おたっちゅうの碑

 

 婆ちゃんは「おたっちゅうの松」(おたっちう?)と云っていたが在るのは生い茂った竹藪。

 

 その中に大きな石碑が建っていた。

 

 

 聞いてみたくても人がいない。いや気配すらしない。

 

 後で調べてみて解った事は、『真田館・さなだやかた』(上田城に居城する前の真田氏拠点、現在の『御屋敷公園』)が出来る前、真田城跡(松尾城跡)を中心にした町が形成されていた。その一角に『十輪寺』と云う寺が在り、その門前に一本の松の大木が在った。その松を『おたっちうの松』と呼んでいたらしい。

 

 なぜ『おたっちう』なのかは不明。尊敬の意味を込めた丁寧語の『お』に、立っている『たっちう』の方言?(『竜馬』の話す土佐弁じゃないだろうけどサ)

 

 

 樹齢四百年、高さ11m、幹回り4.8m。

 

 大正十五年、十林寺の青年団により建てられたものらしい事が読み取れます。

 

 

 でも残念ながら桜の木と竹藪はあれど、『松』は無かったです。

 

 しかも藪の裏手は急峻な坂。此処にお寺を建てられるスペースが無いんですけど。

 

 『十輪寺』は上田城築城時に移築されたらしいのですが、検索しても『真田~上田』に『十輪寺』そのものがヒットしません。日本各地に在るのにね。

 

 こーちゃん唯一苦手なのが『スズメバチ』(一回刺されてますんでアナフィラキシーショックになる可能性大)と『蜘蛛の巣』。

 

 藪漕ぎしていて顔に『へばりつく』蜘蛛の巣だけはカンベンです。

 

 この日はまだ『蜘蛛の巣』のシーズンじゃ無いからいいですけど。

 

 この奥に入り込むのは止めときましょうね。

 

 実は全て見張られていて、何処からともなく『毒の塗られた吹き矢』が………

 

 なんて事は無かったですけど。

 

おたっちう

 

 『真田氏本城』を歩いていて見つけた『おたっちう』を探して『縁切り地蔵』を発見。

 

 『病気・貧乏神』との『縁切り』をお地蔵さんに願掛けしまして、戻ろうと後ろを振り向いたら『お婆さん』が手押し車を手にしながらじ~っとこっちを見ていました。

 

 えっ? 集落では誰一人とも逢わず、更には『TV』や『エンジン音』などおよそ生活音がしなかったので背後に人がいた事にビックリ。

 

 さては『気配』を消して近づいた? 『忍』?

 

 などと漫画的演出が一瞬頭をよぎりましたが、怪しまれない様ににっこり笑いながら

 

 「おたっちうを探しています。此処がそうですか?」

 

 「縁切り地蔵って書いてあんだろうが」

 

 「どこにあるか知ってます」

 

 「下の道曲がって暫く登ると看板がある」

 

 「おたっちうって何ですか」

 

 「ホントはおたっちゅうって云うけど知らん。石碑が在るから行ってみろ」

 

 手押し車に仕込んだ『刀』でも出されたらたまらんと身構えていましたが、そっけない返事の後、すたすたと歩いて行ってしまいました。いや『手押し車』でも要らんでしょ。

 

 きっと『お頭』に「どんくさそうなので問題なし」とでも報告しているのかも。

 

 正直『忍者もの』大好きです。

 

 『カムイ』に始まり『南総里見八犬伝』『真田十勇士』『あすか』から子供と観た『忍たま乱太郎』最近ではパチスロ『バジリスク』などなど。

 

 日本各地に『忍者の里』と呼ばれる地が在ります。

 

 超有名どころでは『伊賀』と『甲賀』、長野県では『戸隠』『真田』

 

 その他各地の有力武将は、敵対する武将に対して『諜報活動』をさせるべく『忍者』を養成。奥深い山里などに『忍者養成所』を秘密裏に建設し、並外れた能力・体力を身に着けさせた。(ハイ。漫画の読みすぎですね)

 

 『武田信玄』曰く。『人は堀 人は石垣 人は城』

 

 『武田信玄』は強固な『お城』を築城せず『躑躅ヶ崎城』に暮らしていたが、周囲を取り巻く『田畑』で従事していた者は全て『忍者』並みに鍛え抜かれた者であった。

 

 『よそ者』が『躑躅ヶ崎城』に近づこうものなら一挙手一投足見張られ、不穏な動きをしようものなら日ごろから研ぎ澄まされた『鎌』でバッサリ。(ハイ漫画の読みすぎです)

 

 このブログは脱線がかなり多いです。悪しからず。

 

 

 『googlemap』がやっと認めた『おたっちう(婆ちゃん曰くおたっちゅう)』の登り口をようやく発見です。

 

 この辺りの地名を『十林寺(旧表記十輪寺)』と云いまして、以前は『十輪寺』と云うお寺が在ったそうです。

 

 日の当たる斜面に無造作に石像が置かれていました。

 

 

 朴訥な彫りは素人が彫ったものでしょうか、しっかり手を繋いでいます。

 

 道教由来の『庚申塚』なども見受けられます。(こう云う処が良く解らん)

 

 さて民家の物置脇を通って。

 

 

真田の里

 

 『平成の大合併』によって『上田市』に編入されましたが『真田』大好きです。

 

 余りにも身近過ぎてゆっくり廻るなんて事、しなかったですけど。

 

 『池波正太郎著・真田太平記』や『真田十勇士』更には『猿飛佐助』なんぞで知っている方も多い筈。

 

 数年前の大河ドラマ『真田丸』でブームになり、上田市内と共に『観光協会』が頑張ってます。

 

 『真田十勇士』はモデルとなった人物を元に創作された話ですが、『猿飛佐助』が修行した『岩場』とか、滝行をした『滝』と云われている場所が在ります。(創作話なのにねぇ)

 

 

 昔、『小諸市』と『菅平』を結ぶ『菅平有料道路』(現在無料化)が在り、『真田の里』を貫いています。

 

 この道(現真田東部線)を走っていて『小さな公園』を見つけました。

 

 桜の木の下に何やら大きな岩が。『兜岩』と在ります。

 

 よ~く見ると『顔』が見えてきません?

 

 確かに『顔』が見えると『兜』を着けているようにも見えます。

 

 比叡山の『僧兵』が頭巾を被っているように見える(武蔵坊弁慶参照)のは私だけ?

 

 この『兜岩』は『真田の七つ石』に数えられているそうです。

 

 

 となれば残る六つも探してみたくなるのが人情。

 

 でも手掛かり無いんです。これは足で探さなければ。

 

 『旗見石』はすぐ見つかるのですが残りは………まっぶらぶらしてれば見つかるかも。

 

 

 『十林寺(旧表記・十輪寺)』の細い道を下ると『縁切り地蔵』と在ります。

 

 そりゃぁ行きますよ。好奇心旺盛ですもん。

 

 

 すっくと立ったお地蔵様の下、子供のお地蔵さん?

 

 お顔立ちが風化してますので、かなり歴史のあるものでしょうか。

 

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十二丁目界隈

 

 佐久平の向こうに『八ヶ岳連峰』を眺めながらお湯を沸かしてコーヒータイム。

 

 バイクツーリングでは相変わらず『コールマン社・ピークワン』をシュポシュポ、ポンピングさせながら使ってますが、(40年間使用してますがポンピングパッキンの交換のみ)現在は『SOTO』もどき中国製コンパクトバーナーを使ってます。

 

 だって100均のカセットボンベが1本あれば2~3日使用可。

 

 しかも超コンパクト。

 

 コンロ+バーナーで1㍑のペットボトル位の大きさ。

 

 リュック(ディパック?ちゃんちゃら可笑しい言い方です事)の中は水1㍑のペットボトルとバーナー。ドリップコーヒーとカップ麺。余裕のパッキングです。

 

 

 こんな山の上に『石積み』があります。

 

 昔この上には『閼伽流城』が在り、展望の利くこの見晴らし台は『見張り台』兼『狼煙台』として使用されていたのかも知れません。

 

 この斜面を登っていくと閼伽流山山頂へ廻り込めるんですけど、コーヒータイムを取りすぎたら面倒くさくなっちゃって。

 

 まっ今日の処はこんなもんかな。

 

 

 山道進むとこんな『オブジェ』の如き枯れ木が在ったりします。

 

 ※採取禁止ですからね。

 

 

 観音堂の基礎となる石垣。堆積岩が剥離したものでしょうけどその昔、人力で積み上げた?

 

 

 何時の時代の物でしょうか、岩の割れ目にひっそりとたたずむ石像。

 

 とてもじゃ無いけど、普通の人じゃたどり着けない場所です。

 

 帰り道にもう一度『観音様』に合掌しまして、さて帰りますか。

 

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観音堂から更に

 

 『閼伽流山観音堂』到着。

 

 って言う程の山歩きでも無いんですけどね。

 

 『縁の下』に動物が住み着かない様に金網が張られています。

 

 『軒下』に金網が張られていないのがせめての救いです。

 

 鳥除や蝙蝠除け(主にフン害防止ですけど)の為、文化財保護の観点からは致し方無いですけど興ざめするんですよね。

 

 で近年建て替えられたであろう『閼伽流山観音堂』軒下対策もばっちりな造りです。

 

 『観音様』に手を合わせまして。

 

 裏に廻り込むと、岩の間を縫うように急峻な登路があります。

 

 晴れているのに『ぬかるみ』があったりして滑りますので注意。

 

 更に30分程登ると『閼伽流山山頂』ですが、樹木に囲まれ眺望も無し。故に今回は分岐を右。

 

 秋から積もったままの落ち葉は所々で深く積もっており、足元を気にしながらの登山です。

 

 

 『十二丁目』の碑の向こうに屋根付きの展望台が在ります。

 

 この展望台。

 

 

 天井部分に『菊の御紋』付き。

 

 近くにもうひとつ石碑があります。

 

 

 皇室御用達の景色です。

 

閼伽流山観音堂

 

 ようやく建築物が見えてきます。

 

 『鐘撞堂』

 

 

 なんて、かなりの山登りっぽく書いてますけど、地元小学生が遠足で来たり、初詣に登ってくる処です。

 

 健脚家でなくても30分も歩けば到着。

 

 でも何時『熊さん』と出会うとも限らないから『熊除け』はあった方がいいです。

 

 よく『ラジオ』とか言いますけど、山の中では電波が届かなかったりします。

 

 こーちゃん100均のオモチャ、『火薬鉄砲』派です。

 

 『熊除けベル』は普段から『ガランガラン』ウルサイ、五月蠅い!

 

 せめて『ウグイスの鳴き声』や『小川のせせらぎ』聞きたいじゃ無いですか。

 

 見通しの悪い森の中などを歩く時のみ『ベル』を取り出します。

 

 

 この『鐘撞堂』から『岩壁沿い』に数々の石像が並んでいるのですが、台風の影響で岩肌が緩み、崩落の危険も在る為、現在『立入禁止』です。

 

 

 『十丁目』到着。で遠くから『石像群』に手を合わせまして。 

 

 すぐ並びに『社務所』兼『接待所』がありますが、普段は無人です。

 

 

 軒下には各『丁目』の『歌詞』が奉納されていました。

 

 ん?『十一丁目』

 

 『富士山』などでは『合目』で山頂までの残り距離を大まかに示しますが、此処は一丁(108㍍)歩きました。の表示なので『十二丁目』まで表示されています。

 

 なんだ高々1300㍍しか歩いてないのか。

 

 ついつい写真でごまかしてますんで容量が一杯です。

 

 又削除。暫しお待ちください。

 

閼伽流山城趾登山口

 

 前回は『明泉寺』の駐車場から林道『四丁目』まででUP容量がいっぱいになってしまい、古いブログを削除した所まで。

 

 続きです。

 

 

 林道脇の林(自然林みたいだから森?)の中にはこのような『千手観音』などが所々に建っています。

 

 にしても誰が?

 

 

 こんな『歌碑』も目につきます。誰が何の為?

 

 

 尾根まで登りきると『七丁目』 遠くに『北アルプスの白壁』が望めます。

 

 此処まで来れば道はほぼ平ら。

 

 

 この道から更に登り込むようにして『閼伽流城趾登山口』があるんですけど、人の踏み跡は少ない感じ。まっ帰り路で体力余ってたらって事にして先を急ぎます。

 

 気が付きました? お城のあと=『城跡・城址』が普通ですが『城趾』と書かれていました。

 

 『城址』の『址』の字が常用外漢字に指定されたため『城跡』の文字が使われるようになったみたいです。

 

 でも『城趾?』 漢字検索アプリで探しました。 常用外ですと。

 

 因みに『蹟』も常用外。

 

 以前、東京に暮らしていた時、京王線『聖蹟桜ヶ丘』から都内に通ってましたけど、定期券購入申し込み用紙に記入するのが大変でした。

 

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閼伽流山

 

 『明泉寺』から続く林道(ゲートで封鎖中)を歩き始めます。

 

 一町(一丁≒108㍍)毎に石碑が建っており、所々に石像や短歌の歌碑も。

 

 

 林道の両脇の藪と化した中にそれらは点在しています。

 

 

 『千手観世音』と在ったり。

 

 

 四丁目は『歌碑』になっています。

 

 奥之院の建築資材を送る為の林道でしょうか、平らな歩き易い道をゆるゆると登っていきます。(登りって程の坂じゃないですけど)

 

 

 『南朝』と在ります。日本で『南北朝時代』と云えば『後醍醐天皇』位しか思い出せないのでウィキペディア参照。

 

 行政は『鎌倉幕府』の末期の時代、天皇家(朝廷)では『後継者争い』が勃発。

 

 挙句『南朝』率いる『後醍醐天皇』が『北朝』を下し、兄弟げんかに終止符を打った。

 

 (※あくまで個人の見解です。間違ってたらスミマセン)

 

 その『後醍醐天皇』の『忠臣』、『香坂高宗』の功績を称えた『碑』があります。

 

 (写真で容量使いすぎました。削除してきますので次回です。)

 

明泉寺

 

 『香坂』から細い旧道(バス通りです)を戻ってきて、『明泉寺』へ続く細い山道へ登り込みます。

 

 通常は『明泉寺』住職ご一家の生活道路ですが、『明泉寺』にお墓を持つ人などが石段を登らずに済むよう駐車場が用意されています。

 

 

 山寺特有の長い石段と古刹『明泉寺』あまり詳しい事は分かりません。

 

 今回の目的地は更に林道を進んだ奥に在るのですが、林道はゲートで閉鎖されており、車を『明泉寺』駐車場に停めさせて頂きました。

 

 先ずは『明泉寺・御本尊』に手を合わせてと思ったら本堂の扉は閉ざされたまま。

 

 仕方なく『合掌』のみに済ませ、いざ『閼伽流山』へ。

 

 『上信越道路』を長野から群馬へ向かう時、『佐久平SA』を過ぎた辺りから上り坂になり、10本ものトンネルが続くようになります。

 

 その中でも長いトンネルが『閼伽流山トンネル』

 

 そう『明泉寺』の裏山は修行僧が修行の場とした『閼伽流山』の岸壁が聳え立っています。

 

 『サンスクリット語』で『清らかな水の湧き出る』を意味するらしく、山頂付近は晴れていても泥濘(ぬかるみ)が在る不思議な場所です。

 

 車に戻り、水とおにぎりをリュックに詰めて、いざ出発。(という程の山じゃ無いんですけどね)

 

佐久市香坂

 

 佐久市の北東部に『香坂』という場所があります。

 

 『香る坂』 なかなか素敵な名前です。

 

 『香坂』には『香坂ダム』が在るのですがいつ行っても人の気配が無く、『ダムカード』が在るのかも分かりません。

 

 この山の中に昔、『モトクロスコース』が在り、免許証を修得したばかりの頃はよく通いました。

 

 何十年振りかに訪ねてみたら、『マレットゴルフ場』が出来ていました。

 

 ロッカーに『ボール』や『スティック』が置かれており、誰でも気軽に遊べるようになっていました。

 

 今回も行ってみようと思ったのですが台風の影響で道が荒れていて断念。

 

 軽トラックなら行けそうですけど、無理する事も無いか。

 

 引き返して旧道をトコトコ走っていて見つけたのが

 

 

 『如意輪観音』 石碑には『如意輪大士』と在りますが、石で囲われた石室の中に祀られているのは『夫婦道祖神』です。

 

 どれが『如意輪観音』?

 

 

 桜の老木は、関所の無い裏街道を抜けてきた人達を、温かく見守っていたと思います。

 

 又、裏街道故に『山賊』などの『不逞の輩』が出没し、様々な悪事が行われたのかも知れません。

 

 『如意輪大士』や右から2柱目の『円形』などは機械彫り?

 

 『百万遍供養』と彫られた石柱は、『石のみ』と『金槌』だけで彫られた『手掘り文字』の温かみが伝わってきます。

 

 小林亞聖さん扮する『寺内貫太郎一家』好きだったなぁ。

 

健康パピリオンとミュージアム

 

 広域農道を挟んで西側、『本社社屋』や『社是』が在るエリア。

 

 まだまだ面白いものがあります。

 

 『社是』の鎮座する『憩いの広場』の先には『そば処・栃ノ木』

 

 さっき小腹を満たしたばかりなので今回はパス。

 

 階段を上った建物は『ミュージアム』 入り口に嬉しい『無料』の文字を発見し、中に吸い込まれて驚いた。

 

 『野村陽子・植物細密画』ですと。

 

 写真撮影禁止エリアなので検索してね。

 

 字が上手な人。羨ましいです。

 

 絵が上手い人。尊敬します。

 

 細密画。神業ですね。

 

 思わず画集を手に取りましたが、財布は車の中。ポケットの小銭では足りませんでした。

 

 いやぁ~ いい目の保養になった。

 

 続いて健康パピリオンへ。

 

 此処では理想的な食事のサンプルや、各種測定器を使用した健康診断&体力測定&年齢診断。(一部有料ですが無料測定だけでも充分楽しめました)

 

 体重98㌔のこーちゃん。あるコーナーでドキッとしました。

 

 

 シリコン製の模造品ですけど、お腹周りに一体何㌔くっついているやら。

 

 確かに1ポンド(450g)のステーキ肉で考えれば2枚とチョット。

 

 昔、1ポンドステーキ×2枚 ライス×2皿 スープ×2カップ サラダ×2皿 を30分以内で食べきれば タダ‼ というのに挑戦して見事クリアした事あります。

 

 流石に今では30分は無理。 でも時間かければ食べることは出来るかも。

 

 この『脂肪』を見ていたら、これから脂身は控えなきゃと思いました。

 

 駐車場に戻る途中で沢山の人が並んでいました。何だろうなと?

 

 皆さん大型ペットボトルを持ち込んで水を汲んでいます。

 

 『湧き水』ファンですので並んででも飲んでみます。

 

 良くも悪くも普通の湧き水。ミネラルウォーターを飲んでいるような感じです。

 

 ミネラルウォーター。今夜は『芋焼酎の水割り』に焼き鳥ですかね。 

 

 もう『脂身』の事忘れてるし。

 

伊那食品工業株式会社

 

 『かんてんぱぱ』でつとに有名な『伊那食品工業株式会社』

 

 本社前の駐車場にはさぞ役員用の高級外車がズラ~リかと思いきや、あれ普通の車ばかり。

 

 いや地下に重役専用駐車場とか在るのかも知れませんけど。

 

 『寒天』は海藻の『天草』から造ります。

 

 海藻ですから海辺が有利な筈、なのに『長野』の山の中ですよ。

 

 輸送費だって馬鹿にならない。

 

 『諏訪』周辺では冬の冷え込みを利用して『棒寒天』を造ります。

 

 造り方は至って簡単。『天草』を洗って水で煮出し、型に入れて冷ますと『心太・ところてん』が出来ます。これを寒気に晒して凍らせます。

 

 『フリーズドライ』のはしりですね。

 

 昨今は冷え込みが緩く、上質の寒天を造るのが大変だとか。

 

 『かんてんぱぱガーデン』の隣には『肥料プラント』が在り、上質の肥料をお手頃価格で購入できます。

 

 実はこの『肥料』煮出した後の海藻を利用して作られています。

 

 その『肥料』を使って『フラワーガーデン』の草花を育てています。

 

 (写真無いからストリートビュー参照)

 

 

 『玉屋商店』で育てている花は『朝顔』と『サボテン』(小学生でも咲かせるっての) 肥料もやった事無いなぁ。

 

 

 ペット連れで散策してた人がお店に入る時、ペットを繋ぐ為の柱。

 

 マットが敷いてあり、近くに水も在ります。

 

 こんな所に『気配り』があふれていますね。

 

 もう一度『気配りのすすめ 鈴木健治著』読もうかな。

 

かんてんぱぱ

 

 スーパーの製菓材料、もしくは調味料コーナーの並びなどで必ず見たことある筈です。

 

 『かんてんぱぱ』 寒天から造られたお菓子造りのモトみたいなもの。

 

 寒天ゼリー(寒天は海藻から造られ、ゼリー=ゼラチンは動物由来)とは何ぞや?

 

 子供でもやけどの心配なくゼリータイプのお菓子が造れる『かんてんぱぱ』

 

 『ぱぱ』って? 

 

 詳しく知りたい人『かんてんぱぱ』で検索。

 

 

 

 広域農道を挟んで東西に広い敷地を持つ『伊那食品工業株式会社』

 

 いつもは『かんてんぱぱショップ』のある東側に車を停め、買い物と花を見ておしまい。でしたけど今回は西側本社前に車を停めました。

 

 現 トヨタ自動車代表取締役社長『豊田章男』氏。

 

 『最も尊敬する経営者は』の問いかけに答えて曰く

 

 『伊那食品工業株式会社 代表取締役社長 塚越英弘』さんの名を挙げています。

 

 現最高顧問の『塚越 寛』さんの提唱した『いい会社をつくりましょう』を実践しています。

 

 『いい会社をつくりましょう』

 

 え~っ 検索ですね。

 

 

 『そば処 栃の木』の近くに『社是』の書かれたモニュメントが在りました。

 

 

 こーちゃん『気は優しくて力持ち』と云われてますけど、『たくましく』………

 

 そーいえば昔、ハムを分厚く切って焼きながら「腕白でもいい。逞しく育って欲しい」と云うCMが在ったの覚えてます?

