ゆず

 

 古神道の『明伸系鳥居』を潜りまして、白い玉砂利の上をジャリジャリと歩き、ふと右手を見ると『初穂料』を収めた方の『銘板』がありました。

 

 あまりこの手はワザワザ見るような物でも無い………

 

 ん? 100万円!

 

 しかも名前の『北川悠仁』と書かれた上に『ゆず』の文字。

 

 『ゆず』+『北川悠仁』=紅白出場男性ディユオ。『栄光の架橋』とか『夏色』の‼

 

 

 『領布所 兼 接待所』でお茶を出してくれた方に聞いてみました。

 

 「100万円の『ゆず』ってあの『ゆず』ですか?」(どんな『ゆず』だ)

 

 お姉さん。水を得た魚のごとく喋る喋る。

 

 得た情報によりますと、『ゆず・北川悠仁』さんのお父さんが『神職』の方で、以前『身曾岐神社』でお勤めしていたそうです。

 

 その縁も在り、『ゆずコンサート』が能舞台で行われたそうです。

 

 現在お父さんは『身曾岐神社神職』を引退されたそうですけど、『北川悠仁』さんとのご縁は続いているそうです。

 

 

 『岩沢さん』は? と突っ込まない様に。まさか右足で………。

 

 意外とチャラいイメージが湧いてきてしまいました。

 

 

 先ずは本殿で参拝してからね。と先を急ぎます。

 

 『神鳥』として飼われている『烏骨鶏』の所を左に曲がってジャリジャリ歩いて驚いた。

 

 以下次回です。

 

鳥居

 

 『身曾岐神社』の一の鳥居は直線的な丸太を組んだ物。

 

 鳥居の形は大きく分けて『神明系』と『明伸系』(間違いじゃなくホントの話)の二つが在り、『伊勢神宮』『鹿島神宮』『靖国神社』などでもみられるのが『神明系』

 

 解かりやすく云うなら、一番上の部分が反っているか真っ直ぐかの違いです。

 

 鳥居の並びには

 

 

 達筆で大書きされた『天下泰平』と

 

 

 『天壌無窮』 神道で聞く言葉です。

 

 地に降りた『天孫・邇邇芸命』に『天照大神』が云った言葉とされています。

 

 意味は………たまには自分で調べなきゃ。(ウィキペディアも窮しているようだし)

 

 正統系の神道みたいです。

 

 だって日本には八百万程の神様がいらっしゃるから、中には?の神様もね。

 

 

 『古神道本宮 御祭伸は天照大御神』 全生命の太祖ですと。

 

身曾岐神社

 

 『オオイトサクラ』から駐車場に戻る時、小川の流れる脇にも綺麗な桜並木が在りました。

 

 

 村の氏神様が祀られているのでしょうか『社』と石碑が見えます。

 

 好きなんですね~。こんな場所。

 

 

 『社』の中に『観音開き』の『逗子』があり、『石仏』らしきモノが祀られていましたけど風化して輪郭しか解りません。

 

 向かって右側の木造などは『首』が有りません。代わりに載ってるの何?

 

 明治時代になり『神仏分離』が盛んになった時、心無い人の為に多くの仏像が壊されてしまいました。

 

 各地で見られる『首なし地蔵』などもその例です。

 

 

 『社』の周囲には色々な石碑などが在りました。

 

 土地の人が大事にしている場所なのかもしれませんので早々に退散します。

 

 後、100年も経てばこの桜にも名前が付いているかも知れませんね。

 

 

 その後ナビに従って10分も走れば『身曽岐神社』到着です。

 

 ガランとした広い駐車場に車を停め、先ずは『一の鳥居』から。

 

 実は何回かこの前の道を走ってはいますけど、参拝するのは初めて。

 

 さてさて行ってみますかね。

 

オオイトサクラ

 

 桜を観ながらおにぎり食べて、又国道20号線を山梨県へ。

 

 『荒田』の交差点から『小淵沢』方面へ左折する。

 

 この道は大好きな『ループ橋』が在るんだけど駐車スペースが無いのが残念。

 

 

 以前、バイクを端に停めて撮った写真です。

 

 ループの中心に向かって上ってきた道が360度ループを描きます。

 

 あまり他所では見かけないですけど、こんな事に興味持つのは私だけ?

 

 後方に聳える山は『甲斐駒ヶ岳』?

 

 

 『小淵沢』に近ずくと『神田オオイト桜』の案内看板が現れます。

 

 まぁ急いで帰る事も無いし。『桜』は開花時期に見なくちゃ只の『樹』

 

 折角看板まで出しているんだからノコノコ行ってみますか。

 

 

 案内に従い車を停めると『ウグイス』の『地鳴き』が聞こえてきました。

 

 3回に1回位、綺麗に『ホ~ホケキキョ』と聞こえますけど、まだ練習中なのか『キ・キキョ キキョ』みたいに聞こえます。頑張れ~。

 

 交通規制のガードマン(市の職員風)が交差点に立ち、案内兼監視していました。

 

 桜の脇には立派な石碑も立っていました。

 

 油絵を描いている人もいますので邪魔しない様にして。

 

 

 ………………。 

 

 以上。

 

蔦木宿

 

 国道20号線を山梨県から長野県に入り、直ぐの所に在る道の駅が『信州 蔦木宿』

 

 この辺り、あまりコンビニ・食堂とか無いから、結構利用する人が多い道の駅です。

 

 よく大型トラックが停まっています。

 

 大型トラック運転手の仕事は運転するだけでなく、荷物の積み下ろしという大変な作業があります。

 

 10tトラックなら10tの積み荷を積み下ろしするわけです。

 

 『パレット』積みのキャベツなどは、フォークリフトで荷下ろしできますが、『パレット』に積むのは運転手です。

 

 ひと箱10㌔の段ボールとして1000箱を積み下ろしする事もある訳です。(法改正により車載量増t車両は13t位積み込みます)

 

 体格にもよりますけど2時間~掛かる重労働です。

 

 汗もかきます。でも荷積みしたら次の車両の為に即車を移動させなければならず、風呂・シャワーは後回し。

 

 しかも車両が大型ですので、駐車スペースも限られてきます。

 

 で『道の駅 蔦木宿』

 

 

 温泉が在るんです。しかも気持ちいい露天風呂も。

 

 朝から汗みずくになって荷台一杯に荷物を積んだ運転手さん。

 

 荷下ろしの時間を計算して、こんな所で汗を流します。

 

 運転手さんが『入浴道具』一式入っている『プラスチック籠』下げて歩いてるところなんて見た事ありません?

 

 高速道路の『サービスエリア』にも『入浴・シャワー施設』が設置されている処が増えました。

 

 『長野県・諏訪湖サービスエリア上り』は温泉が有りますし、『談合坂サービスエリア』や『多賀サービスエリア』なんかにも入浴施設が在ります。

 

 レストランで食事して、ひと風呂浴びて道路が空いてくる時間まで仮眠する。

 

 大変な仕事です。

 

 

 『御柱・木落し』の自動販売機が出迎えてくれます。

 

 高速道路の各施設では『酒類』の販売は禁止ですけど、道の駅ではお土産用の日本酒など販売している処もチラホラ。あくまで『お土産』用ですので飲酒運転はご法度です!

 

 そして此処、春先には

 

 

 『釜無川』沿いに桜並木が在ります。

 

 駐車場からでも充分綺麗ですが、川沿いに降りていくと

 

 

 二本寄り添う『夫婦桜』(勝手に命名しました)が在るんです。

 

 『山梨県・道の駅白山』で『南アルプスの天然湧き水』を汲んできて、おにぎりを食べる。

 

 いつもは『コーヒー』ですけど、おにぎりには『日本茶』か『みそ汁』

 

 川風に吹かれながら食べるおにぎり最高です。

 

 ※春先の川辺は蛇に注意。注意してから座りましょう。

 

オブジェ

 

 Radish 渡辺治美さん

 

 

 CULTIVATION   GOLD-WALL   平戸貢児さん

 

 

 オブジェだよね? データ紛失です、スミマセン。

 

 そして『ラス・ボス』

 

 

 メタリック調の『大村智さん』 北斗市の育んだノーベル賞受賞者です。

 

 ノーベル生理学・医学賞(長年の微生物の研究による物です)

 

 『イベルメクチン』の発見により、『蚋・ブヨ』被害による『失明治療薬』の開発に成功し世界中でどれほどの人が救われたか。

 

 

 この辺りを散歩しながら、時に土を手に取ったりしていたそうです。

 

 両親の為にと温泉『武田の里・白山温泉』を造っちゃったり、『韮崎大村美術館』を建てたり。なかなかの行動力と資金力!

 

 『一期一会』と『恕』 『恕・じょ。』って何だ?『怒』じゃ無いなぁ。

 

 調べましたよ。『思いやる事=思いやり』ですと。

 

 う~ん見習いたいけど難しい。

 

 

 これを書いてる今日は10/9です。

 

 タイトル的には『秋桜』のはずですが………『桜』です。

 

 毎年、春になって桜の開花を聞くと訪れる場所があります。

 

 バイクで1時間とチョット。

 

 『一本桜』で有名な『山梨県北斗市・鰐塚桜』です。

 

 それだけでは寂しいから今回は他の桜の名所にも。

 

 いくら規制緩和宣言が出ても、人混みは避けたいですもん。

 

 

 『武田の里』 甘利沢川沿いの『桜公園』でです。

 

 舗装された遊歩道は歩き易く、途中でトイレ・水飲み場なども完備され、地域住民憩いの場所となっています。

 

 

 晴れた日には橋の袂から『富士山』も望めます。

 

 実は山梨県、『富士山』が余りに近いが為に手前の山が干渉して、『富士山』の見える場所は全県中の半分位らしいです。

 

 更に天候次第では雲の中。

 

 なかなかお目に掛かれないから価値が在ると云うモノ。

 

 更に『桜』ですもん。

 

 なんか『金運UP』しそうじないですか!

 

 

 更にこちらの遊歩道沿いには数々の屋外彫刻が展示されています。

 

 全部の写真UPは大変なのでグーグルマップで観てください。

 

 その中でもお気に入りを何点か。

 

 スペースの関係で次回です。

 

 

 『畑山発電所跡』がどれだけ『藪』の中なのか伝わらなかったみたいですので。

 

 

 『竹藪』越に

 

 

 此処を行くのは………

 

 

 別に『マムシ』や『ハブ』でない限り、『蛇』もそんなに苦手では無いけど、顔にへばりつく『蜘蛛の巣』だけはカンベンです。

 

 まぁ何時の日か水路の確認してみます。

 

発電所

 

 「物の始まりが 一 ならば、島の始まりが 淡路島。」

 

 寅さんが縁日などの参道で人を呼び込み『啖呵売』を始める時の『常套句』です。

 

 電気の『始まり』は『発電所』

 

 水力・火力・原子力・太陽光に至るまで、発電所から『鉄塔』に向かって『斜め』に延びる送電線。

 

 「行っといで!」と声を掛けたくなるのは『私だけ?』

 

 

 川沿いの道路をトコトコ走っていたら『砥石城・登り口』の案内標識が立っていました。

 

 取り敢えず『バイク』で行ける所まで。と思い駐車場まで。

 

 バイクじゃ無理ですね。日暮れも近いし、歩いて登るのもパス。

 

 そのまま来た道引き返すのも面白くないので細い砂利道へ乗り出すと………

 

 

 藪の中に太い鉄製の『送水管』の様な物や、石積みの構築物が見えます。

 

 何だろう?

 

 バイクを停めて藪の中へと近づくと。

 

 

 『畑山発電所跡』ナント今から120年前にこの地に発電所が在ったんです。

 

 温泉源が近くに在るから『地熱発電』かと思いましたが『水力発電』でした。

 

 と云う事はこの山の中に『水』を蓄えた『湖』なり『河川』が無ければならない。

 

 在ったかなぁ?

 

 

 昭和20年、終戦時に自然災害により損壊・廃止されるまで稼働していたそうです。

 

 どうしても『水利』を知りたくて、パイプを辿ってみましたが藪、藪、藪。

 

 下手に突いて『蛇』が出るのも嫌なので今回は此処まで。

 

 そうかこんな所に『文明開化』の一端が在ったんだ。

 

 「結構 ケ だらけ、猫 灰だらけ。お前の………」

 

 下品になりますんで以下略。

 

千古温泉

 

 『千古の滝駐車場』から南に200㍍程進むと、立派な看板が出ていました。

 

 『千古温泉』

 

 

 看板裏を下っていく舗装路があります。

 

 以前は『温泉宿』でしたが、今は『立ち寄り入浴』だけの営業みたいです。

 

 

 よく見ると対岸に『源泉』を掘り出し、パイプで引き込んでいるのが見えます。

 

 

 『物見湯山』をいつも車に入れていますんで、真田に来た時は『真田ふれあいの湯』を利用する事が多いのですが、今度は『千古温泉』に入ってみたいと思います。

 

 

 上の写真は能登半島突端、『珠洲岬』に在る温泉宿です。

 

 チョッチお高いので見るだけですけど。

 

 『千古温泉』なら入れそう。

 

コンクリート桝

 

 道路脇にある排水用のU字講には、所々に四角いコンクリート製の『桝・ます』が設置されています。

 

 『排水桝』と云って、合流・分配に使われたり、砂・落ち葉などを一時的に貯め、水が溢れ出すのを防いだり。

 

 『千古の滝』の傍らに大きなコンクリート製の『桝?』が在りました。

 

 

 高さ2m以上。ヨッコラショっと覗き込むと、落ち葉溜まりとなっていました。

 

 そんな落ち葉の中に何が潜んでいるか分からないからそ~っと離れます。

 

 

 更に滝に近い斜面に立て札が在りました。

 

 

 残念ながら現在、周囲で臭いも・湯気も無く『温泉』が湧き出ている気配は在りません。

 

 立て札の『墨書き』も薄れていますのでかなり以前の物ですかね。

 

 

 二筋の滝を挟んで岩の上に『祠』が見えます。

 

 昨年の台風被害で流された『木』がそのまま取り残されています。

 

 風化し始めて白っぽくなっています。いずれは砕けて流れていくんでしょう。

 

 江戸時代、滝を観ながら温泉なんか入ってたんですかね。いいなぁ。

 

千古の滝

 

 中学生になった時、長野県下の割と詳しい地図帳を貰った。

 

 天竜峡に合流する川『万古川』や真田の里の『千古滝』なんてのを見つけてはアンダーラインを引いていた。(呆れる位の馬鹿だねぇ。)

 

 因みに『千古』は『せんこ』ですから。

 

 

 数台停められる駐車場があり、河原までものの数分で降りていける。

 

 トイレ、水道無しです。『おにぎりタイム』は国道沿いのコンビニ、町営温泉施設の売店などをご利用して入手して下さい。

 

 

 案内看板は取り敢えず飛ばし読みにでも読んでおきます。

 

 特に『地図』などが描いてあれば『スマホ』で撮っておくと後で確認したい時に役立ちます。

 

 江戸時代には『富士見温泉』が滝の傍らに在ったんですと。

 

 滝の上に『ベン天』とカタカナ表記がありますけど時代考証を突っ込まない様に。

 

 右上に描かれた交通の要所『横尾』集落から『物見遊山』がてらの絶好のロケーション。そりゃ賑わったんでしょうね。

 

 

 『滝つぼ』は大分堆積したのか広い河原になってしまいました。

 

 崖の上には前出の『御堂』が見えます。

 

 白さが目立つから『石灰岩』でしょうか。柔らかいから『甌穴』が出来やすく、又『浸食』されやすいのかも。

 

 後、何百年後には只の川かも知れません。

 

 西側には急峻な山肌が迫っており、午後3時にはもう日が陰っています。

 

 滝つぼを正面に見据え、ぼ~っと見つめていました。

 

 マイナスイオンをたっぷり浴びて、リフレッシュ完了!

 

 岩の上に『石の祠』があります。

 

 『弁財天』とありますので遠くから一礼。

 

 『金運UPしますように。』

 

千古の甌穴

 

 『滝』との上流は『ガッカリ』の事が多く、『見なけりゃ良かった』の場合が多いです。

 

 でも此処は必ず見てください。『甌穴群』があります。

 

 

 う~んチョット解りづらい?

 

 

 白波立つ右側に『大きな丸い窪み」と『小さな窪み』

 

 『甌穴石』は見えません。

 

 水の流れは『高い方』から『低い方』へ。

 

 浸食を繰り返し、遮る物を乗り越え、柔らかい処は抉られる。

 

 実に『自然の理』にかなっています。

 

 

 どうも写真のUPが上手くいかない………。

 

 又何かやってくれたかいJIMDOさん?

 

 

 上の写真は『甌穴』がよく解ります。軽井沢町に在ります。

 

 

 次回は 『千古の滝』です。

 

甌穴

 

 『甌穴』 読めます? 

 

 川床の一枚岩などに出来る事が多く、急な流れの中に窪みが出来、其処に小石などが入り込んで水の流れと共にくるくる廻ったり。んでいつの間にか窪みが広がると少し大きな石が入り込んでくるくる。長い年月をかけて繰り返し、大きな石が入り込んでくるくる………廻らない位の大きさの石が長い年月をかけ砂などに削られて真ん丸になる。

 

 川床の窪みを『甌穴・おうけつ』 丸くなった石を『甌穴石』と言います。

 

 この『甌穴石』はその姿形に神秘を感じ、神社などに奉納されたりします。

 

 

 『千古の滝』。『せんこ』と読んで下さい。間違っても『ち〇こ』とは読みません。

 

 案内を頼りに滝の上流へ。 そこに『甌穴』があるそうです。

 

 

 滝に向かって『御堂』が建てられていますけど扁額の文字が消えちゃってます。

 

 滝の傍に在るのは大抵が『不動明王』か『観世音菩薩』 

 

 気になるところですけど扉開けて覗くわけにもいかないし。

 

金剛寺峠

 

 『この道を行けば どうなるものか 危ぶむなかれ』

 

 我が心の師『アントニオ猪木』さんで有名になった『一休さん』こと『一休宗純』の詩『道』(『一休さん』作の根拠は無いそうです)

 

 オフロードバイクに跨っている時のこーちゃん。

 

 『この道を行けば どうなるものか 行き止まりだったら戻ればいいじゃん』

 

 とばかりに林道を駆け上がっていく。

 

 人気のない林道を走っていて時々出くわすのが『一般車立ち入り禁止』の看板と『チェーン』などのゲート。

 

 たまたま開いていた『チェーン』と看板が無いのを確認し山の中へ。

 

 この手の『ゲート』を設置しているのが『営林署』の場合は特に問題は無いのだが、『材木商』などが伐採・出荷の為に造った『道』の場合チョット勝手が違ってくる。

 

 心当たりありません?なんでこんな所に閉鎖された林道が何て事。

 

 伐採業者は『木』を切り倒し、『枝打ち』して運び出します。

 

 山に残されたのは『木の根っこ』と枝打ち後の『枝』 山は『はげ山』と化します。

 

 そんな『はげ山』を待ってましたとばかり買い入叩く企業。

 

 『太陽光発電業者』です。

 

 倒産したゴルフ場など瞬く間に『メガソーラー発電所』と化してしまいます。

 

 先の『はげ山』なども『陽当り』さえ良ければ一面に『ソーラーパネル』が設置されてしまいます。

 

 問題は『雨』 山に森林が育っていれば降った雨が『枝葉』を伝い、『下草』や『苔』が水を貯え、徐々に地面へと吸収されていきます。

 

 やがては濾過されて水が『湧き水』や『温泉』となって『人』に還元されます。

 

 『太陽光パネル』に降り注いだ雨は表面を流れ、『水流』となって『道路』や『山肌』を流れます。

 

 その時『枯葉』や『小枝』を押し流し、『側溝』を詰まらせ溢れだします。

 

 一度流れ出してしまうと『土石流』となって、最悪『土砂崩れ』や『河川崩壊』を招きます。

 

 2019年の台風19号も佐久地方に甚大な被害をもたらしました。

 

 今年も強力な『台風9号』が九州に接近しつつあります。

 

 山を守り森林を守る事が必要な時かも知れません。

 

 てな事考えながら途中。

 

 

 こんな形の『木』を見つけました。

 

 オイオイ。何があった?

