小諸

 

 夏のある定休日、バイクでフラフラ。

 

 別に何処に行くといったアテがある訳で無く、只フラフラっと。

 

 小諸のある場所で見つけた案内看板に『ダンゴ岩』ですと。

 

 

 『ダンゴ』と云う程のまん丸でも無いですけど、大きな岩がゴロリ。

 

 

 佐久地方に甚大な洪水被害をもたらした『戌の満水』の副産物だったんですね。

 

 

 さらに進むとこんな看板が在りました。

 

 勿論行ってみます。

 

 

 更に千曲川の流れの方に下って行くとこんな『石積』の柱が建っています。

 

 実はコレ『布引電鉄』の『橋脚・ピア』です。

 

 対岸の『石積』に向けてもう一ヶ所『ピア』が建っていましたが流されてしまいました。

 

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高見石

 

 『高見石』に登るだけなら『麦草ヒュッテ』の駐車場利用が便利です。

 

 無料だし。

 

 でも折角なら『白駒の池』も堪能したいし、湖畔でコーヒーの一杯でもと思われる方は『白駒の池・駐車場(¥500)』を利用したいところです。

 

 無料トイレも利用できますし。(山小屋のトイレは有料です)

 

 湖畔を一周した後、『高見石』への登坂路を進みます。

 

 中略

 

 

 『白駒の池』を眼下に見下ろす『高見石』

 

 『高見石小屋』の前の広場にザックを置き、カメラだけ持って岩場を上ります。

 

 え~っ。この辺りの写真が一切在りません。

 

 確かにシャッター押してますけど何故かデータ消失。何で?

 

 

 稜線に、右に進路を取っている『箱舟(荒船山)』が見えます。

 

 荒船山の『艫岩(左側の垂直な崖)』から『物見石(右側に反り返る舳先)』までのだだっ広い稜線を歩くと気持ちいいですよ。

 

 湖面左の白いのは『貸ボート』 夏は大勢の人で湖面が賑わいます。

 

 

 ザックを広場の木陰に置いて、カメラだけを持ち岩場をよじ登ります。

 

 岩場と云っても『鎖場』や『梯子』がある訳で無く、小学校低学年でも登れる岩場です。但し一切悪ふざけ禁止。

 

 安全ルートを示す〇印を目当てに進めば誰でも登れます。

 

 写真右隅にチラリと見えている足元の大岩は滑りやすく、又岩と岩の間は深い為、何かを落とした時に拾うことは難しいです。

 

 その為、この岩場に飲食物の持ち込みは禁止。

 

 万が一にも『ペットボトルを落としました。』なんて事に成ったら、ン十年はそのままです。

 

 おにぎりを包んでいた軟プラだって『風に飛ばされました』じゃ済まないから持ち込み禁止です。

 

 涼しい風に吹かれて英気を養い大満足の一日です。

 

 温泉寄って帰ろ。

 

八岳の滝

 

 『小海町・稲子』から山間道路を登って行くと『稲子・唐沢橋登山口』が在ります。

 

 訪れたこの日(2020/8/下旬)は朝、公園の清掃活動が在り、出発したのは10:00過ぎ。

 

 『唐沢橋』に到着したのはお昼前でした。

 

 広い駐車場では無いですけど、車が道路にまで溢れてしまっています。

 

 目的地は『にゅう』の予定でしたけど………こりゃダメだ。

 

 急遽『白駒池』~『高見石』に変更します。

 

 

 こんな山の中でも登山シーズン中は 

 

 ♬ バスが一日ニ度も来る! はぁ~俺ら こんな村 ………。

 

 村営バス時刻がハレーションで潰れちゃってます。

 

 ご利用の方は小海村役場で確認してください。

 

 

 歩き易い沢沿いの遊歩道をきっかり5分歩くと滝です。

 

 陽光に虹が輝き、マイナスイオンもたっぷり浴びて。

 

 次に目指すは『白駒の池』 でも此処の駐車場有料なんだよね。(普通車¥500)

 

 その少し先の『麦草ヒュッテ』は無料駐車場ですけど、『大人』としてコーヒーの一杯も飲まなきゃならない。

 

 たまたま『白駒の池・駐車場』はガラガラに空いていたので、たまには売り上げ協力しますか。って事で¥500。

 

 

 湖畔を取り敢えず一周します。鏡のような水面が気持ち良い。

 

 台風の影響で倒れた松の木はこのまま朽ちていくのでしょうか。

 

 

 此処からでも『にゅう』に登れるんですけど、往復でおよそ4時間半。

 

 明るいうちに車に戻りたいから今回はパス。

 

 その分『温泉』でゆっくりする予定です。

 

 『にゅう』は『乳』の事で、山の形がまるで………

 

 男なら登ってみたいですよねぇ。

 

南相木 その他

 

 雨雲が心配になってきましたので早く帰らなきゃ。

 

 で『ウズマク広場』展望台はパス。 帰り道。

 

 

 『奥三川トンネル』は『〇シェルター』の様です。(映画でしか見た事無いですけど)

 

 

 トンネルの写真を撮っていたら危ないやつらがブンブンブン。

 

 『君子危うきに近寄らず』

 

 

 『アウトドア―雑誌』主催のキャンプ場は閉鎖中。

 

 

 『南相木・滝見の湯』入り口の『三平三平』

 

 『矢口高雄』先生のご冥福を祈ります。

 

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うずまく広場

 

 通常『ダム』の直下は『緊急放水口』から続く水路が在ったり、常時水が流れていて立ち入る事は出来ない場合が多いです。

 

 『滝』や『ダム放水』の『水しぶき』が大好きなこーちゃん、マイナスイオンを浴びまくって、水も滴ってますが、この『南相木ダム』の下は公園になっていて、おろ?放水口は?

 

 

 『ウズマク』は『渦巻く』でグッドデザイン賞受賞らしいですけど、水が渦巻いてないじゃん。

 

 トイレを借りまして。

 

 

 『ラセン』とある展望台に登ろうとすると

 

 

 イヤイヤ嫌! 熊が潜んでたらどうすんの?

 

 で再度トイレのドアをゴンゴン叩いて鳴らしまして、恐る恐る階段を昇りました。

 

 幸い、熊さんに出会わなかったですけどね。

 

 

 右に見えるコンクリートの急斜面が『緊急放水路』です。

 

 スキーの『ラージヒル・ジャンプ台』以上の斜度です。

 

 コンクリート製ですけどどうやって型枠を組んでセメントを流し込んだんだろう?

 

 やっぱり『とび職』ってえのは人間離れしてますね。

 

奥三川湖

 

 水の流れを堰き止めるモノを『ダム』と云います。

 

 『ビーバー』が川の中に造る巣も『ダム』です。

 

 『黒部川』を堰き止めたのが『黒部ダム』出来た湖が『黒部湖』です。

 

 『南相木ダム』で出来た湖が『奥三川湖』 なんでだろう?

 

 

 奥に見えるトンネルを潜り更に行くと流れ込む川が在ります。

 

 湖に流れ込む川は全部で三系統在ります。

 

 だから『奥三川』なのでしょう。と推測です。

 

 

 

 上の略図は『ノースアップ』になって無いのでピンと来なかったんですけど、長野県の湖からトンネルで県境を潜り群馬県の湖へ。

 

 『三国山・西斜面』に降った雨は長野県側に流れ『相木川』を下って『千曲川』と合流し日本海へ。

 

 行く筈だった流れを『群馬県側』に流し『神流川』から『利根川水系』やがて太平洋へ。

 

 だからどうなんだって事は無いんでしょうけど。

 

 

 残念ながら雲に遮られ、八ヶ岳の眺望は良くありませんでした

 

 こりゃ急いだほうが良いかな?

 

 で『ダム下』へ移動です。続く。

 

ロックフィル

 

 何やら『コンサート』とか『プロレス技』みたいな名前ですが『ROCK・FILL』と書いて直訳すれば『岩で満たす』

 

 谷あいに『岩』をどんどん落として、水を堰き止めて造ったダムを『ロックフィル式ダム』と云います。

 

 規模こそ違え、子供の頃に砂場で遊びませんでした?(子供の頃の『泥んこ遊び』って何であんなに楽しかったんですかね)

 

 『南相木ダム』は日本国中に数あるダムの中でも最高地点に在ります。

 

 更に、ダム表面部分に使われている岩は『石灰岩』でしょうか真っ白い岩がとても綺麗です。

 

 

 実は『Rock・Fill』を『Rock・Fall』だとばかり勘違いしていました。

 

 『岩で満たす』も『岩を落とす』も大して意味が違わないか。

 

 

 夏、入道雲がモクモクと湧き上がって行きます。

 

 こりゃ急がないと一雨来るかも。

 

 

 『南相木ダム』で堰き止められた湖を『奥三川湖』と云い、一周を1時間半程で廻れるのですが、今回はパス。

 

 バイクにとって『雨』は凹む以外の何物でも無い。

 

 ホントは一周するつもりだったんですよ。決して暑かったから………です。

 

 だってペットボトルの水、後二口分位しか残って無いもん。

 

 でそこらをぶらつきまして。以下次回です。

 

トンネル

 

 『奥三川湖』は『南相木ダム』により堰き止められた人造湖です。

 

 途中の道路は崩落個所も在ったりして、自己責任で通行願います。

 

 トンネルが在りました。

 

 

 フルオートで撮影していますが何故かボケてます。

 

 この日撮影した他所では一枚もピンボケが無いのに………

 

 普通『トンネル』は道路の直線上に延びる筈です。(道路を最短で延伸させる為)

 

 このゲートにより閉鎖さているトンネルは、道路に交差する形で坑道が開いています。

 

 してそのトンネルとは。

 

 

 1985年航空機史上最悪の墜落事故が起きてしまいました。

 

 場所は長野群馬県境『御巣鷹山山腹』 今でもgooglemapの航空写真で見るとその場所が分かります。

 

 その山の下を貫通しているのが『御巣鷹山トンネル』です。

 

 所有会社は『東京電力株式会社・TEPCO』です。

 

 凄いのはこの会社、『尾瀬湿原』や『原子力施設』も所有している事。

 

 『原子力施設絶対安全説』の『絶対』は否定されてしまいましたけど。

 

 

 トンネル長2㎞ですので歩いても行けるのか。

 

 う~ん通ってみたい! 公開日とか開放日無いのかなぁ?

 

 どっかに『コネ』持ってる人一報ください。

 

 

 通常、ダムによる水力発電は、堰き止めた水の落下する『位置エネルギー』を利用し発電タービンを廻します。

 

 その後は川となって流れ下るだけ。

 

 ここ『奥三川湖』から取水した水は、トンネルで群馬県側に流して発電タービンを廻し、『神流川水系・上野ダム湖』に放流します。

 

 凄いのは夜間の電力消費量が少ない時間帯に、揚水ポンプで湖水を汲み上げ『長野県・奥三河湖』に戻している所。

 

 流入量の少ない河川でもこの方式なら大規模発電が可能です。

 

 考え方は単純ですが、その規模たるや………人間とは凄い事考えますね。

 

 そのうち、富士山山頂にゴンドラ駅ができるかも。

 

山の神

 

 ♬ 男は 祭りを そうさ 担いで 生きてきた

   山の神 海の神 今日も 本当に ありがとう

 

 北島のサブちゃん 歌う『祭』です。

 

 『山の神』と云えば 『古女房』の事も云いますが、これは『家の女将』が訛って『やのおかみ』『山の神』に成った説も在ります。

 

 まぁ『古女房』がいなくちゃ呼びようも無いですけど。

 

 

 南相木の『千ヶ滝』から『南相木ダム』を目指して走っていると。

 

 普通に走っていれば素通りしてしまうであろう『鳥居』が目に入りました。

 

 冷たそうな水が流れています。

 

 

 地表を流れてくる水はその上流に何が在るか分からないので、緊急以外では絶対飲みません。

 

 タオルを浸して顔を拭くと『気持ちい~い!』

 

 

 三つの祠が在りました。

 

 こんな山の中に………傍らに説明看板が在りましたので読んでみると。

 

 

 『山仕事の従事者』とありますので『林業関係者』だけでなく『猟師』なども含まれると思います。

 

 山での安全祈願の為に、入山の際に奉納された『薙鎌』や『剣形』

 

 この『薙鎌』 御柱で有名な『諏訪大社』の『神器』ともされています。

 

 『薙刀・長刀』と同じく武器として使われていたこともあるそうです。

 

 今でも『コンブ漁』や『藻刈り船』などで使われているそうです。

 

 『家の女将』に『武器』なんぞ持たせたら、何時寝首を欠かれるやら。

 

 ウチにはそもそも『女将』がいないんですけどね。

 

南相木

 

 新章スタートにあたり、写真の日付を確認したら2020/8/ですと。

 

 社会情勢としてマスクの入手困難は解消され、越境禁止も緩和の頃です。

 

 それでも連日の報道では『新型コロナウイルス感染者数』が取りざたされています。

 

 それなら人が居ない処に行けば良いかな?と。

 

 バイクは基本一人ですので、山の中をウロツク分には害は無いだろうと。

 

 

 途中端折りまして南相木村の『千ヶ滝』です。

 

 普段ここで他人に逢った事は在りません。

 

 入り口はこの立て札が目印です。

 

 少し先に広くなっている場所があり、車の方はそちらへどうぞ。

 

 

 道路から5分も下ればこんな感じの流れに。

 

 聞こえてくるのは鳥のさえずりとせせらぎの音だけです。

 

 

 落差も大し事無いですけど、ゆったり流れる空間が素敵。

 

 でもその真上に見える橋の欄干が………

 

 俗に云う『岩魚止め』なのかも知れませんけど釣り人を見掛けた事も無いですから。

 

 写真だけ撮ってマイナスイオンを浴びたら出発です。

 

水落

 

 『水落』と書いて『みずおち』と読み、意味は『水の落ちる所』 まんまじゃん。

 

 『鳩尾』と書いて『みぞおち』と読み、肋骨の合わさり目の真下の部分。

 

 時代劇で『姫様』をさらう時に、悪者が拳で『鳩尾』を突いて気絶させる。

 

 (実体験として柔道の試合中、相手のエルボーがヒットしましたが、息の出来ない七転八倒の悶絶。絶対に気絶しません!)

 

 今回の『水落』は田口地区に在る地名です。

 

 県道93号線は、『佐久市臼田』を起点に『龍岡城・五稜郭』、神社なのに三重塔を持つ『新海三社神社』、エメラルドグリーン色の『雨川ダム』、『日本一海岸線から遠い地点』、峠なのに県境じゃない『田口峠』、地底湖を持つ『広河原洞穴群』 などなどの観光ポイントを持つ大好きなツーリングロードなんですが、一昨年の台風被害以降崩落の為、通行止めになっています。

 

 復旧したかの確認は佐久市役所へどうぞ。

 

 で『水落』集落から『水落観音』を目指します。

 

 

 軽トラックの走行跡もある山道は此処まで。

 

 取水域保護のフェンス(正確にいえば網は無くなってました)手前からは歩きになります。

 

 『カメラ』『半分凍らせたペットボトルの水』『おにぎり』をウエストバックに詰め替えまして出発!

 

 

 分かりづらいですけど野生動物の足跡です。

 

 クマにしては小さすぎるから………なんだろ?

 

 

 集落に在った石灯篭(水落観音の入り口)から12丁(1丁=109㍍)来ました、のお地蔵様。

 

 お地蔵様自体が道案内の役割をします。

 

 『水落』とペンキで書かれたトタン板が落ちていました。

 

 更に行くとだんだん踏み跡が分かりづらくなってきます。

 

 

 まあ、沢沿いを行けば何とかなるでしょ。と。

 

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龍岡城・枡形

 

 日本国内に二つしかない『五稜郭』の内の一つが佐久市に在ります。

 

 『五稜郭』って知ってます?

 

 西洋式築城方式の一つで、『水堀』も『城壁』も五角形をしています。

 

 残念なのは『慶応』から『明治』へと政府の転換に伴い『廃藩置県』の発令、各地のお城も『廃城令』の憂き目にあい壊されてしまいます。

 

 『龍岡城・五稜郭』も例外では無く、その城郭の一部を残し埋め立てられたり壊されてしまっています。(googlemapの航空写真参照)

 

 

 『龍岡城』の『大手門』に位置するのが『枡形』です。

 

 五稜郭から見て西側に在り、北も南も山肌が迫るこの土地に置いて、西側からの守りの要となっています。

 

 

 『枡形』と云うのは『クランク状』に折れ曲がった通路の事です。

 

 攻める側にしてみれば『突撃!』の声と共に突進してきますが、先が見えない処に飛び込んでいけます?

 

 車で云うなら、『ブラインドコーナー』に『オーバースピード』でツッコむような物。

 

 『戦国時代』に建設されたお城の中でも『守りの名城』と云われているお城には数々の『罠』が仕掛けられており、『枡形』もそのトラップの一つ。

 

 広い通路を行くと『崖』になってい谷底に落ちたり、広場に出ると無数の『狭間』から『弓矢』や『鉄砲』が狙っている。

 

 『城造りの名人』と云われた『加藤清正』なんぞはよっぽど『ひねくれた考え方』の持ち主だったのかも知れません。(個人的に悪意はありません)

 

 今回は五稜郭はパス。又桜の頃に行ってみます。

 

 で向かったのは『水落』

 

 『龍岡城』を東へ向かうと峡谷となりやがて『雨川ダム』に至ります。

 

 その峡谷になりかかる辺りから北へ向かう細い道が在ります。

 

 小さく『水落』の看板が在ります。

 

 そこで見たモノとは?(行け~行け。川〇浩。ど~んと行け!)

