砂原峠

 

 『砂原峠』へと続く道は初めて通りました。

 

 『丸子』から『塩田』方面へは『千曲ビューライン』、又は『平井寺トンネル』経由で行きますからこの道、知りませんでした。

 

 『峠』と思わしき場所(山頂感も無い直線道路)の傍らに標識他が立っています。

 

 

 『鎌倉道』の下、推定って何じゃ? 『全ての道は鎌倉に続く』の『鎌倉時代』、そりゃ道を辿って行けばいつかは『鎌倉』に辿り着くわな。(ローマ時代から云われてる言葉ですけどね)

 

 『信州の鎌倉』と呼ばれた『塩田地方』は、『北条氏』始め縁故在る人達が大挙して押しかけて来た地です。その為由来の在る『神社仏閣』が多く、散策するのも面白い地です。

 

 『鎌倉道』の上に『信州の』を着ければ間違いじゃ無いんですけど。

 

 『名古刹』が多い中、特に稲刈りの終わったこの時期、好きなのが『前山寺』で頂く『胡桃おはぎ』

 

 緋毛氈の敷かれた書院から塩田の農村風景を見下ろし、夕方傾きかけた黄金色の陽射しの中、鐘の音でも聞きながらお茶を頂く。『良くぞ日本に生まれけり』 の心境です。

 

 

 『平成の合併』以前は『上田市・塩田』と『丸子町』とは区別されていましたから『市町境界線』が書き込まれています。

 

 こうして地図を見ると、南北に流れる河川は幾つか在っても東西に結ぶ川が在りません。

 

 『用水路』と『貯水池』のお陰で此の地の農業が発達したのでしょう。

 

 此の地の地名は『富士山』 でも此処から『霊峰富士山』が見える訳でもなく、平井寺トンネルの在る山『富士嶽山』を指します。

 

 何でも鎌倉時代の武将が『富士山』を懐かしみ、『富士嶽山』と名付け『神社』を建立、『コノハナノサクヤヒメ』を祀っています。『コノハナノサクヤヒメ』は天孫降臨した天照大神の孫・『邇邇芸命・ニニギノミコト』の奥さんにあたり『木花開耶姫命』とか『木花之佐久夜毘売』と書かれますが私ゃ後記の方が好き。だって『佐久』って入ってますもん。

 

 美しい女神で在り、『富士山本宮浅間大社』の主神でも在ります。

 

 『木花』とは『桜』の事で在り、桜の美しさ、華やかさを持っていますが『儚さ』も象徴しています。

 

 お父さんは『海彦・山彦』で知られる『山の神=大山祇命』(兄の仕事である海釣りがしてみたくなり、釣り道具を借りるが釣り針を無くしてしまう………興味ある方はウィキペディア)