初午

 

 『初午』は旧暦の正月明け最初の『午の日』に開催されますが、昨今は休日に合わせての開催となっています。

 

 『鼻顔稲荷神社』も毎年『2/11・建国記念日』が縁日となります。

 

 参道には『テキヤの屋台』や『縁起物屋』がズラリと並びます。

 

白いダルマ

 

 本堂で参拝した後、左手に在る『達磨領布所』に並んで『縁起達磨』を買い求めます。

 

 毎年『ランクアップ』していくとキリが無いので、昨年と同じ大きさでいいかなと思ってました。

 

 イザ自分の番になり『達磨』に書かれた金文字の『商売繁盛』『大願成就』を頼むと売り切ですと。

 

 「白い達磨なら在ります」との事でしたので、財布と相談して『3号半・白ダルマ』にしました。(ダルマは『赤』がふさわしいけど無ければしょうがない)

 

 ここら辺が、『お寺側』と『テキヤ側』の弊害だが仕方ない。

 

 

 ホワイトバランス調整が失敗してしまいました。

 

 『達磨大使立像』です。

 

 買い求めた『ダルマ』に今度は『魂』を入れて貰います。

 

 一段下がった『社務所』にて、住所・指名・祈願文などを用紙に書き込み、僧侶により『入魂の儀』をして貰います。

 

 『高崎駅前・だるま市』では『達磨職人』により『名前・祈願文』その場で書き入れて貰えますが、『入魂』までは流石に………。

 

 『少林山・達磨寺』では『入魂』して貰えますが、職人さんが『達磨文字』で書き入れてくれるサービスは在りません。

 

 出来れば『達磨職人さん』に『名前・祈願文』を書き入れて貰い、僧侶に『入魂の儀』をお願い出来たら最高なのにね。

 

 

 北向きの斜面に在る『少林山・達磨寺』の総門はもう陽が陰り始めています。

 

 正月二日。ゆっくり参拝しても明るいうちに家に帰れそうです。

 

 何食べて帰ろっかな。(普通は正月休みですよね)

 

達磨寺本堂

 

 石段の上に在る『招福の鐘』を願掛けしながら撞きまして、さて本堂へ。

 

 

 本堂へは更に石段を上ります。

 

 

 なんだろうこの『石』の配置、明らかに日本の枯山水とは違う。

 

 やはり『中国文化』の影響ですかね。

 

 で上りきると。

 

 

 上の写真は2017年の時の物です。

 

 現在は『達磨納め所』が造られていますので、お寺の側で達磨を並べてくれますが、この時は積み重なってる場所に自分で勝手に置いてきた様な。

 

 『鰐口』が三つ在りますけどそれでも混雑時は長蛇の列。

 

 あの~神社じゃないから『柏手』は無いでしょ。

 

 

 『達磨寺』と書かれた提燈が掛けられている所を『木鼻』と云います。

 

 日本では『獏』(鼻が長いから象と思っている方が多いですけど)が主流ですけど、『獅子』や『龍』何て処も在ります。

 

 これは『唐獅子』ですかね。

 

 で『長押』に『牡丹』なら ♬唐獅子牡~丹~(BY高倉健

 

 日本では昔、『神仏混淆』が起きまして、明治時代に『神仏分離』が行われるまで『神道』と『仏教』が入り乱れると云う現象が起こりました。

 

 『京都・伏見稲荷』は『神社』 『愛知・豊川稲荷』は『お寺』

 

 神社に『鈴』でなく、『鰐口』が下がっていたり。

 

 『ぴんころ地蔵』の『成田山・薬師寺』の境内にも『鳥居』が在ったりします。

 

 『御朱印』も,そもそもは『お寺』に写経を収めた人が、持参した『納経帳』に証拠の印を貰うというものでしたが、現在は『神社』も『寺院』も関係なく発行しています。

 

 貴方の『御朱印帳』もゴッチャになってない?

 

 ウチのは勿論、ゴッチャゴッチャ。

 

この 長い 長い

 

 と脅かす訳では在りませんけど、総門を潜ると目の前に立ちはだかるのが  長い  長い『石段』です。

 

 色々な『石段』を上りましたけど、一番キツく感じたのは『身延山・久遠寺(日蓮宗)』ですかね。一段の幅と高さが結構大きく、又急角度の為、夜間通行禁止になるくらいです。

 

 『讃岐・金比羅宮』785段も上りましたけどゆっくり上ればそんなに苦痛じゃ無かったような。若い時だったし。

 

 東京タワーの外階段600段も上った事在りますけど、なんせ昔の体重70㎏の頃ですから。(エレベーターじゃ無くてもしっかり展望台使用料取られます)

 

 石段・日本一は熊本に在る『釈迦院・御坂遊歩道』の3333段!

 

 いつか征服してやる。

 

 その前の難敵なのが『ダイエット』(因みに現在99㎏)

 

 『階段駆け上がり競争』の日本一のっぽビル『あべのハルカス』でも1610段ですから。(いや駆け上がれる人がいるだけで凄い!)

 

 まぁ『少林山・達磨寺』の石段も、ゆっくり上ればきつい程じゃ無いです。急ですけど。

 

 

 石段を上りきる直前に、頭上を横切るように鐘楼(こういうの鐘楼って呼ぶのかな?)が在ります。

 

 

 右から『三陽開奏・さんようかいたい』と読むらしく、中国春節で云う処の『新年あけましておめでとう』の意味です。

 

 三匹の羊=『三羊』も『三陽』と同じ発音の為、春節には『三匹の羊の絵』が飾られたりもします。

 

 流石  中国伝来『黄檗宗』‼

 

 余談ですが『中華料理店』などでよく見かける逆さまの『福』、『倒福』と云って『福が来る』『福よ来い』といった意味です。

 

 以前、フィリピン人の中華料理コックさんに教えて頂きました。

 

 

 いつもは順番待ちの長い列に諦めていた『招福の鐘』

 

 独特な鐘の撞き方で、余韻が消えるまで待ちながら、一人が三回撞きます。(だから時間が掛かるのなんの)

 

 いつもは順番待ちの長い長い行列にウンザリして諦めていましたけど、この時は数人しか並んでいなくて、初めてこの『鐘』を撞くことが出来ました。

 

 めでたしめでたし。 ってまだ参拝してないじゃん。

 

黄檗宗

 

 『黄檗宗(おうばくしゅう)少林山・達磨寺』

 

 日本の七大宗派には見られないです。

 

 中国に広く広がる禅宗の一派です。

 

 そもそも『達磨さん』って、インドで生まれた『ボーディ・ダルマ』と云う方で、仏教が中国に渡り『達磨大使』と呼ばれる様に成りました。

 

 安中=高崎間を走っていると国道沿いに否応なく並んだ『縁起達磨』をが目に入ってきます。

 

 『碓氷川』架かる『高鼻橋』付近に『少林山・達磨寺』の案内標識が在り、これに従って側道から『高鼻橋』を渡ります。(高い鼻なら天狗じゃないの)

 

 普段は『少林山・達磨寺』直下の駐車場に車を停めて、参道を上りますが、この日は七日に開催される『達磨寺・七草大祭』の準備もあってか橋の袂の臨時駐車場へ向かうように指示されています。

 

 以前はこの道路沿いにズラリと並んだ屋台が、今回は一切見当たりません。(テキヤの皆さん、駅前の方へ出店してるんですね)詳しい事情はウイキペディアで検索どうぞ。

 

 

 この鉄パイプ製の柵が何を意味するか………。

 

 第三者が口を挟む問題じゃないですから。

 

 

 入り口にあたる『総門』の幔幕には『三つ葉葵の御紋』

 

 水戸黄門の印籠の紋と同じです。と云う事は徳川家の庇護?

 

 だらりと垂れた『五色の吹き流し』と『謎の旗』その時は『五色幔』位に思っていたので気にも留めませんでしたけど、改めて画像を見ると気になる。(いくら画像を検索しても解りません)

 

 来年の正月まで待ちますか。(ご存じの方メールで教えてね。メールアドレスはトップページの最下段に在ります)

 

 

 水戸光圀と縁が在るとは知らなんだ。

 

 だって例年は人が多すぎて、案内をゆっくり見て(いや案内が在った事すら知らなかった)いられなかったもんね。

 

 個人的には、人も少なく、ゆっくり参拝出来る今の方がいいな。

 

高崎市庁舎

 

 高崎駅前の『高崎だるま市会場』を後にして、車を停めた市庁舎に戻りました。

 

 折角だから展望階まで行ってみようかな。

 

 

 さっきまで居た場所。この有様です。(うじゃうじゃワンサカ)

 

 展望デッキはからは360度、四方八方が見渡せます。

 

 

 高崎と云えば『白衣観音』 高崎山の高台から高崎の街を見守ります。

 

 高圧電線がなんでそこに?

 

 

 前橋から『赤城山』方面。一際高い建物は『群馬県庁』です。

 

 大多数の県庁は、『県下一高い建物』で在る事が多いですよね。

 

 長野県ですか?なんと長野市に在る『某通信会社』です。

 

 屋上部のアンテナタワーまで含めると100mオーバー。

 

 長野県庁には『歴史』が在るからいいんです。

 

 

 冠雪の山は『浅間山』です。

 

 手前のゴルフ練習場の在る山を廻り込むと『少林山・達磨寺』

 

 そろそろ移動しますかね。

 

鶴亀

 

 5月も下旬に突入なのに、この章は正月二日の事です。

 (だって出かけられないじゃないですか)

 

 『縁起達磨』は実は各地で造られたりしていますが、有名なのが

 

 『越谷ダルマ』 関東一円、寺院の門前などで売られている『縁起ダルマ』はほぼ此らしいです。『成田山・薬師寺』の節分で手に入るのもこちら。

 

 『松川ダルマ』仙台付近で見かける。極彩色の絵付けが施され、立像を表現した細長い形。両目が最初から描かれています。

 

 『高崎ダルマ』真っ赤な『縁起ダルマ』で『起き上がり小法師』の様に底に陶器製の重しが付けられており、顔の表情も眉毛に『鶴』、髭に『亀』が描かれています。

 達磨の『左目』(向かってじゃ無いです)を書き入れて『願』を掛け、成就後に『右目』を書き入れる。(選挙当選事務所の映像で見るヤツです)

 ナント国内シェア80%以上とか。

 

 無事に一年過ごせたら御焚き上げして貰い、新しい『達磨』を迎える。

 

 

 会場のテントでは『達磨職人』による『文字入れ』サービスがあると聞き、列に並んびました。

 

 自分の名前や祈願を墨書きしてくれるサービスで¥500也。

 

 「先にダルマを買って来てから並ぶんですよ」と後ろから声を掛けてくれたのが中国人の方。

 

 「駅前のダルマ市には初めて来たから助かりました」と丁寧にお礼を述べ、ダルマ販売ブースへ。

 

 でもどのブースでも価格表示が無い。(時価だったらどうしよう)

 

 縁起物だから相場価格らしいのだが、どうにも腑に落ちない。

 

 毎年、『少林山・達磨寺』で『縁起達磨』を求め『魂』を入れて貰らってますので、何だかなぁの気持ちで会場を後にしました。

 

 

 なんとなく『鶴』は解るけど『亀』?………。

 

イベント会場

 

 『高崎駅西口』から『高崎市役所』へと西に延びるメインストリート。

 

 普段はビジネス街の大通りなのだが、この日は『高崎だるま市』のメイン会場として歩行者天国になっていました。

 

 

 正月らしい賑やかな『謡』演じられていた。

 

 『羽織袴』のいでたちで、『三味』や『尺八』のおめでたい事!

 

 

 会場内のあちこちには『屋外用ストーブ』が設置されていて暖を取れるようになっていた。

 

 バイク用に新調した『ワー〇マン』の『イージス』を着ていったこーちゃんには無用でしたけど。

 

 熱効率が気になったもんで手をかざしましたけど『焚火』の様に熱さを感じました。

 

 

 両サイドには『高崎ダルマ』の販売ブースや、お祭りの屋台よろしく『おでん』『たこ焼き』『串焼き』『ポテト』『ジュースやビール』その他諸々のテントが並んでいました。

 

 群馬名物『焼きまんじゅう』を買って食べましたが、例によって手がベトベトになっしまいました。

 

 

 『大ダルマ』に辿り着いた時には、『祈願』がびっしりと書き込まれており、スペースを探すのが一苦労。

 

 でも『身長180+手が長い』こーちゃん、背伸びしながら高い位置に『商売繁盛』と書き込みました。

 

 今なら迷わず『新型コロナウイルスが一刻も早く対策されますように!』って書くだろうけど。

 

 長野県では『新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の解除』が宣言されましたが、まだまだ油断は禁物。

 

 お店が『暇』なのは各自で外出を控えているからだと思いたい。

 

 あぁ。売り上げが………。

 

高崎ダルマ市

 

 正月二日。佐久から高崎まで車で行くなら、軽井沢経由『国道18号線』もしくは内山峠経由『国道254号線』『群馬県道71号線』で高崎駅。

 

 しかし『少林山・達磨寺』は『安中』寄りにあるので、国道254『富岡』から群馬県道10号線を北上、国道18号線に出る一つ手前を右折し『少林寺道路』へ出る。(付いて来れる?googlemap見てね)

 

 今年は高崎駅周辺で買い物したかったので直に高崎入りしました。

 

 数年前から『達磨寺』と縁起物を売る『テキヤ』との間で悶着が在り、『少林山・達磨寺』周辺から『ダルマ』や『縁起物』『たこ焼き』などを売る『露天商・屋台』がすべて出店を控えるようになってしまった。

 

 詳しいいきさつは適正な『出店料』が支払われていなかった故らしいのだが、よく分からない。(第三者であるので無責任な個人的意見は差し控えます)

 

 詳しく知りたい人は『高崎だるま市と少林山・達磨寺』で各自検索!

 

 で高崎市庁舎の駐車場に車を停め、カメラを提げてノコノコ歩いて駅方向へ。

 

 

 前出の『ハープの泉』の傍、『高崎城址公園』の一角に在ったのが上の写真。

 

 題して『将軍の孫』

 

 

 タイトルから変な髪形の隣国の『将軍』を連想してしまいそうだが、ブロンズの『少年像』はポッコリお腹の幼児体系でいかにもユーモラス。

 

 (そりゃこーちゃんもお腹だけはポッコリですけど)

 

 作者の『北村西望さん』の名前を見つけてビックリ。

 

 つい前日、広島平和記念公園の『折り鶴の塔』から『長崎平和記念公園』の『平和祈念像』などを調べていたばかり。

 

 30年も前、九州を計画も無く旅した時に『平和祈念像』の下で同じ格好をして写真を撮った記憶があるけど、その写真は何処?

 

 『ミケランジェロ』の彫刻にも似た『筋肉美』の力強さが在りました。

 

 『将軍の孫』にも、背景に『軍事力』を感じさせながらも『あどけなさ』の残る少年の対比に作者の『メッセージ』を感じます。

 

 遠くのステージから『和太鼓』の響きが轟いてきます。

 

 急げ!

 

緊急事態宣言解除

 

 2019/5/14政府は『新型コロナウイルスによる緊急事態宣言解除』を39県に限り発令しました。

 

 しかしぬか喜びばかりも出来ません。

 

 まだ解除の対象外に住む人も沢山いますし、そもそも『新型コロナウイルス』が消滅した訳でもありません。

 

 感染の広がりが抑えられてきているので、経済的困窮者を助けるべくとった手段であり、気を抜けば再度爆発的感染(カタカナで何て言ったっけ?)も在りうるかもです。

 

 これからも個人的な感染対策は絶対必要です。

 

 気がかりなニュースが一つ。『猫』にも『新型コロナウイルス』が感染したそうです。野良猫やペットからも感染の可能性が出てくる?

 

 

 『玉屋』店頭に在る『達磨』は、毎年『高崎・少林寺』まで買いに行きます。

 

 毎年サイズアップを図るととんでもない事になってしまいますので、気の向いた年だけ一回り大きくします。

 

 『商売繁盛』『大願成就』と書かれた『縁起達磨』ですが、今年は『赤』が無くて『白』にしました。

 

 例年、正月2日に『黄檗宗(おうばくしゅう)少林山・達磨寺』で買い求めるのですが、今年は先ず『高崎駅前』の『だるま市会場』へ。

 

 『内山峠』から『下仁田』『吉井』そして『高崎』

 

 高崎駅前では道路を『ホコ天』にしてイベントの真っ最中。

 

 車を高崎市庁舎の地下駐車場に停めました。

 

 

 市庁舎をバックに、モニュメント『ハープの泉』

 

 この章は『縁起ダルマ』 2019/新年スタートです。

 

 (そしてまだこの時は『ヤツ』が密かに拡散していることを知らなかった)

 

台風一過

 

 2019/10/12夜半に、佐久地方東部に降水量500㎖を超える大雨を降らせた『台風19号』

 

 千曲川沿いでは堤防が崩れ、民家が倒壊するという悲劇を招いた。

 

 地下に埋設された『上水道』『下水道』も切断されてしまい近隣ではその機能を失った。

 

 早朝、千曲川の水量を見に行ったらこんな光景が。

 

 

 消火栓を使っての綸旨給水設備。

 

 此処までは水道が通っていたんですね。

 

 以前、私自身が消防団で活動していたことも有ります。

 

 決して日ごろの点検活動が無駄では無かったんですね。

 

 

 後日、佐久穂町の知人宅を訪れた際、河川の中で見かけたカーキ色の人達。

 

 日本が誇る精鋭部隊『自衛隊』の方々です。

 

 災害時などの復旧作業の為に、行政の要請に応えて出動。

 

 その活動範囲は多岐にわたり、一般人では不可能な作業内容も見事に成し遂げてくれる。

 

 時に『津波』の災害復旧で連日の捜索であったり、時に『噴火』直後の高山で炎天下の中、積る灰に足を取られながらの活動や、冷たい水の中に入っての復旧作業。

 

 自衛隊員の旦那さんが『津波』の捜索活動に赴き、連日連夜の活動で疲労の色を感じた奥さんが「疲れているみたいだけど大丈夫?」とねぎらったところ、旦那さんはにっこり笑って「平気だよ。自衛隊員だぜ。」

 

 自衛隊員の皆さん。ご苦労様です。

 

 これからも『日本』と『日本の心』を守ってください。

 

台風19号

 

 町内旅行の『小布施』から帰ってきて暫く後、『ヤツ』が来やがった!

 

 その名は『台風19号』

 

 TVから流れた言葉『第一に命を守る行動を取って下さい』

 

 海岸線から遠い為、地震があっても『津波』の心配はないのだが、佐久には『活火山』の『浅間山』や『休火山』の『八ヶ岳』が在ります。

 

 『八ヶ岳』が噴火した時は『山津波』と呼ばれた土石流が『甲府』方面まで押し寄せました。

 

 『天明三年浅間大噴火』では群馬県側に甚大な土石流被害を与えています。

 

 2019/10/12 台風接近を伝えるニュースが流れましたが、佐久で過去被害を出した『千曲川の氾濫』は遡る事280年前の『戌の満水』以来在りませんでした。

 

 1742年の旧暦8月1日。台風の上陸により南佐久~小諸に掛けて千曲川が氾濫し、多大な被害を巻き起こしました。

 

 亡くなられた方も多く、佐久地域では今でも8月1日を『お墓参りの日』として休日とする企業も多いです。

 

 2019/9/12に上陸した台風も『関東・秩父』辺りから北上し、東信地方の『長野県・群馬県境』辺りに一日の降水量500㎖を計測しました。

 

 予測外の降水量は、山肌に浸透する以上に表面を流れ落ち、至る所で土砂崩れを引き起こしました。

 

 土砂崩れで倒された『樹木』が折り重なって『鉄砲水』を呼び起こし、流されて『橋脚』などにダムを造り、やがては『橋』を破壊、更に破壊された破片が下流の『橋』を破壊し『連鎖破壊』を引き起こしました。

 

 佐久でも千曲川沿岸の住宅が、堤防ごと崩壊する被害が出ました。

 

 穏やかな流れが濁流となり、田畑に大量の『石』や『砂』が流れ込み、農業の継続が危ぶまれています。

 

 道路を走行していて『増水』に巻き込まれ亡くなられた方も出ています。

 

 行政では1000年に一度起きる災害を想定して予防策を取ろうとしています。

 

 佐久市・千曲川の堤防も今秋には完成予定です。

 

 

 2019/10/13 『野沢橋』から『佐久大橋』方面

 

 

 2019/10/14 野沢側の崩落個所

 

 

 田んぼに流れ込んだ土砂。

 

 負けないぞ! 負けてたまるか‼

 

 

栗おこわ

 

 町内会の旅行は『小布施・偽ぴんころ地蔵』『中野・一本木バラ公園』と廻って再び『小布施・桜〇甘精堂』へと戻ってきました。

 

 当日いきなり食事の予約を入れた為、時間を指定されました。

 

 まっ、幹事のmissと云えばそれまでなんですけど。(幹事=私です)

 

 食事時間の30分前に到着。お土産売り場等で時間を潰して。

 

 食事は小布施名物『栗おこわ膳』

 

 皆さん美味しそうにbeerなんぞを飲んでいる。(ちなみに私が運転手)

 

 店内撮影禁止と云う事で写真は無いです。

 

 食後、メインイベントの『葛飾北斎館』へ。

 

 なぜ『小布施』に『葛飾北斎』? はウイキペディアに譲るとして。

 

 一度は観ておきたい場所の一つです。

 

 『自由行動1時間半』は人によって長すぎるとか短すぎるとか両論ありました。

 

 さて『バスの運転手』故に人より早くバスに戻って待機していなければいけない。

 

 ゆっくり見られないのが残念でしたけど、お陰でこんな場面に遭遇しました。

 

 

 ハイデッカータイプの大型観光バス、出入り口ドアの後ろに何やら『台』がせりあがって来た。

 

 ナニナニ? 初めて見るんですけど。

 

 

 このバスは『車椅子対応観光バス』でした。

 

 リフトは『車椅子』に人を座らせたまま上昇します。

 

 内部まで覗き込むのは失礼かと思い、遠くから見守るだけでしたけど、上昇後座席まで移動して着席。その後車椅子はトランクルームに格納。

 

 時間はかかるけど障害者にも優しいバスです。

 

 もっと増車されるといいですね。良い旅を。

 

ダリア

 

 『花』 結構好きです。

 