 

砂防ダム

 

 常和集落から山へ向かう細い道を進みます。

 

 アスファルト舗装はされているのですが、道幅が狭くなり軽トラックじゃ無きゃ厳しくなります。

 

 小川を渡る橋の上流部にそれは在りました。

 

 

 本来『砂防ダム』とは、流れの途中に『堰堤』を築き、沈殿効果で土砂を堆積させるための物です。

 

 しかし流量次第ではすぐに埋まってしまい、浚渫(しゅんせつ)しなければ只のコンクリート壁の体を成してしまいます。

 

 単に流れを堰き止めただけの『砂防ダム』は重機すら近づけない場合も在り、巨額の投資がムダ! の場所を多々見かけます。

 

 

 山梨県に在った巨大な『砂防堰堤ダム』ですが、上流側はこの天端まで土砂で埋まっていました。(お役人仕事ですから)

 

 

 逆に如何に『浚渫』が大事か知っている企業では、こんな山の中にどうやって『浚渫船』を運んだんだろう? と思う位大型船が浮かんでいます。

 

 

 対象物が無いので大きさが伝わりませんが、階段のステップや出入り口の大きさ(=人間+α)で想像してみて下さい。

 

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佐久市・常和

 

 2019年佐久市東部に甚大な被害をもたらした台風は、『佐久は災害が無くて………』という概念を覆しました。

 

 四方を山に囲まれた佐久平は、とりわけその西側に『八ヶ岳連山』が聳え立ち、強風や台風災害から守ってくれています。

 

 しかし2019年。関東から北上した台風は長野群馬県境付近を移動し、山間部にそれまで経験した事の無い雨量を降らせました。

 

 山間部に降り注いだ大雨は斜面を流れ落ち、崖崩れや樹木倒壊を引き起こしました。

 

 倒壊した樹木は流れを下り、橋脚などに引っ掛かってダム化、流れを堰き止めた挙句に橋ごと倒壊、更に下流の橋に被害をもたらす連鎖を繰り返しました。

 

 特に日頃は水量も少なく、あの沢が?と誰もが思うような小川が氾濫しました。

 

 流石に被害後の復旧作業中に撮影に行く事は差し控えましたが、あれからおよそ10ヶ月経ち、様子を伺いに尋ねてみました。

 

 

 集落の一角には庶民信仰の石塔が並んでいました。

 

 『庚申塚』や『馬頭観音』『十九夜』など生活に密接しています。

 

 

 『黄色い頭巾』を被っている笑顔のお地蔵様。正式名称『地蔵菩薩』

 

 右手に錫杖を持ち、左手には『宝珠』を乗せています。

 

 道行く人が迷わない様に六道界の辻々に立ち、道案内をしてくれています。

 

 今風ならばマラソン大会のボランティア?(チョット違うか)

 

 更に奥に進むと墓地の在る岩肌を見て、えっ!

 

 

 

 墓石の並ぶ最上段に一部赤壁が見えました。

 

 何気なく見てると、

 

 

 『南無阿弥陀仏』と彫られています。

 

 いや、人の背丈じゃ届かない。足場でも組んで彫ったのでしょう。

 

 ズームかけて撮影したらブレブレで失敗。

 

 墓所ですので両手を合わせ次に向かいます。

 

諏訪社

 

 明神池の奥の鳥居を潜り、雑草に覆われている参道を進みます。

 

 小さな太鼓橋の奥に、水路に囲まれた『社』が在ります。

 

 何やら半紙がペタペタ張られているみたい。

 

 

 『命名用紙』ですね。

 

 それもかなり古い頃からの。

 

 剥がれてはその上に張り、また破れてはその上に張られ。

 

 この地域独特のの風習なのでしょうか。

 

 

 本殿の周りは金網に囲まれ、おそらく鳥獣害防止の為でしょう。

 

 正面の格子戸からスルー出来ちゃいますけど。

 

 金網の目も『スズメバチ』は通り抜けちゃうかも。

 

 

 一角には『ガラスショーケース』が置かれていて、まつわる歴史が『棟札』とか『銅幣』などと共に展示されていました。

 

 

 『社』の裏手は『児童公園』の体をしていて、昭和の臭いプンプンの公園遊具が置いてありました。

 

 でも………今の子供は遊ぶのかなぁ。

 

 子育て中の若いお母さんが小さな子供を連れて遊びに来たり、おじいちゃんがニコニコしながら孫を見守っている。

 

 そんな日が早く戻ってこないかな。

 

明神池

 

 大沢・大地堂を散策していると小さな池が在りました。

 

 

 『明神池』です。

 

 水鳥の泳ぐ池ですが何か違和感?

 

 

 ありゃりゃ。浮島に生えていた『松の木』が根こそぎ倒れてしまっています。

 

 確かこの『浮島』には『石の祠』が在った筈。

 

 『浮島』と云っても本当に浮いていた訳では無いんですけど、台風の強風に煽られ、根っこが持たなかったのでしょう。

 

 水は隣接する神社の境内を流れてきます。

 

 

 草むらにあまり踏み跡が無いところを見ると、暫く人が来ていないのかな。

 

 鳥居を潜って奥に進むと。

 

 

 『水神様』が祀られている水源の水は澄んでいてとても綺麗です。

 

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大地堂

 

 『大沢小学校』の校舎を見学した後に向かったのは『大地堂地区』

 

 今ではこの地区を『中部横断自動車道』を貫き、昼夜を問わず車がビュンビュン。まっ高架の上の話ですけど。

 

 そんな地区に見事な『松の木』が在りました。

 

 

 『老松』にして青々と松葉が繁っています。

 

 後ろには『火の見櫓』が見えますし、隣接して『公会堂』も在ります。

 

 きっと集落の中心的な場所だったのかも。

 

 

 『蝉の抜け殻』が残っており、生命の息吹を感じます。

 

 近頃、とんとセミの鳴き声を聞かなくなったと思いません?

 

 中学生の頃、夏はクーラーの無い教室の窓を開け放していましたがそれでも暑いモノは暑い!

 

 ましては中庭なんぞで『ミンミン蝉』なんぞが鳴きだそうものなら余計に暑苦しく感じました。

 

 昨年何ぞ初めて『セミの鳴き声』を聞いたと思ったら『ヒグラシ蝉』

 

 晩夏に鳴く蝉ですよ。

 

 

 松の根元には何だろコレ?

 

 『多宝塔』にも見えるし、何か顔が彫られている様にも見えなくない。

 

 大木を見ると、出来る限り木に触れ、幹に耳を着けて音を聞いてみます。

 

 意外と音がするんです。

 

 どんな音か? 試しにやってみて下さい。

 

 何となく『パワー』を貰った感じで次へ。

 

 次回です。

 

続続・大沢小学校開放

 

 教室から北側の庭。大掃除では息を吹きかけ窓ふきしました。

 

 

 正面玄関&昇降口。何故か『ピアノ』が置かれていました。

 

 

 大正末期。ハイカラな先生が、絣の着物でペダルを踏んでいたのかも。

 

 

 校庭は走り回る子供がいない為か雑草だらけ。

 

 その広さは変わらない筈だけど、何故か狭くなったような気がします。

 

 自分の尺度が変わったからでしょうけど。

 

 50年の昔にタイムスリップした一日でした。

 

続大沢小学校開放

 

 8月10日のこの日、大沢小学校の開放デーに併せて同時開催されたのが

 

 演劇『教室の座敷童子』 

 

 『にむらのりよし』さんの小説を『吉祥美玲恵』さんが脚本化。

 

 佐久の山間部の小さな学校に、新たな先生が赴任してきて………

 

 ネタばれになりますので興味ある方調べてね。

 

 

 天上には『碍子』を使った電気配線が見られます。

 

 掃除時間にやる『雑巾野球』で何故かこんな所に引っかけるんだよね。

 

 

 教室は『郷土文化展示室』でとして保存されており、昭和初期の生活道具から農耕具などかなりの数が展示されています。

 

 資料館として一般公開されておらず(人件費の問題?)中々お目に掛かれるチャンスが在りません。

 

 もっと頻繁に開放すれば良いのにね。

 

 

 鍋窯~火鉢、秤、奥に見える大掛かりな道具は米の『籾摺り機』?

 

 長年脂分を吸っていない床はカサカサに乾燥していて白くなっている。

 

 決して『埃』じゃ在りません。

 

 更に窓に目をやると。

 

 

 松葉にピントが合っちゃいましたけど、外の電柱が歪んでいるのが解ります?

 

 昔の板硝子は鉄板の上に流し込み、冷えて固まるのを待ったそうです。

 

 収縮率のムラからどうしても歪みが出ました。

 

 今は圧延ローラーを使うのかな?

 

 でもって2Fへと階段に向かうと、「演劇関係の更衣室になってますのでご遠慮ください」ですと。 惜しい! いや仕方ない。

 

 まだまだ写真が在りますので次回。

 

大沢小学校・開放

 

 2020・夏 お盆の開放日に『大沢小学校』を訪れました。

 

 受付では新型コロナウイルス感染対策が施され、開け放された窓には白いカーテンが風に揺れていました。

 

 

 良いなぁ~。

 

 使い込まれ黒光りしている廊下。よく『雑巾がけ』で競争しましたよね。(此処の卒業生じゃ無いですけど)

 

 

 何故か昇降口に置かれたピアノ。

 

 誰でも弾けるといいのにね。

 

 

 私の通学した『野沢小学校』も私が通っていた頃は築100年の木造で同じ様な雰囲気を醸し出していました。

 

 廊下に据え付けられたスピーカーもまんま同じ。

 

 

 在った在ったこの『机』 二人掛けで使用し、粘土工作の時は蓋を裏返した覚えが在ります。

 

 悪ガキは『彫刻刀』で名前を彫ったりして、先生に怒られたの何の。(ハイ、経験者です)

 

 脚の横木に雑巾干したりしました。

 

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佐久市・大沢小学校

 

 昭和40年代、佐久市立『野沢中学校』の通学区は『野沢小学校』『岸野小学校』『泉小学校』『大沢小学校』『東立科分校』の広範囲に渡りました。

 

 雨の日も雪の日も『自転車』で一時間程度かけて通学する人もザラでした。

 

 『大沢小学校』も児童数減少の折から『閉校』となり、『学童バス』により『野沢小学校』へ通っています。

 

 敷地に隣接して『大沢保育園』が在り、現在も園児の元気な声が響いています。

 

 そんな閉校した『大沢小学校』ですが、文化財として保存され年に一度解放されます。

 

 それがお盆の帰省時期。

 

 佐久市の『演劇サークル?』の発表会も兼ねて無料公開されます。

 

 

 平時は何時も日除けの為のカーテンが閉ざされており、中の様子は伺い知れません。

 

 

 『大沢小学校』に通学していた訳では在りませんので曲調までは分りませんが。

 

 

 およそ今から130年前に建てられた儘、現在に至っています。

 

 木の枠にはまっているいる『ガラス板』は流し込み製法の為、歪んで見えるヶ所が在ります。

 

 130年間割れなかったと考えると感慨深いです。

 

 

 校舎の左手には鉄骨モルタルの『体育館』が在り、地区行事などに使われています。

 

 右手奥には『大沢保育園』が在り現在も多数の園児がこの校舎前を通って通園しています。

 

 廃校とはいえ、保存状態も良く、庭も手入れがされています。

 

 8月のお盆に訪れた写真は次回。

 

和田峠の水

 

 新和田トンネル料金所手前から側道を行くと『黒曜の泉』が在ります。

 

 豊富な水が常にコンコンと湧き出しており、私の中ではベストスリーに入る美味しさだと思う。

 

 常に『タンク』や『ペットボトル』に水を汲む人が車を停めています。

 

 実はこの辺りには他にも二か所水が湧き出ていて、一つは新和田トンネルから岡谷に下る途中。コンクリート桝が置かれていて、たまにトラック運転手なんぞが顔を洗ったりしています。

 

 そしてもうひとつが『旧中仙道・永代人馬施行所』の前。

 

 『新和田トンネル』が開通してからも態々旧道を走る車は、

 

 ①トンネル代が勿体ない。 

 

 ②旧中仙道に興味がある人。

 

 ③かなりの物好き。

 

 大型牽引トレーラーなどは,,『新和田トンネル』を一回通行するのに¥2000。往復で¥4000。会社から現金支給されたそれをポケットにしまい込む人もいたらしいです。

 

 もっとも『三才山トンネル無料』に続き来年度には『新和田トンネル無料』に決定しました。(あ~やれやれ)

 

 

 広場が在り、水源からホースが引かれ常に水がチョロチョロ流れています。

 

 此処『永代人馬施行所』とは。

 

 江戸時代『五街道』の峠越えの中でもとりわけ犠牲者が多かったのが『和田峠』とされています。

 

 そんな峠道を『参勤交代』の行列が通っていたんですから。

 

 中には『籠』に乗った『殿様』や『お姫様』もいたでしょう。(トイレなんかどうしたんだろ?)

 

 

 今でこそアスファルト舗装が施され、コンクリートの側溝が雨水を管理しています。

 

 江戸時代、冬や雨の時は大変だったんだろうなぁ。

 

 

 囲炉裏が切って在り、多くの人を温かく迎えた事でしょう。

 

 そして食事や牛馬の餌まで無料で振舞われたそうです。

 

 

 しかも江戸豪商の『個人資産』で、賄われていたんですから。

 

 『宇宙旅行に行くんだ!』もいいですけどね。

 

 人の為に私的財産を提供できた人が昔は多かったのかな。

 

 えっ、勿論私が高額納税者になった暁には『世の為人の為』にお金を使いますですよ。(多分)

 

王ヶ鼻石像郡

 

 『王ヶ頭』からゆっくり下って15分程で『王ヶ鼻』です。

 

 途中に分岐が在り、右に進むと『美ヶ原自然保護センター』へと続いています。

 

 松本方面から『王ヶ頭・王ヶ鼻』に入るなら『王ヶ頭美ヶ原自然保護センター』駐車場利用が便利です。

 

 トイレ、レストラン、御土産売り場なども在りますが、ゴミの持ち帰りは当たり前として、『キャンプ・車中泊禁止!』です。

 

 環境保護に厳しい所では『食料』『ペットボトル』の持ち込みすら禁止にしている所も在ります。

 

 『風でゴミが飛ばされて回収出来なくなっちゃった。』とか『空のペットボトルを岩の間に落としちゃった。』なんて事を避ける為です。

 

 分岐を直進すると『王ヶ鼻アンテナ郡』の脇を通り、間もなく『王ヶ鼻』到着です。

 

 『王ヶ頭』~『王ヶ鼻』までの間にトイレはありませんので『王ヶ頭ホテル』で済ませておいて下さい。

 

 

 

 アプローチが大変なトレッキングは体重100㎏の体ではキツイので、なるべく車で行ける所まで行っちゃえ!

 

 急登坂は膝に来るからなるべく歩き易い所。

 

 の二つを兼ね備え、尚且つ360度の眺望。

 

 特に『王ヶ鼻』から望む『松本空港』や『松本城』『北アルプス~中央アルプス』『富士山』『八ヶ岳』等々の眺望は素晴らしい。

 

 

 いつの間にか石碑が建てられていました。

 

 その先に海底隆起した堆積岩?の岩山が在り、数体の石像が鎮座しています。

 

 

 注連縄が巻かれ、神域で在る事が解ります。

 

 山岳信仰の修行の場は人里離れた山の奥というイメージが強いですけど、お手軽トレッキングでこの景色。

 

 日頃の運動不足の人にもお勧めです。

 

 

 でも『トイレ』と『ゴミ持ち帰り』はお願いしますよ。

 

王ヶ頭・御嶽神社の石仏

 

 前回の続きです。

 

 御嶽神社の『祠』を取り囲む石像・石仏 partⅡです。

 

 

 『石の祠』の左側面、バックの建物が『美ヶ原王ヶ頭ホテル』です。

 

 石像の背後に『火焔』を纏っているのは『不動明王』 です。

 

 こちらを向いている右側の像。袖の長い衣装で長髪。女性ですかね。

 

 

 手にしているのは『密教』(仏教・真言宗)で使う『三鈷杵』or『五鈷杵』

 

 もっとも『木曽御嶽神社』は『山岳信仰』と『民間信仰』が結びつき、更には『神仏混載』により『仏教』をも吸収しています。

 

 『御嶽神社』には『木曽・御嶽山』の山岳信仰に端を発する『おんたけじんじゃ』と『東京青梅市・御嶽山(みたけさん)』の『みたけじんじゃ』が在ります。

 

 更に更に。『御嶽』と書いたり『御岳』と書いたりで頭の中が………

 

 どちらも参拝すれば良い事有るかもスポットとしておきましょう。

 

 

 神話の世界に出てくるような『剣』も在りました。

 

 模様からして『御影石?』

 

 『宮崎・高天が原』(行った事無いですけど)や『山岳信仰』の山の頂きでも『青銅製の剣』を多々見かけます。

 

 思わずニンマリしたのが此方。

 

 大きさは3㎝程ですが、誰かが奉納したのでしょう。

 

 

 勿論両手を合わせます。

 

王ヶ頭

 

 美ヶ原王ヶ頭には『王ヶ頭ホテル』や『アンテナ郡』、さらに『御嶽神社』が在り、最高地点の石碑が在ります。

 

 

 ホテル脇に『御嶽神社』の小さな『社』が在り、『木曽・御嶽山』の方角を向いています。

 

 

 ここの石像が又、個性的で素敵。

 

 左手に『団扇』らしき物を持ち、鼻が大きいとくれば『天狗』?

 

 右手に剣を携えているのは『不動明王』でしょうか。

 

 大きな杖に身を持たせかけているのは『寿老人』?

 

 

 大自然の絶景の中に、歴史的を感じさせる『神社の鳥居』と近代的な巨大アンテナ』

 

 ホテルに泊まれば最高の星空が出迎えてくれます。(チトお高め?)

 

 美ヶ原は全面キャンプ禁止、駐車場も車中泊が禁止です。

 

 ゴミやトイレ問題の規制を守らないと、夜間の立ち入りも禁止になっちゃいますよ。

 

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美ヶ原高原

 

 『蓼科湖』で『北村西望』さんの作品を堪能した後、初夏の美しすぎる『ビーナスライン』を北上。美ヶ原を目指します。

 

 白樺湖畔に唯一在る『コンビニ』でおにぎりとお茶を買い込み、目指すは『美ケ原高原・王ヶ頭』

 

 車を無料の『和田峠・農の道の駅駐車場』へ停め、ウォーキングシューズに履き替え出発!

