『信玄』より『謙信』かな

 

 玉屋のルーツが直江津に在り。とは前記の通り。

 

 上田城城主、『真田昌幸』は、武田軍に付いたり上杉軍に付いたり。

 

 領土領民を守る為に、あの手この手の戦略で生き延びてきた。

 

 佐久に在ったお城もほとんどが武田軍に侵略されている。

 

 だからかな? 謙信寄りなのは。

 

 

 謙信の名言集。(大体この手は逸話が多いんだけど)

 

 カッコ良すぎじゃね?

 

 信長に対して「意外と弱かった」とか、「人の落ち目を見て攻め取るのは不本位」

 

 『敵に塩を送る』の語源になった「争うところは戦に在る。米塩ではない」

 

 信玄が何としても手に入れたかった塩。

 

 太平洋側は列強の殿様揃い。仕方ないから新潟目指せ!と長野県民踏みつぶしながらやって来た。それでも戦が長引き、甲府の領民が塩に困っているのを聞き、「塩を送れ」

 

 男だね~。

 

 それに引き換え、某国の政治家や、某大学の運動部監督。オリンピックのパワハラ監督。

 

 実に情けない。

 

 大妻女子学園の徽章の裏にある言葉知ってる? 創立者の教訓が刻まれている。

 

 『恥を知れ』と書いてあるんだよ! 

 

 某監督の指示(命令?)の下、スポーツマンシップ失格の選手の方が、あんたらよりず~っと立派だよ。

 

 宮〇君。爪の垢がたまったら、煎じて飲ませてあげてよ。大馬鹿な組織のトップ連中に。

 

 そうだ宮〇君の救済嘆願書にサインしよう。

 

 

 謙信の書によるもの。この字体見ただけで、一途そうに思えてくる。

 

 

 

 お~っ。きちんと『華押』が残っている。

 

 さぞや『お宝〇定団』辺りに出品されれば高値なんじゃね。