国分寺

 

 聖武天皇の命を受け、全国各地に建てられたのが『国分寺』です。

 

 当時、行政機関の在った『国府』近在に建てられた場合が多かったようです。

 

 何故『聖武天皇』は『国分寺建設の詔』を発したか?

 

 『聖武天皇』の即位した後の西暦730年頃、日本各地では『大地震』『疫病流行』『大飢饉』と続けざまに大災害が発生し、人々の生活は脅かされていました。

 

 その頃の日本の首都は『奈良』に在り、朝廷は『苦しい時の神頼み』ではありませんが『仏教』に救いを求めました。(だって自分が『神』だから)

 

 『遣唐使』を中国に渡らせ仏教を学んだり、各地に荘厳な『寺院』を建設したり。

 

 でもお陰で一般庶民の暮らしは益々大変になっちゃうんですけどね。

 

 行政の考えは何時の時代も『一般庶民中心』には考えてくれないみたい………。

 

 映画『天平の甍・いらか』辺りに詳しく描かれています。『空海』も好きな映画でお勧めです。

 

 

 上越市市立水族館『うみがたり水族館』から僅か車で5分の場所にこんなに見所沢山!

 

 車は『越後一宮居多神社』の駐車場に停めたまま『五智国分寺』に移動します。

 

 

 駐車場から坂道を上って行くと『鳥居』が在りました。

 

 これは『居多神社』の『一の鳥居』の筈ですが違和感が。

 

 注連縄の位置、低すぎません? 歩くと人の胸位です。

 

 たまに見かけますがこの注連縄を潜る時、自然と頭を下げる様にする為だとか。

 

 こーちゃん、『鳥居』に限らず『随身門』から『総門』、仏閣でも『山門』『仁王門』を出入りする時必ずお辞儀します。

 

 『神社』では『太鼓橋』にも意味が有り、俗世間と聖域を隔てています。

 

 勿論橋の手前でも一礼します。

 

 

 『仁王門』で一礼して参拝させていただきます。

 

 『阿吽』を意味する仁王像。

 

 

 必ず向かって右が口を開いた『阿』 左が口を閉じて『吽』

 

 『阿吽の呼吸』の由来だそうです。

 

 巷では『水の呼吸』などが流行っている昨今ですけど。