『和田宿』という所

 

 『佐久地方』と『諏訪地方』を結ぶ国道142号線バイパスを、昼と云わず夜と云わず『物流トラック』がビュンビュン駆け抜けていきます。

 

 そんなバイパスに並行して『旧中仙道・和田宿』が在るのですが、江戸時代『旧中仙道・和田峠』は街道随一の難所と恐れられていたそうです。

 

 その為もあり、『和田宿』で一泊し翌朝早くから峠超えをしました。

 

 『新和田トンネル』のお陰でアッという間に越境できますけど、旧街道は九十九折の坂道を延々と登り、峠からは急峻な下り坂を降りる。

 

 人間の足でも危なっかしい山道を、『馬』や『荷車』が往来したのですから多々事故もあったのでしょう。

 

 更には『山賊』伝説なども残っています。

 

 旅人に安心して旅を続けて貰えるように『和田宿』では『無料接待所』なども設けたそうです。

 

 

 特に旅する『僧侶』に食事や宿を提供し、『和田峠超え』の安全祈願に努めました。

 

 まず『壱千人』の『僧侶』をもてなし、達成記念に石碑を建てましたが、アッという間に『三千人』に到達、やむなく石碑の『一』の文字に『二』を彫り足して『三』としました。

 

 その為文字の上の空間が窮屈になっています。

 

 『接待』と云えば『四国お遍路』さん。地元の人があれこれ提供するのが有名ですが、昔車で四国一周していた時、全然知らないおばさんから『お茶』と『おにぎり』頂きました。

 

 『接待』=『功徳』に繋がるので断るのはかえって失礼に当たるそうです。

 

 有難く頂きました。『毒入りカレー事件』の後でチョット怖かったですけど。

 

 

『上組』(多分隣組の区分?)と書かれた立て札の脇に『ながわ半時間散歩路』と在りましたので行かない手は無い。

 

 『英語』と『ハングル語』が併記してあるって事はそれだけ外人さんも多いのかな?

 

 もし外人さんに『excuse-me?』何て問われたらどうしよう?

 

 辺りを見廻して、それらしき人影が無い事を確認してからスタートです。