などのメンテナンスをしないと『土砂』が堆積してしまうそうです。

 

 『YouTube』などで『ダム・土砂排出』の動画などが見られますが、以前のダムは『水を抜き』、『乾かし』、『重機(パワーショベル・ダンプカー)』等で運び出す方法を取っていました。

 

 規模のでかい『佐久間ダム』等は『浚渫船』を持っていて、湖低の土砂を組み上げるシステムを持っています。この『浚渫船』も結構大きくて、道路上を運ぶことが出来なかった為、バラした部品を『佐久間ダムドック』で組み立てたそうです。

 

 

 『余地ダム』は『土砂排出用水路』は無いのかな?

 

 

 『ダム』は河川を堰き止めて造られますが、其の河川は『人口集中部』を流れる事も在ります。

 

 『第二次世界大戦』戦時中、『ドイツ』の工業地帯上流に在る大型ダムを『魚雷』攻撃で破壊し、下流に甚大な被害を招きました。各国で『ダム破壊』を防ごうと『魚雷』を食い止める『ネット』などを張りました。すると『ダムバスター』と呼ばれる『跳弾爆弾』を開発。飛行機から投下された『ダムバスター』は水面を跳ねながらダムに到達し、沈下してから爆発、ダムに大きな被害を与えました。

 

 『空気中』で爆発するより『水中』で爆発した方がエネルギーが有効に伝わる為、この『ダムバスター』の威力は相当なものだったでしょう。

 

 『ウクライナ戦争』(ソ連侵攻とは云えない)に於いて『ダム』が破壊されたとか、『原子力発電所』が攻撃された等の報道を見ると、『平和』が在ってこその『施設』で在り、戦争が勃発したら格好の攻撃目標になり得る。

 

 特に『狂った隣国』は『核ミサイル増産』を宣言しているし………

 

 「あんまりナメてると、やっちまうぞコラ!」と言える政治家は出てくるのだろうか?

 

自成寺part2

 

 『山門』は二階建てで、一階部分に『仁王像』

 

 なかなか男前の顔立ちと筋肉美です。

 

 天井に書かれている『風神・雷神』 もうちょっと保存状態が良ければなぁ。

 

 佐久穂教育委員会さん。此処ですよお金の使い処は。

 

 二階部分には『観音像』や『十六羅漢像』が納められているそうですけど、階上には上れないみたい。どっかに資料とか無いですかね。

 

 

 山門から先、更に石段です。昔の人は健脚だ。

 

 

 迫力あるお顔。『達磨大師』は『黄檗宗』の筈ですけど、同じ『禅宗』という事で。

 

 

 見事な大屋根の本堂。合掌して扉に手を掛けると………あら!開きました。

 

 きっとご住職さんが、朝のお勤めの際に解錠するのでしょう。

 

 昨今の治安状況から、施錠されている場合が多いので有難い事です。

 

 

 綺麗に掃除された本堂。畳の匂いが心地よいです。

 

 先ずは合掌して御本尊拝観。

 

 すっきりした祭壇も良いですね。

 

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自成寺

 

 国道462号線の『余地入り口』交差点を左折し県道108号線、通称『佐久穂下仁田道路』へ入ります。(でもこの道、下仁田へ抜けられるわけじゃ無いのにね)

 

 橋の袂に『自成寺』の案内が出ています。

 

 橋を渡ると総門が在り、参道が続いています。横に車道が在りますから、普通の人は上に在るであろう駐車場迄、車で乗り入れるのでしょうけど、私ゃ山門から歩く主義なもんですから。

 

 神社も出来るだけ『一の鳥居』から『奥之院』迄歩く主義です。流石に『富士山本宮浅間神社』は『冨士宮市』から『奥之院』の『富士山山頂』………『岳 みんなの山』の『島崎三歩』(架空人物)と『グレートトラバース』の『田中陽希』さん位でしょうか。

 

 

 正式名称『曹洞宗・金剛山・自成寺』

 

  この辺りを納めていた『伴野左近中将自成』氏の『勝見城』が在り、『俊庵麟英和尚』を招いて開山したと記されています。

 

 『寺院』の名前に人の名前が付いている処は割と多いです。(長野・善光寺とか)

 

 でも『扁額』に書かれている文字は『くずし字アプリ=miwo』でも反応しない。

 

 『妙義〇?』 AIでも読めないんだから私が読めないのも当然。

 

 

 総門の天井画『雷神』と

 

 

 『風神』 風の入っている『袋』だと思うのですが………如何せん保存状態が。

 

 

 石積みを見ると『切剝ぎ積み』なので新し目。覚悟を決めて登りますか。

 

 私ゃ『スズメバチ』が苦手なので辺りを警戒しながら歩きます。

 

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佐久穂・余地諏訪宮

 

 『余地ダム』へ向かう途中『神社鳥居』を見て此処神社が在るのを知ってはいたのですが、今まで立ち寄った事は在りませんでした。

 

 さほど急ぎでも在りませんのでバイクを停めます。

 

 

 扁額の文字が読めない………

 

 昨今のAI技術は『草書体』や『行書体』を解読できるそうですが、スマホ対応アプリに成ら無いかな。(googlchromeさん。開発お願いします)

 

 

 手水舎の水道は出ませんでした。

 

 参道を進んで拝殿にて参拝。

 

 

 無造作に『おみくじ』が置かれていました。

 

 何中に何か居たら嫌だから上から覗き込んで確認してから一枚選びました。

 

 多分有料なのでしょうけど、消えちゃっていて不明なのでお賽銭を大目に入れときます。(相場は¥100?)

 

 結果は『末吉』

 

 『おみくじ』の順位(って言うのか?)は『大吉』『吉』『中吉』『小吉』『末吉』『凶』『大凶』とする説と、『大吉』『中吉』『小吉』『吉』『末吉』(一部『末吉』『吉』の順)『凶』『大凶』の二つがあるそうです。

 

 『大吉』『吉』『凶』の三つで充分じゃね?(グレーゾーンが好きな民族ですから)

 

 そもそも『おみくじ』は『御神籤』と書き発祥は『神社』と思われていますが『比叡山』に学んだ『元三大師(慈恵大師)』が、中国の『天竺霊籤・てんじくれいせん』を元に『元三大師百籤』を造ったのが始まりとされています。

 

 おみくじが『一番』~『百番』まで在るのもその名残だとか。

 

 『元三大師』は『角大師』とも呼ばれ、『疫病』の流行した年に危険な修行をしてガリガリに痩せてしまい、弟子にその姿を刷らせ、各家庭の門口に貼るように命じました。

 

 我が家にも『上田国分寺』の『元三大師』の御札が貼ってありますけど、お陰で『新型コロナ』には疎遠で済みました。(気は心ですから)

 

 『おみくじ』を木の枝に結び付ける人が居ますが、掃除する人にしてみれば迷惑千万な行為です。

 

 『大吉』のおみくじなら財布の中に入れておいても良いですけど、『結び場』が用意されていなければ『御札納め所』に収めるのが宜しいかと。

 

 私ゃ普段、『おみくじ』は引かない主義です。

 

 中三の初詣に友達と出かけ、引いたおみくじが『凶』だった事が在って、それ以来滅多におみくじは引いていません。今回は協賛金の意味合いも在って引きましたけど『末吉』………