 

 『腕白』=『逞しい』なら、こーちゃん充分に逞しいかも。

 

 

 遠きをはかる者は富み 近くをはかる者は貧す。

 それ遠きをはかる者は 百年の為に杉苗を植う。

 まして春撒きてて秋に実る物においてをや。故に富有なり。

 近くをはかる者は 春植えて秋実る物をも尚遠しとして植えず。

 唯 眼前の利に迷うて 蒔かずして取り

 植えずして刈り取る事のみ 目につく。故に貧窮す。

 

 『二宮尊徳翁』の言葉より。

 

宮田宿

 

 『こまゆきロード』とはよくぞ名付けたもので、『駒ケ岳山系』の真っ白な雪が青い空に良く映えます。

 

 しかも『伊那街道』の『宮田宿・本陣』が残されており、隣接の『ふれあい広場』や『野球場』と共に、憩いの場となっています。

 

 

 江戸時代の『五街道』程には、参勤交代の要所では無かったのかも知れません。でも『本陣』に指定されています。

 

 

 だそうです。(読んでね)

 

 まぁ、コーヒータイムで立ち寄っただけなもんでさっさと次行きます。

 

 伊那西広域農道を戻ります。

 

 

 で次の目的地が長野県民なら誰もが知っている『かんてんぱぱ』

 

 正式名称を『伊那食品工業株式会社』と云いまして、『子供向け寒天デザート』のTV番組をなぞを放送しています。

 

 とある日の経済欄に在った記事です。

 

 『貴方の尊敬する経営者は誰か』の質問に答えた『日本を代表する有名企業の経営者』の多くは、『ビル・〇イツ』や『スティーブ・〇ョブズ』ではなく『伊那食品工業株式会社代表取締役社長 塚越英弘』さんの名前を挙げていた。

 

 詳しくは『ステークホルダーメディア・ぐるり』=『企業一覧』=『伊那食品工業』を読んで貰うとして。

 

 この記事を読んだが為に、今回の『伊那訪問』となりました。

 

 ページの都合で此処まで。以下次回です。

 

こまゆきロード

 

 伊那西部広域農道を南下しまして、やって来ました『こまゆきロード』

 

 この界隈が又、実に面白い。

 

 なんてったって知る人ぞ知る『マルス信州蒸留所・マルスウイスキー工場』が在ります。

 

 運転していったから試飲は出来ないですけど。

 

 『マルス』の親会社は『本坊酒造』です。

 

 簡単に説明しますと、鹿児島の焼酎メーカーです。

 

 美味しいワインも造りたい!=山梨に『ワイナリー』を造ります。

 

 美味しいウイスキーも造るか!で長野に『蒸留所』を造ります。

 

 実は結構口にしてるかもしれませんよ。

 

 ※この辺りから撮影データが壊れています。何で?

 

 その後向かった『太田切川』の清流や、架かる『吊り橋』も写真が在りません。

 

 『こまゆきロード』を終点まで行けば『宝剣岳』登山口に続く『駒ケ岳ロープウエイ』、でも今回は此処まで。温泉に入る予定がありますので。

 

 戻ってきて『北川製菓直売所』でドーナツなんぞを買い込み、駐車場の片隅に在った『駒ケ岳水系の湧き水』を汲みます。

 

 ここからデータ復活!

 

 

 ペットボトルに汲みまして。

 

 近くの公園に向かいます。

 

 

 『千畳敷』に続く木曽山系の残雪が白く光っています。

 

 湧き水でコーヒーを淹れ、ドーナツでお食事。

 

 う~ん。違いの分かる男。

 

大芝公園

 

 今回は『大芝公園』です。

 

 『伊北インター』から『伊那西部広域農道』をひたすら走ると案内があります。

 

 この広域農道は信号も少なく、『伊那』まで行くのに高速使わなくても時間的に大差在りません。

 

 しかも『経ヶ岳』の眺めが良く、この道を走るのが好きです。

 

 

 『大芝湖』を中心に、陸上競技場、野球場、キャンプ場、テニスコート、マレットゴルフ場、隣接して温泉まで在ります。

 

 宿泊施設や売店、レストランもありますのでかなりマルチパーパスに使えます。

 

 

 カップルで鐘を鳴らして永遠の愛を誓う。

 

 色んな所で見かけるようになりました。

 

 しかも

 

 

 鏡面加工に仕上げられたステンレスの脚に吊るされた鐘の胴体部には

 

 『恋人岬』って読めます。

 

 『岬』無いじゃん。どっから流用した?

 

 いいんです。お二人が幸せになれば。

 

 試しに鳴らしてみたら、結構大きな音にビックリ。

 

 近くの湖面から水鳥が一斉に飛び立ったくらいです。

 

 

 そうか『まっくん』は大芝高原のキャラクターだったんですね。

 

 『松ぼっくり』の妖精らしいです。

 

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蚯蚓の碑

 

 長野県下各地に『夫婦道祖神』が在ります。

 

 有名所は別所・野川の道祖神。

 

 

 『十二単衣』の衣装の女性と『戴冠』の男性。

 

 さぞや位のある方?

 

 

 こちらは『春日温泉・温泉神社』の夫婦道祖神。

 

 向かって右側の男性の手が女性の胸元へ………。

 

 しかも男性の股間は………⁈

 

 気を取り直して和田宿です。

 

 

 向かって右側、『巾子』の立っている『冠』を被っています。

 

 しかも服の前には『杓』を持っています。

 

 時代が時代なら『お公家様』ですよ。

 

 残念ながら手を繋げないのね。

 

 

 ラミネート加工がひび割れちゃってますが、この辺り昔は『蚯蚓』と呼ばれていた?

 

 まぁ実物の『おきん様』がいたら、世界中からTV局が集中するでしょうけど。

 

 今じゃ15㎝のミミズも見なくなりました。

 

三千僧接待

 

 更に『旧中仙道・和田宿』をウロウロしていると

 

 『三千僧接待之碑』なるモノを発見。

 

 

 菜の花に埋もれて石碑が建ち並んでいます。

 

 でも『三』の字体、なんか上の部分が寸足らず。バランス悪くありません?

 

 そもそも『三千僧接待』って?

 

 『接待』と聞いて、会社や〇所の決定権在る人間を酒席などでもてなす事を思い浮かべる方が多いと思いますけど、四国では、八十八か所巡りをしている『お遍路さん』に、食事、湯茶や、時に宿泊所の提供まで含めて『お接待』と言います。

 

 徳島のある寺院では『お接待です。ご自由にどうぞ』と書かれて『ミカン』が置かれていました。(写真撮っとけばよかった)

 

 『和田宿』では、旅する僧侶に宿泊の世話=接待をしようと思い立ち、その数が千人を数えた時を記念して『一千僧接待碑』を建てました。

 

 その後もあれよあれよと数を重ね、『一千』の上に短い横棒を重ね『二千』としました。

 

 又あれよあれよで長い横棒を重ね『三千』に。

 

 ちょっとばかしバランスが悪くなっちゃいました。

 

 でも『四』には彫り直せないから「ここまでにしとこうな」って誰かが云ったのか、和田宿に泊まらなくても旅が出来るようになったのか。

 

 車でトンネルを超えれば、わずか30分で『諏訪』まで行けちゃいます。

 

 『新和田トンネル』を使わずに『旧和田峠』の山道をクネクネ走って頂上手前に『水場』が在ります。(地上の明かりが届かない為、夜なんぞ星がきれいですよ~)

 

 その近くにも、通行人に接待をした建物跡が在ります。

 

 行政指導によるもので無く、資産家の個人意思によるものだったと思いますが写真、データがありません。また今度行ってきます。

 

はしご

 

 タイトル『はしご』ったって、店を変えて呑む事じゃ無いですから。

 

 『梯子』 屋根などに上る時に使う道具。

 

 

 『大日堂』に続く壁に掛けて在りましたけど、『段』の数を数えても、普通サイズの2倍はあります。

 

 すぐ近くに『消防団詰め所』が在り、非常用も兼ねているのかも知れません。

 

 でも一番手前の端、根っこの部分まで掘り出して使っているんです。

 

 切り落とせば簡単なはずなのに、根っこまで掘り返す労力を考えたら一体何に使う為?と気になってしょうがない。

 

 でも周りに誰も居ない。聞くに聞けない。

 

 

 ふと足元の用水を見ると、水を堰き止めた中に、『楢』でしょうか水に漬けて在りました。

 

 そう『しいたけの原木栽培』ですね。

 

 充分水を吸わせてから『コマ打ち』して。2年後には沢山の『椎茸』が出来るんだろうな。

 

 今日の蘊蓄。

 

 梯子は1本2本と数えますが、屋根屋さんや植木屋さんなどは1挺(ちょう)または丁と数えます。

 

 こーちゃんは1軒2軒と数えるのが好き。

 

大日堂

 

 旧街道を少し進むと『上組』集落との境に『大日堂』の案内が在りました。

 

 『大日如来』をお祀りしている『御堂』が在ります。

 

 

 田んぼの畦道を崩さない様に気を付けて。(多分こちらも個人所有かもしれません)

 

 

 石像の前を通り抜け、石灯篭で一礼して奥に在る建物へ。

 

 普通の建物にしか見えないんですけど。

 

 額や鈴がある訳でなく、ほんとに普通の『御堂』です。

 

 

 格子から中を覗いて驚きました。歴史を感じさせる金色の仏像が並んでいます。

 

 

 寺院がある訳でなし、こちらも個人の所有でしょうか。

 

 前出の道案内してくれたおじいちゃん、隣の『武石』まで『ウチの山』と言ってましたけどホントに大地主‼ そしてこちらもひょっとして?

 

 仏像には何の説明も在りませんでしたけど、ひょっとしてみんな『大日如来』?

 

 でも『寺院』じゃ無いんですよね。此処。

 

蚯蚓神

 

 『蚯蚓神社』の『祠』の周りはトタンで囲われており、そこに竹製の『蚯蚓』が横たわっています。

 

 『みみずさんのおひるね』

 

 板の間に上がって参拝と思いましたが、寝てる蚯蚓を起こしちゃいけない。

 

 靴下が汚れそうとかの理由では無いですから。

 

 

 しかも名前が付いており『おきん様』

 

 口紅まで塗ってお洒落~。

 

 

 私的に設置されたのかもしれません。

 

 劣化と汚れにより見づらいですけど云われなどが書かれています。

 

 昔、大雨が続いて土砂崩れが起きたそうです。山肌を大きな石がゴロゴロと転がってきて、田畑を飲み込もうとした寸前、ぴたりと石が止まった。石を片付けてみると大きな蚯蚓が下敷きになって死んでいたそうです。身を挺して田畑を救ってくれた『蚯蚓』を丁重に葬り、社にお祀りして神社を建てました。その実物大が『おきん様?』

 

 すぐ隣に崩れた跡が在り、大きな石がゴロゴロしています。

 

 又、大きな蚯蚓が群れを成して死んでいた事が在り、その後でコレラや腸チフスの伝染病が流行ったそうです。

 

 新鮮で良質な土を生み出してくれる『蚯蚓』は農耕とは切っても切れない密接な関係が在ります。

 

 モグラやネズミを天敵とみなし、駆除するなどして大切にしているそうです。

 

 

 『蚯蚓』って結構面白いですよね。

 

 『雌雄同体』で卵生。しかも土の中で異体と出会って交尾する!

 

 一度の出会いで確実に受精する為に『雌雄同体』が便利なんですと。

 

 更には『みみず腫れ』『みみずがのたくったような字』など表現法に使われたり、漢方薬として解熱剤に用いられたり、『みみずにオ〇ッコ掛けると、チ〇チ〇が腫れちゃう』なんて事も聞いた覚えがあります。まあこれに関しては蚯蚓を土の中から掘り出す。手が汚れている。雑菌が入るかも。ってらしいんですけどね。

 

 前出の『のみ水』の石碑が『のみみず』に掛けていたのかもと考えたら思わず『ニヤリ』でした。

 

のみみず

 

 『和田宿』で次に目についたのが、消防団詰め所に隣接の

 

 

  『湧き水』が有れば、可能な限り飲んでみます。

 

 4㍑(焼酎用)の空のペットボトルが車には何時も積んでありますし、湧き水を沸かして、ペーパードリップでコーヒー淹れるのが楽しみの一つです。(お湯さえ沸かせればカップ麺にも使えるし)

 

 石柱には『のみ水』の文字。実に潔良しです。

 

 ん? のみみず⁉

 

 

 こんな山中の藪の中に、トタン屋根の建築物が在りました。

 

 ※個人の所有地に在るみたいです。たまたま道を聞いた方が土地所有者で、親切に案内してくれました。その節大変有難うございました。

 

 

 『蚯蚓神社・みみず神社』と在りました。

 

 額に書かれた2匹の蚯蚓。ほのぼのしますね。

 

 日本には『八百万の神』が居るとされています。

 

 でも『蚯蚓』をご神体としている神社は日本広しと言えど唯一此処だけ。

 

 何故に『蚯蚓神?』

 

 

 残念ながら容量不足で続きは次回です。

 

 古いブログ消してきますから待っててね。

 

和田宿

 

 旧中仙道・和田宿の回です。

 

 国道142号線を『立科・芦田宿』~『笠取峠』~『長久保宿』~『大和橋』で『大門街道』と分かれますが、『中仙道』は『和田峠』を超えて諏訪の地へ続きます。

 

 『大和橋』で依田川沿いに進むと国道142号バイパスに乗り込みますが、『青原』交差点で右折すると『旧街道』です。

 

 『和田宿』 面白いです。侮るなかれ。

 

 

 後ろに見えている『橋』はバイパスのもの。皆さん普段はこの橋を渡る筈。

 

 で『和田宿』の入り口には石碑がズラリ。

 

 

 昔、『懐中電灯』の無い時代、ましてや『街灯』なぞある訳でなく、急峻な坂の続く『旧和田峠』は中仙道最大の難所でした。又『追い剥ぎ』如き『山賊』もいたらしく、夜間の峠超えは大変危険でした。

 

 その為命を落とした人も多かったらしいです。

 

 人々は大事を取って『和田宿』に宿を取った為、たいそう栄えたそうです。

 

 

 『茅葺のバス停』勿論現役です。

 

 後方はバイパスを走るトレーラー。この格差も面白いですよね。

 

 あっ光の玉ですけどレンズの汚れです。(オーブじゃ無いですから)

 

 更に何かないか探しながらボチボチと行きますか。

 

石神神社partⅡ

 

 どんな小さな村でも『神社仏閣』が在るから、日本人は信心深いのかもしれません。

 

 しかも『凝った彫刻』が施されている神社なんぞ見つけたら思わず写真に収めます。

 

 『神社』は、先ず『境内』を意味すると『鳥居』を潜り(きちんとお辞儀してから通りましょう)、『手水舎』でお清め(本来は禊を簡略)をし、『参道・石段』の端(中央は神様が通ります)を歩いて、参拝者がお詣りする為の『拝殿』へ。

 

 『お賽銭』の後、『鈴』を鳴らして『お参りします』の合図をしてから『神様』に向かって軽く一礼。

 

 二礼二拍手(神社により回数が違う場合が在ります)一礼をします。

 

 その後、手を合わせ、願い事を『願掛け』『しますが、余り私欲的な事は慎みます。

 

 そもそもが『願掛け』では無く『誓約』の場です。

 

 でもやっぱり願いたいですよね『商売繁盛』とか。

 

 そして願いが叶ったら後に『願ほどき』に再度参拝に訪れましょう。

 

 だから滅多に行けないような神社では『願掛け』しないで『参拝させて頂きました』と報告だけに留めます。

 

 『社務所』や『領布所』が在れば『お札』や『御朱印』(神社用と仏閣分けてます?)を頂きます。

 

 運試し的な『御神籤』はしません。(だって凶がでたら嫌だもん)

 

 『奥之院』が在れば出来るだけ行きますが(富士浅間神社などは富士山頂ですから………)時間が無い場合でも『摂社』はお詣りしましょう。

 

 更に『庭園』や『彫刻』など愛でてみては如何ですか。

 

 

 灯篭の『灯窓』が『ハート』だったりするから面白いです。

 

 

 これは『ゲロ………下呂温泉』の神社で見つけました。

 

 ほら、探してみたくなったでしょ。

 

石神神社

 

 佐久の地に生まれ育って幾星霜。

 

 『石神神社』の存在を初めて知りました。

 

 例えば自宅から出かける時、最短距離を選ぶ為、放射状道路は全て知っている筈です。

 

 次に環状道路も広い道なら走っている筈。

 

 バイクで裏道を走っていて、ふと見つけたモノって新鮮ですね。

 

 

 『石神神社』 名前の中に『神』が二つ。

 

 一度の参拝で『二倍』のご利益かどうかはご自身でお確かめください。

 

 

 鳥居の手前に注連縄を飾られた『御霊石』

 

 『春祭り』が行われるのでしょうか新品です。

 

 

 小さな『御社』ですが『神殿造り』 御幣も真新しいです。

 

 すぐ隣に民家が在り、地域密着しています。

 

 きっと近所のおばちゃんが、お詣りがてら掃除したり、草むしりしたりしているのかも知れません。

 

 控えめな場所にひっそり佇んでいます。

 

 訪れる人が少なそうな感じがしますので、お賽銭奮発です。

 

中込橋PARTⅡ

 

 以外と知られていない『中込橋』

 

 周辺は昨年襲った台風の被害が、いまだ色濃く残されていたりします。

 

 

 今年3月の写真です。

 

 『中込大橋』の下から『茂来山』方向。

 

 流れ込んだ『砂』と『石』で覆いつくされた田圃。

 

 

 『中込大橋』のすぐ下には大水で流され、水圧で押し潰された『軽トラック』が残されていました。

 

 

 でも何故崩落した橋に『伸ばした脚立』があるんだろ?

 

 『通行禁止』の筈なのにね。

 

 

 かくも『水』は怖い物です。侮るなかれ。

 

 この『中込大橋』と『中込橋』の間に在る『橋脚』は上水道とは書かれていなかったから多分『下水専用』

 

 『パーラー・バ〇デ』から『佐久下水処理場』近辺が佐久でも標高が一番低いエリアになり、『台風水害時』には水深が1.5㍍にもなったそう。

 

 1.5㍍のプールなら何ともなくても、日没後の真っ暗い水の中で『足元の様子』が解らなければとても歩けるものじゃない。

 

 これを書いている今日、九州を襲っている『線状降水帯』の被害が極力少なくて済みますように。

 

中込橋

 

 🎼 アメリカ橋って知ってますか

   目黒と 恵比寿の間に在る

   下を山手線ごうごう走る

   鉄でできた青い橋

 

 兄弟ディユオ『狩人』の『アメリカ橋』です。

 

 今回は『中込橋』です。

 

 グーグルマップで検索掛ければすぐに見つかるでしょう。

 

 『中込大橋』は気づかず毎日通っている人も多いのでは?

 

 『佐久郵便局』から坂を下ると『湯川』を渡る橋が『中込大橋』

 

 そしてつい『パチンコ・バ〇デ』の方なんぞを気に掛けたりしますけど、反対側に『吊り橋の橋塔』が見えます。

 

 残念ながら現在は

 

 

 橋の木部が朽ちてしまい、通行禁止です。

 

 現役時代、軽トラックなんかも通っていました。

 

 

 高い橋が『中込大橋』吊り橋が『中込橋』

 

 実はこの水深の浅い『湯川』が2019の台風19号で氾濫してしまい、この辺り一帯の『田畑』には『土砂や石』が流れ込み、甚大な被害をもたらしました。

 

 

 滑津川の堰堤の先端は濁流に晒され、ぽっかりと穴が開いていました。

 

 

 子供が小さかった頃、此処で『クチボソ』釣りをさせた位、普段は穏やかな流れです。

 

 それが

 

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今井城

 

 前出の『三河田古墳』からさらに河岸段丘の縁を西に進むと、千曲川左岸の佐久平野が一望できる所に石碑が在りました。

 

 ナニナニ?一部『藪』と化した雑草に覆い隠されてしまってます。

 

 

 因みに雪が残っています。

 

 にしても『畑でも見回りに』じゃ無きゃ誰も来ないかも。

 

 

 『千曲川』が『湯川』と合流してきれいな水が『滔々』と流れていきます。

 

 

 道路に向かって(北向き)に建っている石碑は『今井城跡之碑』

 

 

 そして『千曲川』を見下ろすように『兼平公顕彰の碑』

 

 こちらは最近でしょうか。まだ新しく感じます。

 

 『今井兼平』なんと妹は『巴御前』ですと。

 

 その父は『木曽義仲』の四天王の一人に数えられていました。

 

 詳しくはググってね。

 

 いや~、『今井』侮るなかれ。です。

 

佐久の古墳

 

 佐久にも『古墳』が在るのをご存じですか?

 

 大き目なのが『三河田大塚古墳』

 

 国道141号線、湯川に架かる『中込大橋』の坂を上りきったら『佐久郵便局』の信号左折。

 

 細い生活道路になりますので走行注意です。

 

 

 小学校4年でしたか遠足で訪れ、石室の中で遊んだ覚えが在ります。

 

 お弁当を食べたのが此処。

 

 

 その後、保護の為の柵が造られましたが出入りは24時間可能です。

 

 

 流石に現在は『保護&崩落の危険』の為、石室への立ち入り禁止です。

 

 だって『相合傘』なんぞの落書きとか書いてあったような?

 

 当時はやった『仮面ライダー(藤岡弘さん)』の真似をして、この石室の上から『ライダー・キーック』と叫びながら飛び降り、先生にこっぴどく叱られました。

 

 今、上に登る事が出来ても、いい大人がそんな事しません。

 

 てか、飛び降りたら『膝』にきそう。

 

 

群馬県庁

 

 前橋のアーケード街を散策したのですが、水曜日定休が多いらしく、ほとんどのシャッターが下りていました。(休みならいいけど)

 

 各県の『県庁所在地』と『県名』が合っていないのは何故か?