 

 リュックに『おにぎり』『水』『カメラ』とウォーキングポールを持ち、片道ユルユル歩いて1時間半ほどのウォーキングです。

 

 なんせ日頃の運動不足のせいで『お腹がポッコリ』 目指せ一日8000歩。

 

 

 駐車場にはこんな素敵な車も停車していました。

 

 冬季、『王ヶ頭ホテル』までの送迎用に使われます。

 

 『ナンバー』無くても問題なし。私有地を走るだけですから。

 

 「いいなぁ、運転してみたい。」なんて思うのはよっぽどの物好きです。私含めて。

 

 

 このダダッ広い『美ケ原高原』は個人所有の牧場でして創始者がこの方。

 

 観光用に広く開放してくれたお陰で、『天上のハイキング』が誰でも簡単・安全に堪能できます。

 

 

 『美しの塔』のレリーフにも待っています。

 

 そもそも『美しの塔』は霧で視界が遮られている時、『霧鐘』として非難誘導する為に建設されました。

 

 放牧された牛や羊に「畜舎に帰れ~」の合図の為に定時に鳴らされたりもしたそうです。

 

 今では誰でも・いつでも鳴らせる観光スポットになってます。

 

 特に『結婚願望のあるカップル』が鳴らすとご利益在るとか無いとか。

 

 各地に在る『〇〇の鐘』とかは必ず大きな音で鳴らしてみます。(独りでですけど何か?)

 

 『澄んだ鐘の音』を聞くだけで何か良い事ありそうじゃないですか。

 

 

 さぁ 歩け歩け。

 

 運動後のおにぎりが美味いんだなこれが。(でコンビニおにぎり4個をペロリ)

 

蓼科湖

 

 『奥蓼科』は県下の中でも特に好きな所です。

 

 只、佐久からだと『八ヶ岳』を越えるか『白樺湖』まわるかしなけりゃならない。

 

 バイクはそれが楽しいんですけど。

 

 道の駅が『蓼科湖』の脇に出来たそうです。

 

 蓼科湖畔公園の『屋外彫刻』が素敵!

 

 今回手を抜いて写真オンパレードです。

 

 

 こんな感じのブロンズ像などが二十数点はあるでしょうか。

 

 でも何故に『裸婦像』ばかりに目はいくんだろ?(芸術ですもん)

 

 大好きな『北村西望』さんの作品も多数あります。

 

 しかも此処、駐車場も彫刻公園も無料!

 

 コンビニの¥100コーヒー片手にベンチでぼ~っと。お勧めです。

 

 「たゆまざる 歩み恐ろし カタツムリ」

 

 なんと『北村西望』さん102歳の時の句です。 脱帽。

 

紀元2600年

 

 奥蓼科の国道299号線を走っていて目についたのがこれ。

 

 

 道路のカーブ付近に在り『何だろう?』とは思っていたが、今回車を停めて近寄ってみると。

 

 『紀元節記念碑』ですか。

 

 日本の地を『神』でなく『天皇』=『人』が統治する様になった年を『紀元』と云い、その人の名は『神武天皇』

 

 『神の子孫』とされ『現人神・あらひとかみ』とも呼ばれる事も在ります。

 

 この辺りをもう少し詳しく。

 

 天上界から地上に降りた『天孫』である『迩迩芸命・ににぎのみこと(邇邇芸命とも書かれます)』は『木花之佐久夜毘売・このはなのさくや姫(富士山を神格化した女神)』と結婚し『火照命・ほでりのみこと』『火須勢理命・ひずせりのみこと』『火遠理命・ほおりのみこと』を産みます。

 

 『火照命』は『海幸彦』、『火遠理命』は『山幸彦』の事で、『海彦幸彦物語』として読んだこと無い?

 

 専門分野の仕事に飽きたので、『漁師』と『猟師』の仕事を兄弟で交換しようとし、『山幸彦』は『海幸彦』から預かった大事な『釣り針』をなくしてしまいます。(どうなったかはググってね)

 

 この『山幸彦=火遠理命』が『綿津見(海神)・わたつみ』の宮殿で出会った『豊玉姫(海神の娘)』に一目惚れし、結婚して産まれたのが『鵜葺草葺不合命・うがやふきあえづのみこと』(変換が大変)

 

 ところが『豊玉姫』の妹である『玉依姫』と『鵜葺草葺不合命』が結婚!(近親相姦?)産まれた『神倭伊波札毘古・かむやまといわれひこ』が『高天原』から『大和の国』を目指し都を拓きます。

 

 そして初代天皇『神武天皇』を名乗り日本を統治します。

 

 この時大和の国まで先導したのが『三つ足のカラス』=『八咫烏』とされています。(頑張れ!Jリーグ。)

 

 

 『紀元2600年』とは『西暦1940年・昭和15年』の事。

 

 世の中は『2600年目』の節目を利用して近づく開戦ムードを『抑揚』していました。

 

 各地、各所に『紀元2600年』を祝う『石碑』や『記念碑』が建てられています。

 

 貴方の周りにもきっとある筈。

 

 ※上記文章は個人的見解であり間違っていても責任取れません。悪しからず。

 

八岳の滝

 

 暫くブログUPが出来ませんでしたが、『隔離入院』とかじゃあ無いですから。

 

 旅行でも無いんですけど。

 

 グーグルフォトのデジカメの写真を整理していたら、何か動かなくなっちゃいました。

 

 何やらかした?

 

 で修復やら何やらで手一杯だったんです。

 

 では新章スタートです。

 

 

 『小海町・稲子の湯』から更に林道を上り込むと『八ヶ岳連峰・稲子岳登山口』が在りますが、駐車場は車で一杯。

 

 今回は登山が目的じゃないので『八岳の滝』まで。

 

 登山者の為に一日2便の『村営バス』が走っています。

 

 曜日・シーズンオフなど制限が在りますので。利用される方は要確認願います。

 

 

 整備されて歩き易い遊歩道を歩いて5分です。

 

 お近くをお通りの際は是非。(滅多に通りかからないか)

 

 国道299号線に戻り、『麦草峠』へ。

 

 日本で2番目に高い国道地点(故に標高標識しかありません)を素通りし、『白駒池入り口駐車場』(有料)も素通り。

 

 『麦』では無く『笹』の生い茂った『麦草ヒュッテ』の駐車場(無料!)からも多少遠回りですけど『白駒池』に行けます。

 

 駐車場に停める方は『ヒュッテ売店』利用をお忘れなく。

 

 峠を下り『奥蓼科温泉・滝の湯』へ。

 

 

 『みちびき観音』と云われる『石像』がこの地に集められています。

 

 これらの『石仏・石像』は戦国時代、『武田信玄』が戦術の為に造らせた『信玄の棒道』から山奥に在る『滝の湯』までの道筋に、『一丁塚』として建てられたものを保存の為に集めたそうです。(と書いてあります)

 

 車社会の現代では『路傍』の石像など見向きもされなくなってしまうのを憂い、温泉旅館建設時にこの地に会しました。(甲斐だけに?)

 

 

 『ホテル滝の湯』さんが管理されているらしく、綺麗に苔むした『水鉢』やゴミ一つ落ちていない手入れされた『石仏群』に両手を合わせます。

 

 今、世界が願う事は一つ。『疫病退散』

 

GMO

 

 『 GMO』を何のこっちゃと検索すると『Genetically  Modefide  Organism』と『Global Media On-line』がヒットしました。

 

 『ポテチ』の袋に書かれている『遺伝子組み換え体』は使用していません!に関する『GMO』な訳無いから

 

 会社名ですかね。『グローバル メディア オンライン』略して『GMO』

 

 『ネーミングライツ』って奴で企業名を冠する代わりに資金援助する。

 

 何でもかんでもアルファベットの頭文字を並べりゃって感じはうんざりですけど、固有名詞ですから仕方ない。

 

 

 正式名称『GMOアスリーツパーク湯ノ丸』

 

 ダダッ広い駐車場に数台の車しか停まっておらず、人影も見えない。

 

 陸上トラックを数人がランニングしているから稼働はしている筈です。

 

 

 この『地蔵峠』付近の『湯ノ丸高原』は冬=スキー、春~秋=登山ベース、と一年を通じて人が訪れます。

 

 そして『高地トレーニング』の拠点として、鳴り物入りで東御市が建設したのが『陸上トラック』と『プール』です。

 

 『高地トレーニング』の為にわざわざ海外遠征するアスリートも居るので、ならばいっそ国内の高地にプールを造っちゃえ!

 

 心肺機能を強化する為には、酸素濃度の薄い高地で練習するのが手っ取り早いそうです。

 

 ところが年間維持費を算出するとナント¥500000000(五億)❕

 

 そりゃ大手企業がスポンサードするなり、『ふるさと納税』お願いしなきゃ大変です。

 

 素直に『GMO』さん。有り難うです。

 

 佐久市も『陸上選手』の輩出には有名な地で、特に『佐久長聖高校・陸上部』からは有名ランナーが次々誕生しています。

 

 毎朝6:00頃には、雨の日も雪の日も、盆暮れ正月関係なく国道沿いを走ってるんですから脱帽です。

 

 頑張れ!未来のアスリート。

 

 オリンピック開催のあかつきには『日の丸』を見せてくれ。

 

 

嬬恋・鹿沢

 

 『群馬原』で、『岩櫃城跡・いわびつ』を見て温泉でも入ろうかと思っていたのですが、どうやら登山道へ入るみたいなのでパス。

 

 『八ッ場ダム』を見たいと思い、国道をビュンビュン走っていたらいつの間にか『道の駅・八ッ場ふるさと館』まで来てしまった。

 

 あれ?ダムは?大橋は? トンネルと立体交差のお陰で信号も無く、又古いカーナビのお陰で何の反応も無く通り過ぎてしまいました。

 

 道の駅駐車場は『キャンピングカー』などもチラホラ停まって(泊って?)おり、県外ナンバーのオンパレードです。

 

 皆さん、旅行したいのね。

 

 

 『道の駅』から『不動大橋』まで歩いてホンの一分。

 

 でも遠くに『八ッ場大橋』が辛うじて見えるだけの『湖』ですね。

 

 この『八ッ場ダム』建設に至る経過はググってもらうとして、『鉄道路線』や『温泉街』までも移築させた大掛かりな建設計画が必要だったのか?

 

 工事さえ着手しちゃえば『後はこっちの物』的な臭いがプンプンしますけどね。

 

 秋、吾妻川沿い、特に『川原湯温泉駅』近くのの清流に架かる橋から観る『真っ赤な紅葉』が大好きでしたが今はダムの底です。

 

 『プロ〇ェクトX』で放送された『ダムに沈む桜の古木を移設しました。』みたいな事が、建設大臣やダム建設関係者の頭には無かったんでしょうね。

 

 「〇〇、お主も悪よのぉ」

 

 「いえいえ。お代官(お大臣)様程ではありません」

 

 を懲らしめる旅の一行はいないですかね。

 

 結局その後、数か所の温泉施設を巡りましたが閉館中の処ばかりで、『休暇村・嬬恋鹿沢』の立ち寄り入浴施設をやっと見つけました。

 

 此処の露天風呂、最高です。

 

 鳥のさえずりを聞きつつ、風に揺れる木の葉を通して差し込む木漏れ日。

 

 湯温も丁度良く、ついつい長湯してしまいました。

 

 アッ、この辺りの下り、一切写真無いです。朝早かった為か面倒くさくなっちゃって。

 

 もう一度。此処の露天風呂最高です!

 

 帰路、『湯ノ丸峠』に向かいますが、すぐ近くに『メロディーライン』が在ります。

 

 『メロディーライン』って知ってます? 

 

 道路に無数の溝が彫られていて、定速走行するとタイヤの摩擦音が変化して音楽を奏でてくれると云うモノ。

 

 生憎、『湯ノ丸峠』から『嬬恋』方面への一方向しかありません。

 

 反対車線を逆走する訳に行かないので、逆再生は出来ませんです。

 

 何のメロディーが聞こえるかは走ってみてのお楽しみ。

 

 他にも以前は入場料お高めの『鹿沢ゆり園』なんかも在りましたが現在は閉鎖されちゃったのか、入り口にはバリケードが。

 

 そして『地蔵峠』の名の由来。一町(=一丁≒109㍍)毎にお地蔵さまが百体並んでいます。

 

 その百番目の『千手観音様』(厳密には地蔵じゃ無いんですけど)が温泉宿の傍らに在ります。

 

 

 一番観音は長野県・東御市の旧中仙道『新張・みはり』ですけど。

 

 

 昔の人は歩いてこの峠を越え、お地蔵様を見る度に手をあわせたんでしょうね。

吾妻神社

 

 『吾妻神社』の鳥居を潜り、『随身門』へ………?

 

 『随身像』が在りません。代わりに『御幣』が。

 

 初めて見たかな、このパターン。

 

 

 一礼して潜り、参道を奥へと進みます。

 

 神社仏閣の門にある『敷居』は踏まない方が良いそうです。

 

 ドラマなどの喧嘩のシーンで「二度と家の敷居は踏ませねぇ~!」は当たり前の事なんですけどね。

 

 

 『神楽殿』の舞台は二階建てになっています。

 

 きっと大勢の人から良く見えるように配慮ですかね。

 

 一階部分は物置になっていました。

 

 きっと演舞時には控室などにもなったのでしょうね。

 

 昭和初期まで地方巡業の旅回り一座の『小屋掛け芝居』なんかが在ったそうです。

 

 『芝居小屋』も無いような地方では神社の神楽殿なども使われたとか。

 

 役者さんが幕の合わせ目から境内の人の群れを見て「今日は大勢見に来てるなぁ」なんて言ってたのかも知れないです。

 

 

 本殿の扉は残念ながら閉ざされていました。

 

 無人販売形式(と言うのかな?)の『おみくじ』が在りました。

 

 でもこの本殿の特筆すべきは『木鼻』です。

 

 『獅子頭』とか『龍頭』も在りますけど多くは『獏』(夢を食べるとされているアレ)です。『象』と勘違いしている人も多いみたいですが。

 

 伝来時、『獏』など見た事も無かった『宮大工』さんが、人伝に聞いた物を具体化したそうです。

 

 一部には『象』の様に『大きい頭』だったり『牙』を持ってたり。

 

 今度神社仏閣へ行ったら『木鼻』を注意して見てください。

 

 意外と面白いかも。

 

 

 各柱に『木鼻』が付いており、これらは『唐獅子』の様です。

 

 でもこの数の緻密な『唐獅子』 彫るのも大変だったろうなぁ。

 

 当時の労力と財力に脱帽です。

 

 そこへ無遠慮な『千社札』は如何なものかと。

 

吾妻

 

 『尾瀬湿原』木道散策を早々に切り上げ、帰路に着きます。

 

 『鳩待峠』から『山の鼻』まで一時間下ったという事は、帰りは一時間以上の上り坂。

 

 そのほとんどが『木道』や階段ですから歩き易いですけど。

 

 

 車を走らせ、真っ先に向かったのが『尾瀬市場・足湯』

 

 御土産売り場の一角に在り、勿論無料。

 

 

 しかも此処、テーブルがお湯の上に渡してあり、足湯につかりながら『ソフトクリーム』や『おでん』が食べられる。

 

 ついつい注文しちゃうって。(商売うまいなぁ)

 

 疲れた足に心地よい熱さの足湯。(車から降りる時に足ふきタオル忘れずに)

 

 いかんいかん。ついつい長居してしまった。

 

 『吹割の滝』やら『沼田城』やら『ロックハート城』やらと寄るべき所が沢山あるのに。

 

 結果。以前来た事あるから全~部パス。

 

 何処も寄らずに吾妻郡へ来てしまいました。

 

 以前から気になっていた『吾妻』

 

 ひょっとして『妻』に『ご縁』ができるかも知れないじゃないですか。

 

 其処に在る『吾妻神社』

 

 ご利益を期待して鳥居を潜ります。

 

 

 一礼して参道を進み、手水舎でお清め………

 

 水が出てないんですけど。

 

 

 まだまだ続きますけど次回です。

 

自然保護

 

 この広大な『湿原』に『木道』を敷き、更には『水源管理』やら『害獣対策』の『環境保護』の為、様々な仕組みが取り入られています。

 

 

 『尾瀬』を流れる川にも名前が付けられており『下の大堀川』です。

 

 『橋の両端』には大型動物が通れない様にする為の『クランク』が在りますし、河川沿いには、『侵入防止ネット』が設置されています。

 

 周囲を山林で囲まれた『尾瀬湿原』には『鹿』や『カモシカ』『猿』や『熊』までが目撃されるそうです。

 

 

 暫く川の中を見ていましたが『魚影』はありませんでした。

 

 『水  清くして  魚  棲まず』と云う程の透明度でも無かったですが。

 

 『三島・柿田川湧水』や『富士・忍野八海』などは、抜群の透明度の水に魚がうじゃうじゃ棲んでるからあてにならない言葉ですけど。

 

 

 『赤外線センサーカメラ』が設置されていました。

 

 テレビの夜間観察などに登場するヤツですね。

 

 

 『鹿』から『希少植物』を守る為だったんですね。

 

 でも『熊除けの鐘』なんかも設置されていますからやっぱりそれなり装備は必要です。

 

 帰路、高齢者のご夫婦を追い抜いたんですが、『熊除けの鈴』やら『ベル』やらを沢山ぶら下げ、ず~っと『ガラガラ・チンチン』正直な処 う・る・さ・い!

 

 見通しの悪い山間部ならいざ知らず、見通しの良い『尾瀬の木道』ではリュックにしまうとか、『鈴』を一つだけにするとか配慮してもらえませんかね。

 

 『自然界』に無い『音』や『臭い』を熊は敏感に感じ取ります。

 

 熊は基本臆病であり、滅多な事では人に近づこうとしません。

 

 『熊』も山中で何度か見かけた事が在りますが,バッタリ至近距離で出くわすのでなければそれ程恐怖は感じませんでした。

 

 まぁ自己責任ですので他人の迷惑にならない程度にお願いします。

 

燧ヶ岳

 

 暫くブログUP出来ませんでした。

 

 旅行に行っていた?とか入院?などのご心配頂き、至極恐縮です。

 

 この『ホームページ』は『JIMDO・pro』を使っていますけど,不具合が出てしまい更新出来ませんでした。

 

 如何ともしがたく、使いづらくなりました。

 

 『アップデート』の度に使いづらくなるなんて………

 

 まぁその内に『ア〇ーバブログ』とかに移行するかも知れません。

 

 

 『燧ケ岳・ひうちがたけ』が木道の先に見えます。

 

 『尾瀬湿原』に『鳩待峠』=『山の鼻』から入り込むと常に東の端に聳える山です。

 

 『尾瀬木道』は『右側通行』です。

 

 もし先行者に追いついたら、左側木道を利用して追い抜くことに成ります。

 

 その他にも『ウオーキングポール』はキャップ装着必須。

 

 実際に木道でポールを使うと『木道幅』が狭く、ポールは使いづらかったです。邪魔な時には収納できるタイプがお勧めです。

 

 もうひとつ『最重要』なのが、何が在っても『木道以外』に踏み入ってはいけません。(湿地をポールで突くのもダメ)

 

 疲れても座って休める『ベンチの数』は限られています。

 

 『トイレ・飲み水』も『山小屋(有料)』にしか在りません。

 

 仮にゴミが強風で飛ばされても取りに入れません。

 

 それらを踏まえて『尾瀬』に挑戦してください。

 

 

 『逆さ燧ヶ岳の池塘』です。

 

 人が写らない様にする為、態々この日、この時間に行った甲斐が在りました。

 

 『ウォーキング』をする時、持っていくペットボトルを凍らせて持って行きます。

 

 1㍑の炭酸水ペットボトルに『六分目程』の水を入れ、飲み口部分が閉ざされない位の斜めに傾け(ここ重要)凍らせます。

 

 もう1本は『8分目』程の水量でやはり斜めにして凍らせます。

 

 出発直前に『水』を満たしてからタオルで巻き、リュックに入れて背負います。

 

 行動行程に併せて一本は車に置いて行くとか、500㎖のペットボトルにするとか色々組み合わせられます。

 

 そしてペットボトルの『飲み口』には直に『口』を付けない事!