 

 

 派手な装飾等も無く、割と質素な感じです。

 

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野馬除け

 

 『望月』は有名な名馬の産地です。

 

 広大な牧場を形成する為に、『望月~御牧ケ原』にかけて『柵』の代わりに地形を利用した天然の『堀と土塁』を構築染ました。

 

 その跡地が

 

 

 その広さ約1000町歩!(ってどの位の広さだ? 東京ドーム何個分とかも比較対象を頻繁に目にしてないからイマイチ分らん)

 

 その広大な牧場は自然の谷などを利用し、更に土塁を築き上げ、足りない分に『木の柵』を張り巡らしたとか。

 

 流石に『柵』は残ってませんけど。

 

 

 『御牧ケ原・信大農学部』の入り口近くに小さな社が在ります。

 

 『御牧神社』と在ります。

 

 『御牧ケ原』は皇族献上の為の『馬』を放牧していた場所です。

 

 今でも広大な農地の広がる『御牧ケ原』をバイクで走るのは気持ちいいです。

 

 

 小振りでも『千木・鰹木』を備えた立派な神社。

 

 一升瓶が良いですねぇ。

 

 私ゃ『現代の鉄の馬=オフロードバイク』に乗りますので、交通安全の為に一礼します。(酒の為じゃ無いですよ)

 

 

信永院

 

 このお寺も『院』としており『寺』は記されません。

 

 何でだろう?と調べて(ググるだけ)みますと………

 

 

  院は僧侶の居住するところ、寺は仏教寺院を指す言葉です。

 

  院は垣をめぐらした建物の意で、回廊や垣根で囲まれた園という意味もあります。

 

  院号は上皇の称号、天皇の追号、女院の称号としても使われており、寺院につける名前でもあります。 

 

  寺には山号、院号、寺号があり、その3つを合わせたものが正式名称となりますが、決まりはないため昔ながらの呼び名が現在も使われています。

 

  寺と院でどちらの格が上というわけでもなければ、中身が違うというわけでもありません。

 

  天皇家・摂関家と関係が深い寺院に院号で呼ぶ場合が多いと言われています。

 

  戒名に用いられる院居士・院大姉・院信士・院信女は、戒名のなかでも高貴とされる院号です。

 

 

  早い話、昔から呼ばれた名前で、どっちでも構わないみたい。

 

 

 『曹洞宗・金峰山・信永院』

 

 『信永・のぶなが』は人の名前で『甲斐・武田信玄』の弟『信繁』氏の三男に生まれ、望月城城主の養子だった兄『信頼・のぶより』氏が若くして亡くなった為、望月氏の姫と結婚し望月を家督相続する。

 

 ナントこの時『信永』14歳(しかも数え年)。その後『長篠の戦』で戦死するが享年24歳。

 

 この『信永』を弔う菩提寺として建立されたのが『信永院』です。

 

 

 『信永』が開基? 齢24歳で寺のスポンサーですか。まぁ『殿様』ですから。

 

 参拝と思ったのですが施錠されており本堂前で合掌。

 

 御本尊は拝観出来ませんでした。

 

 

 樹齢500年の『榧の木』です。

 

 こんな形の木、初めて見た。

 

望月山・城光院

 

 望月城址の麓、依田川沿いに立派なお寺が建っています。

 

 『曹洞宗・望月山・城光院』 普通、お寺の称号には『〇〇院・〇〇寺』と続く場合が多いですが、此処は『城光院』のみ。

 

 門前に在る工場の、従業員駐車場と思しき一角にバイクを停めまして。(他に駐車場が在るのかも)

 

 

 素敵な門構え。特に扁額が素敵。(読め無いですけど)

 

 『ステンレス製の手摺』と『センサーライト』が無ければ、映画ロケに使えそうです。

 

 最近は『草書・行書』を読み取れるAIアプリが完成されたと新聞に出ていました。

 

 無料でダウンロードできないかな。

 

 

 『望月城城主・望月氏』の菩提寺として創設され、御本尊『阿弥陀如来坐像』は『望月氏祖先』を模しているとか。拝見したいものです。

 

 

 境内は歴史を感じさせる石像などが多々あります。

 

 本堂にて参拝。扉は………開きませんでした。

 

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望月城址

 

 眺望の良い『望月城址展望台』で一休みの後、木製の階段を上ります。

 

 

 一応手摺も付いていますけど、ナンセ体重コンマ1t。踏み抜いたりしたら他の人に迷惑かけちゃうから慎重に足元を確かめながら。

 

 

 鳥居では無く『櫓門』みたいなものでしょうか。

 

 

 この高台に城郭が在ったのですが、石垣などは見当たりません。

 

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望月城址・展望台

 

 それこそ、古い時代の『砦』から数えると『城跡』なんて星の数(一寸大袈裟過ぎ)程も在るのではないでしょうか。

 

『城跡辞典』によりますと、その数10038ヶ所と書かれています。欲しいんだけど結構お高いし、バイク移動が多いから『お荷物』になっちゃう。

 

 

 『依田川』から上り上げる道も在りますが、『旧中仙道・瓜生坂』から北へ120m程進んだ分岐に案内が出ています。(二駆普通車は進入禁止)

 

 山道を登り詰めると『畑』………よくある事で、広い平地をいつしか畑に使ってるのかと思いましたが、畑の向こうに一段高い平らな場所が見えます。そりゃ行きますよ。折角此処まで来たんだから。

 

 

 この土手を迂回して

 

 

 一段高くなった場所へと歩いていると

 

 

 林の中にやっと見つけたそれらしき案内。

 

 因みに舗装路の分岐以降、一切案内は在りません。

 

 気が付かなきゃ引き返してますよ。

 

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旧中仙道・八幡宿~望月宿

 

 『塩名田』で千曲川を渡り『八幡宿』では旧町並みの間を通って来た『旧中仙道』

 

 『佐久平』からの『県道44号線・バイパス下仁田浅科線』と合流する『百沢東』交差点のすぐ脇に旧道分岐が在ります。(ほぼ気が付かない)

 

 

 その集落の一角に在るのが『祝言道祖神』です。

 

 

 新しい方は近年に造られたのでは?お酌している様子が見られます。

 

 小さい方は風化してきてます。手を握り合ってるみたい。

 

 桃の節句の『雛人形』は『結婚式』の様子を表しており、向かって左側が男性。

 

 つまり此の道祖神とは立ち位置が逆です。

 

 

 確かに男性の衣装、胸元とか見ると神官さんみたいだし、女性も『十二単』とかじゃない。

 

 そうやってみると確かに滅多に見られない貴重な物なのかも。

 

 

 隣は『消防団詰め所』と『火の見櫓』が建っています。目印にどうぞ。

 

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再生可能エネルギー

 

 野辺山に在る『宇宙観測用パラボラアンテナ郡』は有名ですが、佐久市にも『パラボラアンテナ』が在ります。それも二つ。

 

 一つは日本一の直系を誇る『JAXA宇宙空間観測所』の64mパラボラアンテナ。

 

