屋根裏

 

 『殿様』の命を狙う『忍者』などが身を隠せない様に『殿様』の居住スペースは『天井』などが無いか、かなりの高さが設けられていました。

 

 又、床下などから狙われない様にする為、『高床』にして『槍』などが届かない様にしたり、『参勤交代』などで本陣に泊る時の為に『布団より大きい鉄板』を持参したそうです。『トイレ』一つとっても『おまる』を用い、床下からの攻撃に備えていたそうです。

 

 運ぶ人間は大変だ。 

 

 江戸時代。三代将軍『家光』の時代に考案された『参勤交代制度』は、一年おきに『郷里』と『江戸屋敷』を住み替えなければならず、各藩にとって莫大な出費になりました。

 

 しかも『五街道』のひとつ『中仙道』は『木曽の桟』『和田峠』『碓氷峠』などの超難所を越えねばならず、『加賀百万石』を誇る『前田家』は一年おきに身の危険をも冒して『参勤交代』に挑みました。

 

 『旧碓氷峠』は横幅2m程の登山道で結構な傾斜です。雨上がりなどの泥濘では滑る事間違いなし。

 

 もし『殿様の籠』を担いでいて転んだりしたら『無礼討ち』の対象ですよ。

 

 で殿様は本陣に着いたら『お風呂&豪華な食事』 下っ端は下手すりゃ野宿も有り得たそうですから階級差別甚だしいったらありゃしない。

 

 

 今回『松本城』で確認したかったのが『二十六夜神様』

 

 月齢に併せて信仰とする習慣は『月待』と云われ他に『十五夜様』『十九夜様』や『二十二夜様』

 

 『十五夜』は満月の夜に御供え物をしたりして収穫に感謝する行事で、月を見ながらお団子を食べる事がメインではないんですけどね。沖縄の『十五夜』は川原で酒飲みながらのドンちゃん騒ぎ。男女の出会いも多かったそうです。

 

 『十九夜様』は女性だけがお堂などに集まり食事をした後、性教育なども兼ねて安産を祈願する信仰で、『大数珠廻し』などの風習も見られます。日本各地に見られ佐久にはいまだに残っている集落も在るそうです。

 

 『二十二夜様』は『如意輪観音様』の庇護を求め、様々な人が『講』と呼ばれる組織を造り、月の下で宴会などを行ったそうです。(今で云う合コン?)

 

 でも『二十六夜様』?

 

 

 天守番の前に美女が現れ『神告』を告げました。毎月二十六夜の晩に『三石三十三升三合三句≒500㎏』を餅にして藩士に配る。そうすればお城は安泰。

 

 う~ん出来れば『藩士』じゃ無く『藩民』に配って欲しかったな。

 

 現在、米の流通は『30㎏/袋』ですので500㎏だと17袋! これだけの『糯米』を蒸かすだけでも大変だ! 『三升』の『餅搗き』にして百十一回。もはや大工場並みです。

 

 『餅つき』は楽しい行事ですので『藩士』の志気を高めるのにも良かったのでしょう。(仕事で餅つきは………)

 

 更に此の天井裏に在った物。それは。

 

 

 『朱印』が押された本物の『国宝指定書』

 

 初めて見たかな。『文化財保護委員会』なんて云っていたんですね。

 

 現在、『国宝』は文化庁協議・文部科学大臣認定。『県宝』は各県教育委員会協議・県知事認定。(間違ってたらスミマセン)

 

 『天下を睥睨』し余は満足じゃと下りに差し掛かると見つけちゃいました。

 

 

 世が世なら『磔獄門さらし首』。

 

 『国宝・松本城』にして『盗撮』や『落書き』 情けないったらありゃしない。

 

 そりゃ監視員が各階に何人も配備されてる訳だ。