松代城跡

 

 『皆神山』の北側をフラフラ走って『東条』集落に入った時です。

 

 昔は主要道路であったろう交差点に『石仏群』が在りました。

 

 大抵は集落の入り口付近にある『庚申塚』や『馬頭観音』『お地蔵さん』等々ですが、その地区の『氏神様』なども祀られている場合が多いです。

 

 

 新しい注連縄が巻かれ、赤い南天の実が供えられていました。

 

 きっと地域の人から大切にされている証です。

 

 御供え物を放置するのもあまり感心できません。

 

 鳥や動物のエサになったり、朽ちてゴミ同然となっているのをよく見かけます。

 

 お供えしっぱなしにしないで、下げてきたらどうですかね。

 

 昔、婆チャンが生きていた頃、頂き物のお菓子とか初物(桃・もろこしなどのその年初めて採れた(貰った)物)は必ず一度仏壇にお供えしました。

 

 まっその後すぐに下げて食べちゃうんですけど。

 

 

 江戸時代、佐久地方を洪水が襲った『戌の満水』=8/1のお墓詣りの日が来ます。

 

 先日お墓の掃除をしてきましたが、お墓参りの時も『生花』をお供えしても片付けに行けないなら『造花』で良くない?

 

 御供え物も直ぐに下げて食べたり、飲んだり。

 

 カラスの糞害や小動物の害を招くなら対処も必要だと思います。

 

 お線香の火も風の強い日は消えるまで見守るとかね。

 

 東条の石仏群を見ながら何かほっこりした気分で次に向かいます。

 

 

 『信玄VS謙信』の川中島合戦。

 

 前哨戦として『妻女山』に陣を構えた『上杉謙信勢』と睨み合う『武田信玄勢』の陣を張った『海津城』。 

 

 恥ずかしながら一生懸命『海津城』を探してましたが見つかりませんでした。

 

 だって『松代城』と地図に在っても『海津城』の事だとは書いてなかったから。

 

 『松代城』(海津城)を見つけた時、目からウロコの心境でした。