 

 以前TVの子供向けクイズで出題されました。何~故だ~?

 

 

 答えは後程。

 

 時間に余裕があるけど観光目当てが無い時などは、『ご当地スーパー』を端から端まで見て廻ったり、一番高い建築物(アンテナなどを除けば、ほとんどが県庁や市庁舎です)の『展望台』を訪れます。

 

 『ご当地スーパー』を訪ねる時は、店員さんにその『エリア独特の物』は何か尋ねていましたが、土地のに人は『当たり前』の物なので気が付かない事が間々有りました。

 

 自分の眼で確認すると面白い発見が在るから止められない。

 

 この時買った物は『味噌パン』(写真撮り忘れました)

 

 他『佐久のスーパー』と変わらないのも当たり前、『ベ〇シア』とかは群馬発祥のスーパーが佐久に出店してるんですから。

 

 今度『ツ〇ヤ』が群馬に進出するらしいですけど。

 

 

 群馬県庁の立体駐車場に車を停め、エレベーターで『展望室』へ。(勿論無料です)

 

 ゆるキャラ『ぐんまちゃん』のPOPが在りました。

 

 

 「星4つ頂きました~」

 

 

 南に向かって『関東平野』が続きます。その長さ200㌔以上。

 

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大蓮寺

 

 普段、朝5時には起きます。

 

 特に仕込み、受注など無い日は朝から『ウオーキング』や『バラ公園の手入れ』をして時間調整をし、朝6:53分の『紙ウサギ〇ペ』を観てから仕事開始。

 

 一通りの仕事をこなしてから『朝食を兼ねた昼食』を軽く食べ、夕飯は晩酌を伴い食べる、呑む。(基本一日二食です)

 

 ついつい量がかさみ、痩せないのは分かってんですけどネェ。

 

 お昼から『胃袋満杯』まで食べたから運動しなきゃね。

 

 で腹ごなしを兼ねて『知らない町を 歩いてみたい どこか 遠くへ行きたい(BY永六輔)』と気取ってみますか。

 

 

 群馬県庁所在地『前橋』のアーケード街を歩いていて見つけたお寺。

 

 『大蓮寺』 山門がアーケードに同化している。(写真が無いです)

 

 で『弁財天』が在るらしいので寄ってみます。

 

 

 『芸能・商売』に御利益があるとされていますので良~くお詣りしまして。

 

 

 何だか興味そそられるものが在りました。

 

 『赤穂四拾七士・矢頭右衛門七(やがしらえもしち)』って17歳だかで病死した父親に代わって討ち入りに参加し、非業の最期を遂げた人物。

 

 討ち入りに参加する為、母と連れだって旅をしていたが、小田原辺りまで来た時、急に決まった討ち入りの日取りに間に合わせる為、母一人を小田原に残し、『今生の別れ』を済ませた後駆け付けた。

 

 討ち入り寸前の名シーン。

 

 大石内蔵助 「右衛門七はまだか~」

 

 右衛門七  「只今にございます~」 

 

 大石内蔵助 「母はいかがいたした」

 

 右衛門七  「小田原にて今生の別れを済ませて参りました」

 

 士気がぐっと高まりイザ突入!

 

 

 与謝野晶子の時代、戦時中に在るにも関わらず『君 死にたもう事 無かれ』と我が子に言葉を掛ける人がいた。

 

 『時は元禄15年………』と始まる江戸時代、『武士として散る事が潔し』と子供に伝えなければならなかった母親の胸中を思うと胸が痛んだ。

 

 合掌。

 

スパゲッティー

 

 『藤岡市・高山社』を後にして次に向かおうとしたのは『下日野』

 

 此処に在るのは『2千階段』

 

 そんなに嫌いじゃないです。でも『2千段』って。

 

 『金毘羅山』の『785段』や『東京タワー外階段』の『600段』なんぞ何のその。

 

 『身延山・久遠寺』の男坂の石段はキツかった。

 

 日本一とされるのは『熊本県・釈迦院御坂遊歩道』その段数『3333段!』

 

 何時かチャレンジしたいと思うのだが、最大の難関は『ダイエット』

 

 コロナ不景気の煽りをもろ被りして、売り上げ超減。ストレス溜まりまくりで暴飲暴食。痩せる訳ない!(威張ってどうする)

 

 そんでも体力勝負『2000段』に挑戦してみっか。と車を走らせると『通行止め』の看板が。

 

 やはり去年の台風19号の影響か。

 

 行けないならしょうがないね。(内心は良かった~。)

 

 で急遽予定変更して『スパゲッティー』を食べに行こうかと。

 

 

 高崎市は有名スパゲッティー店が目白押し。

 

 こちらはお隣前橋市に在る名店『パンプキン』

 

 普段、食事関係は滅多なことでUPしないが、『パンプキン』は敢えて紹介します。

 

 『超大盛』でお値段格安。 開店前から長蛇の列です。

 

 正直、窓ガラスなんぞ埃が溜まっていたり、掃除が行き届いていない感は否めない。

 

 でもお店に入れば分かります。

 

 忙しすぎて手が廻らない。

 

 お店は高齢のご夫婦で経営されてます。

 

 調理担当は旦那さん、配膳・洗い物・会計・片付けなど。

 

 ホール仕事は奥さん。二人で切り盛りしています。

 

 

 『ビジネスランチ普通盛り』¥780です。

 

 更にこの他に、ご飯・みそ汁・アイスコーヒーが付きます

 

 この他にサイドオーダーでキャベツサラダ¥100を頼みました。

 

 

 実はこの写真。タバスコの瓶が

 

 

 内容量350㎖なんて初めて見た。(アメリカはこのサイズなの?)

 

 でサラダ(刻んだキャベツ)を食べただけで何だかお腹が満たされている。

 

 子供と一緒に観ていたTV番組では「お残しはあきまへんで~」(主題歌100%勇気)と云っていたから残したくない。

 

 サラダを食べ、スパゲッティー、ご飯とみそ汁、おかずにメンチカツ少々とコロッケを食べた所で『ギブアップ』 (因みに普通盛りです。)

 

 『アイスコーヒー下さい』と頼みました。

 

 その時持ち帰れるか聞いたところ、大変忙しい時間にも関わらず快く承諾してくれパックに詰めてくれました。

 

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襖の下張り

 

 『四畳半襖の下張り』 (知っている人はニヤリ)

 

 知らない人はワザワザ調べる程の物でも無いです。

 

 『襖の下張り』というか『障子紙』の代わりというのか、当時の貴重な資料が残されています。

 

 

 『新聞紙』を重ね張りして防寒対策でしょうか。

 

 

 こちらは『大福帳』? 商売人が金銭出納や貸借を書き付けておく帳面です。

 

 よく時代劇などで、番頭の座る『勘定場』の囲いなどにぶら下げてありますね。

 

 よく見ると『郵便五枚四十五銭』とか『わらび五千六百匁』なんて文字が読み取れます。

 

 葉書一枚九銭の時代に、〇百八十九円七十九銭って何、土地でも買ったか?

 

 残念ながら新聞の字は『老眼』(何とかならんかこの言い方)で読めませんでした。

 

 婆ちゃんのタンスの『敷き紙』代わりの赤茶けた古い『新聞』なんか見つけたモノならお宝発見!

 

 海外から輸入された品物の『パッキン』代わりの『新聞・チラシ』をクシャクシャに丸めた物なんぞ、飽きずに眺めていましたっけ。

 

 昨今は『エアーキャップ』ばかりで面白くも無い。でもプチプチ潰しますけど。

 

 

 驚く事には、大正14年の実習生の中には、遠く『沖縄』(当時は外国です)からも研修に来ていたそうです。

 

 船で沖縄~東京~藤岡~山の中。大変だこりゃ。

 

 でも『沖縄』に『風穴』とかあるのかな。

 

お蚕さん

 

 玄関はサッシの引き戸に代わってますが、建物は以前のまま。

 

 靴を脱いで展示室へ。 1階は普通に生活空間や大広間が在り、此処で養蚕について学んだらしいです。

 

 

 2階に上がると『蚕棚』が在りました。

 

 今から50年も前になります。友達の家に遊びに行くと、友達は先ずお手伝いを終わらせないと遊べない。

 

 そのお手伝いが『桑畑』から『桑の葉っぱ』を『背負い籠』一杯採ってくる事。

 

 しょうがないから手伝いますよ。『ドドメ』と云われる『桑の実』食べ放題付きですから。

 

 ただ『ドドメ色』と呼ばれる濃い暗褐色の果汁は、口の周りを紫色に変えますし、白いシャツなんかに着けようものなら絶対に色が落ちません。

 

 その為、親からは食べちゃダメと言われてましたけど、お腹空かせた子供だからねぇ。で色が着いてすぐバレる。

 

 その採ってきた『桑の葉っぱ』をこの『蚕棚』に敷き詰めまして、『蚕の幼虫』(白い毛虫)をバラバラと乗せる。

 

 『蚕の幼虫』は本当にムシャムシャと音を立てて食べます。

 

 それも観ている間に『桑の葉』を『虫食い模様』に変えていく。

 

 あんまり見ていると「もう一回採ってこい」と言われそうなので慌てて逃げ出しましたけど。

 

 『蚕の幼虫』が大きくなると『蚕蛾』に成るんですけど、その前段階『蛹・さなぎ』に成る為に『繭』を造り中に籠ります。

 

 人間はこの『繭』から『絹糸』を造る為に『蚕の幼虫』を飼う訳です。

 

 『蚕産農家』にとって現金収入の大事な手段ですので敬意を込めて『お蚕さん』と呼んでいました。(白い毛虫ですけど)

 

 

 『蚕の幼虫』が大きくなって、桑の葉っぱを食べなくなると、そろそろ『蛹』になるべく『繭』を造る段階に来た証拠です。

 

 この『種紙』の中に1匹ずつ『幼虫』を入れ『繭』を造らせます。

 

 『繭』が出来たら哀れ熱湯で茹でられ『蛹』はご臨終。

 

 『製糸機』や『糸車』に3・4本づつよられながら巻き取られていきます。

 

 『繭』を完全に巻き取られた残りの『蛹』は『鯉の餌』となります。

 

 

 『蚕蛾』が自然界で『繭』になったものを『天蚕』と呼びその『淡い緑色』は特に希少価値が高く、『総天蚕の着物』は1着で一千万円!とかするらしいです。

 

 そそ『天蚕』佐久市東部の山間を歩いていて一度だけ見かけました。

 

 ほのかな緑色が特徴です。

 

 

 あと何万匹見つけたら一千万円になりますやら。

 

養蚕学校

 

 藤岡市の山中にある『高山社』とは何ぞや?

 

 『高山長五郎』さんが苦労の末『養蚕技術』を確立し、自費で広く教える為の『学校』を建てました。

 

 明治初期、自費でこれだけの建築物を建てられる(お金持ち)んですから、養蚕がいかに貴重な産業だったのか。

 

 残念ながら『高山社情報館』は入れず、ネットの情報頼りです。

 

 

 石積の上には、白い漆喰も鮮やかな立派な『長屋門』はが在り、一角は『使用人住居』兼『厩』になっていました。

 

 『新潟・豪農の館』で見た『使用人住居』も土間続きで厩が在り、極端な貧富の差を感じ、チョット複雑な心境になりましたけど。

 

 

 地元ボランティア活動の方が詰めていて、説明などもしてくれるのらしいのですが、残念ながら新型コロナウイルスの影響下の為、パンフレットを貰い、ノートに氏名などを記帳、数種類のカードをくれました。

 

 『ダムカード』や『マンホールカード』などくれる物は素直に貰っておきます。分類『世界遺産カード』で集めなきゃ。

 

 

 ついでに『ダムカード』

 

 

 と、『マンホールカード』

 

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高山社

 

 今から数年前、『富岡製糸場』が『世界文化遺産』に認定された時、その原動力が『ドイツ・ポルシェ社製エンジン(ベンツだったかな?)』と聞き、是非とも見てみたいと出かけていきました。

 

 広い工場内の『糸つむぎ機』の並んだ部屋では、当時の機械が保存されていましたが、残念ながらお目当ての『ポルシェ・エンジン』は無かったです。(※現在『富岡製糸場』は一部立ち入り禁止になっています)

 

 同時に『荒船風穴』も世界遺産に認定された為、結構な観光人数が『荒船』の細い道に流れ込んできてました。

 

 その元となる『養蚕技術』を確立したのが『高山社』、『群馬県・藤岡市』山中にある辺鄙な場所に(失礼)各地から人が集まりました。

 

 技術の習得を目指し、遠く『沖縄』などからも技術研修に訪れたそうです。

 

 

 駐車場から遊歩道を歩き、情報館へ。

 

 2019年の台風19号に痛めつけられた所の補修工事が各所で見られました。

 

 

 あら。新型ウィルス対策で休館ですと?

 

 でも『高山社』は見学できるみたい。取り敢えず行ってみます。

 

 

 情報館前の『顔出し看板』ですけど『顔出し穴』そこですか?

 

 

 そして主人公の『高山長五郎翁像』

 

 実に凛々しい顔立ちです。

 

立ち食い

 

 『立ち食い』初体験は吹雪の中の駅のホーム。

 

 小諸駅の4番ホーム、小海線の発着するホームに『生蕎麦』と書かれた『立ち食い蕎麦』が在りました。

 

 小学生当時、¥150位じゃなかったかな。

 

 当時世間を騒がせた大ニュース『あさま山荘事件』があり、極寒の中で機動隊員が食べていた『カップヌードル』を初めて見て「食べた~い」と親にねだって買って貰いました。

 

 今でも同じデザインの『日〇製粉・カップヌードル』が確か¥100だった様な記憶が。

 

 今でもスーパー特売価格¥130位なものですから、大した物価の優等生です。

 

 東京に暮らしていた頃も、駅の構内の『立ち食い蕎麦』そりゃぁお世話になりました。

 

 私鉄『京王線沿線』に住んでいましたので『高尾そば』の『コロッケ蕎麦』がほぼ主食でした。

 

 佐久に戻ってからも、たまに東京などに出た際、『富士そば』なんかが無性に食べたくなります。

 

 今回の舞台は『新潟市・万代バスセンター』

 

 と来れば知る人ぞ知る『立ち食い蕎麦屋のカレー』です

 

 

 蕎麦屋さんは『バスセンター1階・バスロータリー』の一角に在ります。

 

 すぐ隣に暖機運転中のバスが停車し、ディーゼルの排気ガスが流れてくるんですけど まっ、気にしない気にしない。

 

 

 券売機で先ず『カレー普通盛り』の食券を買いまして、カウンターに持っていくとモノの数秒でカレーとご対面。

 

 小麦粉でつないだ、婆ちゃんが昔『ライスカレー』と呼んでいたようなカレーが出てきました。

 

 カレー粉をケチったのか『婆ちゃんのカレー』は色が白っぽい割には、唐辛子でもぶち込んだのか、めちゃくちゃ辛かった気がします。

 

 いえ、このカレーもそうだとは一言も言ってませんから。(そこん処宜しく)

 

 『カレー普通盛り』だけで足りる筈も無く、その後『コロッケ蕎麦』も頼みました。

 

 

 今ではレトルトパックの『万代バスセンターのカレー』も通販でお取り寄せできる時代。でもこの排気ガスの漂う、エンジン音ガラガラで食べるから良いんです。

 

 その後新潟のご当地スーパーを覗いたりしてボチボチ帰路に着きますか。

 

タワー

 

 新潟みなとトンネルを出て側道をUターン。前方に高層建築物が見えてきます。

 

 高い所好きのこーちゃん、勿論行ってみます。

 

 駐車場は無く、皆さん道路に路駐です。駐車禁止じゃないみたい。

 

 でもこれだけの車の数、皆さん釣りでもしているのかな?

 

 

 エレベーターや展望台が有料ならば引き返そうなどと考えながら建物の中へ。

 

 売店でも在ったらジュースでも買いたいなと探しましたが在ったのは自販機のみ。

 

 エレベーターも展望台も無料で良かった。

 

 

 ♪ 海は荒海 向こうは 佐渡よ~

 

 長~く伸びる堤防の左側は海、右側は信濃川です。

 

 薄っすら佐渡島が見えてます。

 

 そして右側の窓から見えるのが

 

 

 先ほどまで見ていた『あざれあ丸』

 

 岸壁に人影が見えます。大体の大きさが想像できますね。

 

 でも超豪華客船『ダイアモンドプリンセス』や『クィーンエリザベスⅡ』などは更に数倍の大きさなんですから。

 

 何時の日か乗ってみたいな。

 

 

 そしてこちらは『日本の海の安全』を守る『海上保安庁』のヘリコプター搭載巡視船『えちご』

 

 『大和堆』や『竹島』、『魚釣島』何かにも遥々出かけていく船です。

 

 近年フィリピン海の『海賊退治』にも活躍しました。

 

 船首に鎮座するの40ミリ単装機銃と20ミリ単装機銃。

 

 海上で体当たりしてきた『〇国船籍』の船に発砲した(模擬弾?)シーンのニュースを見た覚えが在ります。

 

 日夜、日本の海を守る為に働いてくれる頼もしい舟です。

 

 晴れていれば『磐梯山』へと続く山並みも見えるんでしょうけど曇り男ですから。

 

 

 白鳥も観たし(?) おせんべいも買った。

 

 んで次は、信州人憧れの『海‼』 

 

 竜之介のTシャツじゃ無いけど「海が 好きだ~」(BYうる星やつら)

 

 新潟港には『海上自衛隊基地』や『国際フェリーターミナル』なんかも在り、ひところ前までは北の曰く付き『マンビョンボン号(でよかったのかな)』も彼の地に停泊していたらしい。

 

 残念ながら『自衛隊基地』周辺や『国際フェリーターミナル』周辺は立ち入り禁止になっており近づく事すら出来ない。

 

 で港周辺を走っていて見つけたのが『新日本海フェリー』

 

 高校3年の時、『北海道ツーリング』に行き、帰りは『小樽』から『新潟』まで『新日本海フェリー』で船旅と洒落込んだ。

 

 当時の船はかなり小さく、暇つぶしにテーブルゲームの『インベーダー』で遊んでいたら揺れて『TILT』になってしまいました。

 

 「¥100返せ~」とは言えなかったですけど。

 

 (『インベーダー』や『テーブルゲーム』知ってる貴方は同世代。)

 

 

 2020年初頭、世間では超大型観光船『ダイアモンドプリンセス号』が注目を集めていたけど、『船』並びに『船会社』『乗船した観光客』に何一つ悪い所がある訳でない。

 

 逆に政府の示した『隔離措置』に協力して、2週間も狭い船室で我慢してくれた人達もいる。

 

 これだけの大きさの船になると、全室が窓側になる訳でなく、内側の部屋(お値段格安)では出入り口のドアしか無い。

 

 こーちゃん、昼でも電灯を点けなければならない生活は無理かも。

 

 しかも2週間! 船旅する時は(宝くじが当たったら位の確立ですけど)絶対窓側にしよう。と心に決めまして。

 

 『感染拡大防止の為』に協力してくれた方々に感謝です。

 

 そしてもし『ウイルスの拡散』が人為的、故意的なもので在ったら絶対に許せない。

 

 『WHO』と『中〇政府』の動向を注視したい。

 

 話、戻しますね。

 

 埠頭の『ボラード』に片足を乗せ「海は素敵だぜ」などとほざく姿を想像したりして。

 

 車に戻り、『万代』を目指そうとカーナビを見ると、『新潟港トンネル』を経由するように指示される。

 

 へ~。トンネルが出来てたんだ。

 

 そこでハタと気が付いた。

 

 あれ?『新潟港』って海じゃない! 『信濃川河口内』に在る。

 

 って事は 「川も 好きだ~」

 

せんべい王国

 

 ホテルチェックアウト後に『源泉の杜』をブラブラしただけで、『福島潟』の白鳥は留守。ナビに従って『せんべい王国』を目指すもまだ開店前に到着です。

 

 駐車場に車を停めて辺りを見廻してみると。

 

 

 『BEFCO』と聞いて?ですけど、これなら誰もが知っている筈。

 

 

 そう『ばかうけ』の会社です。

 

 しかも子供によく買った『星たべよ』も同じ会社だったんですね。

 

 しかも入り口近くに在ったのは

 

 

 『ばかうけ稲荷』 

 

 大手の会社・企業では、敷地内に商売繁盛の神様『稲荷神』をお祀りする為の『祠』を建てている処が多いです。

 

 都心の駅前デパートや有名企業なんかでも屋上に『稲荷神』をお祀りする『祠』や『御社』を持っています。ちゃんと『鳥居』もありますよ。

 

 何時かデパートの、屋上ビアガーデンにでも行く機会が在ったら見てください。

 

 

 流石が商売上手。おみくじ¥100ですと。

 

 『御神籤』は滅多に引かないので今回もパス。故にどんな事が書かれているかは解りません。

 

 そんなこんなでオープン時間です。

 

 おせんべの製造体験が出来るとの事だったんですが、まだ一時間待たないといけないらしい。

 

 時間が勿体ないからパス。

 

 売店でおせんべ数点を買って次に行きます。

 

 ※割れせんべいなどの出来損ないを『久助』と呼びます。知ってた?

 

トイレ

 

 いろんなお店に行ったら『トイレ』を必ず見るようにしています。

 

 『清潔感』や『快適性』そして何より『清掃頻度』などが見て取れます。

 

 公園などに行っても『トイレ』を見れば解ることが在ります。

 

 公共の公園などでは『地方行政』や『自治体』が専属の『清掃員』を任命している所が多いですけど、『掃除時間』も9-5時に合わせてとか、度合いが三日に一回だったりと様々です。

 

 此処『源泉の杜』は、早朝の公園のトイレにも係わらず、ペーパーが補充され、清掃後の濡れた床をみると、近所の方がボランティア活動の一環で清掃しているみたいです。

 

 

 朝から何だかほっこりした気分で次に目指すは『白鳥』

 

 新潟県には各所に『白鳥飛来地』が在ります。

 

 パンフレットで確認しておいた『福島潟』目指して走っていると、雪のない田んぼに数羽の白い鳥がいました。

 

 『シラサギ』なんざ佐久にもいるもんね。と気にも留めずに目的地着。

 

 あの~『白鳥』が一羽も見当たらない?