 

根小屋城登り口

 

 『経塚』江戸時代は賑わったんだろうなぁ。などと思いながら『神川』沿いの砂利道へ入ってモノの200mです。

 

 『根小屋』への登り口は『神川』のすぐ脇に在りました。

 

 

 広くなった砂利道の端に車なら3台は停められそう。

 

 で登り口はと見ると、『竹の杖』や『ストック』が置いてある。

 

 

 『尾引城跡』から見た感じも急峻に見て取れた。どうしようかなぁ?

 

 と言いながらも何故かバイクは走り出す。いやこの登りは結構キツそう。

 

 暫く走ると お!湧き水発見。

 

 

 銘水『一杯清水』 象山先生もここで清水を飲んだんでしょう。

 

 

 水量はそれほど多くは無いですけど、標高差100㍍程の山ですから湧き出ている事だけで充分。

 

 『湧き水』は地面から沁み込んだ水が『濾過』されて流れ出た物。大抵は飲めます。

 

 『流水』はよほどの場合じゃ無ければ飲まない方が。

 

 上流に人の生活圏が在るかも知れませんし、動物などにより汚染の危険もあります。

 

 で『石の祠』も祀られている『湧き水』を飲んでみます。 まっ普通です。

 

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交差点

 

 道路から外れたこんな藪の中に石碑?

 

 『経塚』はやっぱり人目に触れちゃぁ行けない場所?

 

 それでも好奇心には勝てませんで、蜘蛛の巣掻き分け石碑の前へ。

 

 

 いや立て札とかは新しいし。なら『道』くらい整備しといて欲しいなぁ。

 

 きっと成長の早い『竹』の事、道を塞いじゃったんでしょう。

 

 

 なになに………………そうですか。

 

 

 

 確かに『多重の宝塔』の輪郭が彫られており、中には『梵字』らしき文字が刻まれている。

 

 そして『道標・みちしるべ』

 

 

 比較対象が無いので分かりづらいですけど、高さ20センチくらいです。

 

 で彫られている文字は

 

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経塚

 

 私のバイクに『カーナビ』在りませんので(最近のバイクにはスマホ=ナビを取り付けられるんです)勘を頼りに走ります。

 

 だから他人の見つけないモノなんか見れたりして。いや迷った末ですけど。

 

 『経塚』もグーグルマップに記載されていませんでした。

 

 道路沿いの小さな『看板』に『経塚』と書かれていました。

 

 『根古屋城』を目指していたんですけど寄り道です。

 

 

 普通なら見落とす。いや見掛けても通り過ぎるでしょ、壊れかけた案内看板。

 

 看板の示す先は『草叢』~『藪』の中。

 

 実はヤバイ処かも知れませんけど、真昼間から『お化け』や『幽霊』の出た試しは無い!

とばかりに藪の中へ。

 

 

 清水の湧く池の畔、『竹』が通路を遮ってます。まるで『近かづくなョ~』と通せんぼしているよう。『昼間から幽霊お化けの出るじゃ無し!』と『竹』を掻き分け………

 

 

 綺麗な水です。『藻』が多いという事は日の光が差し込むという事。

 

 池には『ニジマス』や『ヤマメ』が泳いでいますけど、それ程山間に入って来た訳でも無い。誰かが放流したのかな?

 

 もしホントに『デンジャーゾーン』なら、嫌な感じがしたり、頭が痛くなってきたりと何らかの変調を感じます

 

 そんな場所は自然界も不思議な『力』を感じるのでしょうか、鳥が鳴いていなかったり、蜘蛛の巣すらなかったり。何となく違和感があります。

 

 今までにも何回か、『これ以上行っちゃあいかん!』と感じ、引き返した事があります。

 

 でも此処は『プラスのパワースポット』みたい。

 

 で『蜘蛛の巣』を掻き分け藪の中に在ったものは………丁度時間となりました~。

 

 又のご来場をお待ちしております。

 

秋葉神社

 

 東京の電気街(今はメイド喫茶?)で知られる『秋葉原』 上京した頃アマチュア無線機を買いに行きました。

 

 他にも『アキバデパート』前の広場で常設されていた実演販売。

 

 寅さん映画みたいな『啖呵売・タンカバイ』って感じじゃ無くて、テレホンショッピングみたいです。 人混みにつられてチョイと覗き込むと、いつしか買わされてんだよね。

 

 『万世橋』の袂に在ったから『肉の万世』 格安で肉が買えました。

 

 『山手線』と『中央線』の乗り換えポイントでも重要です。今の地下鉄は複雑すぎて、スマホアプリが無いと乗り換え出来ません。

 

 『秋葉原』の地名の由来は『秋葉神社』の在った原っぱです。

 

 『秋葉神社』って?

 

 『古事記』(『日本書紀』かも)に書かれていた『イザナギノミコト』の奥さん『イザナギノミコト』は第一子を産みますが、『未熟児』(諸説あります)で生まれた子供を『海』に流します。ところが生きていて『蛭子』=『恵比寿』神になりました。

 

 次に生まれたのがナント『日本の島々』=『島産み』 続いて『様々な神々』=『神産み』 不思議ですけどなんせ『神様』ですから。(ツッコまない様に)

 

 そしてある時『火の神』を産みます。その出産時のやけどが元で(何処をやけどしたか聞かない様に)『イザナギノミコト』は命を落とし、『黄泉の国』へと旅立ちます。その時産まれた神が『火之迦具土神・ヒノカグツチノミコト』とされています。

 

 『火之迦具土神』=『火を司る神』として 『火伏せ』=『火事除け』に崇められます。

 

 江戸時代『東京・秋葉原』の辺りは草叢が多く、些細な事で大火事になったそうです。

 

 そこで建てられたのが『火之迦具土神』を主神に祀る『秋葉神社』です。

 

 

 山頂部『主郭』に在る建物は『秋葉神社』の『拝殿』と『社』のみです。

 

 

 古くから『焼き畑農法』を行ったのでしょう。延焼を防ぐための『秋葉神社』だと思われます。

 

 

 参拝を済ませ、先ほどの案内図を見ながら『根小屋城』も近いななんて考えまして。

 

 実はこれが大間違い!デフォルメされた絵なんて信じちゃダメ!の典型です。

 

尾引城・横尾城

 

 何故・で繋がっているのか?

 

 地籍『横尾』に在るから通称『横尾城』と呼ばれていたと推測デス。

 

 

 実は『尾引城』へはバイクで行けそうと思い、山間部へ入って行ったのですが(看板に描かれた図の一番右の道)

 

 

 何本かの倒木を避けながらもここまで来ましたが、更に数本の倒木が道を塞いでいるので断念して引き返します。

 

 『尾引城』の看板近くにバイクを停めて、看板を見ると僅か250mで城跡まで行けそう。

 

 行くっきゃないでしょ。

 

 

 看板には城跡まで250m、10分と書いてあったけど、日頃の運動不足で息がゼ~ゼ~。

 

 汗をダラダラ流しながら登ります(ホントに大した距離じゃ無いんですけど)10分じゃ無理。

 

 

 『城跡』のから見下ろす真田の里。遠くに見えるのは『八ヶ岳』です。

 

 春、ウグイスの地鳴きを聞きながら。城跡で『涼風』に吹かれる。

 

 う~ん、コンビニ寄って来ればよかった。

 

 オフロードバイクで走る時、『胃下垂防止用ウエストベルト』を着けています。

 

 『モトクロス』の頃からの習慣ですが、今は『出っ腹』が揺れるのを防ぐ為?

 

 ギッチギッチに締め上げる為、あんまり空腹感を感じないんです。

 

 やっぱり『冷たいお茶』と『昆布のおにぎり』のド定番は外せない。

 

 

道標

 

 『道標・みちしるべ』

 

 行く先を示唆し、通行人などに『行く先』『距離』などを教えるもの。『道路標識』

 

 昆虫の『斑猫・ハンミョウ』の通称。

 

 一般国道などでは『青色系』の看板。高速道路・有料道路などは『緑色』が多いです。

 

 夜間でもヘッドライトなどに反射しやすい塗料を使っていたり、高速道路沿いではライトアップされたりしています。

 

 山を下りて『信綱寺』の枡形から付近をブラブラ散策してました。

 

 

 『石舟の橋』が不明ですけど、『横尾区・戸沢』は『黒門前駐車場』の東側集落。

 

 推測の域ですけど、北関東『栃木県・宇都宮~群馬県・前橋』辺りに掛けて『善光寺詣り』をしようとした人達(江戸時代関所を抜けられなかった人含む)は『上州街道』(現国道406号線)の『鳥居峠』を超えて『真田の里』に下りてきました。

 

 

 そこで見つけた『善光寺』の文字にどれだけ元気付けられたでしょうか。

 

 『ナズナ(ぺんぺん草)』の大きさと比べてもそれ程大きなものではありません。

 

 実際、立て看板が無ければ素通りしていたかも知れません。

 

 

 更に『横尾集落』で県道35号線の一本裏通りに見つけた立て看板です。

 

 『コーナーミラー』の真ん前、否応なく目に飛び込んできました。

 

 で『どこだ?』

 

 

 砕石敷きの駐車場の一角に風化した小さな石票が在りました。

 

 国道・県道が整備されたおかげで交通の便が良くなった半面、誰からも見向きもされなくなりつつあるもの。

 

 どうか探してみてください。身の廻りにもきっとある筈です。

 

馬頭観音

 

 『信綱寺』の裏山で『真田信綱夫妻』弟『昌輝』のお墓で合掌の後、山を下ると『信綱寺』のすぐ前に駐車場が在りました。

 

 『黒門前駐車場』から歩かなくても車で此処まで来れたんです。

 

 でも折角の『薬師堂』とか『黒門』、『馬頭観音』を観ないとね。

 

 ん!『馬頭観音』?

 

 慌ててスマホに撮っておいた『黒門前駐車場脇の案内図』を確認。

 

 『黒門』の傍に在ったのに気が付かなかった。

 

 

 こんなオモシロイの初めて見ました。 万治の石仏にも匹敵します

 

 普通は漢字で『馬頭観音』と彫られているものが多いのですが、これは天然石の材質を生かし、『梵字』の下に馬の顔が彫られていました。

 

 上部が欠けているように見えるんですけど、本来は『馬頭観音』と書かれていたのかも。

 

 でも『梵字』は通常一番上に来る筈だから?

 

 文盲の人でもそれと解るように『絵』にしたのかも。

 

 その後も気を付けて『馬頭観音』を観てきましたが、他で見つけたのが

 

 

 『旧浅科・市川五郎兵衛記念館』へと続く細い道の傍らに在りました。

 

 隣には『市川五郎兵衛』を神格化した『真親神社』が在ります。

 

 そこに奉納された『絵馬』かとも思いましたが、馬の絵の上の部分には

 

 

 辛うじて中央部に『馬頭亦観音』と在ります。『亦』って何だ?

 

 『亦』 音読み・えき 訓読み・また  意味・又と同意。

 

 余計に❓ 以上『絵』による『馬頭観音』でした。

 

 『馬頭観音』は『畜生界』を彷徨う人を救済する『観世音菩薩』です。

 

 庶民信仰として、『馬』を敬う意味と、旅の安全を願う意味も在ったようです。

 

 農家にとっても『牛・馬』は大切な労働力ですし、戦国時代は機動力にもなりました。

 

 ♬ 藁~に まみれてヨ~ 育てた栗~毛

 

  (オ~ラ オ~ラ 風邪ひくな。オ~ラ オ~ラ 達者でな!)

 

六地蔵

 

 童話『かさじぞう』で、正直者のおじいさんが、内職で『笠』(頭に被るタイプ)を造り、大晦日、街まで売りに行きますが………売れず。

 

 家に帰る途中、村の入り口の『お地蔵様』が雪を被っていました。

 

 心優しいおじいさん。雪を払い、売り物の『笠』を被せてあげました。

 

 しかし『笠』が一つ足りず、自分の手ぬぐいで『頬被り』してあげました。

 

 家で待っていたお婆さん。その話を聞いて「良い事をしましたね」と労います。

 

 そして翌日………。

 

 の『六地蔵』ですが、この『六』には意味が在ります。

 

 

 正確に云うなら『地蔵菩薩』 

 

 そして仏教では、『輪廻転生』と云う考えが在ります。

 

 一つの命が消えると、新しい命に生まれ変わるとされ、審判するのが『閻魔大王』(実は仏様)

 

 その時、『天上界』『人間界』『修羅』『畜生』『餓鬼』『地獄』の『六道』と呼ばれる六つの世界に生まれ変わるのだけれど、中には道を間違えちゃう者も出てくる。

 

 そこで迷っていそうな人に「どうしました?』」声を掛けたり、道案内をしてくれるのが『お地蔵様』

 

 そして各界の治安を図るのが『観音様』 此方も正しくは『観世音菩薩』

 

 『天上界=如意輪観音』『人間界=准胝(じゅんでい)観音』『修羅=十一面観音』『畜生=馬頭観音』『餓鬼=千手観音』『地獄=聖観音』と担当が決まっています。

 

 でも一番多く目にするのは、道の傍らなどにポツンと立っている小さなお地蔵様。

 

 地域の『守り神』や『道祖神』の意味合いを持つものや、『子供の成長』『病気治癒』などの『願掛け』に祀られたものなど様々です。

 

 『ぴんころ地蔵』もピンピン長生き、寝込まずボケず、コロっと往生!がコンセプトです。

 

 

 『ぴんころ地蔵』のある『成田山・薬師寺』は『真言宗』のお寺です。

 

 お地蔵さんに参拝する時は「オン カカ カビタマエソワカ」と唱えてみては如何ですか?

 

信綱のお墓

 

 お盆明けの3日間。夏休みを取らせていただきました。

 

 と言っても『病院』×2日。近場の山をトレッキング。

 

 心身ともにリフレッシュ!(チョット違うけど)

 

 

 本堂の扉を開けまして参拝させて頂きます。

 

 流石に畳に上がり込む訳に行きませんので『賽銭箱』の手前で合掌。

 

 御本尊ではなく、『信綱公』の位牌が祀られていました。

 

 

 本堂を後に、庫裏を廻り込むように細い急坂を登ります。

 

 息が切れ始めた頃………

 

 

 存在感の在るお墓と六文銭が目に飛び込んできました。

 

 周りを取り囲むのは家臣や縁しい人の墓石でしょうか。

 

 正直なところ気後れしてしまい、遠くからの合掌のみにしました。

 

 『信綱夫妻』と次男『昌輝』(向かって右側)のお墓です。

 

 

 『信綱寺』境内を望む高台に眠る『信綱』と『昌輝』

 

 『真田の里』を見下ろしながら、弟『昌幸』とその息子『信之』と『幸村』の活躍を見守っていたのかも知れません。

 

 ※ 文章力の無さを写真でカバーしています。稚拙な内容はご容赦です。

 

境内

 

 『大柏山・信綱寺』は『曹洞宗』のお寺です。

 

 『禅』に修行を見い出す宗派は他に『臨済宗』が在ります。

 

 『曹洞宗』は一般庶民に寄り添い、『臨済宗』は武家社会などに広まったそうです。

 

 「この道を行けば どうなるものか 危ぶむ無かれ………」で始まる『アントニオ猪木』さんのマイクパフォーマンスの『道』 実は『一休禅師』の作です。(違っていても責任持てません)

 

 時の将軍『後小松天皇』(北朝・足利家)と南朝・藤原家の娘『伊予局』の間に生まれた『一休さん』 今なら『皇太子』の扱いですが、禁断の恋だった故に世間に知られてはマズいと『禅寺』に預けられます。

 

 身辺護衛担当『蜷川新右衛門』さんも実在の人。将軍家側近の超エリートです。

 

 子供のなぞかけ問答に負ける訳ないんですけどね。

 

 因みにアニメ『一休さん』の母上様、同時期『峰不二子』も担当してた声優さんです。

 

 『座禅』では足を組み、目は半眼にして頭の中を『無』にします。

 

 『福井県・永平寺』で『座禅体験』出来ますが、難しく考えることなく先ずは体験してくださいとの事でした。

 

 『膝』に疾患を持つこーちゃん、足は組めません。それでも良いんですと。

 

 『禅堂』を持つお寺なら案外気楽に体験させてくれるみたいです。

 

 お試しあれ。『警策・きょうさく』でバシ~ん。なんて修行僧だけですから。

 

 

 石段を登り、門を潜ると中庭は光に溢れていました。

 

 

 『多宝塔』『灯篭』『香炉』『お釈迦様立像』そして何より枯葉一枚落ちていない中庭。

 

 厳しい修行の賜物です。

 

 

 トタンの覆いの下に『茅葺屋根』そして『梁』には『六文銭』が見えます。

 

 『真田信綱』の位牌寺として建立された『信綱寺』 まだまだ続きます。

 

信綱寺

 

 『黒門前駐車場』からあちこち散策しながら『信綱寺山門』へ到着した時には、早1時間は経過していた。(だって見どころが沢山ありますもん)

 

 

 正式には『大柏山・信綱寺』曹洞宗のお寺です。

 

 『真田幸隆』の長男で在り、その戦いぶりから『豪将』の名を天下に知らしめた『真田信綱』残念ながら次男と共に『長篠の戦』で戦死してしまいます。

 

 『三方ヶ原の戦い』において、『徳川家康』を、馬上で脱糞しながら這う這うの体で逃げ出させたという逸話の張本人。

 

 『徳川家康』はこの時の自分を恥じ『しがみ顔の像』を造らせました。

 

 執拗に『真田征伐』に執念を燃やした原因、実はこんな所に有ったりして。

 

 

 山門の『唐獅子』 黒いのは塗料?焦がしたようにも見えるんですけど。

 

 こういう仕事を見るにつけ「良い仕事してますね~。」とパクりたくなります。

 

 『獅子の目力』の強さときたら。悪しき者は退散ですね。

 

 こーちゃん。清廉潔白(と言う事にしときましょ)ですので一礼して潜ります。

 

 

 名残の梅が咲いていました。

 

 あらら、まだ登るの? 日陰で一休み一休み。

 

花押

 

 花押・華押(かおう)って知ってますか?

 

 『大名』や『武将』が手紙の文末などに書き記した『個人特定』の為のマーク。

 

 我が国で印鑑文化の最も古い物は、福岡志賀島で出土したとされる『漢委奴国王』と彫られた『金印』ですが、これは『漢』から贈られたもの。

 

 書画などに押される『落款印』も中国から伝来したものであり、盛んに使われるようになったのは諸説ありますがおおよそ室町時代以降。

 

 『戦国武将』などが用いた『花押』は『印鑑』とか『サイン』的な意味合いを持っています。

 

 

 他にも数々の『花押』が展示されています。

 

(左右バランスが不揃いなのは大理石が反射してしまう為)

 

 

 上の写真2枚は上越市資料館保存

 

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モノリス

 

 『信綱寺』の境内には鳥居が在って『大六尊天』が祀られていたり、バーベキューの出来る東屋が在ったり。

 

 そして『上田市役所真田古城緑地公園』(上田市役所って肩書、要るか?)が広がるその奥には

 

 

 ん! 何だありゃ?