 『小惑星イトカワ』に着陸し、微粒子を採取して地球に帰還した『ハヤブサ』をテーマに実話をもとに製作されたドキュメンタリー映画『ハヤブサ』 帰還途中で太陽電池パネルの向きがズレてしまい、バッテリー切れで交信不能になってしまいますが、僅かな電波を此の『64mパラボラアンテナ』が受信し、姿勢制御に成功。無事帰還させた影の立役者です。映画の中で「臼田どうぞ~」と呼ばれている場所が『JAXA宇宙空間観測所』

 

 敷地内には受付が在り、訪問記念のステッカーを貰えます。

 

 アンテナ内部に入る事は出来ませんが『資料館』が在り、興味在る人には面白い場所です。

 

 

 そしてもう一つが『JAXA美笹深宇宙探査用地上局』 佐久から大河原峠へ向かう途中、山の中に突如姿を現します。

 

 此方の直径は54m。敷地内は立ち入り禁止ですが、大河原峠から見下ろす事が出来ます。

 

 

 『大河原峠駐車場』から『トキンの岩』寄りに少し行った処がお勧め。

 

 秋の紅葉シーズンに是非どうぞ。

 

 

 此処の敷地内に新しく出来たのが

 

 

 『再生可能エネルギー発電』の『微風発電装地』です。

 

 日本各地に『大型風力発電装置』は見られますが、その巨大さ故に設置・維持に莫大なお金が掛かりますし、メンテナンスも結構大変だとか。そして強風時の『騒音・振動対策』が難しく、台風直撃時などプロペラ回転数は制御されますが、揺れを見ると恐怖を感じてしまいます。(事実モーター部分から発火事故発生)

 

 以前も『微風発電装置』は在りました。円筒状縦長の回転翼が廻るタイプ。

 

 此の『三つの小型ファン』は初めて見ます。

 

 風向きに併せて全体が向きを変えるのでしょう。

 

 『電気』の性質として疎かに出来ないのが『送電線ロス』

 

 送電線の中を電子が流れる時に生じる抵抗で、送電距離が長ければ長い程ロス率は高くなります。つまり『電気需要』の場所と『発電所』がちかければ近い程ベター。

 

 『日原電』の皆さん。住まいの隣に『原発』造ってみては如何?

 

 『太陽光発電』だけでは夜間・曇り時に心もとない方。『微風発電』一家に一台どうですか?

 

グライダーふれあい館

 

 『霧ヶ峰スキー場』のすぐ脇に平べったい建物が在ります。

 

 『グライダーふれあい館』 『グライダー格納庫』と『展示場』を兼ねており、広報活動の為、無料でVTR上映を行っています。

 

 

 此処から『グライダー』を引っ張って来て『滑空場・滑走路』まで運び、『エンジンウインチ』に繋いだ『ワイヤー』で引っ張って上昇する仕組みです。

 

 『マリン・リゾート地』によく見る『パラセール』は『モーターボート』や『ジェットスキー』で引っ張ると、あっという間に空高く舞い上がりますが、理屈は一緒。

 

 

 初期の頃に大空を舞った『名機』を始め、『パイロット講習機』や『練習機』など所狭しと並んでいます。

 

 羽を広げた状態だと場所を取るので、胴体から両翼を外した状態で分解され格納されています。

 

 

 某局の『鳥人間〇ンテスト』も、近年では『琵琶湖縦断』する『プロペラ機』が現れたりして其の機体の美しい事。

 

 人力で30㎞近くを飛航してしまうんですから。

 

 『高木村』から『小串鉱山』へと向かう『毛無峠』は広々とした『笹薮』を滑走路に、山岳地帯特有の強風を活かした『ラジコングライダー』の聖地となり、沢山の機体が大空を旋回しています。(私ゃ口を開けて空を見上げているだけでしたけど)

 

 やっぱり自分で空飛んでみたい。と云う訳で私ゃ『パラグライダー』へ挑戦です。

 

 『グライダー』に興味ある方。

 

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藤原咲平・顕彰碑

 

 『グライダー滑空場』ですから、障害物が無い方が良いに決まっています。

 

 故にこの丘の上には『スキー場リフト山頂駅』『霧鐘塔』の他に建築物は在りません。

 

 尚且つ『立ち木』もほぼ皆無。唯一木陰の在るのが『藤原咲平・顕彰碑』の周りです。

 

 

 陽射しがキツイ夏の午後。一息入れようと木陰を探して唯一見つけたのがこの石垣の一角です。

 

 レリーフに『藤原咲平』と在ります。

 

 こんな時、スマホでググれば答え一発!〇〇〇ミニ。(解かった人は55歳以上)

 

 

 元中央気象台長で在り、霧ヶ峰の丘陵地帯に昔留学したヨーロッパの『グライダー滑空場』を重ね、『グライダー研究所』を創設した人です。

 

 日本のグライダー発祥の地である『霧ヶ峰』は、発着陸可能な、なだらかな『丘陵地帯』と、幾つもの上昇気流が沸き上がる地形を持ち、『グライダー』にとって格好な場所です。

 

 一頃は三角の翼を持った『ハンググライダー』が流行でした。映画やプロレスラー登場のテーマ曲『スカイ・ハイ』を耳にすると何故か無性に空に憧れました。

 

 現在。割と気軽に『パラグライダー』で浮遊体験できます。

 

 地上数メートルの高さを数メートル滑空するだけなら、午前中いっぱいの練習で¥8000程で体験できます。

 

 自由気ままに空を飛び廻るなら『ライセンス収得』と『装備一式』が必要ですけど。

 

 

 『霧ヶ峰グライダークラブ』では、『二人乗りタンデム機』によるライセンス収得制度も在るみたいです。

 

 詳しい条件とかは『霧ヶ峰グライダークラブ』へお問い合わせ頂くとして。

 

 

 残念ながら石が柔らかいのか、風化して所々が読めません。

 

 『藤原咲平』さんの功績を称え、此処に顕彰します。的な内容だとは思うのですが。

 

 唯一の木陰に陣取り、お茶とおにぎりタイム。

 

 吹き抜ける風が気持ちいい。

 

 私が山に登る時(トレッキングですが)、『シャボン玉』を持って行く事が多いです。

 

 『童謡シャボン玉』の作者、『野口雨情』さんみたいに身内に不幸があった訳じゃありませんが、風に乗ってどこまで飛んでいくかを見たいもんで。

 

 『シャボン玉』が割れる理由のひとつが『重力』 『シャボン玉液』が下部に集まり、上部が薄くなって割れてしまいます。風に乗ってランダムに廻ればそれだけ割れにくくなり遠くまで飛びます。

 

 それと最近の『シャボン玉液』は『界面活性剤』や『グリセリン』を含んでいて、割れにくい『シャボン玉液』になっています。

 

 あっ。自然界に対しても優しい成分らしいですのでご安心を。

 

 此れが『100均』で売ってる子供向けオモチャなんですから。

 

霧鐘塔

 

 『霧鐘』とは、そもそも霧で視界が効かない時などに、船どうしの衝突を避ける為に自分の位置を他に知らせる目的で叩いて鳴らした『鐘」の事で、『マークトゥエイン』の小説(ハックルベリーだったかな)や『宝島』(ロバート・スティブンソン?)に登場します。

 

