真言宗・浅間山・真楽寺

 

 『神社』を管理・統括しているのは『神社本庁』で在る事は広く知られていますが(『日光東照宮』『靖国神社』『伏見稲荷』など例外も在ります。)、では『寺院・お寺』を管理・統括している処は何処でしょうか? (答えは後程)

 

 『寺院・お寺』には『宗派』というものが存在します。これにも『長野県・善光寺』などの様に『無宗派』(『宗派に関係なく誰でも受け入れますよ』の考え方)の寺院も在ります。

 

 次に『山号』 昔、お寺は人里離れた山の山頂や中腹などに在り、山や滝などで修行しました。その山の名前が付けられたとされているのが『山号』です。

 

 門前に『ぴんころ地蔵』があるお寺は『成田山・薬師寺』 ご存じ『千葉・成田山』の分派です。

 

 インド発祥の仏教は中国に渡り、『大乗仏教』として広く民衆に受け入れられました。数々のお寺が造られましたが、修行の場として霊験あらたかな山が選ばれました。

 

 カンフー映画などで有名な『少林寺拳法』は『嵩山(すうざん)・少林寺』のお坊さんが自己防衛の為に編み出した拳法です。自己鍛錬を修行と捉え小さい頃から励みました。

 

 町中にある寺院でも必ず『山号・さんごう』が着いています。(山も無いのにね)

 

 『真言宗・浅間山(せんげんさん)・真楽寺』 

 

 

 本堂改修工事の真っ最中で、本堂の扉は閉ざされていました。

 

 御本尊は拝めませんでしたので遠くから合掌。

 

 

 本堂から繋がる『庫裏』は開いてはいましたが、わざわざ『御本尊を見せて』と声を掛けるのも憚られたので今回はパス。いずれ再訪します。

 

 

 平安時代の頃、日本最大の兄弟げんかに巻き込まれた『弁慶』は『源義経=牛若丸』に加勢し『源頼朝(実は異母兄)』と戦います。

 

 『京』を船で脱出した『義経&弁慶他多数』は能登を廻り、『奥州・平泉』まで逃げ延びますが、まさか『御代田』に立ち寄っていたとは。

 

 でも『弁慶』は『平泉・中尊寺』の参道で戦死してしまうんですけど。

 

 『弓矢』と『槍』が体中に刺さり、死してなお立っていたと云われています。

 

 でも『弁慶のお墓』知らない人が多いみたい。

 

 兄ちゃんの『源頼朝』は鎌倉に都を築き『鎌倉幕府初代将軍』となりましたけど結局『嫁一族』に乗っ取られてやんの。

 

 『清和源氏』と『桓武(かんむ)平氏』 今だに反りが合わないみたい。

 

 選挙戦何かみても………

 

 さて『寺院』の統括ですが『宗教法人法』において統括するのは各都道府県知事です。都道府県を越えて広範囲に広がった場合『文科省』の扱いになるそうです。

 

 個人的見解と説明下手の為、ご自身で検索して見てください。