 

 

 『碇ゲンドウ』を取り巻く数字の書かれた石板。

 

 「人類補完計画の為には犠牲もやむをえん」

 

 なんて『新世紀エヴァンゲリオン』のワンシーンみたいな。

 

 いやいや、『スタンリー・キューブリック監督』の『2001年宇宙の旅』 

 

 オープニングで『ツァラトゥストラはかく語りき』が鳴り響く中、巨大な『モノリス』が通り過ぎてゆく。

 

 今まで何回か観ても理解できない映画。『2010年宇宙の旅』もしかり。

 

 でも今年『2020年』なんですけどね。

 

 『モノリス』とは『石柱』の事です。

 

 映画ついでに『十戒』では、神からの十の訓告が山中の岩肌に刻まれ、モーゼはこれを石板として持ち帰る。

 

 『偶像を造り、これを崇拝してはならない』と『汝 姦淫してはならない』位しか覚えてませんけれど。

 

 赤茶けた色の『モノリス』の立ち並ぶ一角は『歴史の丘』

 

 

 最上段最奥に『真田幸隆』を置き、『真田家の重要人物』を左、『時代考証と中心人物』を右に相対して配置している。

 

 最下段は『大阪冬の陣』に於ける『真田丸』を表しています。

 

 上段からの時の流れを、水の流れで表現しようとしているのだろうが、残念水は流れていませんでした。

 

 折角だから一番上まで行ってみますかね。

 

 この『モノリス』が赤いのは、真田家の『赤揃え』を意味しているようです。

 

 そして各武将の名前の所に在ったモノとは。

 

 丁度時間となりました。又の続きをお楽しみに。

 

大六尊天

 

 鳥居の扁額には『大六尊天』と書かれてあった。

 

 『大六尊天』 聞き馴染みの無い言葉。ふと思い当たったのが『第六天魔王』

 

 『織田信長』が非道の攻略を繰り返していた時、『バテレン』の着るような『ロングコート』を羽織り、自らを『第六天魔王』と呼んでいた。

 

 『第六天魔王』 仏に近づこうと修行している者の邪魔をする邪神、いや『邪心』

 

 人間には『煩悩』と呼ばれる『欲』が在り、これを断ち切ろうと修行をするのだけれど、ふとした瞬間に『欲』に負けてしまう場合がある。

 

 俗に言う『魔が差す』 この『魔』が『第六天魔王』(※個人の感想・解釈です。間違っているかもしれませんのでウィキペディア参照)

 

 

 鳥居を潜り、参拝をと思った時、軒に掲げられていた看板が目に入った。

 

 『当寺 第六大魔王 宝暦六年………』 『大魔王』の言葉に慌ててスマホをポチポチ。

 

 おそらく『織田信長』に畏敬の念を抱き、『祟り』などを恐れて建てられたものと考えられます。

 

 なんだかムズムズした感じがして、『早く離れた方がいいよ』と警告しているみたい。

 

 ひょっとして『マイナスのパワースポット』なのかもしれないので『お賽銭』だけ挙げてそそくさと離れる。

 

 なんだかスッキリしない気持ちで『アジサイの道』(残念ながら開花前)を下って『信綱寺』へ。

 

 

 橋を渡ると大木の根元に『警告』と書かれた紙を発見。

 

 『スズメバチ注意』ですと。急いで通り抜けて(故に写真無しです)………えっ?何?

 

 そこに待ち受けていたモノとは? 次回です。

 

黒門

 

 真田『信綱寺』を枡形の在る『石門』から入りまして、参道をゆるゆると歩いて行くと、『薬師堂』やら微妙なバランスの『積み石』やらを通り抜けて到着するのが山門である『黒門』です。

 

 

 お寺の山門にも関わらず、重厚な造り。

 

 しかも左右は『大岩』が際まで来ており、侵入者を拒むような感じです。

 

 

 門柱の両脇には大きな『岩』が迫り、戦国時代の城門の様。(因みに二代目だそうです)

 

 一礼して『信綱寺』へ。

 

 して『信綱』?

 

 『甲斐・武田信玄』家臣として働き、信玄公からの信望も厚かった『真田幸隆』は、『真田・松尾城』城主としてこの地に赴く。

 

 『上田・砥石城』に勢力を持っていた『村上氏』を懐柔し、後に制圧。併せてこの地を『真田』と云わしめた。

 

 『真田幸隆』には『信綱』『昌輝』『昌幸』『信尹・のぶただ』の4人の嫡男がおり、特に長男『真田信綱』は『豪将』としての名を天下に知らしめた。

 

 『長篠の戦い』で二男『昌輝』と共に生涯を終えてしまうが、その功績を称え菩提寺として『信綱寺』を持つ。

 

 『三方ヶ原の戦い』において『徳川家康』を討ち取る寸前まで攻め、馬上で脱糞させた逸話の相手武将でもある。

 

 家康はこの時の事を忘れぬように『しがみ顔の像』を造らせ『臥薪嘗胆』を肝に銘じた。

 

 そっか。戦国ゲームでメッチャ強そうな武将が『真田信綱』でした。

 

 

 門をくぐったすぐ先には『鳥居』(お寺の境内にです)が在りました。

 

 何か気になったので扁額を見ると『大六尊天』と在ります。

 

 『第六魔王』って聞いた事ある? 多分それに掛けての『大六』だと思います。

 

 『第六尊天』(第六天)とはいかに?(たまには自分で調べなきゃ)

 

黒門前駐車場

 

 『おたっちう松の碑』を後にして、『真田街道』を走っていると『信綱寺』の幟が並んでいました。

 

 ハテ『信綱』って誰だったっけ?  ま、行けばわかるるさ1,2,3、ダ~っ‼

 

 で着いた所が『黒門前駐車場』

 

 平日の昼下がり。サボリーマンの営業車が数台停まっている。

 

 会社名とか写っちゃうとマズいから、カメラは向けないでおきますね。

 

 

 駐車場の脇に立っている『案内看板』をスマホに収めまして。(後で確認する時に、スマホ等で写真に収めておくと便利です)

 

 無理やりな観光名所は行ってみたら『何じゃこりゃ』なんてのも多いですけど、果たして彼の地は如何に。

 

 すぐ目の前にある階段を昇りましたが何か違う方向へ誘われているような?

 

 仕方ないから急斜面の崖をよじ登りました。

 

 駐車場に車を停めたら、『枡形』から登ると間違いなしです。

 

 

 入り口で一礼しまして。イザ出陣(という程の山でも無いんですけどね)

 

 参道は所々で石段のゆがみなどが出てましたけど、概ね歩き易いです。

 

 だって高齢のおばあちゃんが散歩してました。

 

 緩やかな登り坂をゆっくり歩いて。最初に見えてきたのが『薬師堂』です。

 

 

 『西洋医学』どころか『薬』すらなかった時代、病気になった人は神仏に『祈る』しかありませんでした。

 

 仏教では『仏様』の変身した『薬師如来』に願掛けをして病気の治癒を願ったそうです。

 

 『薬師如来』は手にした薬草の入った『薬壺』で人々の病気を治療したそうです。

 

 『悪い所』がいっぱいあるこーちゃん、『薬師如来様』に両手を合わせて願掛けします。

 

 

 驚くのは隣にある大岩。

 

 人の手の入らない自然の成す技ですか。

 

 上の大きな岩は3点で支えられ、完全に浮いています。

 

 その下の『砂岩』も亀裂が入っていたりして、大きな地震が来たらやばいかも。

 

 微妙なバランス、見るならお早めに。

 

おたっちゅうの碑

 

 婆ちゃんは「おたっちゅうの松」(おたっちう?)と云っていたが在るのは生い茂った竹藪。

 

 その中に大きな石碑が建っていた。

 

 

 聞いてみたくても人がいない。いや気配すらしない。

 

 後で調べてみて解った事は、『真田館・さなだやかた』(上田城に居城する前の真田氏拠点、現在の『御屋敷公園』)が出来る前、真田城跡(松尾城跡)を中心にした町が形成されていた。その一角に『十輪寺』と云う寺が在り、その門前に一本の松の大木が在った。その松を『おたっちうの松』と呼んでいたらしい。

 

 なぜ『おたっちう』なのかは不明。尊敬の意味を込めた丁寧語の『お』に、立っている『たっちう』の方言?(『竜馬』の話す土佐弁じゃないだろうけどサ)

 

 

 樹齢四百年、高さ11m、幹回り4.8m。

 

 大正十五年、十林寺の青年団により建てられたものらしい事が読み取れます。

 

 

 でも残念ながら桜の木と竹藪はあれど、『松』は無かったです。

 

 しかも藪の裏手は急峻な坂。此処にお寺を建てられるスペースが無いんですけど。

 

 『十輪寺』は上田城築城時に移築されたらしいのですが、検索しても『真田~上田』に『十輪寺』そのものがヒットしません。日本各地に在るのにね。

 

 こーちゃん唯一苦手なのが『スズメバチ』(一回刺されてますんでアナフィラキシーショックになる可能性大)と『蜘蛛の巣』。

 

 藪漕ぎしていて顔に『へばりつく』蜘蛛の巣だけはカンベンです。

 

 この日はまだ『蜘蛛の巣』のシーズンじゃ無いからいいですけど。

 

 この奥に入り込むのは止めときましょうね。

 

 実は全て見張られていて、何処からともなく『毒の塗られた吹き矢』が………

 

 なんて事は無かったですけど。

 

おたっちう

 

 『真田氏本城』を歩いていて見つけた『おたっちう』を探して『縁切り地蔵』を発見。

 

 『病気・貧乏神』との『縁切り』をお地蔵さんに願掛けしまして、戻ろうと後ろを振り向いたら『お婆さん』が手押し車を手にしながらじ~っとこっちを見ていました。

 

 えっ? 集落では誰一人とも逢わず、更には『TV』や『エンジン音』などおよそ生活音がしなかったので背後に人がいた事にビックリ。

 

 さては『気配』を消して近づいた? 『忍』?

 

 などと漫画的演出が一瞬頭をよぎりましたが、怪しまれない様ににっこり笑いながら

 

 「おたっちうを探しています。此処がそうですか?」

 

 「縁切り地蔵って書いてあんだろうが」

 

 「どこにあるか知ってます」

 

 「下の道曲がって暫く登ると看板がある」

 

 「おたっちうって何ですか」

 

 「ホントはおたっちゅうって云うけど知らん。石碑が在るから行ってみろ」

 

 手押し車に仕込んだ『刀』でも出されたらたまらんと身構えていましたが、そっけない返事の後、すたすたと歩いて行ってしまいました。いや『手押し車』でも要らんでしょ。

 

 きっと『お頭』に「どんくさそうなので問題なし」とでも報告しているのかも。

 

 正直『忍者もの』大好きです。

 

 『カムイ』に始まり『南総里見八犬伝』『真田十勇士』『あすか』から子供と観た『忍たま乱太郎』最近ではパチスロ『バジリスク』などなど。

 

 日本各地に『忍者の里』と呼ばれる地が在ります。

 

 超有名どころでは『伊賀』と『甲賀』、長野県では『戸隠』『真田』

 

 その他各地の有力武将は、敵対する武将に対して『諜報活動』をさせるべく『忍者』を養成。奥深い山里などに『忍者養成所』を秘密裏に建設し、並外れた能力・体力を身に着けさせた。(ハイ。漫画の読みすぎですね)

 

 『武田信玄』曰く。『人は堀 人は石垣 人は城』

 

 『武田信玄』は強固な『お城』を築城せず『躑躅ヶ崎城』に暮らしていたが、周囲を取り巻く『田畑』で従事していた者は全て『忍者』並みに鍛え抜かれた者であった。

 

 『よそ者』が『躑躅ヶ崎城』に近づこうものなら一挙手一投足見張られ、不穏な動きをしようものなら日ごろから研ぎ澄まされた『鎌』でバッサリ。(ハイ漫画の読みすぎです)

 

 このブログは脱線がかなり多いです。悪しからず。

 

 

 『googlemap』がやっと認めた『おたっちう(婆ちゃん曰くおたっちゅう)』の登り口をようやく発見です。

 

 この辺りの地名を『十林寺(旧表記十輪寺)』と云いまして、以前は『十輪寺』と云うお寺が在ったそうです。

 

 日の当たる斜面に無造作に石像が置かれていました。

 

 

 朴訥な彫りは素人が彫ったものでしょうか、しっかり手を繋いでいます。

 

 道教由来の『庚申塚』なども見受けられます。(こう云う処が良く解らん)

 

 さて民家の物置脇を通って。

 

 

真田の里

 

 『平成の大合併』によって『上田市』に編入されましたが『真田』大好きです。

 

 余りにも身近過ぎてゆっくり廻るなんて事、しなかったですけど。

 

 『池波正太郎著・真田太平記』や『真田十勇士』更には『猿飛佐助』なんぞで知っている方も多い筈。

 

 数年前の大河ドラマ『真田丸』でブームになり、上田市内と共に『観光協会』が頑張ってます。

 

 『真田十勇士』はモデルとなった人物を元に創作された話ですが、『猿飛佐助』が修行した『岩場』とか、滝行をした『滝』と云われている場所が在ります。(創作話なのにねぇ)

 

 

 昔、『小諸市』と『菅平』を結ぶ『菅平有料道路』(現在無料化)が在り、『真田の里』を貫いています。

 

 この道(現真田東部線)を走っていて『小さな公園』を見つけました。

 

 桜の木の下に何やら大きな岩が。『兜岩』と在ります。

 

 よ~く見ると『顔』が見えてきません?

 

 確かに『顔』が見えると『兜』を着けているようにも見えます。

 

 比叡山の『僧兵』が頭巾を被っているように見える(武蔵坊弁慶参照)のは私だけ?

 

 この『兜岩』は『真田の七つ石』に数えられているそうです。

 

 

 となれば残る六つも探してみたくなるのが人情。

 

 でも手掛かり無いんです。これは足で探さなければ。

 

 『旗見石』はすぐ見つかるのですが残りは………まっぶらぶらしてれば見つかるかも。

 

 

 『十林寺(旧表記・十輪寺)』の細い道を下ると『縁切り地蔵』と在ります。

 

 そりゃぁ行きますよ。好奇心旺盛ですもん。

 

 

 すっくと立ったお地蔵様の下、子供のお地蔵さん?

 

 お顔立ちが風化してますので、かなり歴史のあるものでしょうか。

 

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十二丁目界隈

 

 佐久平の向こうに『八ヶ岳連峰』を眺めながらお湯を沸かしてコーヒータイム。

 

 バイクツーリングでは相変わらず『コールマン社・ピークワン』をシュポシュポ、ポンピングさせながら使ってますが、(40年間使用してますがポンピングパッキンの交換のみ)現在は『SOTO』もどき中国製コンパクトバーナーを使ってます。

 

 だって100均のカセットボンベが1本あれば2~3日使用可。

 

 しかも超コンパクト。

 

 コンロ+バーナーで1㍑のペットボトル位の大きさ。

 

 リュック(ディパック?ちゃんちゃら可笑しい言い方です事)の中は水1㍑のペットボトルとバーナー。ドリップコーヒーとカップ麺。余裕のパッキングです。

 

 

 こんな山の上に『石積み』があります。

 

 昔この上には『閼伽流城』が在り、展望の利くこの見晴らし台は『見張り台』兼『狼煙台』として使用されていたのかも知れません。

 

 この斜面を登っていくと閼伽流山山頂へ廻り込めるんですけど、コーヒータイムを取りすぎたら面倒くさくなっちゃって。

 

 まっ今日の処はこんなもんかな。

 

 

 山道進むとこんな『オブジェ』の如き枯れ木が在ったりします。

 

 ※採取禁止ですからね。

 

 

 観音堂の基礎となる石垣。堆積岩が剥離したものでしょうけどその昔、人力で積み上げた?

 

 

 何時の時代の物でしょうか、岩の割れ目にひっそりとたたずむ石像。

 

 とてもじゃ無いけど、普通の人じゃたどり着けない場所です。

 

 帰り道にもう一度『観音様』に合掌しまして、さて帰りますか。

 

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観音堂から更に

 

 『閼伽流山観音堂』到着。

 

 って言う程の山歩きでも無いんですけどね。

 

 『縁の下』に動物が住み着かない様に金網が張られています。

 

 『軒下』に金網が張られていないのがせめての救いです。

 

 鳥除や蝙蝠除け(主にフン害防止ですけど)の為、文化財保護の観点からは致し方無いですけど興ざめするんですよね。

 

 で近年建て替えられたであろう『閼伽流山観音堂』軒下対策もばっちりな造りです。

 

 『観音様』に手を合わせまして。

 

 裏に廻り込むと、岩の間を縫うように急峻な登路があります。

 

 晴れているのに『ぬかるみ』があったりして滑りますので注意。

 

 更に30分程登ると『閼伽流山山頂』ですが、樹木に囲まれ眺望も無し。故に今回は分岐を右。

 

 秋から積もったままの落ち葉は所々で深く積もっており、足元を気にしながらの登山です。

 

 

 『十二丁目』の碑の向こうに屋根付きの展望台が在ります。

 

 この展望台。

 

 

 天井部分に『菊の御紋』付き。

 

 近くにもうひとつ石碑があります。

 

 

 皇室御用達の景色です。

 

閼伽流山観音堂

 

 ようやく建築物が見えてきます。

 

 『鐘撞堂』

 

 

 なんて、かなりの山登りっぽく書いてますけど、地元小学生が遠足で来たり、初詣に登ってくる処です。

 

 健脚家でなくても30分も歩けば到着。

 

 でも何時『熊さん』と出会うとも限らないから『熊除け』はあった方がいいです。

 

 よく『ラジオ』とか言いますけど、山の中では電波が届かなかったりします。

 

 こーちゃん100均のオモチャ、『火薬鉄砲』派です。

 

 『熊除けベル』は普段から『ガランガラン』ウルサイ、五月蠅い!

 

 せめて『ウグイスの鳴き声』や『小川のせせらぎ』聞きたいじゃ無いですか。

 

 見通しの悪い森の中などを歩く時のみ『ベル』を取り出します。

 

 

 この『鐘撞堂』から『岩壁沿い』に数々の石像が並んでいるのですが、台風の影響で岩肌が緩み、崩落の危険も在る為、現在『立入禁止』です。

 

 

 『十丁目』到着。で遠くから『石像群』に手を合わせまして。 

 

 すぐ並びに『社務所』兼『接待所』がありますが、普段は無人です。

 

 

 軒下には各『丁目』の『歌詞』が奉納されていました。

 

 ん?『十一丁目』

 

 『富士山』などでは『合目』で山頂までの残り距離を大まかに示しますが、此処は一丁(108㍍)歩きました。の表示なので『十二丁目』まで表示されています。

 

 なんだ高々1300㍍しか歩いてないのか。

 

 ついつい写真でごまかしてますんで容量が一杯です。

 

 又削除。暫しお待ちください。

 

閼伽流山城趾登山口

 

 前回は『明泉寺』の駐車場から林道『四丁目』まででUP容量がいっぱいになってしまい、古いブログを削除した所まで。

 

 続きです。

 

 

 林道脇の林(自然林みたいだから森?)の中にはこのような『千手観音』などが所々に建っています。

 

 にしても誰が?

 

 

 こんな『歌碑』も目につきます。誰が何の為?