 雪解けを告げる『福寿草』 田んぼの畔に咲く『ヒメザゼンソウ』

 

 青空に映える『桜』 『藤』棚に下がる紫 今が盛りの『花水木』

 

 『水芭蕉』が開く頃にはそれこそ色々な花が咲き乱れる。

 

 でも今までイマイチ感じなかった花 『ダリア』

 

 小学校の花壇とかには必ず在りますよ。でもそんなに綺麗とは思はなかった。

 

 その概念覆りました。此処『一本木バラ公園』で。

 

 

 完全な幾何学模様を形成している植物の神秘。

 

 左右対称をなす『葉っぱ』とその『葉脈』

 

 観ていて『安定感』がありますね。

 

 

 ダリアには様々な種類が在り『大輪』~『小輪、色も『深紅』~『淡いピンク』『黄色』や『オレンジ』と多種多様。

 

 それこそ『百花繚乱』(意味が少し違うけど)

 

 

 園内には『旧中野小学校』の校舎一部が改修した後、移築されました。

 

 明治時代の建物の中は『銅版画』の展示室になっています。

 

 白く塗りなおされた可愛い校舎。 映画かなんかで使われないかな。

 

中野・一本木バラ公園

 

 『偽ぴんころ地蔵』を後に、次に向かったのが『中野・一本木バラ公園』

 

 実は此処のバラ公園を監修したのは『ケイ山田』さんという方。

 

 そして一緒にバラ公園を作り上げた方が『ぴんころ地蔵』そばの『原バラ公園』を造り上げました。

 

 現在『原バラ公園』を管理しているのは佐久市より『アダプトシステム』で管理委託された『のざわ商店街振興組合』と『八十二銀行』『上田信用金庫』『長野県信用金庫組合』『ボランティア有志』の皆さん。

 

 『中野・一本木バラ公園』を鑑賞してあわよくば『原バラ公園』にもフィードバック出来たらいいな、なんてね。

 

 

 駐車場に入ると、以前は無料だった筈なのに係員が料金徴収に来た。

 

 管理・維持の為にも協力させてもらいます。

 

 

 色とりどり、大小さまざまなバラの花が並んでいます。

 

 通路の雑草を抜くだけでも大変そう。

 

 ここは昔、『一本木公園』という小さな公園が在り、花壇に『バラ』が植えられていました。

 

 当時から在ったのが

 

 

 『怱布』読めます? まぁ彫刻を見れば一目瞭然ですね。

 

 でも近くにbeer工場とかないですよね。

 

 『ホップ』って読みます。

 

 佐久辺り山の中でも、野生のホップ結構在りますよ。

 

偽ぴんころ地蔵

 

 『ぴんころ地蔵』が雑誌・TVなどでとりざさられ、毎日観光客が訪れていたのは10年も前の事。

 

 その頃人気の『朝青龍』や『数々の芸能人』と『ぴんころ地蔵』の写真が在ります。

 

 そしてその頃、『ぴんころ地蔵』の真似をして、既存のお地蔵様を『ぴんころ地蔵』と名付けたが為に、一時日本各地に類似のお地蔵さまが100体程存在したと聞いています。

 

 水戸市に在る某お地蔵さまも『元祖ぴんころ地蔵』と呼んでいましたが『野沢・成田山』のぴんころ地蔵人気をまねたと認めました。

 

 私の知る限り『ぴんころ観音』『ぴんから地蔵』『ぽっくり地蔵』などなど『?』な名前の付けられた石像が各地に存在します。

 

 実際『のざわ商店街振興組合』に『ぴんころ地蔵』を建立したいと要請の在ったのは、『浜松市』の『養老施設』ただ一ヶ所のみです。

 

 勿論、商標使用料など採ることも無く快諾したと聞いてます。

 

 

 小布施の『偽ぴんころ地蔵』は新しく建てられたもので在り、その右側には何やら歴史を感じさせる『馬頭観世音』が立っています。

 

 

 高速道路開通の犠牲になったのは同情しますけど、『ぴんころ地蔵』を立てちゃうのは如何なものでしょうか?『墓地造成委員会』さん。

 

 宗教法人格でなしに『不特定多数』からお金を集める行為は………?

 

 

町内会バス旅行

 

 今日5/6はナント『建国記念日(5/3・日)』の振り替え休日です。

 

 政府はただ休日を増やせばいいと思ってんのかな。

 

 この章は2019/10/7『町内会バス旅行』です。

 

 昔の出来事を書かないと『外出自粛』でネタ切れになりそうです。

 

 普通のバス旅行では、目的地に合わせて綿密な時間調整があり、「此処で何分休憩します。」とか「サービスエリアを何時に出発しますから遅れないように。」と制限が付きますが、我が『町内旅行』は全てが『about』 何故なら運転手は『私』だからです。

 

 一応『目的地』は決めて在ります。今回は『小布施&中野一本木公園』

 

 出発時間は決めて在りますけど、参加者が全員揃ったら即出発!

 

 途中で『コンビに寄れ』とか30分毎に『たばこ休憩』とかありとあらゆるリクエストに答えながら先ずは中野インターで高速を降ります。

 

 ETCが付いていれば『小布施スマートインター』で降りれば楽ですけど、なんせ町内に在る料亭の『送迎バス』をお借りしてますんで。

 

 最初の目的地は『小布施ハイウエイオアシス』の『お百ショップ』

 

 一般道からも利用できる駐車場が在り、農家直販価格で『リンゴ』『ブドウ』『梨』など果物から野菜まで購入できます。

 

 見ると皆さんもう『リンゴ』だ『キノコ』だと結構お土産を買いこんでる。かく言う私も『5個¥200』の『B級リンゴ』を買いました。

 

 『B級』っていってもちょっと陽の当たり方が悪くて『色ムラ』が在るくらいです。絶対お得。

 

 5分も走らずに次に停まったのは『小布施橋東』信号を左折し、高速を潜った先の駐車場。此処にバスを停め、高速下の通路を戻れば

 

 

 ???????

 

 『ぴんころ地蔵』が何故此処に????

 

 

 『野沢商店街振興組合』が『元気に長生き大往生』をうたい文句に建立した『長寿地蔵尊』が『ぴんころ地蔵』

 

 組合では『商標登録』も済ませ、組合員でも『ぴんころ地蔵』の一文や『ロゴ』を使う時には使用料を支払っています。

 

 『玉屋商店』でも『ぴんころ地蔵饅頭』の販売にあたり、『商標使用料』を支払っています。

 

 しかも此処、『ぴんころ地蔵』の『幟旗』まで立ててますけど。

 

 『商標登録法違反』はどうなるんでしょ?

 

 世知辛い世の中だから争いの種にはならないでほしいですけどネ。

 

別れの松

 

 なんか『旅回り芸人一座』の演目みたいですけど。

 

 南相木の『不戦の像』の下で辺りを見廻すと崖の上に『二本の松』が立っています。

 

 

 普段車を運転していても『擁壁』の上までは見ないから此処に松の木が在る事に気が付いていなかった。

 

 いや只の『松の木』位に考えていたからさして気にも留めなかったのかもしれない。

 

 

 戦地に赴く者と見送る家族。その多くは再開を果たせなかったと聞きます。

 

 

 今。世界中が戦っています。

 

 勝たねばならない。その名は『新型コロナウイルス・COVID19』

 

 治癒薬が開発されやがては克服できるであろうけど、まだまだ予断を許さない。

 

 TVのスポーツ番組を観ていると『絶対勝たねばならない闘いがある』

 

 で結果、「負けちゃいましたけどよくやった」なんて慰めているけど。

 

 この『新型コロナウィルス』に、絶対負ける訳にはいかないんです。

 

 政府の方針を受け、『不要不急の外出』は避け、接触者を減らす為自宅からなるべく出ない。

 

 『3密を避け、マスク着用・手洗いの励行』

 

 危機感を感じ協力的な人は徹底して出来てる行動を、鈍感なのかやらない人は何もしていない。

 

 医療従事者が「パチンコ屋の開店に並ぶ人を見て殺意を覚える」とインタビューに答えていたが、さもありなん。

 

 今日5/5の報道では、『非常事態宣言の延期』を『総理大臣』が発表しました。

 

 『サーズ』『マーズ』で死者の出なかった日本はその深刻さを理解していなかったのかも知れない。

 

 中世ヨーロッパでは、伝染病『ペスト』が伝播してしまい、人口の三分の一が死滅しました。

 

 やがて数十年の時を得て、病気を克服した後やってきたのは『犯人捜し』に端を発する『魔女狩り』 

 

 人々は疑心暗鬼になり『人間関係』の崩壊を招いた。

 

 『極限状態』に陥った時、人は何をするか分からない。

 

 『日本』が、『世界』が『極限状態』にならない様に出来る事をしなければ。

 

 戦いに勝つ『努力』をしなければ。

 

 『更なる”努力”をして下さい』お願いします。

 

不戦の像

 

 『杉田二郎』&『北山修』と云えば『ジローズ』

 

 『ジローズ』と云えば『戦争を知らない子供達』

 

 (ほらyoutubeで聞きたくなったでしょ)

 

 ♬ 戦争が終わって 僕らは生まれた

   戦争を知らずに 僕らは育った

   大人に成って 歩き始める

   平和の歌を 口ずさみながら (略)

 

 ふと気になったのが 著作権とかどうなるんだろう?

 

 1962年生まれの『こーちゃん』 まさにこの世代です。

 

 でも一世代前の親達は、皆戦争体験者。

 

 この『不戦の像』を見て感慨無量かもしれません。

 

 

 赤い紙きれ一枚の『徴収令状』が平和だった家族に惜別を促す。

 

 日本全国各地で行われた行為で、写真・動画は豊富に保存されているけれど、銅像を建てて『戒め』としているのは、初めて見たような気がする。(他にも在ったら認識不足です)

 

 女性の不安げな顔と少年の今にも泣き出しそうな表情が胸を打ちます。

 

 

 『別れの松』? 像の隣に立っている樹は『桜』ですよね。

 

 で辺りを見廻すと………。

 

 さっさと『おまけ』です。

 

 

 前出の『おみかの滝』です。遅くなりました。

 

 でも『youtube sutadio』が何故か反応してくれないんです。

 

 やっと従来方式で一本だけUP出来ました。

 

 残りはyoutubeから『玉屋のこーちゃん』で検索お願いします。

 

滝の上流

 

 トンネルの入り口まで戻り、今度は橋を渡って対岸に行ってみます。

 

 階段状の足場や手摺も在るのだが、土砂が流れてしまっていていて、人の踏み跡はあまり無いみたいみたいに見える。

 

 

 滝の上部は当然流れてくる『川』なのだが、川を見てもしょうがないから此処まで。

 

 『滝』はやっぱり下から見上げるのが一番きれいです。

 

 滝に流れ込む『川』が実は『U字溝』でしたなんてのはよくある事で、『〇光・〇厳の滝』も実は中禅寺湖の水門でしたなんて………。

 

 言えねぇ、言えねぇ。これ以上はもう言えねぇ。(by せんだ)

 

 落ち込む滝の上部を見て綺麗だなと思ったのは群馬県の『吹割の滝』位ですかね。

 

 

 バカったれ『COVID19』のお陰でゴールデンウイーク開けに行こうと計画していたのに、来年持ち越しになってしまいました。ってのが富山・立山『称名滝』の隣に雪解けの時期だけ姿を現す『ハンノキ滝』 

 

 その落差日本一の500mとも云われています。

 

 垂直に500mなんて『スカイツリー』以外に見た事ないですもん。

 

 

 【おまけ】 昨年晩夏に訪れた『称名滝』です。

 

トンネル

 

 『おみかの滝』から流れ出る橋の袂にトンネルの入り口が在った。

 

 そりゃ好奇心旺盛な『こーちゃん』入るに決まってんじゃないですか。

 

 

 コンクリート吹き付けのデコボコ。トンネルにありがちな水溜まりとかは無く、歩き易い。

 

 赤外線センサー&タイマーなのか、真っ暗だったトンネル内に突然照明が灯った。ちょっと驚き。

 

 距離的にはたいして長くないですけど、曲がりくねっているトンネルは先の見通しが悪く、不審者でもいたらどうしよう(因みに私180㎝100㎏柔道黒帯のおっさんですから)という一抹の不安が在り、女性の一人歩きは控えた方がいいかも。

 

 

 トンネルに開いた展望台は滝つぼのすぐ近くまで行けます。

 

 急流に侵食され、甌穴の底が抜けてしまったのが『甕』ですかね。

 

 渦巻く水流により底の方は丸く削れています。

 

 私の知り合いは子供の頃此処で泳いだ事が在ると云っていましたが。

 

 勿論現在は立ち入り禁止です。

 

 

 滝つぼの動画をUPしようとしてyoutubeにデータを移行しようとしてますが出来ません。何で?以前は簡単に出来たのに。

 

 動画のUPは少しお時間掛かります。悪しからず。

 

 で滝つぼから引き返し、トンネルを通って………照明が灯かないんですけど。

 

 ビビりながら(体躯のいいおっさんです)スマホのライトを使って戻りました。途中からはセンサーが感知して照明は灯いたんですけど。

 

 【教訓】万が一の為、懐中電灯機能の付いたスマホ持参しましょう。

 

おみかの滝

 

 政府発表の『非常事態宣言』による外出自粛が  思った通り  延長されてしまいました。やっぱりと云うか何ともはや………

 

 「負けを認めたわけじゃぁないから、俺は負けてねえ!」

 と『麦わらの〇フィ』が云ったとか云わないとか。

 『ウイルスなんかに負けてらんねえぇ。』

 

 昨日は医者の予約が在った関係で、店を早仕舞いして車で出かけました。(必要な外出です)

 案外車が多いのにビックリ。

 処方箋をもらい、スーパー併設のドラッグストアに立ち寄ると、駐車場が一杯なのにビックリ。

 牛乳と卵とマヨネーズ………諸々買いにスーパーへ入って人の多さにビックリ。 

 更に野菜の物価高騰にビックリビックリ。

 インスタントラーメンの品不足にビックリより唖然。

 

 皆さん。結構外出してんのね。買い溜めしてんのね。

 この一週間、早朝のウオーキング以外外出を控えていたのにサ。

 

 TV報道の『浅草寺仲見世から人が消えました』だの『善光寺も入場禁止措置を取りました』だの家の中に『籠っている』とばかり思っていたのに。(五十歩百歩になるからそれ以上は言わない)

 

 因みにこの『相木村紀行(笑)』はフォトの日付データから2019/10/4の事です。

 

 

 南相木村の観光名所『おみかの滝』漢字で書くと『御三甕の滝』

 

 南相木小学校向かいに駐車場が在り、こちらから崖を下っても行けますが、バイクは川沿いを遡上します。

 車止めから歩くこと5分。橋の上から見た景色です。

 三段の滝在り、各滝つぼは深くえぐられて『甕』の体を様しました。

 

 で『御三甕』

 

 

 水の流れは速く、透明度も高いです。

 

 でも『水  清くして  魚  住まず』の例え通りか『魚影』は在りません。

 

 橋の袂にトンネルが在り、これを抜けて『滝つぼ』の近くに行けます。

 

 

 正直余り気味のいいトンネルじゃないですけど………行ってみっか。

 

 行くといえば。

 『公』だの『私』だのととりざさられた女性が、非常事態宣言の最中に『大分県』まで出かけています。

 貴方がウイルスの感染源にならない根拠あっての行動でしょうね?

 パチンコ屋に出入りする理由が『暇だから』なんて云ってる人間と『同レベル』じゃないですか?

 

 日本の指導者たるなら、嫁の行動にも目を光らせとけよ!

 

 (政治的な意見はなるべく書かないで来ましたが、これは納得いかない!

 

 『おみかの滝』編はまだまだ続きます。

 

大鰭トンネル

 

 行き止まりの『ぶどう峠』で引き換えし、『北相木村』~『南相木村』へと南下する。

 

 しばらく進むとトンネルが在り、頭上のプレートに『大鰭トンネル』と書かれていた。

 

 んっ? 『鰭・ひれ』だよね。『魚の鰭』 山の中で魚って。

 

 

 首を捻りながら(ホントに首を傾げて走るのは危険です)走っていると、坂を下りきった辺りに新しい看板が立っていました。

 

 やっぱり『ひれ』で良かったんだ。 ナニナニ………?

 

 ………ですとサ。(拡大して読んでね)

 

 南佐久地域には『海』に由来する地名が多いです。

 

 『小海』『海尻』『海ノ口』『広瀬』

 

 実際、何十万年の昔(正確には忘れた)この辺りは海の底だったそうです。

 

 大陸プレートの圧縮により海底隆起が起こり、日本アルプスが形成されたと習ったような。

 

 海底で在ったとすれば、地層から『海生生物』の化石などが発見されるかもしれないし、海岸沿いの陸地で在ったとすれば『貝』や動植物の痕跡が残っているかも知れません。

 

 凍結した『三滝』も何度か行きましたけど、現在魚の住めそうな『滝つぼ』はありません。

 

 崩落した大量の『岩』が堆積した上に降り注ぎます。(小さな水たまりは在ったかな?)

 

 『イワナ』も努力すれば滝を昇り、『龍』に成れるとは知らなんだ。

 

 『鯉の滝昇り』ならぬ『イワナの滝昇り』ですね。

 

 明日から5月、いつもなら『鯉のぼり』が青空を背景に泳ぎ、『ウオーキング』『バイクツーリング』が楽しくてしょうがない季節。

 

 でも今年は違うんです。ガマン、ガマン。我慢したるわい!

 

 

 今日のおまけ

 

 

 鯉じゃないよ。

 

 明太子工場の駐車場に泳ぐ(ぶら下がる)『スケソウダラ』です。

 

ぶどう峠

 

 『武道峠』と書きます。

 

 『長野県」』から県外に出るには『峠』を越えなければいけません。

 

 佐久からの場合、『浅間山』から南下順に『碓氷峠』『和美峠』『内山峠』『田口峠』(此処、実は県境では無いんです)『大上峠』『十石峠』『武道峠』『三国峠』『大弛峠・おおだるみ』『信州峠』と続きます。

 

  唯一『峠』と名前の付かない所を通って越境できるのは、なんと『野辺山』=『清里』間の国道141号線只一ヶ所のみです。

 

 しかも国道、県道などは舗装されていて車・バイクで通れました。

 

 冬季閉鎖(大体11/中旬~4/末頃)が在るのは止む無しですけど、昨年の台風被害で崩落個所が多く、現在車両で通行可なのは『碓氷峠』『和美峠』『内山峠』くらい。(国道141号線は通れます)

 他にも車・バイクで越境できない峠が数知れず在ります。

 

 旧中山道の『松井田峠』とか『星尾峠』『十文字峠』なんぞはハイキング装備以上で歩くしか通れません。

 

 その昔、旧中仙道には『関所』が設けられ、『通行手形』が無いと通過できませんでした。

 

 『通行手形』なんていっても『顔写真』や『ICチップ』などで『セキュリティ』を向上させた現在の『パスポート』などと違い、『寺院』や『土地の権力者』が証明した『住所』と『名前』と『身体的特徴』『旅行目的』などが書かれた『板』又は『紙の書状』を云うらしいです。

 

 観光地で売られている『将棋の駒』を大きくしたような形はあくまで『御土産』です。かさばってしょうがない。

 

 しかも盗まれたりしたら悪用されるのは必至。

 

 故に『関所』を通らない『裏街道』や、監視の眼の届かない『山越え』の必要が在ったそうです。

 

 昔の人は歩いての移動が当たり前だった為、『水の補給』できる『峠』が多いです。

 

 『沢』沿いを縫うように登ったり、『湧き水』のある所を通ったりしています。

 

 さて『ぶどう峠』

 

 

 残念ながら『群馬県側』に入ったところで崩落が起き、現在も通行止めのままです。

 

 

 バイクなら通れ………『ルール』と『モラル』を守るのが『大人!』

 

 通行止めなら仕方ない、引き返します。

 

 

 お地蔵さんに手を合わせます、「無事故で帰れますように。そして早く開通しますように。」

 

 たまにしか訪れない所では『御供え物』はしません。

 

 鳥獣の餌になったり、劣化したら『ゴミ』になるだけです。

 

 お供えする方、片付けに行きますか?誰かが片付けているんですよ。

 

 手を合わせるに留めませんか?

 

 

 

 

 

和加志湖

 

 小っちゃい事は気にすんな。それ わかちこ わかちこ。

 

 結構『ゆってぃ』好きですけど ………って違う!

 

 

 北相木村を東西に走る『県道124号線』は清流『相木川』を右に見たり左に見たり。

 

 やがてポツンと建つ『公衆トイレ』を超えると『堰止湖』が見えてくる。

 

 この湖が『和加志湖』(でも今までず~っと『相木湖』だと思っていた)

 

 『イワナ』や『ヤマメ』などが放流され、シーズン中結構賑わうみたいです。

 

 此処を訪れたのは2019/10/2平日だから人がいないのかなと思っていたら

 

 

 『禁漁』ですと。

 

 『禁漁期間』があるから激滅する事も無く『自然環境』が保たれるんですけどね。

 

 中にはルールを守らない『輩』が出現しますが、『漁業組合』の方が巡視しています。

 

 以前、ある所の『魚止めの滝』で『ヤマメ』を狙った事が在りますが、ゴミが放置されていたり、焚火の跡がそのままだったり。

 

 『マナー』以前の『モラル』の問題でしょうかね。

 

 

 昨今TV報道されている『自粛要請にも関わらず営業を続けるパチンコ屋』と『やる事無いから』と集まってくる客。

 

 営業したければどうぞ。遊びたければどうぞ。

 

 その代わり『店・客』共に隔離された場所でお願いします。

 

 『福本伸行』さんの漫画で『ざわっ』で有名な『カイジ』が在ります。

 

 『エスポワール』と云う船に乗り『公海』まで出てから生死を掛けたギャンブルで大金を得るストーリーです。

 

 『パチンコ屋』に『客』を閉じ込め14日間出入り禁止。

 

 仮に14日後に開放されてもいくら借金してるかね。

 

 

 寸暇を惜しんで努力してくれている『医療従事者』がいます。

 

 『買占め』や『転売』によるパニックを避けるべく販売努力を続けてくれる『スーパー』や『コンビニ』の店員がいます。

 

 弱者の為に『弁当』を提供してくれる飲食関係者がいます。

 

 自分が感染源になるかもしれないからと『外出自粛』で我慢している人が世界中にいます。

 

 『モラル』が無い人は『畜生道』にいるのと一緒ですよ。

 

 『ゆってぃ』から『畜生道』まで。 

 

 ダメだまとまんない。昨日の酒がまだ残ってる。

 

目薬の木partⅡ

 

 数段の石段を登った社には何も書かれていなかったが、その隣に在ったのが

 

 

 『結膜炎』『ものもらい』など眼病のみならず、内服して『肝臓疾患』にも効能が在るんですか。

 

 (大)酒飲みの部類ですので肝臓疾患は気になります。

 

 この『コロナ不景気』で酒の量も増える一方。

 

 葉っぱの『煎じ液』を飲むだけで良いのなら葉っぱを採っていこうかな。

 

 いえいえ地元の人も大切に保護してるんです。滅相も無い。

 

 

 フェンスで囲まれてその『めぐすりの木』は立っています。

 

 

 カエデ科と在りますので紅葉の様の筈………

 

 どう見ても手前の木は違うよね。

 

 ハテ?