 『霧ヶ峰』等の場合は、登山者などが霧に包まれ方向を見失った時、『鐘』の音を聞いてその方角に進めば、命の危機から脱することが出来る様に鳴らされます。

 

 でも『スマホ』の『GPS機能』で誰もが自分の現在地を確認できる現代では余り活躍の場は無いのかも………まっ、バッテリー切れなど無きにしも非ずですので参考迄。

 

 

 他にも『美ケ原高原・美しの塔』や『志賀高原・山田峠』など人気観光地で在りながら、濃い霧の発生しやすい場所に設置されていますが、『恋人の聖地』宜しくガンガン鐘を鳴らしたり、中には誰かがぶら下がったのか、引き紐が切れていた場所も在ります。

 

 万が一の際、人命にかかわる場合もありますので大切にお願いします。

 

 もし濃霧に包まれたなら、焦って動き回らないで霧が晴れるまで座っているのが一番なんですけど。

 

 あっ私。鐘の音色を聞いてみたいので”必ず”鳴らします。

 

霧ヶ峰・滑空場

 

 『滑空場』って『グライダー専用滑走路』の事です。

 

 海外では『四輪駆動車』が牽引ワイヤーを引っ張る所も在りますが、此処『霧ヶ峰』では『エンジン式ウィンチ』で一気にワイヤーを捲き上げます。

 

 以前は週末ともなると『グライダー』や『ハンググライダー』『パラグライダー』などが何機も飛び交い、壮観な航空ショーを見せてくれましたが、事故が在って以来、めっきり少なくなってしまいました。平日ではほぼお目に掛かれません。

 

 

 私のお気に入りの『グライダー・ビューポイント』は『車山』から『霧ヶ峰』へ向かう十字路手前の駐車場。その東の端に陣取ると、頭の上を滑空場へ降りるグライダーが通り過ぎていきます。

 

 カメラを構えていると、車輪を出すタイミング迄バッチリ捉える事が出来たんですけど。

 

 

 『滑空場』越に『富士山』が見えています。

 

 こんな処を飛び廻れたらなぁ。

 

 

 『霧ヶ峰農場・直売所』は無料トイレを備えた大型駐車場が在り、ドライブインや売店・給油所も在り多くの車・バイクでごった返すので、余り近寄りたくないのだが、今回は『滑空場」や『グライダーふれあい館』を訪れてみようかと。

 

 因みに上の写真は『スキーリフト』と『霧鐘塔』です。

 

 リフトの夏季営業は無いみたい。

 

 まっ歩いて15分ですので健康の為歩きます。

 

 

 『霧ヶ峰』の名前の如く、一度霧が発生すると、方向は全く分からなくなります。

 

 現代っ子は『スマホ・GPS』で現在地を確認するなんて当たり前ですけど、一昔前は遭難の危険が在った為、『鐘』を鳴らして『霧鐘塔』の位置を知らせていました。

 

 どんなに霧が濃くても遊歩道さえ歩いていれば迷う事は無いんですけどね。

 

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ささやき神社

 

 『美ケ原・車山」登山の帰り(リフト利用です)に、『ダッタン蕎麦』を食べに『大門街道」を長和町に下って来ました。

 

 知る限り『ダッタン蕎麦』を食べられるのは『信濃霧山・ダッタン蕎麦レストラン・緑の花山館』のみです。

 

 黄色い色の『ダッタン蕎麦』は、長和町・霧山地区の蕎麦農家だけが栽培している固有種だそうです。

 

 時間が午後1時半だった事も在り、駐車場に車はゼロ。唯一入り口に『営業中』の看板が出ていたから入れましたけど、気が付かなきゃやってないのかとスルーしてたかも。

 

 偶に看板の仕舞忘れか、片付けるのがめんどくさくなったのか、『営業中』の看板が出っぱなしの『休業中』若しくは『閉店』の店があるからややこしい。

 

 で食事の後に向かったのが

 

 

 長野県下、至る所に『立ち寄り温泉施設』が在ります。

 

 特に『長門温泉』は大型駐車場を備えた『道の駅・レストラン・コンビニ・児童遊園地』が隣接し合っている為に『長距離トラック運転手』にも御用達の場所。

 

 お腹を満たしてひとっ風呂浴びて、beerでも飲んでひと眠り。夜間走行に備えるドライバーに人気だとか。

 

 ※決して飲酒運転はしないで下さい。アルコールチェッカーで安全確認の後運転して下さい。

 

 

 駐車場の一角に在るのが

 

 

 『ささやき神社』です。

 

 説明を読んでみると、昔この辺りは『笹藪』が一面に広がっており農業には適していませんでしたが、神様がやって来て『笹』を焼き払い、農耕地としたそうです。

 

 その時乗っていた『牛』が石になってしまい、神社脇の『牛石』になったとか。

 

 この『石』に願い事を囁くと叶うとか。(まぁ眉唾ですけど)

 

 『笹焼き』と『囁き』を掛けたと思うのは私だけ?

 

 普段神社に参拝しても『願掛け』はしない事にしています。

 

 が、昨今、新聞を読むと、如何に世界中にイザコザが多い事か。

 

 「世界中から紛争が無くなりますように」 最近は願掛けまくりです。

 

 日本の『神様』だけじゃ無くて、世界中の神様に頼まなければご利益無いのかも知れませんけど。

 

 『神様。お願いします』

 

 

古町豊受大神宮

 

 『西蓮寺』から流れ出る水は、すぐ北側の神社へと流れて行きます。

 

 神道ですから『太鼓橋』が架かっており、この橋を渡ると『神域』に足を踏み入れる事に成ります。

 

 稀に人が渡れない急斜面の『太鼓橋』を見掛けますが、神様のみが渡れる橋であり、人は迂回するようになっています。

 

 それでも『スニーカー』のゴムの進歩により、登れちゃうみたいですが。

 

 

 『豊受神社』の本社は『豊受大神宮(神宮外宮)』の事です。

 

 皇族が神宮詣での際にも必ず『外宮』から先に参拝します。

 

 『豊受大神』は、内宮の主神『天照大神』の食事を司る『御饌都神(みけつかみ)』として祀られています。

 

 一般には『五穀豊穣』を祈願して奉られる場合が多いみたいです。

 

 

 入口に『御札・御守り』の案内がでていました。

 

 因みに仏教に於いて、『写経』を納めたお礼に『寺院』が渡すのが『御朱印』

 

 それが『神仏混載』の折に『神社』でも『御朱印』が押されるようになりました。

 

 昨今は『御朱印』がブームで、何処の神社仏閣でも『御朱印』を領布していますが、『参拝記念』の名目で只集めるのが目的になっている人がかなりいるみたい。

 

 TVでどこそこの『御朱印』はこんな特徴で素晴らしいんです。とかの情報が流れると、翌日からは長蛇の列で人が並ぶそうです。

 

 しかも『御札』形式より、直筆で『御朱印帖』に書き込んでもらわないと気が済まないみたい。

 

 そんな人に限って『仏教』の宗派も、神社・仏閣の区別も付けないみたいです。

 

 貴方の『御朱印帖』は如何?

