妙義神社 part7

 

 折角上って来たんだからすぐ下るのも勿体ない。

 

 あれやこれやを散策してみます。

 

 

 『拝殿』の鎧戸の上には鮮やかな彩色が施されています。

 

 『龍』は金箔でしょうか。

 

 

 火災対策に『非常ベル』『避雷針』『スプリンクラー』は必須です。

 

 でもイザとなっても、中々直ぐには此処まで駆け付けられないです。

 

 やっぱり防火対策はしっかりね。タバコなんぞ以ての外です。

 

 

 下りは『女坂』を選びます。(だって膝が………。)

 

 色々な景色を発見したいからなるべく別の道を通ります。

 

 

 こんな所に『優しさ』を感じます。

 

 参道わきの『切り株』ですけど、滑り止めの為の切り込みが施されています。

 

 表面が濡れた『切り株』ってよく滑るんです。

  

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妙義神社 part6

 

 石段を最上段まで上り詰めると『楼門』です。

 

 天井画に描かれているのが『八方睨みの龍』

 

 

 そして『妙義神社・拝殿』到着です。

 

 

 残念ながら扉は閉ざされており、その中を伺うことは出来ません。

 

 参拝を済ませ建物に施されている『彫金・彫刻』を拝見です。

 

 『東照宮』程の煌びやかさは在りません。丁度良い具合かな。

 

 

 鳳凰の羽の細部や鎧戸の緻密な細工。

 

 「チョットmissっちゃったけど黙ってような。」みたいな事有りますよねきっと。

 

 

 水垣の格子から覗いた本殿の様子です。

 

 背面に小さな屋根が見えます。

 

 『天狗社』だそうで、天狗のお面が祀られていました。

 

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妙義神社 part5

 

 石段を一気に上ったら息切れしまして、ごまかす為にも眺望を楽しんでるふり。

 

 沢山の風鈴がぶら下げてあったでしょ。南部鉄製のが。

 

 一個だけでも涼やかな音を響かせますが、沢山ぶら下がっていると風の強弱にもよりますが『虫の音』そのもの。

 

 

 涼風に身体の火照りを冷まし、虫の音(風鈴ですが)に心を澄ます。

 

 さて本殿までもうひと踏ん張り。(いやもうひと登り)

 

 

 以前問われたことが在ります。「どうして人が写って無いの?」

 

 基本的には混雑する時間帯を外しますけど、大抵は人の途切れるタイミングを待ちます。

 

 或いは造り出します。(要は他人と一緒の行動を避けるだけですけど。)

 

 この『門』と云い、先ほどの『随身門』と云い、『透明のアクリル板』で覆われています。

 

 神社仏閣の貴重な財産に、油を掛けたり落書きしたりの悪戯する事件が後を絶えません。

 

 いや悪戯じゃ済まされません。破壊行為です。

 

 防護策の為には致し方ないのかな。

 

 

 小さな山村の名も無いような『神社仏閣』に施された彫刻にも、目を見張る様な素晴らしい物が在ります。

 

 土地の権力者の寄進による物なのか、行政の見栄なのか解りませんけど。

 

 『貧しき者は心から少額の寄付をするが、裕福なる者は見栄や満足から多額の寄付をする』 だったかの『諺』(聖書?)がよぎります。

 

 佐久市には『旧中込小学校』=『通称・太鼓楼』と呼ばれる学校が保存されています。

 

 明治9年開校の『松本・旧開智小学校』は長野県下10番目の国宝に指定されました。

 

 『旧中込小学校』は官制では無く、地元のお百姓さんらが寄付金を募り、私立として建てられた学校です。

 

 残念ながら『旧開智小学校』より一年早く開校していますが『重要文化財』止まりです。 

 

 セメント代わりの漆喰や西洋建築を模してはいますがどことなく日本建築が感じられます。

 

 地元に建てられた『神社仏閣』の為に心のこもった寄進をし、やがては積もり積もって立派な彫刻の施された内外装になる。 

 

 先の『貧しき者………』じゃありませんけど『貧者の一灯』こそが『宝』と呼ぶべき物なんじゃない?

 

 いや、『ユネ〇コ』とか『IOC』とかに当て擦りしている訳じゃ無いんですけどね。

 

 (あ~ぁ。今日も文脈メチャクチャだ)

 

妙義神社 part4

 

 何故山に登る?と聞かれて「そこに山が在るから」と答えた人がいます。

 

 何故石段を上る?と聞かれたら「何か有るんじゃない?」とでも答えます。

 

 だって長~い石段とか、理由付けが無きゃ登らないじゃん。

 

 

 『太鼓橋』から先は聖域です。通常は俗世間との境となります。

 

 その先に延びる石段。(おおぜいの人が写り込みそうなのでフレミング)

 

 流石建立『宣化二年=西暦537年』って『蘇我馬子』の時代ですよ。

 

 

 良いね良いね。この石段。

 

 1500年物ですもの、歪みも出ますって。

 

 そして神社ですもの『随身門』が見えた来ました。

 

 

 『随身』とは警護に赴く大臣職の事で、『左大臣(階級は上)』と『右大臣』

 

 ♬ 少しお酒を召されたか 赤いお顔の右大臣 と『うれしいひな祭り』に歌われていますけど、職務中に飲酒なんて絶対に有り得ない筈。

 

 国会中にスマホを見ていたり、本を読んでいる位の大問題ですよ。

 

 北〇鮮なら公開処刑も有り得るかもの話です。

 

 邪悪なモノがはいり込まない様に睨みを利かせています。

 

 

 景色を眺めるふりして息を整えないと。ゼ~ハ~ゼ~ハ~。

 

 『湯ば~ば』でしたっけ。「邪悪なモノが入り込んだね」

 

 『顔無し』が入り込んだのを敏感に察知してました。

 

 『気』を感じるのでしょうか。

 

 ハッキリとは解りませんけど、何となく心地よくなる場所=パワースポットは確実に存在します。

 

 『妙義神社』のこの景色、パワーを感じません?

 

妙義神社 part3

 

 良くある案内図ですがナント石に刻まれています。

 

 

 この図で見ると、一番下の石段を登ったばかり。

 

 いやその先に続く細く長い石段は何?

 

 

 神社なのに『金剛力士像』の『仁王門』を潜りまして。

 

 

 かなり厳めしい『銅灯篭』が待ち構えています。

 

 この『灯篭』よく見ると

 

 

 通貨単位が『両』です。

 

 先程の石板に『銅鳥居=寛文八年』と在ります。

 

 寛文は西暦1661~1673年。 『家綱』が四代将軍となり、『浜離宮』が造園されました。そしてなんと数年後には『松坂屋』が開業します。

 

 金三両を寄贈した『南蛇井村 相川愛之助さん』貴方の名前は後世まで残っていますよ。

 

 以前訪れた『延暦寺・根本中堂』でも『銅葺き屋根』の葺き替えを募っていました。

 

 一枚¥30000で後世まで名前が残せると在りましたが、屋根の上じゃ確認できないじゃん。

 

 考えたけどパスしました。(正直持ち合わせが苦しかったのは否定しません)

 

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妙義神社 part2

 

 なだらかな坂道の上に山門が見えて来ます。

 

 

 参道は舗装されていますが左右の『野面積みの石垣』は建立当時のままでしょう。 

 

 仁王門に扁額があります。

 

 ん? 私が訪れようとしているのは『神社』ですよね?

 

 『神社』は神様をお祀りする『御社』です。

 

 『鳥居』により俗世間と聖域を区切り、『随身門』で邪気の侵入を防ぎます。

 

 普通『水垣』で囲まれた『神域』には一般人は入れませんので、その手前の『参拝殿』若しくは『参拝所』にて礼拝します。

 

 で『仁王門』 神仏混載の名残で『寺院』が在った事を示しています。

 

 故に『山号』が記されているのが普通です。

 

 

 『高野院』と書かれているのでしょうか。

 

 仁王門の間から鳥居が見えています。

 

 『お寺』なの『神社』なの⁈ でも国道沿いの『一の鳥居』に『妙義神社』と在りました。

 

 後で解ったのですが、『神仏混載』の盛んな時期にこの場所には、神社を管理する寺院として(別当と云うそうです)『上野寛永寺』の流れを汲む『白雲山・石塔寺』が在りました。詳しくは『妙義神社・総門』で検索してください。

 

 明治政府により『神仏分離』や『廃仏毀釈』令が発せられると『石塔寺』は廃寺となります。

 

 しかし折角の『総門』や『三重塔』を壊すまでは忍びない。

 

 であやふやな線引きのまま現在に至ります。

 

 『神社』なのに『仁王門』が在ったり(妙技神社)、『三重塔』が在ったり(新海三社神社)

 

 逆に『寺院』なのに鳥居が在り神様を祀っていたり(『豊川稲荷』は『曹洞宗・妙厳寺』です)

 

 あやふや故に『手水舎』や『狛犬』なんぞは共通していますし、『おみくじ・(御神籤と書きます)』が寺院に在ったり、『御朱印』なんぞもブームですよね。

 

 まさかとは思いますが『御朱印帖』は『神社』と『仏閣』を分けていますよね?

 

 ウチは勿論一緒です。

 

 そもそも『御朱印』とは、『納経』の証に寺院から頂くもの。

 

 いつしか商売上手な経営者に乗せられて当たり前に貰っていませんか?

 

 私はコンプリートする気は更々無く、気の向いたときだけ頂きます。

 

 『妙義神社』も貰ってなかったなぁ。

 

 

 『天必興正義』

 

 

 『神必感至誠』

 

 正しい行いをしていれば、必ず神様に届きますよ。(個人的解釈です)

 

 表面の風化してゴツゴツした岩肌を靴底に感じながら石段を登ります。

 

THE 『妙義神社』

 

 大げさに 『THE』なんて定冠詞を付けていますけど、大げさじゃ無いんです。

 

 健脚なうちに訪れて下さい。

 

 『一の鳥居』から坂道を歩き、何段の石段を登る事やら。(その後の調べで156段ですと)

 

 下段程横幅が広くつくられており遠近法も相まってかなりの高度差を感じます。

 

 こればっかりは自分の目で確かめて下さい。

 

 

 道の駅の駐車場、若しくは道向かいの広場に駐車出来ます。

 

 トイレ・自販機などが在るから道の駅が便利かな。

 

 境内にトイレ・水道は在りますけど、禁煙・飲食不可が多いですから済ませておいてください。

 

 

 県道脇に『一の鳥居』が建っています。

 

 その内側には土産物屋や軽食店などが並びます。

 

 この石畳の参道、実は車で走れます。

 

 車止めの下に私設有料駐車場があってそちらの利用も可能です。

 

 でも混雑時、歩いてる人から白い目で見られそう。

 

 

 いよいよ石段の始まりです。

 

 帯を締めなおして(実際はウエストバックのベルトを締めなおして)いざスタート。

 

 

 参道入り口脇の『枝垂桜』の古木が圧巻です。

 

 春の桜の頃、再訪希望です。

 

ふるさと美術館とふるさとプラザ

 

 『中之嶽神社』は『下仁田』に在ります。

 

 群馬県道196号線を走っていて、ガードレールなどの道路設備がなんか良くなったと思ったら『富岡市』に入っていました。

 

 行政の力の入れ具合(お金とは言ってませんので)が解ります。

 

 

 妙義山は何処から観ても絵になる。

 

 とやって来たのは『ふるさと美術館』

 

 特に立ち寄る予定も無かったけど駐車場にバイクを停め、写真を数枚撮る。

 

 

 えっ!知らなんだ。『妙義山』と云う山は無いのね。

 

 ホント『山』って不思議ですね。

 

 『山』を『やま』と読んだり『さん』と読んだり。

 

 他にも『岳』『嶽』『峰』『塔』色んな呼び方をします。

 

 誰が命名したやら? 古より呼ばれていたから?

 

 更に北海道では『アイヌ語』(アイヌ文字は無いらしいです)が地名になっていたり、沖縄では『琉球文化』が残っていたり。

 

 地方ではその土地の方言が関与していたりと不思議がいっぱい。

 

 某国営放送局の『日本人のお〇前』などでは感心する事しきりです。

 

 小海町・稲子から登る『にゅう』(山の名前です)はてっきり『乳』から来ていると思ってましたが違いました。

 

 収穫後の稲束を円錐状に積み上げて乾燥させますが、その稲束の積み上げた物を『にゅう』と呼ぶそうです。

 

 落語の『にゅう』でも無かった。

 

 話が脱線しまくってますけど何時もの事です。ついて来てね。

 

 

 

 隣接する『ふるさとプラザ』は展望の利く立ち寄り入浴施設です。

 

 紅葉を見ながら露天風呂なんて最高ですね。

 

 この後歩いて汗かきそうなので今は入らないですけど。

 

パラグライダー

 

 膝がカックンカックンしながらも階段を下りまして。

 

 先ずは一安心。

 

 自販機でスポーツドリンクを買いまして水分補給です。

 

 

 『妙義山・裏妙義山』はてっきり『深田久弥・日本百名山』に入っていると思ってたんですが実は『日本二百名山』でした。

 

 まっ興味無い人にはどうでも良い事なんですけどね。

 

 『グレート・〇ラバース』の『田〇陽希』さんにして「怖~ぇ」の声がでてましたから。

 

 『裏妙義』登る前に『戸隠山・剣の戸渡り』登っとけと云われましたけど『戸隠』すら難しいです。0.1tのわが身では。

 

 

 無事駐車場まで戻りまして、次に目指すは『妙義神社』

 

 ワインディングを楽しんでいると

 

 

 圧倒的なその山容を見せつけてきます。

 

 でも登らないよ。(ホントは登れないんですけどね)

 

 

 えっ?パラグライダー出来るの?

 

 実は若かりし頃、『伊豆大島』で『体験グライダー』に挑戦しました。

 

 インストラクターの前にぶら下がってるだけでしたけど『空中散歩』を味わえました。

 

 

 普通『パラグライダー場』と云えば、近くに上昇気流の起こりやすい高低差のある山肌と、ランディングポイントは広くて障害物の無い所、かつ車などで回収し易いなどと色々な制限が在ります。

 

 更には届け出なども必要で、限られた場所でしかできない筈。

 

 こんな場所でも飛べるんですね。

 

 話を聞こうと思いましたが定休日なのか風の関係なのか、誰も居ませんでした。

 

 興味ある人は電話してみて下さい。

 

 

石門

 

 ついつい勢いで『轟岩』まで登っちゃいましたけど、参拝だけのつもりだったからカメラだけしか持たず、『飲食物』はおろか『リュック』(昭和生まれはこう云います)も無し。

 

 バイクで紅葉を見に来ている11月初頭の事ですので、『ジャンパー』『オーバーパンツ』他『トレーナー』やら『フリース』まで着込んでる始末です。

 

 バイクを降りる時、『ジャンパー』と『オーバーパンツ』だけは脱ぎましたけど、登る途中で汗びっしょり。

 

 又この道を戻るだろうと踏んで『フリース』を脱いで木に掛けました。

 

 頂上で涼風に吹かれて汗が引きました。 さて下るか。

 

 実は体重≒100㌔のこーちゃん。下りが大変なんです。

 

 只でさえ柔道で膝を壊しているのに、急な下りは膝がカックンガックンします。

 

 でも登ったからには下らなきゃ。フリースも回収しないとね。

 

 

 『裏妙義』のこの岩場稜線をよじ登って縦走するんですから信じらんない!

