『福島正則』荼毘の地

 

 新章。2021/9 休日を利用して北信の在る処へ。

 

 バイク日和のこの日、『菅平』を抜け『須坂』から『高山村』へ。

 

 此処まで家からブラブラしながら2時間程。コンビニでコーヒータイムがてらおにぎりとお茶を購入します。って事は此処から山へ入って行く訳ですけど。

 

 『戦国時代の武将』で人気が在る武将と云えば『真田幸村』や『武田信玄』『上杉謙信』 漫画やパチンコの影響からか『前田慶次』や『直江兼続』 天下を取った『羽柴秀吉』 第六魔王の『織田信長』はイマイチ『ダークヒーロー』から抜け出せないですね。

 

 『福島正則』 戦乱の世に生まれ、波乱万丈の一生を送った人。

 

 超が付く程有名では無いけど、戦国ゲームなどでは必ず登場します。

 

 何を成したかは知られていなくともそこそこの知名度。

 

 以前『小布施・岩松院』を訪れた際『福島正則』の『霊廟』が在りました。

 

 気になって調べて(グーグルでポチっとな)みると………へー、そうなんだ。

 

 (気になる方はご自身でポチっとな)

 

 

 幹線道路の案内を頼りに、やって来たのは田圃のど真ん中です。

 

 頭を垂れ始めた稲穂に囲まれて石碑が建っている一角は、近寄りがたい様な独特の雰囲気が在ります。(それでも行くんだから物好きって………)

 

 『荼毘』とは遺体を火葬する事。『福島正則』の荼毘を此処で行ったとされています。

 

 

 『秀吉』の血縁関係に生まれ、『賤ケ岳』『長久手』などの戦で武功を上げ、『石田三成』らと共に朝鮮出兵するも何故かその後険悪の仲となり、関ケ原では『東軍』に着く。

 

 『徳川』より『安芸』を拝し、周辺併せて五十万石の領土を収める。

 

 しかし『秀吉』の病気見舞いに『大阪城』を訪れるなど不可解な行動も在り、『徳川』から目を付けられてしまいます。

 

 『家康』の死後、『広島城改修』が『武家諸法度』に違反していると咎められ『秀忠』から『信州・高山村』蟄居を云いつけられてしまいます。

 

 晩年、此の地で余生を過ごし享年64歳荼毘に付される。

 

 でも蟄居の身であってもこの人は凄い。『小林一茶』に資金援助(いわゆるパトロン?)し、世の中の動向を知ろうとしていたそうです。

 

 『小林一茶』は諜報活動もしていたって事に成るんですけど。

 

 

 生涯を終え、荼毘に付されるなら幸せなのかもしれない。

 

 昨夜のニュースが忘れられない。

 

 『プーチン』の引き起こした『ウクライナ侵攻』により、ウクライナ東部に住む一般市民が多数死亡。遺体収容袋に入れられたまま、大きな穴に放り込まれていく。この人たちが何をした?

 

 映画ではよくあるシーンかも知れないけどこれは現実。目を背けてはいけない。

 

 『プーチン』貴方はもう終わっている。