新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
と例年同じ言葉の繰り返しですが、今年から少しずつでも良くして行きたいです。
不甲斐無かった先般の内閣と違い、今内閣は『やる気』が違います。
いや『他力本願』では無く、個人個人が力を発揮しなければ。
微力ながらも私も協力しますぜ。
ある程度の年齢になり、本格登山やマリンレジャーから遠ざかった反面、『神社仏閣』参拝や『トレッキング』などに時間を割く様になりました。
旅行に出かけて『非日常』を満喫しながらもその土地の有名な『神社仏閣』に参拝するのを常としています。別にそれ程『信心深い』訳でも無いですけど、妙に落ち着きません?(やっぱり歳かな)
休日も天気が良いとふらりとバイクで出かけます。(250オフロード)
全然知らない集落に、大切に護られてる小さな『祠』とか、住職の居ない(通いの)『お寺』 ちゃんと謂れが在って調べてみると面白い逸話に出会ったりします。
私、正月には『原・諏訪神社』『虚空蔵山・多福寺』(私の守り本尊)『成田山・薬師寺』『新海三社神社』『少林山・達磨寺』に詣でます。
尤も地元の神社仏閣は『お供え餅』をお供えする為の暮れのうちに参拝ですから、新年の『初もうで』は『新海三社神社』ですね。
『大晦日』まで『餅つき』と『後片付け』(大掃除とは云えない)で大忙しで、元旦は『初日の出』(東の空が曇っていたから今年はTVで済ませちゃった)を拝んでからひと眠り。暖かい午後になったら『新海三社神社』に出かけるのが常です。(だから帰宅迄酒吞めません)
まぁ帰宅したら速攻『御神酒』と称して『日本酒&当たり目』で酔宴が始まるんですけどネ。
前々から興味あったんですけど、中々社務所に人が要る時に『新海三社神社』を訪れる事が出来なくて、実に三年越しに入手出来ました。
小学生低学年でも分かりやすいように『絵本仕立て』で『新海三社神社』を詳しく解説しています。
正直、『古事記』や『日本書紀』を初めて読んだのが中学生位だったか、取り敢えず目を通しただけで、内容はちっとも頭に入ってこなかった様な………
神話として『因幡の白兎』位ですかね。分かったのは。
新聞でこの本が発刊された事は知っていましたが、いつ行っても買えなかった。(一冊¥1000です)
詳しく書くとネタバレになっちゃいますので興味ある方は『新海三社神社』迄問い合わせ願います。
チョットだけ………
『大国主命』は絶世の美女と云われた『糸魚川・奴奈川姫・ヌナカワヒメ』を娶り『事代主神・コトシロヌシノミコト』と『建御名方命・タケミナカタノミコト』二人の子供に恵まれ平和な国を『出雲』に築きます。
ある日『天野中つ国』に住む『天照大神』は『地上』に降りたいと思い『武御雷神・タケミカズチノミコト』を出雲の国に使いに出します。
『大国主命』にしてみればいい迷惑ですが国譲りに賛成する兄(歴然とした力の差を知っていた)と違い弟の『建御名方命』は「力比べで勝負し負けたら国を譲る」と提案します。結果『武御雷神』が勝ち、負けた『建御名方命』は出雲を去り『諏訪の地』に新たに居を構えます。諏訪の地で『八坂刀売神・ヤサカトノオトメ』と結婚し『諏訪様』と呼ばれ諏訪大社に祀られます。『新たな州=信州』の始まりです。
この『建御名方命&八坂刀売神』には子供が13人(それぞれが神様ですので13柱)おりその一人が『佐久の地』に移住し『米造り=田んぼ』を教えたのが『興波岐命・オキハギノミコト』です。
『新海三社神社』の三つの社は『東本社=興波岐命』『中本社=建御名方命』『西本社=事代主神』の3柱をお祀りしています。(だから三社神社)
そして『御霊代石』には『龍』が彫られており『諏訪の御神渡り』はこの龍が造るとも云われています。(暖冬で全面結氷しなくなっちゃいましたけど) この『御霊代石』に耳を当てると『諏訪湖の波音』が聞こえると云われています。(私が子供の頃は自由に触れた)
『清流』と『肥沃な地』に恵まれ『広大な田』が広がったので『田の口=田口』
時は流れて江戸時代末期『三河奥殿藩』の11代藩主として生まれた『松平乗謨・のりかた』は幕末の戦火を逃れるべく幕府所有地の『田口』に城を築城しようとします。ところが築城中に時代は『明治』となり『廃城令』が発動され、お堀を掘っている最中に建設中止に成ってしまいます。(つまりは誰も死んでない城) 名を『大給恒・おぎゅうゆずる』と改め新政府に貢献したばかりで無く、『博愛社』(後の赤十字社)の設立に大きく関わりました。(銀行という名の高利貸しで財を成し、多くのビジネスに絡み私腹を肥やした『お札の人』とは大違い。しかも隠し子が沢山いるって話じゃん)
ハイ。新年早々脱線話でした。
今年も宜しくです。

