『神社庁』に登録されている『神社』は日本全国に8万社あるとされています。(小さな『祠』まで数えたら20万社とも) 其の中で一番数が多いのが『八幡神社』です。
『源平合戦』の頃より、闘いに於いて領土・権力を拡大してきた日本では、『源氏』の崇拝した『応神天皇=闘いの神様』を祀る『八幡神社崇拝』が盛んに行われました。その数4800社と云われています。
次いで『伊勢信仰』(神明社・皇大神社・神宮など)、『天神信仰』(天満宮・天神社など)『稲荷信仰』(稲荷神社・宇賀神社)、『熊野信仰』(熊野神社・王子神社・十二所神社など)『諏訪信仰』(諏訪神社・南方神社など)と続きます。
流石『長野県下』では『諏訪様』をお祀りした『諏訪神社』や『祠』が多いですが。
因みに『諏訪様』とは『夫婦』の神様で旦那の『タケミナカタノミコト(諏訪上社在住)』と奥さん『ヤサカトメノカミ(下社在住)』の二人を指します。別居中の奥さんの元へ旦那が通った時に出来るのが『諏訪湖御神渡り』です。じゃ冬場以外はどうするの? 実は二つの敷地の中、共に『摂社』として祀られており、どうやら『ワープ』出来たみたい。(井戸で繋がっている説も有り)
更に………。力自慢の『タケミナカタのミコト』は『大国主命』と『糸魚川の絶世の美女・奴奈川姫』との間に生まれた子供で、『国譲り』の際、天孫の『タケミカズチノカミ』に力比べで敗れ、『諏訪の地』に逃れてきたとされています。『タケミカズチノカミ』はその後『北方制定の守護神』として『鹿島神宮』に奉られています。詳しくはWikipedia
『諏訪の神様』のとーちゃんが『大国主の命』って事だけ覚えて置けばOKです。

『糠地・グラウンド』まで来ると『オオムラサキの里』入り口で見たのと同じ絵が書かれていました。(せめて現在地位書き入れようよ)
『グラウンド』と『駐車場』の境が無く、又遊歩道と書かれていますが車両のタイヤ痕が林の中に続いています。
歩いて登って『オオムラサキの餌』となる『食草エリア』迄行けば『オオムラサキ』に遭えるんでしょうけど、ペットボトルの水が無くなったから神社で水を汲めないかな。

神社下の広いグラウンドは『ソフトボール大会』とか『村祭り』が行われたのでしょうか。

木陰の中、石段を昇りまして。手水舎は残念ながら水が出ませんでした。

扁額には『諏訪宮』と刻まれています。

先ずは拝殿にて参拝。本殿は手の込んだ『杮葺き』のしっかりした『社』でした。

杉木立の境内には摂社も見えます。

絵に描かれていた『池』が在り(茶色く濁っていましたが)『水神様』が奉られていました。


涼しかった木陰の境内から、太陽の照り付ける駐車場を見たら………。
もう少し涼んでからにしますか。座って一休み。
水が無かったから『オオムラサキの国』散策は又今度って事で。