 

 その時上空で大きなエンジン音が響いてきた。

 

 佐久地方で時折ニュースになる『C130輸送機』かはたまた『オスプレイ』と思い道路まで駆け下り上空を見たが発見できなかった。

 

 『オスプレイ』は滑走路の要らない大型輸送機としてアメリカが開発した物。操縦性が難しく、墜落事故を起こした事から排他的に捉えられがちだが、被災地などにいち早く到着し、大量の物資運搬が出来る事を考えるなら必要なのかも。早くAI飛行技術の向上を願うのみです。

 

 確かに墜落の可能性ある物体が頭上を飛ぶのは怖いけど。

 

 『台北・什分』の『天燈上げ』なんぞ『裸火』が遥か頭上を飛び交い、過去に数回森林火災が起きてるのに、一向に気にしていないもんね。

 

 ※本日の検索ワード『メグスリノ木』『オスプレイ』『天燈上げ』

 

めぐすりの木

 

 古くから民間療法の一つとして『この樹の樹皮を煎じて目を洗う。眼病に効く』と何かで知ってはいたが『樹』を見たのは多分初めて。

 

 (いや見ても気が付かなかっただけだろうけど)

 

 寂れた山間部の観光地などで、お土産売り場の棚かなんかにビニール袋に入った状態のを見掛ける事ありますけど。(薄っすら埃を被ってたり)

 

 北相木村を東へ向かって走っていると見つけました。

 

 

 バイクの利点は、思い立ったらすぐに停車できる事。最悪左に寄せれば駐輪できる。細い道でも入って行ける。(オフロードバイクは特に)

 

 不利な点は、スタンドを立てる時、地面にめり込まない様に注意。手袋、ヘルメットを取る。バックからカメラを取り出す。出発時は逆行程。

 

 これが結構めんどくさかったりして。

 

 車の利点は、最悪雨でもワイパー越に撮影可能。撮影後即スタート出来る。

 

 不利な点は車を停める場所探し。山道に入る時はUターン場所を気にする。

 

 まっ、一長一短て所ですか。

 

 

 見落としてしまいそうな、道の傍らの道祖神です。風化して文字が読めません。

 

 『馬頭観音』(旅の安全を願うと共に道しるべの役割も在った)なども並んでいます。

 

 こんなちっちゃな路傍の『お地蔵さん』にも歴史と物語が在るんでしょうね。

 

 

 鉄製の鳥居とお社が在りました。

 

 石段を登って。地元の『氏神様』でしょうか、神社については何も記されていません。

 

 その横に看板が在りました。 が次回です。

 

 

松原湖駅

 

 桜の美しいシーズンなのに、タイトルの『松原湖駅』を訪れたのは2019/10/4の事です。(写真データより)

 

 国道141号線沿いに『松原湖入り口』信号が在り、松原湖の存在を知る人は多い筈です。

 

 でも『松原湖駅』を知っている人はどれくらいいるのかな?

 

 国道より10m程も低い地点を走っている為、駅の存在自体知らない人も多いかも。

 

 

 単線ローカル、ホームは一つ。線路に降りて写真を撮ることは禁止されています。

 

 駅舎は数人座れるベンチが在るだけ。でもメルヘンチックじゃないですか。

 

 山間部の集落は、基本的に自動車が無ければ生活困難な地域が多いです。

 

 でこんな駅のもっぱらの利用者は『高校生』 通学の為の重要な駅なんです。

 

 駅からすぐの『千曲川』に架かる橋からはこんな景色が見えます。

 

 

 今でも時折『ヤマメ』の影が走ります。

 

 でも今回は『竿』を持ってきていないのでパス。

 

 実際『糸』を垂らしても釣れない事の方が多いですけど。

 

 『松原湖』は八ヶ岳の崩落が造った天然の堰止湖で、深いところは水深8m。

 

 冬は全面結氷して『ワカサギの穴釣り』や『スケート』が出来ます。

 

 春の『新緑』から始まり、夏は『ボート』や『カヌー』、秋は『紅葉』と一年を通じて楽しめます。

 

 毎年8/16日に開かれる『納涼花火大会』は、規模こそ小さいですが山に反響する音と水面に映る光が見事です。

 

 会場のキャパや駐車場に限りが在りますので余り教えたくない穴場ですけど。

 

 

 湖面がエメラルドグリーンに見えますけど、流入河川の成分が化学反応を起こしたらしいです。(滅多に見られない)

 

 COVID19に勝った暁には絶対行くからね。

 

 『玉屋』で出来る事考えました。

 

 賃餅加工を承ってますが、今年は暖かくなった今の時期でも注文が入ってきます。

 

 聞いた処、「学校にいけない『孫』に送る。カップラーメンはやけどが心配。お餅なら冷凍しといてレンジでチン!」

 

 で考えました。

 

 もち米持参の方。3升の加工で半額の¥1400!(5月6日まで)

 

 正直、蒸して、搗いて、伸ばしてで¥1400は利益が出ません。

 

 でも今は皆が我慢しています。

 

 皆が社会貢献の時。

 

 でも浮いたお金は必ず他で『使って』下さい。

 

 少しでも売り上げが欲しいお店がいっぱいあります。

 

 小売業は売り上げが1/10まで落ち込んでいます。

 

 今を乗り切ってもその先でお店が潰れていては何もなりません。

 

 皆で、出来ることを考えてみませんか。

 

佐久病院

 

 臼田に在る『佐久病院・本院』の改修工事がほぼ終わり、駐車場の利便性などがかなり向上しました。

 

 定期的に佐久病院に通っている為、以前は河川敷駐車場を利用していましたが、玄関脇にかなりキャパのある有料駐車場が出来ました。

 

 『小海診療所』や高度医療設備を備えた『佐久医療センター』なども佐久病院の分院です。

 

 正式名称は『JA長野厚生連佐久病院』

 

 『JA』とは『Japan Aguricultural Cooperatives』の略。『農協』です。

 

 佐久地域は昔、『塩分の過剰摂取』などの弊害による『高血圧』や、『農薬』接触による『皮膚病』などが多かったそうです。

 

 戦時中に建設された大型入院施設を持つ『佐久病院・院長』に『若月俊一院長』が赴任されました。

 

 農村特有の症状改革に尽力する為、山村の奥地まで往診に出かけるスタイルを取り入れ、当時の舗装されていない山道をジープスタイルの車で診回ったそうです。

 

 

 病院の中庭に立ち、今でも訪れる人を見守っています。

 

 

 佐久地域は他にも佐久市運営の『佐久浅間病院』や前出の『佐久医療センター』を合わせると大病院が3つもあり、ほかに入院施設を備えた個人病院も数多くあります。

 

 お陰で医療に対する不備・不満などは少ない地域だと聞いています。

 

 『眼科』と『産科』が混んでいるとは聞きますが。

 

 冬でも晴天率の高い地域と併せ、街中では高齢者も住みやすいそうです。

 

 ただやっぱり田舎なもんで車が無いと何かと不便な点と、冬の沁みる寒さは手強いかも。免許返納は大問題でもあるんです。

 

 『軽井沢バス横転事故』の際にも佐久の各病院が受け入れ大勢の命が救われました。

 

 

 今、日本中、いや世界中に大問題が蔓延しつつあります。

 

 『新型コロナウィルス・COVID19』

 

 『大型旅客船』の隔離騒動に端を発した『新型肺炎』

 

 たかが『新型肺炎だろ』と大勢の人は『対岸の火事』と思っていたのも事実。

 

 以前流行した『SARS』や『MERS』も日本国内では抑え込みに成功していたから油断していたのかも知れない。

 

 『手洗いすれば感染リスクは少ない』といった大国のTOP『ジョーカー』の発言から当初『マスクの必要性』は無いと思い込んだ。

 

 外出を控え、人との接触を少なくすれば感染拡大は防げるとの政府の発表も響かなかった。

 

 そして人の弱みにつけ込んだ『マスク』の転売などの横行。

 

 有名人の死亡により一時は自粛ムードが高まり、『野球・大相撲』始め、各種興行やイベントの中止。

 

 中には経営・収益にも支障をきたし先行きのの全く見えない業種もある。

 

 そんな中でも昨今、大勢がサーフィンやパチンコに講じていると聞く。

 

 このままで5月6日に勝利宣言は出るのだろうか。

 

 いや出さねばならない。勝たねばならない。

 

 医療従事者の皆さん。さぞや大変だと思います。

 

 でも頑張って下さい。

 

 玉屋にも出来る事をしようと思っています。

 

 だから貴方も出来る事をして下さい。お願い致します。

 

東小諸駅

 

 『小諸駅』=『東小諸』=『乙女駅』 間は線路が3路線併走します。

 

 『上野駅』北側辺りなんぞ何路線あるんだ?位の数ですから比較にならないですけど、なんせ田舎なもんで。

 

 あっ『小諸駅』は『JR小海線』と『しなの鉄道』の駅。

 

 『東小諸駅』は『JR小海線』の駅です。

 

 

 『天狗のムギメシ』はこの『味噌塚』はと呼ばれる高台にあり、線路右手が『小諸駅』です。

 

 右2路線が『しなの鉄道』の上り下りの2路線。

 

 『旧JR信越線』を引き継いだ第三セクター方式で、『篠ノ井駅』=『軽井沢駅』間を『しなの鉄道』 

 

 『長野駅』=『妙高高原駅』間を『北しなの鉄道』が結びます。

 

 『篠ノ井駅』=『長野駅』間の美味しい処取りしているのが『J〇』ってんですから『頑張れ~しなの鉄道会社』と応援したくなります。

 

 実際かなり頑張っている会社で、『観光トレイン・ろくもん号』を運行し、車窓からの景色を楽しみながらフルコース料理が楽しめる。

 

 とか、『友好協定』を結んだ『台湾鉄道』の『カラーリング車両』を走らせたり、『115系』が全国各地を走っていたころのカラーリングを再現したり、『ラッピング車両』ビビッドレッドの『コ〇・コーラ』とか。

 

 今度『戸倉駅』の車両庫でも行ってこようかな。

 

 

 でこちらは上り方面。左2路線は『しなの鉄道・軽井沢』方面。

 

 右の路線は『JR小海線・佐久平/小淵沢』方面。

 

 『しなの鉄道』は電化の為、上り・下り共に高架線が張られています。

 

 尚且つ複線の為、線路数も倍。単純に維持費が倍近く掛かる訳です。

 

 沿線住民の為にも色々なアイディアを出して頑張っている『しなの鉄道』応援してます。

 

 写真中央のホームが『東小諸駅』 2両編成のキハ110系車両がぴったり収まるサイズです。狭いながらも待合室と自動券売機を備えています。

 

 利用者は発車時刻に合わせて家を出ますので、トイレなどは済ませてね。

 

 正直、車が無ければ生活が不便な地ですので利用者のほとんどが『高校生』です。

 

 頑張れ~。『高校生』 頑張れ~。『しなの鉄道』

 

天狗の麦飯

 

 流石に環境保護の場所を掘り返す訳にはいきませんので写真で。

 

 粒粒が地面の下に在るらしいのですが。

 

 

 写真提供が『嬬恋村』って此処じゃないんかい。

 

 で調べてみると(キーボードペチペチを調べると云うなら)

 

 絶滅危惧種、日本特有、富士火山帯、高度1000mなどかなり生育条件が限定されています。

 

 『北信五岳』の一つ『飯綱山』にも『天狗の麦飯』が自生しており、山の名前の語源が『飯砂』だったと云う説も在ります。

 

 食べてみたいな。(残念ながら採取禁止です)

 

 

 小諸駅から小海線に乗り、左の車窓からこの石碑が見えました。

 

 運転免許を取得してからは、滅多に『小諸駅』~『乙女駅』の小海線に乗る事が無くなりましたので実に40年振り?

 

 併走して『しなの鉄道』が走っていますけど、崖の上に在る為『小海線』からしか見えなかったと思います。

 

 『一本桜』が印象的でした。

 

 今年も確実に咲いているでしょうけど外出自粛。

 

 来年まで待っててね。

 

 

麦飯

 

 『十反舎一九』の『東海道中膝栗毛』を読んだのは小学校の時でしたか………。

 

 『鞠子の宿』で名物の『とろろ汁』を食べる挿絵があり、親にせがんだ覚えが在ります。

 

 『麦飯』を炊いてもらい『山芋のすりおろし』を掛けて食べる。

 

 子供が美味しいと思う味じゃぁ無いですよね。

 

 で『小諸』で『ムギメシ』

 

 『一膳めし』は『島崎藤村』の文献に出てきますし、メニューに『一膳めし』と書かれた有名なお店も在りました。

 

 法事ではお通夜の『枕膳』を意味しますが、小諸の『一膳めし』はご飯を大盛りにして提供した定食屋さんの事。

 

 と『島崎さん』が『千曲川スケッチ』で申しておりました。

 

 以前は小諸駅でも駅弁が売られていてその名も『藤村の一膳めし』

 

 我が駅『中込駅』でも駅弁販売していたんですよ。『高原のカツ弁当』

 

 今は売店も無くなっちゃいましたけど。

 

 

 ハイ。前振り長かったですね。『天狗の麦飯』です。

 

 いつもの様にご自身でググって調べてね。

 

 『国天然記念物』って言葉に弱いんです。

 

 

 ハイ、終了。だって掘ってみる事も出来ないんです。

 

 どうしますかねぇ。

 

 幸い辺りには誰も………ってそんな不謹慎な事しません。

 

 『天網恢恢疎にして漏らさず』 自分の行いを自分も見ています。

 

 

 そして貴方の行いを必ず誰かが見ています。

 

 今。新型コロナウイルス対策で、大変な思いをしながらも医療業務、介護業務に従事して下さっている方々。 

 

 有難うございます。本当にありがとう。

 

 絶対 covid19 に勝ちましょうね。

 

 一日TVの前にいるとつい感情的になっちゃって。

 

富士山

 

 唐突にタイトルが『富士山』です。

 

 話の流れは『真田の里』からの帰り道なのに………?

 

 ♬ 富~士は 日本一の山~。 『確かに』と思います。

 

 

 『単独峰』の持つ気高いまでの潔さ。

 

 裾野に向かって伸びる『黄金線』の美しさ。

 

 冠雪と山肌のバランス。

 

 刻々と変化する光と影。

 

 『赤富士』『富士のシルエット』

 

 『湖面に写る逆さ富士』

 

 流れる雲さえ『富士山』の為に在るかのよ様です。

 

 

 でも『我が郷土・佐久』からは富士山が見えないんです。

 

 (もしかもしたら見える所が在るのかも?知ってる方いましたら一報下さい。)

 

  『荒船山・物見岩』からも、国道141号沿いを南下しても『瑞牆山~飯盛山』の稜線が遮りますので『山梨県・北斗市』の『高根』辺りまで行かないと見えません。

 

 蓼科山、登山途中の佐久市最高地点も樹木に囲まれ眺望は在りません。

 

 『蓼科山・山頂』や『ビーナスライン』(白樺湖~霧ヶ峰)では随所で見られますし、『浅間連山』でも各所から拝めます。でも佐久市では無いんです。

 

 県下各地に『富士見』と名の付く所は在りますが『佐久市』には無かったと思います。

 

 

 小諸まで『サンライン』を走ってきて、『小諸インター』右折の交差点に『ロー〇ン小諸インター店』が在ります。

 

 運が良ければ。

 

 

 山頂部のみですけど『富士山』です。

 

 駐車場を使わせてもらうんですから『コーヒー』位は買いましょうね。

 

 で『富士山山頂』は『浅間神社』の敷地内に在ります。

 

 江戸時代の昔から『富士登山信仰』が盛んになり、山梨県側、静岡県側各所に『浅間神社・せんげんじんじゃ』が存在します。

 

 登山者は先ず『前宮(里宮)』で鳥居を潜り、禊をした後、登山を始めます。

 

 もっとも今は車で『五合目』まで一挙に登っちゃいますけど。

 

 実は十年近く前、富士山ぐらい登っとかなきゃと思い立ち、『富士スバルライン・五合目』から登り始めた事が在ります。

 

 ガンガンに飛ばした結果、途中で高山病になり途中リタイア。

 

 それ以来ウオーキングで足腰を慣らし、リベンジを狙ってます。

 

 でも先日、体重計に乗っかったら『100』の数字が見えてましたんで痩せなきゃ。

 

 富士山頂には『浅間神社・奥之院』の『お社』が在ります。

 

 日本の山は『山岳信仰』の神様の領域とされ、結構な数の山頂に『山頂標識』の他に『祠』が在ります。

 

 『お社』と『祠』の違い。 ズバリ大きさです。

 

 『お社』は鳥居を持った木造が多く、神殿造りの屋根を持ち、内部に『神様(像)』などがお祀りされている事が多いです。

 

 『祠』は小型の石造りが多く、扉の中に『神様(お札)』が収められている事が多いです。

 

 『富士山』や『立山・雄山』などは立派な『お社』が建っていて、登山シーズンなどは『神官さん』が山小屋に常駐している事も在ります。

 

 『祠』は至る所で見受けられ、中には『商売繁盛』を祈願して庭先やビルの屋上に持っている方もいます。

 

 ウチですか?残念ながら無いです。

 

 商売で儲かったら『うだつ』より『祠』ですね。

 

 『富士山』に向かって手を合わせ『儲かりますように』

 

 江戸時代、『冨士講』で登山した人々は、なんと『富士山頂火口』を『賽銭箱』にしていたそうです。

 

 残念ながら現在『立ち入り禁止』且つ『投げ込み禁止』

 

 マナーは守らなきゃね。

 

お社

 

 『拝殿』は一般にはお賽銭箱を備え、鈴がぶら下がり、参拝する場所です。

 

 順番としては①一礼 ②お賽銭 ③鈴 ④二礼二拍手一礼 ⑤一礼 (神格によっては四拍手)

 

 拝殿の奥には『お社』が在ります。

 

 『神職』や『皇族』の方は『お社』で礼拝する事が出来ます。

 

 普通一般人は、『伊勢神宮』や『出雲大社』などでは『拝殿』に入る事さえ出来ませんけど。

 

 

 『真田・皇大神社』では『お社』のすぐそばまで行くことが出来ます。

 

 でも神聖な場所ですので石段から中には入らない方が宜しいかと。

 

 ましてや扉に手を掛けるなど大間違い。『神罰』が下りますよ。

 

 神殿造りのお社の中には『御神体』がお祀りされている筈ですが、開けて覗き込む訳にもいきません。

 

 以前、地元の『氏神様』の『祭事係』を引き受けた事が在ります。

 

 その時『神事』の前に『お社』の掃除をした事が在ります。

 

 お社の扉を開けると『御簾』が下がり、一段高い所には『神器』の『鏡』、更に高い所に『御神体』の『お札』が祀られていました。

 

 師走の寒空の下、震えながら雑巾がけして『元旦祭』の準備をしたのを覚えています。

 

 誰でもが経験できる事ではありませんので、機会が在りましたら『祭事係』引き受けてみてはいかがでしょうか。

 

 そして『参拝』を終えたら清々しい気持ちになれる此処は、間違いなく『パワースポット』です。

 

 

 拝殿脇に聳えるような『松の木』が在ります。

 

 

 『真田信綱』の名前は余り聞いた事が無いかも知れません。

 

 『甲斐・武田』の家臣『真田幸隆』の長男として生まれ『真田の里』各所に『砦』を築き発展させましたが、長篠の戦いで若くして戦死、家督相続は三男の『真田昌幸』が引き継ぎました。

 

 『真田の里』を発展させた功労者として、『信綱寺』と云うお寺も在ります。

 

 『信綱』の奥さんが植えたとされていますが ん?

 

 『長篠の戦』は、『武田騎馬軍』VS『織田鉄砲隊』の1575年の事。

 

 弟の『昌輝』と共に戦死したのが『長篠の戦』とされていますので『奥さん・御北』が亡き夫をしのんで植えたとしても、当時の平均寿命を考えれば1625年頃まで。

 

 平成27年にこの看板が建てられた時点で、二百年  ”超え”  は間違いないですけど、ザックリ計算しても『四百年』ですよね?

 

 余計なツッコみするなと云われそうなのでこの辺で。

 

 『超パワースポット』ですもの不思議な事も起きますって。

 

皇大神社って何だ?

 

 ホントに便利な世の中で、知りたい事、疑問に思った事が出来たら即ググれる。

 

 入り口に在った鳥居を観て、あれ『古神道』?