 

 

 『手水舎』の手前に『繁栄のシンボル』 奥には『安産』のシンボルが祀られています。

 

 

 拝殿は小さめながら『千木』と『鰹木』を備えた屋根を持っています。

 

 『鰹木』の数が多い程角が高い。

 

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長和町・西蓮寺

 

 『長和町』に在る『浄土宗・證誠山・善正院・西連寺』 (證は証の旧字体)

 

 『法然上人』開祖の『浄土宗』では、事ある毎に『南無阿弥陀仏』を唱えていれば、必ず『極楽浄土』へ行けるとされています。

 

 日々『南無阿弥陀仏』を唱える事が修行であり、必ず『仏様』が救済してくれる。

 

 『南無阿弥陀仏』の念仏を上手く言えなくても『ナンマンダ~』でも良いから常に唱えなさい。唱えれば唱える程『仏様』が天国へと導いてくれます。(私的解釈です)

 

 

 道路に陽炎が立つ初夏の午後。人通りどころか車さえ走っていません。

 

 

 『阿弥陀三尊立像』が在るみたいです。

 

 『善光寺』さんの御本尊『一光三尊阿弥陀如来』は絶対秘仏で観る事は出来ませんけど、『御開帳』や法要の際、緞帳があげられ『前立て三尊像』を拝むことが出来ます。

 

 さて『西連寺』さんの御本尊は如何に。

 

 

 手入れの行き届いた庭。『法然上人』の像が迎えてくれます。

 

 本堂で参拝………扉は施錠されていました。中は伺えませんでしたので御本尊は拝めませんでした。

 

 庫裏に人の気配があるので声を掛ければ拝めるのでしょうけど、『お賽銭』が『お布施』にグレードアップしそうなので今回はパスです。

 

 

 境内の一角に『天満宮』(神様)が繭られています。

 

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岩村田・西宮神社

 

 『西宮神社』と聞くと正月十日の『福男選び』がニュースで大々的に報道されますが、元々は一般者立ち入り禁止の神事『十日えびす』(正月十日午前4時~)の後、午前六時に入り口の門が開かれます。と同時に拝殿目指して大勢が走り出し、早ければ早い程『福』が多いとされました。しかし何時からか誰が一番早く拝殿に辿り着くかの『スプリントレース』になってしまい、TV中継車迄スタンバイする始末。昨今は参加者の増加に伴い、出走エリアのくじ引きが行われ、グループ分けされてしまいます。如何に足が速かろうと前のグループでなければ『福男』にはなれません。

 

 と此れが『西宮神社』について、多くの人が知っている事項でしょうが本当は『えびす様』をお祀りしており、この神社に参拝する為の『講』が『えびす講』です。

 

 『えびす様』の祭日には境内に多くの店が軒を連ね、買い物客でごった返した状況にあやかり、各地の商店街が『えびす講大売出し』とか『えびす講花火大会』を催しました。

 

 丁度農家が収穫を終え、懐具合が温かい時。冬物や正月用品の買い出しにお金が動く時でも在りました。

 

 今では『月給』を貰える人が大半ですから、何もこの時期に『えびす講大売出し』しなくても欲しい物が簡単に手に入る時代。しかも『ネット注文』したら翌日には配達される時代です。便利過ぎて………

 

 『さだまさし』さんの歌「関白失脚』の中に「それからアレだぞ テレホンショッピング 買い物くらい 体動かせ」を思い出してしまいます。

 

 

 此方が『岩村田・相生町』の『西宮神社』

 

 鳥居が真っ新なのは、道路拡張に伴い移転の際に新調したから。

 

 

 参拝後に建屋の中を覗いますと。かなり古い歴史が在りそう。

 

 残念ながら詳しい説明等が無かったので正確な事は分かりません。

 

 

 脇に並んだ『夫婦道祖神』など。

 

 何だか『男性崇拝』のシンボルに見えるのは………

 

岩村田宿

 

 『旧中仙道』に於いて最大の人口だったとされる宿場が『岩村田宿』です。

 

 『本陣』は勿論、多数の『宿屋』や『造り酒屋』、『遊郭』が在ったり、『博徒』が集まる賭場が在ったり。

 

 そんな栄華を誇った『岩村田』ですが、昨今、佐久市の商業の中心は『佐久平駅周辺』に集まってしまって、昔ながらの商店街は存続の危機に立たされています。

 

 それでも『佐久』の官公庁(警察署・裁判所・地方検事局・税務署など)や幾つかの『高校』は『岩村田』に在りますので、そこそこに人は集まります。

 

 そう云えば『岩村田駅』って、子供の頃、〇〇高校の文化祭に行く為に一度だけ降りた事が在るのですが、それ以外に利用した事無い⁈

 

 

 昔からこんな感じだったかな。跨線橋はSL時代の煤けた感じが残っていますし。

 

 駅前とくれば『観光案内図』 知らない街の『駅前観光案内図』って大好きなんです。

 

 

 『岩村田』は何度も訪れていますのでほぼ行き尽くした感じも在りますが。

 

 

 フラフラと歩いていて見つけた『佐久酒造組合』の中に在る鳥居。

 

 『酒』とくれば『松尾大社』かな。事務所らしい建物に行って許可を貰いまして参拝。

 

 

 塀の外からは見えませんでしたけど、コンクリートの建物の中に社殿が祀られています。

 

 扁額の文字は『松尾大社』

 

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姉妹都市方位石

 

 佐久市内にも『ラウンドバウト(環状交差点)』が出来ました。

 

 場所は『野沢小学校』と『野沢南高校』の間、『野沢保育園』の前です。

 

 『ラウンドバウト』は『パリ・エトワール広場(凱旋門)』でおなじみの交差方式で、『環状交差点内』を走行する車が優先。進入する車は交差点内を走る車を妨害してはいけません。 

 

 対する『ロータリー式交差点』は、『交差点内』に進入する車両が優先。

 

 尤も日本ではあまりなじみが無く、お互いが譲り合う事で事故は少ないみたいです。

 

 此れが慣れてくると「俺の方が優先だ!」と主張し合って事故に繋がるのかもしれませんけど。

 

 

 その『ラウンドバウト』の中心に何やら在るのですが、いつもは通過する場所ですのでわざわざ観る事も無かったのですが。

 

 

 プレートの丸印の場所が『北緯・東経』の地点なのか解りませんが、(そっかスマホのGPS機能で測定すれば良いのか。又今度ね)、姉妹都市の『モンゴル・ウランバートル』『エストニア・サク』『フランス・アバロン』迄の距離と方向が示されています。

 

 ついでに『北極点』が示されて要れば分かり易いのに………

 

 『姉妹都市』とは友好関係を宣言し合った都市同士の事で、『交換学生』などを通じて『文化交流』や『親善交流』を図る制度です。

 

 『兄弟関係』と云うとアンダーグラウンドの世界みたいですからやっぱり『姉妹都市』がふさわしいですね。

 

 『エストニア・サク』と『佐久市』は同じ発音だからで、『サク』から語学教師として『〇〇先生』(名前が思い出せない………綺麗な女性でした)が佐久に派遣されていました。って事は『佐久』からも『サク』に言っている人が居る?

