救世尊 境内

 

 『救世尊』とは何ぞや?

 

 ググってもヒットしませんでした。

 

 『世尊偈・せぞんげ』という経文までは辿り着いたのですけど。

 

 そもそも『神社?』『寺院?』

 

 『横根・諏訪神社』から登ったのですが、各所にお地蔵様が在る所から『寺院』みたいです。

 

 扁額を撮影した後、建物も撮っている筈なんですけど、写真が行方不明?

 

 (私のデジカメ、時々不思議な事が起こるんです。)

 

 

 こちらの『多宝塔』と『お地蔵様』は普通ですけど、あれ?

 

 

 明治政府発令の『廃仏毀釈』により、日本各地でこのように『仏像』が壊されてしまいました。

 

 チョット長くなりますので、興味無い人は飛ばしてください。

 

 日本は元来『イザナギノミコト』が『淡路島』を造って以来の『神道』の国です。

 

 『神の子孫』が人間となり『神武天皇』に成りました。(日本書紀より)

 

 5世紀初頭、朝鮮半島は『高句麗』『百済』『新羅』の三国に分かれていましたが『高句麗』と『百済』の間で戦争が勃発。難を逃れ多くの朝鮮民族が日本に渡りました。

 

 この時中国経由の『仏教』が、『道教』や『儒教』と共に日本に伝播します。

 

 様々な解釈がまかり通る中、平安時代に『遣唐使』が中国に渡り『正しい仏教』を持ち帰ります。(遣唐使=最澄・自費留学生=空海)

 

 最澄は『延暦寺』を創建し『天台宗』開祖と成ります。

 

 空海は日本各地を巡礼し『高野山』に『金剛峰寺』を建て『真言宗』の開祖と成ります。

 

 その後『鎌倉時代』に『延暦寺』で仏教を会得した人により『浄土宗=法然』『浄土真宗=親鸞』『曹洞宗=道元』『臨済宗=栄西』『日蓮宗=日蓮』などが生まれます。

 

 『神道』が皇族・武家などに保護される反面、庶民の間には『仏教』の教えが浸透していきます。

 

 『神道の神々』の中に『仏教の神』との同一性を見い出し、長い間『神仏混載・しんぶつこんさい』が起こります。

 

 明治時代初期、『神仏分離令』が発令され、『廃仏毀釈』により心無い『仏像破壊』などが行われました。

 

 現在『神社』は『神社庁』の管轄、『お寺』は『文化庁』の管轄となっています。

 

 しかしこの時完全に分離した訳では無く、『お寺なのに稲荷=豊川稲荷』『神社なのに三重塔=新海三社神社』などが残されています。

 

 因みにこの『神社に三重塔』日本に九社あるそうです。

 

 その一つが『佐久市・新海三社神社』

 

 更にその近くには、日本に二つしかない五稜郭『佐久市・龍岡城』が在ります。

 

 『ぴんころ地蔵』参拝の折は是非とも足を延ばしてみてね。

 

 『旧中込小学校』は日本最古の『西洋式建築学校』とされています。

 

 あ~長かった。

 

 

 更には自然に倒壊したのかこんな大きなものまで。

 

 一種異様な雰囲気です。 続く。