 

 以前誘われた事有りますけど丁重にお断りいたしました。

 

 なんやかんやで『中之嶽神社』まで戻ってきました。

 

 折角此処まで来てるんだから『石門』までは行きたいじゃん。

 

 

 『石門』目指して歩き易い遊歩道を歩いていると。

 

 

 ナニナニ。石門付近、落石・崩落の為『通行禁止』

 

 やったね! いやいや『残念』 通行禁止なら仕方ない、引き返しますです。

 

 

 あとチョットですが大人の英断で引き返します。

 

轟岩

 

 世田谷区の住人だった事があります。

 

 最寄り駅が『等々力』でした。

 

 車×3でも『轟・とどろき』です。

 

 

 『中之嶽神社』で参拝を済ませ、境内の案内に

 

 『轟岩 200m』と在ります。

 

 200mなら歩いて数分も掛からない筈。まっ行ってみますか。

 

 

 断崖の絶壁に窪みが在り、『石の祠』や、鳥居・水垣で囲われた社まで

造られています。

 

 案内の方角に向かって踏み跡は続いているんですが、行けども行けども次の案内が無い。

 

 もうかなり歩いているぞ。

 

 

 倒木の先に岩肌が見えています。

 

 でも案内書きも何もない………。

 

 う~ん、直線距離なら200㍍位かも………。

 

 取り敢えず踏み跡をたどって山を登って行くと。

 

 『轟岩』頂上(3D)まで1時間以上かかって到着。

 

 

 

 ロープが張られていたり、赤丸が在ったりの登山道を登る事30分。

 

 『轟岩』と思しき岩の頂上に出ました。

 

 眼下に駐車場が見え、人がいるのが確認できます。

 

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中之嶽神社

 

 『甲子大國神社』鳥居の前で気が付いていたんです。本当は。

 

 でもあまりの急峻さに、取り敢えず見なかった事にして『甲子大國神社』の参拝を済ませまして。

 

 

 天上の『八方睨みの龍』を見ていたらやる気と元気が湧いてきました。

 

 よし。登るか!

 

 

 朱塗りの鳥居の『中之嶽神社』はこの石段の先。

 

 途中で立ち止まっている人が小さく見えます。

 

 

 登り口にある『お不動様』の見守る『力水』いやいや『手水所』でお清めしまして、イザ。 (何て書いてますけど実際はゼ~ハ~ゼ~ハ~休みながらです)

 

 

 石段の踊り場には中々ユニークな狛犬が向き合っています。

 

 この石段を担ぎ上げた人(達)がいるんですから凄いですね。

 

 でも不思議に思ったのは『水道管?』が何故こんな場所に?

 

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甲子大國神社

 

 賽銭箱の脇提燈には『甲子大國神社』と書かれています。

 

 『中之嶽神社』『大國神社』『甲子大國神社』果たして正解はどれでしょう?

 

 

 張りぼての『白ネズミ』は『大国主命=大黒様』の使いが『ネズミ』だから。

 

 『神使』って奴ですね。

 

 

 奉納額の文字は読めませんでしたがナント『木刀』が飾られています。

 

 『戦の神様』でも『勝負の神様』でも無いのに………

 

 

 一角には多種類の『おみくじ』がズラリと並んでいます。

 

 思わずニヤリ。

 

 

 『甲子』に懸けての事でしょう。絵馬が『バット』と『グローブ』の形をしています。中には外国語も。

 

 やはり『商売上手』の神様の様ですからお賽銭も奮発です。

 

 

 2019年正月早々物騒なニュースが飛び込んできました。

 

 豪華客船海外航路の観光客が急死し、原因は新型コロナウイルスにあるらしいと。

 

 乗船客は船室隔離を余儀なくされ、又中国武漢滞在者は政府チャーター機で緊急帰国。そしてホテルで隔離待機。

 

 まだこの時は対岸の火事にしか思っていなかった人も多く、マース・サーズを経験している中〇人・韓〇人らによるマスクの買占めと高値転売にそろそろ危機感を抱き始める。

 

 感染防止策も何もかもが手探り状態の中、先ずやり玉に挙げられたのがパチンコ店。

 

 高校野球も予選から禁止され我慢、我慢の日々が続く。

 

 政府は非常事態宣言を発令し、国民一人当たり10万円給付と、企業に対し100万~200万円の支援金を給付する。中にはそれを詐欺する輩まで現れるし。

 

 しかし一方では『Go To 〇〇』と銘打たれた経済政策の数々。

 

 中途半端な責任の押し付け合いのお陰で2年経とうとした今でも感染者は増え続ける始末。

 

 何故ロックダウンしない?

 

 政府がむやみ矢鱈とばら撒いた税金は増税になって必ず回収される。

 

 無能な政治屋は立候補しないで欲しい。

 

 必要なのは責任をとれる政治家のみ。

 

 そろそろ『IOC』の化けの皮が剥がれる時では?

 

 以上途中からは独り言です。

 

 あ~ぁ。何か良い事ないかな?

 

 

大國神社

 

 駐車場から見上げた『妙義山』 剥き出しの岩肌が圧巻です。

 

 

 地下通路を通って鳥居を潜ると。

 

 鳥居扁額には『中之嶽神社』と在ります。

 

 巨大な金色の『大黒様』に挨拶をして参道正面………あれっ?

 

 

 『中之嶽神社』って『大國神社』の事なの?

 

 何だか狐につままれた感じで鳥居を潜ります。

 

 丁度『祈祷』が始まる処だったらしく、神官さんの打ち鳴らす太鼓が響いてきました。

 

 

 ぶら下がる『鈴緒』の数が参拝者の多さを物語っています。

 

 何と云っても『良縁成就』ですもんね。(あやかりたい、あやかりたい)

 

 

 神社ですので『狛犬』は当たり前ですが、良く見るとこの『狛犬』は『子連れ』です。

 

 更に面白いのはその奥に立つ『大黒様』 剣を振りかざしています。

 

 オイオイ!白兎を助けたんじゃないんかい。

 

 此処でまたまた『神仏習合・神仏混載』の因果です。

 

 神道の『神様』である『大国主命・おおくにぬしのみこと』と、仏教における神様の『大黒天(大黒様)』を同一として考えました。

 

 まぁ『宝船』に乗船している『七福神』の神様のほとんどが中国・印度伝来の神様ですけど。

 

 日本由来の神様は一人だけ。さて誰でしょう。答えは次回。

 

 しかも『大黒様』の『神使』は『ネズミ』 河原のネズミが米喰ってチュウ!

 

 米俵の上に立ち、メタボなお腹で、ネズミを飼う………神様ですからねェ。何も言えねえ。

 

 実際の出雲大社に祀られている『大国主命』は拝殿正面(南側)を向かず西を向いているそうです。

 

 やっぱり『国譲り』で『天照大神・アマテラスオオミカミ』の子孫に、統治する『葦原の中国』の領土を取られ、代わりに出雲大社に左遷させられた『素戔嗚尊・スサノオミコト』の子孫『大国主命』は、ひがんで中央に背中を向けている………と考えるのはあくまで私的感想です。

 

 嫌いなわけじゃ無いです。何てったって『神様』です。

 

妙義

 

 まもなく『2021/6』に成ろうとしているのに新章は『2020/11』の出来事です。(半年もズレちゃいました)

 

 内山峠を群馬県へと下り一番最初の信号機のある交差点を左折。

 

 道案内はそれだけで『妙義』へ辿り着けます。

 

 頃は秋。そろそろ紅葉を愛でようかなと。

 

 

 『妙義山』は修険の場としても有名です。

 

 大きく分けて『表妙義』と『裏妙義』二つの山塊が在り、どちらも独特のごつごつした岩が露出した稜線を歩けます。(現在崩落の為立ち入り制限が在ります) で実はこの山、滑落者の多さでも有名なんです………

 

 登山の際、単独行は避け、ヘルメット、ザイルなどの登山装備をして下さい。

 

 登山口に立つ『上級者以外入山禁止』が全てを物語ってます。

 

 

 バイクで群馬県道196号線のワインディングを楽しんでいると、突然視界が開け駐車場に辿り着きます。

 

 目の前には『朱の鳥居』と『金色の〇〇』が目に飛び込んできます。

 

 『中之嶽神社』の駐車場にバイクを停め、地下道を通って神社の鳥居へ。

 

 此処はカーブで見通しが悪い上に道路を渡る者が多く、人身事故が起きた場所です。必ず『地下横断道』を利用してください。

 

 

 何じゃありゃ?と見上げる金色『日本一大きな大黒様』ですと。

 

 でも『日本一大きな〇〇』って必ず抜かれる時が来るから余り謳わない方が宜しいのでは?

 

 『〇〇の消費量日本一』なんてのも、傍から見ればどうでもいい事だし。

 

 

 昔、婆チャンに言われました。

 

 「米俵の上に乗っかるなんて罰当たりな事するな」

 

 それから米俵に乗った事は一度も在りません。(米俵自体を見ないもんね)

 

新子田神社

 

 遠くから見た事はあるけど、何なのか知っている人は少ないのでは?

 

 場所は『佐久市・新子田』

 

 『佐久市駒場公園』から『家畜改良センター茨城牧場長野支所』(以前は種畜牧場と呼ばれていました)脇を通り、信号の無い交差点を『セレモニーセンターやすらぎの里』方面へ曲がった場所。

 

 広~い牧草地の中に在るこんもりとした場所。

 

 残念ながら近くに駐車場が無く、農協又は牧場駐車場から歩くしか在りません。

 

 

 バイクを道路脇の邪魔にならない所に停め、歩道も無い牧草地(なるべく端っこ)を歩きます。

 

 春、『ナズナ採り』をしている人を見掛けますが………牧草地は立ち入り禁止では無いって事?

 

 

 こんもりと盛られた場所が在り、松やら杉やらが植えられています。

 

 鳥居? 神社ですか。

 

 

 参道も無ければ手水も無いですけど、何となく人の踏み跡が分かります。

 

 一礼して進んでいくと。

 

 

 しっかりした『社』が建っています。

 

 グーグルマップで検索してみますと『新子田神社』

 

 土着信仰なのか牧場の為なのか………

 

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熊野社

 

 『法禅寺』の境内を散策していたら、壁の切れ目から外へ。

 

 一本の坂道が在り、左手坂下には『鳥居』 右手坂上には『社』らしいものが建っている。

 

 そりゃ行きますって。

 

 

 まぁ宗教関係者か、よっぽどの物好きじゃ無きゃ近づかないかも。

 

 私ゃ後者ですから近づきます。

 

 

 基礎石もしっかり組まれた比較的新しい社と数社の摂社が祀られていました。

 

 でも『扁額』も無ければ案内書きも無いです。

 

 

 かなり湿度が高いのか、板塀には苔がビッシリ。

 

 残念ながらこんな山の中の小さな社にまで『千社札』が貼られている事。

 

 ホント興ざめしちゃいます。

 

 参拝を終え参道を下って鳥居まで下って来ました。

 

 

 

 鳥居の『扁額』にしっかり『熊野宮』と書かれていました。

 

 『寺院』なの『神社』なの? 罪です『神仏混載』

 

 バイクに跨りながら口ずさんだのが

 

 ♬ 包丁 一~本 晒しに巻いて 

 

 法善寺横丁は大阪の料亭街ですね。

 

熊野山・法禅密寺

 

 志賀川沿いの県道44号線を走っていたら『熊野山・法禅密寺』の石門が在りました。

 

 ン?『熊野』は『神社』じゃないの?

 

 でも『真言宗』とあるから『寺院』の筈。

 

 その脇に在った『木像愛染明王坐像』の案内。 観てみたい。

 

 

 進んでいくと普通の民家の脇に

 

 

 いいね。 いいね。 ワクワクしますね!

 

 風化や苔の具合からもかなり古くからこの場所に立っていたのかも知れません。

 

 『廃仏毀釈』で壊されなくて良かったね。(首なし地蔵が各地に在るのはほとんどが『廃仏毀釈令』の為)

 

 

 山門から入るも本堂は閉ざされており、『木像愛染明王座像』は残念ながら見る事は出来ませんでした。

 

 庫裏にも人の気配がなく仕方ない諦めますか………

 

 庭を散策していると在る事に気が付きました。

 

 それは……… 次回です。

 

雲興寺

 

 『うんこうじ』と読んでください。

 

 『うん〇でら』と読んだらバチがあたりますです。

 

 

 山号は『城源山』 やはり『お城』と関係あるのでしょうか。

 

 入り口脇に『禁葷酒』と在りますので『曹洞宗』のお寺の様です。

 

 

 こういう由緒あるかもの石像大好きです。

 

 『光背』と『輪王座・りんおうざ』 『如意輪観音』?

 

 『半跏倚座・はんかいざ』なら『弥勒菩薩』?

 

 手にしているのは『蓮の花』

 

 解らなくてもいいんです。 見ているだけで『ほっこり』します。

 

 

 庭の『松』に驚き!

 

 自然に出来た………訳無いですよね。

 

 『盆栽』で形の決まった木を地面に直植えすると、こんな風になるとか聞いた事有りますけど。(あくまで個人の感想です)

 

 にしても不思議な捻じれ方。ある種感動です。

 

 

 ねっ、 ほっこり。ほっこり。

 

笠原城址

 

 以前グーグルマップを見ていて、「この辺り『山城』が沢山あるなぁ」と思っていました。

 

 『笠原城址』を検索すると、佐久香坂の地に置いて最後まで『甲斐武田軍』に抵抗した。と在りました。

 

 長野県=信濃国には強大な権力・領地を持つ戦国武将はおらず、勇猛果敢で有名な『真田一族』にしても『武田軍の四将』の一人でした。

 

 佐久市・志賀に生まれた『笠原新三郎氏』は山城の城主としてこの地で善戦するも最終的には攻略され斬首されてしまいます。

 

 志賀の田んぼの脇に『笠原新三郎の首塚』の案内看板が立ってはいるんですけど………(お~い佐久教育委員会。どうなってるの?)

 

 砕石工場の脇に立つ『笠原城址』の案内看板を頼りに山道へ入ります。

 

 行き止まりにバイクを停め、小川を渡ってさらに進むと石積が確認出来ました。

 

 でもその先は? 

 

 スマホのGPSを頼りに自分の位置を確認するも地図上には何も無し。

 

 

 でも見取り図くらい無いと全然わからん!

 

 この看板も『佐久市観光協会』制作です。

 

 おいおい。佐久市教育委員会。それでいいんかい。

 

下仁田・浅科線

 

 『国道254号線』の一本北側を走る『県道44号線』 通称『下仁田浅科線』をバイクでトコトコ走ったのは2020/10の事です。

 

 紅葉が始まり、バイクで切る風が詰めたくなる頃に『荒船湖』から『佐久市志賀』へと下ります。

 

 現在、残念ながら『荒船山荘』は営業を見合わせています。

 

 『新型コロナウイルス騒動』は確実にマイナー観光地を『窮地』はどころか』『滅亡』へと導いているのが現状です。

 

 『競走馬の養老施設』と化していた『スエトシ牧場』は、TV出演したミニチュアホース『そらまめ』のお陰で確実に観光客を増やし、色々小動物を増やしたり、触れ合える施設を造り人気の観光牧場だったんですが今回駐車場には車が停まっていませんでした。

 

 『志賀川』の向こうに朱塗りの『鳥居』が見えました。

 

 バイクって『?』を感じたらすぐ停車できるから好き!

 

 細い橋を渡って鳥居の元へ。

 

 

 傍らの案内に『秋葉山公園』と在りました。

 

 鳥居の額には『秋葉山大権現』と書かれています。

 

 公園と云っても『ブランコ』や『シーソー』などの遊具が在るで無く、階段から山へと歩道が続いているだけです。

 

 何となく『大権現様』を拝みたくて山道に踏み入りました。

 

 何度か折り返しながら高度を上げて行きます。

 

 あと何メートルとか書いてあれば助かるんですけど。

 

 

 『雉』の鳴き声が聞こえるのどかな山道。

 

 不意に屋根が見えました。

 

 

 屋根の内側に『秋葉大権現』と書かれた板が打ち付けて在りました。

 

 スピーカーは集落へ向いていて、緊急放送などの為の設備だと思われますけどまさか此処が『大権現?』

 

 と奥に石灯篭が見えましたので行ってみると。

 

 

 山頂らしき場所はまだまだ先ですけど、展望の良い場所に建つ『石の祠』

 

 何も刻まれていませんのでこれが『秋葉台権現』かも解りませんけど、こちらで手を合わせます。

 

 ひょっとして山頂に向かえば何か在るのかもしれませんけど、スマホのグーグルマップで調べても何か在る様には思えません。

 

 「行くべきか戻るべきか?それが問題だ」なんて考える事も無く引き返します。

 

 水分持ってこなかった事を言い訳にして。

 

水落ち

 

 ほぼほぼ山頂付近の岩棚からポタポタと水が滴り落ちています。

 

 これが『水落』の由来。

 

 でも、ほぼ山頂なのに何故水脈が?

