分教場。

 

 米子硫黄鉱山は、硫黄の戦時需要の高まりっと相なって、小規模ながらもコロニーを形成していた。

 

 入居者数は確認できなかったが、テニスコートや診療所、分教場には小さいながら校庭も完備している。

 

 くれぐれも此処、須坂市『湯っくランド』から、バイクでも優に小1時間はかかる山の中ですよ。

 

 それが今から80年も前、おそらくトラックなんかもパワーステアリングなんぞ付いてない頃の話。

 

 この場所で産まれた子供は、さぞ純心に育ったんだろうなあ。

 

 

 現存するテニスコートそばの石段とその脇にあった水道の蛇口。奥に広がるのが校庭。

 

 子供たちが運動会とかしたんだろうな。

 

 そして須坂市内方向の景色。

 

 

 山間を望めば、

 

 

 校舎の窓からの景色がこれですよ。

 

 生活に不便は在ったかも知れませんが、いいなぁ!