佐久市・香坂山遺跡

 

 信濃毎日新聞の記事に『香坂山遺跡』から『3万年前の石刃と竈跡が見つかる』と書かれていました。

 

 グーグルマップで検索するも地図に載っていません。行けば解るか。

 

 香坂地区に入るも第一村人との遭遇が在りません(イカンTVの観過ぎ)。

 

 新聞記事から推測するに1000㍍級の山の中らしいです。

 

 でも『香坂』自体が山の中なんですけどね。

 

 

 細い山道を登って行くと、『何じゃこりゃ』の建物が在りました。

 

 フェンスの中は立ち入り禁止。でも『円筒形』と云う事は多分アレだな。

 

 スマホで位置情報を確認すると案の定『高速道路のトンネルの真上』です。

 

 『長いトンネル』の場合は排気ガスを自然排気する事が難しく、天井部に『送風機』を取り付けトンネルの両端から排出したり、高速道路の様な『一方通行のトンネル』では出口側に流れる様に傾斜が付けられていたり(温められた空気は上昇しようとします)、更には長いトンネルの途中に『排気塔』を建て、排気ガスを排出しています。故に何も無い山中に突然人造物が出現し『何じゃこりゃ』

 

 写真を撮っていたら一台の車が登って来てすぐ傍らに停まりました。

 

 「やべ。トラブルかな」 取り敢えずにこやかに「コンニチワ」と挨拶をすると偶然にもこの方、『香坂山遺跡発掘調査員』の方で、心地よく発掘中の現場に案内してくれました。(だって発掘現場はこの建物のすぐ反対側でした。)

 

 

 掘り下げられた床の部分。現代から見たら『掘り下げ』ですけど、3万7千年前は此の面が地表デス。

 

 『3万8千年前』と云えば『旧石器時代』、『猿人・原人』が『石』を道具に獲物を獲っていた時代から進化し『火』を扱い、『石』を打ち砕いて『石刃』を造り始めた時代。

 

 一説によれば『日本人の先祖』と成る『人』が船に乗り、南方から渡って来たとされていますが、『船』以外は徒歩による移動しか無く、とある海岸に辿り着いた『人』が現代の『香坂山』に来るまでは更に多大な時間を要したと思います。

 

 

 案内されるままに『3万7千年前』の地表を踏みしめてみます。

 

 

 この地表からは『煤の付いた石』が並んでいた『竈』や、樹を燃やした後に出来る『木炭』が出土しています。

 

 そして『石』(安山岩?)と『石』を打ち合わせて造った『石刃』幾つも見つかっていました。

 

 『縄文時代』(1万6千年前以降)には『黒曜石』を加工して『包丁』や『矢じり』などが造られるようになり、日本各地から『黒曜石』を求めて『星糞峠』周辺に人が集まったそうです。その更に2万年も前の事です。

 

 この辺りにはかなり大きな湖が在った事が『大閼伽流山小倉観音堂』の奉納画に残されています。

 

 氷河期末期には水を湛えた湖が存在し、水辺で人々は猟をして獲物を取り、石刃で調理し、煮炊きして食事を造った。と仮定されます。

 

 

 偶然の出会いにも関わらず、詳しく事細かに説明してくれたこの方。実は凄い人です。

 

 『独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所』から出向して調査している『国武貞克』(間違っていたらホントすみません)さん。この方世界中を飛び回って遺跡調査をし『香坂山』から出土した『石刃』が『中央アジア』がで出土した『石刃』と同じ手法で造られている事、『日本最古の遺跡』=『日本最古の歴史』等々を力説してくれました。

 

 

 『壁面の線』を訪ねると、実に嬉しそうな笑顔を浮かべて説明してくれました。

 

 「この線は私が彫り込んだんです。堆積物の境をはっきりさせると時代が見えるでしょう。この『砂礫』交じりの地層は火山活動による噴火の堆積物で今から2万9千年前の『姶良爆発』(九州南部!)の堆積物です。此処ら辺が『八ヶ岳の爆発』で、『浅間山噴火」とは堆積物が違います。」

 

 スマホの録音アプリを慌てて起動させました。

 

 「でも何でこんなに凸凹なんですか?」と質問すると「湖などの堆積以外、水平になる事は極まれなんです。例えばそこら辺の草叢でも平は無いでしょ。もし垂直に切り取ったらこんな感じに波打っている筈ですよ」

 

 実に分かり易く丁寧に教えて頂きました。写真撮って良いか確認すると「是非とも撮って大勢に人に見せてください。実はこの遺跡は『埋め戻し』しないといけないんです」

 

 「え~!何故?」 「林野庁管轄の原野を発掘している為、調査期間が2か月しか許可が下りなかったんです。期間迄には埋め戻し、植林して返さないといけないんです。」

 

 そんなバカな‼ 多大な労力とお金を掛け、『日本一古い遺跡』と認定されているにも関わらず、埋めろだと? 此れだからお役人仕事は………。林野庁長官どこのドイツだ?

 

 

 この夏は雨が多く発掘も大変だったそうです。折角発掘しても雨水が溜まってしまい泥水の中を手探りで調査したそうです。

 

 「地表が黒いのは何故?」と質問すると「腐葉土になりかけているからです。落ち葉や草叢が積もり、やがては土に成る途中です」

 

 中学生位でこの方に出逢ったら、絶対考古学や地質に興味持った筈です。

 

 でも肝心な『石刃』は此方には在りませんでした。

 

 「石刃とは云え刃物ですから。刃渡り15㎝を越えた物は銃刀法違反の対象になります。

佐久市の埋蔵物文化センターに保管しています」と裏話も教えて頂きました。

 

 現在『香坂山遺跡』は完全に埋め戻されてしまいました。

 

 資料として出土品やVTRが『佐久埋蔵文化財センター』にて公開されています。

 

 何故『黒曜石鉱山博物館=星くそ館』のように、文化施設として一般公開できなかったんでしょうか?

 

 縦割り行政のバカ野郎~! 今となっては後の祭りですけど……