 

 不思議です。

 

 

 水を受ける『ブリキの樋』が付き出ていて、結構水量が在ります。

 

 ペットボトルに水を詰めて。ごくごく飲めます。冷たくて美味しい。

 

 『水槽』と割れたバケツが転がっていました。

 

 決して土に戻る事の無いポリバケツの『青い色』が不気味に見えるのは私だけ?

 

 その奥に石像が在りました。

 

 

 『日本巡国六十六部供養』と在りました。

 

 調べてみますと。

 

 各地に点在する六十六の『霊場=修験場』を廻り修行する人を『六十六部行者』と云うそうです。

 

 『熊野古道』には『役行者・えんのぎょうしゃ』と呼ばれる『山伏』が修行していました。

 

 『白装束』で険しい山などを登って修行をし、『法螺貝』を吹いたり『滝』に打たれたり。

 

 超人的な存在で、その出で立ちや振る舞いから『天狗』とか『鬼』とも呼ばれました。

 

 仏教においても『比叡山』には『大阿闍梨・だいあじゃり』を目指すべく命懸けの修行をするお坊さんも居ます。

 

 こーちゃんの修行は今回此処まで。(只、山をうろついただけですけど)

 

 スズメバチに逢わない様に遠巻きに下ります。

 

 

 ありゃりゃ、小動物のあごの骨らしきものが転がっています。

 

 こりゃ早く帰った方がよさそうだ。

 

 ある日 森の中 熊さんに 遇っちゃったらシャレにならない。

 

 『水落観音』に行かれる方。

 

 蜂&熊対策もお忘れなく!

 

観音堂

 

 いよいよ今回のメインイベント。『水落観音』です。

 

 稲荷神社の隣なんですけど。

 

 土壁のトイレと土蔵が建っていました。

 

 

 そしていよいよ御堂………

 

 

 山号は『水落山』 先ずはお賽銭。と何やら物音が!

 

 

 よりによって大っ嫌い‼ な『スズメバチ』の巣が落っこちています。

 

 しかも周りにヤツらがチョロチョロ

 

 刺激しない様に そ~っとそっと離れます。

 

 故に『御賽銭』どころか『参拝』すら出来てません。

 

 『観音様』を拝むなんて………今回は諦めます。

 

 

 以前『スズメバチ』に刺され、病院送りにされてます。

 

 アナフィラキシーショック持ってますんで今度刺されたらヤバイ!

 

 一応『アナフィラキシーショック症状対処用アドレナリン注射』を購入しましたがもう期限切れ。うちの薬箱に眠ってます。(意味ないじゃん)

 

 一年間有効の注射で一本一万円は痛い! 蜂に刺されても痛い!

 

 『スズメバチ』 嫌いです。

 

水落・稲荷神社

 

 2019年長野県下に甚大な被害をもたらした台風。

 

 東信地方の山間部にも大量の雨が降り注ぎ、至る所で山面崩壊を引き起こしました。

 

 『水落観音』の石段に差し掛かった処、無残にも石段が完全に崩れ落ち、迂回をよぎなくされました。

 

 

 樹は根こそぎ倒れ、『石像』や『地蔵幢』までもこの有様です。

 

 因みに上の写真は石段跡です。

 

 

 大きく迂回して石垣の下に辿り着くと『鳥居?』

 

 『観音様』は『仏教』です。 何故『神道』の鳥居が?

 

 『神仏混淆』の名残は至る所に在りますから格別珍しい事でもないんですけど。

 

 

 注連縄の紙垂が新しい。 最近神事でも有ったのでしょう。人が入った気配が感じられます。

 

 扁額を見ると『稲荷神社』と在ります。

 

 とあれば参拝させて頂きます。

 

 

 崖下ギリギリの処に屋根囲いに守られて『社』が建っていました。

 

 願掛けして願いが叶うと願ほどきに来るのが大変ですから、参拝だけにします。

 

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山の中に………。

 

 まだまだ登る気満々ですけど身体は正直で、深呼吸したりしながら休み休み足を運びます。

 

 『獅子岩』ってこれ? 『獅子頭』ですかね。

 

 なんか『ライオン〇ング』に登場する『マントヒヒ』みたい。

 

 いやもっと何かに似ているんだけど………。

 

 

 なんて思いながら歩いていると突然目に飛び込んでくる人造物。

 

 

 えっ? 『マチュピュチュ』⁈ 行った事無いけど。

 

 

 結構な斜面の途中に急に現れる『石垣』 

 

 此処には『山城』か『砦』でも在ったのか?

 

 

 石段下にはお地蔵さまが向かい合って立っています。

 

 此処から神域です。

 

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水落観音

 

 バイパスの傍らに立つ小さな看板を目印に急坂を登ります。

 

 車は四駆の軽トラック以外お勧めしません。まっ私の場合オフロードバイクですから。

 

 民家を過ぎて林中をズンズン。ガタゴトとデコボコ道を終点まで進みます。

 

 車がUターン出来るスペースで行き止まりです。

 

 此処からは歩き。暫くは沢沿いに歩きます。

 

 以前は歩き始めから『アブOR蠅?』の大群に纏わりつかれ早々に退散しましたが、今回は準備万端です。

 

 ①虫よけスプレーをたっぷり散布。②タオルで首筋を守る。長袖・長ズボン・タオルを頭に被る。③ウエストバックにカメラ・お茶・おにぎりの三点セット④熊除けのピストル(勿論オモチャ)に火薬を詰めて。

 

 

 因みにこれが散策道です。

 

 杉木立の中の苔むした岩の間を進みます。

 

 

 ポツンと『水落』とだけ書かれた『トタン板』が落ちていました。

 

 この辺りには石垣が積まれた跡が在り、おそらく農地として人が頻繁に出入りしていた模様です。

 

 さらに進むと石仏が建っています。

 

 

 これは『十五丁目』の石像。

 

 おそらく集落に在った『如意輪観音』を起点に『十五丁』(1丁=1町≒108㍍)歩きましたの意味だと思われます。

 

 田口村 〇八さん寄贈みたいです。(字が解らない)

 

 

 こんな味わい深い観音様や

 

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 『臍・へそ・ほぞ』 

 

 腹部に在り、胎児期に母体と繋がり血液から酸素・栄養分などを受け取るくぼみ。

 

 物体の中心に在り、出っ張ったり凹んだりした部分。中心部。

 

 長野県には日本の『中心』と呼ばれている場所が幾つかあります。

 

 一つは野辺山にある『日本のへそ』

 

 

 難しく書かれていますが平面地図上の中心です。

 

 他にも『佐久市・臼田』の『日本で海岸線から一番遠い地点』

 

 

 とか

 

 上田電鉄復旧おめでとう!の『塩田平・生島足島(いくしまたるしま)神社』にも確か書かれていたような気がします。

 

 そう云えばあそこにも『臍』があったな。

 

 

 『臍石』

 

 臼田『龍岡城五稜郭』~『雨川ダム』『田口峠』方面へ東走します。

 

 途中までかなり広い走り易い広いバイパスが続きます。

 

 途中カーブの辺りに『水落』と書かれた案内が立っています。

 

 集落の名前ですが、沢が流れており、この水の流れ出る場所には『観音堂』が建っています。

 

 『水落観音』

 

 『知る人ぞ知る』観音様ですが、一昨年の台風被害で道路が崩落。

 

 現在は一時間ほどの山歩きとなります。

 

 実はこの『水落観音』

 

 昨年ニ度チャレンジして諦めていた場所です。

 

 一度は『常田』集落から道路を行くも完全に崩落、通行止め。立ち入り禁止の看板に引き返します。

 

 二度目はこの『水落』から登り始めるも、大量の『アブ』に纏わり付かれ、鼻やら耳を守るのに一苦労。

 

 歩き始めて5分で退散です。『臍を噛む思い』で引き返しました。

 

 さてさて『三度目の正直』となりますやら。以降次回。

 

穴原の稲荷神社

 

 中部横断道『佐久穂インター』から見て東側。

 

 千曲川を越えた丘陵に知る人のみ知る(当たり前です)『東電調整池』が在ります。

 

 下流にある発電所で水量が足りない時にこちらの貯水を放出して水量を調整する為の溜池です。

 

 残念ながら『鉄条網付きフェンス』で囲われており、中に入る事は出来ません。

 

 この辺り『佐久穂町・穂積・穴沢』はお店等何もないのんびりとしたエリアです。

 

 戦国時代『蟻城』が在ったとされる場所を目指します。

 

 途中からダートをj駆け抜けあっという間に『蟻城跡』 

 

 しかし現在『蟻城跡』には『アンテナ基地』がが建設されていて一部立ち入り禁止です。

 

 

 実はこの林道の入り口に鳥居が在ったんです。

 

 それもかなり朽ちてきていて、根元は折れてしまっています。

 

 

 『稲荷神社』を見掛けたら必ず参拝することにしていますので鳥居を潜り………。

 

 ここ暫くは誰も歩いていないだろう石段を登りかけ………。

 

 

 石段は落ち葉で完全に埋もれてしまっています。

 

 靴底で石段の感触を確かめながら登りきると。

 

 

 木製の小さな祠が在りました。

 

 賽銭箱なども在りませんでしたけど参拝を済ませます。

 

 やはり落ち葉で埋もれた石段を下りやっと一息。

 

 集落はずれの山中ですけどチョットした緊張が在りました。

 

馬流

 

 JR小海駅から北へ一駅。

 

 『JR馬流駅』は駅前にコンビニどころか、駐車場はおろかストリートビューも入っていませんが、主に高校生の通学用に使われていて利用状況はまずまず。

 

 少し離れた場所に『秩父事件戦没者の墓』が在ります。

 

 道案内の立て札を頼りに『秩父事件戦没者の墓』戦没者の墓』へ。

 

 お墓の脇には、先祖の偉業を称えた『顕彰碑』と、参拝者を労う為の東屋が建てられています。

 

 

 休憩所には記帳ノートが置かれていました。

 

 この手のノートには必ず『日付・住所・名前』等を記入するようにしています。

 

 だって設置者の励みになるかもですよ。

 

 裏手には『諏訪神社』へ続く鳥居と石段が見えます。

 

 

 そして巻き添えで亡くなられた方のお墓が山中にあるとの事ですが、途中で道が分からなくなって………。

 

 迷子になっても困るからそこそこにして戻ります。

 

 

 通りまで戻って『困民党』が本陣とした民家です。

 

 簡略された新聞の説明書きが張られていました。

 

 道の向かいには

 

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秩父事件

 

 『掛樋・棚橋』の痕跡を探していた処、聳える『天狗岩』の線路脇に一本の白杭が立っていました。

 

 興味なければ絶対素通りしてしまうでしょう。

 

 

 『秩父事件』 実は高校時代の恩師が小海町に在住していた時、此の『秩父事件』を詳しく調べ、映像化して発表してくれました。

 

 『秩父事件』詳しくはgoogleに譲りますけど。(ヤフーでも可)

 

 『威張ろうや 得意に 風呂 焼く 元年』 換算して 『1868 1912 26 89 明治・大正・昭和・平成 元年』

 

 『大政奉還』から『明治政府』誕生が1868年。

 

 『秩父事件』が1884年。

 

 秩父事件 明治政府の行った急速な行政改革は『デフレ』『増税』を引き起こし、国民の生活は困窮。農業の大凶作と、更には生糸の主要消費国だったヨーロッパ各地は大不況となり疲弊、特に養蚕を主要産業としていた秩父地方の農民は壊滅的な経済状況となる。それでも税金の取り立ては続き、多くの農家は高利貸しから借金をするしかなかった。借金の方に土地を取り上げられたり、身を売る女性も多発。『板垣退助』の設立した政党『自由党』は解散していたが『元自由党員』らによって秩父地方の惨状を政府に訴え続けたが改善される事は無かった。一方『死を待つよりは武力隆起』を叫んだ『困民党』を名乗る群衆は『元自由党員』らと共に決起、生きる為『暴徒化』し『高利貸し』や『土地の利権者』を襲撃する。警察・軍隊に追われるように秩父山脈~相木村~小海町へと逃れてきた『困民党』は交通の難所『高岩付近』で待ち伏せされていた軍隊に鎮圧されてしまう。名前の判明している『困民党』側死亡者は13名。名前の判明した者わずかに6名。(これは身元が解らない様にしていた為)更には流れ弾によって地元民女性が死亡してしまう。この地に埋葬された『秩父事件戦没者の墓』には『暴徒』の文字を刻むことを条件に墓碑の建設を許可された。以上が『秩父事件』終焉までのあらましです。

(多分、聞いた事も無い人の方が多いのではないでしょうか)

 

 

 以前、『秩父』から国道299号線を西走した事がありますが、走れど走れど山の中。それでもたま~に対向車や小規模集落にでくわし安堵した覚えが在ります。

 

 警察や軍隊に追われながら暗い山の中を逃げ回る。それも『生きる為に』

 

 同じく山中を逃げ廻り『浅間山荘事件』を引き起こした『連合赤軍』と比べるまでも在りません。

 

 

 貴方がたの戦いは決して無駄ではありませんでした。 合掌。

 

掛樋と棚橋

 

 『掛樋・棚橋』何の事だろう?

 

 『掛樋・かけとい』 樋は屋根の庇下などに着けられていて、雨などを流す為の物、此処では農業用水を確保する為に樋を掛け渡し水路としたものです。

 

 今で云う処のU字溝みたいなものでしょうか。

 

 本来なら千曲川本流へと流れ込んでしまう水を『樋』を使う事によって田畑への水路としていました。

 

 『棚橋』 (某プロレス団体の人気レスラーじゃありません。)

 

 川の浸食作用によって削られた『峡谷』などは、断崖絶壁になる場合が多く、此処を通行する為に考えられた『木道』の作り方です。

 

 垂直の『断崖絶壁』に幾つもの水平な穴を開け、その穴に『丸太』を打ち込み、丸太の上に『板』を並べて『道』としました。

 

 この『高岩』近辺も昔、川の両側は切り立っており(現在千曲川左岸は開拓され高い擁壁に守られた場所を国道が走っています。明治時代までは千曲川沿いまで山が迫っていました。)交通の難所でした。

 

 故に『武田信玄』が信濃の国に入る時は『甲斐小泉』から八ヶ岳西側の裾野を通り『茅野』に抜ける真っ直ぐな道を造りました。『信玄の棒道』と呼ばれ今でも各地で名残が見られます。

 

 『天狗岩』と呼ばれる岩肌に穴の跡が見れるそうですが『JR小海線』の敷地内を通らなければ線路を渡れず、遠くから眺めるに留めました。

 

 『掛樋』も『棚橋』も現在残ってはいません。

 

 

 上の二枚の写真は『黒部ダム』に展示されていた『日電歩道』です。

 

 ポケットに手を津混んでる貴方!何故覗き込める?

 

 『棚橋』ではありません。作業性の関係から岩肌に水平に丸太を打ち込み、並べた丸太を吊っています。

 

 足場となる丸太を組み、完成した足場の上に延伸させ、水平に穴を開け、杭になる丸太を打ち込み、ロープなどを掛けて足場を吊るす。『吊り橋』です。

 

 高さ100㍍の断崖絶壁の中程に在ります。 

 

 足場が無ければ水平になる丸太を打ち込む穴を開けられません。

 

 『棚橋』の場合は地面から低い場所などに限り、足場などを汲み上げて穴を開けられたのでしょう。

 

 『木曽の桟』も『棚橋』の筈です。(個人的感想です)

 

 いずれにしても人間の英知と努力は凄いですね。

 

 凄いと云えば『Go。Ace!ハイ・フライ・フロー。タ・ナ・ハ・シ!』

 

敬育学校

 

 教育学校ではなくて『敬育学校』です。

 

 更には『整理学校』 何のこっちゃ?