 

 厳密な違いはウイキペディアに譲ります。

 

 簡単に言っちゃえば、

 

 日本古来から在った自然崇拝を『古神道』

 

 外来宗教の影響を受け『神仏混淆』が流行し『神道』と『仏教』が著しく混じり合っていく。

 

 そして明治政府の『神仏分離令』によ尚更複雑に成っていく。

 

 中には『実在した人』を神格化し、『お祀り』する神社も出てくる。

 

 学問の神様『菅原道真』をお祀りした『福岡・天満宮』

 

 『徳川家康』をお祀りした『日光・東照宮』

 

 面白いところでは『京都・伏見稲荷』は『稲荷神』を祀った『神社』

 

 『愛知・豊川稲荷』は『ウケノミタマノカミ』を祀った『妙厳寺』と云う曹洞州の『お寺』(二礼二拍手一礼は間違いです)

 

 あらら。話がまた横道に入って行く。

 

 このブログではよくある事ですので気にしないでね。

 

 

 『皇大神社拝殿』です。

 

 拝殿の屋根には『鰹木』と外削ぎの『千木』

 

 幕には『真田・六文銭』

 

 でも『真田』を神格化しているのかと思えばさにあらず。

 

 『皇大神社』って何だ? スマホで調べましたよ音声入力で。

 

 だって老眼なのにメガネ置いてきちゃったもん。

 

 

 『真田昌幸』が居館の荒廃を憂いて『皇大神社』を勧請した。

 

 『皇大神宮』と云えば『伊勢神宮』の事。

 

 自分の居た所に『伊勢神宮』を勧請しちゃったんですからやっぱり凄い感覚の人なんですね。

 

 で参拝後に拝殿の裏手に廻り込むと………次回です。

 

皇太神社

 

 『大門』から続く舗装路を歩くと西に向かってツツジの森が広がります。季節外れで咲いてはいませんけど。

 

 

 因みに訪れた日は2019/12/4です。

 

 後方に見える山には『砥石城・米山城』が在りました。

 

 

 質素な鳥居が在ります。

 

 『神明鳥居』とか『伊勢鳥居』と云われる Simple is vestの形です。

 

 『埼玉・三峰神社』の『三輪鳥居』とか、『山梨・新倉山神社』の『両部鳥居』とかも見応えありますけど。

 

 『伊勢神宮』とか『山梨・身曽岐神社』とかに見られるこの形が一番好きです。

 

 

 注連縄が在りますのでこちらが『手水舎?』

 

 蛇口は新しいですけど水は出ませんでした。

 

 冬季凍結防止で元栓閉められたかな。

 

 

 拝殿の手前に在ったのは『御手洗石』『手水鉢』の大きいやつと思っていいんでしょうけど、えらいアバウトな年代表記ですね。

 

 多分彫られた文字が判明しづらかったんだと思います。

 

 『みたらし団子』って在りますよね。正式にはこの字を使います。

 

 由来は………知らない方がいい事も在りますので。

 

 ちょっとした菓子屋のウンチクでした。

 

土塁

 

 恥ずかしながら、『土塁』と云うモノに全然興味無かったです。

 

 野球の『一塁手』とか『二塁審判』とかは聞きますけど『塁』?

 

 昨今『八村  塁』さんの名は耳にしますけど。

 

 調べましたよ、ペチペチ・ポチっとな。

 

 『塁』 るい。土を積んだ小城。とりで。 野球のベース。

 

 (なら『baseball』は『野球』じゃ無くて『塁球』でしょうが)

 

 『とりで』から連想するのは『西部劇』などで、『先住民』と戦う『騎兵隊』が駐屯する場所。

 

 もしくは『黒澤明監督』作品『隠し砦の三悪人』などで表現された山中に築かれた小さな城。

 

 『ぴんころ地蔵』近くに在る『伴野城址公園』もよくよく見れば『土塁』で囲まれ、更には『お堀』まで備えていました。

 

 で真田の『御屋敷公園』

 

 

 まぁ、こんもりと土が盛られているっちゃぁ盛られてますけど。

 

 こんなんで敵の侵入を防いだ?

 

 

 南側の『大門跡』です。

 

 舗装された道路が通されてますけど、石垣が残されています。

 

 って事はかなり埋めたな。だから『土塁』もこんもりした盛り土程度にしか感じなかったけど、実際はかなりの高さだった筈。

 

 明治政府が発令した『廃城令』にも困ったもんだ。

 

 

 『野面積み』の石垣ですがこの下はどの位埋められちゃってるんですかね。

 

 しかも保護の為に『土塁に登る事』は禁止されています。

 

 なら道路何か造っちゃダメじゃん。と思ったところで後の祭り。

 

 当時道路を計画した人は画期的とか思ったんだろうか。

 

 今現在、百年後の未来を危惧して地球温暖化と戦う少女がいる。

 

 資本主義の権化たる大国の『ジョーカー』にズバズバと食って掛かる。

 

 彼女こそ現代の『ジャンヌ・ダルク』なのかも知れない。

 

 『アリスの国』の『トランプ兵』にはなりたくない。

 

 下手なまとめ方になっちゃいました。次回です。

 

 

真田氏館

 

 県道4号線(旧菅平有料道路)を暫し下ると道路標識に大きく書かれています。

 

 『真田氏館跡』『真田氏歴史館』

 

 真田氏歴史館の駐車場に滑りこんで、先ずは『真田氏歴史館』

 

 開いてはいましたけど、閉館は四時。あと三十分しかない。

 

 勿論入りませんでした。だって全部見尽くさなきゃですもん。

 

 又の機会に見に来るさ。で歩いて並びに在る『真田氏館跡地』へ。

 

 

 こちら『真田氏館跡』は現在『御屋敷公園』として開放されており、勿論無料。尚且つ時間制限なし。

 

 只トイレ等は無いので『歴史館』で済ませてから歩き始めます。

 

 『上田城』が完成する前に住んでいた所で、『土塁』や『大門』更に、北側の沢との間は高低差があり攻めずらい形状を成しています。

 

 地方の豪族とは云え、容易に攻め込まれないように計算された構築です。

 

 

 出陣広場に在る『大石』です。

 

 真田の里には『真田の七つ石』と呼ばれた大きな石(岩だろ?)が在ったとされています。

 

 『甲石』『旗見石』『御座石』『立石』『的石』『米石』『茶袋石』

 

 で『甲石』と『旗見石』は県道4号線に見られますが残りはググってみても解りません。

 

 後方に見える『旗』は『マレット・ゴルフ』の『カップフラッグ』です。

 

 えっ『マレット・ゴルフ』知らない? たまには自分で調べなきゃ。

 

 富山県発祥のこのスポーツは長野県民愛好のスポーツで、各市町村で専用のコースが設置され、高齢者から幼児までが一緒に且つ手軽に出来るスポーツとして注目されています。

 

 『ぴんころ地蔵』の近くでは『中島公園』に18ホールの本格コースが設置され、誰でも気軽に利用できます。

 

 『玉屋商店』にも道具は在りますのでお貸しいたします。

 

 あらら。『マレット・ゴルフ』だけで終わっちゃいそうなので『お屋敷跡』は次回です。

 

おたっちう?

 

 ググってみても的を得ません。

 

 地元のお婆ちゃんに聞いてもその『謂れ』までは知りませんでした。

 

 

 真田の観光旗の下、『おたっちう松跡』(十輪寺大門)と在ります。

 

 此処に立ち並ぶ『夫婦地蔵』とかの事では無く、『お寺の大門』が在ったみたいです。

 

 案内に従い民家の脇の草叢を入っていくと

 

 

 人の踏み跡の無い竹藪の中にポツンと石碑が。

 

 人類未踏のジャングルを掻き分け、進んだ先で我々が目にした物、それは正しく!

 

 BGMは ♬ 行け、行~け、川〇浩~。と嘉〇達夫さんの歌がリフレイン。

 

 

 確かに『おたっちう松の碑』と刻まれています。

 

 裏に廻り込むと

 

 

 樹齢 およそ四百年 高さ10.4m 幹回り4.8m

 

 松葉の欝蒼と茂る枝は道しるべにもなっていた。

 

 大正十四年には枯れちゃったけど 大正十五年十林寺(十輪寺)に青年会によって石碑が建立された。

 

 (いつもの言い訳ですけど、間違ってたらスミマセン。)

 

 『十輪寺』は『真田屋敷』の完成時にその敷地内に移築されたそうです。

 

 Perhaps maybe 『おたっちう』=『おっ立っていた』=『聳え立っていた』 

 

 敬意を込めて『聳え立っていた松の大木』を『おたっちう松』と呼んでいた。と勝手にまとめちゃいました。

 

 固有名詞だったらどうしよう。

 

 

おたっちう跡

 

 山頂から降りかけようとすると地形図が設置されていました。

 『おたっちう⁈』

 

 

 初めて聞く言葉です。おそらく今は使われていない方言ですかね。

 

 勿論行くに決まってますです。

 

 移動することモノの3分。

 

 

 集落の一角に旗が立っていました。

 

 『縁切り地蔵尊』 ピンときましたネ。

 

 『おたち』=『お断ち』 

 

 

 消防小屋・集会場の更に奥に『お地蔵様』が立っています。

 

 しかも近寄ってみると

 

 

 錆びた『ハサミ』の数々が奉納されています。

 

 『糸切り鋏』『裁ち鋏』『文房具』や『キッチン鋏』まで多種多様です。

 

 多分『切る』『断つ』の意味合いから『縁切り』に繋がったんでしょう。

 

 と独り合点していると、後ろで物音がしました。

 

 第一村人発見です。(テレビっ子か)

 

 畑仕事に行くらしきお婆ちゃんです。

 

 「おたっちうってどういう意味ですか」と聞くとカンラカラと笑いながら

 「これは『縁切り地蔵』 おたっちうとは違う。」

 

 「『おたっちう』って何ですか?」

 

 「知らん」

 

 「どこにあるんですか」

 

 「道つたいに登っていけば旗が在るから、そこ入れば在る」

 

 で又移動すること3分。

 

 果たしてそこで目にした物とは………次回です。

 

真田の里

 

 「タイトル上の期日表記が何とかならないかい」と云われましても私にはどうすることも出来ません。悪しからず。

 

 因みに今日書いている『真田」の里』を訪れたのは2019/12/4の出来事です。

 

 COVID19対策の為、なかなか外出出来ない今日この頃です。

 

 

 実は『真田昌幸(真田丸では草刈正雄さんの役所)』は北関東の戦略拠点『沼田城』も領地に所有しています。

 

 『上田』から『沼田』までの広大な領地を治めなければならなくなります。

 

 『上田城』から『真田』を抜け『鳥居峠』『嬬恋』から『吾妻川』沿いに幾つも『山城』を設け、『沼田城』まで。

 

 『上田城』と『沼田城』以外はホント全~部が山の上なんです。

 

 唯一なだらかな丘の上に在るのが『真田本城跡』車から降りて10分です。

 

 

 石塔に彫られたのは『剣』でしようか

 

 

 この辺りはストリートビューでも確認できます。

 

 眼下に真田の町並みを見下ろします。

 

 そろそろ次行こうかな。

 

七言絶句

 

 中学の古典授業以来だから間違ってたらスミマセン。

 

 漢詩の中で『七文字四行詩』の事を『七言絶句』と習ったと思います。

 

 他には『五言』や『律詩』なんかも在りましたね。

 

 四行は『起承転結』を表しているとか。

 

 

 読み方は左隅に『アンチョコ』が在りますんでそちらにお任せします。

 

 

 いや読んでもよく解らなかったりして。

 

 幾つもの山に自陣が張られている。

 その陣に沢山の兵が配備されている。

 今朝遠くまで見渡たしても自軍の旗は無く。

 天下統一を夢見ていたのはこの城跡での事であろうか。

 

 訳=こーちゃん。電話での苦情指摘は一切受け付けません。

メールでこっそりしてね)

 

 『新田大作』さんググりました。漢詩の第一人者なんですね。

 

 下手な訳が怒られそう。

 

 でも此処『真田本城跡』は『国破れて山河在り 城春にして雑木深し』では無く、実に清々しい感じの場所です。

 

 

 でも文末 『………推察される』って史実じゃ無いんかい?

 

お城?

 

 『城』って云うと、『水堀』があったり『石垣』があったりして、天守閣から城下を見下ろす。例えば『江戸城』『姫路城』

 

 山頂などの高低差を利用した『山城』 足軽が駆け上れない。例えば『春日山城』

 

 河川、沼地を利用して人馬などの侵入を拒む『浮き城』 例えば『忍城』

 

 此処『真田氏本城』は『山城』

 

 

 どころか上の図の城は全~部山頂にある。

 

 籠城の時、水はどうしたんだろうと要らぬ心配してしまう。

 

 『上杉謙信』の『春日山城』はナント山頂に在りながら、水の枯れない『井戸』があるから不思議。

 

 『砥石・米山城』なんて

 

 

 オフロード用バイクブーツ(靴底はツルツル)を履いていったんで、山道で滑って途中リタイアしました。なめてましたスミマセン。

 

 『城』に行く度に登山してたんじゃ身体が持たないと思ったのか、一時真田配下にあった『小諸城』は、城下町?(城上町とは言わないよなぁ)より低い位置にある『穴城』です。

 

 河岸段丘を上手く取り入れ『空堀』とし、断崖絶壁が城を守りました。

 

 でも『小諸城』跡地の『懐古園・動物園』から『屋久鹿・ヤクシカ』が脱走したのは記憶に新しいところです。

 

 

 いや~気持ちいいです。新緑や花の頃ならもっと気持ちいいかも。

 

 今度来る時はおにぎり持参が正解ですね。

 

真田氏本城跡

 

 このブログを書いている今日、総理大臣による『7都道府県緊急事態宣言』が発令されます。

 

 新型コロナウィルスに勝つ為に全世界が一つになる時です。

 

 そして新型コロナウィルスに打ち勝った時、ラクビーでもオリンピックでも得る事の出来なかった『人類の勝利』を手に入れましょう。

 

 『One for all = All for one』

 

 ここ数日、家から出歩かないようにしていますけど精神的に苦痛です。

 

 だって朝から仕事しても家から一歩も出てない………アウトドア派のこーちゃん、インドアで一日過ごすだけでも体調がおかしくなっちゃう。

 

 全世界で我慢しているから仕方ないのかな。

 

 バイクで山の中走ってきちゃダメ?

 

 

 因みにこの章は2019/12の出来事です。

 

 県道4号線『旧菅平有料道路』を下ってくると小さな交差点に小さな看板が立っていました。

 

 『真田氏本城跡』 行くっきゃないでしょ。

 

 で細い道を進み、民家の間を抜け駐車場に到着。

 

 『〇〇城跡地』とかって看板だけで何じゃこりゃの荒れ地だったりする事が多いんですけど、ここはしっかり舗装した駐車場、トイレ、水道が在り、駐車場からの眺めもなかなかのモノ。

 

 因みに先客0でしたけど。

 

 

 整備され歩きやすい歩道を進みます。

 

 桜の木が在ります。咲いたらきれいなんだろうな。

 

 しばらく進むと

 

 

 歩道の脇に一本の樹。言葉がでません。

 

 映画『吉原炎上』のワンシーン、ある花魁が発狂し吐血して死んでいく場面で主人公役の『名取裕子』さんの一言

 

 『あんた。今までどんな目に遭ってきたのよ』

 

 ふとそんな言葉が脳裏をよぎりました。

 

六文銭

 

 真田家家紋はご存じ『六文銭』 三途の川の渡し賃が六文である事に由来しているそうです。

 

 この『真田・長谷寺』も家紋が在り、当然ながら『六文銭』です。

 

 長野県・東信地区にあるあ寺は、戦乱期の武将庇護の元に、武田家家紋『武田菱』なども見受けられます。

 

 そして墓参する方も心得ていて

 

 

 六文銭が造られています。(左の方は穴あき銭が足りなかったのね)

 

 TVドラマ『大岡越前』によりますと、江戸時代後期、屋台のかけそば一杯は十六文(二八蕎麦) 現在¥500程度と換算すると 1文≒¥30

 

 ¥180ならバス料金や、JRと比べても妥当かも。

 

 『矢切の渡し』も今や¥200になったもんね。

 

 ついでに日本一短い船旅の『尾道=向島』は¥100。

 

 以上余談でした。

 

 

 道は更に奥へと続き、奥之院があるみたいです。

 

 静かな林の中を歩いていると。

 

 

 害獣駆除だとは思うんですけど、『落とし戸』が落ちてますよね。

 

 天井部分は開いちゃってるし。

 

 侵入除けの金網が張り巡らされていますんで、『君子危うきに近寄らず』

 

 『長谷寺』今回はここまで。

 

真田家御廟

 

 この『真田・長谷寺』の裏山には『真田一族』の御廟が在ります。

 

 と云っても『真田昌幸』とその『両親』のお墓ですが。

 

 『真田幸村』は『大阪・夏の陣』の戦いにおいて敗れ自害したとか、首を討ちとられは死んだのは影武者の一人で、生き延びて頼った先の秋田県・大館で終焉を迎えたとか諸説あります。

 

 大河ドラマ『真田丸』のラストでも大勢の影武者が登場しますが、後に『池波正太郎』さんの記『真田太平記』で有名になった『真田忍者』が扮したともいわれています。

 

 『真田忍者』 誰もが知っている『猿飛佐助』や『霧隠才蔵』や『三好青海入道』(他七人)ら精鋭は『真田十勇士』と呼ばれています。

 

 上田駅周辺に『十勇士の像』が点在していますので探してみてください。

 

 

 お寺の本堂を廻り込み、暫く杉木立の中を歩くと開けた一角にそれは在ります。

 

 

 この石柱から奥が『真田家御廟』

 

 ためらいましたけどお墓参りさせて頂きます。

 

 だってこの先、明らかに凛とした空気が張り詰めています。

 

 

 中央が真田の開祖『真田幸隆』(幸隆は通り名であり本名は『幸綱』戒名が『一徳』(よくわからん)向かって左がその正室(奥さん)。

 

 向かって右が『真田昌幸』 戒名は『一翁千雪』(TV『真田丸』では『草刈正雄』さんが演じました)

 

 残念ながら昌幸・長男の『信之』(『真田丸』では『大泉洋』さんが演じました)は、松代の地に『長谷寺』を建立し、そこに御廟が在ります。

 

 そして次男の『幸村』(『真田丸』では『堺雅人』さんが演じました)に関しては諸説あり、秋田県・大館にお墓があるとされています。

 

 でも『真田信繁』(幼名・源次郎 役職名・左衛門左 通り名・幸村)は生涯自分の書面に『幸村』の文字を使わなかったそうです。

 

 まぁ家督相続は色々難しい事もありまして。

 

 実は上の写真をUPしようとしたところ、ブログ容量不足でUPできませんでした。

 

 容量を稼ぐ為、過去の古いブログを削除しようと遡ったところ、なんと『久能山・東照宮』の『徳川家康・御廟』 因縁を感じつつも削除しましたけど。

 

 只の偶然ですよね? いやそれとも………。

 

花まつり

 

 因みに『真田・長谷寺』を訪れたのは、2019・12・初旬の事です。

 

 暖冬の影響で雪も無く、穏やかな日差しの中を散策しました。

 

 

 引き戸を開け中に入って拝観できます。

 

 以前ニュース報道されました。とある寺院で女性が参拝するふりして本堂の中に入り、誰も見ていない事をいい事に『賽銭泥棒』を働いていていたが、不審に思った住職がやむを得ず『防犯カメラ』を設置し犯行が発覚。逮捕に至った。

 

 誰も見ていないんじゃなくて『仏様』が観ています。

 

 『天網恢恢 疎にして漏らさず』『悪事の栄えたためし無し』

 

 

 正月を迎えるべく『大掃除』や『畳替え』が済んだばかりなのか、イグサの良い香りが漂っています。

 

 

 須弥壇の中には『釈迦牟尼仏座禅像』

 

 残念ながら明治時代、火災により本堂・御本尊他全てを焼失してしまい、その後再建されたものです。

 

 ズームを掛けて気が付いたのが傍らに佇む小さな立像。

 

 『天上天下唯我独尊』を表している『誕生仏』ですかね。

 

 まもなく4月8日。お釈迦様が生まれた日とされています。花で飾られた『灌仏盆』に『誕生仏』を飾り、甘茶を掛ける『灌仏会』(花まつり)があります。(旧暦の4月8日であり、現在は月遅れとする地域・寺院も在ります。)

 

 その時の『仏様』が確かこの形をしていたと思います。(違ってたらすみません)

 

 子供の頃、『甘茶』はどれ位甘いのか疑問を持ち、ゴクゴク飲んでたら、頭を引っ叩かれた思い出があります。

 

 『花まつり』と聞くと『ウニャ・ラモス』の『ケーナ』の響きが思い出されるのは私だけ?

 

藁馬

 

 『妻籠宿』などの『旧宿場町』でお土産としてよく見かけますね。

 

 確か家にも誰かが買ってきた『藁馬』が在ったような。

 

 でも此処『真田・長谷寺』一味も二味も違います。

 

 その衝撃たるや。

 

 

 ぱっと見、余り違和感ない風景でしたけど、近づく程「何じゃこりゃ~」

 

 だってその巨大さ!

 

 

 まるで『ラオウ』の跨る『黒王号』 (すいませんパチンコからです)

 

 まるで『前田慶次』の跨る『松風』 (すいませんパチンコからです)

 

 『妻籠宿』にも巨大な藁馬が飾られていましたけど、大きさは多分こちらが大きいかと思います。

 

 しかも雨で膨張したのか、製造時の写真より一回り大きくなってるし。

 

 『奉納絵馬』は通常サイズですのでその高さたるや3mはあるかと。

 

 

 佐久にも『藁』にまつわる面白いモノが在ります。

 

 一つは『十日夜(とおかんや)の藁鉄砲』 

 

 旧暦十月十日、藁で作った棍棒状の『藁筒』で地面を叩き、『モグラ』や『害虫』を追い出すという儀式で、『中佐都』や『御代田・小田井』地域で継承されています。

 

 そして『御代田の藁馬引き』

 

 台車に乗せた『藁馬』を子供達が引いて町内を廻る道祖神祭り。

 

 こちらも旧暦十月十日。

 

 記憶に残るのは、『長野オリンピックの閉会式』に登場した、かなり不気味な顔の『芦ノ尻道祖神』 

 

 実際は大きな石塔に『注連縄』などをグルグル巻いて『顔』を表現したけど、『ナマハゲ』的な迫力が在ります。

 

 そして『藁人形』………は見なかった事に。

 

真田・長谷寺

 

 『お城』は通常防御の意味合いから、通路が直角に曲がる『枡形』と呼ばれるスペースが在ります。

 

 一方向から攻めてくる敵に対して、三方向から攻撃を加えられる様にする為の物です。

 

 そして『禅宗』のお寺にもこの『枡形』はよく見られます。

 

 

 軍事的意味合いがある訳で無いので、『石垣』等も低くなってます。

 

 

 枝ぶりの良い大きな『老松』が参道に日陰を造ってくれます。

 

 建立された四百七十年も昔から、真田の人はこの石段を上り下りしたんでしょうね

 

 

 面白い形の『山門』がです。何かしらの意味合いがあるんでしょうけど分かりません。

 

 よく見ると、アーチ形の上部には『六文銭』が彫られています。

 

 参道の樹木は手入れが施され、『つつじ』(サツキかも)の刈込も見事です。

 

 アーチ型の山門で一礼して。

 

 目に飛び込んできた物を見て驚きました。 

 

 いいところで ………残念、次回です。って『神田〇之丞』か!