 

 この制度、私がもっと若けりゃ立候補してるのに。

 

 

大山祇神社

 

 『祇園』の『祇』一文字で『ズミ』と読みます。

 

 で『大山祇神社=おおやまずみ神社』

 

 『大沢新田』から『美笹』に向かう途中に在る神社です。

 

 

 総本社は『愛媛県・今治市・大三島』 しまなみ海道の開通により車で訪れる事が出来るようになりました。

 

 『大山積神』は古事記によると『天照大神』の兄の神様とされています。

 

 『山』『海』『水』の守り神ともされていますもで、自然を相手にする人にとって無くてはならない存在です。

 

 多くは山の中に在って『森林』を病害虫や火災から護る為に祭事が行われます。

 

 又、沢の近くに在って、水枯れの無い様に願掛けする人も居ます。

 

 

 参道はこれ。『メイちゃん』が『ト〇ロ』に出会いそうな草のトンネルです。

 

 

 小さな社と雨除け。余り人が来ないのかな

 

 

 隣に建っている板の間の壁に、寄付者の芳名板が在りますが、落書き………

 

 まっ何処にでも悪ガキってのは居るもんで。

 

 外で遊ぶ子供が少ないこの頃では貴重な存在かも知れません。

 

原のお宮

 

 『諏訪神社』なんですけど、敷地内に『公会堂』や児童遊園地が在ります。

 

 地区の『氏神様』として『初詣』に始まり、四季折々の『祭事』の他、『子供相撲』や『どんど焼き』なども行われ、地域に無くてはならない場所です。

 

 鳥居の前に金属製の『幟立て』が立っています。以前は祭事の度に消防団総出で重くて長い木の柱を立てたものです。

 

 

 参道の右手には古めかしい『社務所』が建っています。

 

 この建物を始め、旧小学校講堂・前消防ポンプ車などを寄贈してくれた方が『中島新吉』(故人)さん。この方『北海道・昭和新山』を購入したりして莫大な財を築きましたが、一代で全て使い切ったという立志伝の持ち主です。千曲川沿いの『中島公園』は此の方の自宅の庭を市に寄贈して公園にした物です。社務所の中にシルクハットをかぶった写真が掲げられています。

 

 

 参道を進み、拝殿で参拝。この建物は数年前の台風で一部が損壊した為、屋根を含めて修復されました。

 

 左奥に見えるのが『郷蔵』で、以前は地域の『防災備蓄庫』としての役割をしていましたが、現在は物置や『祭り屋台』が仕舞われています。

 

 

 児童公園の端に幾つも『摂社』が並んでいますが何の神様だろう?

 

 その前の『ブランコ』等の遊具もペンキこそ塗り直されていますが、私が子供の頃には遊んだ記憶が………何年前のだろう。

 

 他にも『奉納子供相撲』の土俵があったり、『どんど焼き』『餅つき』『夏祭り』などなど地区の催しに欠かせません。

 

 洋間・和室を含め『公会堂』が在り、地区総会や折々の集まり事に使われますし、クラブ活動などの集会に勝島されています。

 

 投票所としても認定されていますので事ある毎に人が集まります。

 

 

 『かくれんぼ』などをして遊んだ境内ですが『欅の大木』の老朽化が進み、時折風の強い日など枝が落ちています。

 

 事故が無い様に『諏訪様』にお願いしておきますか。

 

慈風庵と美楽育円

 

 私、普段は食に関する評価はしない主義です。

 

 『〇シュランガイド』は、覆面捜査員が同じ判定基準で全ての店を廻った上での評価ならば許せますが、四季折々素材条件や、捜査員の満腹状態も異なるのにこの店は美味しいから星三つなどと批評し、其の挙句で来客数や利益まで左右してしまうのはどうなんだろ? 元々は『タイヤ会社』が車で遠出して貰う為の手段としてガイドブックを発行した筈。星の数でランク付けするのは如何なものだろう。しかも内容を鵜呑みにしてあそこの店は一つ星だから………なんて批評する輩まで居る始末。

 

 『食べ〇グ』などのSNS系の評価にしても、如何に自分の評価が正しいと主張する人間が多い事か。若しくは何でもかんでも満点評価を付ける人や、味以外の評価、チェーンの牛丼屋にまで評価付けてどうすんの。

 

 なので、私の投稿は常に『可も無し不可も無し』(グーグルマップで星三つ)とさせて頂いています。

 

 そんな中、今年に入って訪れた二軒のお店に関して、もっと多くの人に知って貰いたい思いで、敢えて此処に掲載します。

 

 一軒は『慈風庵』

 

 

 普通の定食屋さんなのですが、場所がわかりづらい所に在りカーナビなしでは辿り着けないかもしれません。

 

 

 流行りの『古民家風』どころか、普通の民家。

 

 メニューの品数も多くは在りませんが応援したいお店です。

 

 

 ホントに普通の定食ですし、素材等に特に趣向を凝らしている様でもありません。

 

 でも落ち着ける場所です。

 

 もう一つは『実楽育円・みらいえ』

 

 

 メニューは『ソーキそば』のみ。セットはおにぎりが付きます。

 

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高峰

 

 『浅間六連山』のひとつ『たかみね』と読みます。

 

 小学生でも登れる山で、地元小学校の遠足で登ります。

 

 『高峰チェリーパークライン』を登り詰めると『車坂峠』

 

 眺望の開けた峠下の展望台から眺める景色は素晴らしく、春先の霧の多い時期には雲海の向こうに『富士山』や『八ヶ岳』を望むことが出来ます。

 

 『高峰高原ホテル』では立ち寄り入浴も出来ます。此処の温泉は自噴では無く、『布引温泉』の湯をタンクローリーで運び上げています。

 

 佐久から見ると『車坂峠』に煌々とした明かりが見えますが、このホテルの明かりです。

 

 ホテルでは温泉の他、売店やレストランも利用できます。テーブルに置かれた双眼鏡で『アルプス』なんぞを眺めていたらあっという間に時間が過ぎてしまいます。

 

 『高峰高原ホテル』の駐車場脇から『高峰山』への登山道が在るのですが、今回は『高峰温泉口』から登ってみますか。

 

 『高峰高原』には『ビジターセター』が在り、『浅間連山』に関する登山の相談に乗ってくれまし、広い無料駐車場も在りますから使わない手は無いです。

 

 しかも『新宿高速バスターミナル(通称バスタ)』から直通のJRバスが往復していますので、関東からのアクセスもバッチリ。

 

 料金も格安なのですが、繁忙期は予約しないと乗れません。

 

 

 この登り口は『ランプの宿・高峰温泉』から歩いて5分。温泉の駐車場を利用できますが、一声かけて許可を貰うのが良識ある大人。更にはジュースの一本も買うのが良識ある行動でしょうか。

 

 

 此処で『高峰高原ホテル』からの登山道と『高峰温泉』からの登山道が合流します。

 

 距離的には大した事無いのに日頃の運動不足がたたって………

 

 若い頃は標準時間を切る事を目標に歩いてましたが、今では1.5倍が目標です。

 

 

 稜線にはこんな素敵な樹。芸術ですね。

 

 それだけ強風が吹き抜ける場所でしょうか。

 

 

 山頂に近づくと大きな岩が待ち構えています。

 

