取水口

 

 勘を頼りに『鹿曲川』沿いの道を遡って行くと橋が在ります。

 

 橋を渡っても行き止まりなのですがコンクリート製の用水取り入れ口が見えます。

 

 駐車場などは無く、邪魔にならない様にバイクを停めました。

 

 車の方は橋まで行かずに手前の広い道路に停めるしかないかな。

 

 

 橋から上流部を見ると向かって右側『鹿曲川』と左『細小路川』が合流しています。

 

 奥の建物は『春日小学校』 この辺りは『ホタルの里』とも呼ばれ、夏の夕べなどは結構人が集まります。

 

 

 現在も『五郎兵衛用水取水口』の直ぐ隣には、遠隔操作可能な電動ゲートが設置され灌漑用水を取水しています。

 

 

 10年前に建てられた(?)史蹟案内が在りました。

 

 結構人が来ているのでしょうか。トイレも在り、公園になっています。

 

 

 フェンスで仕切られた右側が、現在も稼働中のコンクリート製の用水路です。コンクリート製のトンネルを抜け、流れ出る先は見えません。

 

 左側の石の祠が並んだ後ろ、『五郎兵衛』が手で掘らせた『隧道・トンネル』です。

 

 この辺りの岩盤は『砂岩』などの堆積岩で非常に脆く、手でも簡単に掘削できる反面、落盤・落石事故なども多かったと思われます。

 

 

 手掘りの『石鑿』の跡も残っています。

 

 隧道の手前は崩落してしまってますが岩盤の上を水が流れていたのでしょう。

 

 

 今は砂や石で埋もれてきていますが此処を用水が流れていたのでしょうか。

 

 この付近は『落石注意』の看板なども在り、自己責任でお願いします。

 

 何故かこの用水路跡を見ていたら、アフガニスタンで銃撃され命を落とした『中村哲先生』の業績を思い出しました。

 

 世の為人の為、困っている人の生活を改善する為に、紛争中のアフガニスタンへ医師として赴きます。

 

 現地人の根本的な農業改革による収入安定の為に、農業用地を開拓しようとして灌漑用水を引き込みます。役人がらみの土木工事では癒着や横領が危惧される為、自ら大型重機を操縦して土木作業を進めます。

 

 用水が完成し、農業開拓の半ばで凶弾に倒れました。

 

 その後ボランティアや現地の協力で農業開拓は続けられています。

 

 心より『中村哲さん』のご冥福をお祈り申し上げます。

 

 勿論『市川五郎兵衛真親』さんに感謝! です。