 

 まさか『啓発セミナー』的な? 訳ないですよね。

 

 

 後方に見える『バラス』は小海線の線路の為のモノです。

 

 『八千穂駅』~『小海駅』の間で見かけた「おろ?」(るろうに剣心気取ってみました)

 

 

 お地蔵様が立っていた空き地が気になってバイクを止めました。

 

 石垣に囲まれて何やら石碑なども在ります。

 

 

 『野面積みの石垣』と云い、用水に架かる『石橋』と云い、時代を感じさせる物が残っています。

 

 好奇心旺盛ですからすぐ道草。(それが私の良い処~ってCMソング在りましたね)

 

 

 ググっても『敬育』はヒットしないんですけど。

 

 しからば『整理学校』 こちらも?

 

 まぁ想像ですけど『尋常教育』以前はこう呼んでいたのかも。

 

 こんな山間の(失礼)片隅に、明治時代初頭、教育の場が在ったんですから流石長野県。教育県の面目躍如です。

 

 でも生徒数何人ぐらいだったんだろうね。

 

 

ドクター・ブルー?

 

 線路を定速で走りながらレールやバラスなどの点検を行う車両知っていますか?

 

 真っ黄色なカラーリングから『ドクター・イエロー』と呼ばれています。

 

 夜間、他の車両の走行が無い時だけしか出現しない為に遭遇率はかなり低く、見ると幸福になれると云われてます。

 

 二回見た事があります。(まぁまぁ幸せ?………。)だって運行予定が告知されますから。

 

 

 『第一建設工業』はJR東日本を網羅する鉄道保線の会社です。

 

 フロントマスクからして他の車両には無い『下部監視窓』やビデオカメラを持ち、前照灯以外にも作業灯などを完備しています。

 

 

 『JR小海線』は非電化路線の為、動力はディーゼル機関。

 

 車体下部には『ブレーキ用エアタンク』などが見えます。

 

 

 点検作業中は『青いレーザー光線』をレールに照射して『たわみ』や『損傷』などを見つけます。

 

 でも『ディーゼル機関』の振動はどうやって対策するんだろう?

 

 『13ES』と書かれた下に『excellent silent generator』 直訳すれば『凄く静かな発電機』 

 

 実はこの車両『ハイブリッド』かもです。

 

 だって『鉄道車両』には固有識別番号が表示されている筈だけど、此の編成には見られないもん。調べようが無い。

 

 『小海線』は結構民家の脇を通ったりするから防音対策が必要なのかも。

 

 毎回こちらに停車しているかどうか分かりませんけど、『八千穂駅・引き込み線』の写真です。

 

八千穂駅

 

 『八千穂駅』 一度だけ降りた事があります。

 

 歩いて八千穂高原の『駒出池』まで歩いたのはキャンプ遠足だったでしょうか?

 

 家から車でモノの20分。なかなか『小海線』自体に乗る機会が無いです。

 

 

 駅前に在る『北国の春』の看板。

 

 作詞家の『いではく』さんは八千穂高原の白樺を見て歌詞を思いついたそうです。

 

 皆さん。『北海道』とかと思っていたでしょう?

 

 地図にも『日本一の白樺林』とあります。

 

 

 ペンキがひび割れて来ちゃってます。

 

 上が南です。駅から千曲川、国道と続き、八ヶ岳までが描かれています。

 

 八ヶ岳横断の『麦草峠』には日本で二番目に高い標高を走る国道299号線・通称『メルヘン街道』が通ります。

 

 これからの時期『花桃』が綺麗です。

 

 

 駅前ロータリーのオブジェを撮影していたら『ディーゼル機関車』のエンジンがかかりました。

 

 結構『撮り鉄』のこーちゃん。急いで音のする方に行ってみると。

 

 そこに在ったのは?  以下次回です。

 

六地蔵幢

 

 この『幢』という漢字、やっとこさ変換しました。

 

 『六地蔵幢』説明するより見て貰った方が早いかな。

 

 新章スタート。今回は2020年9月末の事です。

 

 

 店休日のこの日、朝から所用を済ませ、バイクに跨ったのは昼過ぎ。

 

 雲一つない青空と浅間山をバックに咲いたコスモス。

 

 カメラの題材になりそうな物を探してバイクで出かけました。

 

 

 臼田橋の袂から千曲川右岸道路を遡ります。江戸時代主要幹線道路に数えられた『佐久・甲州街道』の名残です。

 

 途中、こんな石像郡を見つけました。『入澤・三条の道祖神』です。

 

 詳しくはグーグルマップを見て貰うとして。

 

 

 これが『六地蔵幢』です。

 

 普通の民家の前に立っています。

 

 脚の部分の窪みは『貝殻』で削られたと考えられています。

 

 上の部分

 

 

 六面体に窓が開けられていて、中にはお地蔵さまが彫られています。

 

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カゴメ

 

 『カゴメ』と聞いて真っ先に思い出すのは………

 

 ♬ かごめかごめ 籠の中の鳥は の童謡か

 

 風呂上がりに一気に飲む『トマトジュース』(無塩が好き)

 

 試しに『カゴメ』を検索すると

 

 Topは『優里さん 楽曲 かごめ』

 

 続いて『カゴメ食品』

 

 更には『高橋留美子さんアニメ 犬夜叉 主演女優名』

 

 竹で編んだ『籠の目』 などなど。

 

 因みに『カゴメ神社』で検索するも『籠神社』になってしまします。

 

 『籠神社』の欄を読んでみると『六芒星』という言葉が出てきます。

 

 

 『天地カゴメ之宮』と書かれた上、菊の紋の中に在るのは『六芒星』

 

 『ユダヤ人』を意味する『ダビデの星』と同じ………。

 

 

 横に立つ石碑の文言を読むも………?

 

 『信州』は『神州』であり『神集』に通じる。

 

 『皆神山』は『神が皆集まる山』

 

 だから『UFO目撃情報』が多かったり『山岳発光現象』が捉えられたり。

 

 不思議が在っても不思議じゃない。

 

 

 だから人里離れた綺麗な水辺に棲む『サンショウウオ』産卵地が参道脇の濁った池に在っても全然不思議な事じゃ無い!(と自分に言い聞かせて)

 

 『皆神山』の章。終了です。

 

皆神神社

 

 『皆神神社』境内にはナント『皆神神社』が無い⁈

 

 『随身門』脇には確かに『皆神神社』と在ります。

 

 参道脇には『天満宮』や『弁天社』 参道正面に『侍従神社』 更に脇参道を行くと『熊野出早雄神社・くまのいずはやお』 もうひとつ『天地カゴメ之宮』?

 

 『皆神神社』は何処?

 

 

 提燈には『十六弁の菊』 傍らに『御百度石』も見えます。

 

 でも何故か屋根の造りに違和感? 何だろ?

 

 

 古い石段の脇に『熊野出速雄神社』と在りますがその横。

 

 『木像大日如来坐像』………って『神社』なの『お寺』なの⁈

 

 『注連縄』と『紙垂』が在りますので『神事』=『神社』です。

 

 『神道』に始まった日本の宗教文化に『仏教』が伝来し、『神仏混載』が起こりました。

 

 『神社』でありながら『三重塔』が在ったり(新海三社神社)、『寺院』でありながら『稲荷神』を祀ったり(豊川稲荷)。

 

 明治時代になり『神仏分離令』が出され、一応整理されたかに思われましたが。

 

 『廃仏毀釈』が発令されると心無い人により、実に数多くの石像・石仏などが壊されてしまいました。

 

 見た事有りません?首から上が壊されたお地蔵さん。

 

 

 『瑞牆』に囲まれ、『神器』を祀る祭壇も見えました。

 

 こちら『熊野出速雄神社』が皆神山に在る事から『皆神神社』と呼ばれている模様です。

 

 でも、まだまだ不思議は在りました。 ………続く。

 

皆神山

 

 オカルト流行りの中学時代、雑誌『〇ー』の愛読者でした。

 

 時々『日本のピラミッド』と称して取り上げられ、『発光現象』やら『UFO目撃情報』やら『謎の生物発見』と興味津々の内容です。

 

 皆神山の麓、『松代』も歴史的に大変興味深いエリアで、茶褐色の濁り湯の『松代温泉』や『佐久間象山』関連。『松代大本営』疎開予定地(現在地震調査施設の為一部のみ公開)。『海津城』(武田信玄の本陣)VS『妻女山』(上杉謙信の本陣)、日本で此処だけ『黒猫神社』などなど。

 

 コロナ騒動が収束した暁には、皆さんゆっくり散策して下さい。(あっ、ぴんころ地蔵も宜しく)

 

 車で山門脇まで入れますのでアプローチは楽です。

 

 では随身門から。

 

 

 正面の拝殿の紋は『五七の桐』 天皇家の御紋です。

 

  つまり神社の格式は最上位。(個人的見解を含みます)

 

 梁の彫り物を見ても、かなりの財力を投じられて建立されたであろう事が解ります。

 

 でもどう見ても『寺院?』

 

 

 

 参拝後に失礼して『侍従神社』の祭壇を。

 

 『神器の鏡』が鎮座まします。

 

 

 実は『皆神神社』の境内には『皆神神社』が無い⁈

 

 しかも幾つもの神社が点在しています。

 

 更には………惜しい。次回です。

 

綿内駅

 

 『高山村』を後に『小布施スマートインター』で出始めの『リンゴ』やら『梨』を買いまして。

 

 国道403号線をトコトコ走って帰ります。

 

 途中どうしても写真に収めておきたい処が在ります。

 

 『長野電鉄・屋代線・綿内駅跡』 残念ながら『長野電鉄屋代線』は廃線となり、線路はおろか駅舎までも撤廃されてきています。

 

 『綿内駅』は昔隣接して商業スペースが在り、バスロータリーが在りました。

 

 

 現在もバスの待合所として利用されていますがその利用率は年々低下し、まもなく取り壊しが決定しました。

 

 赤さびたトタン屋根、壁は漆喰塗り。トイレはドボン式。木製の柱にすら時代を感じます。

 

 

 改札口も線路も無い駅舎ですが、地域の情報発信&観光案内のパンフレットが並んでいたり、ご近所の爺ちゃんばーちゃんの社交サロン的な場所だったりします。(この時も爺ちゃん二人が座って話していました)

 

 『小海線・中込駅』はエリアに高校が2校在る為、登下校時は高校生で賑わいます。

 

 今から50年前は『キオスク』が在り、『駅弁』販売駅でした。

 

 割と広い待合室一角には『街中図書館』があり、誰でもいつでも規制無く借りられます。

 

 要らなくなった本を寄付するにも便利です。

 

 

 長野県のみならず、都市部以外に住む人の免許習得率・自動車所持率が高いのは、車が無ければ買い物や通院すら儘ならないからです。

 

 自動車社会が当たり前になり、鉄道・バスの利用率が低下。挙句『公共交通機関』の存続が厳しくなり廃線。

 

 交通弱者は更に不便を強いられるか、高齢者免許講習を受け免許証を更新。

 

 75歳以上になると自動車教習所で『適性検査』に合格しなければ『免許証更新』を受けられません。

 

 知り合いの方は『適性検査』に合格しましたが家族の方から反対され『免許証返納』に応じたそうです。

 

 今の自動車は安全装置として『カメラ・コンピューター制御』による様々な工夫がなされていますが、「年金暮らしの身で帰る訳無い!」と言っていました。

 

 池袋で起きた『元官僚による歩行者死亡事故』でもアクセルとブレーキの踏み間違えは明らかです。

 

 高齢になっても運転しなければならない現実。チョット考えさせられます。

 

 

山田温泉

 

 現在、『山田温泉』には各旅館の他、立ち寄り入浴施設の『大湯』が在ります。

 

 改築され綺麗になった『大湯』は温泉の中心に在り、プロムナードと休憩スペースや石段に花壇なぞも在ります。 

 

 

 子供の頃、親戚のおじさんに連れられて入った『共同温泉』は出入り口のドアこそ別でしたが脱衣所から先は全くの『混浴』 しかもタダ。

 

 脱衣所と洗い場の堺に『ドア』も在りませんでした。

 

 現在は『宿泊者』と『温泉関係者』しか入浴出来ない様になっています。

 

 

 『恵の湯』が休館だったので『五色温泉』、『滝の湯』を尻目に『山田温泉・共同入浴場』へとやって来たのですが、此処も『宿泊者のみ利用可』となっていました。今更戻る気しない………。

 

 

 開いていた窓から中を覗く(無人を確認してからです)と、男女の堺が造られていましたが当時の名残が感じられました。

 

 いや『すりガラス』じゃ透けちゃうって。

 

 昔は『かけ流し』の湯舟しかなく、水道は在った筈ですが水でうめると怒られました。

 

 この頃は温泉巡りも体力的にキツクなってきて、一日一ヶ所で十分満足です。以前なら何ヶ所も入浴できたけど………

 

 今回は此処まで。次回より新章です。

 

 

薬師堂

 

 山田温泉の中心地には立ち寄り入浴施設『大湯』が在りますが、付近一帯は路上駐車禁止です。

 

 100㍍程離れた場所に無料大駐車場が在りますので其方へどうぞ。

 

 車を停めると道を挟んで『御堂』が在りました。

 

 『薬師堂』です。

 

 

 医療が発達する以前、病気になると『御薬師様』へ願掛けの『御百度詣り』などをしたそうです。

 

 落語などに登場する『でも医者』じゃ無いですけど、喰えないから『医者にでも』なるかで医者に成れちゃったんですから。

 

 病気が治ったら『医者』のお陰。(大半は自然治癒)

 

 ダメだったら『手遅れ』。

 

 

 こんな山の中の温泉地に、かくも立派な彫刻の御堂です。

 

 きっと『願掛け』の末に『病気治癒』した権力者orお金持ちが寄進したんでしょうね。

 

 もし大事な人が『大病』を患い、医学の力ではどうにもならない時、きっとご利益在る『御薬師様』のに願掛けするでしょう。

 

 「病気回復のあかつきには、御堂を建立します」とか誓約したんでしょうね。

 

 

 柱にも緻密に彫刻されていました。

 

 きっとその『ご利益』を授かった多くの人が後から後から手を加えていったんだと思います。

 

 パワースポットですね。

 

五色温泉

 

 『七味』がダメなら『五色』があるさ。

 

 と『恵の湯』をあきらめ、『『五色温泉』へ。

 

 

 駐車場に車を停めて、タオルを首に掛けて入り口のドアを。

 

 

 脇に在った黒板に書かれていた文字は

 

 『日帰り入浴は行っていません』 泊りじゃ無きゃ入れないじゃん。

 

 昔は誰でも入浴』出来たと思ったけど、最近この手が増えた?