 

 

 尾根まで登りきると『七丁目』 遠くに『北アルプスの白壁』が望めます。

 

 此処まで来れば道はほぼ平ら。

 

 

 この道から更に登り込むようにして『閼伽流城趾登山口』があるんですけど、人の踏み跡は少ない感じ。まっ帰り路で体力余ってたらって事にして先を急ぎます。

 

 気が付きました? お城のあと=『城跡・城址』が普通ですが『城趾』と書かれていました。

 

 『城址』の『址』の字が常用外漢字に指定されたため『城跡』の文字が使われるようになったみたいです。

 

 でも『城趾?』 漢字検索アプリで探しました。 常用外ですと。

 

 因みに『蹟』も常用外。

 

 以前、東京に暮らしていた時、京王線『聖蹟桜ヶ丘』から都内に通ってましたけど、定期券購入申し込み用紙に記入するのが大変でした。

 

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閼伽流山

 

 『明泉寺』から続く林道(ゲートで封鎖中)を歩き始めます。

 

 一町(一丁≒108㍍)毎に石碑が建っており、所々に石像や短歌の歌碑も。

 

 

 林道の両脇の藪と化した中にそれらは点在しています。

 

 

 『千手観世音』と在ったり。

 

 

 四丁目は『歌碑』になっています。

 

 奥之院の建築資材を送る為の林道でしょうか、平らな歩き易い道をゆるゆると登っていきます。(登りって程の坂じゃないですけど)

 

 

 『南朝』と在ります。日本で『南北朝時代』と云えば『後醍醐天皇』位しか思い出せないのでウィキペディア参照。

 

 行政は『鎌倉幕府』の末期の時代、天皇家(朝廷)では『後継者争い』が勃発。

 

 挙句『南朝』率いる『後醍醐天皇』が『北朝』を下し、兄弟げんかに終止符を打った。

 

 (※あくまで個人の見解です。間違ってたらスミマセン)

 

 その『後醍醐天皇』の『忠臣』、『香坂高宗』の功績を称えた『碑』があります。

 

 (写真で容量使いすぎました。削除してきますので次回です。)

 

明泉寺

 

 『香坂』から細い旧道(バス通りです)を戻ってきて、『明泉寺』へ続く細い山道へ登り込みます。

 

 通常は『明泉寺』住職ご一家の生活道路ですが、『明泉寺』にお墓を持つ人などが石段を登らずに済むよう駐車場が用意されています。

 

 

 山寺特有の長い石段と古刹『明泉寺』あまり詳しい事は分かりません。

 

 今回の目的地は更に林道を進んだ奥に在るのですが、林道はゲートで閉鎖されており、車を『明泉寺』駐車場に停めさせて頂きました。

 

 先ずは『明泉寺・御本尊』に手を合わせてと思ったら本堂の扉は閉ざされたまま。

 

 仕方なく『合掌』のみに済ませ、いざ『閼伽流山』へ。

 

 『上信越道路』を長野から群馬へ向かう時、『佐久平SA』を過ぎた辺りから上り坂になり、10本ものトンネルが続くようになります。

 

 その中でも長いトンネルが『閼伽流山トンネル』

 

 そう『明泉寺』の裏山は修行僧が修行の場とした『閼伽流山』の岸壁が聳え立っています。

 

 『サンスクリット語』で『清らかな水の湧き出る』を意味するらしく、山頂付近は晴れていても泥濘(ぬかるみ)が在る不思議な場所です。

 

 車に戻り、水とおにぎりをリュックに詰めて、いざ出発。(という程の山じゃ無いんですけどね)

 

佐久市香坂

 

 佐久市の北東部に『香坂』という場所があります。

 

 『香る坂』 なかなか素敵な名前です。

 

 『香坂』には『香坂ダム』が在るのですがいつ行っても人の気配が無く、『ダムカード』が在るのかも分かりません。

 

 この山の中に昔、『モトクロスコース』が在り、免許証を修得したばかりの頃はよく通いました。

 

 何十年振りかに訪ねてみたら、『マレットゴルフ場』が出来ていました。

 

 ロッカーに『ボール』や『スティック』が置かれており、誰でも気軽に遊べるようになっていました。

 

 今回も行ってみようと思ったのですが台風の影響で道が荒れていて断念。

 

 軽トラックなら行けそうですけど、無理する事も無いか。

 

 引き返して旧道をトコトコ走っていて見つけたのが

 

 

 『如意輪観音』 石碑には『如意輪大士』と在りますが、石で囲われた石室の中に祀られているのは『夫婦道祖神』です。

 

 どれが『如意輪観音』?

 

 

 桜の老木は、関所の無い裏街道を抜けてきた人達を、温かく見守っていたと思います。

 

 又、裏街道故に『山賊』などの『不逞の輩』が出没し、様々な悪事が行われたのかも知れません。

 

 『如意輪大士』や右から2柱目の『円形』などは機械彫り?

 

 『百万遍供養』と彫られた石柱は、『石のみ』と『金槌』だけで彫られた『手掘り文字』の温かみが伝わってきます。

 

 小林亞聖さん扮する『寺内貫太郎一家』好きだったなぁ。

 

健康パピリオンとミュージアム

 

 広域農道を挟んで西側、『本社社屋』や『社是』が在るエリア。

 

 まだまだ面白いものがあります。

 

 『社是』の鎮座する『憩いの広場』の先には『そば処・栃ノ木』

 

 さっき小腹を満たしたばかりなので今回はパス。

 

 階段を上った建物は『ミュージアム』 入り口に嬉しい『無料』の文字を発見し、中に吸い込まれて驚いた。

 

 『野村陽子・植物細密画』ですと。

 

 写真撮影禁止エリアなので検索してね。

 

 字が上手な人。羨ましいです。

 

 絵が上手い人。尊敬します。

 

 細密画。神業ですね。

 

 思わず画集を手に取りましたが、財布は車の中。ポケットの小銭では足りませんでした。

 

 いやぁ~ いい目の保養になった。

 

 続いて健康パピリオンへ。

 

 此処では理想的な食事のサンプルや、各種測定器を使用した健康診断&体力測定&年齢診断。(一部有料ですが無料測定だけでも充分楽しめました)

 

 体重98㌔のこーちゃん。あるコーナーでドキッとしました。

 

 

 シリコン製の模造品ですけど、お腹周りに一体何㌔くっついているやら。

 

 確かに1ポンド(450g)のステーキ肉で考えれば2枚とチョット。

 

 昔、1ポンドステーキ×2枚 ライス×2皿 スープ×2カップ サラダ×2皿 を30分以内で食べきれば タダ‼ というのに挑戦して見事クリアした事あります。

 

 流石に今では30分は無理。 でも時間かければ食べることは出来るかも。

 

 この『脂肪』を見ていたら、これから脂身は控えなきゃと思いました。

 

 駐車場に戻る途中で沢山の人が並んでいました。何だろうなと?

 

 皆さん大型ペットボトルを持ち込んで水を汲んでいます。

 

 『湧き水』ファンですので並んででも飲んでみます。

 

 良くも悪くも普通の湧き水。ミネラルウォーターを飲んでいるような感じです。

 

 ミネラルウォーター。今夜は『芋焼酎の水割り』に焼き鳥ですかね。 

 

 もう『脂身』の事忘れてるし。

 

伊那食品工業株式会社

 

 『かんてんぱぱ』でつとに有名な『伊那食品工業株式会社』

 

 本社前の駐車場にはさぞ役員用の高級外車がズラ~リかと思いきや、あれ普通の車ばかり。

 

 いや地下に重役専用駐車場とか在るのかも知れませんけど。

 

 『寒天』は海藻の『天草』から造ります。

 

 海藻ですから海辺が有利な筈、なのに『長野』の山の中ですよ。

 

 輸送費だって馬鹿にならない。

 

 『諏訪』周辺では冬の冷え込みを利用して『棒寒天』を造ります。

 

 造り方は至って簡単。『天草』を洗って水で煮出し、型に入れて冷ますと『心太・ところてん』が出来ます。これを寒気に晒して凍らせます。

 

 『フリーズドライ』のはしりですね。

 

 昨今は冷え込みが緩く、上質の寒天を造るのが大変だとか。

 

 『かんてんぱぱガーデン』の隣には『肥料プラント』が在り、上質の肥料をお手頃価格で購入できます。

 

 実はこの『肥料』煮出した後の海藻を利用して作られています。

 

 その『肥料』を使って『フラワーガーデン』の草花を育てています。

 

 (写真無いからストリートビュー参照)

 

 

 『玉屋商店』で育てている花は『朝顔』と『サボテン』(小学生でも咲かせるっての) 肥料もやった事無いなぁ。

 

 

 ペット連れで散策してた人がお店に入る時、ペットを繋ぐ為の柱。

 

 マットが敷いてあり、近くに水も在ります。

 

 こんな所に『気配り』があふれていますね。

 

 もう一度『気配りのすすめ 鈴木健治著』読もうかな。

 

かんてんぱぱ

 

 スーパーの製菓材料、もしくは調味料コーナーの並びなどで必ず見たことある筈です。

 

 『かんてんぱぱ』 寒天から造られたお菓子造りのモトみたいなもの。

 

 寒天ゼリー(寒天は海藻から造られ、ゼリー=ゼラチンは動物由来)とは何ぞや?

 

 子供でもやけどの心配なくゼリータイプのお菓子が造れる『かんてんぱぱ』

 

 『ぱぱ』って? 

 

 詳しく知りたい人『かんてんぱぱ』で検索。

 

 

 

 広域農道を挟んで東西に広い敷地を持つ『伊那食品工業株式会社』

 

 いつもは『かんてんぱぱショップ』のある東側に車を停め、買い物と花を見ておしまい。でしたけど今回は西側本社前に車を停めました。

 

 現 トヨタ自動車代表取締役社長『豊田章男』氏。

 

 『最も尊敬する経営者は』の問いかけに答えて曰く

 

 『伊那食品工業株式会社 代表取締役社長 塚越英弘』さんの名を挙げています。

 

 現最高顧問の『塚越 寛』さんの提唱した『いい会社をつくりましょう』を実践しています。

 

 『いい会社をつくりましょう』

 

 え~っ 検索ですね。

 

 

 『そば処 栃の木』の近くに『社是』の書かれたモニュメントが在りました。

 

 

 こーちゃん『気は優しくて力持ち』と云われてますけど、『たくましく』………

 

 そーいえば昔、ハムを分厚く切って焼きながら「腕白でもいい。逞しく育って欲しい」と云うCMが在ったの覚えてます?

 

 『腕白』=『逞しい』なら、こーちゃん充分に逞しいかも。

 

 

 遠きをはかる者は富み 近くをはかる者は貧す。

 それ遠きをはかる者は 百年の為に杉苗を植う。

 まして春撒きてて秋に実る物においてをや。故に富有なり。

 近くをはかる者は 春植えて秋実る物をも尚遠しとして植えず。

 唯 眼前の利に迷うて 蒔かずして取り

 植えずして刈り取る事のみ 目につく。故に貧窮す。

 

 『二宮尊徳翁』の言葉より。

 

宮田宿

 

 『こまゆきロード』とはよくぞ名付けたもので、『駒ケ岳山系』の真っ白な雪が青い空に良く映えます。

 

 しかも『伊那街道』の『宮田宿・本陣』が残されており、隣接の『ふれあい広場』や『野球場』と共に、憩いの場となっています。

 

 

 江戸時代の『五街道』程には、参勤交代の要所では無かったのかも知れません。でも『本陣』に指定されています。

 

 

 だそうです。(読んでね)

 

 まぁ、コーヒータイムで立ち寄っただけなもんでさっさと次行きます。

 

 伊那西広域農道を戻ります。

 

 

 で次の目的地が長野県民なら誰もが知っている『かんてんぱぱ』

 

 正式名称を『伊那食品工業株式会社』と云いまして、『子供向け寒天デザート』のTV番組をなぞを放送しています。

 

 とある日の経済欄に在った記事です。

 

 『貴方の尊敬する経営者は誰か』の質問に答えた『日本を代表する有名企業の経営者』の多くは、『ビル・〇イツ』や『スティーブ・〇ョブズ』ではなく『伊那食品工業株式会社代表取締役社長 塚越英弘』さんの名前を挙げていた。

 

 詳しくは『ステークホルダーメディア・ぐるり』=『企業一覧』=『伊那食品工業』を読んで貰うとして。

 

 この記事を読んだが為に、今回の『伊那訪問』となりました。

 

 ページの都合で此処まで。以下次回です。

 

こまゆきロード

 

 伊那西部広域農道を南下しまして、やって来ました『こまゆきロード』

 

 この界隈が又、実に面白い。

 

 なんてったって知る人ぞ知る『マルス信州蒸留所・マルスウイスキー工場』が在ります。

 

 運転していったから試飲は出来ないですけど。

 

 『マルス』の親会社は『本坊酒造』です。

 

 簡単に説明しますと、鹿児島の焼酎メーカーです。

 

 美味しいワインも造りたい!=山梨に『ワイナリー』を造ります。

 

 美味しいウイスキーも造るか!で長野に『蒸留所』を造ります。

 

 実は結構口にしてるかもしれませんよ。

 

 ※この辺りから撮影データが壊れています。何で?

 

 その後向かった『太田切川』の清流や、架かる『吊り橋』も写真が在りません。

 

 『こまゆきロード』を終点まで行けば『宝剣岳』登山口に続く『駒ケ岳ロープウエイ』、でも今回は此処まで。温泉に入る予定がありますので。

 

 戻ってきて『北川製菓直売所』でドーナツなんぞを買い込み、駐車場の片隅に在った『駒ケ岳水系の湧き水』を汲みます。

 

 ここからデータ復活!

 

 

 ペットボトルに汲みまして。

 

 近くの公園に向かいます。

 

 

 『千畳敷』に続く木曽山系の残雪が白く光っています。

 

 湧き水でコーヒーを淹れ、ドーナツでお食事。

 

 う~ん。違いの分かる男。

 

大芝公園

 

 今回は『大芝公園』です。

 

 『伊北インター』から『伊那西部広域農道』をひたすら走ると案内があります。

 

 この広域農道は信号も少なく、『伊那』まで行くのに高速使わなくても時間的に大差在りません。

 

 しかも『経ヶ岳』の眺めが良く、この道を走るのが好きです。

 

 

 『大芝湖』を中心に、陸上競技場、野球場、キャンプ場、テニスコート、マレットゴルフ場、隣接して温泉まで在ります。

 

 宿泊施設や売店、レストランもありますのでかなりマルチパーパスに使えます。

 

 

 カップルで鐘を鳴らして永遠の愛を誓う。

 

 色んな所で見かけるようになりました。

 

 しかも

 

 

 鏡面加工に仕上げられたステンレスの脚に吊るされた鐘の胴体部には

 

 『恋人岬』って読めます。

 

 『岬』無いじゃん。どっから流用した?

 

 いいんです。お二人が幸せになれば。

 

 試しに鳴らしてみたら、結構大きな音にビックリ。

 

 近くの湖面から水鳥が一斉に飛び立ったくらいです。

 

 

 そうか『まっくん』は大芝高原のキャラクターだったんですね。

 

 『松ぼっくり』の妖精らしいです。

 

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蚯蚓の碑

 

 長野県下各地に『夫婦道祖神』が在ります。

 

 有名所は別所・野川の道祖神。

 

 

 『十二単衣』の衣装の女性と『戴冠』の男性。

 

 さぞや位のある方?

 

 

 こちらは『春日温泉・温泉神社』の夫婦道祖神。

 

 向かって右側の男性の手が女性の胸元へ………。

 

 しかも男性の股間は………⁈

 

 気を取り直して和田宿です。

 

 

 向かって右側、『巾子』の立っている『冠』を被っています。

 

 しかも服の前には『杓』を持っています。

 

 時代が時代なら『お公家様』ですよ。

 

 残念ながら手を繋げないのね。

 

 

 ラミネート加工がひび割れちゃってますが、この辺り昔は『蚯蚓』と呼ばれていた?

 

 まぁ実物の『おきん様』がいたら、世界中からTV局が集中するでしょうけど。

 

 今じゃ15㎝のミミズも見なくなりました。

 

三千僧接待

 

 更に『旧中仙道・和田宿』をウロウロしていると

 

 『三千僧接待之碑』なるモノを発見。

 

 

 菜の花に埋もれて石碑が建ち並んでいます。

 

 でも『三』の字体、なんか上の部分が寸足らず。バランス悪くありません?

 

 そもそも『三千僧接待』って?

 

 『接待』と聞いて、会社や〇所の決定権在る人間を酒席などでもてなす事を思い浮かべる方が多いと思いますけど、四国では、八十八か所巡りをしている『お遍路さん』に、食事、湯茶や、時に宿泊所の提供まで含めて『お接待』と言います。

 

 徳島のある寺院では『お接待です。ご自由にどうぞ』と書かれて『ミカン』が置かれていました。(写真撮っとけばよかった)

 

 『和田宿』では、旅する僧侶に宿泊の世話=接待をしようと思い立ち、その数が千人を数えた時を記念して『一千僧接待碑』を建てました。

 

 その後もあれよあれよと数を重ね、『一千』の上に短い横棒を重ね『二千』としました。

 

 又あれよあれよで長い横棒を重ね『三千』に。

 

 ちょっとばかしバランスが悪くなっちゃいました。

 

 でも『四』には彫り直せないから「ここまでにしとこうな」って誰かが云ったのか、和田宿に泊まらなくても旅が出来るようになったのか。

 

 車でトンネルを超えれば、わずか30分で『諏訪』まで行けちゃいます。

 

 『新和田トンネル』を使わずに『旧和田峠』の山道をクネクネ走って頂上手前に『水場』が在ります。(地上の明かりが届かない為、夜なんぞ星がきれいですよ~)

 

 その近くにも、通行人に接待をした建物跡が在ります。

 

 行政指導によるもので無く、資産家の個人意思によるものだったと思いますが写真、データがありません。また今度行ってきます。

 

はしご

 

 タイトル『はしご』ったって、店を変えて呑む事じゃ無いですから。

 

 『梯子』 屋根などに上る時に使う道具。

 

 

 『大日堂』に続く壁に掛けて在りましたけど、『段』の数を数えても、普通サイズの2倍はあります。

 

 すぐ近くに『消防団詰め所』が在り、非常用も兼ねているのかも知れません。

 

 でも一番手前の端、根っこの部分まで掘り出して使っているんです。

 

 切り落とせば簡単なはずなのに、根っこまで掘り返す労力を考えたら一体何に使う為?と気になってしょうがない。

 

 でも周りに誰も居ない。聞くに聞けない。

 

 

 ふと足元の用水を見ると、水を堰き止めた中に、『楢』でしょうか水に漬けて在りました。

 

 そう『しいたけの原木栽培』ですね。

 

 充分水を吸わせてから『コマ打ち』して。2年後には沢山の『椎茸』が出来るんだろうな。

 

 今日の蘊蓄。

 

 梯子は1本2本と数えますが、屋根屋さんや植木屋さんなどは1挺(ちょう)または丁と数えます。

 

 こーちゃんは1軒2軒と数えるのが好き。

 

大日堂

 

 旧街道を少し進むと『上組』集落との境に『大日堂』の案内が在りました。

 

 『大日如来』をお祀りしている『御堂』が在ります。

 

 

 田んぼの畦道を崩さない様に気を付けて。(多分こちらも個人所有かもしれません)

 

 

 石像の前を通り抜け、石灯篭で一礼して奥に在る建物へ。

 

 普通の建物にしか見えないんですけど。

 

 額や鈴がある訳でなく、ほんとに普通の『御堂』です。

 

 

 格子から中を覗いて驚きました。歴史を感じさせる金色の仏像が並んでいます。

 

 

 寺院がある訳でなし、こちらも個人の所有でしょうか。

 

 前出の道案内してくれたおじいちゃん、隣の『武石』まで『ウチの山』と言ってましたけどホントに大地主‼ そしてこちらもひょっとして?

 

 仏像には何の説明も在りませんでしたけど、ひょっとしてみんな『大日如来』?

 

 でも『寺院』じゃ無いんですよね。此処。

 

蚯蚓神

 

 『蚯蚓神社』の『祠』の周りはトタンで囲われており、そこに竹製の『蚯蚓』が横たわっています。

 

 『みみずさんのおひるね』

 

 板の間に上がって参拝と思いましたが、寝てる蚯蚓を起こしちゃいけない。

 

 靴下が汚れそうとかの理由では無いですから。

 

 

 しかも名前が付いており『おきん様』

 

 口紅まで塗ってお洒落~。

 

 

 私的に設置されたのかもしれません。

 

 劣化と汚れにより見づらいですけど云われなどが書かれています。

 

 昔、大雨が続いて土砂崩れが起きたそうです。山肌を大きな石がゴロゴロと転がってきて、田畑を飲み込もうとした寸前、ぴたりと石が止まった。石を片付けてみると大きな蚯蚓が下敷きになって死んでいたそうです。身を挺して田畑を救ってくれた『蚯蚓』を丁重に葬り、社にお祀りして神社を建てました。その実物大が『おきん様?』

 

 すぐ隣に崩れた跡が在り、大きな石がゴロゴロしています。

 

 又、大きな蚯蚓が群れを成して死んでいた事が在り、その後でコレラや腸チフスの伝染病が流行ったそうです。

 

 新鮮で良質な土を生み出してくれる『蚯蚓』は農耕とは切っても切れない密接な関係が在ります。

 

 モグラやネズミを天敵とみなし、駆除するなどして大切にしているそうです。

 

 

 『蚯蚓』って結構面白いですよね。

 

 『雌雄同体』で卵生。しかも土の中で異体と出会って交尾する!

