高田。

 

 ホント。知らないって怖い事です。

 

 こーちゃん、この年まで『直江津市』って在るものだとばかり思ってました。

 

 だって長野県民、海に行くなら『直江津駅』は必ずお世話になる駅。

 

 昭和四十六年には『上越市』に合併され、『上越市直江津』になってたんですね。

 

 『高田公園』を出た後、越前高田で電話帳を探す。

 

 なんでか?電話帳に『石田』の姓名があるか見たかったんです。

 

 しかし! コンビニはあれども、公衆電話って無い! 更には電話帳も無い!

 

 成程。電話帳の集配業者が不法投棄しても、すぐには発覚しない訳だ。

 

 電話局を探せば電話帳は有るだろうけど、実は訪ねてみたい処が一か所在った。

 

 それは『お寺』

 

 先代の玉屋四代目『故 健治』葬儀の際、『出生から死亡までの戸籍』を取り寄せたのだが、余りにも達筆すぎて読めない。

 

 直江津から佐久に来たのが『石田万三郎』 養子『石田外作』 子『石田豊治』

 子『石田健治』 子『石田浩二』と五代前までは遡れたけど、肝心な直江津の住所があやふや。

 

 『高田』?らしき文字を頼りに『越前高田』へ。

 

 お寺には葬儀関係を記録した『過去帳』というものが有るらしいから、しらみつぶしに探せば何とかなるかも………。

 

 甘かった。

 

 

 『高田駅』から西側、やけに大きな屋根が目立つなと思いきや、この数。

 

 ぜ~んぶお寺。

 

 それでも最初に目についたお寺を訪ね、「これこれ、こう言う訳でして、あ~たらこ~たら。」

 

 「役場に行かれた方が早いですよ。」そりゃそうだろな。

 

 で役場へ………。

 

 行かなかったです。心が折れました。

 

 バイク停める度に、例の儀式を繰り返すのが面倒になりました。

 

 で向かったのは………以下次回。