 

 『須坂・仙仁温泉・洞窟風呂』なんかも、昔はジジババが軽トラックの荷台に乗り合わせ、(道交法違反です)ろうそく片手に混浴でした。

 

 小さかった頃、親戚のおじさんに連れられて入りましたが怖くて怖くて。

 

 

 『沢ガニの から揚げ………   たのしむ』 文字が読めない。

 

 誰が詠んだんだろう? 調べたけど不明です。

 

 宿の人に聞けばよいんでしょうけど敷居が高くなっちゃったもんでパス。

 

 

 秋の紅葉シーズンは物凄く混雑するイメージでしたけど、色付く前の『山田温泉』は静かなモノでした。

 

 もし紅葉シーズン時間に余裕が在れば『吊り橋』から遊歩道を下る事をお勧めします。その名も『舞の道』

 

 でも『高井橋』から帰りのタクシー予約しておいた方が賢明かも。

 

 訪れたこの時、9月下旬ではまだまだ紅葉のこの字も始まっていませんでしたけど。

 

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七味

 

 今回の『高山村紀行』で予定していたのは国道292号線まで出て、『横手山』~『国道最高地点』~『白根山』~『万座』そして又『七味』まで戻る予定でした。

 

 でも『小布施』で時間を掛け過ぎたので、『白根山』まで行ってくると家に着くのは夜中になるかな。

 

 『万座温泉』から軽井沢方面に下るにしても、『万座ハイウェイ¥1000』がねぇ。

 

 で『山田牧場』なんぞをブラブラ歩いて『七味温泉』で汗流して。

 

 

 『七味』は温泉地の地名でした。

 

 いい味出してますね~。この停留所。

 

 俗に『バス停』と云えば『バス停留所』の事で、バスの乗り降りの為にバスの停車する場所の事です。

 

 『鉄道』に関しては、法律により決められた場所以外に停車することは出来ず(非常時は除く)乗降の為に停まる場所=『駅』となります。

 

 何故か『路面電車』はバスと同じ扱いで『停車場』と云います。

 

 ?『黒部アルペンルート』の電気バス発着所『扇沢』は『駅!』

 

 またまた複雑ですけど、現在運行中の『電気バス』、以前は『トロリーバス』が走っていました。

 

 そして『トロリーバス』は運行上『電車』の扱いになります。

 

 だから『バス発着所』なのに『扇沢駅』『黒部ダム駅』の名前が残されています。

 

 

 『山田牧場』をブラブラして見つけたのが

 

 

 『アメダス』です。

 

 

 へ~っ。初めて見た。

 

 ひらがなでルビが振ってあるのは、『子供』にもわかる用にでしょうね。

 

 この『アメダス』のお陰で正確な気象情報が得られるんですから悪戯は禁止です。

 

 体が冷えてきたので『七味温泉』に戻り、『恵の湯』………

 

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松川渓谷・大露天風呂・滝の湯

 

 『雷滝』を観た後、県道66号線を更に東へ。

 

 道路脇に数台の車が停まっている。

 

 此れは何か在る! ピンと来て車を停めると。

 

 

 赴きある看板。大駐車場は更に500㍍上。(おいおい結構あるぞ)

 

 でも他に停められそうな場所は無いので行ってみますか。

 

 

 さっきの入り口には『天然野天岩風呂・滝の湯』此処は『秘湯・大露天風呂・滝の湯』 ひょっとして別物?

 

 立ち寄りの入湯料はお手頃の¥500。

 

 でも今回の高山村紀行(?)では、入りたい温泉があるもんで次回かな。

 

 

 しかも『露天風呂』はひとつ。もしかして混浴………。

 

 こりゃ行くっきや無い。

 

 でもこの後少し山を歩く予定も在るから取り敢えず後回しです。

 

 

 この川沿いの道を行けばどうなるものか

 

 危ぶめば 道は無し 踏み出せば その一歩が道となり 

 

 その一歩が道となる 迷わず行けよ 行けばわかるさ

 

 何時もこの調子で行くんですけど。

 

 次回に続く。

 

雷滝partⅡ

 

 『滝』 大好きです。

 

 北は『カムイワッカの滝』

 

 西表は『ピナイサーラ・カンピラー・マリウドの三滝』

 

 富士裾野・北軽井沢どちらもその名は『白糸の滝』

 

 日本一の落差を持つ『称名滝』

 

 紅葉の名所『華厳の滝』『箕面大滝』

 

 東洋のナイアガラ『吹割の滝』

 

 氷瀑の『袋田の滝』

 

 その他登山者で無ければ拝めない数々の『滝』 

 

 そんな中でも『裏見』が出来る滝は限られてきます。

 

 

 

 『雷滝』では通路が確保されていますので誰でも簡単に裏に廻れます。

 

 ゴツゴツした天井部分からは絶えず水滴が落ちてきますが。

 

 岩棚には『不動明王』でしょうか石碑が置かれています。

 

 両手を合わせて。

 

 

 何処の滝かは忘れましたが『裏見』は『恨み』に通じるので、見た後は手などを洗い水に流すのが良いとされていました。

 

 場所によっては『恨み』に通じるから見ちゃダメ!な所も。

 

 事故防止と環境保護の為の苦肉の策でしょうかね。

 

 『箕面大滝』を撮影していた時、柵があるにも関わらず平気で中に入って撮影している外国の方がいました。

 

 『インスタ映え』の為かもですけどマナーは守らなきゃ。

 

 

 『滝』って、水量でもその姿は変わります。

 

 更にいずれは侵食されて形までが変わってしまいます。

 

 見れるときに観ときましょうね。

 

 今だ『那智の滝』は縁が無いんです。(コロナ収まれ~!)

 

雷滝

 

 『高山村・八滝』を後に『湯つづき紅葉街道』(県道66号線です)を東へ東へ。

 

 紅葉シーズンは、駐車場の空き待ちが出来る位混雑するそうですが、幸いと云うか紅葉には程遠い初秋の平日、この時は対向車すらありませんでした。

 

 

 道路沿いにポツンと一軒だけ『土産物屋』兼『売店』が建っており、車数台は停められるスペースが在ります。

 

 場合によっては『有料駐車場』なんて事も在りますから『土産物屋』で店番しているおばあちゃんに確認しました。

 

 「好きな所に停めれ」

 

 因みに、滝までの散策道を掃除したり、途中に在るトイレを自前で管理してくれているそうです。

 

 せめてトイレを使った方、売店で買い物するのが お・と・な ですね。

 

 

 結構な高さの渓谷を下って行きます。

 

 やっぱり足腰丈夫なうちに訪れたいです。

 

 水量の多い時期には遥か下流にまで『ゴロゴロ』と『滝音』が響く処から『雷滝』だそうです。

 

 

 滝の左側に石段が見えています。

 

 実はこの『雷滝』は滝の裏を通路が通っています。

 

 俗に云う『裏見の滝』

 

 

 石段一番下の観瀑台まで降りてみます。

 

 水量の少ない時期でこの量です。ピンボケに成っちゃいましたけど。

 

 飛沫がカメラレンズに掛かります。

 

 長居は無用かな。  次回part2へ続きます。

 

 

高山村

 

 『小布施』の東、『雁田山』を散策した後、目指すは『高山村』です。

 

 『高山市』『高山町』『高山村』と日本各地に『高山〇〇』と云う地名は至る所に在ります。

 

 まぁ大体が『山の中』………緑豊富な自然環境が魅力的な場所です。

 

 

 高山村を東西につなぐ県道66号線。

 

 合流する『アジサイロード』の『高井橋』です。

 

 紅葉時期にはチョット早すぎましたけど、『赤い橋』が緑に映えます。

 

 

 『高山村』は群馬県境との『横手山』~『白根山』~『万座』水系の清流が多く、『滝』も沢山あります。

 

 先ずは『八滝』

 

 

 道路沿いに『八滝もみじ亭』と云うお土産売り場兼食堂が在りますが閉店中でした。(シーズン前だからかな)

 

 コロナ騒動で観光地はそれこそ『青色吐息』

 

 『玉屋商店』も『ぴんころ地蔵饅頭』なんぞは『参拝みやげ』みたいな物だから収入激減です。

 

 観光地に対して出来るだけの事はしなきゃ。と食事出来る所を探していたけどしょうがない。

 

 

 水量が多い時期(雪解け水の増える5月頃)には八段の滝が見える筈なのですが、一昨年の台風被害で水の流れが変わったのか、白く見える『滝』は残念なほどに水不足です。流れ落ちているの分かります?

 

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OBUSE QUEST

 

 『雁田山』の裾を取り巻く『せせらぎ緑道』をぶらぶらしていると、

 

 『OBUSE QUEST』と在りました。

 

 こーちゃん、初代『DORAGON QUEST』世代だから、おろ?

 

 

 ひょっとして、歩いていると突然モンスターが現れ、バトル開始?

 

 ヒットポイントの高い技で攻撃したり、呪文で体力の回復を図ったり。

 

 某アミューズメントパークでは『スーパー〇リオ』の疑似体験が出来る時代です。『ドラ・クエ』の実体験が小布施で出来る?

 

 (因みにこの章は2020/9の事です)

 

 

 何やらバトルフィールド………な訳無いですね。

 

 単管で高台に足場が組まれ、スロープとジャンプ台らしきものが見えます。

 

 そう、スキー競技の『ジャンプ練習』のミニチュアみたい。

 

 スキーのジャンプ選手を目指す『子供』もいきなりラージヒルに立てる訳じゃ無く、最初は数十センチの段差を飛び越える事から始め、徐々に滑走距離とジャンプ台の高さを増やしていくそうです。

 

 『菅平スキー場』で朝一から上級コースを滑っていた時、ランドセルを背負った小学生がストックを持たず、クラウチングスタイルの直滑降で滑り降りていきました。途中の『こぶ』なんて全~部ジャンプして行きます。

 

 それも数人。中にはどう見ても低学年の子も。

 

 なんと『集団登校』です。山裾を歩いて廻るより、リフトで山頂まで来て一気に滑り降りて行った方が安全だし早い。

 

 そりゃ『オリンピック選手』も育つワィ。 

 

 

 『スキー・フリースタイル競技』の『エアリアル』では、ジャンプ練習の際、プールに着水して怪我に対処しています。

 

 一回ジャンプ練習すればプールに落ちる訳ですから、かなり真剣に練習しないと。

 

 でこちら『OBUSE QUEST』では『スケートボード』や『ローラー・スキー」などの練習用に『エアーマット』が設置されています。

 

 簡単にやってのける様に見えて、何度も練習して習得した『技』なんですね。

 

 そりゃ飛び込んでみたいですけど禁止事項ですから。

 

 

 頑張れ!未来のオリンピック選手。

 

 頑張れ‼『未来〇ンスター』(某テレビ番組に類似しますので一部伏字です)

 

浄光寺partⅢ

 

 結構商売上手な?『浄光寺』さん。

 

 でも特筆すべきは境内に、国内でも珍しいスポーツ施設を備えている事です。

 

 

 何じゃこりゃ?ですけど、『ウッドチップ』を敷き詰めた地面の上の空間に、『ナイロン製の帯』=『スラックライン』が『手巻きウインチ』でギッチギッチに張られています。

 

 詳しくはググって貰うとして、ラインの高さは地上10㎝程の低いモノから1.5㍍程のモノまで多種多様です。

 

 試しに10㎝程のラインに足を掛けてみましたが、体重100㌔nearの私では、ラインが延びて地面についてしまいます。

 

 30㎝ならとラインに乗るもバランスをとるのが難しく、チャップリン映画のワンシーンの様に手をばたつかせて直ぐに落ちました。

 

 良かった誰にも見られていなくて。

 

 難しいです!

 

 

 フッ。10級はクリアだぜぃ。

 

 

 ここで練習して世界チャンピオンになった人もいるんですから恐るべし『浄光寺』

 

 

 更には『4綸バギー』を数台所有し、コースまで持っているのかな?

 

 オフバイク乗りの私としては、レンタル在りなら乗ってみたいです。

 

 これだけ様々考えてくれているご住職。

 

 最後にこの一枚。

 

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浄光寺partⅡ

 

 『浄光寺・薬師堂』については前記の通りです。

 

 ほっこりした気分で境内杉木立の中を歩いていると

 

 

 『ウッドデッキ』や『ターザンロープ』を供えた『グランピング』(グラマラス+キャンピング)を県下でもいち早く設営しています。

 

 更に参道入り口には

 

 

 『花桃』の樹に、ハート型の絵馬を掛ける『だいす樹』ですと。

 

 『花桃』の『花言葉』が『恋のとりこ』ですと。

 

 『恋の花』が咲くんですと。 良いですのぉ。

 

 

 『頒布所』の裏手には水が流れ落ちており、手水舎の代わりに手と口を清めまして。

 

 

 特に『お水取り』と云う訳では在りませんでしたけど、ポケットの小銭を入れました。(あまり商売上手なのも何だかなぁ)

 

 まあこの『浄光寺』さん、商売熱心?なのは訳が在りまして、と在る事で有名なんですがご存じですか?

 

 答えは次回のお楽しみ。

 

雁田薬師・浄光寺

 

 小布施の東に『雁田山』が迫ります。

 

 この山裾が実に面白いです。

 

 前記の『岩松院』の他にも『せせらぎ緑道』沿いには『オオムラサキの生息地』が在ったり

 

 

 知る人ぞ知る『浄光寺』も。

 

 この『雁田薬師・浄光寺』の住職さん。実にユニークな方です。

 

 

 先ずは『薬師堂』に参拝します。

 

 野積みの石段は凸凹で歩きにくいですが、歴史と趣きが感じられます。

 

 

 まあ、山登りと考えりゃなんて事無いです。(足腰丈夫なうちに行ける所に行っとかなきゃね)

 

 

 杉木立の中の石段を上って行くと、お地蔵様が立っています。

 

 此処から結界ですかね。

 

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岩松院partⅡ

 

 前出の『三面大黒像』の並びに

 

 

 凛とした佇まいの『観世音立像』や

 

 

 石灯篭は『溶岩石?』 何処から運び込んだものやら。

 

 

 庫裏の用水ですかね。石垣から突き出している『水樋』

 

 

 『仁王像』は悪戯っ子の様なユニークな目つき。

 

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岩松院

 

 長野県の中でも好きな街ベスト3に入ります『小布施』

 

 『北斎館』が在るとか『栗おこわ』が食べられるとかじゃ無いんですけど。

 

 何となく時間がゆっくり流れる空間と言いますか。まっ合ってんですかね。

 

 

 神社仏閣を巡る度に思うんですけど、土地の権力者に庇護され、こんな山の中にこんなに立派な神社仏閣?と思うような規模です。

 

 『岩松院』は天井画の『八方睨みの龍』が有名ですが、拝観料を取るようになってました。

 

 以前観てるからいいや。

 

 他にも面白い物が沢山あるし。

 

 

 駐車場から続く花壇の脇に『おろっ?』発見。

 

 『ガンダム』が放送開始された頃には中学生で、放課後クラブ活動(柔道部)の為、見た事は無し。

 

 まぁ『パチンコ』で『ガンダム』を題材にした台を打った事ある位の知識です。

 

 六歳の子供が疑問に思う位平和な日本。

 

 TVニュースでは、某大国が綿花栽培の為に自治区民を奴隷化しているとか、隣国から逃れてきた人達を、劣悪環境の難民キャンプに閉じ込めているとか。

 

 なんで世界は平和に向かわないんだろう?

 

 各国に宗教が在り、平和を願っている筈なのに………中には戦争の原因が宗教の場合もありますけど。

 

 『社会主義』とか『共産主義』色々主張はあるでしょうけどサ。

 

 (あくまで個人的感想です)

 

 

 境内の片隅に木像が在りました。

 

 米俵に乗っかってる(罰当たりな)大黒様ですよね?

 

 でも顔が3面って?しかもどう見ても手の数が合わない。

 

 初めて見ました。でもまだまだあるんです『岩松院』。

 

 次回に続く。

 

六地蔵幢

 

 新章は昨年9月の事です。念のため。

 

 店休日、何も予定が在りませんでして、温泉でも入ろっかな?位の考えで朝一から車に乗り込みました。

 

 特に行きたい場所とか、予定も無く、フラフラッと菅平に向かい、ユルユルっと須坂に下って。

 

 何故か脇道に曲がった頃、おろ?って云う物を見つけて車を停めました。

 

 (バイクでフラフラ走りの時は大抵、おろ?で停まります)

 

 

 だってこんな面白い物見つけたら何だろ?の好奇心に素直に従っちゃいます。

 

 長野県下には割と多い『六地蔵幢・ろくじぞうとう』

 

 一つの石塔に『六面地蔵』や稀に『五面』や『七面』も?