 

 マグカップなんかも重くなるので持って行かないか『紙コップ』がお勧め。

 

 (いつもは上を向いて大きく口を開け、触れない様に注ぎ込みますけど。)

 

 『水』である必要性はイザという時『傷口』を洗ったり、熱中症対策でタオルを濡らして手首や脇の下を冷やしたり。

 

 食事前にはおしぼりも使いたいですね。

 

 暑い夏、『カップラーメン』に『水』を注いで1時間で『冷やしラーメン』(塩味がお勧めです)も美味! (ぬるくなりますけど)

 

 

 所々で『木道』が分岐し、色々な植物の群生地を覗かせてくれます。

 

 しかもこれらの『木道敷設』 全~部『TEPCO』が担っています。

 

 入場料の徴収も無く、これだけの環境を保護してくれる会社に感謝です。

 

 でも『核施設』の保有会社で在る事もお忘れなく。

 

ちとう

 

 『泣く子 と 地頭 には 勝てぬ』と云う言葉の『地頭』は、『小作人』からみた『土地の所有者』や『権力者』(お代官、お主も悪よのう)の事です。

 

 『池塘』とは湿原にぽっかり空いた『池』や『沼』のような部分で、一部は底なし沼的な場所も在ります。

 

 そもそも『湿原、湿地』は地盤自体が不安定で、歩くと足がズブズブ沈み込みます。

 

 一見、『草叢』が在るので『陸』の様に見えますけど、実は『水に浮いているだけ』の場所もあり、一歩踏み間違えると大変な事になります。

 

 日本において『湿原』は『自然公園法』(ラムサール条約だったっけ?)などで保護されており、『湿原』の中を自由に歩ける所は無い筈です。

 

 唯一『木道』が設置されている所では『木道の上』のみ立ち入る事が許されています。

 

 途中で『トイレ』なんて云って『木道』から外れますなんて事は『御法度』です。

 

 

 水の流れ込む場所では様々な水生植物が咲いていました。

 

 水の中に『梅花藻・バイカモ』も揺れています。

 

 

 『池塘』では『水草』の『葵』が水面まで茎をのばし、『葉っぱ』がそこかしこに浮かんでいます。

 

 三つの葉っぱが『巴』に並べば

 

 「控え~ぃ!この紋所が目に入らぬか」と家来が懐から取り出す『印籠』

 

 一同、平身低頭で「ハッ、ハ~。」 

 

 写真の中に在るんですよ『三つ葉葵』が。探してみてね。

 

 

 風も無いのに水面が揺れました。

 

 『サンショウウオ?』と思ったんですけど『イモリ』でしょうね。

 

 それも何匹も。

 

 『イモリ』は綺麗な水に生息しますので、緊急時にはその水を飲む事も可能です。

 

 (あくまで個人的意見ですので責任は持てません。自己判断、自己裁量で)

 

 あ~! 水に触ってみて~。 でも『木道』から離れられないジレンマ。

 

 人として 道を踏み外しちゃぁ イカンです。

 

尾瀬の木道

 

 夏が来れば 思い出す 遥かな 尾瀬 ………

 

 

 『山の鼻』から、いよいよ湿原の木道が始まります。

 

 

 尾瀬と云ったら『ミズバショウ』でも時期的には終わりの頃です。

 

 

 振り返ると『至仏山』

 

 

 遥か先に見える『燧ケ岳』

 

 人が余り写り込まない様にする為、朝3時から行動したんですけど、先客はいますよネ。

 

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見本園

 

 グーグルマップの『航空写真』は凄いですね~。

 

 尾瀬の木道まで確認できるんですから。

 

 『山の鼻』から広大な『尾瀬湿原』が広がるんですが、『至仏山・しぶつさん』側の麓には、『尾瀬研究見本園』と区別されたエリアが在ります。

 

 正直、『ミズバショウ』とかが咲き乱れていた訳で無く、何の『見本』の為だったのでしょう?

 

 『見本』ってまさか人名? (安曇野・大王ワサビ農園の『大王』は人名です)

 

 

 先ずはこの『植物分布図』をスマホで撮影し、行く先々で花の名前を確認しながら歩こうか………って余り、植物が咲いてません。

 

 『キスゲ』『ワタスゲ』『ミズバショウ』などがチラホラ確認できるだけ。

 

 『木道一周』と思っていたんですがパス!

 

 

 あらら。思った以上にホワイトバランス失敗。(オート以外調整した事無いもんで)

 

 『至仏山』登山は色々制限が在って大変そうですので眺めるだけにしときますか。

 

 

 『至仏山』 仏に至る山ですよ。

 

 いやまだそちらの世界に行きたくないですけど。

 

山の鼻

 

 『木道』から土の道へと続き、草叢の中を暫く歩くと建築物が見えて来した。

 

 

 バスを降り歩き始めてから一時間弱、山の中なのにかなり綺麗な『トイレ』が在ります。

 

 水道など無い為に雨水などを貯水した『再生水を利用します。

 

 

 『有料トイレ』ですけど有難い。

 

 この時は利用しなかったので、中の様子までは解りませんでしたけど。

 

 再生水利用の水も出ますけど、飲用は出来ません。

 

 山歩きの時でも、山小屋などで『有料トイレ』や『水』を買う為に多少の現金は必需です(カード何て使えません)

 

 

 『山の鼻』まで来ると『国民宿舎・尾瀬』と『山小屋・山の鼻小屋』が在ります。

 

 更には数張り分の『テントスペース』も在りますが『要予約』です。

 

 宿舎には『風呂』もあるみたいで有難い。

 

 排水は『自家浄化槽』などでかなり気を使いそうですけど。

 

 『湿原内』は基本テント泊など出来ません。

 

 此処にテントを張り、満天の星を観ながらウイスキーをチビリとやりたいですね。

 

 

 『研究見本園』はてさて何が在りますやら。

 

 次回に続きます。

 

川上川(上から読んでも下から読んでも)

 

 『花』でも『華』でも無く『鼻』です。

 

 『江戸弁』で云う処の『ハナっから』の『鼻』の意味ですね。(きっと)

 

 『長野・美ヶ原』にも『王ヶ頭』と『王ヶ鼻』が在りますが、此方のは人の顔の部位に見立てて?

 

 

 『尾瀬湿原』の西の端に聳える『至仏岳・しぶつたけ』が快晴の空の下、その全貌を見せています。

 

 この山はナント最盛期には、『一方通行登山』になるそうです。

 

 『通り抜け』しかできず、荷物を預けての『山頂往復』が出来ない。

 

 『山の鼻』にある『自然園』から登り込み、『鳩待峠』へ降りる事しか出来ません。

 

 

 『一級河川・川上川』沿いから、木道の上をほぼ『水平移動』になります。

 

 この水平が有り難い。(膝が悪いもんで)

 

 

 『一級河川』とか『二級河川』とかの定義は国が認定します。

 

 『一級河川』は日本国土を形成する上で重要な水の流れで『河川法』と云う法律に保護されています。

 

 勝手に流れを変えたりすると処罰の対象になります。

 

 『二級河川』は『一級河川』に準ずる水の流れになります。

 

 『都道府県』が認定しやはり『河川法』が適用されます。

 

 『一級河川』の支流の小川でも、河川法では『一級河川』と謳う事が出来ます。

 

 群馬・栃木・福島県境に在り、利根川水系の発祥となる『尾瀬沼』に流れ込む『川上川』も『一級河川』になります。

 

 流れている『水』に触れてみたいんですけど、木道から逸れる事は『御法度』

 

 まあ『生態系・環境保護』の為には我慢・ガマン。

 

 もう少しで『山の鼻』です。

 

 

鳩待峠

 

 新章スタートの今日2021・1/8は『1都3県』に緊急事態宣言が再度発令されてしまいました。

 

 前回の発動は2020・4/7~5/25。各県境を越えての移動が規制されました。

 

 その甲斐が在ってか感染者数はぐんぐん減り、収束するかに見えました。

 

 がしかし、その後の『GO TO ………』などの影響を受け、感染者数の増大に繋がっているのはご存じの通り。

 

 今は少しでも感染拡大に歯止めをかける為の努力が必要です。

 

 そして『新型コロナウイルス』を抑え込み、自由を取り戻したら又旅行に出も出かけますか。

 

 この章は前回の『緊急事態宣言』が開けた時の話です。

 

 

 

 早朝3時に起き、車で一路『群馬県・沼田』を目指します。

 

 何時・何処のコンビニでも『淹れたてコーヒー』と出来立ての『惣菜パン』を手軽に買える。 

 

 この当たり前な事が如何に凄い事なのか。

 

 『袋田の滝』を素通りし『尾瀬戸倉温泉』に在る公営駐車場へ。

 

 此処から『鳩待峠』行きのバス・タクシーに乗り換えます。

 

 

 手指消毒・マスク着用の後乗り込んだ『ジャンボタクシー』内はビニールシートで隔てられ感染対策をしています。

 

 目指すは『鳩待峠』

 

 

 そう、やって来たのは『尾瀬』です。

 

 ♬ 夏が来れば 思い出す 遥かな尾瀬 遠い空

 

 行った事が無ければ思い出す事も無い………此れは行くっきゃないでしょうが。

 

 で『越境解除』のこの日、朝一から行動しました。

 

 

 『尾瀬・鳩待峠駐車場』から林間に続く木道へと足を踏み入れます。

 

 『川上川』の清流に沿うまで延々と木道を下ります。

 

 この『木道』よく見ると『焼き印』が押されています。

 

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みまき大池

 

 『読書の森』の庭を散策した後、バイクに戻ろうとしたら………?

 

 

 壊れたスコップの正しい使い方が在りました。

 

 バイクで『千曲ビューライン』を走り『御牧ケ原』へ。

 

 千曲川西岸の『河岸段丘上』に広がる広大な大地です。

 

 『御牧』と在る位ですから『皇族』に関係しているんですかね。鷹狩りとか?

 

 戦前はこの地で『大運動会』が開かれたそうです。

 

 今で云う処の国体予選みたいなモノ?

 

 そこら辺、全~部『ウイキペディア』に譲りますんでご自身でどうぞ。

 

 

 ヘルメットを脱いだのは『みまき大池』

 

 小諸市を舞台にしたアニメ『あの夏で待ってる』に登場し、アニメファンの『聖地巡礼』とされている場所です。

 

 実は『御牧ケ原』には『河川』が全くと言って良い程在りません。

 

 広大な農地に必要な『水』を確保する為に、大小様々な『灌漑用ため池』が造られました。

 

 この『みまき大池』もその一つです。

 

 

 浅間連山を背景に、湖面を渡る涼風が実に心地良いです。(ヘルメットの仲蒸れるからね)

 

 これで湖畔に『キスゲ』でも咲こうものなら絶景スポット間違いなし。

 

 あっ、小諸にお立ち寄りの後は『ぴんころ地蔵』も宜しくです。

 

 今回のおまけ。

 

 

 小諸駅に飾られている『あの夏で待ってる』のポップアップです。

 

 『ぴんころ地蔵』もアニメになんねえかな?

 

ゲストハウス

 

 この『読書の森』には広い庭がありまして、『ゲストハウス』で宿泊も可です。

 

 何でも海外から泊りに来る人が多いそうで、辺鄙な場所で何にもしないで数日を過ごすそうです。

 

 日本では『ぼ~っと』しているだけで『チ〇ちゃん』に叱られそうですけど。

 

 

 宿泊スペースはこんな感じ。テレビも在りません。

 

 

 トイレは自然環境に配慮しています。

 

 う~ん『蠅』は致し方ないですね。

 

 

 『ピザ窯』なんぞも全て手造りだそうです。

 

 

 こんな『不思議オブジェ』も在ったり、

 

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新年あけましておめでとうございます。

 

 2021年が明けました。

 

 新年あけましておめでとうございます。

 

 新型コロナウイルスが危惧される年明けですが一刻も早く収束致しますように。

 

 

 さてブログの方は半年前に遡ります。

 

 『小諸市・氷』で『風穴』の涼しさを堪能した初夏の続きです。

 

 御牧ケ原台地へと駆け上がり目指すは『読書の森』

 

 『ゲストハウス』兼『喫茶店』兼『機織り工房』兼『読書ルーム』………

 

 まっ行ってみれば分かります。

 

 

 googlemap上では、一番に外人さんが提案したからなのか『DOKUSHONOMORI』となっています。

 

 でドアを開けると。

 

 

 至る壁という壁に本棚が設えてあり、様々なジャンルの本、本、またまた本。

 

 中にはもう何年も手に取られてないだろう感が満載の文集なぞも在ります。

 

 ぱっと見、半世紀は前の物?から図書館払下げみたいな物までお宝探しにはもってこいかも。

 

 

 喫茶店ですので『コーヒー』を注文してから、マスター&ママさんと読書談義に花(華?)を咲かせます。

 

 『マスター』は何でも造ってしまう方で、広い庭に在る『ゲストハウス』やパンやピザの焼ける『竈』までも手造り。

 

 『ママさん』も『染織・機織り』では名の知られた方。

 

 詳しくは『小諸市・読書の森』でググってみてね。

 

 

 結局本を手にして読む事は無かったですが、コーヒー一杯で何時間いても自由らしいです。

 

 大好きな『筑摩書房』の本もあるみたい。今度ゆっくり読みたいですね。

 

 

 まだまだ『読書の森編』は続きます。

 

 

 2021年。新型コロナウイルスが猛威を振るい、経済的にも大変な事になるかもしれません。

 

 行動も制限され、自由にカメラをぶら下げて出歩くことも厳しくなりそうです。

 

 でも『負けないぞ!』

 

 『医療従事者』の方々や『飲食関係』の皆さんの『我慢』と『頑張り』に少しでも協力しなければ。

 

 もう一度 『負けないぞ!!!』

 

初谷温泉

 

 本日大晦日です。

 

 大掃除やら何やら所用がかなり残ってますので、本日より休みとさせて頂きまして。

 

 実は先日、賃餅の引き取りが早く終わりましたので、早めに店終いして『初谷温泉・しょやおんせん』に行ってきました。

 

 世界中をメチャクチャにした『ヤツ』のせいで混雑を避ける為『立ち寄り入浴』は出来ません。

 

 まっ其処は知り合いの仲なので特別に入れました。

 

 

 山の中の一軒宿で『日本秘湯を守る会』に加盟しています。

 

 やはり『ヤツ』の影響を受け、結構厳しい状況らしいです。

 

 まだ日のあるうちに湯船に浸かると、窓から見える『落葉の山』がとても綺麗で、心まで休まる感じです。

 

 風呂場の仲は流石にカメラを持ち込めませんので宿のブログを参照願います。

 

 

 

 この温泉の出る谷間には『宝命水』と呼ばれる『炭酸水』が湧き出ています。

 

 炭酸はマイルドですが独特の口当たりで、胃腸病に効くとされています。

 

 車の中には常に空の大型ペットボトルが積んでありますので汲んで帰ります。

 

 

 このステンレス製の蓋を開け、柄杓で『炭酸水』を汲みます。

 

 感染対策の為、決して直に口を着けないで下さい。

 

 この『炭酸水』で焼酎を割ると独特の飲み口に成るんです。う~ん楽しみ。

 

 

 まだ雪に覆われる前の山肌も、あっという間に夕日が陰りだします。

 

 暗くなる前に帰った方が良さそうなので今回は此処まで。

 

 興味ある方は『初谷温泉ホームページ』をご確認下さい。

 

 

 2020年。全世界に戸惑いが生じています。

 

 各個人で出来る事をし、我慢すべきことは我慢する。

 

 2021年は明るい年になりますように。 皆様良い御歳を。

 

氷神社

 

 『風穴』のお陰を感謝して、山の中に『神社』が建てられています。

 

 『氷室稲荷大明神』

 

 

 『稲荷伸』は『商売繁盛』の他にも『豊穣』の象徴でもあります。

 

 ぶら下がっている『注連縄』と『御幣』が新しいので最近神事が行われたばかりでしょうか。

 

 

 『氷神社』 良いですね~。 この時の流れを感じさせてくれる『鳥居』とか。

 

 こちらの『御幣』はちぎれちゃってますね。

 

 何時の時代の物なのかはわかりませんでしたけど。

 

 此処に『祠』を建立することが出来るだけの財力を、『風穴』はもたらしてくれたんでしょうね。

 

 

 通路にはこんな『鳥居』もありましたけど。

 

 ♬ トイレには それは綺麗な 女神様がいるんやで

 

 だから毎日綺麗にしたら 女神様みたいに 別嬪さんになれるんやで。

 

 心も綺麗にならなくちゃね。

 

 

体感温度

 

 外気温『22℃』からいきなり気温『2℃』の風穴の中は別世界です。

 

 体感的には ♬ 氷の世界~。(リンゴ売りは見た事ないですけど)

 

 「涼し~い!」のも束の間。 暫くするとカメラレンズが曇りだし撮影不可能な状態です。

 

 『レンズクリーナー』なんて上等なもの持ってこなかったから『Tシャツの裾』でゴシゴシ。

 

 カメラ内部が結露すると嫌だからそろそろ出ますか。

 

 

 山の斜面に掘られているとはいえ、石垣をこの高さまで積み上げています。

 

 しかも『冷気』が強い為、寒さに強い『シダ?』の種類と『苔』しか生えていません。

 

 『野面積み』で積み上げられている石は千曲川から運んだんでしょうか

 

 

 穴の中で唯一見つけた生物がこれです。

 

 『蝶』なのか『蛾』なのかの違いも解りませんけど。

 

 翅が動いてましたから生きています。避暑に来たのかな。

 

 この温度の中で『蝶』だか『蛾』だかが生息できるんですから、当然『蚕蛾』の『種蚕』も生息できる筈です。

 

 案外『風穴』と『養蚕』を結び付けた人(藤岡市・高杜社)もこんな光景を見つけたのかも知れませんね。

 

 PS 後に『グーグルレンズ』で照会したところ『枝尺蛾・エダシャクガ』らしいです。

 

 『グーグルレンズ』凄~っ! しかもタダ‼  

 

 『氷風穴』も凄~っ! やっぱりタダ⁉ (某世界遺産では入場料が必要です)

 

 

 

風穴・体感

 

 今回も、もち米が蒸けるまでの待ち時間にブログを書いています。

 

 タイマーが鳴ったらお仕事開始。それまでお付き合いの程よろしく。

 

 だから『尻切れトンボ』のパターンが多いんです。

 

 6月の蒸し暑さの中、『氷風穴群』の在る森の中は約22℃。

 

 それが一歩『風穴の囲いの中』に入ると………

 

 

 陽が当たっているにも関わらず、『12℃!』 しかも湿度変わらず40%?