 

 一度の出会いで確実に受精する為に『雌雄同体』が便利なんですと。

 

 更には『みみず腫れ』『みみずがのたくったような字』など表現法に使われたり、漢方薬として解熱剤に用いられたり、『みみずにオ〇ッコ掛けると、チ〇チ〇が腫れちゃう』なんて事も聞いた覚えがあります。まあこれに関しては蚯蚓を土の中から掘り出す。手が汚れている。雑菌が入るかも。ってらしいんですけどね。

 

 前出の『のみ水』の石碑が『のみみず』に掛けていたのかもと考えたら思わず『ニヤリ』でした。

 

のみみず

 

 『和田宿』で次に目についたのが、消防団詰め所に隣接の

 

 

  『湧き水』が有れば、可能な限り飲んでみます。

 

 4㍑(焼酎用)の空のペットボトルが車には何時も積んでありますし、湧き水を沸かして、ペーパードリップでコーヒー淹れるのが楽しみの一つです。(お湯さえ沸かせればカップ麺にも使えるし)

 

 石柱には『のみ水』の文字。実に潔良しです。

 

 ん? のみみず⁉

 

 

 こんな山中の藪の中に、トタン屋根の建築物が在りました。

 

 ※個人の所有地に在るみたいです。たまたま道を聞いた方が土地所有者で、親切に案内してくれました。その節大変有難うございました。

 

 

 『蚯蚓神社・みみず神社』と在りました。

 

 額に書かれた2匹の蚯蚓。ほのぼのしますね。

 

 日本には『八百万の神』が居るとされています。

 

 でも『蚯蚓』をご神体としている神社は日本広しと言えど唯一此処だけ。

 

 何故に『蚯蚓神?』

 

 

 残念ながら容量不足で続きは次回です。

 

 古いブログ消してきますから待っててね。

 

和田宿

 

 旧中仙道・和田宿の回です。

 

 国道142号線を『立科・芦田宿』~『笠取峠』~『長久保宿』~『大和橋』で『大門街道』と分かれますが、『中仙道』は『和田峠』を超えて諏訪の地へ続きます。

 

 『大和橋』で依田川沿いに進むと国道142号バイパスに乗り込みますが、『青原』交差点で右折すると『旧街道』です。

 

 『和田宿』 面白いです。侮るなかれ。

 

 

 後ろに見えている『橋』はバイパスのもの。皆さん普段はこの橋を渡る筈。

 

 で『和田宿』の入り口には石碑がズラリ。

 

 

 昔、『懐中電灯』の無い時代、ましてや『街灯』なぞある訳でなく、急峻な坂の続く『旧和田峠』は中仙道最大の難所でした。又『追い剥ぎ』如き『山賊』もいたらしく、夜間の峠超えは大変危険でした。

 

 その為命を落とした人も多かったらしいです。

 

 人々は大事を取って『和田宿』に宿を取った為、たいそう栄えたそうです。

 

 

 『茅葺のバス停』勿論現役です。

 

 後方はバイパスを走るトレーラー。この格差も面白いですよね。

 

 あっ光の玉ですけどレンズの汚れです。(オーブじゃ無いですから)

 

 更に何かないか探しながらボチボチと行きますか。

 

石神神社partⅡ

 

 どんな小さな村でも『神社仏閣』が在るから、日本人は信心深いのかもしれません。

 

 しかも『凝った彫刻』が施されている神社なんぞ見つけたら思わず写真に収めます。

 

 『神社』は、先ず『境内』を意味すると『鳥居』を潜り(きちんとお辞儀してから通りましょう)、『手水舎』でお清め(本来は禊を簡略)をし、『参道・石段』の端(中央は神様が通ります)を歩いて、参拝者がお詣りする為の『拝殿』へ。

 

 『お賽銭』の後、『鈴』を鳴らして『お参りします』の合図をしてから『神様』に向かって軽く一礼。

 

 二礼二拍手(神社により回数が違う場合が在ります)一礼をします。

 

 その後、手を合わせ、願い事を『願掛け』『しますが、余り私欲的な事は慎みます。

 

 そもそもが『願掛け』では無く『誓約』の場です。

 

 でもやっぱり願いたいですよね『商売繁盛』とか。

 

 そして願いが叶ったら後に『願ほどき』に再度参拝に訪れましょう。

 

 だから滅多に行けないような神社では『願掛け』しないで『参拝させて頂きました』と報告だけに留めます。

 

 『社務所』や『領布所』が在れば『お札』や『御朱印』(神社用と仏閣分けてます?)を頂きます。

 

 運試し的な『御神籤』はしません。(だって凶がでたら嫌だもん)

 

 『奥之院』が在れば出来るだけ行きますが(富士浅間神社などは富士山頂ですから………)時間が無い場合でも『摂社』はお詣りしましょう。

 

 更に『庭園』や『彫刻』など愛でてみては如何ですか。

 

 

 灯篭の『灯窓』が『ハート』だったりするから面白いです。

 

 

 これは『ゲロ………下呂温泉』の神社で見つけました。

 

 ほら、探してみたくなったでしょ。

 

石神神社

 

 佐久の地に生まれ育って幾星霜。

 

 『石神神社』の存在を初めて知りました。

 

 例えば自宅から出かける時、最短距離を選ぶ為、放射状道路は全て知っている筈です。

 

 次に環状道路も広い道なら走っている筈。

 

 バイクで裏道を走っていて、ふと見つけたモノって新鮮ですね。

 

 

 『石神神社』 名前の中に『神』が二つ。

 

 一度の参拝で『二倍』のご利益かどうかはご自身でお確かめください。

 

 

 鳥居の手前に注連縄を飾られた『御霊石』

 

 『春祭り』が行われるのでしょうか新品です。

 

 

 小さな『御社』ですが『神殿造り』 御幣も真新しいです。

 

 すぐ隣に民家が在り、地域密着しています。

 

 きっと近所のおばちゃんが、お詣りがてら掃除したり、草むしりしたりしているのかも知れません。

 

 控えめな場所にひっそり佇んでいます。

 

 訪れる人が少なそうな感じがしますので、お賽銭奮発です。

 

中込橋PARTⅡ

 

 以外と知られていない『中込橋』

 

 周辺は昨年襲った台風の被害が、いまだ色濃く残されていたりします。

 

 

 今年3月の写真です。

 

 『中込大橋』の下から『茂来山』方向。

 

 流れ込んだ『砂』と『石』で覆いつくされた田圃。

 

 

 『中込大橋』のすぐ下には大水で流され、水圧で押し潰された『軽トラック』が残されていました。

 

 

 でも何故崩落した橋に『伸ばした脚立』があるんだろ?

 

 『通行禁止』の筈なのにね。

 

 

 かくも『水』は怖い物です。侮るなかれ。

 

 この『中込大橋』と『中込橋』の間に在る『橋脚』は上水道とは書かれていなかったから多分『下水専用』

 

 『パーラー・バ〇デ』から『佐久下水処理場』近辺が佐久でも標高が一番低いエリアになり、『台風水害時』には水深が1.5㍍にもなったそう。

 

 1.5㍍のプールなら何ともなくても、日没後の真っ暗い水の中で『足元の様子』が解らなければとても歩けるものじゃない。

 

 これを書いている今日、九州を襲っている『線状降水帯』の被害が極力少なくて済みますように。

 

中込橋

 

 🎼 アメリカ橋って知ってますか

   目黒と 恵比寿の間に在る

   下を山手線ごうごう走る

   鉄でできた青い橋

 

 兄弟ディユオ『狩人』の『アメリカ橋』です。

 

 今回は『中込橋』です。

 

 グーグルマップで検索掛ければすぐに見つかるでしょう。

 

 『中込大橋』は気づかず毎日通っている人も多いのでは?

 

 『佐久郵便局』から坂を下ると『湯川』を渡る橋が『中込大橋』

 

 そしてつい『パチンコ・バ〇デ』の方なんぞを気に掛けたりしますけど、反対側に『吊り橋の橋塔』が見えます。

 

 残念ながら現在は

 

 

 橋の木部が朽ちてしまい、通行禁止です。

 

 現役時代、軽トラックなんかも通っていました。

 

 

 高い橋が『中込大橋』吊り橋が『中込橋』

 

 実はこの水深の浅い『湯川』が2019の台風19号で氾濫してしまい、この辺り一帯の『田畑』には『土砂や石』が流れ込み、甚大な被害をもたらしました。

 

 

 滑津川の堰堤の先端は濁流に晒され、ぽっかりと穴が開いていました。

 

 

 子供が小さかった頃、此処で『クチボソ』釣りをさせた位、普段は穏やかな流れです。

 

 それが

 

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今井城

 

 前出の『三河田古墳』からさらに河岸段丘の縁を西に進むと、千曲川左岸の佐久平野が一望できる所に石碑が在りました。

 

 ナニナニ?一部『藪』と化した雑草に覆い隠されてしまってます。

 

 

 因みに雪が残っています。

 

 にしても『畑でも見回りに』じゃ無きゃ誰も来ないかも。

 

 

 『千曲川』が『湯川』と合流してきれいな水が『滔々』と流れていきます。

 

 

 道路に向かって(北向き)に建っている石碑は『今井城跡之碑』

 

 

 そして『千曲川』を見下ろすように『兼平公顕彰の碑』

 

 こちらは最近でしょうか。まだ新しく感じます。

 

 『今井兼平』なんと妹は『巴御前』ですと。

 

 その父は『木曽義仲』の四天王の一人に数えられていました。

 

 詳しくはググってね。

 

 いや~、『今井』侮るなかれ。です。

 

佐久の古墳

 

 佐久にも『古墳』が在るのをご存じですか?

 

 大き目なのが『三河田大塚古墳』

 

 国道141号線、湯川に架かる『中込大橋』の坂を上りきったら『佐久郵便局』の信号左折。

 

 細い生活道路になりますので走行注意です。

 

 

 小学校4年でしたか遠足で訪れ、石室の中で遊んだ覚えが在ります。

 

 お弁当を食べたのが此処。

 

 

 その後、保護の為の柵が造られましたが出入りは24時間可能です。

 

 

 流石に現在は『保護&崩落の危険』の為、石室への立ち入り禁止です。

 

 だって『相合傘』なんぞの落書きとか書いてあったような?

 

 当時はやった『仮面ライダー(藤岡弘さん)』の真似をして、この石室の上から『ライダー・キーック』と叫びながら飛び降り、先生にこっぴどく叱られました。

 

 今、上に登る事が出来ても、いい大人がそんな事しません。

 

 てか、飛び降りたら『膝』にきそう。

 

 

群馬県庁

 

 前橋のアーケード街を散策したのですが、水曜日定休が多いらしく、ほとんどのシャッターが下りていました。(休みならいいけど)

 

 各県の『県庁所在地』と『県名』が合っていないのは何故か?

 

 以前TVの子供向けクイズで出題されました。何~故だ~?

 

 

 答えは後程。

 

 時間に余裕があるけど観光目当てが無い時などは、『ご当地スーパー』を端から端まで見て廻ったり、一番高い建築物(アンテナなどを除けば、ほとんどが県庁や市庁舎です)の『展望台』を訪れます。

 

 『ご当地スーパー』を訪ねる時は、店員さんにその『エリア独特の物』は何か尋ねていましたが、土地のに人は『当たり前』の物なので気が付かない事が間々有りました。

 

 自分の眼で確認すると面白い発見が在るから止められない。

 

 この時買った物は『味噌パン』(写真撮り忘れました)

 

 他『佐久のスーパー』と変わらないのも当たり前、『ベ〇シア』とかは群馬発祥のスーパーが佐久に出店してるんですから。

 

 今度『ツ〇ヤ』が群馬に進出するらしいですけど。

 

 

 群馬県庁の立体駐車場に車を停め、エレベーターで『展望室』へ。(勿論無料です)

 

 ゆるキャラ『ぐんまちゃん』のPOPが在りました。

 

 

 「星4つ頂きました~」

 

 

 南に向かって『関東平野』が続きます。その長さ200㌔以上。

 

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大蓮寺

 

 普段、朝5時には起きます。

 

 特に仕込み、受注など無い日は朝から『ウオーキング』や『バラ公園の手入れ』をして時間調整をし、朝6:53分の『紙ウサギ〇ペ』を観てから仕事開始。

 

 一通りの仕事をこなしてから『朝食を兼ねた昼食』を軽く食べ、夕飯は晩酌を伴い食べる、呑む。(基本一日二食です)

 

 ついつい量がかさみ、痩せないのは分かってんですけどネェ。

 

 お昼から『胃袋満杯』まで食べたから運動しなきゃね。

 

 で腹ごなしを兼ねて『知らない町を 歩いてみたい どこか 遠くへ行きたい(BY永六輔)』と気取ってみますか。

 

 

 群馬県庁所在地『前橋』のアーケード街を歩いていて見つけたお寺。

 

 『大蓮寺』 山門がアーケードに同化している。(写真が無いです)

 

 で『弁財天』が在るらしいので寄ってみます。

 

 

 『芸能・商売』に御利益があるとされていますので良~くお詣りしまして。

 

 

 何だか興味そそられるものが在りました。

 

 『赤穂四拾七士・矢頭右衛門七(やがしらえもしち)』って17歳だかで病死した父親に代わって討ち入りに参加し、非業の最期を遂げた人物。

 

 討ち入りに参加する為、母と連れだって旅をしていたが、小田原辺りまで来た時、急に決まった討ち入りの日取りに間に合わせる為、母一人を小田原に残し、『今生の別れ』を済ませた後駆け付けた。

 

 討ち入り寸前の名シーン。

 

 大石内蔵助 「右衛門七はまだか~」

 

 右衛門七  「只今にございます~」 

 

 大石内蔵助 「母はいかがいたした」

 

 右衛門七  「小田原にて今生の別れを済ませて参りました」

 

 士気がぐっと高まりイザ突入!

 

 

 与謝野晶子の時代、戦時中に在るにも関わらず『君 死にたもう事 無かれ』と我が子に言葉を掛ける人がいた。

 

 『時は元禄15年………』と始まる江戸時代、『武士として散る事が潔し』と子供に伝えなければならなかった母親の胸中を思うと胸が痛んだ。

 

 合掌。

 

スパゲッティー

 

 『藤岡市・高山社』を後にして次に向かおうとしたのは『下日野』

 

 此処に在るのは『2千階段』

 

 そんなに嫌いじゃないです。でも『2千段』って。

 

 『金毘羅山』の『785段』や『東京タワー外階段』の『600段』なんぞ何のその。

 

 『身延山・久遠寺』の男坂の石段はキツかった。

 

 日本一とされるのは『熊本県・釈迦院御坂遊歩道』その段数『3333段!』

 

 何時かチャレンジしたいと思うのだが、最大の難関は『ダイエット』

 

 コロナ不景気の煽りをもろ被りして、売り上げ超減。ストレス溜まりまくりで暴飲暴食。痩せる訳ない!(威張ってどうする)

 

 そんでも体力勝負『2000段』に挑戦してみっか。と車を走らせると『通行止め』の看板が。

 

 やはり去年の台風19号の影響か。

 

 行けないならしょうがないね。(内心は良かった~。)

 

 で急遽予定変更して『スパゲッティー』を食べに行こうかと。

 

 

 高崎市は有名スパゲッティー店が目白押し。

 

 こちらはお隣前橋市に在る名店『パンプキン』

 

 普段、食事関係は滅多なことでUPしないが、『パンプキン』は敢えて紹介します。

 

 『超大盛』でお値段格安。 開店前から長蛇の列です。

 

 正直、窓ガラスなんぞ埃が溜まっていたり、掃除が行き届いていない感は否めない。

 

 でもお店に入れば分かります。

 

 忙しすぎて手が廻らない。

 

 お店は高齢のご夫婦で経営されてます。

 

 調理担当は旦那さん、配膳・洗い物・会計・片付けなど。

 

 ホール仕事は奥さん。二人で切り盛りしています。

 

 

 『ビジネスランチ普通盛り』¥780です。

 

 更にこの他に、ご飯・みそ汁・アイスコーヒーが付きます

 

 この他にサイドオーダーでキャベツサラダ¥100を頼みました。

 

 

 実はこの写真。タバスコの瓶が

 

 

 内容量350㎖なんて初めて見た。(アメリカはこのサイズなの?)

 

 でサラダ(刻んだキャベツ)を食べただけで何だかお腹が満たされている。

 

 子供と一緒に観ていたTV番組では「お残しはあきまへんで~」(主題歌100%勇気)と云っていたから残したくない。

 

 サラダを食べ、スパゲッティー、ご飯とみそ汁、おかずにメンチカツ少々とコロッケを食べた所で『ギブアップ』 (因みに普通盛りです。)

 

 『アイスコーヒー下さい』と頼みました。

 

 その時持ち帰れるか聞いたところ、大変忙しい時間にも関わらず快く承諾してくれパックに詰めてくれました。

 

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襖の下張り

 

 『四畳半襖の下張り』 (知っている人はニヤリ)

 

 知らない人はワザワザ調べる程の物でも無いです。

 

 『襖の下張り』というか『障子紙』の代わりというのか、当時の貴重な資料が残されています。

 

 

 『新聞紙』を重ね張りして防寒対策でしょうか。

 

 

 こちらは『大福帳』? 商売人が金銭出納や貸借を書き付けておく帳面です。

 

 よく時代劇などで、番頭の座る『勘定場』の囲いなどにぶら下げてありますね。

 

 よく見ると『郵便五枚四十五銭』とか『わらび五千六百匁』なんて文字が読み取れます。

 

 葉書一枚九銭の時代に、〇百八十九円七十九銭って何、土地でも買ったか?

 

 残念ながら新聞の字は『老眼』(何とかならんかこの言い方)で読めませんでした。

 

 婆ちゃんのタンスの『敷き紙』代わりの赤茶けた古い『新聞』なんか見つけたモノならお宝発見!

