大閼伽流山小倉観音堂part3

 

 賽銭箱に………と思ったらジャリ銭が在りませんでした。

 

 コインポケットから出てきたのは『100円玉』

 

 ♬ 賽銭箱に 百円玉 投げたら 釣銭出てくる人生がいい と(by 長渕剛) 心の中で口ずさみながら コトンという硬貨の音を聞きました。

 

 再訪するのが難しそうな『神社仏閣』での祈願はしません。

 

 願いが叶ったら『願ほどき』に訪れるのが大変。

 

 でも今なら願いは一つ『疫病退散』

 

 

 賽銭箱の横に『御神籤』が在りました。

 

 手に取ろうとすると、指の跡が。随分と埃まみれだったみたい。

 

 この『御神籤』 番号の書かれた『棒』が出てくるタイプでは無く、『細い竹の棒』に直に『大吉』とか『吉』と書かれています。

 

 試しに………『中吉』でした。

 

 拝殿には他にも

 

 

 奉納された『水墨画』(額がアルミフレーム)や奉納目録。

 

 

 こちらの『絵馬』やは目が行っちゃってますけど『文化』やの年号が読み取れます。

 

 

 正面に飾られている『奉納額』には『湖』が描かれています。

 

 なんと、この観音堂は大昔、湖の湖岸に建つており、その様は『琵琶湖』の様だったと云われています。

 

 『比叡山』の山肌から見下ろす『琵琶湖』に似ている為この地に観音堂を建てたと記されていました。

 

 想像するに結構大きな湖(琵琶湖とは比べ物にならないですけど)があったのかな。

 

 

 『鐘楼』も辛うじて『がけ崩れ』には巻き込まれずに残っていました。

 

 『鐘』の真下には反響用の『穴』が切られていましたが、よく見ると『養蜂箱」が置かれていました。

 

 『ミツバチ』を狙って『スズメバチ』が巣箱を襲うことも在るそうです。

 

 くわばらくわばら。

 

 

 『社務所』は暫くの間使われたような形跡は在りません。

 

 でもこの規模の座敷が在ったのですから、大勢の『氏子』が集まり『神事』が行われたのでしょう。

 

 過疎と経年劣化はどうしようも無いんですけどね。