 

 米子須坂線を走っていて見つけたのですがすぐ傍らに

 

 

 『坂田才兵衛』の名が刻まれた石碑が在りました。

 

 江戸の始まった頃、このように人知れずも多大な功績を残した人はいっぱいいた筈です。

 

 頼むよ『行政』 功名に走って実が無かったり、収入に固執した挙句、週刊誌にすっぱ抜かれて辞職。

 

 国会中継では『居眠り』や『ヤジ』、更には『失言』ばかりが目立ったり。

 

 税金払いたく無くなるよ~。

 

 え~っ。あくまで個人的な独り言です。

 

 

 道に迷った挙句(そもそも目的地が無いのだから迷うとは云わないか)こんな面白い物も見つけました。

 

 googlemapに情報提供しても認定してくれねえでやんの。

 

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石尊山

 

 『追分宿』から『1000㍍道路』(1000㍍の等高線をトレースしている道)へ向かうと『石尊山登山口』が在ります。

 

 以前は此処の駐車スペースに車を停め登山道に入れましたが、『車上荒らし』や違法駐車が横行した為、現在は閉鎖されています。

 

 追分宿の駐車場(無料)をご利用ください。

 

 登り始めて1時間もすると林の中から大きなエンジン音が響いてきました。

 

 大型重機が木を倒し、道を造っています。

 

 2019年の台風被害で氾濫した河川修復の為の仮設道路を造っているみたいです。

 

 折角、木立の中の登山道を鳥の『さえずり』なんぞを聞きながら歩きたかったのに………

 

 

 復旧復興作業には文句言えませんので、興ざめしちゃって。

 

 帰りますか。

 

 

 響くエンジン音のお陰で『森の熊さん』には逢わずに済みそうですけど。

 

 現『令和天皇』も登山した『石尊山』、ブームの頃はかなりの登山者で賑わったそうです。

 

 その名残が。今じゃ考えられないですけどね。

 

 

 一月ほど前、『足利』周辺で『大規模山林火災』が起きました。

 

 原因は『タバコの火』の不始末らしいです。

 

 『携帯灰皿』は必需ですし、そもそも『歩きたばこ』は禁止ですよね。

 

 うちの横の川にも『たばこの吸い殻』が良く流れてきます。

 

 車の窓からポイ捨てする人も見かけます。

 

 マナー違反ばかりしていると『たばこ』そのものが禁止になっちゃいますよ。

 

油や

 

 信濃追分まで戻ってきました。

 

 此処は旧中仙道の宿場町。『御本陣』や古い町並みが残されています。

 

 

 『御本陣裏門』です。この先はコロナ対策で………まぁ無理して観たいとも思わないから。

 

 『油屋』と聞いて思いつくのは『油売買を生業にしているお店』若しくは

 

 『千と千尋の神隠し』で『八百万の神々』が入浴しに来る『温泉宿』です。

 

 そのモデルは『別所温泉』や『山形・銀山温泉』など各地に在るとされていますが、こちらは名前そのもの。

 

 

 そもそもが『脇本陣』を務めた宿で、『参勤交代時』、準主役級の方々が泊った筈です。(お姫様とか家老かな?)

 

 その後も多くの文化人などに愛用され、赴きあるたたずまいは現在も『地域文化発祥拠点』として大切に保存されています。

 

 

 庭にはこんなオブジェも在りました。

 

 折りかけの『折鶴』ですかね。何か足りなくない?

 

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イヌクシュク

 

 旧軽井沢から下りまして、次に向かうは………

 

 旧中仙道を上州(群馬県)から歩いてきた人は、旧碓氷峠を下ってからず~っと浅間山を右手に観ながら旅をします。

 

 一ヶ所、わずかな距離だけ浅間山を左に観る場所があると聞いて何時か訪れたいと思ってました。

 

 旧街道が、何らかの原因で普通と違う進路を取るとすれば『谷』とか『湖』

 

 地図でそれらしい所を探したのですが分かりませんでした。

 

 『谷』は見当たらなかったのですが『湯川』の流れと『旧中仙道』の交点辺り。何となく怪しいぞ。

 

 

 国道18号線を走っていれば目に入る浅間山の光景は常に道路の右です。

 

 この写真を撮ろうとして駐車場らしき所に入りました。

 

 写真を撮り終え車に戻ろうとすると

 

 何だコレ⁈ (TVの番組名みたいですけど)

 

 

 何のオブジェ? と見ると看板が立っていました。

 

 土台に彫られている『FREND SHIP』と『WHISTLER』の文字。

 

 『ウィスラー』と云えばカナダでも有名な冬のリゾート地。

 

 

 多分この石積で造った『人型』のオブジェを『イヌクシュク』と呼ぶのであろう事は簡単に想像しえたんですけど、『Whistler Village』と続いてますので『村』の名前?

 

 

 調べてみましたら、軽井沢町と友好都市であった『ウィスラー』は『カナダ・バンクーバー』に程近い森と沢山の湖に囲まれた観光の街。(いや村) 

 

 ストリートビューで観てもかなり風光明媚な田舎町(いや村)です。

 

 佐久や軽井沢が都会に見えちゃう。

 

 この公園のオブジェは『強化プラスチック製』などで、万が一の時でも安全に配慮して造られています。感が滲み出ています。

 

 本家本元の『イヌクシュク』は大きさもさることながら、重厚感が半端ないです。

 

 石像写真を観て『天空の城ラピュタ』に登場した『飛行するロボット兵』を思い出したのは私だけ?

 

 『VILLAGE』と聞いて連想するのは『VILLADE PEOPLE』

 

 ♪ Macho Macho Man~  I gotta be a Macho Man.

 

 とか

 

 ♪ YMCA. 西城秀樹さん唄う処の『ヤングマン』とは訳がかなり違うみたいですけど。

 

 『ディスコソング』全盛の時代でしたからよく聞いてました。

 

 いえいえ、私はLGBTとは疎遠です。念のため。

 

 『旧中山道』から『イヌクシュク』、『ビレッジピープル』と何の脈絡も無いブログでした。

 

中仙道・旧碓氷峠を歩く

 

 歩く為の用意(水筒・ポールなど)をしていなかった為、旧道のさわりだけ歩きます。

 

 オフロードバイクなら走れない事も無さそうだけど、顰蹙物ですから止めときましょうね。

 

 一応『霧積温泉』までは砂利道が続いているみたいです。

 

 こちらも機会が在ったら走ってみたいなぁ。

 

 

 熊野神社から300㍍。『旧道』は分岐の泥道を下って行きます。

 

 『道標』があったり『焚火禁止』や『水源保護』の立て札の他に

 

 

 やっぱり『コレ』も在ります。

 

 『熊除け鈴』は持ってこなかったのでスマホで音楽を流しながら歩きます。

 

 暫く歩くと

 

 

 道案内は左に行け。となってますけど、まんま『藪』です。

 

 まっ、今回はこんなもんで許してやるぜぃ。と引き返す口実にしまして。

 

 

 ローマ字表記の道案内がある位ですから、外人さんにも人気なんでしょうね。

 

 かなりの急勾配を歩くことに成りますので、足元はそれなりの靴を履いてください。

 

 『熊除け』と『蜂除け』は必需です。

 

 歩かれる方、自己責任でお願いします。

 

 (携帯電波は一部繋がりました。)

 

湧水

 

 何だ かんだと聞かれたら 答えてあげるが 世の情け

 

 子供が小さかった頃、一緒に観てたから何となく覚えています。ロケット団。

 

 趣味は? と聞かれたら『焚火と湧き水を飲む事です』と答えてます。

 

 『焚火』の方は簡単には出来なくなっちゃいましたが、『湧き水』の方は大抵24時間無料で汲めます。(中には有料の所も有りますけど)

 

 軟水の美味しい水で淹れたコーヒーは最高!なんて気取ってますけど。

 

 

 『水神様』の見守る『湧水池』がふたつ。

 

 向かって右側は水面が盛り上がるほど水が湧き出しています。

 

 流れ出る水を貯めているのが左側。

 

 この様に二つに分かれている場合、飲み水を汲むのは湧き出している方の右側を使います。

 

 手を洗ったり、タオルを濡らしたりするのは下流の左側もしくは流れ出る水路を使います。

 

 ここはには看板とか案内書きとか無かったですけど。(マナーですから)

 

 

 残念ながら水底にはお金が投げ入れられていました。

 

 『トレビの泉』では積極的にお金を投げ入れてくださいとアピールしていますが、観光資源として使われているからだそうです。

 

 『忍野八海』では、はっきりと『投げ入れ禁止』と日本語、英語、中国語で書かれています。

 

 水深の深い『忍野八海』では、回収にアクアラングを使用するなど多大な労力とお金が掛かりますので禁止事項は守りましょう。

 

 

 ペットボトルは車に置いて来ちゃったから掌にすくってゴクゴク。

 

 『生水はお腹を壊す』なんて云う人もいますが、いまだかつて不調になった事は一度も在りません。

 

 流れでタオルを濡らして顔を拭くと『あ~っ。気持ちいい~!』

 

 こんな小っちゃな幸福感で今日も一日頑張れるから不思議ですね。

 

 

 張り詰めた弓の 震える弦よ 月の光に ざわめく お前の心

 

 研ぎ澄まされた 刃の美しい その切っ先によく似た そなたの横顔

 

 悲しみと怒りに 潜む 真の心を知るは 森の精

 

 もののけ 達だけ

 

 

 何となく 『こだま』が隠れてるように見えません?

 

 

 一言で云っちゃえば『着生植物』なんですけどね。

 

 

碓氷嶺

 

 すっかり夜が明けた見晴台を後に、折角だから『熊野皇大神社』に参拝しますか。

 

 まだ人々が動き出す気配の無い『茶店』の前に、手造り感満載の看板が在りました。

 

 

 新幹線も書き込まれているので、どんなに古くても20年は経っていない筈です。

 

 『鬼婦石』とか数字のみで言葉を表現した歌碑など面白い物が書き込まれていました。

 

 只、この手の『デフォルメ』かなりの確率で、距離感がいい加減なのが多いんですよんね。

 

 

 ようやく斜め上から陽射しが当たるようになりました。

 

 何度かブログで取り上げていますので『熊野皇大神社』の事はgooglemapに譲ります。(ウィキペディアでも可)

 

 『旧中仙道』に足を踏み入れると程なくして泥道に変わります。

 

 遊水池に行くだけなので、カメラだけ持ってブラブラと。

 

 

 道の途中に古ぼけた感の地図が在りました。

 

 『霧積温泉』は25年程前に一度だけ来たことが在ります。

 

 『角川書店』制作の『証明三部作』のひとつ『人間の証明』に登場します。

 

 「かあさん 僕のあの帽子 どうしたでしょうね 夏 碓氷から『霧積』へ向かう途中 谷底に落とした あの 麦わら帽子ですよ」

 

 『西條八十』さんの『私の帽子』を題材にストーリーが展開します。

 

 『ジョー山中』さんの歌う『人間の証明のテーマ』

 

 「Mama do you remember?  The old straw hat  You gave to me.

 

 感情たっぷりにハイトーンで歌うテーマ曲、今でも時々Youtubeなどで聴きますけど大好きです。

 

 『霧積温泉』まで片道120分………は掛けられないか。いつか車で行きますね。

 

 

 旧中仙道から更に細い道を下って行くと『湧水池』が在ります。

 

 『霧積湖』に流れ込む水源で『霧積川』となりやがて『碓氷川』と合流し高崎で『烏川』と名を変え、埼玉県に入ると『利根川』に合流します。

 

 日本一長い『千曲川』も新潟県に入ると『信濃川』になりますもんね。

 

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碓氷峠見晴らし台

 

 旧中仙道の超難所『旧碓氷峠』には、境内に『長野県・群馬県堺』を持つ『熊野皇大神社』が在ります。

 

 『峠の力餅』で有名な茶店(保健所の関係で飲食店です)が軒を連ねます。

 

 2020/9の店休日。朝3時頃目が覚めてしまい二度寝しようかとも思ったんですけど………行っちゃえ!

 

 星空の具合からして朝まで晴れそう。

 

 念の為にスマホで『赤いYの字』の『雨雲レーダー』を確認しまして。

 

 車に乗り込み向かった先が『碓氷バイパス駐車場』

 

 日の出までには時間が在りましたので、国道18号バイパスの『碓氷バイパス駐車場』に車を停めて、『軽井沢 バス転落事故慰霊碑』に向かって両手を合わせます。 写真等は在りません。面白半分で撮影する所ではありませんので)

 

 暗い夜道を大型トラックがバンバン走り抜けていきます。

 

 頼むから安全運転でお願いします。

 

 

 『旧碓氷峠見晴らし台』到着時にはまだ真っ暗。ヘッドランプを取り出し遊歩道を上ります。(約5分)

 

 因みに車の中には『ヘッドライト。空のペットボトル。オモチャの火薬ピストル。入浴道具。』などを常に積んでいます。

 

 

 駐車場脇にはこんな看板が立っています。

 

 出来れば歩いて5分の距離とは云えど、熊除けは必需。

 

 おもちゃの火薬ピストルを鳴らすのは、この時間下手すりゃ事件扱いに通報される可能性ありです。

 

 結局、スマホで音楽を流しながら歩きました。

 

 ♬ せつない事が あったなら 大きく叫んで雲を呼べ

 

   それでも 雲で覆えぬ程の 男は 大きな空になれ

 

 大好きな『さだまさし』さんの『男は大きな空になれ~モルダウ~』です。

 

 『軽井沢町』コンビニの24時間営業が規制されていますので、来る途中の御代田町でおにぎり、お茶などは購入済み。

 

 ホントは『コーヒー』でも沸かしながら日の出を待ちたい処ですけど、大抵の場所は『裸火禁止』がルールです。

 

 冷めたお茶とおにぎりで朝ご飯です。

 

 

 ♬ 朝焼けの光の中に立つ影は ミラーマン!(って柳屋喬太郎さん位しか解らないかな?)

 

 

 御来光で一日が始まります。

 

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取水口

 

 勘を頼りに『鹿曲川』沿いの道を遡って行くと橋が在ります。

 

 橋を渡っても行き止まりなのですがコンクリート製の用水取り入れ口が見えます。

 

 駐車場などは無く、邪魔にならない様にバイクを停めました。

 

 車の方は橋まで行かずに手前の広い道路に停めるしかないかな。

 

 

 橋から上流部を見ると向かって右側『鹿曲川』と左『細小路川』が合流しています。

 

 奥の建物は『春日小学校』 この辺りは『ホタルの里』とも呼ばれ、夏の夕べなどは結構人が集まります。

 

 

 現在も『五郎兵衛用水取水口』の直ぐ隣には、遠隔操作可能な電動ゲートが設置され灌漑用水を取水しています。

 

 

 10年前に建てられた(?)史蹟案内が在りました。

 

 結構人が来ているのでしょうか。トイレも在り、公園になっています。

 

 

 フェンスで仕切られた右側が、現在も稼働中のコンクリート製の用水路です。コンクリート製のトンネルを抜け、流れ出る先は見えません。

 

 左側の石の祠が並んだ後ろ、『五郎兵衛』が手で掘らせた『隧道・トンネル』です。

 

 この辺りの岩盤は『砂岩』などの堆積岩で非常に脆く、手でも簡単に掘削できる反面、落盤・落石事故なども多かったと思われます。

 

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五郎兵衛用水

 

 バイクで『望月町』から『鹿曲川』沿いを遡上しているのは『五郎兵衛用水取水口』を見たいからです。

 

 なぜ『群馬県人・市川五郎兵衛』が『旧浅科村の扇状台地』に用水を引こうとしたのか? (正確な答えはウィキペディア参照)

 

 実に『市川五郎兵衛』と云う人、幕府からの許可の上とはしながら『湯川』から用水を引いた『三河田新田』と『市村新田』を造り上げ、更に『鹿曲川』から水を引いて『五郎兵衛新田』を造りました。

 

 広大な佐久平には『千曲川』という水量豊かな川が流れていますが、侵食作用を繰り返し、農地より一段低い所に在りました。

 

 従って当時『水耕栽培』の出来たエリアは限られていました。

 

 千曲川の水を遥か上流で取水し、平地を流して『佐久市大沢~岸野』エリアの『農業用水』としているのが『片貝用水』です。

 

 

 江戸時代、お金としての価値を持つ『お米の収穫高』を主たる財成源としていた『大名』を始めとする『領主』『藩主』は、自分の土地でいかに多くのお米を作らせるかに心血を注いでいました。

 

 ややこしい事には『佐久平』には『幕府管轄御用地』と云う物も存在していた事。

 

 用水を造り、自分の土地を潤した後も水の流れは止められません。

 

 下流の『他藩』の土地にも流れていきます。

 

 場合によっては敵対する領主に水を利用される可能性も出てくるのですから。

 

 

 『市川五郎兵衛』は江戸幕府の要請を受け、各地の開墾の為用水を完成させたみたいです。

 

 で『五郎兵衛用水』

 

 

 『鹿曲川』と『細小路川』の落合下の『用水取水口』から『堀貫=トンネル』を駆使し『鹿曲川』と『布施川』の間にある山間部を越え、複雑に進路を変えながら『真親神社』下で分水し南は『相浜~伴野』へ。北に向かって広大な『五郎兵衛新田』を潤すだけの用水確保に成功しました。

 

 『布施川』の水を引けば簡単じゃん? と思うのですが………。

 

 布施川右岸には丘陵地帯が在る事と、『我田引水』の言葉があるように、水が在れば自分の田んぼ引き込みたいのは人情。その為『盗水』などが在り、かなりの諍いが在ったのも事実だそうです。

 

 戦後の平和な世の中に生まれ、佐久平一面に田圃が在るのが当たり前の中で育っち、浅科の『五郎兵衛米』は美味しいなぁ。位にしか思ってませんでした。

 

 『五郎兵衛用水』の意味と苦労を考えた時、先人の凄さに改めて感服しました。

 

 今度、ゆっくり『五郎兵衛資料館』でも訪れますか。(でも館長の話がチョット長かったりして)

 

比田井天来

 

 望月町出身の書家『比田井天来』さんの名前を冠した『天来自然公園』があったので地図を頼りに向かってみると。

 

 駐車場と在るのですが3ナンバーだと厳しいかな?