 

 海外から輸入された品物の『パッキン』代わりの『新聞・チラシ』をクシャクシャに丸めた物なんぞ、飽きずに眺めていましたっけ。

 

 昨今は『エアーキャップ』ばかりで面白くも無い。でもプチプチ潰しますけど。

 

 

 驚く事には、大正14年の実習生の中には、遠く『沖縄』(当時は外国です)からも研修に来ていたそうです。

 

 船で沖縄~東京~藤岡~山の中。大変だこりゃ。

 

 でも『沖縄』に『風穴』とかあるのかな。

 

お蚕さん

 

 玄関はサッシの引き戸に代わってますが、建物は以前のまま。

 

 靴を脱いで展示室へ。 1階は普通に生活空間や大広間が在り、此処で養蚕について学んだらしいです。

 

 

 2階に上がると『蚕棚』が在りました。

 

 今から50年も前になります。友達の家に遊びに行くと、友達は先ずお手伝いを終わらせないと遊べない。

 

 そのお手伝いが『桑畑』から『桑の葉っぱ』を『背負い籠』一杯採ってくる事。

 

 しょうがないから手伝いますよ。『ドドメ』と云われる『桑の実』食べ放題付きですから。

 

 ただ『ドドメ色』と呼ばれる濃い暗褐色の果汁は、口の周りを紫色に変えますし、白いシャツなんかに着けようものなら絶対に色が落ちません。

 

 その為、親からは食べちゃダメと言われてましたけど、お腹空かせた子供だからねぇ。で色が着いてすぐバレる。

 

 その採ってきた『桑の葉っぱ』をこの『蚕棚』に敷き詰めまして、『蚕の幼虫』(白い毛虫)をバラバラと乗せる。

 

 『蚕の幼虫』は本当にムシャムシャと音を立てて食べます。

 

 それも観ている間に『桑の葉』を『虫食い模様』に変えていく。

 

 あんまり見ていると「もう一回採ってこい」と言われそうなので慌てて逃げ出しましたけど。

 

 『蚕の幼虫』が大きくなると『蚕蛾』に成るんですけど、その前段階『蛹・さなぎ』に成る為に『繭』を造り中に籠ります。

 

 人間はこの『繭』から『絹糸』を造る為に『蚕の幼虫』を飼う訳です。

 

 『蚕産農家』にとって現金収入の大事な手段ですので敬意を込めて『お蚕さん』と呼んでいました。(白い毛虫ですけど)

 

 

 『蚕の幼虫』が大きくなって、桑の葉っぱを食べなくなると、そろそろ『蛹』になるべく『繭』を造る段階に来た証拠です。

 

 この『種紙』の中に1匹ずつ『幼虫』を入れ『繭』を造らせます。

 

 『繭』が出来たら哀れ熱湯で茹でられ『蛹』はご臨終。

 

 『製糸機』や『糸車』に3・4本づつよられながら巻き取られていきます。

 

 『繭』を完全に巻き取られた残りの『蛹』は『鯉の餌』となります。

 

 

 『蚕蛾』が自然界で『繭』になったものを『天蚕』と呼びその『淡い緑色』は特に希少価値が高く、『総天蚕の着物』は1着で一千万円!とかするらしいです。

 

 そそ『天蚕』佐久市東部の山間を歩いていて一度だけ見かけました。

 

 ほのかな緑色が特徴です。

 

 

 あと何万匹見つけたら一千万円になりますやら。

 

養蚕学校

 

 藤岡市の山中にある『高山社』とは何ぞや?

 

 『高山長五郎』さんが苦労の末『養蚕技術』を確立し、自費で広く教える為の『学校』を建てました。

 

 明治初期、自費でこれだけの建築物を建てられる(お金持ち)んですから、養蚕がいかに貴重な産業だったのか。

 

 残念ながら『高山社情報館』は入れず、ネットの情報頼りです。

 

 

 石積の上には、白い漆喰も鮮やかな立派な『長屋門』はが在り、一角は『使用人住居』兼『厩』になっていました。

 

 『新潟・豪農の館』で見た『使用人住居』も土間続きで厩が在り、極端な貧富の差を感じ、チョット複雑な心境になりましたけど。

 

 

 地元ボランティア活動の方が詰めていて、説明などもしてくれるのらしいのですが、残念ながら新型コロナウイルスの影響下の為、パンフレットを貰い、ノートに氏名などを記帳、数種類のカードをくれました。

 

 『ダムカード』や『マンホールカード』などくれる物は素直に貰っておきます。分類『世界遺産カード』で集めなきゃ。

 

 

 ついでに『ダムカード』

 

 

 と、『マンホールカード』

 

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高山社

 

 今から数年前、『富岡製糸場』が『世界文化遺産』に認定された時、その原動力が『ドイツ・ポルシェ社製エンジン(ベンツだったかな?)』と聞き、是非とも見てみたいと出かけていきました。

 

 広い工場内の『糸つむぎ機』の並んだ部屋では、当時の機械が保存されていましたが、残念ながらお目当ての『ポルシェ・エンジン』は無かったです。(※現在『富岡製糸場』は一部立ち入り禁止になっています)

 

 同時に『荒船風穴』も世界遺産に認定された為、結構な観光人数が『荒船』の細い道に流れ込んできてました。

 

 その元となる『養蚕技術』を確立したのが『高山社』、『群馬県・藤岡市』山中にある辺鄙な場所に(失礼)各地から人が集まりました。

 

 技術の習得を目指し、遠く『沖縄』などからも技術研修に訪れたそうです。

 

 

 駐車場から遊歩道を歩き、情報館へ。

 

 2019年の台風19号に痛めつけられた所の補修工事が各所で見られました。

 

 

 あら。新型ウィルス対策で休館ですと?

 

 でも『高山社』は見学できるみたい。取り敢えず行ってみます。

 

 

 情報館前の『顔出し看板』ですけど『顔出し穴』そこですか?

 

 

 そして主人公の『高山長五郎翁像』

 

 実に凛々しい顔立ちです。

 

立ち食い

 

 『立ち食い』初体験は吹雪の中の駅のホーム。

 

 小諸駅の4番ホーム、小海線の発着するホームに『生蕎麦』と書かれた『立ち食い蕎麦』が在りました。

 

 小学生当時、¥150位じゃなかったかな。

 

 当時世間を騒がせた大ニュース『あさま山荘事件』があり、極寒の中で機動隊員が食べていた『カップヌードル』を初めて見て「食べた~い」と親にねだって買って貰いました。

 

 今でも同じデザインの『日〇製粉・カップヌードル』が確か¥100だった様な記憶が。

 

 今でもスーパー特売価格¥130位なものですから、大した物価の優等生です。

 

 東京に暮らしていた頃も、駅の構内の『立ち食い蕎麦』そりゃぁお世話になりました。

 

 私鉄『京王線沿線』に住んでいましたので『高尾そば』の『コロッケ蕎麦』がほぼ主食でした。

 

 佐久に戻ってからも、たまに東京などに出た際、『富士そば』なんかが無性に食べたくなります。

 

 今回の舞台は『新潟市・万代バスセンター』

 

 と来れば知る人ぞ知る『立ち食い蕎麦屋のカレー』です

 

 

 蕎麦屋さんは『バスセンター1階・バスロータリー』の一角に在ります。

 

 すぐ隣に暖機運転中のバスが停車し、ディーゼルの排気ガスが流れてくるんですけど まっ、気にしない気にしない。

 

 

 券売機で先ず『カレー普通盛り』の食券を買いまして、カウンターに持っていくとモノの数秒でカレーとご対面。

 

 小麦粉でつないだ、婆ちゃんが昔『ライスカレー』と呼んでいたようなカレーが出てきました。

 

 カレー粉をケチったのか『婆ちゃんのカレー』は色が白っぽい割には、唐辛子でもぶち込んだのか、めちゃくちゃ辛かった気がします。

 

 いえ、このカレーもそうだとは一言も言ってませんから。(そこん処宜しく)

 

 『カレー普通盛り』だけで足りる筈も無く、その後『コロッケ蕎麦』も頼みました。

 

 

 今ではレトルトパックの『万代バスセンターのカレー』も通販でお取り寄せできる時代。でもこの排気ガスの漂う、エンジン音ガラガラで食べるから良いんです。

 

 その後新潟のご当地スーパーを覗いたりしてボチボチ帰路に着きますか。

 

タワー

 

 新潟みなとトンネルを出て側道をUターン。前方に高層建築物が見えてきます。

 

 高い所好きのこーちゃん、勿論行ってみます。

 

 駐車場は無く、皆さん道路に路駐です。駐車禁止じゃないみたい。

 

 でもこれだけの車の数、皆さん釣りでもしているのかな?

 

 

 エレベーターや展望台が有料ならば引き返そうなどと考えながら建物の中へ。

 

 売店でも在ったらジュースでも買いたいなと探しましたが在ったのは自販機のみ。

 

 エレベーターも展望台も無料で良かった。

 

 

 ♪ 海は荒海 向こうは 佐渡よ~

 

 長~く伸びる堤防の左側は海、右側は信濃川です。

 

 薄っすら佐渡島が見えてます。

 

 そして右側の窓から見えるのが

 

 

 先ほどまで見ていた『あざれあ丸』

 

 岸壁に人影が見えます。大体の大きさが想像できますね。

 

 でも超豪華客船『ダイアモンドプリンセス』や『クィーンエリザベスⅡ』などは更に数倍の大きさなんですから。

 

 何時の日か乗ってみたいな。

 

 

 そしてこちらは『日本の海の安全』を守る『海上保安庁』のヘリコプター搭載巡視船『えちご』

 

 『大和堆』や『竹島』、『魚釣島』何かにも遥々出かけていく船です。

 

 近年フィリピン海の『海賊退治』にも活躍しました。

 

 船首に鎮座するの40ミリ単装機銃と20ミリ単装機銃。

 

 海上で体当たりしてきた『〇国船籍』の船に発砲した(模擬弾?)シーンのニュースを見た覚えが在ります。

 

 日夜、日本の海を守る為に働いてくれる頼もしい舟です。

 

 晴れていれば『磐梯山』へと続く山並みも見えるんでしょうけど曇り男ですから。

 

 

 白鳥も観たし(?) おせんべいも買った。

 

 んで次は、信州人憧れの『海‼』 

 

 竜之介のTシャツじゃ無いけど「海が 好きだ~」(BYうる星やつら)

 

 新潟港には『海上自衛隊基地』や『国際フェリーターミナル』なんかも在り、ひところ前までは北の曰く付き『マンビョンボン号(でよかったのかな)』も彼の地に停泊していたらしい。

 

 残念ながら『自衛隊基地』周辺や『国際フェリーターミナル』周辺は立ち入り禁止になっており近づく事すら出来ない。

 

 で港周辺を走っていて見つけたのが『新日本海フェリー』

 

 高校3年の時、『北海道ツーリング』に行き、帰りは『小樽』から『新潟』まで『新日本海フェリー』で船旅と洒落込んだ。

 

 当時の船はかなり小さく、暇つぶしにテーブルゲームの『インベーダー』で遊んでいたら揺れて『TILT』になってしまいました。

 

 「¥100返せ~」とは言えなかったですけど。

 

 (『インベーダー』や『テーブルゲーム』知ってる貴方は同世代。)

 

 

 2020年初頭、世間では超大型観光船『ダイアモンドプリンセス号』が注目を集めていたけど、『船』並びに『船会社』『乗船した観光客』に何一つ悪い所がある訳でない。

 

 逆に政府の示した『隔離措置』に協力して、2週間も狭い船室で我慢してくれた人達もいる。

 

 これだけの大きさの船になると、全室が窓側になる訳でなく、内側の部屋(お値段格安)では出入り口のドアしか無い。

 

 こーちゃん、昼でも電灯を点けなければならない生活は無理かも。

 

 しかも2週間! 船旅する時は(宝くじが当たったら位の確立ですけど)絶対窓側にしよう。と心に決めまして。

 

 『感染拡大防止の為』に協力してくれた方々に感謝です。

 

 そしてもし『ウイルスの拡散』が人為的、故意的なもので在ったら絶対に許せない。

 

 『WHO』と『中〇政府』の動向を注視したい。

 

 話、戻しますね。

 

 埠頭の『ボラード』に片足を乗せ「海は素敵だぜ」などとほざく姿を想像したりして。

 

 車に戻り、『万代』を目指そうとカーナビを見ると、『新潟港トンネル』を経由するように指示される。

 

 へ~。トンネルが出来てたんだ。

 

 そこでハタと気が付いた。

 

 あれ?『新潟港』って海じゃない! 『信濃川河口内』に在る。

 

 って事は 「川も 好きだ~」

 

せんべい王国

 

 ホテルチェックアウト後に『源泉の杜』をブラブラしただけで、『福島潟』の白鳥は留守。ナビに従って『せんべい王国』を目指すもまだ開店前に到着です。

 

 駐車場に車を停めて辺りを見廻してみると。

 

 

 『BEFCO』と聞いて?ですけど、これなら誰もが知っている筈。

 

 

 そう『ばかうけ』の会社です。

 

 しかも子供によく買った『星たべよ』も同じ会社だったんですね。

 

 しかも入り口近くに在ったのは

 

 

 『ばかうけ稲荷』 

 

 大手の会社・企業では、敷地内に商売繁盛の神様『稲荷神』をお祀りする為の『祠』を建てている処が多いです。

 

 都心の駅前デパートや有名企業なんかでも屋上に『稲荷神』をお祀りする『祠』や『御社』を持っています。ちゃんと『鳥居』もありますよ。

 

 何時かデパートの、屋上ビアガーデンにでも行く機会が在ったら見てください。

 

 

 流石が商売上手。おみくじ¥100ですと。

 

 『御神籤』は滅多に引かないので今回もパス。故にどんな事が書かれているかは解りません。

 

 そんなこんなでオープン時間です。

 

 おせんべの製造体験が出来るとの事だったんですが、まだ一時間待たないといけないらしい。

 

 時間が勿体ないからパス。

 

 売店でおせんべ数点を買って次に行きます。

 

 ※割れせんべいなどの出来損ないを『久助』と呼びます。知ってた?

 

トイレ

 

 いろんなお店に行ったら『トイレ』を必ず見るようにしています。

 

 『清潔感』や『快適性』そして何より『清掃頻度』などが見て取れます。

 

 公園などに行っても『トイレ』を見れば解ることが在ります。

 

 公共の公園などでは『地方行政』や『自治体』が専属の『清掃員』を任命している所が多いですけど、『掃除時間』も9-5時に合わせてとか、度合いが三日に一回だったりと様々です。

 

 此処『源泉の杜』は、早朝の公園のトイレにも係わらず、ペーパーが補充され、清掃後の濡れた床をみると、近所の方がボランティア活動の一環で清掃しているみたいです。

 

 

 朝から何だかほっこりした気分で次に目指すは『白鳥』

 

 新潟県には各所に『白鳥飛来地』が在ります。

 

 パンフレットで確認しておいた『福島潟』目指して走っていると、雪のない田んぼに数羽の白い鳥がいました。

 

 『シラサギ』なんざ佐久にもいるもんね。と気にも留めずに目的地着。

 

 あの~『白鳥』が一羽も見当たらない?

 

 たまたま散歩していた人が居ましたので伺いますと、「白鳥は日が昇ると餌を求めて『田んぼ』の方へ行っちまうだ~ョ。」

 

 さっきのは『白鳥』だったんかい。

 

 なんか一気に覚めちゃいました。ならばと目指すは

 

 『おせんべい王国』 次回です。 

 

 『月岡温泉・源泉の杜』で『日本一まずい温泉』(だってそう書いてある)を飲んで、少し後悔しながらも公園内を散策します。

 

 こじんまりした公園内には他にも色々在り、中でも『昇竜の石』。

 

 

 貴方には『昇竜の横顔』が見えますか? 注目すべきは『目』

 

 左目から涙を流し、天を向いている龍の横顔です。

 

 

 更には『縁結び祈願』の『湯結美の泉』(えんむすびと読ませる?)

 

 お湯掛け地蔵宜しく………お湯が無いです。杓子も無い。

 

 何より『目』がコワい。(個人的な感想です)

 

 『龍の眼』に気が付かなければ『昇竜』が解らなかったし、『湯結美』の気になる目。

 

 『日本一まずい温泉』ではひどい目に遭ったし………ん⁈

 

 共通点は『目』でしたか。

 

発祥の地

 

 各地で目にする『〇〇発祥の碑』 案外好きです。

 

 『新潟・月岡温泉』にも『月岡温泉発祥の地』の石碑が在りました。

 

 『月岡温泉の発祥』 実は人為的なモノです。

 

 新潟県は各地で『石油』が発掘されます。

 

 此処『月岡』でも『石油掘削』してみたら『温泉』が湧き出てきました。

 

 意外と良好な泉質だったのでじゃ『温泉宿』でもつくってみっぺか。

 

 意外と人が集まるねぇ。で出来たのが『月岡温泉街』です。

 

 

 温泉街ですから朝は比較的遅いスタートです。

 

 他も廻りましたが『商業施設』は全て閉まっており辿り着いたのがこの公園です。

 

 

 チョロチョロと流れる『湯元』は『飲料可』ですと。

 

 ん?飲んでみて驚いた。

 

 『月岡温泉街』自体は独特の『硫黄臭』に包まれており、到着時は強烈に感じた臭気が、一泊したら余り気にならなくなっている。

 

 それでもこの『発祥の地』周囲は又強烈な臭気が漂っている。

 

 で『源泉』をペットボトルに汲んで一口飲んで………

 

 「何じゃ こりゃ~」 思わず吹き出すなんて何十年振り?

 

 案内に『日本一まずい温泉です』と書いてありました。

 

 それでもこの源泉を『ペットボトル(500㎖)』に汲んで持ち帰り、翌日、自宅のお風呂に入れた所、しっかり温泉の臭いがしました。

 

 飲めますけどお勧めしません。

 

 ペットボトルで持ち帰り、お風呂に入れるのがベストです。

 

足湯

 

 チェックアウトの後、エンジンをかけて暖機(今のエンジンはいきなり吹かしたりしなければそのまま走行可です)します。

 

 ふと目の前の建物から人の笑い声が聞こえてきた。

 

 好奇心旺盛のこーちゃん何事だろうとウズウズ。

 

 

 『湯足美』と書かれた建物『足湯』が在りました。

 

 中に人が居るのに入り口は閉ざされたまま。

 

 ひょっとして『貸切』なのかな。

 

 

 料金無料!(足湯ですから)

 

 入り口が閉まっていたけど人が居る。

 

 何で?と思いながらも温泉入ってきたからいいもんね~。

 

 

 『多目的舞台』兼『展示場』の役割を持つ『月見台』

 

 『京都・銀閣寺』の『月見台』のミニチュアみたいなのが在りました。

 

 温泉がチョロチョロ流れているからちょっと違うか。

 

月岡温泉

 

 某宿紹介雑誌『〇こ〇こ』で見つけた『月岡温泉・最安値・二食付き』

¥7500 (入湯税別)

 

 料理のランクは+αに応じて『船盛』だったり『アワビの残酷焼き』や『胎内牛の陶板焼き』などなどオプション追加できますが、此処で美味しい物食べたら、翌日のb級グルメ廻りに影響しそう。

 

 で今回は『スタンダード』コースです。

 結果。これで充分、いや十二分。

 

 余りの量の多さに大食漢のこーちゃんでも、ご飯を残しそうになりました。(いや只の飲みすぎだって)

 

 勿体ないなぁ。と思っていたら仲居さん「夜食用におにぎりにしましょうか?」

 

 ナイス・アイディア  「御願いします」

 

 待つ事暫し。小振りのおにぎりが三つ。一個づつラップに包まれてました。

 

 部屋に戻り、温泉上がりの疲れが出たのかうとうと。

 

 いつもなら、魅惑的な夜の温泉街に下駄をカラコロさせながら出かけるんですけど、何となく疲れてたんで、部屋でテレビを見ながらゴロゴロしたり、ウイスキーをちびちびやったり。

 

 はたまた温泉に2度も入ったりして気が付きゃ真夜中。

 

 小腹が空いたかな位で『おにぎり』です。

 

 三つとも中身の具材を変えて在り、しかも『筍の粕漬け』まで。

 

 実はこれ、食事中に余りに美味しかったからどこかで買えるか仲居さんに聞いた物です。

 

 ちゃんと気配りしていたんですね。

 

 いや~ご飯の美味しい事。 で又飲んじゃったい。  でzzz………

 

 翌朝いつもの習慣で5時には起床。先ずは朝風呂です。

 

 いつものモーニングショーを観て『朝ご飯』(まっ普通のバイキングです)

 

 ご飯が美味しいく『朝からお替り!』 卵かけご飯で1杯。納豆で1杯。

 

 大満足でチェックアウトです。

 

 建物はそれ相応の年季が入り、経年劣化も感じます。

 

 でもこの観光収入激減の時に、頑張っているホテルは応援したくなります。キャンセルしなくて良かった。

 

 また今度、泊りに来ますね。

 

木道

 

 正面の石碑の前で何故か合掌して一礼します。

 

 その位圧倒するパワーが在ります。(※個人の感想です)

 

 木道が『将軍杉』の周りを一周していますのでこれを歩きます。

 

 『大木』を保存する場合、木に触れようとして近寄ると、靴底に付着していた『雑菌』などが『木』を痛めたり、又『根』を踏まれることによって全体に『病原菌』が行き渡ってしまうなどの弊害が生じ、挙句枯れてしまうらしいです。

 

 大勢の人に見て貰いたい、でも木を守らなければ。

 

 で所有者は大枚を叩いて木道を建設します。

 

 

 一度にに何十人と歩くでしょうから、しっかりした造りの木道です。

 

 聞く所によると、木道に使う『木』は『防腐剤』や『殺虫剤』は塗布されておらず、数年でボロボロになってしまうらしいです。

 

  確かに樹木保護の観点からは『防腐剤』など使えないか。

 

 その為強い『殺菌作用』や『シロアリ』などを寄せ付けない『ヒノキ』が使われるそうです。

 

 『神社仏閣』の多くが『総桧造り』なのも頷けます。

 

 

 見る角度や向きによってこんなにも様々に変化します。

 

 

 残念ながら枝分かれした先端は保護の為切られています。

 

 それでも圧倒的な存在感。

 

 目通りの太さ『日本一の杉』………です。

 

 だって屋久島に行って『縄文杉』観た事ないもん。

 

 

 

 パワースポットで十二分に充電終了!