 

 一気に温度が変わります。

 

 効きすぎの冷房でも此処まで下がらないはず。

 

 でも夏の日差しに照らされて、熱を帯びた体には心地よく感じます。

 

 

 危なげな石段を数段降り、トタンで囲われた中に入ると………

 

 写真の右側にも写っちゃってますね。

 

 

 『2℃‼ 湿度75%⁉』 

 

 最初は「スゲー、涼しくていいや。」でしたがそのうちTシャツ一枚の服装では寒くなってきます。

 

 

 風の通り抜けない『竪穴』の中では対流が起こりにくく、『冷たい空気=比重の重い』は下に溜まります。

 

 それを上手く『トタン』で囲って『小屋』にしています。

 

 此処が『種蚕』の貯蔵庫に成るんです。

 

 『蚕』は卵で越冬し、春に幼虫になります。いわゆる『毛虫』ですね。

 

 『桑の葉っぱ』を餌に成長し、やがて『蛹』になる為に『繭』を造ります。

 

 これが『夏頃』 人間はこの『繭』から『絹糸』を取る為に『繭』ごと『蛹』を茹でちゃいます。

 

 『種蚕』を造らせる為、茹でられなかった『蚕蛾』はやがて産卵します。

 

 通常自然界では年に2回程この工程が行われますが、『種蚕』を冷蔵し出荷調整するだけで年5~6回の『繭』造りが可能になった訳です。

 

 早い話が生産量が3倍! 稼ぎも三倍‼

 

 でも餌になる『桑の葉』どうしたんだろうと疑問がふつふつ。

 

 丁度時間となりました。

 

風穴利用方法

 

 風穴の中の一つに、新しく組み込まれた木材が見えました。

 

 

 風穴は露天であることが多く、雨を避ける為の屋根が必要です。

 

 場合によっては盗難除けの施錠も必要だった?

 

 ん?なんか貼ってある。

 

 

 『元気造り支援金』を利用していたんですね。

 

 それで活性してくれれば。 いや、良い『観光資源』になってますよ絶対。

 

 

 第五風穴は『実際に中に入って『温度差』を体感できます。

 

 行くっきゃ無いでしょ。

 

 

 温度計が反射して見づらいですけど、外気は約22℃。

 

 初夏の山の中って感じです。

 

 では中に入ってみますかね。

 

 でもタイマーが鳴ってお仕事開始です。 又次回。

 

 

風穴の中

 

 散策路を下って行くとそれは在ります。

 

 

 石垣に囲まれた『室・むろ』(もしかして長野県の方言?冬場、凍結しない様に地中に彫った保存庫)になっています。

 

 そもそも地熱を持っているから水道管の『不凍栓』などが成立する訳で、本来なら温かい筈では?

 

 多分近くに冷たい雪解け水の流れている『地下水路』があるとか、富士山のように『万年凍結』している洞窟があるとかなら冷風の根拠が解りますけど。

 

 なぜ『御牧ケ原台地』の片隅に?

 

 雪山などの『クレバス』の底部分には氷温近い水が流れている為気温も通年0℃近く。此の割れ目に落ちると非常に危険です。(『岳・みんなの山』より)

 

 

 良~く見ると温度計が設置されています。

 

 カメラ  ZOOM‐MAX!

 

 

 上の温度計は『13℃』

 

 

 下の温度計は『8℃』の表示です。

 

 因みに6月中旬のこの日、気温は25℃以上。

 

 涼しいだろうな~と眺めながら、汗をふきふき麦茶ゴクゴク。

 

氷風穴

 

 『風穴』は割と各地にみられ、『冷蔵庫』の無かった時代には大変重宝しました。

 

 『世界遺産認定』の『富岡製糸工場』とセットで認定された『荒船風穴』も『藤岡・高杜社』で確約された『養蚕技術』のお陰で広く知れ渡りました。

 

 ここ『小諸市氷風穴』も『養蚕技術』や『常用保冷庫』として食品管理などに利用されていました。

 

 

 入り口に在る『看板』を読んでみると成程、そうだったのね。

 

 江戸時代には氷を貯蔵し献上したり、鉄道駅に比較的近かったので『蚕種』の全国発送も可能だったそうです。

 

 駐車場脇の遊歩道入り口には看板が立っています。

 

 

 この日夏の日差しを避ける為の日陰は大変有難い。

 

 駐車場脇の自販機で麦茶を買って、ゴクゴク飲みながら歩きます。

 

 トイレは在りませんので『あぐりの湯』などで済ませて置く事。

 

 

 へ~。『氷』の地名の由来は『弘法大師』だったんですね。

 

 しかも『草津の湯』とセットだったとは。

 

 『弘法大師』さんは日本全国に逸話を残していますけど、『遣唐使』(正確には同乗した私費留学生扱い)として帰国したのが30歳、『京都・東寺』において『結果報告』兼『後輩指導』を長年続けた後、『高野山』に『金剛峰寺』建設が50歳位だったから(年齢は適当です)諸国を隅々まで廻るって………まっ『弘法大師』ですから。不可能は無し。

 

 うちの宗派は『真言宗』ですので何も申しません。

 

 さて、『餅米』も蒸けた事ですしお仕事、お仕事。

 

 

 小諸を訪れた日は2020/6(これを書いている今日は『クリスマスイブ』、半年ずれちゃってます) 暑い日差しの中での事です。

 

 『赤』が印象的な『新大久保橋』を渡って広い道を直進します。

 

 此処で右折すると『布引観音駐車場』を通って島川原へ。

 

 実はこの辺り、凄い場所なんです。

 

 戦死した『武田信玄』の実弟『武田信繁』(『信繁』という名前は『真田信繁』の勇猛果敢さを称えた当時の『流行ネーム』) のお墓が在ります。

 

 戦国時代、戦死した敵武将は首を切られ、晒されるのが普通でした。

 

 家臣はそれを嫌い、首だけでも故郷・甲府に連れ帰ろうとしますが力尽き、仕方なく此の地に埋葬しました。

 

 後の世になりお墓が建てられました。

 

 戦国武将が戦死した場合、『戦死した場所付近』、『城の菩提寺』、『高野山』と幾つものお墓が在るのが普通です。

 

 『徳川家康』なんぞもそれこそ『日光東照宮』『久能山東照宮』『高野山』と三ヶ所が有名です。

 

 (いや~話が横道に逸れまくってますね~。)

 

 

 『氷』と在りますが地名です。そして地名の由来になった『氷風穴』が在ります。

 

 すぐ近くに『いちご狩り』(期間限定)の出来る施設が在り、雄大な『浅間連峰』を望みながら露天風呂に入れるお勧めの温泉施設『あぐりの湯・小諸』(あぐり=aguricaluture)が在ります。

 

 決して『醜い』の意味には取らないでください。

 

 

 

 カーブですので要対向車注意です。

 

 『氷風穴』 次回です。

 

赤い橋

 

 『小諸城・大手門』で写真を撮りながら、何故か向かったのは『千曲川』

 

 『大手門』から『本丸跡』までは線路を跨ぎ、エリアが違う為に今回はパス。

 

 だって日本唯一の『穴城』なんで、後日ゆっくり紹介したいですから。

 

 

 小諸市が坂の街で在る事が良~く解る『県道40号線』を千曲川方面へと下ります。

 

 『中沢川』の橋を渡った辺りに立っているのが『布引山観世音』の石碑ですが、注目すべきは道標です。

 

 『追分宿』で中山道と分岐した『北国街道』は『小諸宿』の『城下町』ならぬ『城上町』を通ってこの地に続きます。

 

 そしてここで又『分岐』 左折すると道は更に急激に下り、『布引』へと向かいます。

 

 

 千曲川に架かる『赤い橋』は『新大久保橋』

 

 鉄骨が赤く塗られた橋は各地に在り、アクセントとなって周囲を引き立たせています。

 

 2019台風被害の『上田電鉄・別所線』も『赤色』が印象的でした。

 

 単線区間の為、車両最前部のど真ん中に陣取ると、左右シンメトリーで風景が流れます。

 

 

 あっど真ん中にはピラーがあるから無理。

 

 上田駅に向かって千曲川を渡るところです。

 

 話がドンドン横道に逸れる。この脈絡の無い展開が我ながら好きだったりして。

 

 『新大久保橋』付近は深い淀みが在り、『鯉』や『大鯰』の絶好ポイントでしたけど、もう何十年も行ってないなぁ。

 

 

 千曲川には色々な川が合流したり、『発電用取水堰』が築かれていて、こんな風に『淀み』も結構在ります。

 

 子供の頃は泳げたんだけどなぁ~。

 

大手門

 

 『大手門』とは普通家屋の『表門』にあたる所で(普通の家は門など無いか)、正式な『登城』などは必ずこちらから入ります。

 

 商用などは別の『裏門』から入るのがしきたりです。

 

 で『小諸城・大手門』 『北国街道』から少し引っ込んだ所に在りますが、昔は辺りに建物が無かっただけの事らしいです。

 

 

 この『大手門』よく見ると石垣との間に若干の隙間(人は通れませんけど)が在るのが特徴らしいです。

 

 そして『二階部分』では門番が生活できる部屋が在り、イザ『敵来襲!』時には即、臨戦態勢が取れるようになっています。

 

 だって此処(一ノ門)から(二の門はどこ?)線路を越えた『三ノ門』を通り更には『空堀』から『黒門』そして『本丸』まで直線距離にして有に300㍍。

 

 そりゃ『小田原城』や『大阪城』『江戸城』なんかとは比べ物ならないですけど。

 

 無線や携帯などの通信機が無かった時代に「敵が来ました」と伝令するのも一苦労の筈です。

 

 

 戦国時代に造られた『お城』の多くは『防御機能』を至る所に備え、例えば『水堀』を造る事で往来は『橋』のみ。

 

 その橋もイザという時は即時壊すことが出来る造りだったりします。

 

 仮に『忍者』もどきが『水堀』を泳いで渡っても上陸部分は切り立った『石垣』普通は上れません。

 

 その『水堀』が小諸城には無いんです。不思議?

 

 

 現在、『三ノ門』東側には道路と線路が貫いていて駅が在ります。

 

 『小諸駅』は『しなの鉄道』と『JR小海線』の発着駅ですが『布引電鉄。通称布電』が走っていたことを知る人は少ない筈。

 

 小諸駅幻の五番線が発着ホームでした。(たまに小海線が発着してるから幻でも無いか)

 

『小山田いく』さん

 

 大好きな小諸市出身の漫画家さんです。 代表作『すくらっぷ・ブック』

 

 弟も漫画家で『田上よしひさ』さん。 代表作『軽井沢シンドローム』

 

 その『すくらっぷ・ブック』のコミック表紙絵が、ナント小諸市内各所に展示されています。

 

 

 中学生の主人公『春ぼん』とその仲間たちの青春グラフィティ。

 

 恋に悩む友達と一緒に『海』を観に、信越線(現しなの鉄道)に乗って『直江津』まで行きます。

 

 夜景に描かれる小諸の街とかが素敵です。

 

 

 こちらは『小諸~御牧ケ原線』を走行していた『ラッピングバス』です。

 

 『小諸市営児童遊園地』の駐車場に常駐していましたが、最近別の場所に移動したのか見かけません。

 

 

 下の絵が在った所はナント『佐久税務署』 (小諸市は佐久税務署管内です)

 

 

 長野新幹線開通後に描かれたものですね。カラーリングが違いますけど。

 

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小諸

 

 『小諸』も好きな街の一つです。

 

 市役所内の図書館が実に居心地よく、たま~に利用させて貰います。

 

 で二輪駐車場にバイクを停めようとするとこんなのが在りました。

 

 

 『廃食用油 回収所』

 

 各家庭で出た使用済みの食用油をペットボトルなどに入れ、こちらのボックスで回収してくれます。

 

 佐久市では『固めてポイ』 可燃物ゴミが増えますから、このシステム導入てくれないかな。

 

 『廃食用油』を燃料に走る車もあるから『一石二鳥』のシステムですよね。

 

 以前この車の後を走った事がありますけど、排ガスから漂う『天ぷら』の臭い!

 

 何か胸焼けしそうになりましたけど。

 

 『廃食用油』から石鹸を造っている障害者支援施設の『ねば塾』の助けになるのになぁ。

 

 佐久市議。ご考察を。

 

 

 バイクをそのままにして、『小諸城下町(正確には城上町)』を散策しますか。

 

 そういえばこの辺りに『島崎藤村』の住まいが在ったそうな。

 

 

 せめて冷たい水でも出ると良かったんですけど。

 

 『井戸端会議』と云う言葉が在りますけど、こんな所で案外小説が生まれたのかもしれませんね。

 

 『藤村』の小説『千曲川スケッチ』に出てくる『一膳めし屋・揚羽屋』(残念ながら廃業中)や、冬場、林檎のお風呂になる『中棚荘』も小諸に生活していたからこそですね。

 

 『岳・みんなの山』のコミック何巻か忘れましたけど、巻末のおまけ漫画に『蕎麦屋・草笛』や『中棚荘』が登場します。

 

 作者『石塚真一』さんも『小諸』に居たんですかね。

 

 そして『小諸』出身の漫画家と云えば何と云っても『小山田いく』さん。

 

 (弟さんも漫画家で『田上よしひさ』さん。『軽井沢シンドローム』の作者です。)

 

 二頭身の『春ボン』が主人公の『スクラップブック』作品に描かれる、『小諸坂の上』辺りから観る『日本アルプス』の情景や、当時『信越線』(現しなの鉄道)の車窓風景などの描写が特に好きでした。

 

 現在でも小諸市役所玄関に『スクラップブック』のカットシーンが看板に描かれています。

 

 小諸市営バスにもラッピングされ、現在も『御牧ケ原線』を走行しています。 

 

 『小山田いく』さんは残念ながら数年前に他界されました。

 

 ご冥福をお祈り申し上げます。

 

平和公園

 

 小諸市の『ハローワーク』と『スーパー・ツ〇ヤ』さんの間にちいさな公園が在ります。

 

 ブランコと広場、駐車場も無く、トイレが在るだけの小さな公園です。

 

 トイレを借りようと思い公園に足を踏み入れました。

 

 

 『追分節源流・小室節発祥の地』と在りますが『小室』?『小諸』じゃ無くて?

 

 これだけ大きな石碑になっているんですからと調べてみましたが(スマホで検索するだけですが)よく解りません。

 

 

 更にはこんなのも。 『落款』が読めない………

 

 『篤誠』意味は『真心のこもった誠実』

 

 この頃よく目にする『重篤患者』とかにも使われていますが『篤』一文字で『重い病気』を表すそうです。

 

 他にも『細やかに行き届く配慮』などの意味を持つ漢字です。

 

 

 広場は草ボーボー。まっ夏ですから。

 

 小さな子供が外に自由に出歩けない『コロナ渦』ですもん、致し方ないって事で。

 

 

 『平和公園』の意味は最深部に在りました。

 

 『戦争被害者』と『満州開拓団殉死者』の慰霊の為に建設され、後に公園になりました。

 

 合掌。

 

岩穴と丸石

 

 写真を撮っていたら聞こえてきた声。

 

 合戦の雄たけび、「えい、えい、お~」みたいに聞こえてきました。

 

 女性の声がリードを取って、又暫くしたら「お~」と云う大勢の声と拍手。

 

 恐る恐る声のする方へ歩いて行くと、『高齢者の集団』が体操してる広場に出ました。

 

 女性の方は『高齢者ホーム』の制服らしき服装で、胸に『介護施設職員証』らしきタグを着けていました。

 

 軽く挨拶すると「一緒にやりませんか」ですと。 (遠慮しておきます)

 

 近くの介護ホームから散歩がてら体を動かしに来ているそうです。

 

 『雄たけび』に聞こえたのはアクリル板でくぐもって聞こえたからなのかなぁ。

 

 広場のはずれにはこの神社の高台を形成する岩が覗いていました。

 

 

 『溶岩石』のようにも見えます。

 

 となればやっぱり『浅間山の流出物』ですかね。何となく赤く見えるし。

 

 石段を下り、バイクに戻ろうとすると『石灯篭』の所に丸い石が置かれていました。

 

 『パッ〇マン』を正面から見るとこんな感じ?

