霧窪神社

 

 『霧窪』とは、谷間や窪地に霧が溜まりやすい気象条件から名付けられています。

 

 多分湿地帯などが在り、気温変化などで霧が出来易いとか。

 

 『霧窪』は『切久保』などと字体を変え、各地で見られます。

 

 『小諸』~『布引観音』~『島川原』まで、『布引電鉄(通称・布電)』が走っていました。

 

 千曲川右岸『押出』辺りから続く『桜並木』が好きで、毎年開花の頃訪れたくなります。

 

 

 『押出駅跡地』付近に『霧窪城跡地』と『霧窪神社』の案内が出ていました。

 

 『霧窪城跡地』の広い敷地には工場が建っていましたが、現在はその工場も閉鎖、建物は解体され今は広い空き地が残されているだけです。

 

 『布電』を通す為に造られた『切通し』によって、分隔てられた場所に『霧窪神社』が在ります。

 

 でも案内看板の先はどう見ても造園屋さんの私有地?

 

 取り敢えず轍跡に沿って歩いてみますと高台に『鳥居』が見えました。

 

 

 祀られているのは『大黒天』 大きな袋を担いで手に『打ち出の小槌』を持っています。でも戴けないのが『米俵』の上に立っている事。柔和な顔をした『七福神』の一人ですけど、『ヒンドゥー教』の最高神『シバ神』をモデルにしているともされています。

 

 『打ち出の小槌』で『金・銀・財宝』が思いのままの様に思われていますが、実は『小槌』には『武器』の意味合いも持っています。

 

 『霧窪城』の時代に『守り神』として崇められたか、個人的に『商売繁盛』の願掛けに建てられたのか? と見ると看板には大正時代に『氏神様』として創設されたと書かれていました。

 

 

 天然石の屋根と、支える木製の柱、『大入り』と書かれた賽銭箱(貯金箱?)にお賽銭を入れて参拝します。

 

 ン⁈ 柏手の音に驚いたのか草叢の中をガサゴソ音がして、何かが動いて行きました。

 

 

 『熊?』『狐?』まさか『落ち武者のお化け………』は無いでしょうけど、此処は退散したほうが良さそうです。