国分寺・元三大師

 

 名前は知らなくても見た事ある筈。

 

 『角大師』とか呼ばれることも在るみたいです。

 

 

 参道の遥か手前からも見える黄色い看板。

 

 

 比叡山で厳しい数々の修行『千日回峰』や『四種三昧』を行った第十八代天台宗座主『良源大師』 中でもあまりに過酷な修行『堂入り』を終えた際、余りに手足はやせ細り、額は窪んでまるで角が生えたかのように見えたそうです。

 

 日本中に伝染病が流行ったこの年、『良源大師』は自身のやせ細った姿を版画に刷らせ、『疫病除けの御札』として各戸に配らせ、玄関等に貼る様に命じました。

 

 『空海=弘法大使』『最澄=伝教大師』などの様に『〇〇大師』と云う『諡号・しごう』は朝廷から贈られるもので在り、『良源=慈恵大師』と呼ばれました。

 

 しかし旧暦の正月三日(元旦三日)に亡くなられたので『元三大師』と人々から呼ばれるようになりました。

 

 (※比叡山の厳しぃ修行や慈恵大師については各々で調べる様に)

 

 『慈恵大師』のお堂や楼廟は『比叡山・横川 盧山寺』に在りますが、『元三大師』をお祀りする寺院は各地に見られます。有名な処では『調布・深大寺』『佐野・惣宗寺(佐野厄除け大師)』『川越・喜多院』など。

 

 『織田信長』から『比叡山焼き討ち』を命じられた『明智光秀』の元に、天皇家から『盧山寺は戒律を守る寺だから手出し無用』との書状が届きます。此の為『盧山寺』は護られました。是も『元三慈恵大師』のお陰かも知れません。

 

 

 本堂に向かって左手『百体の観音様』が祀られている『観音堂』が在ります。

 

 その中の一角

 

 

 『元三大師』をお祀りする『元三堂』が在ります。

 

 

 コロナ対策で『本堂領布所』は閉められていました。

 

 代わりに社務所で『御札』等分けて頂けますので入用の方はそちら迄。