上社と周囲

 

 東参道近くに建つ『神馬舎』の傍ら、『旧御神木』が立っています。

 

 樹齢1000年の欅の大木ですが枝葉は在りません。

 

 流石に倒木や枝の落下が起きてはシャレにならないので、枝葉を刈り払い、旧御神木として祀っています。

 

 

 境内から出て山手に廻り込むと

 

 

 『忠臣蔵』で知らぬ人のいない『吉良上野介』の名前が書かれています。

 

 孫の『吉良左衛門義周公』のお墓が在るそうです。

 

 『忠臣蔵』ではヒールの『吉良上野介』ですが、『愛知県・吉良町』では今だに領民思いの領主とされています。 でも何処にお墓が在るの?

 

 

 朱塗りの山門は『法華寺』 臨済宗・妙心寺派の禅宗です。

 

 

 どうやら此方にお墓が在るみたい。

 

 

 境内は舗装されていています。

 

 

 ありゃりゃ、雪で通せんぼ。遠くから手を合わせるに留めます。

 

 実はこの『諏訪大社上社・本宮』の直ぐ傍らに建つ『法華寺』は『臨済宗』(権力者や特権階級が好んだ宗派)故に廃寺を免れたお寺で、この辺り一面は『神宮寺』と云うお寺が立っていました。

 

 『神道』と『仏教』が混合したり、分離させられたり。

 

 明治政府発令『神仏分離令』は『廃仏毀釈』更には『廃寺令』まで発動しました。

 

 お陰で『諏訪大社上社』の直ぐ傍らに存在しながら廃寺となった『神宮寺』はこんなに大きかったんです。

 

 

 『四つの御柱』とに囲まれた『諏訪大社上社・本宮』とと比べてこれ程広大な敷地面積の『神宮寺』

 

 政府の圧力って………