正眼院

 

 ぶっちゃけ此処にこれ程のお寺が在るのを知りませんでした。

 

 『小諸市八幡・曹洞宗・法隆山・正眼院』

 

 以下ホームページより抜粋

 

 正眼院の歴史は、今からおよそ九百八十年前、後一条天皇の勅願仏として、定朝仏師によって造られた『拈華微笑の釈迦牟尼佛』をご本尊様としてまつられたところより始まります。

 『天台宗二十五代、臨済宗三代』を経て、明応三年(1494年)『平原城主依田全真』により『天英祥貞禅師』を請待されて『曹洞宗』のお寺として開基されました。

 天文十八年、武田信玄の平原城攻めの際、兵火により諸堂は焼失し、現在の本堂は宝暦十一年 十九世無庵祖心和尚の代に再建立されたものです。

 

 『寺院』の建物(ハード)は同じ(焼失して再建されても)でも、『ご住職』の信仰する宗派(ソフト)によって時代と共に変わる場合が在ります。

 

 その土地を収める『領主=殿様』の信仰する宗派にも関係します。(戦国時代は大変!)

 

 ホームページの文から読み解くと、『1494年・平原城主依田全真』は『曹洞宗』の信派だったみたいです。

 

 因みに寺院の代表者の事を『和尚(おしょう)=曹洞宗・臨済宗』『和尚(かしょう)=天台宗』『和尚(わじょう)=真言宗』と云います。

 

 仮に間違って呼んでも目くじら立てるような人はそもそも修業が足りん=僧侶に成っていない。 特に徳の高い(位の高い)お坊さん(中にはお寺を持たない僧侶もいた)を 『上人(しょうにん)=日蓮宗・浄土宗』と呼んだり、厳しい修行を成し遂げた人を『阿闍梨(あじゃり)=天台宗・真言宗』と呼びます。

 

 高校生の頃、『大阿闍梨』という本を図書館で手にし、『酒井雄哉(さかいゆうさい)』さんの成し得た厳しく過酷な修行を知りました。比叡山の険しい山々を駆け巡って修業する『千日回峰』を二度!行った人です。雪の積もる険しい山道であろうと、草いきれのする夏の日中だろうと『千日間』一日も休まず早朝から修行の為に山道を駆け巡ります。

 

 深夜1時に出発し一日30~48㎞もの山道を歩き続けます。道中数百か所ある礼拝所で祈りを捧げ経を読みます。その距離およそ40000㎞=約地球一周分。(勿論山岳地帯を走り回るトレール・ランニングも凄いです!) 

 

 そして修行を始めたら途中でリタイアする事は出来ず、どうしても断念するならば自ら命を絶つという厳しい不文律が在り、修行は『白装束』、懐には『短刀』と『六文銭』を忍ばせているそうです。

 

 修行700日目を終えると『堂入り』 最も過酷な修行で在り、9日間『断食・断水・不眠・不臥(横にならない)』 その間に十万回の真言を唱えます。(真言は不動明王=真言宗?)

 

 そして深夜2時、『閼伽井戸』の水を汲み、不動明王にお供えします。(この時が唯一外部の人が生存を知りえる) しかも『断水』修行の最中なので水を飲むことは許されません。

 

 過去何人もの修行者が『堂入り』を行いましたが、この段階で精神破綻を起こしたそうです。

 

 これは現代医学に於いても非常に危険な行為にあたり(通常人は3日間水を飲まなければ生命の危機)、修行者はある意味『死の淵を彷徨っている=仮死状態』になっているそうで、研ぎ澄まされた『五感』により『線香の灰が落ちる音』が聞こえたり、『何キロも先の魚を焼く臭い』を感じたりと驚異的な能力が身に備わったそうです。

 

 『阿闍梨』だけで今回終わりそうなので詳しく知りたい方はググってください。

 

 で『正眼院』 駐車場の脇には………

 

 

 何故か『稲荷大明神』からスタート。

 

 立派な『白い石造り(コンクリート)』の鳥居です。

 

 

 奉納された朱塗りの『三本鳥居』(目指せ千本)と『狛狐』が迎えてくれます。

 

 私『稲荷神社』では唯一『商売繁盛』を祈願します。『願ほどき』は年に一度まとめて『鼻顔稲荷神社』でですけど。その為常に『賽銭用小銭入れ』(中身は10円玉以下)を持ち歩いています。今回も『安原周辺』だけで何度『お賽銭』を入れたことか。

 

 『神社』『寺院』共に『お賽銭』と云いますが、『神社』では『願いを叶えてもらうための対価』として『鈴緒』を鳴らし、『二礼二拍手』の作法の後『どこそこ(住所)』の『誰(名前)』が『〇〇の願い』を叶えて下さい。最後にお願いしますの『一礼』まで。

 

 対して『寺院』に於いては『お布施』の意味に通じます。ですから『願掛け』では無く、仏様への感謝を示す行為です。参道の『香炉』で『線香』を焚き、『燈明』を捧げ『鰐口』を鳴らし『お賽銭』 ご本尊に向かって『合掌』『一礼』

 

 永らく続いた『神仏融合』によって境界は無くなり『仏様』に『願掛け』したり、寺院で『御神籤』を引いたりと不思議な事が当たり前になってます。

 

 現代は兎角『ビジネスライク』 お寺の一角に『稲荷神社』は結構見かけます。

 

 『本地垂迹』の考え方なら何でもOK! (詳しくはウィキペディア)

 

 

 『稲荷大明神』の鳥居周辺。『奉納わらじ』では無く『下駄(コンクリート製)』と

 

 

 『カエル』は『無事に帰る』でしょうか。

 

 この鳥居を潜って私は何処に向かっている?

 

 この道を行けば どうなる物か (略) 迷わず行けよ 行けばわかるさ

 

 心の師『アントニオ猪木さん・道』ですが元ネタは『僧侶・清沢哲夫』さんらしいです。(通説では『一休和尚』作とされていますが違います)

 

 で行ってみたら………次回です。