功勝社

 

 『立科町・塩沢』の辺りを走っていたらこんもりした森の外れに『幟ポール』を発見しました。昨今の神社は、金属製の『高い幟立て用ポール』が常設されているので発見がし易いです。

 

 それ以前の『幟立て』は氏子の一大イベントで、それでも人手が足りず、青年団や消防団に集合令が掛かりました。

 

 木製のしっかりした『幟立て』を数人係で穴に固定し、長い木製の柱(これが重いのナンの)にロープを懸け、片や引っ張り上げる者、片や手で押し上げる者数名ずつでやっと柱を立て、『クサビ』等で固定します。この時、長い柱の先には『榊』を結わえたり、滑車をぶら下げたりしておくのですが、不手際だと滑車にロープを通し忘れたり………。

 

 布製の大きな『幟』をを支えるので柱も滑車も結構重くて丈夫です。

 

 万が一にも倒れたりしたら………。

 

 

 今や一人でもスルスルっと『幟立て』完了。

 

 

 石製の鳥居には扁額も石。彫り込まれた文字は『大神宮・熊野宮・功勝社』

 

 チョット整理しまして。この神社の名称は『大神宮』

 

 真ん中の『大神宮』は『伊勢神宮』の摂社の事。大を付けたのは神社をうやうやしく云う時の呼び方ですね。

 

 一段下がって『熊野宮』は『熊野大社』の摂社を境内に祀っている事を示しています。

 

 更に『功勝社』 この地に水路を開いた人の名前です。

 

 

 拝殿で参拝した後、格子から覗いてみますと。

 

 

 拝殿の奥に趣のある社が並んでいました。

 

 

 向かって左、『萱葺き屋根』が『伊勢神宮外宮』の摂社『豊受社』

 

 右側の『こけら葺き屋根』が『功勝社』 『六川長三郎勝家』さんは『塩沢堰』を造りお米が採れるようにした功労者です。その功績を称え神格化し神として祀っています。

 

 

 更に奥にもう一つ拝殿が建っています。

 

 

 山岳信仰の『蓼科神社』 『熊野神社』の摂社。水の神様の『金比羅社』

 

 天神様は『学問の神=菅原道真』をお祀りし、『山の神』は地域の『氏神様』

 

 そして『小諸城主・牧野氏』が武運長久を願った祠まで。

 

 う~ん。お腹いっぱい。

 

 

 神社の裏手には水車小屋(壊れていました)を備えた水路『塩沢堰』が再現されていました。(現在水は流れていません)

 

 コンクリート用水に水が流れ、簡単に田んぼに水を引く事が当たり前の現代から考えたら、昔の人の苦労が計り知れないですね。

 

 神格化されて当然。