 

 木道をドコドコ歩きながら思いました。

 

 『木道』と云えば何と云っても『尾瀬』

 

 まだ行ったことない。で行きたい場所候補にメモっときました。

 

将軍杉

 

 『日本の巨木』で検索してみて下さい。

 

 巨木の定義は

 

 1)目通り(目の高さ≒地上高130㎝)の外周

 

 2)目通りの木肌に沿わせた外周

 

 3)木肌に沿わせた外周の最大値

 

 などなど。要は木肌に沿わせて外周を測るか沿わせずに測るか。

 

 

 こんもりとした杉木立の森が在りました。

 

 欝蒼とした暗がりに道は続いています。

 

 

 『沢登り』にも匹敵するような溢れる水もこの先には流れていません。

 

 あぁ良かった。

 

 

 何やら所々の修正箇所が気にはなりますけど。

 

 木道により整備された散策道は滑りやすいですので注意が必要です。

 

 

 う~ん圧巻。

 

 暫し言葉なく見見とれてていました。  続く。

 

巨木

 

 『日本三大〇〇』って大好きです。

 

 この日も『日本三大峡谷』の一つを廻ってきた処です。(前章参照)

 

 燕三条から県道経由で国道290号線に入り、目指すは国道49号線。

 

 実はこの国道49号線。東北大震災の直後に救援物資を運ぶ際、まだ東北自動車道が復旧する前まで、新潟周りで福島に入るように指示された道です。

 

 『新潟市』から『福島県いわき市』までを結ぶ『磐越自動車道』ですが、震災直後は崩落個所などが在り夜中に国道49号線をひた走りました。

 

 そんな時に見つけたのが『日本一の巨木』の看板です。(前はこんなじゃ無かったような)

 

 この時は夜中でも在り、流石に山道を行く気にもなれなかったのですが、何時か行ってみたい場所に決めていました。

 

 

 山道に差し掛かると何故か道路に水が流れています。

 

 融雪用の水? にしては水量が多い。

 

 さては用水路がゴミかなんかで詰まって溢れてる?

 

 

 いやいや、車から降りられませんって。

 

 よく見ると用水路は『板』で塞がれ、ワザと水を道路に流れ出させているようです。

 

 やはり『融雪』の為みたいです。

 

 『融雪』に『塩カル』などを多量に使う山間部では、その下流域において『塩害』の報告も聞かれますし、雪が解けた道路に、『塩分』を嘗めに来る『鹿』などの『接触事故』も聞きます。

 

 自然に優しい融雪です。靴が濡れる位………

 

 

 坂道を下る水は『勢い』も手伝い、高をくくっていた水量は一瞬にしてくるぶしのカットを超えて靴の中まで『水浸し』

 

 そりゃ『ガキ』の頃なら『長靴』の中に水が入っても喜んでましたけど、いい大人が冬の『冷たい水』に『ずぶ濡れ』ってシチュエーションはあんまり経験ないです。

 

 やはり冬、雪国を行く際は長靴の準備が必要かな。

 

 余談ですが新潟県では冬、道路の中央部から水を噴出させて融雪させます。

 

 更には各家庭、職場の出入り口でも水を流しっぱなしにして融雪させる処も多いです。

 

 困るのは歩行者。時に水溜まりに足を突っ込んだり、噴出す水の勢いが強すぎてズボンまで濡らしちゃったり。

 

 ある時見掛けた雪国の高校生は、靴下の上から『スーパーのビニール袋』を履き、ズボンに巻き付けてテープで止めていました。それも数人。

 

 靴が濡れるのは当たり前。

 

 靴下、ズボンが濡れなければという発想ですね。

  

燕三条市

 

 『白い清津峡』を堪能した後、時間の関係で高速道路を使って『燕三条』へと『ひとっ飛び』(これって佐久の方言?

 

 目的は二つ。

 

 1)イタリアン  2)ペティナイフ

 

 某TV番組で観た新潟県民のソウルフード『みかづき・イタリアン』

 

 『みかづき』は新潟県下にチェーン展開している為、デパートのフードコートなどで良く見かけます。

 

 この日、朝から楽しみにしていたので早速検索。

 

 燕三条インターを降りるとすぐに目的地を発見。

 

 勿論オーダーしたのは一番オーソドックスな『イタリアン』

 

 

 余りにお腹空いてたから写真撮る前に少し食べちゃいました。

 

 お店の方に写真撮影の許可を頂きまして。

 

 『イタリアン』 麺は太めの焼きそばです。

 

 トッピングメニューに『イタリアンソース大盛』が在りますので掛かっているソースが『イタリアン』

 

 更に『ショウガ』が添えられています。

 

 麺と一緒に炒められているのが『モヤシ』

 

 和食でしょうか洋食でしょうか? 美味しければ良いんです。

 

 

 小腹を満たし次に向かった先は『ストック〇スターズ燕店』

 

 刃物工場直販で、アウトレット商品が超格安で手に入ります。

 

 商業施設の為写真は撮っていません。

 

 只でさえ格安のお店の中でも『訳アリ品』はナント¥10~(正しお一人様2点まで。)

 

 この中から『皮むき器』と『パイナップルカッター』で¥100!

 

 購入した物は『ステンレス製洗い桶(凹みあり)』『ペティナイフ(台紙に汚れ)』『蓋つき小型鍋(?)』『ワイン用・ソムリエナイフ』『陳列用シルバートレイ』その他諸々買い込みまして¥5000弱。

 

 正直『ペティナイフ』だけで予算は¥5000と思ってましたのでかなりお得!

 

 『ペティナイフ』も、ちゃんとした『モリブデン鋼』の高級品です。

 

 いや~このお店が近くに在ったら、毎月掘り出し物探しに来るな。

 

 大満足の買い物を終え、カーナビに入力したのは『将軍杉』

 

 次回、乞うご期待。

 

第4見晴台

 

 いよいよメインイベントの第4見晴台です。

 

 皆さん写真をUPしているあそこ。

 

 

 何故、天井に風景が写り込むのか?不思議でしょうが無かったから実際に来てみました。

 

 人が居なかったのは幸いでした。(この3分後には追い抜いたカップル登場)

 

 この先は浅いプールになっており、左右の壁面の近くは水深2㎝程、普通の靴でも歩いて渡れます。

 

 ちゃんと片側通行になっていて、展望台に行くには右壁面、戻ってくる場合は左の壁面の脇を歩きます。

 

 水鏡に外の景色が写り込むのは解ります。

 

 天上や壁面にに写るのは何故?

 

 

 試しに先端のテラスまで歩いて行くと、透明のガラス仕切りが在り、一応『転落防止』の役を買っているみたいです。

 

 『渋谷・駅テラス』にも同じようなのが出来たみたいですね。

 

 う~ん行ってみたい!

 

 靴を濡らしてまで見た景色は………佐久辺りの冬、山に行けば普通に見られる景色………とまでは云いませんけど。

 

 

 後方でカップルさんが写真を撮り始めていましたので、場所を開けるべく戻ります。

 

 ボロ靴は防水スプレー吹きかけてあるのに何故か水が沁み込んできてるし。

 

 カップルさんの移動を待ってたんですけど中々動いてくれそうに無かったんで帰りますか。

 

 

 で答え。

 

 『総ステンレス張り』

 

 冬季閉鎖中に磨き込まれたんでしょうか、汚れ等無くきれいに反射してました。

 

 おしまい。

 

 

トイレ イン トンネル

 

 照明が『赤』から『青』のゾーンに変わって少し行くと『第一展望台』が在る。

 

 このトンネルは最奥の展望台に向かって、全部で四つの展望台が在り、日本三大峡谷の一つで在る『清津峡』の深い谷間を見る事が出来ます。

 

 

 第?展望台に接続する通路天井は『アラ、素敵』

 

 『丸い反射材』と『間接照明』が創り出す幻想空間です。

 

 展望台からは

 

 

 山ん中では冬、まあ普通に見られる景色かな?

 

 

 んで『第?展望台』通路に在ったのがこれ。

 

 何かのオブジェ?と思いきや見慣れたマークが。

 

 

 この男女のマークはそうアレ。土足禁止、スリッパ着用のトイレでした。

 

 総ステンレス張りの曲線が未来的な雰囲気を醸し出しています。

 

 特に用は無かったので中まで覗きませんでしたが、後でリーフレットを読んでみると『透過式』と書いてあります。

 

 光が透けるって事? 見て来ればよかった。

 

 誰か行かれた方、写真UPお願いします。

 

 (まさかのマジックミラー仕様?)

 

清津峡

 

 昨今、『インスタ映えスポット』としてつとに有名に成りました。

 

 貴方も絶対観た事ある筈。

 

 『日本三大峡谷』の一つで『越後湯沢』のスキー場から手軽に行けます。

 

 春の新緑から秋の紅葉、そして今回『白い冬』を目指して雪の山路をクネクネ登っていきます。

 

 ネットで調べると『冬季閉鎖期間』が2/15まで在り、点検整備をするらしい。

 

 『玉屋商店』はなるべく水曜日定休にしているので(なるべくなら定休って云わないか)行った先の美術館・資料館・展示場などが『閉まってました』が多いです。

 

 行く前に確認は怠れないです。

 

 

 無料駐車場に車を停め、トイレを済ませて。

 

 温泉旅館の間をトコトコ歩いてトンネル入り口まで数分。

 

 

 トンネルを歩くだけで¥600はちと高すぎないかい?

 

 でもトンネルを歩かなければ観られないし。例のアレ。

 

 

 雪のチラつく中を歩いて来た体は、早く温かい処へ潜り込もうと催促してくる。

 

 このトンネル実は温泉の『源泉』を掘る為の物。地熱でトンネル内は寒いというほどでもないです。

 

 逆に防寒着のファスナーを開けて丁度良い位です。

 

 料金を払い、『リーフレット』と『入場記念券』を貰います。

 

 でもこれ、くしゃくしゃになる位なら帰りに渡して欲しい。

 

 私の場合はなるべく折り目等を着けたくないのでプラスチックケースをリュックに入れていくが、この時は車に忘れてきたじゃないですか。

 

 ハイ案の定クシャクシャです。で結局ゴミになっちゃうんだよね。

 

 薄暗いトンネル内の照明は何故か『赤』しかも何やら不気味な音楽が聞こえてくる。

 

 

 前を歩くカップルは何故かピッタリ身を寄せ合ってるし。

 

 いいもんね。と足早に追い越すと今度は照明が『青』に変わる。

 

 そして………。

 

キャンセル料

 

 世間が『コロナウイルス感染予防』を意識しだし、『ステイ・ホーム、お家で過ごそう』が合言葉のように聞かれる様になり始めた頃、一つの問題が生じました。

 

 まさか世の中、これ程自粛ムードが高まると想わなかったので、賃餅の稼ぎが良かった12月、『新潟の温泉』を予約してました。

 

 宿泊予約した二日前になってもまだどうしようか迷っていましたが、12月初旬~1月~2月、何処にも出かけていない自分への『ご褒美』でしたので、『なるべく他人に接触しない』を心掛け、出かける事にしました。

(正直キャンセル料50%は痛い)

 

 世の中は『マスク』の入手が困難になり始めた頃、買い置きしてあったマスクを荷造りの中に入れて、2月のとある日に出発。

 

 早朝に車で家を出て、軽井沢~渋川~国道17号線三国峠へとノンストップで駆け抜けました。(高速料金も勿体ないもん)

 

 ホントは『猿ヶ京』で写真を撮りまくる予定だったんだけど、『月夜野』を過ぎた辺りで降り始めた雪が、『猿ヶ京』辺りでは、交通量は少ないのに除雪車が出動していた位の結構な量の積雪。

 

 万が一『三国峠』が閉鎖になってしまったら、又戻らなければならないからと、兎に角先を急ぎました。

 

 群馬県側のクネクネと違って新潟県側の道路はほぼまっすぐ。 

 

 『苗場』から『かぐら』と続くスキー場のゲレンデは、暖冬の影響を受けてか雪は少なく、露出した地表が痛々しい位です。

 

 輪をかけてゲレンデの広大な駐車場に停車している車両が少なく、人影が見当たらない。それでも白いゲレンデには所々で人影が動いている。

 

 スキー場自体は営業しているんだ。

 

 暖冬と自粛ムードの『ダブルパンチ』にスキー場関係者はどうなるんだろう?

 

 『ぴんころ地蔵』の観光土産として『ぴんころ饅頭』や『くるみ餅』を製造している身としては、あながち他人事とは思えません。

 

 トイレ休憩に立ち寄ったのが『道の駅・みつまた』

 

 

 屋根付きで身体障害者にも特に優しい道の駅です。

 

 えっ私は雪の中に靴を埋めながら歩いて来ましたよ、勿論。

 

 たまに見かけますね。身体障害者スペースに『当然』みたいな顔して停めている障害者マークの無い車。

 

 介助の為に他に誰かを乗せているでも無く、何処が障害者なんだろう?

 

 本当に障害者スペースを必要としている人は、必ずマークを前後に表示し、中には証明書類をダッシュボードに広げている人もいます。

 

 聞く所によると人の迷惑を顧みない人はある種の『障害者』なんだそうですけど。

 

 

 なんとこの『道の駅・みつまた』には、販売所の一角に『足湯』があるんです。

 

 しかも『無料‼』 屋内に在るのは冬季の事を考えて。流石豪雪地帯。

 

 お立ち寄りの際は『足ふきタオル』をお忘れなく。

 

 生活のワンポイントアドバイスでした。

 

ファイヤー!

 

 夕方5時をまわる頃『神官さん』登場。

 

 『祝詞』と『お祓い』により儀式が執り行われます。

 

 

 『神職』の方から『氏子総代』『祭事係』『警察官』『消防団』『商店街』と序列の順に『玉串奉納』です。

 

 やけに子供が増えてきたな。と思っていたら皆一様に『お面』を着けています。

 

 

 この後、『狐面』を着けた子供が『ランタン』の『炎』を松明に移し、四方八方から一斉に点火。

 

 

 四方八方から点火された『御焚き上げ』の火はみるみる大きくなり、やがて巨大な炎となっていきます。

 

 

 炎が轟轟と音を立て、周囲に『火の粉』が飛び交う頃、クライマックスの花火が打ち上げられました。

 

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御焚き上げ

 

 『鼻顔稲荷』で参拝を済ませ、領布所で『御朱印』と陶器製の『狐』を買いまして、準備万端。今年は『商売繁盛』間違いなし!

 

 例年、『鼻顔稲荷』の『初午』へは店を閉めてから来ますが、今回は午後3時には閉めちゃいました。

 

 河川敷に造られた『祭壇』で行われる『御焚き上げ』が見たいなと。

 

 

 『玉屋商店』では毎年恒例として『高崎・達磨寺』の『縁起ダルマ』と『成田山・薬師寺』で『節分会』の『ダルマ』、山門市『福撒き』の『福ダルマ』がやって来ます。

 

 『高崎ダルマ』は『達磨寺』へ返納します。

 

 他の『ダルマ』は地元の『どんど焼き』の時、炊き上げて貰います。

 

 消防団にいた時、この『どんど焼き』の『火の後始末係』を仰せつかりまして、火の管理から灰の後始末までやりました。

 

 『ダルマ』って、底の部分に『粘土』の重りが付いているんですけど、これが真っ赤に焼きあがって冷めるまで待つのが大変。

 

 ある年から、底の重りを予め剥がしてから山に組む事にしました。

 

 他の所がどうやっているかは知りませんが。

 

 

 『鼻顔稲荷』の神官さんにより儀式が行われる祭壇です。

 

 多分地元の『祭事係』が準備するんでしょうね。

 

 

 祭壇の中央にはランタンに入れられた『蝋燭の炎』が揺れています。

 

 そして段々と陽が陰り始めます。

 

稲荷神

 

 『神道』における『稲荷伸』は云わずと知れた『八百万の神々』の一つ。

 

 『神仏混淆』により『仏教』の『神』、『ウケノミタマ』と混合され、京都『伏見稲荷神社』も在れば、愛知『豊川閣・妙厳寺』の『豊川稲荷』も存在します。

 

 どちらも『農耕の神様』とされ、『五穀豊穣』や『養蚕』『商売繁盛』にご利益があるとされ、農業や商売している人に人気が有ります。

 

 『鼻顔稲荷』も『養蚕』が盛んな時代、県下はおろか遠く『群馬』や『山梨』からも『養蚕の大量収穫』を願って大勢の人が訪れたと云います。

 

 実は此処、当時若者の『出逢いの場』でも在ったらしく、『縁結び』や『子宝祈願』にもご利益在りとされていました。

 

 

 そもそも『稲荷伸』をお祀りしていた『祠』は、社殿の裏にあるこの『洞窟』、ひっそりと佇んでおり知らない人も多いかも。

 

 『狐』が住んでいたとかじゃ無いとは思いますが………。

 

 

 現在の『参拝所』は、『ウナギの寝床』宜しく細長い社殿の最奥に在ります。

 

 

 お賽銭を奮発して。もちろん祈願は『商売繁盛』

 

 『玉屋商店』は『売り上げ』=『収入』に直結してくる『個人事業』ですので、死活問題です。

 

 『何卒、何卒商売繁盛致します様、宜しくお願い申し上げます。』

 

 ※初午のこの日、人が居ないんじゃないんです。写り込まない様に撮影するのが結構大変なんです。

 

 参拝を済ませた後、『湯川』河川敷にあつらえられた『御焚き上げ』の『祭壇』に向かいます。

 

 以下、次回です。

 

奉納額

 

 『鼻顔稲荷・はなづらいなり』は『日本七大稲荷』にも数えられる由緒ある神社です。

 

 24h・365日何時でも参拝出来ます。 しかも拝観料無し。

 

 拝殿は『ウナギの寝床』宜しく、湯川の断崖に沿って細長~く続いてます。

 

 その入り口に掲げられている扁額の大きさたるや。

 

 知る限り佐久で一番大きいかな。

 

 

 毎年、『初午』の日だけは参拝客でゴッタ返しますけど、普段の日は社務所に人が詰めていません。

 

 もし普段、『御朱印』や『お札』『狐』などを所望するなら、予め電話確認が必要です。ホームページでご確認下さい。

 

 

 そして建物内に掲げられた『奉納額』の数といったら………。

 

 

 こんな古めかしい物から

 

 

 小型でカラフルなモノ。

 

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初午

 

 『初午』は旧暦の正月明け最初の『午の日』に開催されますが、昨今は休日に合わせての開催となっています。

 

 『鼻顔稲荷神社』も毎年『2/11・建国記念日』が縁日となります。

 

 参道には『テキヤの屋台』や『縁起物屋』がズラリと並びます。

 

 

 まだ『新型コロナウイルス』の脅威が『対岸の火事』『どこ吹く風』

 

 店を早めに切り上げて、『御朱印』を頂く為に出かけました。

 

 まだ明るいので先ずは腹ごしらえ。

 

 『焼きそば』『たこ焼き』『ポテトフライ』 高いのは承知なんだけど買っちゃうんだよね。

 

 

 朱塗りの『一の鳥居』には『鼻顔大神』と書かれています。

 

 一礼して潜ろうとすると、三人組の外人さんが『ナント書いてます?』と聞いてきました。外人さんですけど日本語お上手。

 

 『アフリカ系』『ロシア系』『フランス系』という感じですかね。

 

 勿論ペラペラっと答えましたよ、日本語で。

 

 「はなずらおおかみ」

 

 『ロシア系』の方は日本語の『おおかみ』を知っていたのか、すかさず「Wolf?」「No No No Fox!」 (漫才みたいな実話です)

 

 勢いで『狐』って言っちゃったけど、訂正する程の語学力は無い。

 

 さっさと行こ。

 

 

 表参道の『男坂』の石段は、基礎が痛んできてしまい現在通行不可、代わりに出来た参道は鉄製の階段。これを上りきれば。

 

 

 迎えてくれるのが『狐舎』(写真は2018/2/11の物です)

 

 『鉤』を咥えて『炎宝』に手?を添えているのが雄。

 

 『巻物』を咥え、『子狐』を守っているのが雌。

 

 お供えの『油揚げ』が『賽銭箱』の上に並んでいます。

 

 大昔ならいざ知らず、現在は『ゴミ』として片付けられてしまう位なら、『お賽銭』のみとしておきます。

 

 色々な場所で『お供え物』を見掛けますけど、片付ける事考えているのかな?