 

 たまたま散歩していた人が居ましたので伺いますと、「白鳥は日が昇ると餌を求めて『田んぼ』の方へ行っちまうだ~ョ。」

 

 さっきのは『白鳥』だったんかい。

 

 なんか一気に覚めちゃいました。ならばと目指すは

 

 『おせんべい王国』 次回です。 

 

 『月岡温泉・源泉の杜』で『日本一まずい温泉』(だってそう書いてある)を飲んで、少し後悔しながらも公園内を散策します。

 

 こじんまりした公園内には他にも色々在り、中でも『昇竜の石』。

 

 

 貴方には『昇竜の横顔』が見えますか? 注目すべきは『目』

 

 左目から涙を流し、天を向いている龍の横顔です。

 

 

 更には『縁結び祈願』の『湯結美の泉』(えんむすびと読ませる?)

 

 お湯掛け地蔵宜しく………お湯が無いです。杓子も無い。

 

 何より『目』がコワい。(個人的な感想です)

 

 『龍の眼』に気が付かなければ『昇竜』が解らなかったし、『湯結美』の気になる目。

 

 『日本一まずい温泉』ではひどい目に遭ったし………ん⁈

 

 共通点は『目』でしたか。

 

発祥の地

 

 各地で目にする『〇〇発祥の碑』 案外好きです。

 

 『新潟・月岡温泉』にも『月岡温泉発祥の地』の石碑が在りました。

 

 『月岡温泉の発祥』 実は人為的なモノです。

 

 新潟県は各地で『石油』が発掘されます。

 

 此処『月岡』でも『石油掘削』してみたら『温泉』が湧き出てきました。

 

 意外と良好な泉質だったのでじゃ『温泉宿』でもつくってみっぺか。

 

 意外と人が集まるねぇ。で出来たのが『月岡温泉街』です。

 

 

 温泉街ですから朝は比較的遅いスタートです。

 

 他も廻りましたが『商業施設』は全て閉まっており辿り着いたのがこの公園です。

 

 

 チョロチョロと流れる『湯元』は『飲料可』ですと。

 

 ん?飲んでみて驚いた。

 

 『月岡温泉街』自体は独特の『硫黄臭』に包まれており、到着時は強烈に感じた臭気が、一泊したら余り気にならなくなっている。

 

 それでもこの『発祥の地』周囲は又強烈な臭気が漂っている。

 

 で『源泉』をペットボトルに汲んで一口飲んで………

 

 「何じゃ こりゃ~」 思わず吹き出すなんて何十年振り?

 

 案内に『日本一まずい温泉です』と書いてありました。

 

 それでもこの源泉を『ペットボトル(500㎖)』に汲んで持ち帰り、翌日、自宅のお風呂に入れた所、しっかり温泉の臭いがしました。

 

 飲めますけどお勧めしません。

 

 ペットボトルで持ち帰り、お風呂に入れるのがベストです。

 

足湯

 

 チェックアウトの後、エンジンをかけて暖機(今のエンジンはいきなり吹かしたりしなければそのまま走行可です)します。

 

 ふと目の前の建物から人の笑い声が聞こえてきた。

 

 好奇心旺盛のこーちゃん何事だろうとウズウズ。

 

 

 『湯足美』と書かれた建物『足湯』が在りました。

 

 中に人が居るのに入り口は閉ざされたまま。

 

 ひょっとして『貸切』なのかな。

 

 

 料金無料!(足湯ですから)

 

 入り口が閉まっていたけど人が居る。

 

 何で?と思いながらも温泉入ってきたからいいもんね~。

 

 

 『多目的舞台』兼『展示場』の役割を持つ『月見台』

 

 『京都・銀閣寺』の『月見台』のミニチュアみたいなのが在りました。

 

 温泉がチョロチョロ流れているからちょっと違うか。

 

月岡温泉

 

 某宿紹介雑誌『〇こ〇こ』で見つけた『月岡温泉・最安値・二食付き』

¥7500 (入湯税別)

 

 料理のランクは+αに応じて『船盛』だったり『アワビの残酷焼き』や『胎内牛の陶板焼き』などなどオプション追加できますが、此処で美味しい物食べたら、翌日のb級グルメ廻りに影響しそう。

 

 で今回は『スタンダード』コースです。

 結果。これで充分、いや十二分。

 

 余りの量の多さに大食漢のこーちゃんでも、ご飯を残しそうになりました。(いや只の飲みすぎだって)

 

 勿体ないなぁ。と思っていたら仲居さん「夜食用におにぎりにしましょうか?」

 

 ナイス・アイディア  「御願いします」

 

 待つ事暫し。小振りのおにぎりが三つ。一個づつラップに包まれてました。

 

 部屋に戻り、温泉上がりの疲れが出たのかうとうと。

 

 いつもなら、魅惑的な夜の温泉街に下駄をカラコロさせながら出かけるんですけど、何となく疲れてたんで、部屋でテレビを見ながらゴロゴロしたり、ウイスキーをちびちびやったり。

 

 はたまた温泉に2度も入ったりして気が付きゃ真夜中。

 

 小腹が空いたかな位で『おにぎり』です。

 

 三つとも中身の具材を変えて在り、しかも『筍の粕漬け』まで。

 

 実はこれ、食事中に余りに美味しかったからどこかで買えるか仲居さんに聞いた物です。

 

 ちゃんと気配りしていたんですね。

 

 いや~ご飯の美味しい事。 で又飲んじゃったい。  でzzz………

 

 翌朝いつもの習慣で5時には起床。先ずは朝風呂です。

 

 いつものモーニングショーを観て『朝ご飯』(まっ普通のバイキングです)

 

 ご飯が美味しいく『朝からお替り!』 卵かけご飯で1杯。納豆で1杯。

 

 大満足でチェックアウトです。

 

 建物はそれ相応の年季が入り、経年劣化も感じます。

 

 でもこの観光収入激減の時に、頑張っているホテルは応援したくなります。キャンセルしなくて良かった。

 

 また今度、泊りに来ますね。

 

木道

 

 正面の石碑の前で何故か合掌して一礼します。

 

 その位圧倒するパワーが在ります。(※個人の感想です)

 

 木道が『将軍杉』の周りを一周していますのでこれを歩きます。

 

 『大木』を保存する場合、木に触れようとして近寄ると、靴底に付着していた『雑菌』などが『木』を痛めたり、又『根』を踏まれることによって全体に『病原菌』が行き渡ってしまうなどの弊害が生じ、挙句枯れてしまうらしいです。

 

 大勢の人に見て貰いたい、でも木を守らなければ。

 

 で所有者は大枚を叩いて木道を建設します。

 

 

 一度にに何十人と歩くでしょうから、しっかりした造りの木道です。

 

 聞く所によると、木道に使う『木』は『防腐剤』や『殺虫剤』は塗布されておらず、数年でボロボロになってしまうらしいです。

 

  確かに樹木保護の観点からは『防腐剤』など使えないか。

 

 その為強い『殺菌作用』や『シロアリ』などを寄せ付けない『ヒノキ』が使われるそうです。

 

 『神社仏閣』の多くが『総桧造り』なのも頷けます。

 

 

 見る角度や向きによってこんなにも様々に変化します。

 

 

 残念ながら枝分かれした先端は保護の為切られています。

 

 それでも圧倒的な存在感。

 

 目通りの太さ『日本一の杉』………です。

 

 だって屋久島に行って『縄文杉』観た事ないもん。

 

 

 

 パワースポットで十二分に充電終了!

 

 木道をドコドコ歩きながら思いました。

 

 『木道』と云えば何と云っても『尾瀬』

 

 まだ行ったことない。で行きたい場所候補にメモっときました。

 

将軍杉

 

 『日本の巨木』で検索してみて下さい。

 

 巨木の定義は

 

 1)目通り(目の高さ≒地上高130㎝)の外周

 

 2)目通りの木肌に沿わせた外周

 

 3)木肌に沿わせた外周の最大値

 

 などなど。要は木肌に沿わせて外周を測るか沿わせずに測るか。

 

 

 こんもりとした杉木立の森が在りました。

 

 欝蒼とした暗がりに道は続いています。

 

 

 『沢登り』にも匹敵するような溢れる水もこの先には流れていません。

 

 あぁ良かった。

 

 

 何やら所々の修正箇所が気にはなりますけど。

 

 木道により整備された散策道は滑りやすいですので注意が必要です。

 

 

 う~ん圧巻。

 

 暫し言葉なく見見とれてていました。  続く。

 

巨木

 

 『日本三大〇〇』って大好きです。

 

 この日も『日本三大峡谷』の一つを廻ってきた処です。(前章参照)

 

 燕三条から県道経由で国道290号線に入り、目指すは国道49号線。

 

 実はこの国道49号線。東北大震災の直後に救援物資を運ぶ際、まだ東北自動車道が復旧する前まで、新潟周りで福島に入るように指示された道です。

 

 『新潟市』から『福島県いわき市』までを結ぶ『磐越自動車道』ですが、震災直後は崩落個所などが在り夜中に国道49号線をひた走りました。

 

 そんな時に見つけたのが『日本一の巨木』の看板です。(前はこんなじゃ無かったような)

 

 この時は夜中でも在り、流石に山道を行く気にもなれなかったのですが、何時か行ってみたい場所に決めていました。

 

 

 山道に差し掛かると何故か道路に水が流れています。

 

 融雪用の水? にしては水量が多い。

 

 さては用水路がゴミかなんかで詰まって溢れてる?

 

 

 いやいや、車から降りられませんって。

 

 よく見ると用水路は『板』で塞がれ、ワザと水を道路に流れ出させているようです。

 

 やはり『融雪』の為みたいです。

 

 『融雪』に『塩カル』などを多量に使う山間部では、その下流域において『塩害』の報告も聞かれますし、雪が解けた道路に、『塩分』を嘗めに来る『鹿』などの『接触事故』も聞きます。

 

 自然に優しい融雪です。靴が濡れる位………

 

 

 坂道を下る水は『勢い』も手伝い、高をくくっていた水量は一瞬にしてくるぶしのカットを超えて靴の中まで『水浸し』

 

 そりゃ『ガキ』の頃なら『長靴』の中に水が入っても喜んでましたけど、いい大人が冬の『冷たい水』に『ずぶ濡れ』ってシチュエーションはあんまり経験ないです。

 

 やはり冬、雪国を行く際は長靴の準備が必要かな。

 

 余談ですが新潟県では冬、道路の中央部から水を噴出させて融雪させます。

 

 更には各家庭、職場の出入り口でも水を流しっぱなしにして融雪させる処も多いです。

 

 困るのは歩行者。時に水溜まりに足を突っ込んだり、噴出す水の勢いが強すぎてズボンまで濡らしちゃったり。

 

 ある時見掛けた雪国の高校生は、靴下の上から『スーパーのビニール袋』を履き、ズボンに巻き付けてテープで止めていました。それも数人。

 

 靴が濡れるのは当たり前。

 

 靴下、ズボンが濡れなければという発想ですね。

  

燕三条市

 

 『白い清津峡』を堪能した後、時間の関係で高速道路を使って『燕三条』へと『ひとっ飛び』(これって佐久の方言?

 

 目的は二つ。

 

 1)イタリアン  2)ペティナイフ

 

 某TV番組で観た新潟県民のソウルフード『みかづき・イタリアン』

 

 『みかづき』は新潟県下にチェーン展開している為、デパートのフードコートなどで良く見かけます。

 

 この日、朝から楽しみにしていたので早速検索。

 

 燕三条インターを降りるとすぐに目的地を発見。

 

 勿論オーダーしたのは一番オーソドックスな『イタリアン』

 

 

 余りにお腹空いてたから写真撮る前に少し食べちゃいました。

 

 お店の方に写真撮影の許可を頂きまして。

 

 『イタリアン』 麺は太めの焼きそばです。

 

 トッピングメニューに『イタリアンソース大盛』が在りますので掛かっているソースが『イタリアン』

 

 更に『ショウガ』が添えられています。

 

 麺と一緒に炒められているのが『モヤシ』

 

 和食でしょうか洋食でしょうか? 美味しければ良いんです。

 

 

 小腹を満たし次に向かった先は『ストック〇スターズ燕店』

 

 刃物工場直販で、アウトレット商品が超格安で手に入ります。

 

 商業施設の為写真は撮っていません。

 

 只でさえ格安のお店の中でも『訳アリ品』はナント¥10~(正しお一人様2点まで。)

 

 この中から『皮むき器』と『パイナップルカッター』で¥100!

 

 購入した物は『ステンレス製洗い桶(凹みあり)』『ペティナイフ(台紙に汚れ)』『蓋つき小型鍋(?)』『ワイン用・ソムリエナイフ』『陳列用シルバートレイ』その他諸々買い込みまして¥5000弱。

 

 正直『ペティナイフ』だけで予算は¥5000と思ってましたのでかなりお得!

 

 『ペティナイフ』も、ちゃんとした『モリブデン鋼』の高級品です。

 

 いや~このお店が近くに在ったら、毎月掘り出し物探しに来るな。

 

 大満足の買い物を終え、カーナビに入力したのは『将軍杉』

 

 次回、乞うご期待。

 

第4見晴台

 

 いよいよメインイベントの第4見晴台です。

 

 皆さん写真をUPしているあそこ。

 

 

 何故、天井に風景が写り込むのか?不思議でしょうが無かったから実際に来てみました。

 

 人が居なかったのは幸いでした。(この3分後には追い抜いたカップル登場)

 

 この先は浅いプールになっており、左右の壁面の近くは水深2㎝程、普通の靴でも歩いて渡れます。

 

 ちゃんと片側通行になっていて、展望台に行くには右壁面、戻ってくる場合は左の壁面の脇を歩きます。

 

 水鏡に外の景色が写り込むのは解ります。

 

 天上や壁面にに写るのは何故?

 

 

 試しに先端のテラスまで歩いて行くと、透明のガラス仕切りが在り、一応『転落防止』の役を買っているみたいです。

 

 『渋谷・駅テラス』にも同じようなのが出来たみたいですね。

 

 う~ん行ってみたい!

 

 靴を濡らしてまで見た景色は………佐久辺りの冬、山に行けば普通に見られる景色………とまでは云いませんけど。

 

 

 後方でカップルさんが写真を撮り始めていましたので、場所を開けるべく戻ります。

 

 ボロ靴は防水スプレー吹きかけてあるのに何故か水が沁み込んできてるし。

 

 カップルさんの移動を待ってたんですけど中々動いてくれそうに無かったんで帰りますか。

 

 

 で答え。

 

 『総ステンレス張り』

 

 冬季閉鎖中に磨き込まれたんでしょうか、汚れ等無くきれいに反射してました。

 

 おしまい。

 

 

トイレ イン トンネル

 

 照明が『赤』から『青』のゾーンに変わって少し行くと『第一展望台』が在る。

 

 このトンネルは最奥の展望台に向かって、全部で四つの展望台が在り、日本三大峡谷の一つで在る『清津峡』の深い谷間を見る事が出来ます。

 

 

 第?展望台に接続する通路天井は『アラ、素敵』

 

 『丸い反射材』と『間接照明』が創り出す幻想空間です。

 

 展望台からは

 

 

 山ん中では冬、まあ普通に見られる景色かな?

 

 

 んで『第?展望台』通路に在ったのがこれ。

 

 何かのオブジェ?と思いきや見慣れたマークが。

 

 

 この男女のマークはそうアレ。土足禁止、スリッパ着用のトイレでした。

 

 総ステンレス張りの曲線が未来的な雰囲気を醸し出しています。

 

 特に用は無かったので中まで覗きませんでしたが、後でリーフレットを読んでみると『透過式』と書いてあります。

 

 光が透けるって事? 見て来ればよかった。

 

 誰か行かれた方、写真UPお願いします。

 

 (まさかのマジックミラー仕様?)

 

清津峡

 

 昨今、『インスタ映えスポット』としてつとに有名に成りました。

 

 貴方も絶対観た事ある筈。

 

 『日本三大峡谷』の一つで『越後湯沢』のスキー場から手軽に行けます。

 

 春の新緑から秋の紅葉、そして今回『白い冬』を目指して雪の山路をクネクネ登っていきます。

 

 ネットで調べると『冬季閉鎖期間』が2/15まで在り、点検整備をするらしい。

 

 『玉屋商店』はなるべく水曜日定休にしているので(なるべくなら定休って云わないか)行った先の美術館・資料館・展示場などが『閉まってました』が多いです。

 

 行く前に確認は怠れないです。

 

 

 無料駐車場に車を停め、トイレを済ませて。

 

 温泉旅館の間をトコトコ歩いてトンネル入り口まで数分。

 

 

 トンネルを歩くだけで¥600はちと高すぎないかい?

 

 でもトンネルを歩かなければ観られないし。例のアレ。

 

 

 雪のチラつく中を歩いて来た体は、早く温かい処へ潜り込もうと催促してくる。

 

 このトンネル実は温泉の『源泉』を掘る為の物。地熱でトンネル内は寒いというほどでもないです。

 

 逆に防寒着のファスナーを開けて丁度良い位です。

 

 料金を払い、『リーフレット』と『入場記念券』を貰います。

 

 でもこれ、くしゃくしゃになる位なら帰りに渡して欲しい。

 

 私の場合はなるべく折り目等を着けたくないのでプラスチックケースをリュックに入れていくが、この時は車に忘れてきたじゃないですか。

 

 ハイ案の定クシャクシャです。で結局ゴミになっちゃうんだよね。

 

 薄暗いトンネル内の照明は何故か『赤』しかも何やら不気味な音楽が聞こえてくる。

 

 

 前を歩くカップルは何故かピッタリ身を寄せ合ってるし。

 

 いいもんね。と足早に追い越すと今度は照明が『青』に変わる。

 

 そして………。

 

キャンセル料

 

 世間が『コロナウイルス感染予防』を意識しだし、『ステイ・ホーム、お家で過ごそう』が合言葉のように聞かれる様になり始めた頃、一つの問題が生じました。

 

 まさか世の中、これ程自粛ムードが高まると想わなかったので、賃餅の稼ぎが良かった12月、『新潟の温泉』を予約してました。

 

 宿泊予約した二日前になってもまだどうしようか迷っていましたが、12月初旬~1月~2月、何処にも出かけていない自分への『ご褒美』でしたので、『なるべく他人に接触しない』を心掛け、出かける事にしました。

(正直キャンセル料50%は痛い)

 

 世の中は『マスク』の入手が困難になり始めた頃、買い置きしてあったマスクを荷造りの中に入れて、2月のとある日に出発。

 

 早朝に車で家を出て、軽井沢~渋川~国道17号線三国峠へとノンストップで駆け抜けました。(高速料金も勿体ないもん)

 

 ホントは『猿ヶ京』で写真を撮りまくる予定だったんだけど、『月夜野』を過ぎた辺りで降り始めた雪が、『猿ヶ京』辺りでは、交通量は少ないのに除雪車が出動していた位の結構な量の積雪。

 

 万が一『三国峠』が閉鎖になってしまったら、又戻らなければならないからと、兎に角先を急ぎました。

 

 群馬県側のクネクネと違って新潟県側の道路はほぼまっすぐ。 

 

 『苗場』から『かぐら』と続くスキー場のゲレンデは、暖冬の影響を受けてか雪は少なく、露出した地表が痛々しい位です。

 

 輪をかけてゲレンデの広大な駐車場に停車している車両が少なく、人影が見当たらない。それでも白いゲレンデには所々で人影が動いている。

 

 スキー場自体は営業しているんだ。

 

 暖冬と自粛ムードの『ダブルパンチ』にスキー場関係者はどうなるんだろう?

 

 『ぴんころ地蔵』の観光土産として『ぴんころ饅頭』や『くるみ餅』を製造している身としては、あながち他人事とは思えません。

 

 トイレ休憩に立ち寄ったのが『道の駅・みつまた』

 

 

 屋根付きで身体障害者にも特に優しい道の駅です。

 

 えっ私は雪の中に靴を埋めながら歩いて来ましたよ、勿論。

 

 たまに見かけますね。身体障害者スペースに『当然』みたいな顔して停めている障害者マークの無い車。

 

 介助の為に他に誰かを乗せているでも無く、何処が障害者なんだろう?

 

 本当に障害者スペースを必要としている人は、必ずマークを前後に表示し、中には証明書類をダッシュボードに広げている人もいます。

 

 聞く所によると人の迷惑を顧みない人はある種の『障害者』なんだそうですけど。

 

 

 なんとこの『道の駅・みつまた』には、販売所の一角に『足湯』があるんです。

 

 しかも『無料‼』 屋内に在るのは冬季の事を考えて。流石豪雪地帯。

 

 お立ち寄りの際は『足ふきタオル』をお忘れなく。

 

 生活のワンポイントアドバイスでした。

 

ファイヤー!

 

 夕方5時をまわる頃『神官さん』登場。

 

 『祝詞』と『お祓い』により儀式が執り行われます。

 

 

 『神職』の方から『氏子総代』『祭事係』『警察官』『消防団』『商店街』と序列の順に『玉串奉納』です。

 

 やけに子供が増えてきたな。と思っていたら皆一様に『お面』を着けています。

 

 

 この後、『狐面』を着けた子供が『ランタン』の『炎』を松明に移し、四方八方から一斉に点火。

 

 

 四方八方から点火された『御焚き上げ』の火はみるみる大きくなり、やがて巨大な炎となっていきます。

 

 

 炎が轟轟と音を立て、周囲に『火の粉』が飛び交う頃、クライマックスの花火が打ち上げられました。

 

続きを読む

御焚き上げ

 

 『鼻顔稲荷』で参拝を済ませ、領布所で『御朱印』と陶器製の『狐』を買いまして、準備万端。今年は『商売繁盛』間違いなし!