 

長谷寺

 

 日本各地に『長谷寺』が在ります。

 

 『はせでら』又は『ちょうこくじ』と読み方は変わりますが。

 

 有名どころは発祥の『奈良・長谷寺』、『日本一大きな木像十一面観世音菩薩』の『鎌倉長谷寺』

 

 県下でも『篠ノ井』『白馬』『長野』『真田』とググってみると至る所に『長谷寺』は存在します。日本各地その数およそに240。

 

 で『真田・長谷寺(ちょうこくじ)』 『真田』と云えば『六文銭の真田一族』

 

 元々は地方の『豪族』であった『真田家』がこの地において居城(大名でなかったので館)を構え、戦国時代の混沌の中『上田城の戦い』において『徳川軍』を敗北に追い込み、『大阪の陣』において親兄弟でありながら『西軍』と『東軍』に分かれ、結果『次男・幸村』は自害するが、東軍に着いた『長男・信之』は徳川家より『群馬県沼田~上田』までの広大な領地を拝し大名となった。『真田丸』を見るもよし。詳しくはウイキペディア。

 

 

 真田の里、位置関係はこんな感じ。

 

 立ち寄り入浴施設の『真田の湯』なんかもいい温泉です。

 

 さて『真田・長谷寺』 県道4号から細い道を上ります。

 

 『風屋とうふ店』(帰りに寄って行こ)の前を抜け、駐車場へたどり着きます。

 

 

 『曹洞宗』と云えば

 

 

 『葷酒を禁ずる』は分かりますが、『萬霊等』って?

 

 『南無阿弥陀仏』は仏陀の言葉とされていますから、どこの宗派でも使用可らしいです。(厳密には『浄土宗』と『浄土真宗』が主ですかね)

 

 では参道を上りますか。

 

水位

 

 基本『ダムの満水位』は初夏の雪解けや、台風など降雨量の多い時期を想定しているらしい。

 

 冬が一番低い水位になるそうだが果たして『菅平ダム』やいかに。

 

 

 かなり少ないです。しかも濁っているし。

 

 たまにニュース等で目にする『湖底から転落したであろう車が発見されました』とか『ダム湖に沈んだ村の一部が確認できます』とかはどうやら無縁みたいですね。

 

 写真の右上の橋の右辺りに『赤い五〇丸さん』が立ってます。

 

 さらにその奥には『射撃場』

 

 といっても『グアム島』なんかで体験できる『ハンドガン』の射撃場じゃ無くて、『クレー射撃』の練習場です。

 

 実は『佐久市』や『軽井沢』にもあるんですよ。

 

 ペダルを踏むと、左右から『クレー(素焼きのフリスビー)』が飛び出し、散弾銃で撃って破壊する。ただそれだけなんですけど、観てて何か興奮するんです。

 

 

 湖面が凍結するでもなく、水鳥もいない。

 

 管轄は中部電力なんでしょうけど、もっとダムを観光資源にすればいいのにね。

 

 『ボート』や『カヌー』なんかの練習場にするとか、『釣りボート』の搬入口を設置するとか。大体何処でも『立ち入り禁止』なんだもん。

 

 

 流れ落ちる水を撮りたいと脇道を歩きましたが例の看板『熊注意』

 

 『これ以上行くなよ』って事ですね。

 

菅平ダム

 

 『上田』方面から国道144号線を上り、『菅平口』交差点で国道406号線へ。

 

 『菅平有料道路』と呼ばれていた時代には『トンネル』なども在ったが、現在は道幅も広くなり、きつかった『ヘアピンカーブ』などもRがかなり緩和されてバイクで走ると実に気持良い

 

 一か所だけ残る『一日中陽の当たらないヘアピンカーブ』を抜けると緩やかな登りの直線になる。

 

 突如、右手の谷あいに聳えるダムが、目に飛び込んでくる。

 

 ダムの上を渡って。

 

 この日はダムの管理事務所に車が停まっていたので寄ってみる事に。

 

 目的はズバリ『ダムカード』

 

 今まで何度もここは通っているのだが、普段人の気配を感じないから寄ったことは無かった。

 

 

 事務所入り口で呼び鈴を鳴らし待つ事暫し。

 

 二階から降りてきた人は『下駄箱の中』から二枚のカードを取り出した。

 

 無人の事務所でよくあるのは、テーブルの上に数枚のカードが並べられていて『おひとり様一枚ずつお取り下さい。』と書かれている。

 

 しかし昨今、質の悪い『転売屋』のお陰で、このシステムは成り立たないらしい。

 

 代わりにダムの事務所ドアに書かれているのは、配布場所になる、最寄りの自治体などの『事務所案内地図』。

 

 村役場が多かったり、観光案内所だったり。

 

 そこもやはり勤務時間の制限があるから入手するのが難しい場合もある。

 

 『夜討ち朝駆け』を得意とするバイクツーリングでは結構悔しい思いもしました。

 

 まぁ、『コレクター』とは縁遠いんですけど、呉れるなら素直に貰います。

 

 いざとなったらネットで………って、『転売屋』みたいな事しちゃダメ!

 

 『恥を知れ』と云う言葉は死語になってしまったんですかね。

 

 

ルーティーン

 

 菅平から国道406号線を下ってくると『唐沢の滝』が在ります。

 

 ここは何度も紹介しているので写真だけ。

 

 

 更に下って『菅平湖』が見えてくると駐車場が在ります。

 

 只の空き地なんですけど、看板が設置されていました。

 

 

 ユー〇ャン発表の『流行語大賞2019』では『ワンチーム』が年間大賞に認定されたのは記憶に新しい処。

 

 『ONE FOR ALL  ALL FOR ONE』は前回の『ラクビー・ワールドカップ』の時で、対『南アフリカ』戦で勝利した5年も前の事なんですね。

 

 

 そして今回の『ラクビー・ワールドカップ』残念ながら『五郎丸選手』は選抜から外れ、その活躍は見る事が出来ませんでしたけど、社会人ラクビーでその姿を見る事が出来ます。

 

 

 一世を風靡したこの『ルーティーン・ポーズ』

 

 初めて見た時はふざけてるの?何て思っちゃいました。スミマセン。

 

 現在もチーム『ヤマハ発動機』で現役活躍中です。

 

 見たい人は   youtube.

 

 そして今、絶対に世界が勝たなければいけない戦いがある。

 

 VS COVID-19  新型コロナウィルス。

 

 『一人は皆の為、皆は一人の為』『ワンチーム』となって感染防止に努めたい。

 

 負けないぞ~。 負けるなよ~。

 

 

菅平と云えば

 

 高校のスキー教室で合宿したり、夏、高原野菜の農家で泊りがけでアルバイトしたり。色々と思い出深い地です。

 

 そして昨今のブームと云えば。

 

 

 逆光だったね。反対側に回って。

 

 

 『ラグビー・タウン 菅平』

 

 至る所に、緑の芝生鮮やかなグラウンドが在り、大学生・社会人が猛練習をしている。

 

 

 観光案内所を兼ねた『菅平観光協会』壁面には『桜ジャージ』のあのマーク。

 

 日本代表の選手もこの地で『オフロード・パス』なんかの練習していたのかも。

 

 ただ唯一公共交通機関がバスしかなくてチョット不便です。

 

 マイカー時代、バスで来る人も少ないか。

 

アオナシ

 

 スキーしたいな。でもこけたら仕事に差し支えるし。

 

 などとぼんやりスキー場になる前の斜面を見てました。

 

 

 草原の中、すっくと聳える一本の木。

 

 大木という訳でもないけれど、何だか気になりました。

 

 これ程大きくなるって事はずいぶん昔から在ったんだろうけど、気付かなかった。

 

 そうか、スキーシーズン、根本は雪で覆われるんですね。

 

 

 落っこっちゃってるんですけど。

 

 にしても『アオナシ?』

 

 初めて聞く名前だなぁ。

 

 

 石を割り広げながらも逞しく根を伸ばす。

 

 ここでハタと気が付きました。

 

 『ナシ』=『梨』 『赤梨』に対する『青梨』

 

 『幸水』や『豊水』などザラザラした赤い肌の梨が『アカナシ』

 

 『二十世紀』などツルっとした青い肌の梨が『アオナシ』

 

 なら看板には『青梨』と書いてくれれば良いのにね。

 

 秋、旬を迎える『梨』 そういえば去年は『ガリ〇リ君・梨味』しか食べてないな。

 

ダボス

 

 『菅平ダボス』は小さい頃にスキーを覚えた場所。

 

 親戚のおじさんがリフト管理会社にいて、『顔パス』で『リフト乗り放題』&『レンタルスキー無料』とくれば行くっきゃないでしょ。

 

 『菅平ダボス』はスイスの『ダボス地方の草原』に似ている事からつけられたらしい。

 

 行った事無いけど、小さい頃TVアニメの『アルプスの少女ハイジ』は毎回観てました。(カル〇スさん提供ありがとうね。しっかし『宮崎駿さん』と『高畑勲さん』両巨頭が携わっていたんですね。)

 

 

 スキーコースはなだらかで初心者向き。

 

 頂上付近には『ダボスの塔』があり、所有はなんと『スイス政府』

 

 つまりは『大使館』などと同じ外国?治外法権?

 

 いや、昔中に入ったけどなぁ。詳しくは調べてね。

 

 因みに『ダボスの塔』写真は無いです。

 

 この丘の上まで登りたかぁ無いわい。

 

 いや~丘を駆け上る『ハイジ』や『ペーター』が羨ましい。

 

 『大型ファン』の機械 は『スノーマシン』

 

 『ノズル』で水を霧状に噴出し、ファンで降雪させる仕組み。

 

 この分野では、佐久市の企業が世界シェアナンバーワンです! エヘン。

 

 でも『スイス』の山育ちの女の子をドイツの『フランクフルト』まで連れて行って幽閉するなんて、今なら立派な犯罪ですよ。『ゼーゼマン』さん。

 

 一緒に例のCMに出てる『オンジ』は人の名前では無く、『おじさん』みたいな意味らしいです。

 

 因みに『ハイジ』の本名は『アーデルハイド』

 

 だったよね『ロッテンマイヤー』さん?

 

ポニー

 

 『菅平牧場』から引き返し、『ダボス』まで下ってきました。

 

 

 12月初頭、暖冬で雪も無く、スキーに訪れる人もいません。

 

 ホテルの駐車場の一角に設えられた鉄柵の中、寂しそうな目をしている『ポニー』がいました。

 

 かまってくれる観光客もいなくて、ジッとただ立ち尽くしている。

 

 目が合っちゃったから行きましたよ。

 

 

 今年生まれたんですかね。足の長さが何ともキュート。

 

 柵には『餌箱』が掛けて在り、『ニンジン・スティック』¥200。

 

 飲みに行ったスナックで、頼んでもいないのに出てきた『野菜スティック』¥1000に比べれば安い安い。

 

 箱の中の『ニンジン・スティック』はかなり乾いて萎れていましたけど。

 

 ♬ ただ 風の中に佇んで 君はやがて 大人になった

 

   ただ 風に涙を預けて 君は女に なっていった

 

 (by チューリップ・青春の影)意味深だなぁ。

 

 そういえば学生時代、『ポニーテール』の女の子に憧れたっけ。

 

 道向かいには『菅平ダボス』が広がっています。

 

 シーズン前点検なのか『リフト』が動き出しました。

 

 ワイヤーに懸架式のリフトを固定しているようです。

 

 行ってみよう。

 

四阿山

 

 『四阿山』この漢字読めますか? 正解は後ほど。

 

 菅平高原から東側に見える『日本百名山』の一つです。

 

 群馬県側では『吾妻山』と書いて『あずまやま』又は『あがつまやま』とも呼ばれています。

 

 同じ山なのに呼び方が変わるなんて。あんまり他では聞かないですね。

 

 『富士山』に似ているから『〇〇富士』とかの俗称はありますけど。

 

 

 バイク免許取りたての頃、トライアルバイクで菅平高原の山中を走っていて、四阿山のすぐ麓まで行った覚えがあります。

 

 舗装路が砂利道になり、やがて獣道?を走ったような。

 

 記憶をたどって山道へ。

 

 

 雪の残る『白樺林』を駆け抜けていくと

 

 

 ハイ、終了。

 

 一般車両は進入禁止ですと。

 

 特別許可はどこで貰うの? とブツブツ言いながらUターン。(大人ですから)

 

 

 冬のスキーシーズン、 ダボス=根子岳間をヘリコプターでひとっ飛びして、山頂から林間コースを下ってくる『ヘリコプター・スキー』のコースがあるんですけど、夏場そこをバイクで走れた気がします。

 

 気のせいだったかなぁ。

 

 

 こんな素敵な名前の『ペンション』が建ち並ぶ場所です。

 

 自然を荒らさないようにしないとね。

 

 真ん中の写真にルビふってありましたね。

 

 『あずまやさん』が正解です。

 

 『あずま』と『あづま』 ググりましたが違いがよくわかりません。

 

 お~い『東君』 パスポートのヘボン式表記は『AZUMA』『ADUMA』

 

 こっそり教えてね。

 

自動販売機

 

 『所〇ョージ』さんMCのTV番組で、色々な自動販売機を紹介するコーナーがあります。

 

 日本一大きな『氷』の自販機とか、『パンスト』『すっぽんスープ』鮎の友釣り用『おとり鮎』なんて物まで紹介していました。

 

 昨年12月初頭、所要の為『須坂市』まで出かけました。

 

 立ち寄り入浴施設『湯っくランド』のすぐ近くで見かけた自販機。

 

 それが

 

 

 10ℓ=10円 で販売される『温泉』です。

 

 一般家庭の浴槽が200ℓとして¥200。やっぱり安いよね。

 

 でもどうやって運ぶの?

 

 たまたまこの前を通りかかった時、荷台に農業用の大きな黄色いポリタンクを載せた軽トラックが停まっていました。

 

 ホースがタンクの上部注ぎ口まで伸びてました。

 

 でもどうやってお風呂に入れ替えるかは謎?

 

 きっと『大型水中ポンプ』でも持ってるんでしょう。

 

 うちの風呂場は2階にあるから、もし運んだとしても2階まで上げるのが大変そう。

 

 やっぱり『温泉施設』で入ったほうがいいや。

 

 

 ってよく見れば『自動販売』になって無いじゃん。

 

 すみません。タイトルを『温泉販売機』に変更します。

 

長浜

 

 ひょっとしたらご先祖様に通じるかも(※あくまで個人の感想です)の『石田三成』出世の地を訪れ、長浜駅前で銅像の写真を撮ったのが前回。

 

 『玉屋』のご先祖様は、明治時代の戸籍法の発令まで遡りますと、『新潟・上越高田』の出身である事がわかりました。

 

 『杜氏』として『佐久』の地に赴き、いい出会いがあったのか、『佐久の水』が合ったのかそのまま居ついちゃいました。

 

 戦国時代、『直江景次』の領地の港(津)が在ったから『直江津』

 

 ひょっとして『上杉謙信』や『前田慶次』に縁があるかもですよ。(※あくまで個人の感想です)

 

 『長浜』まで来たら〆はあそこしかないです。

 

 『天下統一』を果たした『豊臣秀吉』の出発点ともいえる『長浜城』

 

 城跡は現在『博物館』や『テニスコート』『国民宿舎』などを備えた広大な総合公園になっていました。

 

 

 無料の駐車場に車を停め、広~い園内を歩いて噴水まで来た時、遠足なのか保育園児の大群がキィーキィーギャーギャー走り回ってました。

 

 こりゃゆっくり観てられん。お城の写真だけ撮影してそそくさと車に戻りました。

 

 11月26/27/28の2泊3日。

 

 京都『伏見稲荷』『清水寺』大阪『箕面大滝』神戸『有馬温泉』『掬星台』丹波『保津川下り』比叡山『延暦寺』琵琶湖『浮御堂』長浜『豊公園』 詰め込みすぎて見落とし、見残し多々が残念。

 

 さて又バリバリ仕事してお金貯めなきゃ。

 

 

 

三成

 

 おなか一杯(いや苦しい)で次に向かったのが『長浜駅』

 

 長浜駅前にあの人の銅像が有るらしいのですが。

 

 道路案内看板に従い駅に向かうもなぜかさびれた感じで、それらしきものは見当たらない。

 

 暇そうなタクシーの運転手さんに聞きました。

 

 反対側でした。

 

 

 この地は『石田三成』出生の地です。

 

 長浜村の石田地区に生まれた三成=『石田三成』

 

 小さい頃からその才能が広く知れ渡り、『羽柴秀吉』が鷹狩りで近くを訪れた際に『お茶』を所望した折、その奇知に触れ、後家臣に迎えた逸話『三献の茶』に詳しく書かれています。

 

 

 日本各地に存在する『石田』と着く地名の多くは『石田三成』に由来するものが多いと、某マスコットが『ハンコ』のTV番組で放送してました。

 

 埼玉県行田市にある『石田堤』は『忍城』水攻めの為に『石田三成』が造らせた堤です。

 

 利根川の水を引き込んで『お城』そのものを水没させるなんてまさに『鬼才』のなせる技。

 

 でも作戦は失敗するんですけどね。

 

 ここら辺は映画『のぼうの城』に詳しいですので興味ある方観てください。

 

 

 ひょっとしてご先祖様に通ずるかも?でよってみました。

 

 『大一大万大吉』の旗印。ステッカーですけど買っちゃいました。

 

びわこ食堂

 

 こちらもカミングアウトする某TV番組からの情報です。

 

 琵琶湖東岸に行く際はスマホの地図画面に『寄ってみる店登録』してありました。

 

 到着時間は午後1時半。それでも駐車場には十台ほどの自動車と、更に大型バスも停まっています。

 

 驚いた!個人の食堂で、大型バス専用駐車スペースが数台分あるんです。

 

 広い店内に入ると、おばさんが「好きなところに座って」

 

 ここのお店、ズバリお目当ては『とり野菜鍋』

 

 しかし待てどもおばさんが注文取りに来ない。

 

 愛想悪いなぁ?と感じづつも何とかオーダーして待つことしばし。

 

 

 運ばれてきた鍋がこれ。写真は許可を得ています。

 

 この白菜の山! 下に隠れて鶏肉。味付けは味噌です。

 

 これをおかずに『うどん』を頼むらしいんですけど。

 

 さっき『パン』2個食べちゃった!

 

サラダパン

 

 『彦根城』を後にして、滋賀県道2号線・通称『さざ波街道』を北上します。

 

 左側は琵琶湖。故に信号や交差点も少なく、車は流れに乗って快調!

 

 途中の道の駅『近江・母の里』で売店に立ち寄るも、お目当てのものは無かった。あれ?

 

 TVでは、長浜近郊の道の駅やスーパーで簡単に手に入ると云っていた『サラダパン』、無ければ尚更手に入れたくなるから不思議なものだ。

 

 道の駅駐車場で『サラダパン』を検索すると『つるやパン店木之元本店』と出てきた。

 

 早速、電話番号をカーナビに入力して道案内開始。

 

 

 昭和チックな商店街の一角に、何ともケバイ(失礼)色使いの幟を発見。

 

 駐車場も無いようなので、道路の片隅に停めて、急いで買い物をする。

 

 『サラダパン』 サンドイッチなら『ポテトサラダ』とか、『レタス&トマト』を連想するだろうけど、こちらの名物パンの中身は『刻みタクアン&マヨネーズクリーム』

 

 大き目のコッペパンに切り込みを入れ、クリームを塗った上に刻んだタクアンが散らしてあるというもの。

 

 『スマイルパン』 他の店では『ジャリパン』とか『ケーキパン』とか呼ばれる、真っ白になるまでホイップした『バタークリーム』に砂糖を混ぜたもの。袋に印刷されているのは確かにスマイル。

 

 食べると砂糖で『ジャリジャリ』するから『ジャリパン』とか、真ん中に『赤いゼリー』がアクセントに乗っているから『ケーキパン』とか。

 

 『滋賀県長浜・つるやパン』で検索してください。

 

 写真撮る前に食べちゃった!

 

 

 通りの向かいには何とも趣のある格子が。気になって一枚。

 

 実は老舗の漢方薬屋さんでその名も『本陣薬局本店跡』

 

 先祖が『賤ケ岳の戦い』に『柴田勝家』の家臣として参戦し、その実績を認められ後に『よろず屋』を開業、参勤交代の際『本陣』として大名が宿泊したのみならず、庶民の為に漢方薬を広めた。

 

 掲げられていた木製の看板が『如何にも』の雰囲気を出しています。

 

 現在は『木之元駅』近くに漢方薬専門店を開業しています。

 

 不妊治療などで有名なお店らしいです。

 

 まぁ、こーちゃんには関係ない話ですけど。

 

BAY BAY 彦根城

 

 結局『彦にゃん』には逢えず終いでした。

 

 いい大人が会ったからって、別にどうこうは無いんですけどね。

 

 『彦にゃん』が居なくても、それは素晴らしいお城『国宝・彦根城』

 

 そろそろ出発の時間です。

 

 

 枯れてしまった老木はどのくらいの間『天守閣』を、訪れる人を見てきたんだろう。

 

 

 

 『天守閣』最上階へ通じる階段は、どれだけの人が昇降したんだろう。

 

 

 改修工事前の『窓枠』 窓と云っても戦国時代、窓ガラスはまだ入って来ていないはず。この窓枠に手を添えて下界を見下ろしていたんですかね。

 

 

 駐車場の脇に在ったポスト。

 

 どうせなら売店でも在って、『彦根城』だけの『消印』とかあれば、記念に自分宛ハガキを投函するのにね。

 

 駆け足で廻った為に、見落としもいっぱいあるけどお昼を食べに行かなきゃ。

 

 以前TV番組でみた食堂。

 

 琵琶湖に来たらお昼はそこと決めてました。名残惜しいけど出発。

 

メダル

 

 正確には『記念メダル』

 

 『金メダル・銀メダル』などで使われる『メダル』は勲章の事。

 

 『メタル』は金属の事。

 

 昔、観光地には必ずと言って良い程、『観光記念メダル』と『有料双眼鏡』『ペナント』が在りました。

 

 『有料双眼鏡』は¥100玉を入れると5分間ぐらい見ることが可能になる大型双眼鏡。多分絶滅危惧種。

 

 『ペナント』も¥300位で販売されていて、細長い三角形に、地名や名所印刷された物。

 

 浅草や京都の土産物屋、地方の観光地でたま~に見かけるけど、準絶滅危惧種。

 

 『観光記念メダル』

 

 ¥500硬貨位の大きさで、地名や観光名所が彫られていて、裏面には空きスペースがあり、『刻印マシーン』にセットすると一文字¥20でアルファベットを刻印できる。

 

 

 生きていた~。

 

 キーホルダーにする『オプションパーツ』もありました。

 

 例えば『2020・3・15 K・I』と刻印しただけで13文字=260円(スペースも一文字分です)

 

 滅多に旅行できなかった頃、日付を残せる記念品として何度か買った覚えがあります。

 

 『鍵っ子』とは無縁の商売屋に育ちましたので、キーホルダーなんて使った事ないし。

 

 唯一『自転車のカギ』に着けるとすぐ壊れてどっかにいっちゃいました。

 

 えっ。買いません!