 

 

 こんな丸い形の石はよく神社に奉納されています。

 

 多分『甌穴石』 河川の急流などの一枚岩に出来る『甌穴』を形成した石か、穴に落ち込み磨かれた石か。

 

 でも表面が穴だらけですのでやはり『火山岩』みたくも見えますけど。

 

 あっ、私は別に地質とか勉強した事無いですから。

 

 間違っていてもノー・クレームでお願いします。

 

 この石灯篭の表面にしても『石鑿』の跡が覗えます。

 

 何時の時代の物か確認できませんでしたけど、当時の職人の苦労が偲ばれます。

 

飯綱神社

 

 『北信五岳』の一つ『飯綱山』に総本社を持つ『飯綱神社』が在りました。

 

 貯水湖の脇に神社の『幟立て用のポール』が見えました。

 

 今では金属製の『掲揚ポール』が立っており、一目で神社が在る事が知れます。

 

 消防団所属の頃は、神社のイベントの度に長くて重い木製の柱を立てていました。(それも朝早くから10人掛かりで)

 

 

 傍には『消防団詰め所』と『火の見櫓』が在ります。

 

 『火の見櫓』に登っても、半分は視界が遮られちゃってますけど。

 

 

 やっぱり『浅間溶岩石』通称『焼石』を使ってますので『赤っぽく』見えます。

 

 鳥居で一礼して石段を登って行くと。

 

 

 新調したてなのか『紅白』も鮮やかな『鈴緒』が下がっていました。

 

 『御幣』も真新しいですので、最近『虫祭』でもあったのかな?(因みにこちらを訪れたのは2020/6の事です。半年も前じゃん)

 

 気にななったのは屋根の上の『スピーカー』 防災用でしょうけど『火の見櫓』より断然高い位置に在るんですもん。

 

 そして石碑になっている『砲弾』 おそらくこの地で『出兵式』などが行われたんでしょう。

 

 そもそも『飯綱』とは『イタチ』の仲間で、ネズミなどを捕食する事から『五穀豊穣』に繋がるとか、『飯砂・いいずな』と書いて『食べられる砂』の事を云います。

 

 『砂が食べられる訳無い!』 ハイ、正確には地中に繁殖する『菌』の一種で『天狗のムギメシ』とも呼ばれる物です。

 

 飢饉に見舞われた時、『飯綱山』に住んでいた『天狗』がこの『飯砂=天狗のムギメシ』を困っている人に配ったと云われています。

 

 意外と『天狗のムギメシ』は各地で見られましたが、保護保存の為に採掘は一切禁止、実物を食べる事も、手にする事も出来なくなっています。(採掘は環境保護法違反で犯罪です)

 

 

 『アクリル板』に覆われて雨風からの保護対策もバッチリ。

 

 小振りながら威厳すら感じません?

 

 写真を撮っていたら人の声が聞こえてきました。ん?

 

 誰も居ないぞ? まさか………丁度時間となりました~。次回です。

 

天下泰平

 

 拝殿で参拝を済ませ、本殿はどうなっているのかと廻り込んでみます。

 

 一旦拝殿から下り、石垣に在る石段に足を踏み入れると。

 

 

 流石。財を成す人は考え方が違います。

 

 『天下泰平・国土安穏』ときたもんだ。

 

 自分の事だけ考えて『商売繁盛します様に』とか小っちゃい事は願ってません。

 

 『天下・国家』の事を願っています。(坂本龍馬みたい)

 

 後ろの『岩』がいかに『赤い』か良く解ります。

 

 

 岩の大きさがいかに大きいか。だってこの岩、浅間山から転がって来たんですよ。

 

 『Rolling Stone』いや『Rock』 (転がる石に戻って夢を食べて生きるさ)

 

 『鎌原観音堂』の土石流といい、この大岩といい、噴火爆発のパワー恐るべしです。

 

 

 御堂の北側は一部墓地となっています。

 

 あんまり人様の墓所にズカズカ踏み込む勇気は在りませんので写真だけ。

 

 

 池に一輪の『蓮』が咲いていました。

 

 池の水がもう少し綺麗ならなぁ。

 

 ♬ ど~ぶに落ちても 根のある奴は~ 何時かは『蜂巣』の花とぉ~成る

 

御堂

 

 『赤岩弁財天』の賽銭箱の脇には、手造り感満載の『リーフレット』が置いてあり誰でも持ち帰れるようになっています。(勿論お賽銭を入れてからね)

 

 

 詳しくはスマホで画面拡大して見て貰うとして、簡略に説明しますと。

 

 この『千曲川流域』の広大な平野には『浅間山噴火』に伴う『溶岩石』などがゴロゴロしていましたが、『池田家・初代』が開墾に成功。そのお礼にと『御堂』を建て『弁財天』を祀りました。境内には『幸運のシンボル』とされる『白蛇』も居たそうです。

 

 その後、江戸まで野菜を売りに行ける程の大盛況も『弁天様』や『白蛇』のお陰?

 

 木版画には噴煙たなびく『浅間山』や境内の様子が見て取れます。

 

 

 

 墨の消えかかった看板ですとか、左隅の『剥き出しの岩』に在る鳥居?(角度の関係で確認できませんでした)

 

 

 拝殿内には『初代・蒲清兵衛池田家重』の生誕を記する看板や『奉納額』、当時の扁額らしき物まで大切に保存されています。

 

 床や天井板こそ新しい物ですが『梁』に使われている太い木は当時の物でしょうか。

 

 

 『元禄』の年号が在ります。

 

 江戸時代にはこの『扁額』が掲げられていたであろう事が解ります。

 

弁天様

 

 『弁財天』 『弁天様』と呼ばれ、『宝船』に乗る『七福神』の紅一点。

 

 時に胸元あらわに『琵琶』をかき鳴らしている姿を想像しますが、中には手を8本持ち、それぞれに『武器』や『仏具』『宝珠』を持つ像も伝来しています。

 

 元々は『仏教の神様』で特に『水』(インダス川?)を司っていたそうです。

 

 日本に伝来してからも『水・海』との関係が強く、『水の湧く洞窟』や『湖』、『海辺』などに祀られています。

 

 今回の『日本三大〇〇』は『弁財天』

 

 『琵琶湖・竹生島宝巌寺』『鎌倉・江の島神社』『安芸・厳島大願寺』と云われています。

 

 『寺院』だったり『神社』だったり。罪な事です『神仏混淆』

 

 『鎌倉・銭洗い弁天』(洞窟の湧き水でお金を洗う所)は入って無かったんですね。

 

 『江の島弁財天』に行った時、『エスカー』で一気に山頂まで上り、『弁天様』そっちのけで海の見える『見晴茶屋』で『サザエ』つまみに飲んだ『beer』の美味い事!旨い事‼

 

 長野県人は只『海』が見えるだけで上機嫌です。

 

 晴れた日の昼下がり、蒼い海を進む舟なんか眺めながら『昼酒』 昼間に飲むなんて多分初めてかな、すっかり長居してしまい完全に酔っ払い。『岩屋洞窟』から戻ってくる頃にはすっかり夕暮れで、ロクに参拝出来なかった様な。

 

 賽銭箱が『茶巾袋』の形をしていたのと、真っ白な裸体の弁天様位しか覚えていません。

 

 まっ若かりし頃の思い出です。

 

 

 山号は『富向山』 いいですね。『商売繁盛』に持って来いです。

 

 『白い漆喰』と『赤』の調和が実に美しい。これも『紅白』を意味しているんですかね。

 

 

 大きな『赤岩』の上に乗る様子です。 近年手直しされたのかな?

 

 

 『鈴緒』が下がっていますので『神社』です。

 

 先ずは参拝から。

 

 正面に鎮座ましますのは

 

 

 『神刀』『宝珠』を持ち、頭部に『宇賀神・うがじん(頭が翁・身体が龍)』が見える『弁財天様』です。こちらもおそらく近年の物かな。

 

 拝殿の一番奥に鎮座し、『奥之院』へ続く階段下で『堅牢な柵』に囲まれています。(防犯上の配慮ですかね。)

 

 掃除の行き届いた感があり、毎日誰かが来て窓や入り口を開け閉めしているみたいです。

 

 すぐ近くを『新幹線』や『トラック街道』が在るとは思えない位静かな場所です。

 

24000年前

 

 『御神木』で充分パワーを頂いたので、本堂へと向かいます。

 

 

 石段の先、『赤い欄干』の御堂は大きな石の上に造られています。

 

 しかも石垣を成す『切り出された岩』までもが赤くない?

 

 

 大きな溶岩石です。その手前に立て札が。

 

 

 『国指定天然記念物』ですと。しかも何故か設置者は『前橋市教育委員会』

 

 お~い!『佐久市教育委員会』 負けてんぞ。

赤岩弁天堂

 

 佐久市の『浅間中学校』から西に向かって伸びている道路(県道44号線)は、こーちゃんがバイクの免許を習得し、暇さえあれば走り廻っていた頃(今から42年程前?)に開いた道路です。

 

 それまでは『浅間病院』から『塩名田』まで西へと延びる『旧中仙道(現県道144号線)』しか在りませんでした。

 

 この『赤岩弁天堂』周辺にも東西を結ぶ旧道は無かったはず。

 

 何故?こんな場所に?

 

 

 邪魔にならない所にバイクを停め、外から見ると。ムムム感じるぞ。

 

 

 参道脇には『溶岩石』の石灯篭が在ります。

 

 何となく『赤い」かな?

 

 

 境内に足を踏み入れる強烈に目に飛び込んでくる一本の大木。

 

 大木の中心部は『洞・うろ』になり、更には落雷を受け真っ黒に焦げている。

 

 にも拘わらず青葉を繁らせている。(支えが在りますけど)

 

 穴だらけの樹でも確かに生きています。

 

 注連縄が無くても『御神木』であろうことが覗えます。

 

 大木に耳を当て音を聞くのが好きです。

 

 樹皮はまだまだ艶々。凄い生命力です。

 

 そこにいて妙に落ち着く場所、心地よい場所。

 

 人それぞれ捉え方、感じ方は違うでしょうけど、私には間違いなく『パワースポット』です。

 

 余り根っこを踏んで痛めてしまっても良くないので、洞の中に入り込むのは止めておきましょうね。

 

赤岩

 

 佐久市に『赤岩』という交差点が在ります。

 

 通常交差点名は『地名』や『広く知れ渡っている通称名』などが多いです。

 

 て事は『赤』い『岩』がある筈。

 

 こういう変な疑問を持ったら即行動する所が偉いでしょ。只暇なだけか。

 

 

 こんな『ぶ〇り途中下車の旅』みたいに、『あれ何だ?』と思ったら即停車できる『バイク』が実に便利なんです。

 

 田んぼ中に『赤っぽい岩』がありました。

 

 しかも何やら『祠』らしきものまで在ります。

 

 周りには『生姜』が植えてあるので個人所有の畑?

 

 下手に踏み入って『瓜田に履を納れず李下に冠を正さず』じゃ無いですけどトラブルは避けたいところ。

 

 暫く写真を撮っていたら通りがかりの軽トラックから声が掛かりました。

 

 「欲しいなら好きなだけ持ってけ」 いや生姜は『チューブ入り』で間に合ってますし。

 

 そこで「赤岩の由来はこれですか」と尋ねると、近くに在る『弁財天』を教えてくれました。

 

 今まで赤岩交差点付近を何十回と通っていますけど、『弁財天』には気が付きませんでした。

 

 

 入り口に『白蛇』が掲げられています。

 

 あんまりヘビは好きじゃ無いんですけど………行ってみますか。

 

 

 因みにこの新章は2020/6の事です。

 

 世間では『新型コロナウイルス』の影響で越境禁止。

 

 天気な日の休みなので近所をぶらつきました。

 

 暫しお付き合い願います。

 

へリポート

 

 オフロードバイクは、よっぽどの事が無ければ簡単にUターン出来ますので、『行ける所まで行ってみよう!』 で結局何もない行き止まりが多いんですけど。

 

 『佐久名水』を後にして『高速道路・側道』を目指します。

 

 高速道路を走っていて気になっていた『八風山トンネル佐久側出口付近』の広い場所、『冬季チェーン規制』時の着脱場所だと思うんですけど、いかんせん『駄々っ広過ぎ』

 

 高速道路境界の『白いフェンス』沿いにトンネルに近づいて行くと。

 

 

 案の定、側道は『62.2kmポスト』(藤岡ジャンクションを起点です)の辺りで行き止まりでした。

 

 上り車線に見えるあの建物も気になりますよね。

 

 

 万が一、高速道路上で非常事態が起きた時、緊急車両の進入路にもなるのでしょう、しっかりと施錠されています。しかもご丁寧に『有刺鉄線』まで。刑務所じゃ無いんだから。(先日『アルカトラズからの脱出』観たばかりなもんで。)

 

 『ハリウッド映画』とか『西部警察』なら車が体当たりして開けてしまうでしょうけど。

 

 

 見づらいですけど中央辺りに『ヘリポートマーク』が在ります。

 

 〇の中に”H” (変換できませんでした)

 

 側道脇の『コンクリート擁壁』に『ステップ』が取り付けてありました。

 

 これを昇れば写真に収まるかも。

 

 

 物好きなもんで登ってみます。(何とかと煙は上りたがるらしいです。)

 

 こんな『ステップ』が『6スパン』程ありまして、上りきったら………

 

 何にもない普通の山の中です。眺望も良くないし。

 

 おそらく『崩落防止・コンクリート擁壁』の点検作業用です。

 

 で途中から眺めた景色が

 

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佐久市名水

 

 『安養寺』を後に、香坂地区を抜け、ず~っと気になっていた場所へ。

 

 googlemapを見れば解りますが、高速の高架を潜った先に『佐久市名水』と在ります。

 

 この道を何度か走ってますけどそんな看板あったかな?

 

 で今回改めて、確認の意味も込めて訪れてみました。

 

 バイクで走る時は必ずペットボトルの『お茶』を持っていますけど、よっぽどの山道を長時間走るんでなければ『飲料自販機』は簡単に見つけられます。

 

 飲み終えたペットボトルも『ゴミ箱ポイ』なんかしません。どこかで『湧き水』と遭遇するかもしれませんから。

 

 

 道路沿いに『塩ビ管』がにょっきり。そこから『水』が流れ出ています。

 

 民家の進入路のすぐ脇に在り、看板も無ければ『飲料可否』も書かれていません。

 

 辛うじてチェーンで繋がれた『黄色いコップ』で『飲料可』でだろうと想像できます。

 

 水は冷たく、癖の無い『ミネラルウォーター』みたいです。

 

 タオルを絞り、顔をぬぐってひと心地。(ヘルメットの中は結構蒸れるんです)

 

 更に山間部目指していきますと『メガソーラーシステム』が見えて来ます。

 

 山林を切り出し、露呈した地面に『発電用ソーラーパネル』を設置して在ります。

 

 それもかなりの広範囲。この山も次の山も。えっまだまだ………

 

 周辺道路を走っていると、敷地から流出したであろう『赤土』が『U字溝』を詰まらせ、道路に『泥水の水溜まり』が出来ています。

 

 車やバイクにこびり付くと取れないアレね。

 

 森林部に降った雨は枝葉や下草をクッションにして地面に浸み込みます。

 

 やがては地下水となり『湧き水』や『温泉』に利用されます。

 

 しかし『広大な面積』の『ソーラーパネル』に降り注ぐ雨は一気に流れを成し、土壌をえぐり、流れ出た枯葉や泥土は『U字講』を詰まらせます。

 

 また想定外の流れは『谷間』を形成し、今まであった『沢』以外の山肌を流れ、場合によっては『ダム』と化し、最悪『鉄砲水』の原因にもなります。

 

 2019の台風19号では、この予期せぬ水の流れが『土石流』と成り佐久地域に『大災害』を引き起こしました。

 

 後日災害河川の上流を訪れると、山肌が『大木』ごとごっそりと削り取られている場面に遭遇しました。

 

 『アスファルト舗装』すら崩落してしまってしいます。

 

 中にはまだ復旧していない箇所も残されています。

 

 

 施設脇で写真を撮ろうと思いましたが『監視カメラ』がこちらを睨んでいましたので止めときます。

 

 『Co2排出量削減』に『ソーラー発電』は有効だとは思いますが、多くの施設では『雨対策・排水溝』までは設置されていません。

 

 数年前に起きた『鬼怒川堤防決壊』も『メガソーラーパネル』に降った雨が、堤防の一部に影響を与えたのではないかとも発表されました。

 

 何事も無ければいいのですが………何か事が起きても無責任な企業が多くて。

 

 (個人的感想ですのでクレームは無しでお願いします。)

 

安養寺partⅡ

 

 石段を登るとやっと庭を通り抜けて『本堂』です。

 

 先ずは両手を合わせまして。

 

 

 いつも思うんですけど、こんな山間部の山寺に、かくも『密な彫刻』が施されています。

 

 『宮大工』さんの底力。恐るべしです。

 

 あれ? 本堂の写真が無い………まっ良くある事です。

 

 

 山の迫る本堂脇に在りました。『獣害駆除仕掛け罠』 鉄材が細いので『イノシシ用』かな?

 

 仏教では『無益な殺生』は禁止です。 まっ仕方ないのかな。

 

 

 本堂の扉は閉ざされており、御本尊を拝む事は出来ませんでした。

 

 長野県指定県宝がこんなに沢山あるんです。見てみたいなぁ。

 

 

 庫裏に向かうと『屏風絵』が在りました。

 

 声を掛けましたが返事が在りません。よって此処まで。

 

 帰りは石段を歩くと『膝』が痛くなりそうなので遠回りして車道を歩きます。

 

 駐車場にも休憩所にも人の気配が在りませんでした。

 

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安養寺

 

 佐久市の名物に『安養寺味噌ラーメン』が在ります。

 

 市内の至る『ラーメン店』で食べられます。

 

 『佐久市・安原』の『安養寺』で考案されたから『安養寺味噌』

 

 一寸塩の効いた味噌で、『ラーメンスープ』によく合います。

 

 玉屋の『しなの路佐久のくるみ餅・味噌味』にもブレンドされています。

 

 混ぜないとかなり塩味が濃いんだよね。

 

 

 石垣手前の『地蔵幢・じぞうとう』には『安養禅利』と刻まれています。

 

 『禅利』ってなんだろ?

 

 

 叢した参道(まっ初夏ですから)に薄っすらと踏み跡が在ります。

 

 廻り込むように車道があって、奥の駐車場へと続いていますので態々此処から歩く物好きは少ないのかも。(勿論私は『物好き』です)

 

 

 山号は『突林山』と在ります。

 

 山門の丸窓の中には仁王様が居ると思うんですが、下半分が戸板で覆われ、ズームしても解りません。

 

 階上へと上がる階段には『関係者以外立ち入り禁止』とありますので勝手に確認しに行く訳にもいきません。

 

 『芥川龍之介・羅生門』なら衣類を剥ぎ取る『剥ぎ取り婆』が住んでいるんですけどこちらに人の気配は在りません。

 

 一礼して潜り、石段を上ります。

 

 

 やっぱり人の通行は少ないみたいです。

 

 枯れ落ちた『小枝や杉の葉』が溜まっていて歩きにくい………まっお寺も忙しいんでしょう。

 

 右側に見える下段の石垣は『野面積み』 上段は『切り込接・きりこみはぎ』と時代の違いが覗えます。

 

 さてヨッコラショと石段を昇って………次回です。

 

安原大塚古墳

 

 『豊昇』地区をウロウロしていたら窓越しにこちらをジィ~ッと覗っている人が。

 

 ひょっとして不審者と思われている?

