六川長三郎

 

 浅科の地に『五郎兵衛用水』を完成させ、広大な田園地帯を構築した『市川五郎兵衛』は神と崇められ『真親(さねちか)神社』に奉られています。

 

 同じように立科の地に『塩沢堰』を完成させ『功勝社』に奉られているのが『六川長三郎』です。

 

 

 『伊能忠敬』が日本地図を造る為に日本中を測量して廻ったのが西暦1800年ですから、それを遡る事160年も前に『六川長三郎』さんが測量の結果水路の確立に成功しています。

 

 ただ『溝』を掘れば良いという訳でなく、水源から目的地まで水が流れる様に勾配を計算しています。現在なら『レーザー光線』と『コンピューター内蔵測量機』で『距離・角度・方位』が瞬間的に測量できるそうですが、当時はそれこそ大変な労力の積み重ねですね。

 

 

 グーグルマップで現在地を確認していたら『観音坂のおさんや様』を見つけました。

 

 『おさんや?』 『お産の屋』かな? 好奇心旺盛なもんで即行動です。

 

 

 『観音坂』の途中に大きな岩が在りました。

 

 よく見ると仏像が彫られています。

 

 

 近くには『お地蔵様』でしょうか。

 

 

 彫られていた石仏は『観音様』(だから『観音坂』だっちゅうの)

 

 二十三夜に『講』が行われたらしいです。

 

 だから『お三夜』なのかな。