 

 例年、『鼻顔稲荷』の『初午』へは店を閉めてから来ますが、今回は午後3時には閉めちゃいました。

 

 河川敷に造られた『祭壇』で行われる『御焚き上げ』が見たいなと。

 

 

 『玉屋商店』では毎年恒例として『高崎・達磨寺』の『縁起ダルマ』と『成田山・薬師寺』で『節分会』の『ダルマ』、山門市『福撒き』の『福ダルマ』がやって来ます。

 

 『高崎ダルマ』は『達磨寺』へ返納します。

 

 他の『ダルマ』は地元の『どんど焼き』の時、炊き上げて貰います。

 

 消防団にいた時、この『どんど焼き』の『火の後始末係』を仰せつかりまして、火の管理から灰の後始末までやりました。

 

 『ダルマ』って、底の部分に『粘土』の重りが付いているんですけど、これが真っ赤に焼きあがって冷めるまで待つのが大変。

 

 ある年から、底の重りを予め剥がしてから山に組む事にしました。

 

 他の所がどうやっているかは知りませんが。

 

 

 『鼻顔稲荷』の神官さんにより儀式が行われる祭壇です。

 

 多分地元の『祭事係』が準備するんでしょうね。

 

 

 祭壇の中央にはランタンに入れられた『蝋燭の炎』が揺れています。

 

 そして段々と陽が陰り始めます。

 

稲荷神

 

 『神道』における『稲荷伸』は云わずと知れた『八百万の神々』の一つ。

 

 『神仏混淆』により『仏教』の『神』、『ウケノミタマ』と混合され、京都『伏見稲荷神社』も在れば、愛知『豊川閣・妙厳寺』の『豊川稲荷』も存在します。

 

 どちらも『農耕の神様』とされ、『五穀豊穣』や『養蚕』『商売繁盛』にご利益があるとされ、農業や商売している人に人気が有ります。

 

 『鼻顔稲荷』も『養蚕』が盛んな時代、県下はおろか遠く『群馬』や『山梨』からも『養蚕の大量収穫』を願って大勢の人が訪れたと云います。

 

 実は此処、当時若者の『出逢いの場』でも在ったらしく、『縁結び』や『子宝祈願』にもご利益在りとされていました。

 

 

 そもそも『稲荷伸』をお祀りしていた『祠』は、社殿の裏にあるこの『洞窟』、ひっそりと佇んでおり知らない人も多いかも。

 

 『狐』が住んでいたとかじゃ無いとは思いますが………。

 

 

 現在の『参拝所』は、『ウナギの寝床』宜しく細長い社殿の最奥に在ります。

 

 

 お賽銭を奮発して。もちろん祈願は『商売繁盛』

 

 『玉屋商店』は『売り上げ』=『収入』に直結してくる『個人事業』ですので、死活問題です。

 

 『何卒、何卒商売繁盛致します様、宜しくお願い申し上げます。』

 

 ※初午のこの日、人が居ないんじゃないんです。写り込まない様に撮影するのが結構大変なんです。

 

 参拝を済ませた後、『湯川』河川敷にあつらえられた『御焚き上げ』の『祭壇』に向かいます。

 

 以下、次回です。

 

奉納額

 

 『鼻顔稲荷・はなづらいなり』は『日本七大稲荷』にも数えられる由緒ある神社です。

 

 24h・365日何時でも参拝出来ます。 しかも拝観料無し。

 

 拝殿は『ウナギの寝床』宜しく、湯川の断崖に沿って細長~く続いてます。

 

 その入り口に掲げられている扁額の大きさたるや。

 

 知る限り佐久で一番大きいかな。

 

 

 毎年、『初午』の日だけは参拝客でゴッタ返しますけど、普段の日は社務所に人が詰めていません。

 

 もし普段、『御朱印』や『お札』『狐』などを所望するなら、予め電話確認が必要です。ホームページでご確認下さい。

 

 

 そして建物内に掲げられた『奉納額』の数といったら………。

 

 

 こんな古めかしい物から

 

 

 小型でカラフルなモノ。

 

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初午

 

 『初午』は旧暦の正月明け最初の『午の日』に開催されますが、昨今は休日に合わせての開催となっています。

 

 『鼻顔稲荷神社』も毎年『2/11・建国記念日』が縁日となります。

 

 参道には『テキヤの屋台』や『縁起物屋』がズラリと並びます。

 

 

 まだ『新型コロナウイルス』の脅威が『対岸の火事』『どこ吹く風』

 

 店を早めに切り上げて、『御朱印』を頂く為に出かけました。

 

 まだ明るいので先ずは腹ごしらえ。

 

 『焼きそば』『たこ焼き』『ポテトフライ』 高いのは承知なんだけど買っちゃうんだよね。

 

 

 朱塗りの『一の鳥居』には『鼻顔大神』と書かれています。

 

 一礼して潜ろうとすると、三人組の外人さんが『ナント書いてます?』と聞いてきました。外人さんですけど日本語お上手。

 

 『アフリカ系』『ロシア系』『フランス系』という感じですかね。

 

 勿論ペラペラっと答えましたよ、日本語で。

 

 「はなずらおおかみ」

 

 『ロシア系』の方は日本語の『おおかみ』を知っていたのか、すかさず「Wolf?」「No No No Fox!」 (漫才みたいな実話です)

 

 勢いで『狐』って言っちゃったけど、訂正する程の語学力は無い。

 

 さっさと行こ。

 

 

 表参道の『男坂』の石段は、基礎が痛んできてしまい現在通行不可、代わりに出来た参道は鉄製の階段。これを上りきれば。

 

 

 迎えてくれるのが『狐舎』(写真は2018/2/11の物です)

 

 『鉤』を咥えて『炎宝』に手?を添えているのが雄。

 

 『巻物』を咥え、『子狐』を守っているのが雌。

 

 お供えの『油揚げ』が『賽銭箱』の上に並んでいます。

 

 大昔ならいざ知らず、現在は『ゴミ』として片付けられてしまう位なら、『お賽銭』のみとしておきます。

 

 色々な場所で『お供え物』を見掛けますけど、片付ける事考えているのかな?

 

 でまだまだ続きますです。

 

白いダルマ

 

 本堂で参拝した後、左手に在る『達磨領布所』に並んで『縁起達磨』を買い求めます。

 

 毎年『ランクアップ』していくとキリが無いので、昨年と同じ大きさでいいかなと思ってました。

 

 イザ自分の番になり『達磨』に書かれた金文字の『商売繁盛』『大願成就』を頼むと売り切ですと。

 

 「白い達磨なら在ります」との事でしたので、財布と相談して『3号半・白ダルマ』にしました。(ダルマは『赤』がふさわしいけど無ければしょうがない)

 

 ここら辺が、『お寺側』と『テキヤ側』の弊害だが仕方ない。

 

 

 ホワイトバランス調整が失敗してしまいました。

 

 『達磨大使立像』です。

 

 買い求めた『ダルマ』に今度は『魂』を入れて貰います。

 

 一段下がった『社務所』にて、住所・指名・祈願文などを用紙に書き込み、僧侶により『入魂の儀』をして貰います。

 

 『高崎駅前・だるま市』では『達磨職人』により『名前・祈願文』その場で書き入れて貰えますが、『入魂』までは流石に………。

 

 『少林山・達磨寺』では『入魂』して貰えますが、職人さんが『達磨文字』で書き入れてくれるサービスは在りません。

 

 出来れば『達磨職人さん』に『名前・祈願文』を書き入れて貰い、僧侶に『入魂の儀』をお願い出来たら最高なのにね。

 

 

 北向きの斜面に在る『少林山・達磨寺』の総門はもう陽が陰り始めています。

 

 正月二日。ゆっくり参拝しても明るいうちに家に帰れそうです。

 

 何食べて帰ろっかな。(普通は正月休みですよね)

 

達磨寺本堂

 

 石段の上に在る『招福の鐘』を願掛けしながら撞きまして、さて本堂へ。

 

 

 本堂へは更に石段を上ります。

 

 

 なんだろうこの『石』の配置、明らかに日本の枯山水とは違う。

 

 やはり『中国文化』の影響ですかね。

 

 で上りきると。

 

 

 上の写真は2017年の時の物です。

 

 現在は『達磨納め所』が造られていますので、お寺の側で達磨を並べてくれますが、この時は積み重なってる場所に自分で勝手に置いてきた様な。

 

 『鰐口』が三つ在りますけどそれでも混雑時は長蛇の列。

 

 あの~神社じゃないから『柏手』は無いでしょ。

 

 

 『達磨寺』と書かれた提燈が掛けられている所を『木鼻』と云います。

 

 日本では『獏』(鼻が長いから象と思っている方が多いですけど)が主流ですけど、『獅子』や『龍』何て処も在ります。

 

 これは『唐獅子』ですかね。

 

 で『長押』に『牡丹』なら ♬唐獅子牡~丹~(BY高倉健

 

 日本では昔、『神仏混淆』が起きまして、明治時代に『神仏分離』が行われるまで『神道』と『仏教』が入り乱れると云う現象が起こりました。

 

 『京都・伏見稲荷』は『神社』 『愛知・豊川稲荷』は『お寺』

 

 神社に『鈴』でなく、『鰐口』が下がっていたり。

 

 『ぴんころ地蔵』の『成田山・薬師寺』の境内にも『鳥居』が在ったりします。

 

 『御朱印』も,そもそもは『お寺』に写経を収めた人が、持参した『納経帳』に証拠の印を貰うというものでしたが、現在は『神社』も『寺院』も関係なく発行しています。

 

 貴方の『御朱印帳』もゴッチャになってない?

 

 ウチのは勿論、ゴッチャゴッチャ。

 

この 長い 長い

 

 と脅かす訳では在りませんけど、総門を潜ると目の前に立ちはだかるのが  長い  長い『石段』です。

 

 色々な『石段』を上りましたけど、一番キツく感じたのは『身延山・久遠寺(日蓮宗)』ですかね。一段の幅と高さが結構大きく、又急角度の為、夜間通行禁止になるくらいです。

 

 『讃岐・金比羅宮』785段も上りましたけどゆっくり上ればそんなに苦痛じゃ無かったような。若い時だったし。

 

 東京タワーの外階段600段も上った事在りますけど、なんせ昔の体重70㎏の頃ですから。(エレベーターじゃ無くてもしっかり展望台使用料取られます)

 

 石段・日本一は熊本に在る『釈迦院・御坂遊歩道』の3333段!

 

 いつか征服してやる。

 

 その前の難敵なのが『ダイエット』(因みに現在99㎏)

 

 『階段駆け上がり競争』の日本一のっぽビル『あべのハルカス』でも1610段ですから。(いや駆け上がれる人がいるだけで凄い!)

 

 まぁ『少林山・達磨寺』の石段も、ゆっくり上ればきつい程じゃ無いです。急ですけど。

 

 

 石段を上りきる直前に、頭上を横切るように鐘楼(こういうの鐘楼って呼ぶのかな?)が在ります。

 

 

 右から『三陽開奏・さんようかいたい』と読むらしく、中国春節で云う処の『新年あけましておめでとう』の意味です。

 

 三匹の羊=『三羊』も『三陽』と同じ発音の為、春節には『三匹の羊の絵』が飾られたりもします。

 

 流石  中国伝来『黄檗宗』‼

 

 余談ですが『中華料理店』などでよく見かける逆さまの『福』、『倒福』と云って『福が来る』『福よ来い』といった意味です。

 

 以前、フィリピン人の中華料理コックさんに教えて頂きました。

 

 

 いつもは順番待ちの長い列に諦めていた『招福の鐘』

 

 独特な鐘の撞き方で、余韻が消えるまで待ちながら、一人が三回撞きます。(だから時間が掛かるのなんの)

 

 いつもは順番待ちの長い長い行列にウンザリして諦めていましたけど、この時は数人しか並んでいなくて、初めてこの『鐘』を撞くことが出来ました。

 

 めでたしめでたし。 ってまだ参拝してないじゃん。

 

黄檗宗

 

 『黄檗宗(おうばくしゅう)少林山・達磨寺』

 

 日本の七大宗派には見られないです。

 

 中国に広く広がる禅宗の一派です。

 

 そもそも『達磨さん』って、インドで生まれた『ボーディ・ダルマ』と云う方で、仏教が中国に渡り『達磨大使』と呼ばれる様に成りました。

 

 安中=高崎間を走っていると国道沿いに否応なく並んだ『縁起達磨』をが目に入ってきます。

 

 『碓氷川』架かる『高鼻橋』付近に『少林山・達磨寺』の案内標識が在り、これに従って側道から『高鼻橋』を渡ります。(高い鼻なら天狗じゃないの)

 

 普段は『少林山・達磨寺』直下の駐車場に車を停めて、参道を上りますが、この日は七日に開催される『達磨寺・七草大祭』の準備もあってか橋の袂の臨時駐車場へ向かうように指示されています。

 

 以前はこの道路沿いにズラリと並んだ屋台が、今回は一切見当たりません。(テキヤの皆さん、駅前の方へ出店してるんですね)詳しい事情はウイキペディアで検索どうぞ。

 

 

 この鉄パイプ製の柵が何を意味するか………。

 

 第三者が口を挟む問題じゃないですから。

 

 

 入り口にあたる『総門』の幔幕には『三つ葉葵の御紋』

 

 水戸黄門の印籠の紋と同じです。と云う事は徳川家の庇護?

 

 だらりと垂れた『五色の吹き流し』と『謎の旗』その時は『五色幔』位に思っていたので気にも留めませんでしたけど、改めて画像を見ると気になる。(いくら画像を検索しても解りません)

 

 来年の正月まで待ちますか。(ご存じの方メールで教えてね。メールアドレスはトップページの最下段に在ります)

 

 

 水戸光圀と縁が在るとは知らなんだ。

 

 だって例年は人が多すぎて、案内をゆっくり見て(いや案内が在った事すら知らなかった)いられなかったもんね。

 

 個人的には、人も少なく、ゆっくり参拝出来る今の方がいいな。

 

高崎市庁舎

 

 高崎駅前の『高崎だるま市会場』を後にして、車を停めた市庁舎に戻りました。

 

 折角だから展望階まで行ってみようかな。

 

 

 さっきまで居た場所。この有様です。(うじゃうじゃワンサカ)

 

 展望デッキはからは360度、四方八方が見渡せます。

 

 

 高崎と云えば『白衣観音』 高崎山の高台から高崎の街を見守ります。

 

 高圧電線がなんでそこに?

 

 

 前橋から『赤城山』方面。一際高い建物は『群馬県庁』です。

 

 大多数の県庁は、『県下一高い建物』で在る事が多いですよね。

 

 長野県ですか?なんと長野市に在る『某通信会社』です。

 

 屋上部のアンテナタワーまで含めると100mオーバー。

 

 長野県庁には『歴史』が在るからいいんです。

 

 

 冠雪の山は『浅間山』です。

 

 手前のゴルフ練習場の在る山を廻り込むと『少林山・達磨寺』

 

 そろそろ移動しますかね。

 

鶴亀

 

 5月も下旬に突入なのに、この章は正月二日の事です。

 (だって出かけられないじゃないですか)

 

 『縁起達磨』は実は各地で造られたりしていますが、有名なのが

 

 『越谷ダルマ』 関東一円、寺院の門前などで売られている『縁起ダルマ』はほぼ此らしいです。『成田山・薬師寺』の節分で手に入るのもこちら。

 

 『松川ダルマ』仙台付近で見かける。極彩色の絵付けが施され、立像を表現した細長い形。両目が最初から描かれています。

 

 『高崎ダルマ』真っ赤な『縁起ダルマ』で『起き上がり小法師』の様に底に陶器製の重しが付けられており、顔の表情も眉毛に『鶴』、髭に『亀』が描かれています。

 達磨の『左目』(向かってじゃ無いです)を書き入れて『願』を掛け、成就後に『右目』を書き入れる。(選挙当選事務所の映像で見るヤツです)

 ナント国内シェア80%以上とか。

 

 無事に一年過ごせたら御焚き上げして貰い、新しい『達磨』を迎える。

 

 

 会場のテントでは『達磨職人』による『文字入れ』サービスがあると聞き、列に並んびました。

 

 自分の名前や祈願を墨書きしてくれるサービスで¥500也。

 

 「先にダルマを買って来てから並ぶんですよ」と後ろから声を掛けてくれたのが中国人の方。

 

 「駅前のダルマ市には初めて来たから助かりました」と丁寧にお礼を述べ、ダルマ販売ブースへ。

 

 でもどのブースでも価格表示が無い。(時価だったらどうしよう)

 

 縁起物だから相場価格らしいのだが、どうにも腑に落ちない。

 

 毎年、『少林山・達磨寺』で『縁起達磨』を求め『魂』を入れて貰らってますので、何だかなぁの気持ちで会場を後にしました。

 

 

 なんとなく『鶴』は解るけど『亀』?………。

 

イベント会場

 

 『高崎駅西口』から『高崎市役所』へと西に延びるメインストリート。

 

 普段はビジネス街の大通りなのだが、この日は『高崎だるま市』のメイン会場として歩行者天国になっていました。

 

 

 正月らしい賑やかな『謡』演じられていた。

 

 『羽織袴』のいでたちで、『三味』や『尺八』のおめでたい事!

 

 

 会場内のあちこちには『屋外用ストーブ』が設置されていて暖を取れるようになっていた。

 

 バイク用に新調した『ワー〇マン』の『イージス』を着ていったこーちゃんには無用でしたけど。

 

 熱効率が気になったもんで手をかざしましたけど『焚火』の様に熱さを感じました。

 

 

 両サイドには『高崎ダルマ』の販売ブースや、お祭りの屋台よろしく『おでん』『たこ焼き』『串焼き』『ポテト』『ジュースやビール』その他諸々のテントが並んでいました。

 

 群馬名物『焼きまんじゅう』を買って食べましたが、例によって手がベトベトになっしまいました。

 

 

 『大ダルマ』に辿り着いた時には、『祈願』がびっしりと書き込まれており、スペースを探すのが一苦労。

 

 でも『身長180+手が長い』こーちゃん、背伸びしながら高い位置に『商売繁盛』と書き込みました。

 

 今なら迷わず『新型コロナウイルスが一刻も早く対策されますように!』って書くだろうけど。

 

 長野県では『新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の解除』が宣言されましたが、まだまだ油断は禁物。

 

 お店が『暇』なのは各自で外出を控えているからだと思いたい。

 

 あぁ。売り上げが………。

 

高崎ダルマ市

 

 正月二日。佐久から高崎まで車で行くなら、軽井沢経由『国道18号線』もしくは内山峠経由『国道254号線』『群馬県道71号線』で高崎駅。

 

 しかし『少林山・達磨寺』は『安中』寄りにあるので、国道254『富岡』から群馬県道10号線を北上、国道18号線に出る一つ手前を右折し『少林寺道路』へ出る。(付いて来れる?googlemap見てね)

 

 今年は高崎駅周辺で買い物したかったので直に高崎入りしました。

 

 数年前から『達磨寺』と縁起物を売る『テキヤ』との間で悶着が在り、『少林山・達磨寺』周辺から『ダルマ』や『縁起物』『たこ焼き』などを売る『露天商・屋台』がすべて出店を控えるようになってしまった。

 

 詳しいいきさつは適正な『出店料』が支払われていなかった故らしいのだが、よく分からない。(第三者であるので無責任な個人的意見は差し控えます)

 

 詳しく知りたい人は『高崎だるま市と少林山・達磨寺』で各自検索!

 

 で高崎市庁舎の駐車場に車を停め、カメラを提げてノコノコ歩いて駅方向へ。

 

 

 前出の『ハープの泉』の傍、『高崎城址公園』の一角に在ったのが上の写真。

 

 題して『将軍の孫』

 

 

 タイトルから変な髪形の隣国の『将軍』を連想してしまいそうだが、ブロンズの『少年像』はポッコリお腹の幼児体系でいかにもユーモラス。

 

 (そりゃこーちゃんもお腹だけはポッコリですけど)

 

 作者の『北村西望さん』の名前を見つけてビックリ。

 

 つい前日、広島平和記念公園の『折り鶴の塔』から『長崎平和記念公園』の『平和祈念像』などを調べていたばかり。

 

 30年も前、九州を計画も無く旅した時に『平和祈念像』の下で同じ格好をして写真を撮った記憶があるけど、その写真は何処?

 

 『ミケランジェロ』の彫刻にも似た『筋肉美』の力強さが在りました。

 

 『将軍の孫』にも、背景に『軍事力』を感じさせながらも『あどけなさ』の残る少年の対比に作者の『メッセージ』を感じます。

 

 遠くのステージから『和太鼓』の響きが轟いてきます。

 

 急げ!

 

緊急事態宣言解除

 

 2019/5/14政府は『新型コロナウイルスによる緊急事態宣言解除』を39県に限り発令しました。

 

 しかしぬか喜びばかりも出来ません。

 

 まだ解除の対象外に住む人も沢山いますし、そもそも『新型コロナウイルス』が消滅した訳でもありません。

 

 感染の広がりが抑えられてきているので、経済的困窮者を助けるべくとった手段であり、気を抜けば再度爆発的感染(カタカナで何て言ったっけ?)も在りうるかもです。

 

 これからも個人的な感染対策は絶対必要です。

 

 気がかりなニュースが一つ。『猫』にも『新型コロナウイルス』が感染したそうです。野良猫やペットからも感染の可能性が出てくる?