 

 泥道を上って筆塚まで来ました。

 

 

 筆塚から先は草生した遊歩道を歩きます。

 

 

 何故だろう?傍らに陸軍中尉のお墓まで在りました。

 

 『比田井天来』との関りとか云われ等々何も記されていません。

 

 更に坂道を上ろうとすると例の危険な羽音のアイツ発見!

 

 近くに『スズメバチ』の巣でも在るのか、数匹が飛んでいます。

 

 これは近づいちゃいかん!

 

 引き返します。 

 

 何が嫌いって『ジョロウグモ』と『スズメバチ』はダメなんです。

 

 

 近くの『鹿曲川』では夏の風物詩『投網漁』をしている方がいました。

 

 何回も撮影したんですが、網の広がった瞬間を捉えるのが難しく諦めました。

 

 『投網』って丸く、大きく広げるの難しいんですよね。

 

 この方の網は綺麗な広がりで『鮎』などを捕らえていましたです。

 

満勝寺

 

 『望月町』から『白樺湖』方面へ行く近道に『県道152号線』が在りますが、春日温泉へと続く『県道151号線』との分岐がわかりずらいです。

 

 旧道の『望月大橋』から『春日温泉』へと続く『県道151号線』を走っていると『満勝寺』が在りました。

 

 

 山号が『光明山?』 読めない………

 

 中央に光り輝く『武田菱』

 

 

 山門の『茅葺屋根』が濃厚で美しいアーチを描いてましたので思わずバイクを止めました。

 

 『茅葺職人』さんも少なくなっている時代に維持していくのはさぞ大変でしょう。

 

 末永く残したいです。

 

 

 こじんまりした庭と本堂ですが、掃除の手抜きなどは無く、塵一つ落ちていませんでした。

 

 

 天台宗はてっきり『南無釈迦牟尼仏』だとばかり思っていましたけど。

 

 紋の『十六弁の菊に星×3』も初めて見たような気がします。

 

 まぁ世の中広いですから知らない事ばかり。

 

 と云いつつ次へ向かいます。

 

電子基準点

 

 今は『ゲートボール場』と化している『薬草見本園』(ひょっとしたら違う場所に薬草見本園があるのかも) 

 

 その一番奥に在った『金井秀雅銅像と献眼者顕彰碑』の前で暫し考え込んだ後、『佐久市望月総合体育館』へと向かいました。

 

 体育館の窓にはカーテンが引かれたままで、使用されている形跡が無し。

 

 コロナ騒動の為仕方無いのかもしれませんけど。

 

 

 事務所には蛍光灯が灯っていますので人はいる筈。

 

 でも駐車場に一台も車が停まっていないのが不思議?

 

 Uターンしようとしたら何だ?

 

 

 えんぴつの形をしたステンレス製のオブジェ?

 

 望月町と云えば『比田井天来』さんは『現代書家』として有名ですが、ならば『筆』なら分かりますが………

 

 

 『銀のえんぴつ』の手前に『電子基準点付属標』が在りました。

 

 調べてみました。

 

 この標識の真ん中の✚を基準点とし、地殻の移動やズレを人工衛星を用いた『GPS』でリアルタイムに観測、『えんぴつ型頭部アンテナ』から即座にデータを筑波の国土地理院に送って情報を管理しています。

 

 因みにこのえんぴつ型、『02型電子基準点』と云うそうです。(て事は2002年の事?)

 

 

 山歩きなどをしていると『三角点』や『水準点』などを時折見かけます。

 

  これからは『電子基準点』にも注意してみよっと。

 

 今回のおまけ

 

 『平面直角座標系 第Ⅷ系 原点」東経138.30.0000 北緯36.00.0000

 

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『金井秀雅』先生 

 

 『佐久市運転免許センター』方面から国道142号線の『新望月トンネル』に入る寸前、フェンスに隔てられて側道が在ります。

 

 良くありますよね。高速道路を走っていて気になる側道とか、交差する高架。

 

 『大阪・吹田』辺りの高速は、併走する一般道の方が早かったり。

 

 国道18号線の『上田国分寺』付近でも『しなの鉄道』挟んだ県道の方が確実に早い。

 

 そんな時、何処からあの道に乗り入れるのかな? なんて考えたりします。

 

 で『望月運動公園』を目指していてそのトンネル脇側道を見つけました。

 

 (地図見りゃいいじゃん)

 

 

 広場の一角に銅像が在りました。

 

 勲三等瑞宝章受賞者 『金井秀雅』

 

 望月出身の県議会議員であり、アイバンクを広く推奨しました。

 

 

 

 傍らには『献眼者』の名前の彫られた感謝を伝える石碑も在ります。

 

 まだスペースが沢山開いてますので、アイバンクに貴方も登録如何ですか?

 

 

 でも、いくら検索してもヒットしないんですけど………

 

 困っている人の為に今、自分に出来る事。

 

 『骨髄バンク』は適応年齢過ぎちゃった。

 

 久しぶりに献血でもしてみますか。

 

中仙道 長坂 石仏群

 

 前記の『日本一の道祖神』から旧道に入り、『旧望月トンネル』を抜けて更に旧中仙道へ入ると。

 

 『鹿曲川』から『瓜生坂』までの急峻な坂道の途中に沢山の『石仏』『石塔』などが並んでいます。

 

 

 昔の旅人が歩いた道は舗装され、すぐ傍らに民家が立ち並んでいますけど、此処を通る人は様々な『神仏』に祈りを捧げたのでしょう。

 

 中には初めて目にするものも在ります。恐らく土着信仰ですかね?(私の知識不足だけかも)

 

 山岳信仰の『御嶽神』などは知ってますよね?

 

 

 『石尊大権現』も『石尊山・いしづちやま』信仰発祥です。

 

 

 初めて見たのがコレ。向かって左の石は彫跡に風化が見られないから割と新し目ですかね。

 

 右側はコンクリートで固められてますけど、苔なども見られます。

 

 

 このコンクリート法面で補強された崖の下、かなりの急峻な坂道の途中に在ります。

 

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旧中仙道・瓜生坂

 

 一都三県の規制解除が発表された今日。ブログは2020/9/初旬の事です。

 

 望月町の『榊神社』から旧中仙道へと向かいます。

 

 『瓜生坂』

 

 

 今は通る人もいない為か苔むしています。

 

 雨でも降ったら足元取られて昇れないかも。って位急な坂です。

 

 その上りきった所に在るのが

 

 

 一つの大きな石に何体もの石仏が彫られた石塔。

 

 『百万遍念仏等』と在ります。

 

 

 この石に向かって念仏を唱えれば『百万遍』唱えた事になるらしいです。

 

 

 背後に火炎を纏っているので『不動明王』でしょうか。

 

 彫り込まれた不動明王像はお世辞にもプロが彫ったとは思えないほど稚拙です。

 

 きっと思う所が在って個人で彫り上げ、その後の文字入れは技術ある人が彫ったのかも知れません。(仮説ですよあくまで)

 

 それとも梵字を表しているのかな?

 

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日本一の道祖神

 

 国道142号線を頻繁に走る人なら必ずや目にしている道祖神。

 

 『バイパス』から『旧道望月トンネル』方面への分岐点に在ります。

 

 信号機のない交差点に加え、大型車両が下り坂を結構なスピードで下ってくるカーブの途中に在る為、ゆっくり見ることも出来ません。(そんなわき見運転みたいな事してたら事故確立がアップします)

 

 

 この注連縄の捲かれている石が『日本一の道祖神』です。(何が日本一なのかは置いといて)

 

 此処、横断歩道も無ければ駐車場も在りません。

 

 この時はバイクで出かけたので、傍らの空き地に停めましたけど。

 

 

 う~ん顔がみえづらい………と思っていたら颯爽と風が吹き抜けました。

 

 向かって左側。十二単らしき服を着ています

 

 右側には烏帽子を被った高貴な出で立ち?

 

 手に手を取って、頬と頬を寄せて………まぁ良いですけど。

 

 黄色いのは何だろ?

 

 でもやっぱり気になるのが何の日本一?

 

 『夫婦道祖神の大きさ』と云う事にしときまして。

 

 傍らにも小さな道祖神が在りました。

 

 『夫婦円満』『交通安全』を祈願しまして。

 

 あっ。夫婦の婦がいないんだった。

 

榊神社

 

 望月に伝承される『榊祭り』

 

 『大伴神社』で松明に点火し街中を駆け抜け、『望月大橋』から下を流れる『鹿曲川』に火の着いたままの松明を投げ込む奇祭です。

 

 環境汚染に配慮し、ちゃんと回収していますのでご安心ください。

 

 てっきり『豊川稲荷』or『弁天窟』or『西宮神社』に奉納する為と思ってました。

 

 『豊川稲荷』から更に山の上に草の踏み跡が続いています。

 

 気になりだしたら即行動。(蜂や熊がいなければ)

 

 

 左端に『豊川稲荷』の鳥居が見えています。

 

 この石段を上ると。

 

 

 『榊祭り』とだけ書かれた棒杭が在りました。

 

 スマホの位置情報から確認すると『榊神社』と在ります。

 

 基礎となる土台はコンクリートですので歴史的に古いものでは無いのかもしれません。

 

 

 参拝後に格子戸から中を拝ませて頂きますと、

 

 元々の『祠』はかなり歴史ある物の様です。

 

 雨除けに後から『社』が造られたのかな。

 

 『注連縄』と『紙垂・しで』が真新しいので最近お祭りがあったのかもしれません。

 

 だから草刈されて道があったのか。

 

豊川稲荷

 

 『望月大橋』袂のガタツク石段を上ります。

 

 風化や、石段下の土砂流出により大分歩きにくくなっています。

 

 その壁面に

 

 

 象形文字? 右から読むと『三日月』ですね。

 

 その下には歌碑が在りますが達筆すぎて最初の『三日月以外読めません』です。

 

 

 登り詰めた所に鳥居が在りました。

 

 『豊川稲荷』 日本三大稲荷に数えられていますが実は『妙厳寺』という『寺院』です。

 

 門前町は『いなり寿司』発祥という事でかなり賑わっています。

 

 寺院境内の一角に『狐塚』があり、かなりの数の『狐像』が奉納されていました。

 

 その『豊川稲荷』の摂社でしょうか。

 

 一礼して鳥居を潜り拝殿へ。

 

 

 

 拝殿の入り口には『ダキ二テン』と書かれていました。

 

 詳しくは検索して貰うとして。

 

  

 川沿いの洞窟に造られた『弁天窟』同様に岩棚の洞窟を利用して『祠』が祀られていました。

 

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弁天窟

 

 『望月の奇祭・榊祭り』クライマックスは『望月大橋』の上から火の燃え盛る松明を『鹿曲川』に投げ込むといったものです。

 

 その『望月大橋』から見た岸壁に、へばりつくように建てられている御堂が『弁天窟』

 

 

 昔は普通に架け橋を渡り参拝、さらに奥の広場にまで行けたのですが………

 

 

 『縞鋼板』で出来ている参道は、錆びて穴が開き残念ながら『通行止め』

 

 ならば他に『う回路』と探したのですが………

 

 対岸から川を渡るしかありません。

 

 

 この『太鼓橋』とを渡って右側に行くと『弁天窟』(通行止めで行けませんけど) 左側に行くと石段が在ります。

 

 右がダメなら左に行きますよね。勿論。

 

 容量を確保してきます。古いデータ消さないと。続きは次回です。

 

 

大伴神社

 

 『ぴんころ地蔵』のすぐそばに昔お城が在りました。

 

 領主『伴野氏』の居城『伴野城』で、現在は『伴野城址公園』となっており、春『桜』の名所になります。

 

 一角には『伴野氏』を神格化した『大伴神社』が在ります。

 

 夏の風物詩『のざわ祇園祭』はこの『伴野氏』をお祀りする為の物です。

 

 で『大伴神社』は『望月』にも在りました。

 

 

 旧中仙道の宿場町『望月宿』は名所旧跡が多く、古くからの神社仏閣、石塔や石仏が沢山あります。

 

 更には古い街並みが残されており、映画に使われた旅館があったり、ロケに使われた公園なども。

 

 街中には大型観光バスが停まれる資料館も在り、拠点にしてブラブラ街歩きを楽しんでいる人達をよく見かけます。

 

 鳥居の奥に急な石段が見えます。段数は大したこと無いけど息切れしたのは暑さのせい?年のせい?

 

 

 鳥居の扁額には『大伴宮・御嶽宮』と在ります。

 

 特に記載された案内などはありませんでしたけど、『伴野氏』が『御嶽信仰』だったのでは?

 

 

 夏の陽射しが降り注ぐ午後、他に人影も無く、どころか『蝉』の鳴き声も聞こえない………

 

 チョット寂しい感じですかね。(とセンチメンタルになったりして)

 

 境内には水道が在るかと思ったけどそれも無し。

 

 どっかに自販機ないかな~。

 

 

 高台の神社周辺は住宅地に開発されていて、舗装路が取り巻いています。

 

 石段を下りる足取りが重い。 冷たい麦茶~。

 

  8月15日に執り行われる望月街の奇祭『榊祭り』はこの神社のかがり火を、松明に移し、『鹿曲川』に架かる橋『望月橋』の上から投げ落とす お祭りです。

 

 残念ながら地元の花火大会と重なるので見た事無いです。(花火大会実行委員辞めたい………)

 

昭和百番観音

 

 『諏訪神社』の『黒槐』の傍らには数柱の摂社が祀られています。

 

 

 『道祖神』や数柱の摂社が祀られています。

 

 

 『蜂』に気を取られながら略式で参拝を済ませまして、そそくさとバイクに跨ります。

 

 次に目指すは『望月』 

 

 『布電』の終着地点になる筈だった中山道の旧宿場町です。

 

 

 途中で見かけた『石柱』に、辺りを探すも神社らしき鳥居も無し。

 

 結構お金が掛かっている『石柱』だから必ず何かある筈………?

 

 せめて道案内でも有ればねぇ。

 

 (帰宅後検索すると昔、『観清寺』という大きなお寺が在ったそうです。)

 

 しかも道路がある訳じゃ無く、素通りしちまったい。

 

 今度暇を見つけたら行ってみますかね。

 

 

 

 『槐』と書いて『えんじゅ』と読みます。

 

 『延寿』に繋がるところから縁起の良い樹とされています。

 

 『島川原』から『御牧の湯』に向かう途中、『御牧ケ原』へ上り込む道の分岐に小さな社の『諏訪神社』が在ります。

 

 この境内に在るのが『黒槐』の大木です。

 

 

 ゴツゴツとした木肌の大木です。

 

 

 直ぐ傍らの道を大型車両がビュンビュン走り抜けている場所であるにも関わらず、境内には自然がいっぱい。

 

 

 沢山の『蝉の抜け殻』や

 

 

 『ミツバチ』の巣でしょうか。 体長が長いようにも見えるし?

