五智国分寺

 

 越後国分寺は上越市の西のはずれに在ります。

 

 この辺り『上杉謙信』収める処の『春日山城』なども近く、『関川』の造り出した肥沃の地と相まって、お米=年貢の取れ高も相当なものだったのでしょう。

 

 『国府』が置かれ、人が集まったのも頷けます。

 

 江戸時代以前、最大人工都市は『新潟』=『越後』って知ってました?

 

 川より流れてくる『砂鉄』を利用して鍛冶産業が発達し、農工具からやがては戦国時代の刀剣へと造る物は変わりました。

 

 現在でもナイフ・包丁・食器などにその文化は伝承されています。そう『燕三条』は刃物造りの街です。

 

 

 『五智国分寺の三重塔』です。

 

 『三重塔』『五重塔』は『お経』を治める『納経塔』の事です。

 

 建築に莫大なお金が掛かる為、公的な支援を受けられなかったお寺などは『お経』収めるのに『納経堂』や『納経蔵』、若しくは『納経箱』に収めています。

 

 

 あらら。所在地は確定じゃ無かったのですね。

 

 しかも大切な文化遺産のいかに多くを火災で失っているのか。

 

 

 国分寺の割には小振りに感じますけど、安定感があり威風堂々としています。

 

 

 御堂の中はうす暗く、御本尊はハッキリ拝めませんでした。

 

 して、鰐口でも無いのに何故紐がぶら下がっている?

 

 『善光寺』の『御開帳』などは『前立本尊』と『回向柱』が紐で繋がれ、『回向柱』に触れる事で『前立本尊』に触れたのと同じ事になるとされています。

 

 『善光寺御本尊』は『秘仏』で公開されていません。

 

 

 『護国寺境内』には山岳信仰の『白山神社』も祀られています。

 

 こちらはその『神輿蔵』

 

 境内をウロウロしていたら園児の元気な歌声が響いてきました。

 

 一角に『保育園』が在りました。

 

 宗教法人が『保育園』を経営しているのを多々見かけます。

 

 広い敷地を有し、『寺子屋』的な名残でも在ります。

 

 しかも税金掛かんないし。