 

 だって『メダル』数種類が¥400~¥500。オプションが¥200。

 

 刻印1文字¥30。(値上げしたな) トータル¥1000コースです。

 

 変質すること無いでしょうから、在庫の限り稼働するんでしょうね。

 

 長生きしてください。

 

 『メダル』といえば『オリンピック』

 

 インフルエンザで大変な時期だけど、必ず乗り越えられるから、

 

 『ガンバレ日本』 『ガンバレ地球』

 

 『ワンチーム』 突き詰めれば 『世界一丸』

 

 

絶景かな

 

 『京都・南禅寺』の山門の屋根の上で、『石川五右衛門』の発した名台詞。

 

 「絶景かな。絶景かな。」

 

 大抵のお城の『天守閣』に登れば、絶景が堪能できます。

 

 

 艶やかな紅葉と琵琶湖

 

 

 琵琶湖に浮かぶ『竹生島』とミサゴ?

 

 

 『走り長屋?』 天守閣への入り口がこちら

 

 犬山城と違い、外回廊は立ち入り禁止になっています。

 

 腕を伸ばして窓から撮影してます。

 

 で、急勾配の階段を昇ったって事は急勾配を降りるって事。

 

 

 安全確保の為に、滑り止め付き天板と、しっかり握れるステンレス製の手すり。

 

 それでも一歩一歩しか降りれません。

 

 確かに高齢者じゃキツイかも。

 

 安全あっての旅行ですから。

 

 そこが『旅行』と『冒険』との違いです。

 

 最後に記念になるものを探してお土産売り場を冷やかし、買ったステッカーは『大一大万大吉』の旗印。

 

 『石田三成』でした。

 

急勾配

 

 『急勾配』と聞いて皆さん何を思い浮かべますか?

 

 黄色の道路標識に見られるのは、急坂を『%』で表記してあるもの。

 

 %表記だから 水平移動100mの間に何メートル垂直移動するかの事。

 

 

 上の写真は100m走る間に10m下るって事です。

 

 勾配10%だと角度に換算すると5.7度位です。(換算ソフト使用)

 

 晴れた日の舗装路を上るだけなら、こーちゃんのオフロードバイクは40度(助走距離や長さ、テクニックにもよります)位へっちゃら。

 

 天候によっては濡れていたり、アイスバーンになる事、場合によっては坂道発進を考慮すれば5.7度でも結構な急坂です。

 

 ポールが曲がってました。垂直は樹木を見てください。

 

 過去に最大斜度は13%(≒7.4度)ってのを見た事あります。

 

 鉄道軌道の勾配は、『‰・パーミル』で表現され、1000m水平移動の間に何メートル垂直移動するかで表現されます。

 

 日本最高勾配は『旧信越本線 軽井沢=横川 間に在った 66.8/1000‰です。1000m走る間に66.8mも高度差が出ます。

 

 これを角度に変換すると3.82度しかないんですけど、鉄道軌道にとっては大変困難な区間でした。

 

 以前はアプト式(ラック歯車とピニオン歯車をかみ合わせて)でこの勾配を上り下りしたそうです。

 

 その後は碓氷峠専用の『EF63型ディーゼル機関車』を2両も連結して、この急勾配の難所を切り抜けました。

 

 写真は無いですけど検索して見てください。カッコいいんだなこれが。

 

 

 更に『石段』では何と云っても『身延山・久遠寺』の男坂!

 

 

 287段の『男坂』ですが、一段の石が大きく、加えてこの急勾配。

 

 転落防止のため夜間通行禁止の看板が在りました。

 

 3スパン位に分かれていて、途中から『女坂』に避難する事が出来ます。

 

 こーちゃん、下から一気に登………れる訳なく、休みながらナントか上りました。

 

 勿論翌日筋肉痛!どころか夜中に痙攣ですよ。(『芍薬甘草湯』様様です)

 

 で『彦根城』の天守閣階段。

 

 

 垂直がズレてますけど柱を垂直と見てください。

 

 角度にして62度あるそうです。(梯子じゃないんだから。)

 

 此れには防衛の意味合いも有り、鎧兜を着けてこの狭く急な階段を攻め昇る事は難しく、仮に一人ずつ昇って来る事が出来ても、待ち伏せしていて先頭を突き落とせば容易に侵入を防げたそうです。

 

 天守閣は基本『生活の場』では無く、接待に使い景色を堪能して貰ったり、『決戦』の際の最終手段『籠城』において最後の悪あがきの場だったりします。

 

 城主じゃなくても『風光明媚』と『天下睥睨』を経験できるんです。

 

 昇らなきゃ!昇れるうちに。

 

 ※ 入り口には注意書きが在りました。更に高齢者の方にはさりげなく係員の方が忠告していました。

 

 (天守閣内にはトイレも無く、又混雑時には階段順番待ちの長い列ができるそうです。自己責任でどうぞ。)

 

 で最上階からの景色が………丁度時間となりました。

 

♬天~守閣~。

 

 お城巡りをしていて『天守閣』を見ると、あのフレーズが脳裏をよぎる。

 

 『松風 騒ぐ 丘の上 古城よ 独り 何 思う』 

 

 三橋美智也さんの『古城』 冒頭。

 

 他にも

 

 『春 高楼の 花の宴 巡る杯 影さして』

 

 こちらは『会津若松・鶴ヶ城』に石碑がある。

 

 あっもうひとつ。

 

 『小諸なる 古城のほとり 雲白く 遊子 悲しむ』

 

 『島崎藤村』の『千曲川旅情の詩』ですけど 『遊子』を『融資』と聞き間違えてました。

 

 

 『彦根城天守閣』 

 

 秋は紅葉、春は桜越の『白壁』が青空に映えます。

 

 しかも嬉しい事に、『入城料』には『登城料』が込み!

 

 入り口で、靴を脱ぎ、ビニール袋に入れ持ち歩くのがイマイチ邪魔くさいけど、システムだからしょうがない。

 

 

 西に向かって『中庭』と『彦根市街』

 

 

 『琵琶湖』越しに比叡山方面

 

 映画『偉大なる しゅららぼん』で、俳優『笹野高史』さんが『船頭』に扮したのはお堀の遊覧船?

 

 因みに原作者の『万城目 学』さんの本は、『鴨川ホルモー』を読んで以来ハマってます。

 

 『鴨川ホルモー』が映画化されると聞いたときは、どうやって実写表現するのか興味深々でした。

 

 まぁ結論言っちゃえば「CGに不可能は無い」ですけど。

 

 

天秤櫓

 

 『落とし橋』を渡ると『天秤櫓』

 

 靴を脱いで中に入ります。

 

 

 これが『落とし橋』の上の窓。

 

 ◇の柱が並んでます。『鉄砲』、『弓』で広範囲を狙えます。

 

 窓から見下ろすと狙いやすいのなんの。ターゲット ロック・オン。

 

 

 石垣の上の建物は『太鼓楼門』

 

 でも石垣の近くにこんな『大木』が有ったら、切り倒されてよじ登る足場にされそう。

 

 まぁ戦国時代から400年経ってますからいいですけど。

 

 

 なんで城内に『鐘楼』が? 仏閣でも無いのに。

 

 『時報楼』と説明がありました。

 

 江戸時代、時間を知らせる為に『鐘』や『太鼓』を鳴らしていました。

 

 時間の単位『一時・いっとき』とは『2時間』の事。

 

 そして午前、午後を問わずに『2時』に8回鳴らします。

 

 今でも名残が在るのが3時の間食を『おやつ』と言いますよね。

 

 4時には7回。 ♬ お江戸日本橋七つ立ち~ は午前4時の事。

 

 6時には6回。時代劇に出てくる『明け六つの鐘』『暮れ六つの鐘』って聞いた事ないですか?

 

 8時には5回。10時には4回。

 

 そして午前・午後零時には9回。

 

 落語『時そば』です。

 

 1杯16文の蕎麦から1文ごまかす為、1文銭で支払いますが、お金を数えていて「ひい」「ふう」「みい」と8文まで支払った時、不意に「今なん時だい?」と蕎麦屋さんに問いかけます。『九つ』の鐘を聞いたばかりの蕎麦屋さん、「ここのつで」と答えます。その後を受け、「とお」「じゅういち」「………。」と一文をごまかします。

 

 それを端で見ていた主人公。翌日早速マネしますが、蕎麦を食べた時間が10時。「ひい」「ふう」「みい」と8文まで払って「今なん時だい?」「へぇ、よっつで」 その後を受け、「いつっ」「むう」「………。」

 

 わからない人は『youtube』

 

石垣

 

 『彦にゃん』を探して急ぎ足で駆け上ってきたけど、こんなに見事な石垣を見つけたらやっぱり立ち止まって見入ってしまいます。

 

 お城の『石垣』には、『野面積み』『打込接』『切込接』などがあります。

 

 ハイ、各々でググってね。

 

 『天秤楼』の石垣の角っこです。

 

 

 『算木積み』と呼ばれる積み方ですが、この直線の美しい事!

 

 『熊本大震災』の時も『熊本城の』の石垣が崩れましたが、『飯田丸・五階櫓』の『算木積み』部分だけは崩れずに、上部に建築されていた『五階櫓』の崩壊を防いだ。感激しましたね。

 

 この『石垣』も、上部に色違いの部分がありますが、後年に補修された所。

 

 『算木積み』部分の石と石の隙間、俗に云う『剃刀の入る隙間も無い』ってやつで、今から400年も前にこれ程の技術を持っていたんですね。

 もっとも石積に関しては『エジプト・スフィンクス』は紀元前7000年。

 

 中国『万里の長城』なんぞは『秦の始皇帝』の時代から2000年もの年月をかけてますけど。

 

 ついつい触ってスリスリしちゃいました。

 

 

 通路沿いには様々な『石垣』が残っており、敵の侵入を防ぐ他、身を隠して奇襲を掛けたり、目隠し的な要素もあるみたいです。

 

 石積の種類が違うの解ります?

 

 『切断機』や『研磨機』の無い時代、『金槌』と『のみ』だけで石を加工し平面を作り上げる。

 

 何だか『寺内貫太郎』のワンシーンを思い出しました。

 

彦根城

 

 『彦根城』国宝五城の中でも、難攻不落で有名です。

 

 映画『しゅららぼん』のロケにも使われました。

 

 ゆるキャラ『彦にゃん』の知名度もトップクラス。

 

 なのに城主が『井伊直弼』にまつわる『井伊家』と知らなんだ。

 

 『表門橋』を渡ると、以前は分厚い木の門が在ったんでしょうけど、今は在りません。

 

 拝観料を払い、『ゲートバー』を回転させて中に入ります。

 

 一見、広めの石段が続いているように見えますけど、なんか歩き辛い。

 

 後で知りましたけど、わざと一段一段の高さや、歩幅を変えて在り、駆け足で攻め込もうとすると不規則な石段に戸惑うように計算されているとか。

 

 写真在りません。ストリートビューで見てください。

 

 だって『彦にゃん』に遭わねば!

 

 後で写真撮ればいいや………。で忘れるんだよね。

 

 

 有名な『落とし橋』 いざ敵陣が攻めてきたらこの橋を落として『天秤櫓』以内への侵入を阻んだそうです。

 

 この木製の『橋脚』は、只、基礎の上に載せてあるだけで、馬に引かせたりして崩せたという事。でもその人は犠牲になるんですかね。

 

 此処に来るまでにもいくつかの『枡形』が在ったり、『急坂』を登らせたり。

 

 なんと此処で『左360度ターン』しないとこの橋を渡って『天守閣』を目指せないんです。でやっぱり急な石段。

 

 

 で橋を渡ると又しても『重厚な門』が在り、突破に手間取っていると上の窓から『弓』、『鉄砲』の餌食に。

 

 窓に並んだ柱も、◇になっており、左右広範囲に鉄砲などを向ける事が出来るそうです。

 

 外からは漆喰で塗られて見えませんけど、『弓狭間』や『鉄砲狭間』が随所に隠されています。

 

 鉄壁の守りは他にも在り、

 

 

 わざとよじ登れるように造ってある石垣もその一つ。

 

 当然上で待ち伏せしてますよね。上からよじ登ってくる敵兵に『石』や『煮え湯』を浴びせたそうです。

 

 『ドローン』なんぞが無かった時代、敵城内の地図がある訳じゃ無く、色々な仕掛けで惑わしていたんですね。

 

 いかんいかん『彦にゃん』 何処だ~。

 

彦にゃん

 

 縁起良さげな名前の『金亀公園』駐車場へ車を停め、ブラブラお堀端を歩いていると。

 

 

 『井伊大老』と在ります。

 

 江戸時代末期、『安政の大獄』と呼ばれる攘夷派の粛清をし、後に『桜田門外の変』で暗殺された人。位の知識しかなかったのでググりました。

 

 昔と違って、図書館で辞書・辞典をあれこれ探して、苦労してノートに書き写す。

 

 なんて事しなくても、スマホに向かって知りたい言葉をしゃべるだけ。

 

 コンピューターボイスで基本情報を教えてくれます。

 

 一時的に謎は解決しますけど、すぐ忘れるから知識には繋がらない。

 

 だって『彦根城』城主が『井伊家』って事さえ忘れてた位ですから。

 

 

 訪れたのは11月末。小春日和の穏やかな陽気です。

 

 『桜』です!

 

 しかも『彦根城』に桜を送ったのはなんと『水戸藩』

 

 『梅』じゃなくって?

 

 

 『表門橋』を渡った所に『彦ニャン出没時間』が張り出されていました。

 

 急がねば。

 

国宝のお城

 

 車で旅行する時など、立ち寄り場所が決まっているなら、カーナビで事前に検索し履歴を残して置きます。

 

 カーナビのメニューから検索履歴見るだけで、即案内開始できます。

 

 実は『亀岡駅』と『比叡山延暦寺』の間に寄りたい所が在りました。

 

 『衣笠山地蔵院』通称『竹の寺・地蔵院』と呼ばれ、トンチで有名な『一休さん』が幼少期を過ごしたお寺です。

 

 秋、竹林と紅葉のコントラストが素晴らしいらしく、是非とも行ってみたい!

 

 時間の関係でパスしました。

 

 で『浮御堂』まで行くなら、一休さんが青年期を過ごした『祥瑞寺』も行ってみたい。

 

 こちらも割愛させて頂きます。

 

 次回京都見物に来たら、この二つは必須です。

 

 ので「あわてない あわてない。一休み 一休み。」

 

 

 旅行3日目で今日中には帰らないと。

 

 割引効かない時間帯だけど、高速使って彦根までカッ飛び!

 

 と思いきや、もの凄いスピードで追いついてくる車在り。

 

 譲ろうと追い越し車線から走行車線に戻った瞬間、間髪入れずに走行車線の後方車両が加速しながら追い越していく。

 

 ありゃりや。 割り込んじゃった? 煽り運転の被害に遭うの? 

 

 追い越していった黒い車は、屋根の上から赤く点滅する光を出しながら、追い越し車線の車を追いかけていきました。

 

 いや~、久々にビビりましたネ。

 

 やっぱ、『急がば廻れ』ってやつですか。

 

 9:30頃到着。駐車場は『満車』の立て札が出ています。

 

 仕方なく遠い駐車場から歩いてくるとこの景色。

 

 そりゃ見とれますって。

 

 

 お堀の水鏡に見事な紅葉が写ります。

 

 えっ?どこかって?

 

 「トランキ~ロ! 焦んなよ‼」(内藤哲也風でお願いします)

 

浮御堂partⅡ

 

 満月寺の境内を抜け、琵琶湖端へ。

 

 一礼してから石橋を渡ります。

 

 

 お堂の中には無数の『立位観音』でしょうか、時代が感じられます。

 

 水難事故で亡くなられた方を慰霊しているのでしょうか。

 

 合掌。

 

 

 回廊を廻り込み、湖面側に出ます。

 

 

 浮御堂のご本尊は『阿弥陀如来』様とされていますが、『秘仏』であり一般公開されていない筈。(勘違いだったらすみません)

 

 露光を変えて撮影しましたが上手く撮れませんでした。

 

 その神々しさに改めて合掌。(仏像に 神々しいとは 此れ如何に)

 

 

 遠くに見えるは『琵琶湖大橋』 

 

 湖面に建っている石柱は『高浜虚子・湖も この辺りにして 鳥渡る』

 

 鳥。沢山いますけどくつろいでます。

 

 Fujifilmのカメラレンズは凄く綺麗に『青』を捉えてくれます。

 

 さて『パワー』を貰ったので出発。

 

浮御堂

 

 ブログを書いている今日は3月3日、桃の節句『ひな祭り』

 

 以前は『桜餅』の製造に追われ、朝早くから仕事でしたが、昨今はスーパーやコンビニで必要分だけ買えるので、菓子屋の売り上げサッパリです。

 

 朝のワイドショーで、コンビニや飲食店からトイレットペーパーを盗む人がいると報道してました。

 

 お~い、日本。 大丈夫か? デマを流す人、そのデマを信じ拡散する人。

 

 転売行為で値を吊り上げる人。それを承知で買う人。 

 

 お~い、アンタ。大丈夫か?

 

 嘆き・ぼやきは程々にして。

 

 海門山・満月寺の境内を抜けた琵琶湖端。

 

 

 逆光の朝日に浮き上がる『浮御堂』

 

 ♬ ハッと見りゃ 湘南 御母堂~。

 

 サザンオールスターズ・BAY BAY MAY LOVE。

 

 コンサートで原由子さんのソロパートで唄われる局の出だし部分。

 

 でも『御母堂』って、知人のお母さんを丁寧に呼ぶ時の呼び方。

 

 まっ今回は置いといて。

 

 

 『浮御堂』は琵琶湖を運行する船の『安全祈願』と天台宗の教え『衆生済度』を目的に平安時代『源信僧侶』により建立されました。

 

 『近江八景』に数えられた『堅田の落雁』は、此処『浮御堂』から観た雁の着水する様です。

 

 碧い海、青い空。穏やかな湖面に降りる雁。

 

 これで対岸のビルが無ければなぁー。

 

 

 茶道の『お薄』を頂く時に付いてくるのが『干菓子』の『落雁』

 

 なんでアレを落雁と云うのか?

 

 『雁』は飛ぶ時に列をなして飛びます。

 

 着水する時も列を成したまま一列に降下していきます。

 

 昔『落雁』は、『砂糖』と『餅粉』、アクセントに『黒胡麻』を混ぜて作っていました。

 

 その『黒胡麻』が、一列に並んでお菓子の模様の水紋の中に吸い込まれていくように見えた事から、『雁の着水する様』に見立てて、献上された時の権力者が『落雁』と命名したとかしないとか。

 

 京都のお高い『落雁』や小布施の『栗落雁』などは美味しいと思います。

 

 『和三盆』や『赤えんどう粉』を使っていれば。

 

 でも普通の『落雁』ってなんだかなぁ~。

 

 以上、一応菓子屋なもんで、知ってますよと云う事だけお伝えします。

 

満月寺

 

 近江大橋を渡り、朝の日差しの中、琵琶湖西岸を北上する。

 

 カーナビに入力したのは『満月寺』

 

 地方県道558号線(県道だけでこんなに有るんですか)をトコトコ。

 

 途中、『雄琴温泉』なるムフフのエリアを通過したりして、ナビに従って細い道に入り込みます。

 

 朝8時前。数台停められる満月寺駐車場に先客は無し。

 

 

 『海門山・満月寺』 んで山門は『竜宮城?』の形をしています。

 

 山門の扁額には『海門』と在ります。

 

 琵琶湖へ通じる門って事ですかね。

 

 拝観料を払おうとして声を掛けたんですが反応無し。

 

 暫し待っていたんですけど、誰も来ないから後払いにさせてもらって先に進みます。

 

 

 すぐ並びに『観音堂』が在り、先ずはお参りします。

 

 左から『十一面観音立像』 厨子の扉が閉まっているのは『秘仏?』の『大日如来』 一番右は『薬師如来』 

 

 願掛けはしません。願いが叶ったら『願解き』に来ないとねぇ。

 

 合掌してから拝観させていただきます。と挨拶だけです。

 

 

 極彩色の『天井画』が素晴らしいです。

 

 只気になったもは『根っこ』の向き。

 

 入り口側に『根っこ』が書かれています。献花の様式ですかね。

 

 上の写真は左が入り口、右側に厨子が在ります。

 

 次に目指すは………。次回です。

 

急がば回れ

 

 旅の2泊目は南草津のビジネスホテルです。

 

 グランドオープンしたばかりで¥3000のサービス価格。

 

 これが京都ならば素泊まりでも¥5000位~。

 

 どうせ琵琶湖周辺を廻る予定だから敢えて『南草津』お勧めです。

 

 朝、『す〇家』で朝定食を食べてから出庫です。

 

 

 通勤ラッシュの始まる前に『近江大橋』を渡ると、中央分離帯に大きな『櫓』のオブジェが在りました。

 

 信号待ちで急いで撮影。

 

 江戸時代、東海道を旅する人が『京都』入りを目の前にして、『草津・矢橋』~『大津』までを船で渡ったそうです。

 

 平穏な季節なら気持ち良い船旅なのでしょうけど、『比叡おろし』の吹き降ろす季節は転覆事故なども在ったそうです。

 

 実際に京都大学の教授・学生が実験したらしいです。

 

 現代風に『徒歩』vs『カヌー』ですけど。

 

 速足の人は5~6㎞/h。カヌーは種類にもよりますけど4~8㎞/h。

 

 単純に同じくらいの速さなら移動距離の短い『カヌー』の圧勝!

