妙義神社 part5

 

 石段を一気に上ったら息切れしまして、ごまかす為にも眺望を楽しんでるふり。

 

 沢山の風鈴がぶら下げてあったでしょ。南部鉄製のが。

 

 一個だけでも涼やかな音を響かせますが、沢山ぶら下がっていると風の強弱にもよりますが『虫の音』そのもの。

 

 

 涼風に身体の火照りを冷まし、虫の音(風鈴ですが)に心を澄ます。

 

 さて本殿までもうひと踏ん張り。(いやもうひと登り)

 

 

 以前問われたことが在ります。「どうして人が写って無いの?」

 

 基本的には混雑する時間帯を外しますけど、大抵は人の途切れるタイミングを待ちます。

 

 或いは造り出します。(要は他人と一緒の行動を避けるだけですけど。)

 

 この『門』と云い、先ほどの『随身門』と云い、『透明のアクリル板』で覆われています。

 

 神社仏閣の貴重な財産に、油を掛けたり落書きしたりの悪戯する事件が後を絶えません。

 

 いや悪戯じゃ済まされません。破壊行為です。

 

 防護策の為には致し方ないのかな。

 

 

 小さな山村の名も無いような『神社仏閣』に施された彫刻にも、目を見張る様な素晴らしい物が在ります。

 

 土地の権力者の寄進による物なのか、行政の見栄なのか解りませんけど。

 

 『貧しき者は心から少額の寄付をするが、裕福なる者は見栄や満足から多額の寄付をする』 だったかの『諺』(聖書?)がよぎります。

 

 佐久市には『旧中込小学校』=『通称・太鼓楼』と呼ばれる学校が保存されています。

 

 明治9年開校の『松本・旧開智小学校』は長野県下10番目の国宝に指定されました。

 

 『旧中込小学校』は官制では無く、地元のお百姓さんらが寄付金を募り、私立として建てられた学校です。

 

 残念ながら『旧開智小学校』より一年早く開校していますが『重要文化財』止まりです。 

 

 セメント代わりの漆喰や西洋建築を模してはいますがどことなく日本建築が感じられます。

 

 地元に建てられた『神社仏閣』の為に心のこもった寄進をし、やがては積もり積もって立派な彫刻の施された内外装になる。 

 

 先の『貧しき者………』じゃありませんけど『貧者の一灯』こそが『宝』と呼ぶべき物なんじゃない?

 

 いや、『ユネ〇コ』とか『IOC』とかに当て擦りしている訳じゃ無いんですけどね。

 

 (あ~ぁ。今日も文脈メチャクチャだ)