 

 そそくさとバイクを出発させます。

 

 

 『安原大塚古墳』 標柱の一番上には『あのマーク』(シールが剥がれかかってますよ~)

 

 

 東に向かうと『香坂』経由で群馬県。

 

 西に向かうと『伊勢林』経由で岩村田宿。

 

 

 佐久市には結構『古墳』が在ります。

 

 こんもりとした盛り土の地下に『大きな岩』で囲われた『石室』が在るのが普通です。

 

 『仁徳天皇陵』などにみられる『前方後円墳』(鍵穴みたいに見えるアレです)と比べればその規模たるや比べ物にはなりませんです。

 

 でも『佐久』の地において、労力の必要な古墳を造れた人はどんな感じの人だったんですかね。

 

 権力者? お金持ち? 他人に尊敬されていた?

 

 ロマンです。

 

 でもお墓ですので『合掌』が先ですね。

 

豊昇神社

 

 豊昇地区へ上る一本道沿いに『豊昇神社』は在ります。

 

 鳥居手前の『太鼓橋』は自然石の丸みを生かしています。

 

 更に『保存木二号 サワラ』と書かれた標柱の一番上の部分。

 

 アルファベットのYを3つ重ねたようなマークは『文化庁・文化財愛護マーク』です。

 

 大概の国・県・市町村指定の文化財にマークが付いてます。

 

 って事は、修理・修復に関しては『文化庁』の管轄?(税金で)

 

 

 詳しく読みたい方はスマホでピッチアウトして下さい。

 

 室町時代初頭に『熊野三山』を勧進したそうです。

 

 にしても『神様』の多い事! 一体『何柱』御座いますやら。

 

 『煮にぎの尊』とあるのは『邇邇芸命』? 

 

 『天孫降臨』し、『木花之佐久夜毘売・このはなのさくやひめ』と結婚した神様。

 

 『初代天皇・神武天皇』のお父さんです

 

 

 狭い境内ですけど、一度にお詣りできてとってもお得!

 

豊昇

 

 トンネル脇の『案内看板』を見て行ってみようか~となったのは、素敵な名前を見つけたから。

 

 整備された道をバイクで駆け上がっていくと、先ず最初が『円通寺』 

 

 円(¥)に通じる(流通)んですよ。ありがたや~。

 

 え~。写真在りません。時々私のデジカメはデータがぶっ壊れます。

 

 で『豊昇集落』 豊かに昇るんですよ。 何となく右肩上がりを想像しません?

 

 

 『成穏寺』 穏やかに成る。

 

 しかも山号が『田月山』何となく『田毎の月』を連想しなせん?

 

 裏山に廻り込むと。

 

 

 そこで見つけた景色がこちら

 

 

 佐久から見る浅間の『前掛山』は何処から観ても美しいです。

 

 もうじきこの山肌が白くなります。冬将軍の到来です。

 

梨子沢

 

 『信濃追分駅』から県下有数の心霊スポットと云われている『軽井沢大橋』を渡り、『湯川』の左岸へ。

 

 くねくねと走り、トンネルを越えた所で何やら発見です。

 

 

 何?この信仰の里みたいなの。

 

 『寺院』『神社・社』のみならず『石像・石仏』山岳信仰までがずら~りと並んでます。

 

 無いのは『滝』位でしょうか。

 

 そりゃあ行くっかないでしょう。

 

 

 なかなか歴史を感じさせてくれますけど、何故この様な行き止まりの山の中(失礼)に?

 

 まさか『平家の落人村』?

 

 バイクを停めて散策開始です。

 

 

 パワースポットとなりそうな枝垂桜の古木が在りました。

 

 

 四角く空いた『穴』は古銭の証拠。

 

 何時頃の物か解りませんけど緑青の浮かんでいる硬貨と一緒に何やらイワクありげな石に乗っていました。

 

 この『石』も何? 苔むしていて時代の流れが感じられます。

 

 まだまだ続きます。

 

中仙道・名所巡り

 

 『中仙道資料館』の周りは、中仙道各宿の名所を模しています。

 

 一周5分も在れば中仙道69次を旅した気になれるんです。しかもタダ。

 

 

 駐車場には数台停められます。

 

 

 『木曽のかけはし』って、こんな崖っぷちに架けた歩道だったんですね。

 

 

 関ヶ原もホンの一跨ぎ。

 

 

 あんまりネタばらししちゃうと『行かなくてもいいや』ってなっちゃうので興味ある方是非とも資料館を訪れてみてくださいな。

 

 でも『信濃追分宿』と云えばやっぱり

 

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中仙道〇〇次

 

 江戸時代、幕府の整備した『東海道』『中仙道』『日光街道』『甲州街道』『奥州街道』を併せて『五街道』と呼びます。

 

 他にも『脇街道』と呼ばれた『川越街道』『中原街道』『北国街道』『日光街道』『水戸街道』などが在ります。

 

 『〇〇街道』と呼ばれなくても『〇〇道』と呼ばれた主要幹線道路には『東山道』『山陽道』『伊勢路』『伊那路』などなど。

 

 何故『江戸幕府』が『街道整備』や『宿場整備』を要したのか?

 

 江戸幕府発令『武家諸法度』は各地の『大名』(親藩・譜代・外様など様々)の財力を削ぐために『参勤交代』を課したからです。(『武家諸法度』なんて中学校以来かな。)

 

 加賀百万石の『加賀藩大名・前田家』は『殿様』を筆頭に家臣約二千人の大行列だったそうです。

 

 全長数キロにも及ぶ行列に出くわしちまった一般庶民は道路脇に土下座して、行列の通り過ぎるのを待たなければならない決まりです。

 

 その為、『大名行列』が通る前には『高札所』などに『御触書』が書かれたそうです。

 

 『農作業中』だろうが『大雨』だろうが、一度土下座したら通り過ぎるまで立つことは『御法度』場合によっては『無礼討ち』で一刀両断です。

 

 但し、唯一土下座免除の職種が在りました。

 

 その職業とは?  答えは一番後で。

  

 

 『国道18号線』と『浅間サンライン』の交差点『浅間サンライン入り口』付近に看板が出ています。

 

 信号待ちで止まらないと見落とすかも。『浅間サンライン』と反対側に曲がると更に左に折れる細い道が在ります。

 

 

 駐車場から芝生を歩いた所に在る白い建物は『中仙道資料館』とです。

 

 残念ながら『新型コロナウイルス』の影響なのか休館でした。

 

 

 資料館はシャッターが降りていましたが庭の散策は自由です。

 

 次回『中仙道69次』疑似体験です。

 

 『大名行列』に対して唯一『素通り』を許されていたのは『飛脚』でした。

 

 その辺り、映画『超高速!参勤交代』に詳しいです。(リターンズだったかな?)

 

シャーロックホームズ

 

 『信濃追分・分去れ』で時代を感じているその脇に『シャーロックホームズ像』の案内が立っていました。

 

 ロンドン・ベーカー街の『シャーロックホームズ』の像が何故此の地に?

 

 取り敢えず案内に従って行ってみますと。

 

 公園の一角、奥まった場所に金色の像が立っていました。

 

 

 『ロンドン・ベーカー街』と何か繋がりでもあるのかな?などと考えながら近づくと説明書きが在りました。

 

 

 推理小説を読みまくっていたのは小学校5.6年の頃。(中学校からは柔道部に属していたので、練習終わって家に帰れば『メシ・風呂・寝る』で本は読まなくなっちゃった。故に勉強もした覚え無い!)

 

 当時よく読んだのが『十五少年漂流記』や『宝島』、『江戸川乱歩』や『星新一』 意外と文学少年でしょ。

 で看板によりますと、翻訳家の『延原謙』さんがこの地に住んでたんですと。

 

 ふ~んそうなんだ。としか言いようがないです。

 

 毎月大事件の起きる(時に殺人事件も)『米花町』に住む『江戸川コナン』とその仲間達。

 

 物凄い『研究開発』していながらも世間からは余り見向きもされない『アガサ博士』や、女子空手日本一の実力者『毛利ラン』 まっ漫画の世界ですから。

 

 TV放送された映画版『名探偵コナン』結構観ると面白かったです。

 

 そういえば数年前に封切られた『実写版シャーロックホームズ』は観ていないなぁ。

 

 Gyao! にでもアップされたら観てみようかな。

 

 

追分

 

 道路・街道がふたつに分かれる所を『追分』と云います。

 

 日本全国で一体幾つ在る事やら。

 

 多分日本で一番知名度の高い『追分』が『信濃追分』です。(個人的感想です)

 

 

 国道18号線群馬県側からを走って来ると必ずこの前を通るんですが、なんせ交通量の多い道路です。脇見なんぞしようものなら危ないですもんね。

 

 

 何故此の地が有名かと云いますと。

 

 今から40年近く前、男性兄弟ディユオ『狩人』のヒットソングに『コスモス街道』があります。(知っている人は同世代以上)

 

 その歌詞の一節

 

 バスを降りれば カラマツ林 日除けの降りた 白いレストラン

 

     中略

 

 右は 越後へ行く北の道  左は木曽まで行く 中仙道  続いてる コスモスの道が

 

 『北の道=北国街道』と『中仙道』の分岐点だったんです。

 

 ただし周辺に『バス停』は無いですし、『白いレストラン』は離れています。

 

 残念ながら『コスモス』が咲いているのは一部分だけ。

 

 夢も素っ気も無い結末ですが。

 

 

 

 すぐ傍らを大型トラックがビュンビュンすり抜ける現代。

 

 一体いつ頃からこの石像は佇んでいるのでしょうか。

 

 

 優しい顔の石像も見守ってくれています。

 

 『観世音菩薩』だと思うんですけど、『キリシタン』ぽくも見えません?

 

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ぬくめ

 

 漢字で書くと『温め』です。

 

 田植え後の田んぼに水を入れる時、『苗』に直接冷たい水が当たらない様に水路を幾重にも折り返し、太陽光で少しでも水を温めてから取り入れようとする構造です。

 

 標高600㍍を越えている『佐久』地方では、春、『雪解け水』主体の河川・用水の水温は低すぎますので、考え出された『苦肉の策』が『ぬくめ』です。

 

 

 位置的には『エクシ〇軽井沢』の南側、別荘やペンション、『洒落たレストラン』などが点在する静かな雰囲気の一角に『千ヶ滝湯川用水温水路』は在ります。

 

 別荘族の人達の散歩コースにもなっているみたいで、ご夫婦仲良く歩いているのを良く見かけます。

 

 川幅は広いのですが水深は数センチと浅く、底の黒いコンクリートで太陽熱を吸収し水を温めています。

 

 

 温水路を抜け、流れ出た水量は実はこの程度。

 

 これより下流の田んぼに流れ込む用水です。

 

 

 当然『水鳥』の集まる環境にもなります。

 

 『鴨』の他にも『オシドリ』なども見受けられます。

 

 『オシドリ夫婦』と云えば、一生を添い遂げられる中の良い夫婦の例えとされますが、実際はそうとばかり言えないそうです。

 

 個体識別しているわけではなく、『ジオグラフィック』だったか『ネーチャー』だったかによれば『毎年違う相手』とも報告されていました。

 

 人間ぐらいなものですよ。『オシドリの夫婦』は。

 

 中には『偽りのオシドリ』もいますけどね。

 

薬師堂と観音像

 

 更に旧中仙道を当てもなく追分方面へと走っていると、浅間山の噴火溶岩でしょうか大きな『溶岩石』が見えました。

 

 

 奥の溶岩石の上には『観音像』が立っています。

 

 バイクを停め、入り口らしき所から入ってみると。

 

 

 参道の雑草が刈られゴミ一つ落ちていません。

 

 きっと毎日訪れている人がいるのでしょう。

 

 

 入り口近くの溶岩石は自然に開いたのかぽっかりと穴が開き、格子戸が取り付けられていました。

 

 その穴の奥には何やらお札らしきものも見えます。

 

 にしても『基石』と銘板が彫られたこの『溶岩石』、よく見ると上に乗っている岩は二つに割れ、微妙なバランスを保っています。

 

 そして祠の様にぽっかり空いた『穴』

 

 子宝祈願の象徴にも見えなくないです。

 

 

 佐久から移住した『満蒙開拓団』は、『第二次大戦開戦』と共に命からがら引き揚げてきたました。

 

 しかし以前住んでいた場所には居場所が無く、追分周辺の未開拓の地を自ら開拓し『沢庵漬け』などで生計を立てていました。

 

 『佐久穂・大日向地区』に住んでいた『満蒙開拓団』が引き上げてきて『追分エリア』に『大日向』を造り上げました。

 

 しかし終戦後の時代の流れと共に生活は困窮、そんな時『西軽井沢高原温泉ホテル』が開業し、雇用拡大にに大いに貢献いたしました。(と書いて在るっぽいんですけど)

 

 余り知られていませんけど『国道18号線』と『しなの鉄道』に挟まれた西軽井沢エリアには、『ペンション』や『別荘』『企業保養所』や『大学の所有地』などが多いんです。

 

 『北軽〇沢』程寒くなく、生活圏としても常住可です。

 

 『軽〇沢』は夏、道路は混むし、物価はお高い。

 

 皆さん。お勧めは『西軽井沢』です。(宣伝しても私個人に何のメリットも無いですけど)

 

大山神社

 

 普段滅多に部外者なんぞが通らないであろう旧道の、更に裏道なんぞをブラブラして居ようものなら、『不審者』でも見るように遠くからこちらを覗ってっる人がいたりします。

 

 必ずヘルメットを取って、『カメラ撮影が趣味なんです』感を醸し出しながら歩いてますけど。

 

 『旧中仙道・小田井宿~追分宿』の道の途中に鳥居が在りました。

 

 

 丸太を組み合わせただけの『神明系鳥居』には扁額も在りません。

 

 はてさてどんな『神様』をお祀りしていますやら。

 

 

 拝殿にも扁額は在りません。

 

 編み込まれた『注連縄』と大屋根の合わせ目に飾る『懸魚・げぎょ』がシンプルながら味わい深いです。

 

 参拝しましたけど神様は?

 

 

 傍らの『絵馬掛け』に真新しい『絵馬』が沢山奉納されています。

 

 この『絵馬』に書かれているのが『山ノ神神社』 でも社務所とか見当たらないんですけど、何処で領布してるのかな。

 

 

 摂社として『大山神社』が祀られていました。

 

 『大山神社』に関しては『広島県・尾道』『神奈川県・伊勢原』など諸派在るみたいです。

 

 落語『大山詣り』に出てくる『大山』は、江戸から現国道246号線伝いに走る『大山街道』を通って神奈川県・伊勢原まで続いています。

 

 落語では、町内旅行で『大山詣で』の最中のいざこざから、家で留守番している嫁さん連中が頭を丸坊主にされてしまいます。

 

 落ちは「お怪我(毛が)無くって御めでたい」 ってやつ聞いた事無い?

 

 手を合わせまして。今後もバイクでこけたりしません様に。

 

 

旧中仙道・小田井宿・長倉神社

 

 道路がどんどん整備され、旧道脇にバイパスが出来ると、生活圏以外でわざわざ旧道を通る人は少ない筈です。

 

 車で見知らぬ地に入っても、駐車できる場所が無いとなかなかゆっくり散策など出来ません。

 

 その点バイクは便利。トコトコ走って何かを見つけたら取り敢えず停車します。

 

 旧中仙道を小田井宿でフラフラ走っていたらこんもりした森を発見です。

 

 大体『欅』の大木などが密集している場所は何かが在ります。

 

 

 鳥居の脇のスペースにバイクを停め、ヘルメットを取ると轟轟と水音が響いてました。

 

 『滝?』 音のする方へ歩いて行ったら用水の『U字溝』でした。

 

 赤い『躑躅の花』が落ちているこの時、2020/5末の事です。(半年も前じゃん)

 

 

 拝殿の扁額には『長倉神社・諏訪神社』と併記されています。

 

 『注連縄』の掲げられている正面、透かし彫りや『木鼻の龍』見事です。

 

 鳥害除けの『金網』が興ざめですけど致し方ないですかね。

 

 

 『本殿』と『拝殿』を保護する為の大屋根や鎧壁、障子って珍しくないですか?

 

 実はこの神社、佐久地区の冬の風物詩で必ずニュースに取り上げられます。(地方版ですけど)

 

 

 この大きな『藁馬』を引き廻ししながら各家々を廻ります。

 

 子供が引くのは小さな『藁馬』です。

 

 『神馬舎』に奉納されていますので興味ある方『小田井宿』までどうぞ。

 

田中隊長~

 

 まだまだ『横根・救世尊』ですので付いて来てね。

 

 『諏訪神社』境内から登って来たのは、『救世尊』の建物の後ろ側。

 

 正面に廻ってみて驚いた。

 

 

 石段の上から見下ろした参道です。

 

 倒木が完全に石段を遮っています。

 

 まるで『立ち入るべからず』と示唆しているかの様です。

 

 でも登って来ちゃったし。

 

 『寺院』なら、入り口に何らかの石碑とか無いかと思い、この倒木の下を這いつくばって通りました。

 

 『神社』ならば『鳥居』がある筈です。(でも『鈴緒』も無かったし)

 

 

 石段の下から見上げるの図。

 

 『観音様』らしき石像が見えます。

 

 辺りを見廻すと。

 

 

 ぽっかりと横穴が開いています。いかにも人工的な『石の天蓋』

 

 『古墳?』

 

 でも入り口の高さ×横幅が各30㎝程しかない。

 

 すぐ行き止まりになるようにも見えるんだけど、まさか頭から入れないし。

 

 そうだ『田中隊長~出番ですよ』ってTV番組に毒されているかな。

 

 『救世尊』すら解らないのに、余り深入りするのも良くないだろうと今回は此処まで。

 

救世尊 境内

 

 『救世尊』とは何ぞや?