 樹木が多く、岩山のイメージがないので『海底隆起』では無く火山性の堆積でしょうか。

 

 詳しい方一報願います。

 

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大谷不動

 

 『黒門』駐車場から一時間強のプチ山歩きの末、ようやく奥之院に到着です。

 

 実は訪れる一週間程前に、『お不動様』を『里宮』から『奥之院』へと移す『御山上り』が行われたみたいです。

 

 当番祭事や厄年の者が背負って山道を担ぎ上げます。

 

 その為参道は雑草が刈られたり、整備されていたのでしょう。

 

 『根子岳』から須坂に延びる山稜を境に、『米子不動』と『大谷不動』の二つの『御堂』が山深い山中に在り、修験者の『滝行』が行われた『滝』が『米子瀑布・不動滝・権現の滝』と『大谷・一の滝』です。

 

 

 御堂迄あと0.2kmの表示に『ロットの滝0.3km』と書かれていました。

 

 先にお不動様に参拝して、余力が残っていたら訪ねてみましょうね。 と自分に弁解して先を急ぎます。

 

 

 こんな山の中に立派な御堂です。

 

 しかも雑草などもしっかり除去されています。

 

 それも其の筈、途中から林道が通じていて車の轍が残っていました。

 

 『御山上り』の為に、大変な苦労をされたのでしょう。

 

 

 『サッシ』は防虫・防獣の為に致し方ないですが、写真を撮る時は反射が………

 

 

 イマイチ『お不動様』が不鮮明になってしまいました。

 

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大谷不動・黒門

 

 メジャーリーグで活躍中の選手を応援する意味も在って『大谷不動』を訪れました。

 

 場所は『須坂市・仁礼』から『峰の原』へ向かう道の途中から山の中へと入った場所。

 

 此の道は『宇原川』沿いに在り、別名を『鮎川』とも呼ばれる位ですからかなりの魚が捕れたのかな。

 

 途中から分岐した山道に進むと、江戸時代。『善光寺詣で』や物流街道として使われた『大笹街道』です。

 

 関所も無い『脇海道』ながら、『信州須坂』と『上州嬬恋』を最短で結ぶ為に多くの人がこの峠道を歩いた事でしょう。

 

 その『大笹街道』から更に山の中に進むと在るのが『大谷不動』

 

 先ずは車で『黒門』まで進みます。

 

 

 駐車場の脇に立つ案内図。なんだ結構近いじゃん。

 

 

 更に『大谷不動』の説明と大まかな案内図。

 

 『高山植物』などが分布する所を見ると、そこそこ登るのだろうか。

 

 

 こんな山の中に立派な『黒門』が在ります。『大谷不動』の門です。

 

 

 『大谷不動』は『お不動様』を祀る奥之院。

 

 修験道者が『禊』をした『滝』が近くに在ります。

 

 参道ですので一礼して門を潜ります。

 

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邑守神社

 

 『邑』と書いて何と読むか知ってます?

 

 群馬県には『邑楽(おうら)郡』という地名が在りますし、人名では『中邑(なかむら)』という名字が在ります。

 

 神社・鳥居の扁額に『邑守神社』と在るのですが、読み方が解らない………

 

 

 鳥居の脇に解説が出ていました。

 

 

 なるほど。『むらもり神社』と読むのか。

 

 でも文中の『………社号を授ける』って『授かる』の間違いじゃない?(文法上)

 

 元々は『諏訪神社』だった処に『産土神』を祀ったのですが、普段はその名前で呼ばれているみたいです。

 

 摂社として『秋葉山大権現』と『高尾山穂見神社』の二つが祀られているとか。

 

 

 神社には『社格』が存在し、この神社は『村社』の扱い。(テンハ ヒトノウエ二 ヒトヲ………神様はいいのか?)

 

 

 拝殿にて参拝。 『鏡如神』って? ググってみました。

 

 『神は心の鏡の如し』ですと。 続く言葉が『ご利益信仰の中に神は存在せず』

 

 初詣などで「今年は儲かります様に」なんて願を掛けても、そこに神の力は働かないよ。って事でしょうか。

 

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岩船地蔵

 

 『菅平』から『須坂市内』へ向かう国道406号線。鉄分で真っ赤な川床の『米子川』の橋の手前にあるお地蔵様が『岩船神社』

 

 道が少しカーブする所でも在り、しげしげと見た事無かったですが、今回は神社の駐車場に車を停めまして。

 

 

 御供え物が新しいので頻繁に手入れされているのでしょう。

 

 私の考えですが、訪れないのなら『御供え物』はしなくても良いのでは?

 

 『御供え物』が綺麗なうちは良いですけど、傷んだり枯れたりする物はその内汚らしくなります。又食べられる物などは動物や鳥の格好の餌食になります。

 

 開封していない『ワンカップ』や『ジュース』なども、その後誰かが飲む訳でも無くゴミとして処分されます。

 

 片付ける側から云わせてもらえば、昨今のゴミ分別事情からも煩わしい事この上ないです。

 

 頻繁に訪れて前の御供え物等を片付けるのなら話は別です。 

 

 

 なるほど。石船に乗っています。

 

 『鬼瓦』は以前の御堂に使われていた物でしょうか。

 

 

 子供の病気に霊験あらたかとか。

 

 風邪をひいたら『煎り豆』を御供えすれば効果てきめん(かも)

 

立石公園

 

 某アニメ映画『〇の名は』で、隕石により造られた湖が描かれていますが、そのシーンのモデルとなったのが『立石公園』から俯瞰する『諏訪湖』とされています。

 

 『諏訪湖』は『フォッサマグナ』の西端に位置し、活断層のズレから出来たとされています。水深が浅いから(最大深度7m)堰止湖と思っていましたけど違いました。

 

 『葛飾北斎』の『富岳三十六景』にも描かれる程(版画ですけど)風光明媚な湖ですが、『農薬』や『生活排水』流入のお陰で汚染(富栄養化)が進み水質は悪化、『アオコ』の発生や、水生植物の『ヒシ』の大量発生にも繋がっています。

 

 『天竜川』の起点ともなっている『諏訪湖』ですが、流出するのは『天竜川』のみ。沢山の流入水路が在るのにね。

 

 流れ下る『天竜川』は幾つものダム湖を造り、発電の恩恵を与えてくれています。

 

 『諏訪湖・釜口水門』から流れ出る『天竜川』にほぼ沿って走る『JR飯田線』は、『長野県・辰野駅』と『愛知県・豊橋駅』を 結ぶ総沿線距離200km程の区間なのですが、駅の数が約100駅。単純計算で駅間平均2kmとなります。駅を出発したらもう次の駅的な感覚。一周34.5kmの中に30駅を有する山手線よりはマシ?そんなこんなで6時間近くを座りっぱなし。(酒飲んで寝てましたけど) 湿布薬は必需かも。

 

 船下りで有名な『天竜峡駅』を過ぎた辺りから様子は一変します。山の中や川沿いをクネクネ・ノロノロと進みます。

 

 駅は在るけど集落は何処? みたいな処を幾つも過ぎ、当然のごとく売店も無ければ駅弁なんて物も売っていません。(唯一『平岡駅』が例外です)

 

 こんな『酷鉄』ですけど一度は体験してみません?