 

 急ぐなら『船』  但し、『命あっての物種』ですけど。

 

 実際に手漕ぎ船で『櫓』を漕いだことは在りません。

 

 授業中はよく船を漕いでましたけど。

 

 佐渡島で『たらい船』を観た事あります。

 

 あれ、たらいの縁に『櫂』を取り付けてありますけど、『櫂』のある方向に進むんですよ。

 

 しかも方向転換も自由自在。

 

 不思議でしょうがない?

 

 長い待ち時間の信号が変わって、さて本日の観光地一発目は………。

 

釈迦堂

 

 『担い堂』の渡り廊下を潜り、参道を更に奥に進むと見えて来たのが『釈迦堂』です。

 

 

 辺りに人の気配無し。

 

 いやお堂の中に動きが在りました。

 

 なんと戸締りをしています。

 

 

 なにやら明かりの灯っている辺り『領布所』らしいのですが、特に御朱印集めをしている訳でも無いし、お札やお守りも………いいや。

 

 賽銭箱の前でサイフをあけたら100円玉しかなかった。

 

 一瞬の躊躇の後、コトンと音を立てて箱の中に。

 

 ♬ 賽銭箱に 100円玉投げたら 釣銭出てくる 人生が いいと。

 

 なぜか『長渕剛』が思い出されてしまった。

 

 合掌した後、一礼してそそくさ退散。

 

 

 え~、立ち入り禁止ですと。

 

 故に『西塔エリア』終了。

 

 車に戻った時点で間もなく日暮れ。

 

 『横川エリア』を残しながらも本日終了。

 

 『御籤発祥の地』なんぞも行きたかったけど今回は無理。

 

 来た道を引き返し草津へと下る。

 

 料金所で精算。『田ノ谷峠ゲート』~『東塔』~『西塔』 往復¥3270。

 

 夕飯は牛丼と発泡酒だな。

 

担い堂

 

 駐車場に停まっていた車はチラホラ。

 

 決して観光客が居ないわけじゃ無い。けど誰とも逢わないんですけど?

 

 

 苔むした石垣に積もる落ち葉。

 

 小雨混じりの砂利の音しかしない。

 

 

 左右対称の二つのお堂が渡り廊下で繋がっています。

 

 この真ん中を『武蔵坊弁慶』が担いだから『にない堂』

 

 物理的に不可能なのは周知の事実。

 

 でもいいんです。 此処は『比叡山!』 何が在っても不思議じゃない。

 

 

 中を覗いていいモノなのか、尋ねようにも誰もいません。

 

 片や『法華経』片や『念仏』(どちらがどちらか忘れました)

 

 宗派の違う二つの仏教解釈が、一つの橋で繋がっていると云う事らしいです。

 

 『常行堂』では90日間お堂に籠り、決して横臥して寝ないという修行が行われます。

 

 ホントに寝ないんです。『比叡山』だから。

 

 立て札の写真撮影したんですけど、どっか行っちゃいました。

 

 なんで? やっぱり『比叡山』だから………ヒェ~。ってか。

 

西塔

 

 車に乗り込み『西塔』エリアを目指す。

 

 と言ってもモノの5分も走らないですけど。

 

 広~い駐車場に乗用車が数台のみ。

 

 車椅子マークを探して、近くに停める。

 

 

 目指すは『にない堂』 『武蔵坊弁慶』が担った事にその名がついたと云うけど………。

 

 

 ゲートを潜る。桜の梢は雨の滴が溜まり、蕾が膨らんでいるかの様にも見える。

 

 誰もいないけど人気無いのかな。

 

 

 参道脇で見つけた石碑には『飛び六法』と書かれている。

 

 歌舞伎の題目『勧進帳』で主役が花道を去る時、右手をズイと前方に突き出し、右足・右足、左足・左足、右足~と繰り返すアレ。

 

 『草野天平』と名が記されている。詳細はパス。

 

 そっか、『弁慶』に因んでですかね。

 

 

 隣接して『我が志を述べよ』

 

 志すのは………? 問われて即答出来ない自分が情けない。

 

比叡山・東塔

 

 『比叡山・東塔』 『根本中道』をメインに見所沢山。

 

 しかも改修工事中とあって足場が組まれており、普段は見れない屋根などもまじかに見る事が出来る。

 

 しかし時間が………。

 

 『薬師堂』などもゆっくり見学したいのだが気が付きゃもう15:00になろうとしている。

 

 午前中いっぱいを『保津川船下り』に費やし、比叡山・東塔に到着したのが昼も大分廻った頃。

 

 やっぱ『比叡山』クラスになると駆け足で見て廻る事自体が無理!

 

 11月の日暮れは早く、もう日が暮れかけている。(いや曇りですから)

 

 

 この石段を登れば『文殊楼』や『法然堂』などに行けるのだが、この後どうしても『西塔』エリアに行きたい。

 

 夕闇迫るタイムリミットを考えて『東塔』エリアこれにて終了。

 

 白く見えるの『オーブ』じゃ無いです。『根本中道』から外に出るとまた降り出した雨粒がレンズに当たりました。

 

 

 小走りで車に戻ろうとしてハタと足が止まりました。

 

 『手水鉢』に浮かんだ色鮮やかな花。

 

 心配りにほっこりします。(でも水、汲みづらいんですけど)

 

不滅の法灯

 

 『最澄』が遣唐使として中国から持ち帰った『仏教』

 

 比叡山の山の中に草庵を建てたのが『比叡山・延暦寺』の始まり。

 

 その時灯した燈明の火が脈々と受け継がれ、今なお消える事無く燃え続けている。

 

 1200年前からですよ。故に『不滅の法灯』

 

 延暦寺の僧侶たちによって『灯芯』を替えたり、『燈明油』を継ぎ足したりしているが、決まった当番制がある訳で無く、修行の一環として誰ともなく行う作業らしい。

 

 一般参拝者が立ち入れる板の間を『外陣』と呼び、賽銭箱などが在る。

 

 僧侶のみが入れる石畳のエリアを『中陣』と呼び、『外陣』からは3m程も低く成っています。

 

 外光が入り込まない為に薄暗い中、この石畳に座して僧侶は修行します。

 

 『中陣』に石垣が積まれ、巨大な『厨子』が置かれています。

 

 中には『最澄』の彫ったとされる『瑠璃光薬師如来像』があるとされていますが『秘仏』の為、扉は閉ざされておりその姿を拝むことは出来ません。

 

 そして1200年間灯し続ける『法灯』

 

 『菜種油』が切れたら『火』は消えてしまいます。

 

 此の故事から広く知れ渡る諺が『油断大敵』

 

 ナイショですけど実は何度か消えています。焼き討ちに遭ったり、火災を起こしたり。

 

 でもご安心を。

 

 『根本中道』は他に『山形・立石寺(通称山寺)』と『東京・寛永寺』に在り、『比叡山・延暦寺』の『法灯』を『分灯』して在ります。

 

 信長焼き討ち後、徳川家により再興されますが、その時『立石寺』より再び『分灯』しました。

 

 オリンピックの『聖火』でさえ、たま~に消えたりしますもんね。

 

 予備の『火』がランタンに保存されていますから問題なし。

 

 『仏凡一如』という言葉が在ります。

 

 参拝する『外陣』と、『厨子・法灯』の在る『内陣』は同じ高さに在り、『仏も人も位は同じ』という意味らしいです。

 

 そして『一隅を照らす』

 

 こーちゃん宗教家ではありませんので拡大解釈としますけど。

 

 『誰しもが 良い行いを心がければ 世の中少しは良くなるぞ!』

 

 (あっ、反論メールとかしないでね)

 

 

 銅葺き屋根の『銅板』に名前を残せます。

 

 一枚¥10000~。 悩んだ末に今回パス。

 

 今なら屋根の高さまで登れてまじかに観る事が出来ます。

 

根本中堂

 

 『根本中堂』 何ぞや?と思われる方は早速グーグル。

 

 実は、『山形・立石寺(通称 山寺)』にも在ります。

 

 天台宗派では、本堂の事を『中堂』と呼びます。

 

 総本山に在る本堂=『根本の中堂』 ってまんまじゃん。

 

 

 聳え立つ大屋根………が見あたりません。

 

 大~きいプレハブの様な建物に何故か『根本中道』の垂れ幕が。

 

 

 『根本中道』では平成28年より、10年計画で本堂の銅葺屋根の葺き替え工事をしています。

 

 『本堂』全体を鋼鉄製の足場で囲み、風雨にさらされない様にトタン屋根やパネルで覆う。

 

 完成してしまった後は、何時行っても同じ景色になってしまう。こんな時に観ておくのも有かな。

 

 ビルの建設現場の様な入り口から通路を抜けて『根本中道』内部へ。

 

 入口には『撮影禁止』と大きく書かれた注意書きと、カメラ禁止のロゴマーク。

 

 更には英語・中国語・ハングル語などなど数か国語で撮影禁止と書かれていた。

 

 故に写真無しです。

 

 薄暗い本堂の中では、高い天井から吊るされた金色の装飾が鈍く輝いています。

 

 本堂の中に足を踏み入れるとがらりと空気が変わります。

 

 中には大勢の人がいるにも関わらず、荘厳な雰囲気の中で私語を発する人は居ません。

 

 中国人の団体でさえ黙ってガイドさんの言葉に耳を傾けています。

 

 賽銭箱前でお参り。金網が一面に貼られています。故意にでは無いでしょうけど奥に飛び跳ねない様にですかね。

 

 一番奥、石段の上に大きな『厨子』が在り、その中には『最澄』自ら彫ったとされるご本尊『薬師瑠璃色如来』がある筈ですが『秘仏』の為一般公開されていません。

 

 長くなりますので『比叡山・根本中道』で検索をお勧めします。

 

 正面から右手に廻りこむと一段高くなった板の間が在り、太い柱の間から、遮るものなく『中陣』と呼ばれる3メートル程も低い位置に敷き詰められた石畳みの修行の場や、石垣の上に立てられている伽藍『内陣』を拝めます。

 

 その暗い中に淡く灯る行燈の灯り『中陣』『不滅の法灯』です。

 

                続く。

 

一隅を照らす

 

 玉屋の宗派は『真言宗』 『天台宗』の『最澄』とは余り繋がらないけど、一度は訪れてみたいじゃん『比叡山・延暦寺』

 

 午前を『保津川船下り』で費やしてしまい、『比叡山ドライブウェイ』を車で駆け上がったのは午後二時過ぎ。

 

 ピークを過ぎたのかすれ違う車も余りいない。

 

 『比叡山』はかなり広大で、『東塔』『西塔』『横川』の3つのエリアが在り、点在する寺院の数は100を優に超えるらしい。

 

 先ず目指すは『東塔』エリア。

 

 言わずと知れた『根本中道』が在る所。

 

 一本道の道路を車で進んでいくと、『東塔』のこれまた広~い駐車場に辿り着いた。

 

 大型車の駐車スペースも相当な数。

 

 でも空いていたからなるべく歩かなくて済むように、車椅子マークの隣、一番近い辺りに車を停めた。

 

 観光地などに車を停める時も、何処が通路の入り口か分からない時、車椅子マークを目安にします。(車椅子マークのスペースに、健常者が平気で停める人いますけど最低ですね!いつか自分の身に返って来ますよ。)

 

 

 拝観料を払い、『根本中道』を目指します。

 

 途中の『鐘突き堂』で『鐘』が突けます。

 

 『開運の鐘』と銘打たれ、1回¥50。

 

 運が開けるなら安いもんです。

 

 しかも全額、世界平和の為に寄附されるそうです。

 

 写真撮るの忘れました。グーグルマップ・ストリートビューで見てください。

 

 そして『大講堂』

 

 

 階段の上で履物を脱ぎ、観音開きの講堂の中へ。

 

 残念ながら内部は撮影禁止です。

 

 この講堂には、この場所で仏教を学ぼうと多くの人が研鑽に励み、時に喧々諤々の意見交換をし、後に自ら開祖となった『法然』『親鸞』『道元』『栄西』『日蓮』の木彫り座像が祀られ、壁面には大きな額に入った絵が掲げられています。

 

 片隅には簡単な『写経』の出来るスペースが在り、若いカップルが無心で筆を動かしていました。

 

 『御朱印』が頂けるのもこちら。

 

 領布所では様々な『お札』『お守り』『数珠』などが並んでいます。

 

 毎月28日だけ領布される紫色の台紙の御朱印を戴きました。

 

 御朱印張に直に記入してもらわなければ気が済まない!という人には、台紙に書かれた御朱印を毛嫌いする人もいますけど。

 

 天井画も素晴らしかったです。ただ若干暗いかな。

 

 大変貴重な文化財を後世に残す為ですから仕方ありませんよね。

 

 佐久地方に『踊り念仏』を広めた『一遍上人』の像も在りました。

 

 ゆっくりしたいけど次いよいよ『国宝・根本中道』です。

 

鎌倉宗教

 

 8世紀、中国から来日して仏教を広めようとした『鑑真和上』が開いたのが『奈良・唐招提寺』

 

 同じ頃、遣唐使により『唐』から仏教を持ち帰ったのが『最澄』と『空海』

 

 『最澄』は『比叡山』に『天台宗』を開き、『空海』は『高野山』に『真言宗』を開いた。

 

 『比叡山』は歴史の流れの中でも激変を繰り返す。

 

 『平家物語』の中に、『白河天皇』の意にならぬもの『加茂の流れと 賽子の目 山法師』と書かれた『山法師』=比叡山・延暦寺の『僧兵』

 

 僧侶の恰好をしているけれど、略奪や悪行の数々を繰り返していた集団。

 

 『京都・五条大橋』の上で、『牛若丸』こと『源義経』から『刀』を奪い取ろうとした『武蔵坊弁慶』(後に改心し義経の忠実な家来となり『一関・中尊寺』門前にて非業の死を遂げる)を思い出せばおおよその想像がつく。

 

 その『僧兵』が拠点にしていたのが『比叡山』

 

 時は流れ『鎌倉幕府』の時代、『比叡山・延暦寺』の大講堂で仏教を学び、独自解釈の末に『浄土宗』=『法然』(以下敬称略) 『浄土真宗』=『親鸞』 『曹洞宗』=『道元』 『臨済宗』=『栄西』 『日蓮宗』=『日蓮』

らを輩出し、後にこれら宗教を『鎌倉宗教』と呼ぶようになる。

 

 更に時は流れ『戦国時代』、『織田信長』の命令により焼き討ちに遭う。

 

 実は長い歴史の中で何度も火災に遭っており、そのたびに再建されている。

 

 唯一『根本中道』では『開山』より灯し続ける『不滅の燈明』が今なお輝き続けている。

 

 ねっ。興味湧いてきた?

 

 では『比叡山延暦寺』の章、始まります。

 

 

 『亀岡』で車に戻り、一目散に京都を抜け(高速道路なんて勿体ない)京都大学脇から『下鴨大津線』に入り込む。

 

 比叡山に登るなら『ケーブルカー』もあるけど色々見たいし色んな道を走りたい。

 

 お高い気がするけど『比叡山ハイウエイ』を利用し一路展望台まで。

 

 紅葉越しに『琵琶湖』 遠く『近江大橋』を望む。

 

 橋の先、園児死傷事故を憂い合掌。

 

石田梅岩

 

 京都・嵯峨嵐山からJRで亀岡まで戻り、改札を抜けた先に在ったのが

 

 『石田梅岩像』

 

 して、石田梅岩とは誰ぞや?

 

 

 帯刀している所を見ると武士の家系。

 

 立て札に記されていたのは

 

 

 『実の商人は 先も立ち、我も立つ 事を思うなり』

 

 今風に云うなら『Win &Win』の関係ですかね。

 

 速攻ググりました。興味ある方ご自身でどうぞ。

 

 でも正直、初めて訪れた『亀岡市』の事は何も知りませんでした。

 

 市内、そこかしこに掲げられていた『京都・サンガ』の旗。

 

 その本拠地が、像の後ろに見えているスタジアムです。

 

 (記憶では『パープル・SANGA』じゃなかったっけ?)

 

 我らが『松本・YAMAGA』も今年はJ2。

 

 『緑』VS『紫』が見られる日は近い。

 

嵯峨嵐山駅

 

 嵐山で買い食いしながらフラフラと『嵯峨嵐山駅』まで。

 

 冷えた身体に『湯豆腐』でもと思っていたのだが、もうお腹いっぱい。

 

 やっぱり『メンチカツ3個』は多かったかな。

 

 雨も上がった嵐山界隈は、『人力車』は黒く光って居た。

 

 JRの嵯峨嵐山駅に着き、階段下の時刻表を確認すると、丁度下り電車の出発時刻。

 

 本当は『トロッコ列車の駅』にも立ち寄りたかったけど、又来た時のお楽しみに取って置きます。

 

 故にJR駅のブリッジからの写真です。

 

 

 右が『山陰本線・下り』 左が『トロッコ列車』

 

 

 この列車、ディーゼル機関車が最後部にある『後押しスタイル』

 

 いや『亀岡』から来る場合は『けん引スタイル』

 

 『単線』尚且つ、『転車台』が無いんだからこのスタイルなんだろうけど。

 

 運転席が見てみたい。ず~っと後ろ見ながら走るのかな?

 

 赤い『後尾燈』があるもんね。

 

 でJRの改札を抜け、下りホームのベンチへ。暫し待機していると、『保津川船下り』の法被を着ている人がやって来て弁当を食べ始めた。

 

 先程の『船下りの船頭さん』でした。

 

 川下りで見上げた鉄橋、今度は車窓から船を見る形。

 

 『保津狭駅』から見えた『保津川船下り』の船は、雨除けのシートに覆われていた。

 

 そしてモノの20分程で『亀岡駅』着。

 

 『船下り』2時間=¥4100 『JR』20分=¥190

 

 紅葉シーズンに、お勧めのプランです。

 

 

 

 

 

嵐山

 

 『保津川下り』終点は『嵐山』です。

 

 船の中で船頭さんから聞いた話では、「紅葉シーズンの始まった先週の土曜日は、観光客で人が溢れ交通規制が敷かれ、渡月橋を渡るだけで1時間以上掛りました。」

 

 んな馬鹿な。と話半分に聞いてましたけど、雨の平日(2019/11/28)まだ午前10時、船から降りたら人。人。人。

 

 また降り出してきた雨に、片手に傘を持ち、片手はキャリーバッグ。

 

 そりゃぁ歩道は人で溢れかえりますって。

 

 できれば『雨の竹林』なんぞも歩きたかったんですけど、先ずはトイレ。

 

 ダウンパーカーや、オーバーパンツを脱いでバッグに仕舞い込みたい。

 

 身軽になった所で目指すは『嵯峨野・野々宮神社』縁結びで有名です。

 

 以前、その境内の入り口に『指月庵』という日本茶の喫茶店が在りました。

 

 玉砂利の敷かれた店内には飛び石が並び、『緋毛氈』の掛かった中庭の腰掛で頂く事も可。

 

 『野々宮神社の竹林』を借景に『お薄』を頂くことが出来ました。

 

 希望すれば目の前で『茶筅』を使って煎れてくれたと覚えています。

 

 『コーヒー』や『甘味』などもあったかな。

 

 記憶を頼りに探し回りましたけど、グーグルマップに反応無し。

 

 『野々宮神社』で聞きました。「潰れたよ………」

 

 周囲には似たようなお店が沢山出来てしまい、わざわざ分かりにくい場所に人は集まらなかったのかも。

 『侘』『寂』『雅』をプチ体験できた大好きなお店が、また一つ消えてしまいました。

 

 何だかショックを感じてしまい、嵐山散策もういいや。

 

 

 『嵐山・天龍寺』の土壁です。

 

 幾たびも繰り返される戦で破壊された『屋根瓦』などを再生利用し、壁に強度を持たせるとともに、廃材処理も兼ねる『一石二鳥』です。

 

 『博多・楽水園』にも『博多塀』と呼ばれる同じ様式の壁が在ります。

 

 案外、人間考える事は同じかも。

 

 

 『山陰本線・嵯峨嵐山駅』を目指していたら見つけました。

 

 『格安切符自動販売機』

 

 『金券ショップ』みたいに店舗家賃や人件費が掛かる訳で無し、結構目にするようになりました。

 

 そこそこの利用が見込める。ベンチャーですね。

 

 JR嵯峨嵐山駅=JR亀岡駅間は正規料金¥200

 

 この自販機で買えば¥190。10円お得。やったね。

 

保津川下り、part15

 

 大きくなる雨粒に、タオルを頭に巻いて対応。

 

 接舷した『物売り船』から、ほぼ乗船客全員が何かしら購入している。

 

 

 財布のひもが緩んでます。今やファスナーですけど。

 

 

 そりゃ出来れば『おでん』をつまみに『熱燗キュー』っとやりたいですよ。

 

 下船したら置きっ放しの車を取りに戻らなきゃ。

 

 飲酒運転撲滅運動推進派のこーちゃん、乗るなら飲まない。乗るから呑めない。

 

 だから『甘酒』でい。

 

 なんとこの後、『嵐山』が見えると共に雨は止んでしまった。

 

 周囲には嵐山の『遊覧船』や『貸しボート』がチラホラと見えてきた。

 

 「間もなく下船で~す。本日は有難う………。」船頭さんの恒例の挨拶が在り、まだ船着き場に到着していないにも関わらず、腰ベルト式救命胴着の回収が始まった。えっいいの?