 

 

 『玉屋』店頭に在る『達磨』は、毎年『高崎・少林寺』まで買いに行きます。

 

 毎年サイズアップを図るととんでもない事になってしまいますので、気の向いた年だけ一回り大きくします。

 

 『商売繁盛』『大願成就』と書かれた『縁起達磨』ですが、今年は『赤』が無くて『白』にしました。

 

 例年、正月2日に『黄檗宗(おうばくしゅう)少林山・達磨寺』で買い求めるのですが、今年は先ず『高崎駅前』の『だるま市会場』へ。

 

 『内山峠』から『下仁田』『吉井』そして『高崎』

 

 高崎駅前では道路を『ホコ天』にしてイベントの真っ最中。

 

 車を高崎市庁舎の地下駐車場に停めました。

 

 

 市庁舎をバックに、モニュメント『ハープの泉』

 

 この章は『縁起ダルマ』 2019/新年スタートです。

 

 (そしてまだこの時は『ヤツ』が密かに拡散していることを知らなかった)

 

台風一過

 

 2019/10/12夜半に、佐久地方東部に降水量500㎖を超える大雨を降らせた『台風19号』

 

 千曲川沿いでは堤防が崩れ、民家が倒壊するという悲劇を招いた。

 

 地下に埋設された『上水道』『下水道』も切断されてしまい近隣ではその機能を失った。

 

 早朝、千曲川の水量を見に行ったらこんな光景が。

 

 

 消火栓を使っての綸旨給水設備。

 

 此処までは水道が通っていたんですね。

 

 以前、私自身が消防団で活動していたことも有ります。

 

 決して日ごろの点検活動が無駄では無かったんですね。

 

 

 後日、佐久穂町の知人宅を訪れた際、河川の中で見かけたカーキ色の人達。

 

 日本が誇る精鋭部隊『自衛隊』の方々です。

 

 災害時などの復旧作業の為に、行政の要請に応えて出動。

 

 その活動範囲は多岐にわたり、一般人では不可能な作業内容も見事に成し遂げてくれる。

 

 時に『津波』の災害復旧で連日の捜索であったり、時に『噴火』直後の高山で炎天下の中、積る灰に足を取られながらの活動や、冷たい水の中に入っての復旧作業。

 

 自衛隊員の旦那さんが『津波』の捜索活動に赴き、連日連夜の活動で疲労の色を感じた奥さんが「疲れているみたいだけど大丈夫?」とねぎらったところ、旦那さんはにっこり笑って「平気だよ。自衛隊員だぜ。」

 

 自衛隊員の皆さん。ご苦労様です。

 

 これからも『日本』と『日本の心』を守ってください。

 

台風19号

 

 町内旅行の『小布施』から帰ってきて暫く後、『ヤツ』が来やがった!

 

 その名は『台風19号』

 

 TVから流れた言葉『第一に命を守る行動を取って下さい』

 

 海岸線から遠い為、地震があっても『津波』の心配はないのだが、佐久には『活火山』の『浅間山』や『休火山』の『八ヶ岳』が在ります。

 

 『八ヶ岳』が噴火した時は『山津波』と呼ばれた土石流が『甲府』方面まで押し寄せました。

 

 『天明三年浅間大噴火』では群馬県側に甚大な土石流被害を与えています。

 

 2019/10/12 台風接近を伝えるニュースが流れましたが、佐久で過去被害を出した『千曲川の氾濫』は遡る事280年前の『戌の満水』以来在りませんでした。

 

 1742年の旧暦8月1日。台風の上陸により南佐久~小諸に掛けて千曲川が氾濫し、多大な被害を巻き起こしました。

 

 亡くなられた方も多く、佐久地域では今でも8月1日を『お墓参りの日』として休日とする企業も多いです。

 

 2019/9/12に上陸した台風も『関東・秩父』辺りから北上し、東信地方の『長野県・群馬県境』辺りに一日の降水量500㎖を計測しました。

 

 予測外の降水量は、山肌に浸透する以上に表面を流れ落ち、至る所で土砂崩れを引き起こしました。

 

 土砂崩れで倒された『樹木』が折り重なって『鉄砲水』を呼び起こし、流されて『橋脚』などにダムを造り、やがては『橋』を破壊、更に破壊された破片が下流の『橋』を破壊し『連鎖破壊』を引き起こしました。

 

 佐久でも千曲川沿岸の住宅が、堤防ごと崩壊する被害が出ました。

 

 穏やかな流れが濁流となり、田畑に大量の『石』や『砂』が流れ込み、農業の継続が危ぶまれています。

 

 道路を走行していて『増水』に巻き込まれ亡くなられた方も出ています。

 

 行政では1000年に一度起きる災害を想定して予防策を取ろうとしています。

 

 佐久市・千曲川の堤防も今秋には完成予定です。

 

 

 2019/10/13 『野沢橋』から『佐久大橋』方面

 

 

 2019/10/14 野沢側の崩落個所

 

 

 田んぼに流れ込んだ土砂。

 

 負けないぞ! 負けてたまるか‼

 

 

栗おこわ

 

 町内会の旅行は『小布施・偽ぴんころ地蔵』『中野・一本木バラ公園』と廻って再び『小布施・桜〇甘精堂』へと戻ってきました。

 

 当日いきなり食事の予約を入れた為、時間を指定されました。

 

 まっ、幹事のmissと云えばそれまでなんですけど。(幹事=私です)

 

 食事時間の30分前に到着。お土産売り場等で時間を潰して。

 

 食事は小布施名物『栗おこわ膳』

 

 皆さん美味しそうにbeerなんぞを飲んでいる。(ちなみに私が運転手)

 

 店内撮影禁止と云う事で写真は無いです。

 

 食後、メインイベントの『葛飾北斎館』へ。

 

 なぜ『小布施』に『葛飾北斎』? はウイキペディアに譲るとして。

 

 一度は観ておきたい場所の一つです。

 

 『自由行動1時間半』は人によって長すぎるとか短すぎるとか両論ありました。

 

 さて『バスの運転手』故に人より早くバスに戻って待機していなければいけない。

 

 ゆっくり見られないのが残念でしたけど、お陰でこんな場面に遭遇しました。

 

 

 ハイデッカータイプの大型観光バス、出入り口ドアの後ろに何やら『台』がせりあがって来た。

 

 ナニナニ? 初めて見るんですけど。

 

 

 このバスは『車椅子対応観光バス』でした。

 

 リフトは『車椅子』に人を座らせたまま上昇します。

 

 内部まで覗き込むのは失礼かと思い、遠くから見守るだけでしたけど、上昇後座席まで移動して着席。その後車椅子はトランクルームに格納。

 

 時間はかかるけど障害者にも優しいバスです。

 

 もっと増車されるといいですね。良い旅を。

 

ダリア

 

 『花』 結構好きです。

 

 雪解けを告げる『福寿草』 田んぼの畔に咲く『ヒメザゼンソウ』

 

 青空に映える『桜』 『藤』棚に下がる紫 今が盛りの『花水木』

 

 『水芭蕉』が開く頃にはそれこそ色々な花が咲き乱れる。

 

 でも今までイマイチ感じなかった花 『ダリア』

 

 小学校の花壇とかには必ず在りますよ。でもそんなに綺麗とは思はなかった。

 

 その概念覆りました。此処『一本木バラ公園』で。

 

 

 完全な幾何学模様を形成している植物の神秘。

 

 左右対称をなす『葉っぱ』とその『葉脈』

 

 観ていて『安定感』がありますね。

 

 

 ダリアには様々な種類が在り『大輪』~『小輪、色も『深紅』~『淡いピンク』『黄色』や『オレンジ』と多種多様。

 

 それこそ『百花繚乱』(意味が少し違うけど)

 

 

 園内には『旧中野小学校』の校舎一部が改修した後、移築されました。

 

 明治時代の建物の中は『銅版画』の展示室になっています。

 

 白く塗りなおされた可愛い校舎。 映画かなんかで使われないかな。

 

中野・一本木バラ公園

 

 『偽ぴんころ地蔵』を後に、次に向かったのが『中野・一本木バラ公園』

 

 実は此処のバラ公園を監修したのは『ケイ山田』さんという方。

 

 そして一緒にバラ公園を作り上げた方が『ぴんころ地蔵』そばの『原バラ公園』を造り上げました。

 

 現在『原バラ公園』を管理しているのは佐久市より『アダプトシステム』で管理委託された『のざわ商店街振興組合』と『八十二銀行』『上田信用金庫』『長野県信用金庫組合』『ボランティア有志』の皆さん。

 

 『中野・一本木バラ公園』を鑑賞してあわよくば『原バラ公園』にもフィードバック出来たらいいな、なんてね。

 

 

 駐車場に入ると、以前は無料だった筈なのに係員が料金徴収に来た。

 

 管理・維持の為にも協力させてもらいます。

 

 

 色とりどり、大小さまざまなバラの花が並んでいます。

 

 通路の雑草を抜くだけでも大変そう。

 

 ここは昔、『一本木公園』という小さな公園が在り、花壇に『バラ』が植えられていました。

 

 当時から在ったのが

 

 

 『怱布』読めます? まぁ彫刻を見れば一目瞭然ですね。

 

 でも近くにbeer工場とかないですよね。

 

 『ホップ』って読みます。

 

 佐久辺り山の中でも、野生のホップ結構在りますよ。

 

偽ぴんころ地蔵

 

 『ぴんころ地蔵』が雑誌・TVなどでとりざさられ、毎日観光客が訪れていたのは10年も前の事。

 

 その頃人気の『朝青龍』や『数々の芸能人』と『ぴんころ地蔵』の写真が在ります。

 

 そしてその頃、『ぴんころ地蔵』の真似をして、既存のお地蔵様を『ぴんころ地蔵』と名付けたが為に、一時日本各地に類似のお地蔵さまが100体程存在したと聞いています。

 

 水戸市に在る某お地蔵さまも『元祖ぴんころ地蔵』と呼んでいましたが『野沢・成田山』のぴんころ地蔵人気をまねたと認めました。

 

 私の知る限り『ぴんころ観音』『ぴんから地蔵』『ぽっくり地蔵』などなど『?』な名前の付けられた石像が各地に存在します。

 

 実際『のざわ商店街振興組合』に『ぴんころ地蔵』を建立したいと要請の在ったのは、『浜松市』の『養老施設』ただ一ヶ所のみです。

 

 勿論、商標使用料など採ることも無く快諾したと聞いてます。

 

 

 小布施の『偽ぴんころ地蔵』は新しく建てられたもので在り、その右側には何やら歴史を感じさせる『馬頭観世音』が立っています。

 

 

 高速道路開通の犠牲になったのは同情しますけど、『ぴんころ地蔵』を立てちゃうのは如何なものでしょうか?『墓地造成委員会』さん。

 

 宗教法人格でなしに『不特定多数』からお金を集める行為は………?

 

 

町内会バス旅行

 

 今日5/6はナント『建国記念日(5/3・日)』の振り替え休日です。

 

 政府はただ休日を増やせばいいと思ってんのかな。

 

 この章は2019/10/7『町内会バス旅行』です。

 

 昔の出来事を書かないと『外出自粛』でネタ切れになりそうです。

 

 普通のバス旅行では、目的地に合わせて綿密な時間調整があり、「此処で何分休憩します。」とか「サービスエリアを何時に出発しますから遅れないように。」と制限が付きますが、我が『町内旅行』は全てが『about』 何故なら運転手は『私』だからです。

 

 一応『目的地』は決めて在ります。今回は『小布施&中野一本木公園』

 

 出発時間は決めて在りますけど、参加者が全員揃ったら即出発!

 

 途中で『コンビに寄れ』とか30分毎に『たばこ休憩』とかありとあらゆるリクエストに答えながら先ずは中野インターで高速を降ります。

 

 ETCが付いていれば『小布施スマートインター』で降りれば楽ですけど、なんせ町内に在る料亭の『送迎バス』をお借りしてますんで。

 

 最初の目的地は『小布施ハイウエイオアシス』の『お百ショップ』

 

 一般道からも利用できる駐車場が在り、農家直販価格で『リンゴ』『ブドウ』『梨』など果物から野菜まで購入できます。

 

 見ると皆さんもう『リンゴ』だ『キノコ』だと結構お土産を買いこんでる。かく言う私も『5個¥200』の『B級リンゴ』を買いました。

 

 『B級』っていってもちょっと陽の当たり方が悪くて『色ムラ』が在るくらいです。絶対お得。

 

 5分も走らずに次に停まったのは『小布施橋東』信号を左折し、高速を潜った先の駐車場。此処にバスを停め、高速下の通路を戻れば

 

 

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 『ぴんころ地蔵』が何故此処に????

 

 

 『野沢商店街振興組合』が『元気に長生き大往生』をうたい文句に建立した『長寿地蔵尊』が『ぴんころ地蔵』

 

 組合では『商標登録』も済ませ、組合員でも『ぴんころ地蔵』の一文や『ロゴ』を使う時には使用料を支払っています。

 

 『玉屋商店』でも『ぴんころ地蔵饅頭』の販売にあたり、『商標使用料』を支払っています。

 

 しかも此処、『ぴんころ地蔵』の『幟旗』まで立ててますけど。

 

 『商標登録法違反』はどうなるんでしょ?

 

 世知辛い世の中だから争いの種にはならないでほしいですけどネ。

 

別れの松

 

 なんか『旅回り芸人一座』の演目みたいですけど。

 

 南相木の『不戦の像』の下で辺りを見廻すと崖の上に『二本の松』が立っています。

 

 

 普段車を運転していても『擁壁』の上までは見ないから此処に松の木が在る事に気が付いていなかった。

 

 いや只の『松の木』位に考えていたからさして気にも留めなかったのかもしれない。

 

 

 戦地に赴く者と見送る家族。その多くは再開を果たせなかったと聞きます。

 

 

 今。世界中が戦っています。

 

 勝たねばならない。その名は『新型コロナウイルス・COVID19』

 

 治癒薬が開発されやがては克服できるであろうけど、まだまだ予断を許さない。

 

 TVのスポーツ番組を観ていると『絶対勝たねばならない闘いがある』

 

 で結果、「負けちゃいましたけどよくやった」なんて慰めているけど。

 

 この『新型コロナウィルス』に、絶対負ける訳にはいかないんです。

 

 政府の方針を受け、『不要不急の外出』は避け、接触者を減らす為自宅からなるべく出ない。

 

 『3密を避け、マスク着用・手洗いの励行』

 

 危機感を感じ協力的な人は徹底して出来てる行動を、鈍感なのかやらない人は何もしていない。

 

 医療従事者が「パチンコ屋の開店に並ぶ人を見て殺意を覚える」とインタビューに答えていたが、さもありなん。

 

 今日5/5の報道では、『非常事態宣言の延期』を『総理大臣』が発表しました。

 

 『サーズ』『マーズ』で死者の出なかった日本はその深刻さを理解していなかったのかも知れない。

 

 中世ヨーロッパでは、伝染病『ペスト』が伝播してしまい、人口の三分の一が死滅しました。

 

 やがて数十年の時を得て、病気を克服した後やってきたのは『犯人捜し』に端を発する『魔女狩り』 

 

 人々は疑心暗鬼になり『人間関係』の崩壊を招いた。

 

 『極限状態』に陥った時、人は何をするか分からない。

 

 『日本』が、『世界』が『極限状態』にならない様に出来る事をしなければ。

 

 戦いに勝つ『努力』をしなければ。

 

 『更なる”努力”をして下さい』お願いします。

 

不戦の像

 

 『杉田二郎』&『北山修』と云えば『ジローズ』

 

 『ジローズ』と云えば『戦争を知らない子供達』

 

 (ほらyoutubeで聞きたくなったでしょ)

 

 ♬ 戦争が終わって 僕らは生まれた

   戦争を知らずに 僕らは育った

   大人に成って 歩き始める

   平和の歌を 口ずさみながら (略)

 

 ふと気になったのが 著作権とかどうなるんだろう?

 

 1962年生まれの『こーちゃん』 まさにこの世代です。

 

 でも一世代前の親達は、皆戦争体験者。

 

 この『不戦の像』を見て感慨無量かもしれません。

 

 

 赤い紙きれ一枚の『徴収令状』が平和だった家族に惜別を促す。

 

 日本全国各地で行われた行為で、写真・動画は豊富に保存されているけれど、銅像を建てて『戒め』としているのは、初めて見たような気がする。(他にも在ったら認識不足です)

 

 女性の不安げな顔と少年の今にも泣き出しそうな表情が胸を打ちます。

 

 

 『別れの松』? 像の隣に立っている樹は『桜』ですよね。

 

 で辺りを見廻すと………。

 

 さっさと『おまけ』です。

 

 

 前出の『おみかの滝』です。遅くなりました。

 

 でも『youtube sutadio』が何故か反応してくれないんです。

 

 やっと従来方式で一本だけUP出来ました。

 

 残りはyoutubeから『玉屋のこーちゃん』で検索お願いします。

 

滝の上流

 

 トンネルの入り口まで戻り、今度は橋を渡って対岸に行ってみます。

 

 階段状の足場や手摺も在るのだが、土砂が流れてしまっていていて、人の踏み跡はあまり無いみたいみたいに見える。

 

 

 滝の上部は当然流れてくる『川』なのだが、川を見てもしょうがないから此処まで。

 

 『滝』はやっぱり下から見上げるのが一番きれいです。

 

 滝に流れ込む『川』が実は『U字溝』でしたなんてのはよくある事で、『〇光・〇厳の滝』も実は中禅寺湖の水門でしたなんて………。

 

 言えねぇ、言えねぇ。これ以上はもう言えねぇ。(by せんだ)

 

 落ち込む滝の上部を見て綺麗だなと思ったのは群馬県の『吹割の滝』位ですかね。

 

 

 バカったれ『COVID19』のお陰でゴールデンウイーク開けに行こうと計画していたのに、来年持ち越しになってしまいました。ってのが富山・立山『称名滝』の隣に雪解けの時期だけ姿を現す『ハンノキ滝』 

 

 その落差日本一の500mとも云われています。

 

 垂直に500mなんて『スカイツリー』以外に見た事ないですもん。

 

 

 【おまけ】 昨年晩夏に訪れた『称名滝』です。

 

トンネル

 

 『おみかの滝』から流れ出る橋の袂にトンネルの入り口が在った。

 

 そりゃ好奇心旺盛な『こーちゃん』入るに決まってんじゃないですか。

 

 

 コンクリート吹き付けのデコボコ。トンネルにありがちな水溜まりとかは無く、歩き易い。

 

 赤外線センサー&タイマーなのか、真っ暗だったトンネル内に突然照明が灯った。ちょっと驚き。

 

 距離的にはたいして長くないですけど、曲がりくねっているトンネルは先の見通しが悪く、不審者でもいたらどうしよう(因みに私180㎝100㎏柔道黒帯のおっさんですから)という一抹の不安が在り、女性の一人歩きは控えた方がいいかも。

 

 

 トンネルに開いた展望台は滝つぼのすぐ近くまで行けます。

 

 急流に侵食され、甌穴の底が抜けてしまったのが『甕』ですかね。

 

 渦巻く水流により底の方は丸く削れています。

 

 私の知り合いは子供の頃此処で泳いだ事が在ると云っていましたが。

 

 勿論現在は立ち入り禁止です。

 

 

 滝つぼの動画をUPしようとしてyoutubeにデータを移行しようとしてますが出来ません。何で?以前は簡単に出来たのに。

 

 動画のUPは少しお時間掛かります。悪しからず。

 

 で滝つぼから引き返し、トンネルを通って………照明が灯かないんですけど。

 

 ビビりながら(体躯のいいおっさんです)スマホのライトを使って戻りました。途中からはセンサーが感知して照明は灯いたんですけど。

 

 【教訓】万が一の為、懐中電灯機能の付いたスマホ持参しましょう。

 

おみかの滝

 

 政府発表の『非常事態宣言』による外出自粛が  思った通り  延長されてしまいました。やっぱりと云うか何ともはや………

 

 「負けを認めたわけじゃぁないから、俺は負けてねえ!」

 と『麦わらの〇フィ』が云ったとか云わないとか。

 『ウイルスなんかに負けてらんねえぇ。』

 

 昨日は医者の予約が在った関係で、店を早仕舞いして車で出かけました。(必要な外出です)

 案外車が多いのにビックリ。

 処方箋をもらい、スーパー併設のドラッグストアに立ち寄ると、駐車場が一杯なのにビックリ。

 牛乳と卵とマヨネーズ………諸々買いにスーパーへ入って人の多さにビックリ。 

 更に野菜の物価高騰にビックリビックリ。

 インスタントラーメンの品不足にビックリより唖然。

 

 皆さん。結構外出してんのね。買い溜めしてんのね。

 この一週間、早朝のウオーキング以外外出を控えていたのにサ。

 

 TV報道の『浅草寺仲見世から人が消えました』だの『善光寺も入場禁止措置を取りました』だの家の中に『籠っている』とばかり思っていたのに。(五十歩百歩になるからそれ以上は言わない)

 

 因みにこの『相木村紀行(笑)』はフォトの日付データから2019/10/4の事です。

 

 

 南相木村の観光名所『おみかの滝』漢字で書くと『御三甕の滝』

 

 南相木小学校向かいに駐車場が在り、こちらから崖を下っても行けますが、バイクは川沿いを遡上します。

 車止めから歩くこと5分。橋の上から見た景色です。

 三段の滝在り、各滝つぼは深くえぐられて『甕』の体を様しました。

 

 で『御三甕』

 

 

 水の流れは速く、透明度も高いです。

 

 でも『水  清くして  魚  住まず』の例え通りか『魚影』は在りません。

 

 橋の袂にトンネルが在り、これを抜けて『滝つぼ』の近くに行けます。

 

 

 正直余り気味のいいトンネルじゃないですけど………行ってみっか。

 

 行くといえば。

 『公』だの『私』だのととりざさられた女性が、非常事態宣言の最中に『大分県』まで出かけています。

 貴方がウイルスの感染源にならない根拠あっての行動でしょうね?

 パチンコ屋に出入りする理由が『暇だから』なんて云ってる人間と『同レベル』じゃないですか?

 

 日本の指導者たるなら、嫁の行動にも目を光らせとけよ!

 

 (政治的な意見はなるべく書かないで来ましたが、これは納得いかない!

 

 『おみかの滝』編はまだまだ続きます。

 

大鰭トンネル

 

 行き止まりの『ぶどう峠』で引き換えし、『北相木村』~『南相木村』へと南下する。

 

 しばらく進むとトンネルが在り、頭上のプレートに『大鰭トンネル』と書かれていた。

 

 んっ? 『鰭・ひれ』だよね。『魚の鰭』 山の中で魚って。

 

 

 首を捻りながら(ホントに首を傾げて走るのは危険です)走っていると、坂を下りきった辺りに新しい看板が立っていました。

 

 やっぱり『ひれ』で良かったんだ。 ナニナニ………?

