お社

 

 『拝殿』は一般にはお賽銭箱を備え、鈴がぶら下がり、参拝する場所です。

 

 順番としては①一礼 ②お賽銭 ③鈴 ④二礼二拍手一礼 ⑤一礼 (神格によっては四拍手)

 

 拝殿の奥には『お社』が在ります。

 

 『神職』や『皇族』の方は『お社』で礼拝する事が出来ます。

 

 普通一般人は、『伊勢神宮』や『出雲大社』などでは『拝殿』に入る事さえ出来ませんけど。

 

 

 『真田・皇大神社』では『お社』のすぐそばまで行くことが出来ます。

 

 でも神聖な場所ですので石段から中には入らない方が宜しいかと。

 

 ましてや扉に手を掛けるなど大間違い。『神罰』が下りますよ。

 

 神殿造りのお社の中には『御神体』がお祀りされている筈ですが、開けて覗き込む訳にもいきません。

 

 以前、地元の『氏神様』の『祭事係』を引き受けた事が在ります。

 

 その時『神事』の前に『お社』の掃除をした事が在ります。

 

 お社の扉を開けると『御簾』が下がり、一段高い所には『神器』の『鏡』、更に高い所に『御神体』の『お札』が祀られていました。

 

 師走の寒空の下、震えながら雑巾がけして『元旦祭』の準備をしたのを覚えています。

 

 誰でもが経験できる事ではありませんので、機会が在りましたら『祭事係』引き受けてみてはいかがでしょうか。

 

 そして『参拝』を終えたら清々しい気持ちになれる此処は、間違いなく『パワースポット』です。

 

 

 拝殿脇に聳えるような『松の木』が在ります。

 

 

 『真田信綱』の名前は余り聞いた事が無いかも知れません。

 

 『甲斐・武田』の家臣『真田幸隆』の長男として生まれ『真田の里』各所に『砦』を築き発展させましたが、長篠の戦いで若くして戦死、家督相続は三男の『真田昌幸』が引き継ぎました。

 

 『真田の里』を発展させた功労者として、『信綱寺』と云うお寺も在ります。

 

 『信綱』の奥さんが植えたとされていますが ん?

 

 『長篠の戦』は、『武田騎馬軍』VS『織田鉄砲隊』の1575年の事。

 

 弟の『昌輝』と共に戦死したのが『長篠の戦』とされていますので『奥さん・御北』が亡き夫をしのんで植えたとしても、当時の平均寿命を考えれば1625年頃まで。

 

 平成27年にこの看板が建てられた時点で、二百年  ”超え”  は間違いないですけど、ザックリ計算しても『四百年』ですよね?

 

 余計なツッコみするなと云われそうなのでこの辺で。

 

 『超パワースポット』ですもの不思議な事も起きますって。