 

 

 『立石公園』

 

 

 駐車場脇の展望が此方。

 

 

 う~ん。例の映画の面影が無くも無いか。

 

 平日のお昼過ぎ。駐車場も空きは僅か。他に駅からタクシーで来る人も居て思ったより混んでいました。

 

 芝生に座って『お茶とおにぎり』と思ったのですが、諦めて展望台を目指します。

 

 

 この展望台。寄贈したのは『諏訪精工舎』 そう『セイコー時計』です。

 

 だから展望台は

 

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甲州街道・終点

 

 『諏訪大社・下社』の鳥居、実は『甲州街道』に建っているって知っていました?

 

 『甲州街道』とは江戸時代、『四代将軍・徳川家綱』の頃整定された五街道のひとつです。

 

 『三代将軍・家綱』が定めた『参勤交代』や、物流(飛脚・早馬)の為、『江戸』を中心とした『主要五街道(東海道・中仙道・甲州街道・日光街道・奥州街道)』を特に整備されました。

 

 人や物が移動する為の道=『街道』は現在の様に舗装されている訳でも無く、雨が降ればぬかるんで歩行困難になったり、橋の無い川では『川止め』で渡れなかったり。

 

 人の滅多に通らない様な山を抜ける街道では、『山賊』などが出たりして、命の保証も無かったとか。

 

 又、人や御禁制を監視する為の『関所』が主要地点に置かれ、『出女・入り鉄砲』などに目を光らせていました。

 

 

 『石標』をよく見てみると『右 江戸へ五十三里十一丁。左 江戸より五十五里七丁・京都へ七十七里三丁』と掘られています。

 

 『諏訪大社』鳥居の脇を抜け、『諏訪湖東岸』から『釜無川』沿いに南下し、『笹子峠』からは『笹子川』に沿って『大月』へ。『笹子川』は『都留』方面から流れて来る『桂川』に合流し『相模湖」へと続き『相模川』と名前を替えます。『大垂水峠』の難所を超えて『八王子』『府中』と続き『日本橋』の『道路起点』までが『甲州街道』です。

 

 

 『諏訪宿』は『中仙道宿場町』でも在りますので、此の場所が『中仙道』と『甲州街道』の合流地点。

 

 『諏訪温泉街』のど真ん中に在り、『諏訪大社』にも近い為、かなり賑わったそうです。 人が集まりますから『酒蔵』が発達したり、『寺社奉行』の治外法権を利用した『博打』なども盛んに行われ、その手の人間も集まったそうです。その為『諏訪宿』では、治安の為の『番所』や、24時間見回りの為の『詰め所』が置かれました。

 

 

 

 案内図を見ていたら面白い物を見つけました。すぐ近くなので行ってみよう。

 

 

 『秋宮スケートリンク』 『日本フィギュアスケート発祥の地』ですと。

 

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銭神社

 

 お金にまつわる名前の付いた神社って結構在るの知ってます?

 

 『金神社』は『岐阜県・岐阜市」、『黄金神社』は『岐阜県・高山』や『宮城県・石巻に在りますし、『金持神社』は『鳥取県・日野町』

 

 そして諏訪の地に在るのが『銭神社』 小さな祠ですけど。

 

 

 『諏訪・慈雲寺』脇から霊園や焼却施設の脇を抜け、『御射山社』~『いずみこ湖公園』、『蓼の海』(四股名じゃ無いです。在りそうだけど)、県道に出て『霧ヶ峰』へ向かう途中に在ります。

 

 クネクネした一車線の舗装林道を登りますが対向車等皆無。

 

 今回はバイクで走りましたが、昨今は車に向かって来る『熊』も居るそうですから注意するに越した事ないです。

 

 

 駐車スペースには句碑が立っており、『穂すすきに 諏訪の湖から 来る風か』

 

 『一茶』の句でした。でも『清水哲』って誰だろう?(’野球の?)

 

 

 エンジンを切ると、辺りは静寂に包まれ『ウグイス』の鳴き声が聞こえます。

 

 数段の石段を登ると鳥居。参道を進むと

 

 

 樹の間に涼風が吹き抜けます。

 

 諏訪湖を渡った風が山肌を駆け上って来るかのよう。

 

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諏訪御柱・下社棚木場

 

 『御柱』とは『諏訪大社』の四方に建てられる『丸太の柱』で、七年に一度新調されます。

 

 『諏訪大社下社』は『春宮・秋宮』、『諏訪大社上社』には『前宮・本宮』の併せて四つの神社に建てる、太くて長くて真っ直ぐな『もみの木=柱』(4×4=16本)が必要になります。

 

 樹齢150年を超すとされる『もみの木』は『諏訪大社所有林』から伐り出されます。

 

 『山出し』と云われ、山中深く迄入るそうですが、伐り出した木の運搬が大変だそうです。基本、全て人力。コロナ過では機械なども使われたそうですが。

 

 伐り出された木を『神木』として置いて置く処が『棚木場』です。

 

 『諏訪大社・下社』の『棚木場』を訪れたのは5月中旬のカンカン照りの日でした。

 

 

 現在は舗装された道路の上を、縄を括り付けた『御柱』が曳行されますが、昔は道幅の狭い『山道』を曳いたそうです。

 

 

 里に下りる前の『斧立て神社』で『斧』が入れられ『御柱』になります。

 

 

 『里引き』 現在は舗装路を引き刷られる事で『樹皮』が剥げ落ちますが、この『樹皮』を縁起物とし、こぞって拾うそうです。

 

 『木落し坂』まで『里引き』された『御柱』は『木落し坂上』の『神域』に安置され『木落し』を待ちます。

 

 『御柱』の最高潮『木落し』ばかりが祭りの様に扱われますが、坂を下った後も『春宮・秋宮』に向けて道路を曳かれ、クライマックスの『建て御柱』を迎えます。

 

 有料桟敷やけが人続出のニュース等で『木落し』ばかりがクローズアップされますが、それに至るまでの多大な労力に只々感心するばかり。

 

 良いじゃ無いですか『チェーンソー』や『重機』を使ったって。

 

 多少の事には目をつぶってくれますよ。寛大な『諏訪様』ですから。

 

 

 木陰の中を流れる涼やかな流れに、暫し見とれていました。

 

 夏が来るぜぃ。

 

米守神社

 

 鳥居を潜って参道を進むと『米守神社』の境内に着きます。

 

 案内図に在った『神田』が在り、苗が用意されていました。

 

 多分、若い女性が手で植える『早乙女』が観られるんじゃないかと期待。(現実は………?)

 

 

 コンクリート桝なのがチョット………なんて云いません。

 

 存続が大事なんです。良いじゃ無いですかオッサンが植えても。

 

 

 石垣や石段の風化具合からもかなり歴史が在りそうです。

 

 神社の名前が『米守神社』ですから、江戸時代の『年貢制度』の頃から崇拝されていたのかもしれません。

 

 

 参拝を終え、中を覗いますと真新しい『御幣』が用意されています。

 

 もうじき田植えの神事が執り行われるのでしょう。

 

 

 詳しくはピッチアウトで読んで下さい。

 

 『水の里』と在る様に『萩倉』は山間を急流で流れる清水の為、田んぼ