 

 渡月橋近くの水深は1mも無いらしいです。

 

 無事下船場到着。(無事じゃ無きゃ困るつーの)

 

 船頭さん達はトラックに積み込むための『クレーン場』へと流れていきました

 

 ・・・END・・・

      

保津川下り、part14。

 

 『保津川船下り』も残すところ後わずか。

 

 水量も大分増えている。

 

 すると遠くから、一艘のエンジンボートが川を上ってきた。

 

 広い川幅なのに、こちらをめがけて一直線に向かってくる。

 

 

 何やら屋根付きの船に、三人程乗船しているらしい。

 

 

 『おでん?』

 

 

 エンジンボートは方向転換をし、『保津川下り』の船の左舷にピタリ。

 

 この先続く『瀞場』を利用して、軽食などを販売する船でした。

 

 メニューは『おでん』『甘酒』『ホットコーヒー』『イカ焼き』などなど。

 

 小雨に濡れた身体は温かいモノを欲しがり、乗船客の皆さん、先を争うように購入している。

 

 お値段は、まっ観光地料金てとこですかね。

 

 明朗会計、内税の安心表記です。(外人さんも多いですから)

 

 いの一番に『ホットコーヒー』を買ったのは『船頭さん』

 

 だって乗船客は『ダウン』や『オーバーパンツ』で完全防寒なのに、船頭さんは『トレーナー』に『法被』姿。

 

 そりゃぁ『ヒートテック・インナー』位は着ているんでしょうけどやっぱり寒かったんですね。

 

 ここから暫くは横に結びつけられた『物売り船』のエンジン動力が『瀞場』を曳航してくれます。

 

 船頭さんも座り直してコーヒータイム。

 

 実は小声で話しているのが聞こえてしまいました。

 

 『この降りなら、屋根いいな』

 

 雨降りに備えて、簡易式の『ビニール屋根』を展開できる様になっているみたいですけど、もうじき下船場だからいいよね。って事らしい。

 

 あの~、雨粒が当たって『甘酒』の紙コップから滴がハネてんですけど。

 

保津川下り、part13。(だってローマ数字に変換しないんだもん)

 

 『トロッコ列車・保津狭駅』を右手に見ながらまだまだ船は下って行きます。

 

 と、突然可愛らしい(と言うかカン高い)警笛が聞こえてきました。

 

 

 電力線が張られていないから『ディーゼル機関車』の後押し。

 

 多分トロッコは一列横4人掛け。(花博会場のロードトレインみたいなもんかな)

 

 予約が取れなかったんですから満員の筈。

 

 川の中に『船下り』の船が見えてきたから、皆さんこちらを見てカメラを向けたり手を振ったりしています。

 

 乗船客の皆さんも、やっとこさ『トロッコ列車』との遭遇に見上げて手を振っています。

 

 そういえば小学校5年生の時、修学旅行は『新潟の海』 

 

 長野県民にしてみれば『海』は憧れ。

 

 初めて『海』を見た人も多く、全員が海の見える窓側に集まりました。

 

 車掌さん慌てて「危険ですので席を立たないで下さい。自分の席に戻って下さい。」とアナウンスしました。

 

 『トロッコ列車』じゃ席の移動は出来ないから、転覆脱線の恐れは無いでしょうけど。

 

 

 何度目かの鉄橋を潜ると、川の流れは緩やかになります。

 

 見上げるカメラレンズに雨粒がポツポツ。

 

 何だか本降りの予感。トホホ………。

 

保津川下り、partⅫ。

 

 天気予報は曇り~雨。降水確率50%って降るの降らないの?

 

 何~て思っていたら降ってきました。ポツポツと。

 

 加えて船べりを越えて足に掛かった水が冷えて来て、寒!

 

 

 川床は整備されていて、船底が石に当たる事は一度も無かったです。

 

 船頭さんの腕が良いから?としときまして。

 

 こんな山の中にも駅舎が必要なの?

 

 見る限り道路も無いので、生活臭は皆無。

 

 『嵐山・トロッコ列車』に乗った事が無いから何とも言えませんけど、乗車予約が取れない!

 

 しかもホームページからのみの予約で分かりづらいの何の。

 

 さては個人旅行の予約を締め出す為?なんて事無いとは思いますけど。

 

 

 おりゃ~。 ファイト!一発‼ って感じで落差を越えます。

 

 にしても、一度もトロッコ電車に遭遇していない。

 

 船頭さんに聞いてみると、「必ず見れる筈です。船の速度が毎回違うから、何処ですれ違うとは言えませんけど。」

 

 船頭さんにしても、乗船する船の時間を平等にすべく乗船する船が毎回違うらしいです。

 

 駅は結構高い位置にあり、川辺に降りれそうな道も無さそう。

 

 気が付いたら『釣り人』に一度も遭わなかった。

 

 もしかもしたら『釣り禁止?』

 

 

 でもこの『ワイヤー部分』をよく見るとゴミが引っかかっている。

 

 先日の台風の影響らしい。

 

 

 以上『トロッコ列車・保津狭駅』まででした。

 

保津川下り、partⅪ。

 

 『保津川船下り』だけで11日目。でもまだまだ続くんだナ。

 

 だって私の知る限り、日本で一番乗船料が高い?

 

 『秩父・長瀞ライン下り』『天竜川・ライン下り』『猊鼻渓・船下り』『最上川・ライン下り』位かな知っているのは。

 

 

 右岸、赤く染まった紅葉の間に見え隠れするのは『トロッコ列車』の軌道施設と、落石防止ネットやコンクリート擁壁。

 

 『保津川船下り』の始まったとされている江戸時代には勿論無かった筈。

 

 でも綺麗だから良しとしようね。

 

 

 自然水利を下る船にはエンジンが付いていないので、あくまで流されていくだけ。

 

 ♬ 時の流れに 身を任せ 貴方の色に 染められ

 

 いや紅く染まってます。

 

 遠くの山にガードレールが見える。

 

 後で調べたら『嵐山・高尾パークウェイ』『保津狭展望台』と在った。

 

 手前の鉄橋の右手には『トロッコ列車・保津狭駅』

 

 「あ~のどかだなぁ」なんて油断してたらやって来ました。

 

 急流が。

 

 

 

 400年間もの間、船頭さんの『棹』に押され続けた窪み。

 

 ハテ、何岩だったっけ?

 

 『ハコフグ』にに似てるから勝手に『ふく岩』と呼んどこ。縁起良さそうじゃん。

 

保津川下り、partⅩ

 

 荒波を乗り越えて船は進みます。

 

 赤錆びの浮いた鉄橋を潜ると川は大きく右に回り込みます。

 

 この鉄橋、よく見ると照明が取り付けてあります。

 

 『人道橋』ならまだしも、『鉄道鉄橋』に照明?

 

 

 鉄橋の線路は複線。幅の広い橋脚が支えています。

 

 でも普通の鉄橋は、あけすけの『枕木』が並んでいるだけ。

 

 補線員が歩く為の、転落防止ネットが張られたり、足場となるエキスパンド鋼が敷かれたりしているのは見た事あるけど。

 

 

 回り込んで振り返るとプレハブ小屋の様なモノが!

 

 実は此処、『川に架かる・橋上駅』なんです。駅名はズバリ『保津狭駅』

 

 Googleマップ、ストリートビューで『保津狭駅』の様子を見てください。

 

 廻りに民家も無く、何でこんな所に?

 

 『川に架かる・橋上駅』は意外と多く、『埼京線・浮間船渡駅』『都営新宿線・東大島駅』『土讃線・土佐北川』『福知山線・武田駅』『阪神本線・武庫川駅』

 

 確か北海道にも在ったような?

 

 暖かく成ったらバイクで行きたいのが『奥大井川鉄道・湖上駅』(あっ此処正確には橋上じゃ無いです)

 

 某TV番組で『安田〇サーカス・〇長さん』が、秘境駅で生活利用者と出会う企画がありますけど、『保津狭駅』は周囲に民家自体が無い!

 

 『保津狭駅』に無料駐車場が在ります。

 

 今度『嵐山観光』する時は、此処に車を停めさせてもらって……。

 

 まだまだ川下りは続きます。

 

保津川下り、partⅨ

 

 『保津川下り』の章、まだまだお付き合い願います。

 

 ローマ数字って、例えばⅨの場合、10をⅩ、マイナス1を大きい数の左に表記して9の意味にしますね?

 

 Ⅷの次なんだからvの右にⅠを4本でも良い筈なのに何故?

 

 昔、古い柱時計が有ったんですけど、確かVの右にⅠが4本だったような?

 

 どお~でもいいですよー。(好きだったなぁ。だいたひかるさん。ガンに負けるな~。元祖R1チャンピオン。)

 

 

 川幅がグッと狭まり、山肌は急峻な崖となって左右から迫ります。

 

 紅葉美しい木々はよくぞこの地に根を張り、そして山を守っている事か。

 

 中央には『トロッコ列車』の線路が見えています。

 

 

 船頭さんの「シート用意して下さい」の注意喚起に、側面のシートを持ち上げたのですが一瞬遅く、船べりを越えてズボンに水が掛かりました。

 

 見くびっていた。恐るべし保津川。

 

 

 ズボンに浸み込んだのは勿論、靴の中、靴下までぐっしょり。

 

 川の所々で落差が有り、船頭さんは何処で水を被るか熟知していて、『シート』の用意を教えてくれます。

 

 皆さん素直に『シート』で防護しましょうね。

 

保津川下り、partⅧ。

 

 川下りのベストシーズンがあるって事は、アイドルシーズンもあるって事。

 

 保津川下りで会社に登録されている船頭さんは60人もいるらしいです。

 

 で、秋の紅葉シーズンはフル稼働。逆に冬場は暇らしいです。

 

 そんな時何をするか?河川の手入れは勿論ですが、ナント語学研修の先生を呼んで、中国語や英語の勉強をしています。

 

 国際的な観光名所の京都では、来ていただいたお客さん全員に楽しんでもらうべく各国語を学んでいるんです。

 

 中国人グループがドット笑った位、中国語のギャグまでマスターしていました。

 

 

 船頭さんが指さす岸辺には『桜』が咲いていました。

 

 『寒桜』だったか『啓翁桜・けいおうさくら』だったか説明を聞き漏らしてしまいましたが、紅葉と桜。 お見事。

 

 そしてよく見ると遊歩道なども整備されているみたいです。

 

 この遊歩道なども、船下りの会社などで手入れをしたりしているみたいです。

 

 

 春のうららの……で始まる童謡は『花』 瀧廉太郎さんの組曲の中の『四季・春』です。

 

 

 この岩『ミ〇キー』だったか、説明してくれたんですけど忘れました。

 

 大体この手の岩は、〇〇の様に見えるから『獅子岩』とか『亀岩』って名前が付きますよね。見えなくは無いですけど。

 

 凄いなぁと思うのは『星座』ですよね。

 

 『オリオン座』なんてのは、並んだ三ツ星が腰のベルトにみえるからとか理由付けがありますけど、良くぞ満天の星を繋げたもんだと感心してしまいます。

 

 『小犬座』なんて星が二つだけですよ?

 

保津川下り、partⅦ。

 

 トップシーズンを迎えた『保津川船下り』では、およそ10分間隔で次の船が出船します。

 

 鉄橋の写真を撮ろうと振り返ったら、二便の船がもう迫って来ていた。

 

 

 船の間隔を保つのも船頭さんの腕の見せ所らしい。

 

 流れに任せるままに見えても、実際は気配りしてるんです。

 

 

 水深も一番深い部分では10m、浅い所ではご覧のとうり。

 

 『深山幽谷』の世界へはまだまだこれから。

 

 実は『保津川』は自然水利ではなく、完全に人の手によって管理されています。

 

 水路を確保する為、水に入って『岩』をどけたり、狭い水路では『船板』が岩と擦れない様に『ガードレール』宜しく保護柵を造ったり。

 

 安全な川下りを楽しんでもらう為、相当な努力の上で成り立ってます。

 

 とは言え『川』です。

 

 「誰がどこで遊んでも文句ないだろ?」的な『輩』がやっぱりいたんです。

 

 『ライフジャケット』の着用も無く、『フローターベッド』で川下りしようとした人が。

 

 プールに浮かべるビニール製の浮き輪みたいなもんですよ。

 

 岩と擦れたらひとたまりもない。

 

 で案の定、流されて中州の岩に掴まっていた所を『保津川下り』の船に救助される。

 

 県警ヘリまで出動し、大騒ぎになったそうです。

 

 人の迷惑を考えられる『大人』になりたいですね。

 

保津川下り、partⅥ。

 

 『保津川下り』の船頭さんは『棹』が一人『櫓』は二人。

 

 船尾の『櫓』はよくあるタイプです。

 

 『棹』 船首では『棹』を使って向きを変える『舵取り』と、浅瀬での進行を担当します。

 

 『西遊記』の『マチャアキ』さん宜しく、頭の上でクルクル回したり、掛け声を発しながら『石』を押したり。

 

 400年もの間『棹』で押され続けた『岩肌』には、『棹』の跡が丸く残っています。

 

 船頭さんが「あの岩の、棹が突く所をよく見てください」の言葉にカメラを構えましたが『ブレて』上手く映らなかったです。

 

 乗船する機会ある人、撮影に挑戦してみてください。

 

 

 そして『前櫓』 

 

 船べりから横に『櫂』を出してボートの様に漕ぎます。

 

 こーちゃん、小学生の頃、『カヌー、カヤック』によく乗りました。

 

 佐久市の『貞祥寺』下には『洞源湖』と呼ばれる大きな池が在り、冬はスケート、春~秋はボート遊びが出来ました。

 

 ボートは市の観光開発の財源の為『有料』 対して『カヌー、カヤック』は『前山寺』の和尚さんが個人で開いている『カヌー教室』があり嬉しい事に『無料』

 

 カヤックの種類もグラスファイバー製のクローズタイプの『スラロームカヤック』から、絶対沈まない『ジャジャ』と呼ばれるプラスチック製『フロートカヌー』や、二人乗りで舵付きの木製の『競技用タンデム』まで多彩な品揃え。

 

 正式に入会した訳でも無いですけど、誰でも自由にカヌーに乗れました。

 

(今なら事故が起きたらどうするとか、管理責任はとかでまず自由に乗れないでしょうけど)

 

 『カナディアン・カヌー』は『パドル』と呼ばれる『櫂』を使います。

 

 カヌーのセンターに前向きに膝立して、パドルを左右で持ち替えながら漕ぎます。

 

 『カヤック』では両端に水かき部のある『ダブルプレード・パドル』

 

 水かきの位置が左右で90度ズレているパドルも在ります。

 

 書ききれませんのでウイキペディアで調べてね。

 

 で何が言いたいのか。

 

 この船頭さんは誰一人として水を飛ばさなかったんです。

 

 ボートでも良くありますよね? 『後部の人ずぶ濡れ事件』

 

 力いっぱい漕いだ『オール』(ボートではオールと言いますね)が水面をとらえきれずに思いっきり水を掛けちゃう。

 

 デートで良い所見せようと思いっきり漕いだ結果………

 

 『覆水盆に返らず』じゃなくて『彼女は二度と帰らず』

 

 

 

 ♬ 春のうららの墨田川……中略………櫂の滴も 花と散る  眺めを何にたとうべき

 

 ♬ 錦織り成す 長堤に ……後略(確か三番だったかな?)

 

 残念ながら『墨田川』じゃ無くて『保津川』ですけど。

 

 でも両岸は正に『錦織り成す』

 

 さて問題。この歌の題名は? 答えは次回。

 

保津川下り、partⅤ。

 

 『保津川下り』の章、まだまだず~っと続きます。

 

 てか¥4100の元手分は回収しないと。

 

 それから。

 

 『有馬温泉・温泉寺』の庭に咲いていた白い花、余り見た事無いから花の名前分かりません。知ってる人教えて!

 と書いておいたらメール在りました。

 

 『沙羅双樹』ではないですかと。

 

 平家物語冒頭、『祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表す』(うろ覚えです。暗記したのは中学生だったんですから)

 

 『沙羅双樹』検索しましたよ。 う~んワカラン。

 

 でも『ラワンの仲間』という事は熱帯地方の植物。開花時期も春となってんですけど………もっとUPの写真撮ってくれば良かった。

 

 

 『保津川船下り』は何回も鉄橋の下を潜ります。

 

 川幅は広く成ったり狭まったり。流れも激流在り、瀞在り。

 

 岸辺も砂浜在り、草むら在り。奇岩奇石の岩肌在り。ゴロ石あり。

 

 山の木々も針葉樹と広葉樹の混合林の為、深緑色から黄色、赤、朱、茶色と色様々。

 

 乗船したのは水量の少ない11月末、川下りに要する時間は2時間程。

 

 雪解けや降雨後の水量の多い時は1時間少々で下るらしいです。

 

 

 流れが緩やかになってくると、『棹』『前櫓』(船頭さん)『櫓』の三人がローテーションして入れ替わります。

 

 その時、船頭さんが満員の船の船べりを歩いて前後入れ替わるんですけど、「決して押さないで下さいね。そりゃ泳げますけど、風邪ひきたくないですから。押さないでね。」

 

 う~ん『関西圏=お笑い文化=ウケ狙い』

 

 ダチョウ倶楽部のギャグを思い出し、含み笑いをしていたら、船頭さんと目が合ってしまった。

 

 殺気を感じ取ったのか「お客さん、冗談抜きで押さないで下さい。頼んます」ときたもんだ。

 

保津川下り、partⅣ。

 

 峡谷に差し掛かると今までの流れが一変します。

 

 急流となった流れの中を、『棹』を巧みに操って舵を取る『前乗り』

 

 今まで漕ぎ続けだった『櫓』は暫し休憩。

 

 

 この『保津川下り』の歴史は古く、今からおよそ1200年前、長岡京市が都だった頃に丹後の材木を運んだ事から始まります。

 

 山で切り出した木を筏にし、船頭さんが棹裁き宜しく川を下る。

 

 その為には川の手入れが必要で、大水の度に荒れた水路を人力で手入れしていたそうです。

 

 江戸時代になり京都の豪商『角倉了以・すみのくらりょうい』(嵐山の下船場近くに胸像が在ります)が私財をなげうって水路の開発に挑みます。

 

 実はこの方、後に幕府の命を受け『木曽川』や『暴れ天龍川』の水路開発もした凄い方。

 

 明治時代に入り、観光開発に尽力したのが『川本直水・かわもとなおみ』

 

 またこの方も凄い人で、小さなタクシー会社から会社を大きくし、京都に観光客を呼ぶ為に数々の観光資源を開発、そしてなんと『はとバス』創始者です。

 

 タクシー利用者を増やしたい⇒観光客を増やす⇒観光開発⇒自分でやっちゃえ!

 

 玉屋の売り上げ伸ばしたい⇒観光客を増やす⇒ぴんころ地蔵さんに人が沢山来ます様にと成田山に願掛け。(って完全に他人任せです。)

 

 

 え~っ話戻します。

 

 渦巻く川面、でも船はどっしりとしていて安定している。

 

 この程度の流れならローリングもピッチングも無し。

 

 まっ、船は満員ですからね。

 

 日本の河川で、人の手の入らない自然水利は『四国・四万十川』や『北海道の原野を流れる川』位なものだと聞いたことが有る。

 

 この辺りでも『コンクリート擁壁』や『蛇籠』の護岸工事の後が見られる。

 

 右岸の紅葉の中を『トロッコ列車』が走る為、安全確保は仕方ないけど。

 

 丹後の山の中から木を切り出し、『筏』で運んだ頃とは見える景色が違うんだろうな。

 

 だからと言って『筏』で下れって言われても、紅葉時期は『濡れる』し、『寒い』し。

 

 やっぱり『保津川船下り』でいいや。

 


 こーちゃんの”毒談と変見”

 ぴんころ地蔵から車でほんの数分も走れば、黄金色輝く田圃が広がります。浅科区では五郎兵衛米というお米が獲れます。内緒にしておきたいくらい美味いです。

 

新米が出回るのはまだまだ先ですが、一度お試しください。道の駅、お土産売り場等で買えます。五郎兵衛米です。ブランド価格します。

 

40年も昔の話。田圃にコンバインの姿が無く、稲刈りした稲束をハゼという棒に掛けて天日乾燥させていました。

 群がるのは  イナゴ。バッタのことですが漢字では  蝗。稲穂を食いつぶす害虫です。

 

 小学校の授業の一環で、イナゴとり  がありました。イナゴを全員で採取して駆逐し、尚且つ業者に売るのです。その利益で図書館の本や備品購入代金にするのです。

 買った業者はどうするのか?佃煮にして売るのです。

 信州三大珍味。(ゲテモノ?) ハチの子ご飯。イナゴ、カイコの佃煮。ザザムシの佃煮。えっ?本当に食べてたんです。今でも缶詰や瓶詰で売られています。しかもお値段なかなかの高級食材。

 都内某所の居酒屋で、イナゴの佃煮7~8匹で¥500でした。

 

 高級食材入手の際、田圃でのトラブルはお避け下さい。


 北大路魯山人 の逸話に、「田螺の生茹でが大好物。この田螺に寄生していたアニサキスのせいで早死にした。」とあります。ほんとうかどうか真意はさて置き、田螺もたべていました。

 秋の味覚のひとつです。


 こーちゃんの"毒談と変見”

 

 信州佐久は、誇れるものがたくさんあります。


 晴天率もその一つ。昼間は太陽光発電が威力を発揮していますし、夜は天体観測にもってこい。少し山間に入って生活光の届かない処で車を停めれば、肉眼でもはっきり見える天の川。宇宙飛行士  油井さん  の搭乗している宇宙ステーションもその軌道が肉眼で見えます。

 

 油井さんといえば、佐久の隣、南牧出身です。


 ついで宇宙つながり。JAXAの打ち上げた「ハヤブサ」を覚えていますか?通信不能になり行方不明になった「ハヤブサ」を諦める事無く追い続け、地球帰還に導いた影の立役者「日本最大パラボラ電波アンテナ」があります。(写真はまた今度)


 ちなみに写真は ちょうげんぽう だとおもいますけど。


  浩ちゃんの ”独断と偏見”

 28/8/2015


 いらっしゃいませ。玉屋の こーちゃん です。

 

 パソコンで遊び出してまだ間もない為、多々不愉快な点等御座いますが、平にご容赦願います。

 

 ホームページも初めて。ブログも初めて。何から何まで暗中模索で楽しく? 苦しんでいます。

 

 キーを叩くのも指一本で足りてますから、その更新ぶりも推して知るべし。目標は1日1本のアップです。

 

 前置きはさて置き。

 

 ぴんころ地蔵。

 

 正式名称は [長寿地蔵尊] とお腹に書いてあります。

 

 今では日本各地に、長寿祈願のお地蔵様がありますが、元祖本家本元この地で生まれました。

 

 歴史的にはまだまだ浅く、巣鴨の「とげ抜き地蔵」さん何かと比べられると…。

 

 でも、その柔和な笑顔が こーちゃん は好きです。