正安寺・仁王門

 

 駐車場に隣接するスロープを上りましたが、正式な参道は杉木立の中を進み、『仁王門』へと繋がっていました。

 

 ん? 『仁王門』が在るのに何故『法堂』前に仁王様が立っているの?

 

 

 『仁王門』を潜り出て振り返ると、ナント『仁王像』が二組。

 

 いや~初めて見る光景です。

 

 

 で『仁王門』に使われている『木材』を見てピンときました。

 

 『本堂』『法堂』『座禅堂』は新しい。さては火災?

 

 

 狛犬の台座や参道の石畳などはそれなりの時間の流れを感じます。

 

 『本堂』はの屋根や漆喰など、つい最近建てられた感じがします。

 

 有名な『神社仏閣』が戦争で壊されたり、火災により焼失してしまった例は沢山在ります。

 

 『お燈明』や『線香』などでどうしても『裸火』を使わなければいけないですから。

 

 中には墓参りに来た人があげた『線香』が風で転がり、枯れ草などに燃え移ってしまい『山火事』になったり、お寺に燃え移ったという話を聞いた事が在ります。

 

 消防団在籍中に出動した『林野火災』も原因は線香の火でした。

 

 『線香』に火が付いているうちは目を放しちゃダメです。

 

 周りに燃えるものが無くても、カラスが加えて飛んでいく事も在るらしいですから。

 

 

 曹洞宗・総本山は『道元』の開いた『福井県・永平寺』です。

 

 その『曹洞宗』を世に知らしめたのが『輪島・総持寺』開祖の『螢山禅師』です。

 

 しかし『輪島・総持寺』はやはり大火に見舞われ焼失てしまいます。

 

 現在の『総持寺』その後元の場所に建て直されたもので、この時国際社会に対応すべく多くの人が訪れやすいようにと『横浜・鶴見』に『総持寺』が建てられました。

 

 こちらは『幼稚園』~『大学』まで教育機関を有すると同時に『石原裕次郎さん』のお墓も在るそうです。

 

 『曹洞宗』を広く一般に広めた『螢山禅師』を祖とする『輪島・総持寺』の『輪番地』と在ります。

 

 『輪番』は何となくわかりますけど『輪番地?』

 

 何か在った際に、『総持寺』を輪番で引き継ぐことが出来た?

 

 調べてみたけど良く解りません。

 

 

 こちらが正式な入り口。

 

 お寺ですので墓石も並びますが、趣のあるお寺です。