『仁礼』へと注ぐ『宇原川』に沿って道を下って行きます。
県外ナンバーの車が停まっていましたけど、『山菜』や『キノコ』のシーズンじゃ無いから『渓流釣り』にでも訪れたのでしょうか。ちゃんと日釣り券購入してね。(一体日本に自由に釣り出来る河川って在るのでしょうか?)
道路沿いに説明看板が立っていました。(こーいうの大好き)
『縄文時代草創期』ですと!
文字から解釈すると『初期』の意味ですけど、『石器時代』と『縄文時代』には、生活様式そのものが大きく異なります。
『石器時代』は人間が『道具』を用いて『狩猟』などにより食料を手に入れていた時代です。獲物が取れなければ『飢えて』しまいます。
対して『縄文時代』、定住して『農耕』を始め、安定して『穀物』という食料を手に入れる事が出来ました。しかし『縄文時代』になって即『農耕』が始まった訳では無く、『土器』を造れるようになりながらも『狩猟』がメインな時期を『縄文草創期』と謂います。(間違ってたらスミマセン)
舗装路がすぐ脇を通っている現在と違い道も無かった『縄文時代』の頃、『宇原川』へ下る(魚・飲料水確保)にも好都合な立地条件だったかも知れません。
大岩を廻り込むように踏み跡が続いていました。
日本最古の『完形土器』が出土したそうですので、実際に『縄文人』が此の場所で寝泊まりした事は事実でしょう。でも実際に『洞窟』で泊るのは……
若かった頃、友達数人と『サバイバル』を気取って『ナイフ』『ライター』『釣り道具』『塩』『非常食』だけを持って山に入った事が在ります。
『洞窟』が在る場所ですので寝るのは『洞窟の中』 川が在るので『魚』や『山菜』を食料にして。万が一に備え『水』と『カンパン』が在ればなんとかなる筈……
一睡も出来ませんでした。
『魚』は数匹釣れましたがそれだけではお腹いっぱいにならず、『洞窟』の入り口で『焚火』をしましたが『虫』に悩まされます。更には『焚火』のチラつきで目が闇に慣れず、『フクロウ』の鳴き声や、何かの物音でも目が冴えわたる始末。蚊に刺され一晩中掻いている始末。朝、薄明りになると誰からともなく「帰ろうぜ」の大失敗でした。
それからというもの『山』へ入る時は日帰りであろうとも『必要以上の準備』(LEDライト・サバイバルツール・マグネシウムライター)を持って行きます。有れば便利なのが『虫よけ・かゆみ止め』
一体からして『縄文人』は蚊に食われなかったのでしょうか?