 

 ググってもヒットしませんでした。

 

 『世尊偈・せぞんげ』という経文までは辿り着いたのですけど。

 

 そもそも『神社?』『寺院?』

 

 『横根・諏訪神社』から登ったのですが、各所にお地蔵様が在る所から『寺院』みたいです。

 

 扁額を撮影した後、建物も撮っている筈なんですけど、写真が行方不明?

 

 (私のデジカメ、時々不思議な事が起こるんです。)

 

 

 こちらの『多宝塔』と『お地蔵様』は普通ですけど、あれ?

 

 

 明治政府発令の『廃仏毀釈』により、日本各地でこのように『仏像』が壊されてしまいました。

 

 チョット長くなりますので、興味無い人は飛ばしてください。

 

 日本は元来『イザナギノミコト』が『淡路島』を造って以来の『神道』の国です。

 

 『神の子孫』が人間となり『神武天皇』に成りました。(日本書紀より)

 

 5世紀初頭、朝鮮半島は『高句麗』『百済』『新羅』の三国に分かれていましたが『高句麗』と『百済』の間で戦争が勃発。難を逃れ多くの朝鮮民族が日本に渡りました。

 

 この時中国経由の『仏教』が、『道教』や『儒教』と共に日本に伝播します。

 

 様々な解釈がまかり通る中、平安時代に『遣唐使』が中国に渡り『正しい仏教』を持ち帰ります。(遣唐使=最澄・自費留学生=空海)

 

 最澄は『延暦寺』を創建し『天台宗』開祖と成ります。

 

 空海は日本各地を巡礼し『高野山』に『金剛峰寺』を建て『真言宗』の開祖と成ります。

 

 その後『鎌倉時代』に『延暦寺』で仏教を会得した人により『浄土宗=法然』『浄土真宗=親鸞』『曹洞宗=道元』『臨済宗=栄西』『日蓮宗=日蓮』などが生まれます。

 

 『神道』が皇族・武家などに保護される反面、庶民の間には『仏教』の教えが浸透していきます。

 

 『神道の神々』の中に『仏教の神』との同一性を見い出し、長い間『神仏混載・しんぶつこんさい』が起こります。

 

 明治時代初期、『神仏分離令』が発令され、『廃仏毀釈』により心無い『仏像破壊』などが行われました。

 

 現在『神社』は『神社庁』の管轄、『お寺』は『文化庁』の管轄となっています。

 

 しかしこの時完全に分離した訳では無く、『お寺なのに稲荷=豊川稲荷』『神社なのに三重塔=新海三社神社』などが残されています。

 

 因みにこの『神社に三重塔』日本に九社あるそうです。

 

 その一つが『佐久市・新海三社神社』

 

 更にその近くには、日本に二つしかない五稜郭『佐久市・龍岡城』が在ります。

 

 『ぴんころ地蔵』参拝の折は是非とも足を延ばしてみてね。

 

 『旧中込小学校』は日本最古の『西洋式建築学校』とされています。

 

 あ~長かった。

 

 

 更には自然に倒壊したのかこんな大きなものまで。

 

 一種異様な雰囲気です。 続く。

 

救世尊

 

 人っ子独りいない境内をウロウロ。

 

 おっ。この花(草?)知ってる。

 

 『蝮草・マムシグサ』です。

 

 

 説明は難しいので各自ウイキペディア参照の事。

 

 晩秋になると、赤く毒々しい、逆さまになった『ヘビイチゴ』状の実をつけます。

 

 サトイモ科の『雌雄異体』の植物です。

 

 こーちゃんはこのストライプ模様が美しいと思うのだけれど………毒性が強いので触れない様に。

 

 根っこには特に猛毒が在ります。

 

 戦時中毒抜きをして食用にしたらしいですが止めた方が無難です。

 

 

 境内に在った木の根っこですけど、『犬』?『豚』? に似てません?

 

 色々ある境内を散策していたら、高台の上にも建物が在りました。

 

 

 この『祠』を廻り込むように踏み跡が続いています。

 

 勿論行ってみると。

 

 高台に見える『社』に廻り込むように上り坂が続いています。

 

 社の軒下に在った額には『救世尊』とのみ読み取れます。

 

 市の後が擦れてしまっていて………

 

 スマホで検索するも良く解らん。

 

 

 次回も『救世尊』周辺です。

 

横根・諏訪神社

 

 入り口の脇に在った『佐藤春夫』の文字に、ひょっとしてこの辺りに疎開していたのかもと考えながら鳥居を潜ると、すぐ目に入って来たのが『明治37.38年 戦従紀年』と書かれた石碑。

 

 明治37年は『日露戦争開戦』の年です。

 

 明治27年に勃発した『日清戦争』に勝利した日本は、『満州』を統治しその勢力を拡大していきました。

 

 日本の繁栄に脅威を感じた『ロシア』は対抗すべく圧力を掛けます。

 

 当時世界一の海軍と称する『バルチック艦隊』を日本に向け開戦『日露戦争』が始まりました。

 

 この時代の流れ、『山本周五郎』ファンのこーちゃん、『坂の上の雲』なんぞで読みました。

 

 

 『諏訪神社』とありますけど何か雰囲気が重いんです。

 

 境内には『児童公園』なんぞも在りますが『壊れたブランコ』や草生した広場が寂しげです。

 

 きっと以前は子供たちの遊び場として、かくれんぼや野球なんぞで歓声が聞こえていたんでしょうけど。

 

 『二の鳥居』を潜ると本殿ですが、違和感の正体が分かりました。

 

 

 左右に対を成す石柱の上には、大砲の『砲弾』を模した物が乗っています。

 

 『戦勝祈願』を祈念し、又『出兵式』などが行われた場所なんでしょう。

 

 その場所に『戦争疎開』(第二次大戦)で『佐藤春夫』さんが来ていたんですね。

 

 

 社務所と拝殿を繋ぐ橋のアーチが美しいのですがどうにも『武』と云う言葉が『諏訪神社』に似つかわしくありません。

 

 『寅さん映画』の『帝釈天』にも登場するアーチ橋。

 

 人が潜れるようにする為と、雨水が溜まらないなどの意味が有るみたいです。

 

 石柱の『〇武維揚』『萬〇維懐』 (〇の文字がよく解らない?)

 

 でも何とな~く『戦争』を感じてしまします。

 

横根

 

 突然ですが問題です。

 

 ①次の漢字の読み仮名は 『磊庵』

 

 ②「あはれ秋風よ 情あらば伝えてよ」で始まる詩の題名は?

 

 ①② に共通する人物の名前は?

 

 

 『佐久市・平根地区』から旧道を『横根』に入ります。

 

 集落の中ほどまで進むと右手にこんもりとした森が見えて来ます。

 

 石段の上に鳥居が建ち『諏訪神社』と在ります。

 

 バイクを停めふと脇を見ると

 

 

 『佐藤春夫』の名前が在りました。

 

 『サンマの唄』の作者で在る事くらいしか知りませんけど、此の地に疎開していたんですね。

 

 そういえば佐久インターそばの『仙緑湖』に『佐藤春夫のレリーフ』を見たような気が。

 

 実際に住んでいたのは『横根』だったそうです。

 

  あはれ 秋風よ こころあらば伝えてよ 

 

  今日の夕餉に独り 秋刀魚をくらいて 思いに耽る と。

 

  そが上に 青き蜜柑の汁を滴らせて 喰うは その男の故郷の習いなり。

 

          中略

  

  秋刀魚 秋刀魚。 秋刀魚苦いかしょっぱいか。

 

  そが上に 熱き涙を滴らせ 喰うは いずこの里の習いぞや。

 

 『いずこの里』とは『佐久市・横根』の事なんですか?

 

 前回『東京オリンピックの年』に亡くなられたんですね。

 

 帰りに『ブック〇フ』にでも寄って行こうかな。

 

 

 いつもの様に『鳥居』を潜って………いきなり『石碑』に『五芒星』が見えるんですけど。

 

 しかも『石板』には『明治37・38年 戦従紀年』と在ります。

 

 何やら きな臭いぞ。

 

 ①らいあん ②秋刀魚の唄 ③佐藤春夫 でした。

 

 次回へと続きます。

 

大井城partⅡ

 

 まだまだ『大井城』編です。

 

 大ケヤキが守るようにして沢山の祠や石碑、墓標が並んでいます。

 

 

 中には不思議な形の『天然石』も在りました。

 

 『注連縄』が巻かれ『御幣』が下がっています。=『神様』と云う事ですかね。

 

 

 そして『石垣』に残る『石のみ』の跡。

 

 昔の人の技術力の高さが覗えます。

 

 

 悲しいかなこのお城も『侵略』を受け、滅んでしまいました。

 

 戦に敗れ亡くなった方のご冥福をお祈りします。

 

 一本横道に『鳥居』が見えました。

 

 『擁壁』と『石段』に時代の差を感じます。

 

大井城

 

 佐久市『岩村田』交差点から『平尾』方面へ曲がって暫く行くと『湯川』に向かって下り込みます。

 

 の手前。左手の河岸段丘の高台に『大井城跡』が在ります。

 

 こお『大井城』は室町時代頃までこの地を統治していた『大井氏』の居城でした。

 

 

 設置されていた案内を読むと、他にも『石並城』『黒岩城』と『王城』を併せて『大井城』と呼ぶそうです。

 

 確かに『湯川』の河岸段丘と、田圃の低地が造り出した段差は『天然要塞』の感を出しています。

 

 県道側から急坂の舗装路を上ると城跡は公園になっていました。

 

 

 公園の奥に『大木』が聳えています。行ってみると。

 

 

 祠や墓碑が並んでいました。きっと統治していた『大井氏』を偲んでの事でしょう。

 

 長野県では結構『大木』が『県指定天然記念物』に認定されています。

 

 

 柵と生垣に囲まれ、更には石段まで築かれています。

 

 聖域でしょうから、遠くからそっと手を合わせます。

 

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御嶽神社

 

 今から半世紀も前、国道141号線は『山梨県・韮崎』を起点に『野辺山』を通り、『小海町』~『臼田町』ときて『野沢十二町』の大ケヤキで右折、(直進は国道142号線)『野沢橋』~『中込』~『佐久市役所・西側』を通って『岩村田』へ。

 

 『通称・佐久甲州街道』と呼ばれていました。

 

 『岩村田・相生町』から『現・こども未来館』の脇を通って『小諸』方面へと抜け、『国道18号線』で終点でした。

 

 現在は『佐久平駅』の脇を通っている道が『国道141号線バイパス』です。

 

 国道と云うからには『補修費用』などには『国税』が使われます。

 

 『佐久市役所』の東側を通る『片側2車線』の道が『一般国道141号線』です。

 

 新しく『バイパス』が出来て国道に格上げされると『旧国道』は県道などに格下げされます。

 

 確か『バイパス』と『一般国道』の二路線までは国道として認められていて、『管理・補修』は国が行います。

 

 昔『佐久市立浅間病院』へ行くのに、この岩村田の信号の無い交差点から『小海線』を渡って行きました。

 

 現在『佐久市立浅間病院』前の道が『旧中仙道』です。

 

 現在は『塩名田線』と呼ばれる県道154号線の事ですが、知らない人も多いのかも。

 

 

 踏切を渡ると住宅地を抜け『岩村田高校』の南側に出るのですが、空き地を避けるように道路はカーブを描いて迂回します。

 

 この迂回している場所に建つのが『御嶽神社』です。

 

 神社なのに鳥居が無く、『御嶽神社』と書かれた石柱と小さな『御社』他に石碑が並んでいて、何だか近寄りがたいイメージが在りましたが今回立ち寄ってみました。

 

 

 鳥居が無いんじゃなくて、根元から折れていたんですね。

 

 更に夏草も伸び放題。参道すら人の踏み跡が残っていません。

 

 この『境内』と『石碑』の間を中仙道が通っていて、昔の旅人は木陰に休んだのかも知れません。う~んロマン。

 

 

 『月神尊』『庚申塚』『妙見尊』(なんと北極星を神格化した神様です)

 

 

 『保食神社』(保食・うけもちのかみを祀っている神社です)

 

 石の祠は?

 

 この『鳥居』から真っ直ぐ続く御社が『御嶽神社』

 

 『御嶽神社』には『おんたけじんじゃ』と『みたけじんじゃ』の二通りの読み方が在り、『木曽・御嶽山』に由来する山岳信仰が『おんたけ』 東京・青梅の神社は『みたけ』

 

 我らが郷土力士『御嶽海』は『みたけ』

 

 もし噴火災害が無かったら『おんたけさん』になっていたかも。

 

 『御嶽神社・おんたけ』は割と日本全土に散らばっているみたいです。

 

 山岳信仰では他によく聞くのが『白山神社』『浅間神社』

 

 『立山』や『出羽三山』など『山』そのものが修験道者の修行の場で在ったりもします。

 

 『八ヶ岳・蓼科山』にも山頂には『蓼科神社・本宮』が祀られていますけど、登山しなきゃ参拝出来ないです。

 

 元気なうちに登っとこ。

 

 PS 頑張れ~『御嶽海』 夕方、店番しながらの唯一の楽しみなんだから!

 

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愛宕神社

 

 この章は2020/5の事です。

 

 新型コロナウイルスの影響で『越境自粛』 近場をバイクでぶらつき憂さ晴らしします。

 

 『佐久市・石神・杜宮司神社』で石柱の文字を検索し、スマホを見ながら拝殿へ。

 

 改めて『お賽銭』を取り出し参拝………ン?

 

 

 天井から『とっくり』がぶら下がっています。

 

 よく『とっくり蜂の巣』と誤解されていますけど、これは『コガタスズメバチの巣』です。(間違ってるかもしれませんので自分で確認してね)

 

 『トックリバチ』は『ドロハチの仲間』です。滅多に他人を攻撃しませんが、片や『コガタスズメバチ』は縄張り意識が強く近くを人が通るだけで『偵察部隊』が飛来します。

 

 まぁ、刺激しなければ刺されることは少ないですけど。(以前、刺されました。メチャクチャ痛いです。刺激してないのにサ。)

 

 で参拝そこそこにバイクへ戻ります。

 

 

 国道141号線、滑津川に架かる『中込大橋』を『佐久郵便局』方向へ登って行きます。

 

 『千曲川と滑津川』の造り出した『河岸段丘』の段差を『中込大橋』で一気に駆け上ると左手に鳥居が見えます。

 

 きっと見かけた人も多い筈。でもわざわざ行く人も居ないかな。

 

 空き地の一角(多分分譲地の売れ残り?)に『鳥居』と『祠』が在りました。

 

 新緑の美しい『ヒバの木』でしょうか参道を造っています。

 

 で鳥居を潜って『参拝』と思ったら、こーちゃんのもう一つの『苦手』が居ます。

 

 『スズメバチ』と双璧を成す苦手な生き物『女郎蜘蛛』です。

 

 子供の頃平気で掴んだりしてましたけど、首筋を咬まれてから大っ嫌い!

 

 首筋に痛みを感じ、思わず叩き潰してしまいました。潰れた蜘蛛がシャツにベットリ………

 

 チョット違ってれば『スパイダーマン』に成れたかも知れないのにねぇ。

 

 棒切れなんぞで蜘蛛の巣ごと払いのけてもいいんですけど、万が一『カンダタ』にならないとも限らない。

 

 その時は『お釈迦様』、是非太めのロープでお願いします。

 

 で無用な殺生を避けまして。次。

 

杜宮司神社

 

 佐久市の千曲川沿いに『東京電力』の『第一調整池』が在ります。

 

 『湖』の無い『佐久市』(あっ『仙禄湖』や『美笹湖』があるか)にとって、この『東京電力第一調整池』=『貯水湖』は『野鳥』や『水鳥』の集まる貴重な水場になっています。

 

 近くの『河岸段丘』には『チョウゲンポウ』の営巣も確認されています。

 

 『沢蟹』の生息地も近くにるんですよ。

 

 住所は『佐久市 石神』 『杜宮司神社』が在ります。

 

 

 鳥居の奥に見える小さ目な『御社』とその手前の『拝殿』(神事用)だけですが、境内の石柱に驚きました。

 

 

 鳥居の手前に、頭頂部の欠けた石柱ですが『嘉永』としたら1850年頃の物です。

 

 『ペリー来航』が『嘉永六年』です。

 

 年号『文化』は1804年~。(年号はgoogle調べ)

 

 

 

 で、石灯篭には『文政』の文字。(1814~)

 

 『文化・文政』の頃。江戸時代も末期に近づき、江戸庶民の暮らしにも余裕が出てきます。

 

 そこで発達するのが『十返舎一九・東海道中膝栗毛』などの滑稽本や『小林一茶』などの『俳句』

 

 『葛飾北斎』や『歌川広重』などの『絵師・版画』

 

 『蘭学』として『杉田玄白』や『平賀源内』などなど。

 

 時代劇好きな爺ちゃんのお陰で、子供の頃観たTVは『時代劇ばっか』

 

 でも嫌いじゃ無かったですよ『水戸黄門』とか『一心太助』

 

 『黄門様一行』の歩く砂利道に写り込む『ガードレール』とか『車の轍』

 

 ぼかした遠景に見える『送電線の鉄塔』とか『ペンキで塗られた橋』なんぞの『粗探し』する『嫌なガキ』でしたねぇ。

 

 『杜宮司神社』の建立年は定かではありませんが、その後の『幕末~明治維新』の激動の時代を見守っていたんですもんね。

 

八幡神社の諏訪神社

 

 『旧中仙道・八幡宿』現在でも古い街並みが残っています、

 

 それも『保存エリア』みたいな人工的なもので無く、人の生活が見える古さ(失礼)です。

 

 『八幡様』を祀るから『八幡神社』なのか、『八幡宿』に在る『諏訪神社』から『八幡神社』と呼ばれる様になったのか、『八幡神社』の摂社として『諏訪神社』が在るのか?

 

 誰も居なかったので聞くに聞けなかったです。

 

 

 おろ?今度は『諏訪神社』の正面写真が見当たらない。

 

 グーグルの『フォト』が勝手に順番入れ替えてる? まさか『暴走❕』

 

 

 『諏訪神社・本殿』の彫刻が素晴らしいです。

 

 『脇屏風』の『透かし彫り』や『組木』毎に飾られている『鼻木』は『獏・龍・蛇・獅子』と様々です。

 

 しかも『ゴテゴテ塗られてない』のが実に素朴です。