鎌原観音堂partⅡ。

 

 この石段、上から数えると十五段あります。

 

 天明三年、浅間山の大爆発によりアッという間に、この下まで土石流に飲み込まれてしまいました。

 

 この階段を駆け上がれた人は助かり、十五段より下からは、女性を背負ったまま飲み込まれてしまった女性の遺体が発見されています。

 

 

 階段を上ると。

 

 

 観音堂の前には、お茶と漬物などが地元有志の方により用意されています。

 

 この接待も、鎌原復興の感謝を込めて、今も毎日続けられています。

 

 

 囲炉裏の匂う境内には、色々な資料の他、こんなのもありました。

 

 

 右から三つめ、自然にできた模様なら凄すぎません?

 

 おまけ。

 

 

 嬬恋郷土資料館に貼られていたポスターです。

 

 草軽電鉄。軽井沢=草津間を走っていた電車!です。

 

 ザ・ドリフターズ初主演映画に草津駅が登場します。(記憶違いならすみません。)

 

 草軽電鉄は廃線となり、その跡地は日本ロマンチック街道として毎日沢山の自動車が行き来しています。

 

 そして草軽交通の名は、バス・タクシー・観光会社に残されています。

 (タクシー会社は更に第一交通に名前を変えましたが)

 

 若干ですが嬬恋郷土資料館に残されています。(写真撮影NG)

 

 興味ある方はどうぞ。