西方寺

 

 『安土部神社』を後にすぐ近くの『西方寺』さんを訪ねます。

 

 『浄土宗・跡部山・西方寺』 

 

 『踊念仏』と云えば知ってる人は知っている筈(当たり前か)

 

 長野県と『一遍上人』の繋がりは割と深く、『保福寺峠・一遍水』とか『一遍上人開祖寺・金台寺』とか在ります。

 

 正式には『時宗・じしゅう』の開祖であり、その教えは音曲と共に『南無阿弥陀仏』と唱えながら踊る『踊念仏』に在ります。

 

 『浄土宗』との概念の『南無阿弥陀仏』と唱えれば、誰でも『極楽浄土』とに行けるという教え+音曲と共に楽しくて踊りだしてしまう=『トランス状態?』

 

 『一遍上人』は『伊予・道後』の有力者の一族に生まれましたが幼くして出家。『浄土宗』の仏門に学びます。

 

 西暦1221年『北条家』VS『後鳥羽上皇』の『承久(じょうきゅう)の乱』が起き、『後鳥羽上皇』について参戦した一族は敗戦、親族は『信濃国・伴野領』に流刑になります。

『上人』となった『一遍』はその親族を訪ね、『踊念仏』を広めたとされます。

 

 明日をも知れぬ『蟄居』の身の親族に対し『鐘太鼓』で賑やかに踊り、念仏を唱える事で荒んだ心を癒したのが始まりとされています(個人的感想です。参照ウイキペディア)

 

 その『踊念仏』を現在に継承しているのが『西方寺』さんです。

 

 

 時代の変化と共に道がどんどん新しく造られます。昔、人々が歩いて往来していた道は旧道となり、地元の人が生活道路として行き来するのみ。この集落の中を大型路線バスが走っていたんですけどね。

 

 

 『寺紋』は『五七の桐』と『永楽通宝』 『織田信長』が好んで使った紋だそうです。

 

 本堂の『板引き戸』は閉ざされていました。残念。

 

 大屋根から解け落ちた水滴が、庭の樹に素敵な造形を造り出していました。

 

 

 あまり広くない境内は物の数分で散策終了。

 

 駐車場へと戻る道路脇の川の流れの中。

 

 

 『梅花藻・バイカモ』が揺れていました。

 

 

 地域で自然を守ってくれています。

 

 うん。元気貰った。

 

 ※『踊念仏』は日本国重要無形民俗文化財指定。

 

 『一遍上人聖絵』(道後のお寺?)は国宝に指定されていますが、『紙本著色一遍上人絵伝 巻二巻』と『紙本墨書他阿上人自筆仮名消息』は『国指定重要文化財』、見た事ないですけど。

 

 『鎌倉時代の梵鐘』は一遍上人ゆかりの品とされ『金台寺鐘楼』に保存されています。