 

 『スズメバチ』の巣とは違うみたいですけど何時攻撃してくるとも限りません。しかも大っ嫌いな『ジョロウグモ』の巣もそこかしこ。

 

 大急ぎで参拝を済ませますかね。

 

北御牧公民館

 

 島川原周辺をブラブラ散策して、駅舎跡を聞こうにも兎に角人がいない。

 

 昼間でも人がいる所。『コンビニ』ですね。

 

 で店員に尋ねるも解らずじまい。すぐ近くに公民館があるのでそこなら解るんじゃとアドバイスを頂きまして『北御牧公民館』へ。

 

 

 駐車場の一角に『面白いモノ見っけ!』

 

 『サンドアート』が造られていました。

 

 なんで?

 

 

 折角の看板前に車が停めて在ってこんな角度でしか撮影できませんでした。

 

 2019年の台風19号被害により堆積した砂を利用して『復興への象徴』が造られました。

 

 表面に耐水加工が施されていますが、平穏な日々が戻ったあかつきには解体され砂に戻されるそうです。

 

 

 公民館で教えて貰った場所です。

 

 この仕切られた左側に線路と駅舎が在ったそうですが勝手に立ち入る訳に行かないですもんね。

 

 

 単線での衝突を避ける為の『通行証・タブレット』を手渡している写真です。

 

 説明に在る『乗客はほとんどなかった』 電気料金不払いで送電が中止って………

 

 佐久地域を走るバス路線でも普段から乗客のいないバスを見掛けます。

 

 バス会社の負担も大変。行政の援助で辛うじて運営している模様です。

 

 たまにはバスに乗ってみますかね。

 

島川原

 

 小諸の千曲川左岸道路『大久保橋』~『布引下』~『立科』~『茅野』までの走り易い道路『県道40号線』を北上すると『島川原交差点』付近に発電所が在ります。

 

 実はこの『島川原発電所建設資材』を運ぶ為に『布電』の『島川原駅』が在ったそうですけど探してみるも解りませんでした。

 

 この島川原発電所、『立ち入り禁止』の看板の為中には入れませんでしたが、たまたま除草作業の方々が休憩に入るところで、お話を伺う事が出来ました。

 

 

 『御牧ケ原』の河岸段丘の端っこに造られている『水力発電所』

 

 いや待てよ? 『御牧ケ原』にはそもそも『河川』が少なく、農業用水利を沢山の『溜池』に頼っている筈。

 

 googlemapの航空写真で見ると発電所の上には大きな池があるみたいなんですけど水は何処から?

 

 確かめたいんですけど残念ながら『立ち入り禁止』の看板には勝てないんですね。

 

 

 で駅舎跡を探してブラブラしていたらこんなん見つけました。

 

 

 真ん中は『弥勒菩薩』(多分です)

 

 向かって左 『縁切り地蔵』

 

 向かって右 『縁結び地蔵』

 

 家庭裁判所などが存在する以前、『腐れ縁』や『悪縁』やを断ち切る為には、『駆け込み寺』に逃げ込むか『神仏』に祈願するしか在りませんでした。

 

 『駆け込み寺』もそう多く存在した訳では無く、『甲斐性なし』のダメ男や『DV男』と別れる為にはこんなお地蔵様が必要だったんでしょうね。

 

 『断ち切る』為の『刃物』の多い事!それも結構新し目の『鋏』が目立ちます。

 

 皆さん苦労してるのね。

 

 唯一救われるのは『縁結び地蔵』も在る事。

 

 『御供え物』も並んでいましたので『縁結び祈願』に訪れる方も多いみたい。

 

 勿論両手を合わせ、お賽銭も奮発です。

 

『井出板金塗装』さん提供写真

 

 小諸・布下の『井出板金塗装』さんに見せて頂いた新聞切り抜き等の数々です。

 

 ご両親が大切に保存されていたそうで、写真撮影・ブログに公開するのを快く承諾してくれました。

 

 

 『布引隧道(トンネル)』の旧と新。

 

 

 『木造吊り橋』だった『大久保橋』

 

 

 コンクリート製に建て替えられた『前・大久保橋』アーチ部分から望む『現・大久保橋』の赤い橋梁。

 

 

 確かに『布引山・釈尊寺』で頂いた事があったんですけど仕舞忘れて?

 

 左上には北佐久郡川辺村と在ります。

 

 右上の舞台の上の岩山には展望台が在って、岩肌を辿る事が出来ましたが現在崩落の為通行止めです。

 

 迂回して稜線沿いに行けるかも。

 

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布電

 

 『上田駅』~『塩田平』~『別所温泉』を結ぶ『上田電鉄・別所線』

 

 一昨年の台風被害で『赤い橋』の一部が流失してしまい、千曲川を渡ることが出来なくなっていました。

 

 現在、着々と復旧工事が進み、3/28日開通式が行われます。(行きてェな)

 

 わざわざ『別所線』と謳っている位ですから他にも路線が在りました。

 

 『真田線』とか『丸子線』なんかも。

 

 で『小諸駅』から延伸していた『私鉄』 『布引電鉄』略して『布電』です。

 

 『布電』は『小諸駅・5番ホーム』~『布引観音』~『島川原』までを結び、『望月』まで伸びる予定でしたが車社会の急速な発達と、『島川原発電所』の工事完成に伴う『物資輸送』の終焉に伴い延伸計画は頓挫。

 

 やがて『布電』そのものも廃止となります。

 

 

 千曲川を小諸方面へ渡ろうとする『布電』です。

 

 4本の『ピア』が見えます。現存するのは一番右側の一本のみです。

 

 上の写真は、『布電』の駅を探していた処、『第一村人発見!』と声をかけてみた『井出板金塗装』のご主人がわざわざ作業の手を止め、自宅から持ってきてくれた貴重な資料写真の一枚です。

 

 何でも御両親が大切に保管していた物らしく、役に立つならとブログアップも快諾してくれました。

 

 

 車両の大きさが垣間見える写真です。

 

 今、この電車が走っていれば観光客誘致の目玉と成りうるのに惜しい!

 

 

 『布引駅』を『布引観音側』から千曲川方向に見た時の駅舎の様子です。

 

 現在、温泉の発掘施設が建っており、フェンスで囲われています。

 

 

 『小諸駅』の一番西側に『布電発着ホーム』が在り、線路幅は狭軌規格みたいです。

 

 でも『小海線』もこのホームに停車していた事あったなぁ。

 

 現存の線路は、線路幅を変更したのかな?

 

 昭和初期には姿を消していましたので、貴重な資料を惜しげも無く見せてくれた『布引下・井出板金塗装』さんに改めて感謝です。

 

 貴重な写真の数々まだまだ在りますが次回。

 

 

小諸

 

 夏のある定休日、バイクでフラフラ。

 

 別に何処に行くといったアテがある訳で無く、只フラフラっと。

 

 小諸のある場所で見つけた案内看板に『ダンゴ岩』ですと。

 

 

 『ダンゴ』と云う程のまん丸でも無いですけど、大きな岩がゴロリ。

 

 

 佐久地方に甚大な洪水被害をもたらした『戌の満水』の副産物だったんですね。

 

 

 さらに進むとこんな看板が在りました。

 

 勿論行ってみます。

 

 

 更に千曲川の流れの方に下って行くとこんな『石積』の柱が建っています。

 

 実はコレ『布引電鉄』の『橋脚・ピア』です。

 

 対岸の『石積』に向けてもう一ヶ所『ピア』が建っていましたが流されてしまいました。

 

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高見石

 

 『高見石』に登るだけなら『麦草ヒュッテ』の駐車場利用が便利です。

 

 無料だし。

 

 でも折角なら『白駒の池』も堪能したいし、湖畔でコーヒーの一杯でもと思われる方は『白駒の池・駐車場(¥500)』を利用したいところです。

 

 無料トイレも利用できますし。(山小屋のトイレは有料です)

 

 湖畔を一周した後、『高見石』への登坂路を進みます。

 

 中略

 

 

 『白駒の池』を眼下に見下ろす『高見石』

 

 『高見石小屋』の前の広場にザックを置き、カメラだけ持って岩場を上ります。

 

 え~っ。この辺りの写真が一切在りません。

 

 確かにシャッター押してますけど何故かデータ消失。何で?

 

 

 稜線に、右に進路を取っている『箱舟(荒船山)』が見えます。

 

 荒船山の『艫岩(左側の垂直な崖)』から『物見石(右側に反り返る舳先)』までのだだっ広い稜線を歩くと気持ちいいですよ。

 

 湖面左の白いのは『貸ボート』 夏は大勢の人で湖面が賑わいます。

 

 

 ザックを広場の木陰に置いて、カメラだけを持ち岩場をよじ登ります。

 

 岩場と云っても『鎖場』や『梯子』がある訳で無く、小学校低学年でも登れる岩場です。但し一切悪ふざけ禁止。

 

 安全ルートを示す〇印を目当てに進めば誰でも登れます。

 

 写真右隅にチラリと見えている足元の大岩は滑りやすく、又岩と岩の間は深い為、何かを落とした時に拾うことは難しいです。

 

 その為、この岩場に飲食物の持ち込みは禁止。

 

 万が一にも『ペットボトルを落としました。』なんて事に成ったら、ン十年はそのままです。

 

 おにぎりを包んでいた軟プラだって『風に飛ばされました』じゃ済まないから持ち込み禁止です。

 

 涼しい風に吹かれて英気を養い大満足の一日です。

 

 温泉寄って帰ろ。

 

八岳の滝

 

 『小海町・稲子』から山間道路を登って行くと『稲子・唐沢橋登山口』が在ります。

 

 訪れたこの日(2020/8/下旬)は朝、公園の清掃活動が在り、出発したのは10:00過ぎ。

 

 『唐沢橋』に到着したのはお昼前でした。

 

 広い駐車場では無いですけど、車が道路にまで溢れてしまっています。

 

 目的地は『にゅう』の予定でしたけど………こりゃダメだ。

 

 急遽『白駒池』~『高見石』に変更します。

 

 

 こんな山の中でも登山シーズン中は 

 

 ♬ バスが一日ニ度も来る! はぁ~俺ら こんな村 ………。

 

 村営バス時刻がハレーションで潰れちゃってます。

 

 ご利用の方は小海村役場で確認してください。

 

 

 歩き易い沢沿いの遊歩道をきっかり5分歩くと滝です。

 

 陽光に虹が輝き、マイナスイオンもたっぷり浴びて。

 

 次に目指すは『白駒の池』 でも此処の駐車場有料なんだよね。(普通車¥500)

 

 その少し先の『麦草ヒュッテ』は無料駐車場ですけど、『大人』としてコーヒーの一杯も飲まなきゃならない。

 

 たまたま『白駒の池・駐車場』はガラガラに空いていたので、たまには売り上げ協力しますか。って事で¥500。

 

 

 湖畔を取り敢えず一周します。鏡のような水面が気持ち良い。

 

 台風の影響で倒れた松の木はこのまま朽ちていくのでしょうか。

 

 

 此処からでも『にゅう』に登れるんですけど、往復でおよそ4時間半。

 

 明るいうちに車に戻りたいから今回はパス。

 

 その分『温泉』でゆっくりする予定です。

 

 『にゅう』は『乳』の事で、山の形がまるで………

 

 男なら登ってみたいですよねぇ。

 

南相木 その他

 

 雨雲が心配になってきましたので早く帰らなきゃ。

 

 で『ウズマク広場』展望台はパス。 帰り道。

 

 

 『奥三川トンネル』は『〇シェルター』の様です。(映画でしか見た事無いですけど)

 

 

 トンネルの写真を撮っていたら危ないやつらがブンブンブン。

 

 『君子危うきに近寄らず』

 

 

 『アウトドア―雑誌』主催のキャンプ場は閉鎖中。

 

 

 『南相木・滝見の湯』入り口の『三平三平』

 

 『矢口高雄』先生のご冥福を祈ります。

 

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うずまく広場

 

 通常『ダム』の直下は『緊急放水口』から続く水路が在ったり、常時水が流れていて立ち入る事は出来ない場合が多いです。

 

 『滝』や『ダム放水』の『水しぶき』が大好きなこーちゃん、マイナスイオンを浴びまくって、水も滴ってますが、この『南相木ダム』の下は公園になっていて、おろ?放水口は?

 

 

 『ウズマク』は『渦巻く』でグッドデザイン賞受賞らしいですけど、水が渦巻いてないじゃん。

 

 トイレを借りまして。

 

 

 『ラセン』とある展望台に登ろうとすると

 

 

 イヤイヤ嫌! 熊が潜んでたらどうすんの?

 

 で再度トイレのドアをゴンゴン叩いて鳴らしまして、恐る恐る階段を昇りました。

 

 幸い、熊さんに出会わなかったですけどね。

 

 

 右に見えるコンクリートの急斜面が『緊急放水路』です。

 

 スキーの『ラージヒル・ジャンプ台』以上の斜度です。

 

 コンクリート製ですけどどうやって型枠を組んでセメントを流し込んだんだろう?

 

 やっぱり『とび職』ってえのは人間離れしてますね。

 

奥三川湖

 

 水の流れを堰き止めるモノを『ダム』と云います。

 

 『ビーバー』が川の中に造る巣も『ダム』です。

 

 『黒部川』を堰き止めたのが『黒部ダム』出来た湖が『黒部湖』です。

 

 『南相木ダム』で出来た湖が『奥三川湖』 なんでだろう?

 

 

 奥に見えるトンネルを潜り更に行くと流れ込む川が在ります。

 

 湖に流れ込む川は全部で三系統在ります。

 

 だから『奥三川』なのでしょう。と推測です。

 

 

 

 上の略図は『ノースアップ』になって無いのでピンと来なかったんですけど、長野県の湖からトンネルで県境を潜り群馬県の湖へ。

 

 『三国山・西斜面』に降った雨は長野県側に流れ『相木川』を下って『千曲川』と合流し日本海へ。

 

 行く筈だった流れを『群馬県側』に流し『神流川』から『利根川水系』やがて太平洋へ。

 

 だからどうなんだって事は無いんでしょうけど。

 

 

 残念ながら雲に遮られ、八ヶ岳の眺望は良くありませんでした

 

 こりゃ急いだほうが良いかな?

 

 で『ダム下』へ移動です。続く。

 

ロックフィル

 

 何やら『コンサート』とか『プロレス技』みたいな名前ですが『ROCK・FILL』と書いて直訳すれば『岩で満たす』

 

 谷あいに『岩』をどんどん落として、水を堰き止めて造ったダムを『ロックフィル式ダム』と云います。

 

 規模こそ違え、子供の頃に砂場で遊びませんでした?(子供の頃の『泥んこ遊び』って何であんなに楽しかったんですかね)

 

 『南相木ダム』は日本国中に数あるダムの中でも最高地点に在ります。

 

 更に、ダム表面部分に使われている岩は『石灰岩』でしょうか真っ白い岩がとても綺麗です。

 

 

 実は『Rock・Fill』を『Rock・Fall』だとばかり勘違いしていました。

 

 『岩で満たす』も『岩を落とす』も大して意味が違わないか。

 

 

 夏、入道雲がモクモクと湧き上がって行きます。

 

 こりゃ急がないと一雨来るかも。

 

 

 『南相木ダム』で堰き止められた湖を『奥三川湖』と云い、一周を1時間半程で廻れるのですが、今回はパス。

 

 バイクにとって『雨』は凹む以外の何物でも無い。

 

 ホントは一周するつもりだったんですよ。決して暑かったから………です。

 

 だってペットボトルの水、後二口分位しか残って無いもん。

 

 でそこらをぶらつきまして。以下次回です。

 

トンネル

 

 『奥三川湖』は『南相木ダム』により堰き止められた人造湖です。

 

 途中の道路は崩落個所も在ったりして、自己責任で通行願います。

 

 トンネルが在りました。