 

 ………ですとサ。(拡大して読んでね)

 

 南佐久地域には『海』に由来する地名が多いです。

 

 『小海』『海尻』『海ノ口』『広瀬』

 

 実際、何十万年の昔(正確には忘れた)この辺りは海の底だったそうです。

 

 大陸プレートの圧縮により海底隆起が起こり、日本アルプスが形成されたと習ったような。

 

 海底で在ったとすれば、地層から『海生生物』の化石などが発見されるかもしれないし、海岸沿いの陸地で在ったとすれば『貝』や動植物の痕跡が残っているかも知れません。

 

 凍結した『三滝』も何度か行きましたけど、現在魚の住めそうな『滝つぼ』はありません。

 

 崩落した大量の『岩』が堆積した上に降り注ぎます。(小さな水たまりは在ったかな?)

 

 『イワナ』も努力すれば滝を昇り、『龍』に成れるとは知らなんだ。

 

 『鯉の滝昇り』ならぬ『イワナの滝昇り』ですね。

 

 明日から5月、いつもなら『鯉のぼり』が青空を背景に泳ぎ、『ウオーキング』『バイクツーリング』が楽しくてしょうがない季節。

 

 でも今年は違うんです。ガマン、ガマン。我慢したるわい!

 

 

 今日のおまけ

 

 

 鯉じゃないよ。

 

 明太子工場の駐車場に泳ぐ(ぶら下がる)『スケソウダラ』です。

 

ぶどう峠

 

 『武道峠』と書きます。

 

 『長野県」』から県外に出るには『峠』を越えなければいけません。

 

 佐久からの場合、『浅間山』から南下順に『碓氷峠』『和美峠』『内山峠』『田口峠』(此処、実は県境では無いんです)『大上峠』『十石峠』『武道峠』『三国峠』『大弛峠・おおだるみ』『信州峠』と続きます。

 

  唯一『峠』と名前の付かない所を通って越境できるのは、なんと『野辺山』=『清里』間の国道141号線只一ヶ所のみです。

 

 しかも国道、県道などは舗装されていて車・バイクで通れました。

 

 冬季閉鎖(大体11/中旬~4/末頃)が在るのは止む無しですけど、昨年の台風被害で崩落個所が多く、現在車両で通行可なのは『碓氷峠』『和美峠』『内山峠』くらい。(国道141号線は通れます)

 他にも車・バイクで越境できない峠が数知れず在ります。

 

 旧中山道の『松井田峠』とか『星尾峠』『十文字峠』なんぞはハイキング装備以上で歩くしか通れません。

 

 その昔、旧中仙道には『関所』が設けられ、『通行手形』が無いと通過できませんでした。

 

 『通行手形』なんていっても『顔写真』や『ICチップ』などで『セキュリティ』を向上させた現在の『パスポート』などと違い、『寺院』や『土地の権力者』が証明した『住所』と『名前』と『身体的特徴』『旅行目的』などが書かれた『板』又は『紙の書状』を云うらしいです。

 

 観光地で売られている『将棋の駒』を大きくしたような形はあくまで『御土産』です。かさばってしょうがない。

 

 しかも盗まれたりしたら悪用されるのは必至。

 

 故に『関所』を通らない『裏街道』や、監視の眼の届かない『山越え』の必要が在ったそうです。

 

 昔の人は歩いての移動が当たり前だった為、『水の補給』できる『峠』が多いです。

 

 『沢』沿いを縫うように登ったり、『湧き水』のある所を通ったりしています。

 

 さて『ぶどう峠』

 

 

 残念ながら『群馬県側』に入ったところで崩落が起き、現在も通行止めのままです。

 

 

 バイクなら通れ………『ルール』と『モラル』を守るのが『大人!』

 

 通行止めなら仕方ない、引き返します。

 

 

 お地蔵さんに手を合わせます、「無事故で帰れますように。そして早く開通しますように。」

 

 たまにしか訪れない所では『御供え物』はしません。

 

 鳥獣の餌になったり、劣化したら『ゴミ』になるだけです。

 

 お供えする方、片付けに行きますか?誰かが片付けているんですよ。

 

 手を合わせるに留めませんか?

 

 

 

 

 

和加志湖

 

 小っちゃい事は気にすんな。それ わかちこ わかちこ。

 

 結構『ゆってぃ』好きですけど ………って違う!

 

 

 北相木村を東西に走る『県道124号線』は清流『相木川』を右に見たり左に見たり。

 

 やがてポツンと建つ『公衆トイレ』を超えると『堰止湖』が見えてくる。

 

 この湖が『和加志湖』(でも今までず~っと『相木湖』だと思っていた)

 

 『イワナ』や『ヤマメ』などが放流され、シーズン中結構賑わうみたいです。

 

 此処を訪れたのは2019/10/2平日だから人がいないのかなと思っていたら

 

 

 『禁漁』ですと。

 

 『禁漁期間』があるから激滅する事も無く『自然環境』が保たれるんですけどね。

 

 中にはルールを守らない『輩』が出現しますが、『漁業組合』の方が巡視しています。

 

 以前、ある所の『魚止めの滝』で『ヤマメ』を狙った事が在りますが、ゴミが放置されていたり、焚火の跡がそのままだったり。

 

 『マナー』以前の『モラル』の問題でしょうかね。

 

 

 昨今TV報道されている『自粛要請にも関わらず営業を続けるパチンコ屋』と『やる事無いから』と集まってくる客。

 

 営業したければどうぞ。遊びたければどうぞ。

 

 その代わり『店・客』共に隔離された場所でお願いします。

 

 『福本伸行』さんの漫画で『ざわっ』で有名な『カイジ』が在ります。

 

 『エスポワール』と云う船に乗り『公海』まで出てから生死を掛けたギャンブルで大金を得るストーリーです。

 

 『パチンコ屋』に『客』を閉じ込め14日間出入り禁止。

 

 仮に14日後に開放されてもいくら借金してるかね。

 

 

 寸暇を惜しんで努力してくれている『医療従事者』がいます。

 

 『買占め』や『転売』によるパニックを避けるべく販売努力を続けてくれる『スーパー』や『コンビニ』の店員がいます。

 

 弱者の為に『弁当』を提供してくれる飲食関係者がいます。

 

 自分が感染源になるかもしれないからと『外出自粛』で我慢している人が世界中にいます。

 

 『モラル』が無い人は『畜生道』にいるのと一緒ですよ。

 

 『ゆってぃ』から『畜生道』まで。 

 

 ダメだまとまんない。昨日の酒がまだ残ってる。

 

目薬の木partⅡ

 

 数段の石段を登った社には何も書かれていなかったが、その隣に在ったのが

 

 

 『結膜炎』『ものもらい』など眼病のみならず、内服して『肝臓疾患』にも効能が在るんですか。

 

 (大)酒飲みの部類ですので肝臓疾患は気になります。

 

 この『コロナ不景気』で酒の量も増える一方。

 

 葉っぱの『煎じ液』を飲むだけで良いのなら葉っぱを採っていこうかな。

 

 いえいえ地元の人も大切に保護してるんです。滅相も無い。

 

 

 フェンスで囲まれてその『めぐすりの木』は立っています。

 

 

 カエデ科と在りますので紅葉の様の筈………

 

 どう見ても手前の木は違うよね。

 

 ハテ?

 

 その時上空で大きなエンジン音が響いてきた。

 

 佐久地方で時折ニュースになる『C130輸送機』かはたまた『オスプレイ』と思い道路まで駆け下り上空を見たが発見できなかった。

 

 『オスプレイ』は滑走路の要らない大型輸送機としてアメリカが開発した物。操縦性が難しく、墜落事故を起こした事から排他的に捉えられがちだが、被災地などにいち早く到着し、大量の物資運搬が出来る事を考えるなら必要なのかも。早くAI飛行技術の向上を願うのみです。

 

 確かに墜落の可能性ある物体が頭上を飛ぶのは怖いけど。

 

 『台北・什分』の『天燈上げ』なんぞ『裸火』が遥か頭上を飛び交い、過去に数回森林火災が起きてるのに、一向に気にしていないもんね。

 

 ※本日の検索ワード『メグスリノ木』『オスプレイ』『天燈上げ』

 

めぐすりの木

 

 古くから民間療法の一つとして『この樹の樹皮を煎じて目を洗う。眼病に効く』と何かで知ってはいたが『樹』を見たのは多分初めて。

 

 (いや見ても気が付かなかっただけだろうけど)

 

 寂れた山間部の観光地などで、お土産売り場の棚かなんかにビニール袋に入った状態のを見掛ける事ありますけど。(薄っすら埃を被ってたり)

 

 北相木村を東へ向かって走っていると見つけました。

 

 

 バイクの利点は、思い立ったらすぐに停車できる事。最悪左に寄せれば駐輪できる。細い道でも入って行ける。(オフロードバイクは特に)

 

 不利な点は、スタンドを立てる時、地面にめり込まない様に注意。手袋、ヘルメットを取る。バックからカメラを取り出す。出発時は逆行程。

 

 これが結構めんどくさかったりして。

 

 車の利点は、最悪雨でもワイパー越に撮影可能。撮影後即スタート出来る。

 

 不利な点は車を停める場所探し。山道に入る時はUターン場所を気にする。

 

 まっ、一長一短て所ですか。

 

 

 見落としてしまいそうな、道の傍らの道祖神です。風化して文字が読めません。

 

 『馬頭観音』(旅の安全を願うと共に道しるべの役割も在った)なども並んでいます。

 

 こんなちっちゃな路傍の『お地蔵さん』にも歴史と物語が在るんでしょうね。

 

 

 鉄製の鳥居とお社が在りました。

 

 石段を登って。地元の『氏神様』でしょうか、神社については何も記されていません。

 

 その横に看板が在りました。 が次回です。

 

 

松原湖駅

 

 桜の美しいシーズンなのに、タイトルの『松原湖駅』を訪れたのは2019/10/4の事です。(写真データより)

 

 国道141号線沿いに『松原湖入り口』信号が在り、松原湖の存在を知る人は多い筈です。

 

 でも『松原湖駅』を知っている人はどれくらいいるのかな?

 

 国道より10m程も低い地点を走っている為、駅の存在自体知らない人も多いかも。

 

 

 単線ローカル、ホームは一つ。線路に降りて写真を撮ることは禁止されています。

 

 駅舎は数人座れるベンチが在るだけ。でもメルヘンチックじゃないですか。

 

 山間部の集落は、基本的に自動車が無ければ生活困難な地域が多いです。

 

 でこんな駅のもっぱらの利用者は『高校生』 通学の為の重要な駅なんです。

 

 駅からすぐの『千曲川』に架かる橋からはこんな景色が見えます。

 

 

 今でも時折『ヤマメ』の影が走ります。

 

 でも今回は『竿』を持ってきていないのでパス。

 

 実際『糸』を垂らしても釣れない事の方が多いですけど。

 

 『松原湖』は八ヶ岳の崩落が造った天然の堰止湖で、深いところは水深8m。

 

 冬は全面結氷して『ワカサギの穴釣り』や『スケート』が出来ます。

 

 春の『新緑』から始まり、夏は『ボート』や『カヌー』、秋は『紅葉』と一年を通じて楽しめます。

 

 毎年8/16日に開かれる『納涼花火大会』は、規模こそ小さいですが山に反響する音と水面に映る光が見事です。

 

 会場のキャパや駐車場に限りが在りますので余り教えたくない穴場ですけど。

 

 

 湖面がエメラルドグリーンに見えますけど、流入河川の成分が化学反応を起こしたらしいです。(滅多に見られない)

 

 COVID19に勝った暁には絶対行くからね。

 

 『玉屋』で出来る事考えました。

 

 賃餅加工を承ってますが、今年は暖かくなった今の時期でも注文が入ってきます。

 

 聞いた処、「学校にいけない『孫』に送る。カップラーメンはやけどが心配。お餅なら冷凍しといてレンジでチン!」

 

 で考えました。

 

 もち米持参の方。3升の加工で半額の¥1400!(5月6日まで)

 

 正直、蒸して、搗いて、伸ばしてで¥1400は利益が出ません。

 

 でも今は皆が我慢しています。

 

 皆が社会貢献の時。

 

 でも浮いたお金は必ず他で『使って』下さい。

 

 少しでも売り上げが欲しいお店がいっぱいあります。

 

 小売業は売り上げが1/10まで落ち込んでいます。

 

 今を乗り切ってもその先でお店が潰れていては何もなりません。

 

 皆で、出来ることを考えてみませんか。

 

佐久病院

 

 臼田に在る『佐久病院・本院』の改修工事がほぼ終わり、駐車場の利便性などがかなり向上しました。

 

 定期的に佐久病院に通っている為、以前は河川敷駐車場を利用していましたが、玄関脇にかなりキャパのある有料駐車場が出来ました。

 

 『小海診療所』や高度医療設備を備えた『佐久医療センター』なども佐久病院の分院です。

 

 正式名称は『JA長野厚生連佐久病院』

 

 『JA』とは『Japan Aguricultural Cooperatives』の略。『農協』です。

 

 佐久地域は昔、『塩分の過剰摂取』などの弊害による『高血圧』や、『農薬』接触による『皮膚病』などが多かったそうです。

 

 戦時中に建設された大型入院施設を持つ『佐久病院・院長』に『若月俊一院長』が赴任されました。

 

 農村特有の症状改革に尽力する為、山村の奥地まで往診に出かけるスタイルを取り入れ、当時の舗装されていない山道をジープスタイルの車で診回ったそうです。

 

 

 病院の中庭に立ち、今でも訪れる人を見守っています。

 

 

 佐久地域は他にも佐久市運営の『佐久浅間病院』や前出の『佐久医療センター』を合わせると大病院が3つもあり、ほかに入院施設を備えた個人病院も数多くあります。

 

 お陰で医療に対する不備・不満などは少ない地域だと聞いています。

 

 『眼科』と『産科』が混んでいるとは聞きますが。

 

 冬でも晴天率の高い地域と併せ、街中では高齢者も住みやすいそうです。

 

 ただやっぱり田舎なもんで車が無いと何かと不便な点と、冬の沁みる寒さは手強いかも。免許返納は大問題でもあるんです。

 

 『軽井沢バス横転事故』の際にも佐久の各病院が受け入れ大勢の命が救われました。

 

 

 今、日本中、いや世界中に大問題が蔓延しつつあります。

 

 『新型コロナウィルス・COVID19』

 

 『大型旅客船』の隔離騒動に端を発した『新型肺炎』

 

 たかが『新型肺炎だろ』と大勢の人は『対岸の火事』と思っていたのも事実。

 

 以前流行した『SARS』や『MERS』も日本国内では抑え込みに成功していたから油断していたのかも知れない。

 

 『手洗いすれば感染リスクは少ない』といった大国のTOP『ジョーカー』の発言から当初『マスクの必要性』は無いと思い込んだ。

 

 外出を控え、人との接触を少なくすれば感染拡大は防げるとの政府の発表も響かなかった。

 

 そして人の弱みにつけ込んだ『マスク』の転売などの横行。

 

 有名人の死亡により一時は自粛ムードが高まり、『野球・大相撲』始め、各種興行やイベントの中止。

 

 中には経営・収益にも支障をきたし先行きのの全く見えない業種もある。

 

 そんな中でも昨今、大勢がサーフィンやパチンコに講じていると聞く。

 

 このままで5月6日に勝利宣言は出るのだろうか。

 

 いや出さねばならない。勝たねばならない。

 

 医療従事者の皆さん。さぞや大変だと思います。

 

 でも頑張って下さい。

 

 玉屋にも出来る事をしようと思っています。

 

 だから貴方も出来る事をして下さい。お願い致します。

 

東小諸駅

 

 『小諸駅』=『東小諸』=『乙女駅』 間は線路が3路線併走します。

 

 『上野駅』北側辺りなんぞ何路線あるんだ?位の数ですから比較にならないですけど、なんせ田舎なもんで。

 

 あっ『小諸駅』は『JR小海線』と『しなの鉄道』の駅。

 

 『東小諸駅』は『JR小海線』の駅です。

 

 

 『天狗のムギメシ』はこの『味噌塚』はと呼ばれる高台にあり、線路右手が『小諸駅』です。

 

 右2路線が『しなの鉄道』の上り下りの2路線。

 

 『旧JR信越線』を引き継いだ第三セクター方式で、『篠ノ井駅』=『軽井沢駅』間を『しなの鉄道』 

 

 『長野駅』=『妙高高原駅』間を『北しなの鉄道』が結びます。

 

 『篠ノ井駅』=『長野駅』間の美味しい処取りしているのが『J〇』ってんですから『頑張れ~しなの鉄道会社』と応援したくなります。

 

 実際かなり頑張っている会社で、『観光トレイン・ろくもん号』を運行し、車窓からの景色を楽しみながらフルコース料理が楽しめる。

 

 とか、『友好協定』を結んだ『台湾鉄道』の『カラーリング車両』を走らせたり、『115系』が全国各地を走っていたころのカラーリングを再現したり、『ラッピング車両』ビビッドレッドの『コ〇・コーラ』とか。

 

 今度『戸倉駅』の車両庫でも行ってこようかな。

 

 

 でこちらは上り方面。左2路線は『しなの鉄道・軽井沢』方面。

 

 右の路線は『JR小海線・佐久平/小淵沢』方面。

 

 『しなの鉄道』は電化の為、上り・下り共に高架線が張られています。

 

 尚且つ複線の為、線路数も倍。単純に維持費が倍近く掛かる訳です。

 

 沿線住民の為にも色々なアイディアを出して頑張っている『しなの鉄道』応援してます。

 

 写真中央のホームが『東小諸駅』 2両編成のキハ110系車両がぴったり収まるサイズです。狭いながらも待合室と自動券売機を備えています。

 

 利用者は発車時刻に合わせて家を出ますので、トイレなどは済ませてね。

 

 正直、車が無ければ生活が不便な地ですので利用者のほとんどが『高校生』です。

 

 頑張れ~。『高校生』 頑張れ~。『しなの鉄道』

 

天狗の麦飯

 

 流石に環境保護の場所を掘り返す訳にはいきませんので写真で。

 

 粒粒が地面の下に在るらしいのですが。

 

 

 写真提供が『嬬恋村』って此処じゃないんかい。

 

 で調べてみると(キーボードペチペチを調べると云うなら)

 

 絶滅危惧種、日本特有、富士火山帯、高度1000mなどかなり生育条件が限定されています。

 

 『北信五岳』の一つ『飯綱山』にも『天狗の麦飯』が自生しており、山の名前の語源が『飯砂』だったと云う説も在ります。

 

 食べてみたいな。(残念ながら採取禁止です)

 

 

 小諸駅から小海線に乗り、左の車窓からこの石碑が見えました。

 

 運転免許を取得してからは、滅多に『小諸駅』~『乙女駅』の小海線に乗る事が無くなりましたので実に40年振り?

 

 併走して『しなの鉄道』が走っていますけど、崖の上に在る為『小海線』からしか見えなかったと思います。

 

 『一本桜』が印象的でした。

 

 今年も確実に咲いているでしょうけど外出自粛。

 

 来年まで待っててね。

 

 

麦飯

 

 『十反舎一九』の『東海道中膝栗毛』を読んだのは小学校の時でしたか………。

 

 『鞠子の宿』で名物の『とろろ汁』を食べる挿絵があり、親にせがんだ覚えが在ります。

 

 『麦飯』を炊いてもらい『山芋のすりおろし』を掛けて食べる。

 

 子供が美味しいと思う味じゃぁ無いですよね。

 

 で『小諸』で『ムギメシ』

 

 『一膳めし』は『島崎藤村』の文献に出てきますし、メニューに『一膳めし』と書かれた有名なお店も在りました。

 

 法事ではお通夜の『枕膳』を意味しますが、小諸の『一膳めし』はご飯を大盛りにして提供した定食屋さんの事。

 

 と『島崎さん』が『千曲川スケッチ』で申しておりました。

 

 以前は小諸駅でも駅弁が売られていてその名も『藤村の一膳めし』

 

 我が駅『中込駅』でも駅弁販売していたんですよ。『高原のカツ弁当』

 

 今は売店も無くなっちゃいましたけど。

 

 

 ハイ。前振り長かったですね。『天狗の麦飯』です。

 

 いつもの様にご自身でググって調べてね。

 

 『国天然記念物』って言葉に弱いんです。

 

 

 ハイ、終了。だって掘ってみる事も出来ないんです。

 

 どうしますかねぇ。

 

 幸い辺りには誰も………ってそんな不謹慎な事しません。

 

 『天網恢恢疎にして漏らさず』 自分の行いを自分も見ています。

 

 

 そして貴方の行いを必ず誰かが見ています。

 

 今。新型コロナウイルス対策で、大変な思いをしながらも医療業務、介護業務に従事して下さっている方々。 

 

 有難うございます。本当にありがとう。

 

 絶対 covid19 に勝ちましょうね。

 

 一日TVの前にいるとつい感情的になっちゃって。

 

富士山

 

 唐突にタイトルが『富士山』です。

 

 話の流れは『真田の里』からの帰り道なのに………?

