薬師堂と観音像

 

 更に旧中仙道を当てもなく追分方面へと走っていると、浅間山の噴火溶岩でしょうか大きな『溶岩石』が見えました。

 

 

 奥の溶岩石の上には『観音像』が立っています。

 

 バイクを停め、入り口らしき所から入ってみると。

 

 

 参道の雑草が刈られゴミ一つ落ちていません。

 

 きっと毎日訪れている人がいるのでしょう。

 

 

 入り口近くの溶岩石は自然に開いたのかぽっかりと穴が開き、格子戸が取り付けられていました。

 

 その穴の奥には何やらお札らしきものも見えます。

 

 にしても『基石』と銘板が彫られたこの『溶岩石』、よく見ると上に乗っている岩は二つに割れ、微妙なバランスを保っています。

 

 そして祠の様にぽっかり空いた『穴』

 

 子宝祈願の象徴にも見えなくないです。

 

 

 佐久から移住した『満蒙開拓団』は、『第二次大戦開戦』と共に命からがら引き揚げてきたました。

 

 しかし以前住んでいた場所には居場所が無く、追分周辺の未開拓の地を自ら開拓し『沢庵漬け』などで生計を立てていました。

 

 『佐久穂・大日向地区』に住んでいた『満蒙開拓団』が引き上げてきて『追分エリア』に『大日向』を造り上げました。

 

 しかし終戦後の時代の流れと共に生活は困窮、そんな時『西軽井沢高原温泉ホテル』が開業し、雇用拡大にに大いに貢献いたしました。(と書いて在るっぽいんですけど)

 

 余り知られていませんけど『国道18号線』と『しなの鉄道』に挟まれた西軽井沢エリアには、『ペンション』や『別荘』『企業保養所』や『大学の所有地』などが多いんです。

 

 『北軽〇沢』程寒くなく、生活圏としても常住可です。

 

 『軽〇沢』は夏、道路は混むし、物価はお高い。

 

 皆さん。お勧めは『西軽井沢』です。(宣伝しても私個人に何のメリットも無いですけど)