 

 でまだまだ続きますです。

 

白いダルマ

 

 本堂で参拝した後、左手に在る『達磨領布所』に並んで『縁起達磨』を買い求めます。

 

 毎年『ランクアップ』していくとキリが無いので、昨年と同じ大きさでいいかなと思ってました。

 

 イザ自分の番になり『達磨』に書かれた金文字の『商売繁盛』『大願成就』を頼むと売り切ですと。

 

 「白い達磨なら在ります」との事でしたので、財布と相談して『3号半・白ダルマ』にしました。(ダルマは『赤』がふさわしいけど無ければしょうがない)

 

 ここら辺が、『お寺側』と『テキヤ側』の弊害だが仕方ない。

 

 

 ホワイトバランス調整が失敗してしまいました。

 

 『達磨大使立像』です。

 

 買い求めた『ダルマ』に今度は『魂』を入れて貰います。

 

 一段下がった『社務所』にて、住所・指名・祈願文などを用紙に書き込み、僧侶により『入魂の儀』をして貰います。

 

 『高崎駅前・だるま市』では『達磨職人』により『名前・祈願文』その場で書き入れて貰えますが、『入魂』までは流石に………。

 

 『少林山・達磨寺』では『入魂』して貰えますが、職人さんが『達磨文字』で書き入れてくれるサービスは在りません。

 

 出来れば『達磨職人さん』に『名前・祈願文』を書き入れて貰い、僧侶に『入魂の儀』をお願い出来たら最高なのにね。

 

 

 北向きの斜面に在る『少林山・達磨寺』の総門はもう陽が陰り始めています。

 

 正月二日。ゆっくり参拝しても明るいうちに家に帰れそうです。

 

 何食べて帰ろっかな。(普通は正月休みですよね)

 

達磨寺本堂

 

 石段の上に在る『招福の鐘』を願掛けしながら撞きまして、さて本堂へ。

 

 

 本堂へは更に石段を上ります。

 

 

 なんだろうこの『石』の配置、明らかに日本の枯山水とは違う。

 

 やはり『中国文化』の影響ですかね。

 

 で上りきると。

 

 

 上の写真は2017年の時の物です。

 

 現在は『達磨納め所』が造られていますので、お寺の側で達磨を並べてくれますが、この時は積み重なってる場所に自分で勝手に置いてきた様な。

 

 『鰐口』が三つ在りますけどそれでも混雑時は長蛇の列。

 

 あの~神社じゃないから『柏手』は無いでしょ。

 

 

 『達磨寺』と書かれた提燈が掛けられている所を『木鼻』と云います。

 

 日本では『獏』(鼻が長いから象と思っている方が多いですけど)が主流ですけど、『獅子』や『龍』何て処も在ります。

 

 これは『唐獅子』ですかね。

 

 で『長押』に『牡丹』なら ♬唐獅子牡~丹~(BY高倉健

 

 日本では昔、『神仏混淆』が起きまして、明治時代に『神仏分離』が行われるまで『神道』と『仏教』が入り乱れると云う現象が起こりました。

 

 『京都・伏見稲荷』は『神社』 『愛知・豊川稲荷』は『お寺』

 

 神社に『鈴』でなく、『鰐口』が下がっていたり。

 

 『ぴんころ地蔵』の『成田山・薬師寺』の境内にも『鳥居』が在ったりします。

 

 『御朱印』も,そもそもは『お寺』に写経を収めた人が、持参した『納経帳』に証拠の印を貰うというものでしたが、現在は『神社』も『寺院』も関係なく発行しています。

 

 貴方の『御朱印帳』もゴッチャになってない?

 

 ウチのは勿論、ゴッチャゴッチャ。

 

この 長い 長い

 

 と脅かす訳では在りませんけど、総門を潜ると目の前に立ちはだかるのが  長い  長い『石段』です。

 

 色々な『石段』を上りましたけど、一番キツく感じたのは『身延山・久遠寺(日蓮宗)』ですかね。一段の幅と高さが結構大きく、又急角度の為、夜間通行禁止になるくらいです。

 

 『讃岐・金比羅宮』785段も上りましたけどゆっくり上ればそんなに苦痛じゃ無かったような。若い時だったし。

 

 東京タワーの外階段600段も上った事在りますけど、なんせ昔の体重70㎏の頃ですから。(エレベーターじゃ無くてもしっかり展望台使用料取られます)

 

 石段・日本一は熊本に在る『釈迦院・御坂遊歩道』の3333段!

 

 いつか征服してやる。

 

 その前の難敵なのが『ダイエット』(因みに現在99㎏)

 

 『階段駆け上がり競争』の日本一のっぽビル『あべのハルカス』でも1610段ですから。(いや駆け上がれる人がいるだけで凄い!)

 

 まぁ『少林山・達磨寺』の石段も、ゆっくり上ればきつい程じゃ無いです。急ですけど。

 

 

 石段を上りきる直前に、頭上を横切るように鐘楼(こういうの鐘楼って呼ぶのかな?)が在ります。

 

 

 右から『三陽開奏・さんようかいたい』と読むらしく、中国春節で云う処の『新年あけましておめでとう』の意味です。

 

 三匹の羊=『三羊』も『三陽』と同じ発音の為、春節には『三匹の羊の絵』が飾られたりもします。

 

 流石  中国伝来『黄檗宗』‼

 

 余談ですが『中華料理店』などでよく見かける逆さまの『福』、『倒福』と云って『福が来る』『福よ来い』といった意味です。

 

 以前、フィリピン人の中華料理コックさんに教えて頂きました。

 

 

 いつもは順番待ちの長い列に諦めていた『招福の鐘』

 

 独特な鐘の撞き方で、余韻が消えるまで待ちながら、一人が三回撞きます。(だから時間が掛かるのなんの)

 

 いつもは順番待ちの長い長い行列にウンザリして諦めていましたけど、この時は数人しか並んでいなくて、初めてこの『鐘』を撞くことが出来ました。

 

 めでたしめでたし。 ってまだ参拝してないじゃん。

 

黄檗宗

 

 『黄檗宗(おうばくしゅう)少林山・達磨寺』

 

 日本の七大宗派には見られないです。

 

 中国に広く広がる禅宗の一派です。

 

 そもそも『達磨さん』って、インドで生まれた『ボーディ・ダルマ』と云う方で、仏教が中国に渡り『達磨大使』と呼ばれる様に成りました。

 

 安中=高崎間を走っていると国道沿いに否応なく並んだ『縁起達磨』をが目に入ってきます。

 

 『碓氷川』架かる『高鼻橋』付近に『少林山・達磨寺』の案内標識が在り、これに従って側道から『高鼻橋』を渡ります。(高い鼻なら天狗じゃないの)

 

 普段は『少林山・達磨寺』直下の駐車場に車を停めて、参道を上りますが、この日は七日に開催される『達磨寺・七草大祭』の準備もあってか橋の袂の臨時駐車場へ向かうように指示されています。

 

 以前はこの道路沿いにズラリと並んだ屋台が、今回は一切見当たりません。(テキヤの皆さん、駅前の方へ出店してるんですね)詳しい事情はウイキペディアで検索どうぞ。

 

 

 この鉄パイプ製の柵が何を意味するか………。

 

 第三者が口を挟む問題じゃないですから。

 

 

 入り口にあたる『総門』の幔幕には『三つ葉葵の御紋』

 

 水戸黄門の印籠の紋と同じです。と云う事は徳川家の庇護?

 

 だらりと垂れた『五色の吹き流し』と『謎の旗』その時は『五色幔』位に思っていたので気にも留めませんでしたけど、改めて画像を見ると気になる。(いくら画像を検索しても解りません)

 

 来年の正月まで待ちますか。(ご存じの方メールで教えてね。メールアドレスはトップページの最下段に在ります)

 

 

 水戸光圀と縁が在るとは知らなんだ。

 

 だって例年は人が多すぎて、案内をゆっくり見て(いや案内が在った事すら知らなかった)いられなかったもんね。

 

 個人的には、人も少なく、ゆっくり参拝出来る今の方がいいな。

 

高崎市庁舎

 

 高崎駅前の『高崎だるま市会場』を後にして、車を停めた市庁舎に戻りました。

 

 折角だから展望階まで行ってみようかな。

 

 

 さっきまで居た場所。この有様です。(うじゃうじゃワンサカ)

 

 展望デッキはからは360度、四方八方が見渡せます。

 

 

 高崎と云えば『白衣観音』 高崎山の高台から高崎の街を見守ります。

 

 高圧電線がなんでそこに?

 

 

 前橋から『赤城山』方面。一際高い建物は『群馬県庁』です。

 

 大多数の県庁は、『県下一高い建物』で在る事が多いですよね。

 

 長野県ですか?なんと長野市に在る『某通信会社』です。

 

 屋上部のアンテナタワーまで含めると100mオーバー。

 

 長野県庁には『歴史』が在るからいいんです。

 

 

 冠雪の山は『浅間山』です。

 

 手前のゴルフ練習場の在る山を廻り込むと『少林山・達磨寺』

 

 そろそろ移動しますかね。

 

鶴亀

 

 5月も下旬に突入なのに、この章は正月二日の事です。

 (だって出かけられないじゃないですか)

 

 『縁起達磨』は実は各地で造られたりしていますが、有名なのが

 

 『越谷ダルマ』 関東一円、寺院の門前などで売られている『縁起ダルマ』はほぼ此らしいです。『成田山・薬師寺』の節分で手に入るのもこちら。

 

 『松川ダルマ』仙台付近で見かける。極彩色の絵付けが施され、立像を表現した細長い形。両目が最初から描かれています。

 

 『高崎ダルマ』真っ赤な『縁起ダルマ』で『起き上がり小法師』の様に底に陶器製の重しが付けられており、顔の表情も眉毛に『鶴』、髭に『亀』が描かれています。

 達磨の『左目』(向かってじゃ無いです)を書き入れて『願』を掛け、成就後に『右目』を書き入れる。(選挙当選事務所の映像で見るヤツです)

 ナント国内シェア80%以上とか。

 

 無事に一年過ごせたら御焚き上げして貰い、新しい『達磨』を迎える。

 

 

 会場のテントでは『達磨職人』による『文字入れ』サービスがあると聞き、列に並んびました。

 

 自分の名前や祈願を墨書きしてくれるサービスで¥500也。

 

 「先にダルマを買って来てから並ぶんですよ」と後ろから声を掛けてくれたのが中国人の方。

 

 「駅前のダルマ市には初めて来たから助かりました」と丁寧にお礼を述べ、ダルマ販売ブースへ。

 

 でもどのブースでも価格表示が無い。(時価だったらどうしよう)

 

 縁起物だから相場価格らしいのだが、どうにも腑に落ちない。

 

 毎年、『少林山・達磨寺』で『縁起達磨』を求め『魂』を入れて貰らってますので、何だかなぁの気持ちで会場を後にしました。

 

 

 なんとなく『鶴』は解るけど『亀』?………。

 

イベント会場

 

 『高崎駅西口』から『高崎市役所』へと西に延びるメインストリート。

 

 普段はビジネス街の大通りなのだが、この日は『高崎だるま市』のメイン会場として歩行者天国になっていました。

 

 

 正月らしい賑やかな『謡』演じられていた。

 

 『羽織袴』のいでたちで、『三味』や『尺八』のおめでたい事!

 

 

 会場内のあちこちには『屋外用ストーブ』が設置されていて暖を取れるようになっていた。

 

 バイク用に新調した『ワー〇マン』の『イージス』を着ていったこーちゃんには無用でしたけど。

 

 熱効率が気になったもんで手をかざしましたけど『焚火』の様に熱さを感じました。

 

 

 両サイドには『高崎ダルマ』の販売ブースや、お祭りの屋台よろしく『おでん』『たこ焼き』『串焼き』『ポテト』『ジュースやビール』その他諸々のテントが並んでいました。

 

 群馬名物『焼きまんじゅう』を買って食べましたが、例によって手がベトベトになっしまいました。

 

 

 『大ダルマ』に辿り着いた時には、『祈願』がびっしりと書き込まれており、スペースを探すのが一苦労。

 

 でも『身長180+手が長い』こーちゃん、背伸びしながら高い位置に『商売繁盛』と書き込みました。

 

 今なら迷わず『新型コロナウイルスが一刻も早く対策されますように!』って書くだろうけど。

 

 長野県では『新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の解除』が宣言されましたが、まだまだ油断は禁物。

 

 お店が『暇』なのは各自で外出を控えているからだと思いたい。

 

 あぁ。売り上げが………。

 

高崎ダルマ市

 

 正月二日。佐久から高崎まで車で行くなら、軽井沢経由『国道18号線』もしくは内山峠経由『国道254号線』『群馬県道71号線』で高崎駅。

 

 しかし『少林山・達磨寺』は『安中』寄りにあるので、国道254『富岡』から群馬県道10号線を北上、国道18号線に出る一つ手前を右折し『少林寺道路』へ出る。(付いて来れる?googlemap見てね)

 

 今年は高崎駅周辺で買い物したかったので直に高崎入りしました。

 

 数年前から『達磨寺』と縁起物を売る『テキヤ』との間で悶着が在り、『少林山・達磨寺』周辺から『ダルマ』や『縁起物』『たこ焼き』などを売る『露天商・屋台』がすべて出店を控えるようになってしまった。

 

 詳しいいきさつは適正な『出店料』が支払われていなかった故らしいのだが、よく分からない。(第三者であるので無責任な個人的意見は差し控えます)

 

 詳しく知りたい人は『高崎だるま市と少林山・達磨寺』で各自検索!

 

 で高崎市庁舎の駐車場に車を停め、カメラを提げてノコノコ歩いて駅方向へ。

 

 

 前出の『ハープの泉』の傍、『高崎城址公園』の一角に在ったのが上の写真。

 

 題して『将軍の孫』

 

 

 タイトルから変な髪形の隣国の『将軍』を連想してしまいそうだが、ブロンズの『少年像』はポッコリお腹の幼児体系でいかにもユーモラス。

 

 (そりゃこーちゃんもお腹だけはポッコリですけど)

 

 作者の『北村西望さん』の名前を見つけてビックリ。

 

 つい前日、広島平和記念公園の『折り鶴の塔』から『長崎平和記念公園』の『平和祈念像』などを調べていたばかり。

 

 30年も前、九州を計画も無く旅した時に『平和祈念像』の下で同じ格好をして写真を撮った記憶があるけど、その写真は何処?

 

 『ミケランジェロ』の彫刻にも似た『筋肉美』の力強さが在りました。

 

 『将軍の孫』にも、背景に『軍事力』を感じさせながらも『あどけなさ』の残る少年の対比に作者の『メッセージ』を感じます。

 

 遠くのステージから『和太鼓』の響きが轟いてきます。

 

 急げ!

 

緊急事態宣言解除

 

 2019/5/14政府は『新型コロナウイルスによる緊急事態宣言解除』を39県に限り発令しました。

 

 しかしぬか喜びばかりも出来ません。

 

 まだ解除の対象外に住む人も沢山いますし、そもそも『新型コロナウイルス』が消滅した訳でもありません。

 

 感染の広がりが抑えられてきているので、経済的困窮者を助けるべくとった手段であり、気を抜けば再度爆発的感染(カタカナで何て言ったっけ?)も在りうるかもです。

 

 これからも個人的な感染対策は絶対必要です。

 

 気がかりなニュースが一つ。『猫』にも『新型コロナウイルス』が感染したそうです。野良猫やペットからも感染の可能性が出てくる?

 

 

 『玉屋』店頭に在る『達磨』は、毎年『高崎・少林寺』まで買いに行きます。

 

 毎年サイズアップを図るととんでもない事になってしまいますので、気の向いた年だけ一回り大きくします。

 

 『商売繁盛』『大願成就』と書かれた『縁起達磨』ですが、今年は『赤』が無くて『白』にしました。

 

 例年、正月2日に『黄檗宗(おうばくしゅう)少林山・達磨寺』で買い求めるのですが、今年は先ず『高崎駅前』の『だるま市会場』へ。

 

 『内山峠』から『下仁田』『吉井』そして『高崎』

 

 高崎駅前では道路を『ホコ天』にしてイベントの真っ最中。

 

 車を高崎市庁舎の地下駐車場に停めました。

 

 

 市庁舎をバックに、モニュメント『ハープの泉』

 

 この章は『縁起ダルマ』 2019/新年スタートです。

 

 (そしてまだこの時は『ヤツ』が密かに拡散していることを知らなかった)

 

台風一過

 

 2019/10/12夜半に、佐久地方東部に降水量500㎖を超える大雨を降らせた『台風19号』

 

 千曲川沿いでは堤防が崩れ、民家が倒壊するという悲劇を招いた。

 

 地下に埋設された『上水道』『下水道』も切断されてしまい近隣ではその機能を失った。

 

 早朝、千曲川の水量を見に行ったらこんな光景が。

 

 

 消火栓を使っての綸旨給水設備。

 

 此処までは水道が通っていたんですね。

 

 以前、私自身が消防団で活動していたことも有ります。

 

 決して日ごろの点検活動が無駄では無かったんですね。

 

 

 後日、佐久穂町の知人宅を訪れた際、河川の中で見かけたカーキ色の人達。

 

 日本が誇る精鋭部隊『自衛隊』の方々です。

 

 災害時などの復旧作業の為に、行政の要請に応えて出動。

 

 その活動範囲は多岐にわたり、一般人では不可能な作業内容も見事に成し遂げてくれる。

 

 時に『津波』の災害復旧で連日の捜索であったり、時に『噴火』直後の高山で炎天下の中、積る灰に足を取られながらの活動や、冷たい水の中に入っての復旧作業。

 

 自衛隊員の旦那さんが『津波』の捜索活動に赴き、連日連夜の活動で疲労の色を感じた奥さんが「疲れているみたいだけど大丈夫?」とねぎらったところ、旦那さんはにっこり笑って「平気だよ。自衛隊員だぜ。」

 

 自衛隊員の皆さん。ご苦労様です。

 

 これからも『日本』と『日本の心』を守ってください。