 

 ♬ 富~士は 日本一の山~。 『確かに』と思います。

 

 

 『単独峰』の持つ気高いまでの潔さ。

 

 裾野に向かって伸びる『黄金線』の美しさ。

 

 冠雪と山肌のバランス。

 

 刻々と変化する光と影。

 

 『赤富士』『富士のシルエット』

 

 『湖面に写る逆さ富士』

 

 流れる雲さえ『富士山』の為に在るかのよ様です。

 

 

 でも『我が郷土・佐久』からは富士山が見えないんです。

 

 (もしかもしたら見える所が在るのかも?知ってる方いましたら一報下さい。)

 

  『荒船山・物見岩』からも、国道141号沿いを南下しても『瑞牆山~飯盛山』の稜線が遮りますので『山梨県・北斗市』の『高根』辺りまで行かないと見えません。

 

 蓼科山、登山途中の佐久市最高地点も樹木に囲まれ眺望は在りません。

 

 『蓼科山・山頂』や『ビーナスライン』(白樺湖~霧ヶ峰)では随所で見られますし、『浅間連山』でも各所から拝めます。でも佐久市では無いんです。

 

 県下各地に『富士見』と名の付く所は在りますが『佐久市』には無かったと思います。

 

 

 小諸まで『サンライン』を走ってきて、『小諸インター』右折の交差点に『ロー〇ン小諸インター店』が在ります。

 

 運が良ければ。

 

 

 山頂部のみですけど『富士山』です。

 

 駐車場を使わせてもらうんですから『コーヒー』位は買いましょうね。

 

 で『富士山山頂』は『浅間神社』の敷地内に在ります。

 

 江戸時代の昔から『富士登山信仰』が盛んになり、山梨県側、静岡県側各所に『浅間神社・せんげんじんじゃ』が存在します。

 

 登山者は先ず『前宮(里宮)』で鳥居を潜り、禊をした後、登山を始めます。

 

 もっとも今は車で『五合目』まで一挙に登っちゃいますけど。

 

 実は十年近く前、富士山ぐらい登っとかなきゃと思い立ち、『富士スバルライン・五合目』から登り始めた事が在ります。

 

 ガンガンに飛ばした結果、途中で高山病になり途中リタイア。

 

 それ以来ウオーキングで足腰を慣らし、リベンジを狙ってます。

 

 でも先日、体重計に乗っかったら『100』の数字が見えてましたんで痩せなきゃ。

 

 富士山頂には『浅間神社・奥之院』の『お社』が在ります。

 

 日本の山は『山岳信仰』の神様の領域とされ、結構な数の山頂に『山頂標識』の他に『祠』が在ります。

 

 『お社』と『祠』の違い。 ズバリ大きさです。

 

 『お社』は鳥居を持った木造が多く、神殿造りの屋根を持ち、内部に『神様(像)』などがお祀りされている事が多いです。

 

 『祠』は小型の石造りが多く、扉の中に『神様(お札)』が収められている事が多いです。

 

 『富士山』や『立山・雄山』などは立派な『お社』が建っていて、登山シーズンなどは『神官さん』が山小屋に常駐している事も在ります。

 

 『祠』は至る所で見受けられ、中には『商売繁盛』を祈願して庭先やビルの屋上に持っている方もいます。

 

 ウチですか?残念ながら無いです。

 

 商売で儲かったら『うだつ』より『祠』ですね。

 

 『富士山』に向かって手を合わせ『儲かりますように』

 

 江戸時代、『冨士講』で登山した人々は、なんと『富士山頂火口』を『賽銭箱』にしていたそうです。

 

 残念ながら現在『立ち入り禁止』且つ『投げ込み禁止』

 

 マナーは守らなきゃね。

 

お社

 

 『拝殿』は一般にはお賽銭箱を備え、鈴がぶら下がり、参拝する場所です。

 

 順番としては①一礼 ②お賽銭 ③鈴 ④二礼二拍手一礼 ⑤一礼 (神格によっては四拍手)

 

 拝殿の奥には『お社』が在ります。

 

 『神職』や『皇族』の方は『お社』で礼拝する事が出来ます。

 

 普通一般人は、『伊勢神宮』や『出雲大社』などでは『拝殿』に入る事さえ出来ませんけど。

 

 

 『真田・皇大神社』では『お社』のすぐそばまで行くことが出来ます。

 

 でも神聖な場所ですので石段から中には入らない方が宜しいかと。

 

 ましてや扉に手を掛けるなど大間違い。『神罰』が下りますよ。

 

 神殿造りのお社の中には『御神体』がお祀りされている筈ですが、開けて覗き込む訳にもいきません。

 

 以前、地元の『氏神様』の『祭事係』を引き受けた事が在ります。

 

 その時『神事』の前に『お社』の掃除をした事が在ります。

 

 お社の扉を開けると『御簾』が下がり、一段高い所には『神器』の『鏡』、更に高い所に『御神体』の『お札』が祀られていました。

 

 師走の寒空の下、震えながら雑巾がけして『元旦祭』の準備をしたのを覚えています。

 

 誰でもが経験できる事ではありませんので、機会が在りましたら『祭事係』引き受けてみてはいかがでしょうか。

 

 そして『参拝』を終えたら清々しい気持ちになれる此処は、間違いなく『パワースポット』です。

 

 

 拝殿脇に聳えるような『松の木』が在ります。

 

 

 『真田信綱』の名前は余り聞いた事が無いかも知れません。

 

 『甲斐・武田』の家臣『真田幸隆』の長男として生まれ『真田の里』各所に『砦』を築き発展させましたが、長篠の戦いで若くして戦死、家督相続は三男の『真田昌幸』が引き継ぎました。

 

 『真田の里』を発展させた功労者として、『信綱寺』と云うお寺も在ります。

 

 『信綱』の奥さんが植えたとされていますが ん?

 

 『長篠の戦』は、『武田騎馬軍』VS『織田鉄砲隊』の1575年の事。

 

 弟の『昌輝』と共に戦死したのが『長篠の戦』とされていますので『奥さん・御北』が亡き夫をしのんで植えたとしても、当時の平均寿命を考えれば1625年頃まで。

 

 平成27年にこの看板が建てられた時点で、二百年  ”超え”  は間違いないですけど、ザックリ計算しても『四百年』ですよね?

 

 余計なツッコみするなと云われそうなのでこの辺で。

 

 『超パワースポット』ですもの不思議な事も起きますって。

 

皇大神社って何だ?

 

 ホントに便利な世の中で、知りたい事、疑問に思った事が出来たら即ググれる。

 

 入り口に在った鳥居を観て、あれ『古神道』?

 

 厳密な違いはウイキペディアに譲ります。

 

 簡単に言っちゃえば、

 

 日本古来から在った自然崇拝を『古神道』

 

 外来宗教の影響を受け『神仏混淆』が流行し『神道』と『仏教』が著しく混じり合っていく。

 

 そして明治政府の『神仏分離令』によ尚更複雑に成っていく。

 

 中には『実在した人』を神格化し、『お祀り』する神社も出てくる。

 

 学問の神様『菅原道真』をお祀りした『福岡・天満宮』

 

 『徳川家康』をお祀りした『日光・東照宮』

 

 面白いところでは『京都・伏見稲荷』は『稲荷神』を祀った『神社』

 

 『愛知・豊川稲荷』は『ウケノミタマノカミ』を祀った『妙厳寺』と云う曹洞州の『お寺』(二礼二拍手一礼は間違いです)

 

 あらら。話がまた横道に入って行く。

 

 このブログではよくある事ですので気にしないでね。

 

 

 『皇大神社拝殿』です。

 

 拝殿の屋根には『鰹木』と外削ぎの『千木』

 

 幕には『真田・六文銭』

 

 でも『真田』を神格化しているのかと思えばさにあらず。

 

 『皇大神社』って何だ? スマホで調べましたよ音声入力で。

 

 だって老眼なのにメガネ置いてきちゃったもん。

 

 

 『真田昌幸』が居館の荒廃を憂いて『皇大神社』を勧請した。

 

 『皇大神宮』と云えば『伊勢神宮』の事。

 

 自分の居た所に『伊勢神宮』を勧請しちゃったんですからやっぱり凄い感覚の人なんですね。

 

 で参拝後に拝殿の裏手に廻り込むと………次回です。

 

皇太神社

 

 『大門』から続く舗装路を歩くと西に向かってツツジの森が広がります。季節外れで咲いてはいませんけど。

 

 

 因みに訪れた日は2019/12/4です。

 

 後方に見える山には『砥石城・米山城』が在りました。

 

 

 質素な鳥居が在ります。

 

 『神明鳥居』とか『伊勢鳥居』と云われる Simple is vestの形です。

 

 『埼玉・三峰神社』の『三輪鳥居』とか、『山梨・新倉山神社』の『両部鳥居』とかも見応えありますけど。

 

 『伊勢神宮』とか『山梨・身曽岐神社』とかに見られるこの形が一番好きです。

 

 

 注連縄が在りますのでこちらが『手水舎?』

 

 蛇口は新しいですけど水は出ませんでした。

 

 冬季凍結防止で元栓閉められたかな。

 

 

 拝殿の手前に在ったのは『御手洗石』『手水鉢』の大きいやつと思っていいんでしょうけど、えらいアバウトな年代表記ですね。

 

 多分彫られた文字が判明しづらかったんだと思います。

 

 『みたらし団子』って在りますよね。正式にはこの字を使います。

 

 由来は………知らない方がいい事も在りますので。

 

 ちょっとした菓子屋のウンチクでした。

 

土塁

 

 恥ずかしながら、『土塁』と云うモノに全然興味無かったです。

 

 野球の『一塁手』とか『二塁審判』とかは聞きますけど『塁』?

 

 昨今『八村  塁』さんの名は耳にしますけど。

 

 調べましたよ、ペチペチ・ポチっとな。

 

 『塁』 るい。土を積んだ小城。とりで。 野球のベース。

 

 (なら『baseball』は『野球』じゃ無くて『塁球』でしょうが)

 

 『とりで』から連想するのは『西部劇』などで、『先住民』と戦う『騎兵隊』が駐屯する場所。

 

 もしくは『黒澤明監督』作品『隠し砦の三悪人』などで表現された山中に築かれた小さな城。

 

 『ぴんころ地蔵』近くに在る『伴野城址公園』もよくよく見れば『土塁』で囲まれ、更には『お堀』まで備えていました。

 

 で真田の『御屋敷公園』

 

 

 まぁ、こんもりと土が盛られているっちゃぁ盛られてますけど。

 

 こんなんで敵の侵入を防いだ?

 

 

 南側の『大門跡』です。

 

 舗装された道路が通されてますけど、石垣が残されています。

 

 って事はかなり埋めたな。だから『土塁』もこんもりした盛り土程度にしか感じなかったけど、実際はかなりの高さだった筈。

 

 明治政府が発令した『廃城令』にも困ったもんだ。

 

 

 『野面積み』の石垣ですがこの下はどの位埋められちゃってるんですかね。

 

 しかも保護の為に『土塁に登る事』は禁止されています。

 

 なら道路何か造っちゃダメじゃん。と思ったところで後の祭り。

 

 当時道路を計画した人は画期的とか思ったんだろうか。

 

 今現在、百年後の未来を危惧して地球温暖化と戦う少女がいる。

 

 資本主義の権化たる大国の『ジョーカー』にズバズバと食って掛かる。

 

 彼女こそ現代の『ジャンヌ・ダルク』なのかも知れない。

 

 『アリスの国』の『トランプ兵』にはなりたくない。

 

 下手なまとめ方になっちゃいました。次回です。

 

 

真田氏館

 

 県道4号線(旧菅平有料道路)を暫し下ると道路標識に大きく書かれています。

 

 『真田氏館跡』『真田氏歴史館』

 

 真田氏歴史館の駐車場に滑りこんで、先ずは『真田氏歴史館』

 

 開いてはいましたけど、閉館は四時。あと三十分しかない。

 

 勿論入りませんでした。だって全部見尽くさなきゃですもん。

 

 又の機会に見に来るさ。で歩いて並びに在る『真田氏館跡地』へ。

 

 

 こちら『真田氏館跡』は現在『御屋敷公園』として開放されており、勿論無料。尚且つ時間制限なし。

 

 只トイレ等は無いので『歴史館』で済ませてから歩き始めます。

 

 『上田城』が完成する前に住んでいた所で、『土塁』や『大門』更に、北側の沢との間は高低差があり攻めずらい形状を成しています。

 

 地方の豪族とは云え、容易に攻め込まれないように計算された構築です。

 

 

 出陣広場に在る『大石』です。

 

 真田の里には『真田の七つ石』と呼ばれた大きな石(岩だろ?)が在ったとされています。

 

 『甲石』『旗見石』『御座石』『立石』『的石』『米石』『茶袋石』

 

 で『甲石』と『旗見石』は県道4号線に見られますが残りはググってみても解りません。

 

 後方に見える『旗』は『マレット・ゴルフ』の『カップフラッグ』です。

 

 えっ『マレット・ゴルフ』知らない? たまには自分で調べなきゃ。

 

 富山県発祥のこのスポーツは長野県民愛好のスポーツで、各市町村で専用のコースが設置され、高齢者から幼児までが一緒に且つ手軽に出来るスポーツとして注目されています。

 

 『ぴんころ地蔵』の近くでは『中島公園』に18ホールの本格コースが設置され、誰でも気軽に利用できます。

 

 『玉屋商店』にも道具は在りますのでお貸しいたします。

 

 あらら。『マレット・ゴルフ』だけで終わっちゃいそうなので『お屋敷跡』は次回です。

 

おたっちう?

 

 ググってみても的を得ません。

 

 地元のお婆ちゃんに聞いてもその『謂れ』までは知りませんでした。

 

 

 真田の観光旗の下、『おたっちう松跡』(十輪寺大門)と在ります。

 

 此処に立ち並ぶ『夫婦地蔵』とかの事では無く、『お寺の大門』が在ったみたいです。

 

 案内に従い民家の脇の草叢を入っていくと

 

 

 人の踏み跡の無い竹藪の中にポツンと石碑が。

 

 人類未踏のジャングルを掻き分け、進んだ先で我々が目にした物、それは正しく!

 

 BGMは ♬ 行け、行~け、川〇浩~。と嘉〇達夫さんの歌がリフレイン。

 

 

 確かに『おたっちう松の碑』と刻まれています。

 

 裏に廻り込むと

 

 

 樹齢 およそ四百年 高さ10.4m 幹回り4.8m

 

 松葉の欝蒼と茂る枝は道しるべにもなっていた。

 

 大正十四年には枯れちゃったけど 大正十五年十林寺(十輪寺)に青年会によって石碑が建立された。

 

 (いつもの言い訳ですけど、間違ってたらスミマセン。)

 

 『十輪寺』は『真田屋敷』の完成時にその敷地内に移築されたそうです。

 

 Perhaps maybe 『おたっちう』=『おっ立っていた』=『聳え立っていた』 

 

 敬意を込めて『聳え立っていた松の大木』を『おたっちう松』と呼んでいた。と勝手にまとめちゃいました。

 

 固有名詞だったらどうしよう。

 

 

おたっちう跡

 

 山頂から降りかけようとすると地形図が設置されていました。

 『おたっちう⁈』

 

 

 初めて聞く言葉です。おそらく今は使われていない方言ですかね。

 

 勿論行くに決まってますです。

 

 移動することモノの3分。

 

 

 集落の一角に旗が立っていました。

 

 『縁切り地蔵尊』 ピンときましたネ。

 

 『おたち』=『お断ち』 

 

 

 消防小屋・集会場の更に奥に『お地蔵様』が立っています。

 

 しかも近寄ってみると

 

 

 錆びた『ハサミ』の数々が奉納されています。

 

 『糸切り鋏』『裁ち鋏』『文房具』や『キッチン鋏』まで多種多様です。

 

 多分『切る』『断つ』の意味合いから『縁切り』に繋がったんでしょう。

 

 と独り合点していると、後ろで物音がしました。

 

 第一村人発見です。(テレビっ子か)

 

 畑仕事に行くらしきお婆ちゃんです。

 

 「おたっちうってどういう意味ですか」と聞くとカンラカラと笑いながら

 「これは『縁切り地蔵』 おたっちうとは違う。」

 

 「『おたっちう』って何ですか?」

 

 「知らん」

 

 「どこにあるんですか」

 

 「道つたいに登っていけば旗が在るから、そこ入れば在る」

 

 で又移動すること3分。

 

 果たしてそこで目にした物とは………次回です。

 

真田の里

 

 「タイトル上の期日表記が何とかならないかい」と云われましても私にはどうすることも出来ません。悪しからず。

 

 因みに今日書いている『真田」の里』を訪れたのは2019/12/4の出来事です。

 

 COVID19対策の為、なかなか外出出来ない今日この頃です。

 

 

 実は『真田昌幸(真田丸では草刈正雄さんの役所)』は北関東の戦略拠点『沼田城』も領地に所有しています。

 

 『上田』から『沼田』までの広大な領地を治めなければならなくなります。

 

 『上田城』から『真田』を抜け『鳥居峠』『嬬恋』から『吾妻川』沿いに幾つも『山城』を設け、『沼田城』まで。

 

 『上田城』と『沼田城』以外はホント全~部が山の上なんです。

 

 唯一なだらかな丘の上に在るのが『真田本城跡』車から降りて10分です。

 

 

 石塔に彫られたのは『剣』でしようか

 

 

 この辺りはストリートビューでも確認できます。

 

 眼下に真田の町並みを見下ろします。

 

 そろそろ次行こうかな。

 

七言絶句

 

 中学の古典授業以来だから間違ってたらスミマセン。

 

 漢詩の中で『七文字四行詩』の事を『七言絶句』と習ったと思います。

 

 他には『五言』や『律詩』なんかも在りましたね。

 

 四行は『起承転結』を表しているとか。

 

 

 読み方は左隅に『アンチョコ』が在りますんでそちらにお任せします。

 

 

 いや読んでもよく解らなかったりして。

 

 幾つもの山に自陣が張られている。

 その陣に沢山の兵が配備されている。

 今朝遠くまで見渡たしても自軍の旗は無く。

 天下統一を夢見ていたのはこの城跡での事であろうか。

 

 訳=こーちゃん。電話での苦情指摘は一切受け付けません。

メールでこっそりしてね)

 

 『新田大作』さんググりました。漢詩の第一人者なんですね。

 

 下手な訳が怒られそう。

 

 でも此処『真田本城跡』は『国破れて山河在り 城春にして雑木深し』では無く、実に清々しい感じの場所です。

 

 

 でも文末 『………推察される』って史実じゃ無いんかい?

 

お城?

 

 『城』って云うと、『水堀』があったり『石垣』があったりして、天守閣から城下を見下ろす。例えば『江戸城』『姫路城』

 

 山頂などの高低差を利用した『山城』 足軽が駆け上れない。例えば『春日山城』

 

 河川、沼地を利用して人馬などの侵入を拒む『浮き城』 例えば『忍城』

 

 此処『真田氏本城』は『山城』

 

 

 どころか上の図の城は全~部山頂にある。

 

 籠城の時、水はどうしたんだろうと要らぬ心配してしまう。

 

 『上杉謙信』の『春日山城』はナント山頂に在りながら、水の枯れない『井戸』があるから不思議。

 

 『砥石・米山城』なんて

 

 

 オフロード用バイクブーツ(靴底はツルツル)を履いていったんで、山道で滑って途中リタイアしました。なめてましたスミマセン。

 

 『城』に行く度に登山してたんじゃ身体が持たないと思ったのか、一時真田配下にあった『小諸城』は、城下町?(城上町とは言わないよなぁ)より低い位置にある『穴城』です。

 

 河岸段丘を上手く取り入れ『空堀』とし、断崖絶壁が城を守りました。

 

 でも『小諸城』跡地の『懐古園・動物園』から『屋久鹿・ヤクシカ』が脱走したのは記憶に新しいところです。

 

 

 いや~気持ちいいです。新緑や花の頃ならもっと気持ちいいかも。

 

 今度来る時はおにぎり持参が正解ですね。

 


 こーちゃんの”毒談と変見”

 ぴんころ地蔵から車でほんの数分も走れば、黄金色輝く田圃が広がります。浅科区では五郎兵衛米というお米が獲れます。内緒にしておきたいくらい美味いです。

 

新米が出回るのはまだまだ先ですが、一度お試しください。道の駅、お土産売り場等で買えます。五郎兵衛米です。ブランド価格します。

 

40年も昔の話。田圃にコンバインの姿が無く、稲刈りした稲束をハゼという棒に掛けて天日乾燥させていました。

 群がるのは  イナゴ。バッタのことですが漢字では  蝗。稲穂を食いつぶす害虫です。

 

 小学校の授業の一環で、イナゴとり  がありました。イナゴを全員で採取して駆逐し、尚且つ業者に売るのです。その利益で図書館の本や備品購入代金にするのです。

 買った業者はどうするのか?佃煮にして売るのです。

 信州三大珍味。(ゲテモノ?) ハチの子ご飯。イナゴ、カイコの佃煮。ザザムシの佃煮。えっ?本当に食べてたんです。今でも缶詰や瓶詰で売られています。しかもお値段なかなかの高級食材。

 都内某所の居酒屋で、イナゴの佃煮7~8匹で¥500でした。

 

 高級食材入手の際、田圃でのトラブルはお避け下さい。


 北大路魯山人 の逸話に、「田螺の生茹でが大好物。この田螺に寄生していたアニサキスのせいで早死にした。」とあります。ほんとうかどうか真意はさて置き、田螺もたべていました。

 秋の味覚のひとつです。


 こーちゃんの"毒談と変見”

 

 信州佐久は、誇れるものがたくさんあります。


 晴天率もその一つ。昼間は太陽光発電が威力を発揮していますし、夜は天体観測にもってこい。少し山間に入って生活光の届かない処で車を停めれば、肉眼でもはっきり見える天の川。宇宙飛行士  油井さん  の搭乗している宇宙ステーションもその軌道が肉眼で見えます。

 

 油井さんといえば、佐久の隣、南牧出身です。


 ついで宇宙つながり。JAXAの打ち上げた「ハヤブサ」を覚えていますか?通信不能になり行方不明になった「ハヤブサ」を諦める事無く追い続け、地球帰還に導いた影の立役者「日本最大パラボラ電波アンテナ」があります。(写真はまた今度)


 ちなみに写真は ちょうげんぽう だとおもいますけど。


  浩ちゃんの ”独断と偏見”

 28/8/2015


 いらっしゃいませ。玉屋の こーちゃん です。

 

 パソコンで遊び出してまだ間もない為、多々不愉快な点等御座いますが、平にご容赦願います。

 

 ホームページも初めて。ブログも初めて。何から何まで暗中模索で楽しく? 苦しんでいます。

 

 キーを叩くのも指一本で足りてますから、その更新ぶりも推して知るべし。目標は1日1本のアップです。

 

 前置きはさて置き。

 

 ぴんころ地蔵。

 

 正式名称は [長寿地蔵尊] とお腹に書いてあります。

 

 今では日本各地に、長寿祈願のお地蔵様がありますが、元祖本家本元この地で生まれました。

 

 歴史的にはまだまだ浅く、巣鴨の「とげ抜き地蔵」さん何かと比べられると…。

 

 でも、その柔和な笑顔が こーちゃん は好きです。